●WADAIKO=NINJA
「待たせたのだっ!」
舞台袖から跳躍し、宙でくるくる回りながら、広大な舞台の中央に着地する。
年齢の割に出るところは出た、出るべきでないところはとことん細い体を包むのは薄手のNINJAスーツ。
その上に2サイズは大きいはっぴを着込み、袖から覗く小さな手には無骨な棒が握られている。
「WADAIKOー!」
両手を振り上げて雄叫び……というには少々可愛らしすぎる宣言をすると、会場を埋め尽す観客が拳を振り上げて唱和する。
レナ(
ja5022)は満足そーに何度もうなずいてから、おもむろに棒を背後に向かって振り抜いた。
それまで背景でしかなかった大型和太鼓は革の中央を打たれ、腹と心を震わせる重低音を会場一杯に響かせる。
熱さを感じさせる音に圧倒されたように会場が静まりかえり、レナの一挙手一投足に数百の視線が集中する。
「ニンジャたましーい! 全開なのだ!」
赤の瞳を好奇心で輝かせ、鉢巻きでは抑えられないほど金の髪を揺らしながら、レナは小さな体を一杯に使って和太鼓を連打する。
革を叩いた際の重低音と、枠の木の部分を叩いた際の小気味よい音が重なり、離れ、再び重なりつつ勢いを増し、会場全体を瞬く間に熱狂の渦へ叩き込む。
「ひゃっふー、なのだ!」
どんどん、たたんと演奏が激しくなると、レナの透き通るように白い肌にしっとりとした汗が浮かび、将来が楽しみ過ぎる2つのふくらみが、たわん、ぽわわんという夢溢れるリズムで上下するのだった。
●ぜんらまつり
「そこまで」
ルー・クラウス(
jb0572)は、依頼人から預かった大型布を広げつつ投げつける。
レナの演奏で盛り上がりすぎて己の上着を脱ぎ捨てたあげく下着に手をかけた男女が、カーテンほどもある大きさの布でぐるぐる巻きにされてその場に倒れ込む。
全員撃退士だけあって、倒れても勢い余った隣の人に踏まれても全く堪えた様子はなかった。
「はい止まって。それ以上は生徒指導室行きだよ。そこのUMA探しの人もだよ」
ルーは日本出身者ではない。
しかし一部学園生のように和太鼓を誤解することはなく、予め下調べして伝統芸能であることを良く理解していた。
「まったく」
肌色が目立つ一角をカーテンで覆い隠してから、ルーは額に浮かんだ汗を浮かぶ。
踊って脱衣するだけで抵抗はしないとはいえ、参加者は全員撃退士であり体力的にはかなり厳しい仕事であった。
もっとも、ルーの表情は険しくなく、どちらかというと柔らかだ。
「直接見ると迫力が違うね」
肌だけで無く体の奥まで響いてくる音。
観客が発する熱。
ネットでの情報収集では得られない情報が、現場にはあった。
ひゃっはーと歓声を上げて脱ごうとする学園生を注意しながら、ルーは足取り軽く会場を見回っていく。
が、胸元で無粋に振動するスマートフォンに気付き、表情を改めてから通話に出る。
「すまない。俺が裸の子供の相手をすると社会的に抹殺されかねない。急いで来てくれ」
矢野 古代(
jb1679)の声が響く。
高位の天魔に囲まれてもこうはなるまいというレベルの切羽詰まり具合に、ルーは穏やかに宥めつつ新たな肌色の現場に向かうのだった。
●壁どん
「危なかった」
額に浮かんだ嫌な汗を清潔なハンカチで拭ってから、古代は洒落た帽子を被り改めて周囲を見回した。
レナのステージは最高の盛り上がっていて、叫ぶ者、脱いごうとして布で巻かれて転がる者、荒れようとする者など様々だ。
「あー、君君」
セクハラとか痴漢扱いマジで怖い全裸とは異なり、単なる暴力なら非常に対処しやすい。
古代は慣れた様子で背後から捕獲、説教、放流を繰り返し、仲間とスマートフォンで情報交換を行いつつ、問題の現場に辿り着いた。
「全くそんな物壁にぶつけるな和太鼓叩け和太鼓」
壁に向かって、若干ダークっぽい情熱をぶつける野郎共がそこにいた。
周囲に飛び散る破片は、予めクリフ・ロジャーズ(
jb2560)と古代が用意したブルーシートによって外には飛び散らないようなっている。
なお、レナちゅわーん、というかけ声がいつの間にか大多数を占めているのは気づかないふりをする。
「結構良い音鳴らすじゃねえか」
何故か実家の夏祭りを思い出してしまい、古代は若者達にお節介をやくことにした。
「違う違う。まずはこうやってだな」
「うおおっ! れーなーちゅわぁぁぁぁぁぁんっ!」
体育会系というより、外見的には世紀末チャンピオン系な壁ドンナー達が、情熱を形にする術を得て結果的に破壊活動を拡大させる。
「あっ」
火薬無しで爆発する壁複数。
多数の破片が命中し倒壊する仮設ステージ。
ひゃっほーと歓声を上げつつ、倒壊するステージと共に消えていくレナ……は転がった和太鼓に巻き込まれて目を回している。
