●駐車場にて
トラックは古ぼけていた。
かつては鮮やかだったはずの塗装は陽に焼けて薄い色になり、会社名も非常に読み取りにくい。
車体の各所に小さな傷が刻まれていて、十人中九人までが廃車と断定しかねない外見だった。
「準備は」
常木 黎(
ja0718)が儚げといえなくもない表情で問うと、トラックのコンテナ部分に取り付いていた社員達が親指を立てた。
化粧っ気の感じられない、それにしては見栄えの良すぎる肌を見せつけながら、黎はトラックの内側と外側から確認をしてから軽くうなずく。
限度はあるが、コンテナの上で暴れても穴が空いたりしない程度には補強されているようだ。
「命綱を用意する。積み込みはお願い」
「分かった」
サガ=リーヴァレスト(
jb0805)は自分の分の命綱を頼んでから、コンテナ改造中に外に出されていた荷物を積み込んでいく。
「社長の趣味か? これは」
荷物の上面には、ミニスカサンタを含む趣味的な各種アイテムが入っている旨が書かれていた。
医薬品等の重要物資は時間はかかっても安全なルートで運ばれているらしく、囮も兼ねる今回の便で運ぶのは、需要はあるが無くても致命的な事態にならない物ばかりのようだ。
着々と出発の準備が整っていく中、小さな運送会社のトップが社会的に致命傷を負おうとしていた。
「社長殿、中々の男気であるが、さすがにそれは無茶なのじゃ」
作業服姿の男に優しく言い聞かせるのは白蛇(
jb0889)だ。
大人びた服装を違和感なく着こなしているとはいえ、少女というより幼女という表現がしっくりくる外見を持つ彼女。
けれど身に雰囲気に深みがあり、高い実力に比例して高慢な声には、男の原始的な部分を強烈に刺激する何かがあった。
「まあ、わしらに任せておけ」
小さな手のひらで優しく社長の腹を撫でると、男は一瞬赤くなり、次の瞬間社員から向けられる呆れの視線に気づいて青くなり、冷や汗を流しながらその場から立ち去ってしまう。
「青いのう」
「からかってやるな」
微笑ましいものを見る目をする白蛇に対し、人ではありえない目をサングラスで隠したヴィンセント・ブラッドストーン(
jb3180)が苦言を呈す。
「お堅いの」
「仕事中だ。後ろを気にしたくはないだろう」
「ふむ……ま、そうじゃの。戻ってから謝っておこう」
悪魔の証である瞳と翼を隠したままのヴィンセントの内心を推察し、白蛇は素直にうなずいた。
撃退士達は荷物の積み込みと命綱を含む車体チェックを終えると、社長を除く運送会社社員全員に見送られながら、サーバントが潜むはずの山へと向かうのであった。
●山道
曲がりくねる山道を、古びたトラックが軽快に駆け抜けていく。
運転席でハンドルを預かる麻生 遊夜(
ja1838)は、集中力を切らさない範囲で息抜きをするため、一時的に貸し出されたハンズフリーな携帯に話しかけていた。
「そっちはどうぜよ」
「静かです」
トラックの上で待機中の桜花(
jb0392)から、落ち着いた声が返ってくる。
「このまま何もなければいいんですが……」
何も無いようでは囮にならないのは桜花自身も重々承知している。
しかし、片側がむき出しの崖という危険地帯での戦いは避けたいというのも、本音であった。
「サーバントがガードレールを壊すなんてね。俺は飛べるから大丈夫だけど、君の気持ちも分かるよ」
コンテナの上から崖側の下を覗き込むと、角張った岩肌が地上まで延々と続いているのが見える。天使である紫音・C・三途川(
jb2606)であっても、翼を展開しなければ摺り下ろされてしまうかもしれない。
「うむ?」
助手席の白蛇が可愛らしく眉を寄せる。
「どうしたよ?」
「何かが動いた気がするのじゃがの」
白蛇は再度白鱗金瞳の召喚獣を呼び出し、器用に窓からトラック上空へと移動させる。
召喚獣と同調した蛇の如き瞳に、困惑に近いものが浮かぶ。道の側面の茂みに違和感があるのに、異常を発見できなかったのだ。
「まったく……気が抜けねぇ」
遊夜は言い終わるよりも早く、表情と動きを激変させた。
左手は握り込んだ阻霊符を起動しつつハンドルを保持し、右手で銃を抜きつつ肘でフロントガラスに穴を開け、茂みからトラックの進路上に飛び出してきた異形に銃口を向ける。
「敵襲!」
遊夜の視界には、現実の光景と重なり合うようにして、銃口からドーベルマン風サーバントに向かう赤い線複数と、線ごとのパーセンテージがが表示されている。
「邪魔だよ、吹き飛べ!」
赤いアウルが銃口から飛び出し、自らの体を巻き込ませるつもりで突っ込んで来たサーバントを打ち据える。
白い光を伴う反動が自らを苛むのを無視し、遊夜は進路確保とトラックの安定に全神経を集中させた。
「後ろから迫られておるぞ!」
「後ろは後ろで任せる、悪いが揺れるぞ。舌噛むな」
崖沿いの道を、サーバントの攻撃をかわしつつ速度を落とさず走り抜けるという難行は、まだ始まったばかりだ。
●トラック前面での戦い
「白蛇ちゃんは襲わせませんよー」
揺れるコンテナの上で長大にして強力な弓を構え、放つ。
矢は桜花の狙い通り、サーバントの分厚い筋肉を貫き根本近くまでが埋まる。
が、サーバントは自らをアスファルトに叩きつけるようにして矢を無理矢理折り、多少速度を落としつつも真正面からトラックの運転席に向かってくる。
「狗が人間様に楯突くなっての」
黎の自動小銃が火を吹き、運転席めがけて飛び上がろうとしたサーバントの頭を