「あかん」
壁ドンナー達がステージを復旧させるのに、夕方までかかったらしい。
●悪魔の罠
「エレジ君……だと」
ざわざわと。
十代のはずなのに妙に濃い顔つきの学園生達が動揺する。
彼等こそUMA捕まえ隊。
複数の意味で、今から将来が不安になる面々である。
「見た目がよく分からないWADAIKOよりも、こっちの方が捕まえ易い上に良い値でいけそうですよ」
外見だけならUMA捕まえ隊より明らかに若いクリフが、人畜無害な態度を装いつつ、文字通りの悪魔の囁きで思考を誘導する。
「どこにいるか知らねぇか?」
「俺達と協力すれば捕まえられるんじゃないかな?」
欲で脂ぎったUMA捕まえ隊がクリフに詰め寄る。
数で威圧する気はないようだが、率直に表現して非常に暑苦しい。
クリフは心から感心したような淡い笑みを浮かべ、計略の仕上げを口にした。
「皆さんの熱意に負けました。これが目撃情報が載った詳しい手配書です」
あなた方の夢を追いかける姿を心から応援します。
そうとしか受け取りようのない偽の笑顔に、男達は完全に騙されてしまった。
「ありがとよ!」
「捕まえて金が入ったら精神的にお返しするよっ」
欲にまみれた顔で駆けていくUMA捕まえ隊を見送ってから、クリフは彼等が仕掛けた罠を1つ残らず丁寧に取り除いていく。
「小さな子供がいる場所でこんなものを仕掛けるとは」
クリフの顔には、悪魔すら裸足で逃げ出す酷薄な笑みが浮かんでいた。
●天使は飛ぶ
海城 恵神(
jb2536)は元演習場、現イベント会場の隅にある野原に腰を下ろし、懐からゆで卵を取り出した。
本日の昼食はこれだけである。
塩を振り、小さな口でかじりつくと口いっぱいに豊かな味と香りが広がっていく。
しかしゆで卵単品では味が単調だし腹もふくれてくれない。
「あーうまい…ゆで卵は最高だなぁ…」
黙っていればおっとり美形な恵神の瞳は、控えめに表現してハイライトが消えてしまっていた。
「はいもしもし」
ポケットの中のスマートフォンから呼び出し音が聞こえた瞬間、微速再生じみた超高速で通話をオンにした。
「はいもしもしごはんください」
「すまん、飯ではなくて救援依頼だ」
回線の向こう側の古代は、心底すまなそうに要請を伝える。
「UMA関連の連中の誘き寄せが成功したらしい。終わり次第弁当を持って行くから」
「行きます」
恵神はきりりと表情を引き締め、夕焼けの色が濃くなりつつある空に飛びだつのだった。
●UMA捕獲し隊の最後
「畜生、また消えた」
「どれだけ逃げ足が速くても実際にいるんだから捕まえられる! みんな、あと一息頑張るんだ」
見ようによっては段ボール製の体にUMAを書いているだけの気がする謎物体が、UMA捕まえ隊の周囲に現れては消えを繰り返している。
「畜生、俺の地元のネッシーと違って捕まえられると思ったのによう」
さんざん引っ張り回されて心身ともに疲労した彼等は、すっかり弱気になってしまっていた。
「そなた達の探すUMAはそこにある」
威厳に満ちた、しかし天魔にありがちな人間蔑視はない、いかにも天使らしい言葉が彼等の元へ届く。
慌てて周囲を見渡すがそれらしい姿は見つからない。
イベントスタッフ用ジャンパーを来たイリン・フーダット(
jb2959)が何食わぬ顔で交通整理を行ってはいたのだが、翼を表に出さない天使を見抜くことができる慧眼の持ち主は、この場にはいなかった。
「さあ、走るのです」
「はい!」
「天使様ありがとうっ。UMAを捕まえて儲けたら寄付を……精神的な意味でしますんでっ」
UMA捕まえ隊の面々はイリンに誘導されたあげくに煽られ、最後に残っていた体力をつぎ込んで、UMAに見えるものに向かって全速力で駆けだした。
心臓は和太鼓っぽいリズムで脈動し、足は極度の疲労で今にも攣りそうだ。
とはいえ全員腐っても撃退士であり、天使に指定された方向にいたUMAとの距離を徐々に詰めていく。
そして、ようやく、初めて腕が届く距離まで近づけたとき。
すぽん、と。UMAの皮膚、ではなく段ボール製外装が吹き飛ぶ。
「ふー」
いい汗かきましたっ、と実にすがすがしい笑顔を浮かべ、恵神が姿を現す。
妙に高そうなアルトリコーダーを取り出し、何の脈絡もなくエリーゼのためにの演奏を開始する。
同時に、無駄に華麗に腰をくねくね動かしながらUMA捕獲し隊の周囲をくるくると回る。
「ねえねえ、今どんな気持ち? ねえどんな気持ち?」
目は口ほどにものを言う。
アルトリコーダー演奏中の口は何も言わないけれど、ちらり、ちらりと得意げに眺める恵神の目は、的確に男達の精神をえぐり、とどめを刺す。
恵神によって精神に致命傷を負った、ちょっと自業自得の気もする野郎達に、イリンが大型のカートを押しながら近づいて来る。
揚げたての豚カツと甘い香りが崩壊直前の男達の精神をつなぎ止め、ぴりりと食欲を刺激するカレーが男達の精神を現世に復帰させる
「疲れたときはカレーなんてどうです?」
心を折られたUMA捕まえ隊の目には、イリンが天使に見えていた。
「ありがてぇっ」
大量の涙を流しながらカレーを食する男達にイリンが軽く説教すると、彼等は熱狂的に受け容れ、二度と他人に迷惑をかけず、UMAでの一攫千金を諦めることを心から誓う。
なお、こういうのを自作自演ということもあるが、多分気にしない方がいいのだろう。きっと。
●開演前
「んー、まずいわね」
月臣 朔羅(
ja0820)は観客を確認し、己の艶のある唇に指を当てて考え込む。
ステージは既に修復されている。
数時間待たされたにも関わらず、観客数は昼間よりもずっと多い。
UMA捕獲し隊以外の問題児も朔羅達撃退士の真心溢れすぎる説得により大人しくなった。
それを見ていた一般客も一見大人しくはなっているのだが……。
「気合いが入りすぎているわ。レナさんのように盛り上げたらおそらく」
誰も意図せず望みもしない、ほとんど暴動じみた騒ぎになりかねない。
「仕方がないわね。一肌脱ぎますか」
朔羅はステージ衣装に着替え、軽い足取りで和太鼓に向かった。
●WADAIKO伝説
幕が下りたままのステージから、地響きと表現するには軽く、最近の流行よりも緩やかなリズムで低音が響いてくる。
日本在住者なら一度は聞いたことのあるかもしれない演歌の和太鼓アレンジだった。
歌詞の内容は、困難な戦いに向かう男と女の心情を演歌流に表現した、いかにも演歌らしいものだ。
若者の多くは右から左に聞き流したり眠ってしまう曲かもしれない。けれど戦いが身近である学園生達にとっては、何も感じずにはいられない一曲であった。
するすると幕が上がり、演奏者一同にスポットライトが当たる。
中央でメインを担当しているのは朔羅。
露出度低めの衣装の上にはっぴという禁欲的な格好ではあるが、理想体型に限りなく近い体を隠し切れていない。
彼女の背後にずらりと並ぶのは、問題児の中でも特に負の感情が濃かった男女だ。
朔羅に出会うまでは壁や周囲にぶつけていた妬み嫉みを己のうちで昇華させ、一打ち一打ちに情念を込めて旋律を奏でていく。
観客のざわめきはいつの間にかおさまり、肌を焦がすような熱気があふれようとしていた。
●真打ち登場
草薙 雅(
jb1080)が本格的に和太鼓に触れたのは、地域の祭りでも演奏会でもなく、和太鼓を題材にしたゲーム筐体であった。
それを不純と非難する者もいるかもしれないが、雅は全く気にしないだろう。
ゲームを楽しみ、普通の和太鼓に触れて練習を重ね、今回機会を得て多数の観客の前に立つことになった。
磨き抜いた技術と心は、決して誰にも否定できないのだ。
雅は声高らかに主張したい。
和太鼓は楽しく魂を響かせるものである、と。
それを言葉で言うのは容易いが、相手の心に届かせるのは難しい。ならば、魂を込めて太鼓を打つことで、皆の心に響かせるべきだろう。
朔羅と交代でステージに登場し、鋭い動きで見得を切る。
艶やかな黒髪が大きく跳ね、強烈な証明を照り返してぎらりと光った。
左右同時に構えた拳が握るのは、修練の積み重ねを感じさせる使い込まれた1対のバチ。
和太鼓へ同時に振り下ろし、雄々しさと繊細さの同居した音を会場全体に響かせた。
「はっ」
それまでの静かな動きから一転して、早く激しい動きでバチを振るう。
高く振り上げてから左右同時に、続いて右で1回、左右同時に1回、左で1回。
動きには激しくはあっても雑ではなく、永年の修行の果てに高みへたどり着いた武道家の演舞のようにも見えた。
「このままいきますよっ」
細中性的美貌をアウルで輝かせ、高めの声で宣言する。
WADAIKOは雷をはらんだ雲のようにうなり、雷鳴のごとく轟き、観客達の情念と反応して魂と空間を揺らすひとつの音となる。
最後に優しくバチが太鼓の腹に触れると、涼やかな衝撃が会場と観客全員を襲う。
荒れ狂う熱が薄れ、代わりに心地よい疲労感に似たもの皆の胸中を満たしていく。
それから数秒後、拍手と歓声が爆発し、会場全体を揺るがしたのだった。
●その後
WADAIKO大会は、不祥事も起こさず大好評のうちに終わった。
しかし残念なことに、次回以降の開催は未定である。
「ちょっと音が大きかったですからね」
依頼人への報告の際にスマートフォンでの録画を提出したルーは、遠い目で新年の空を見上げていた。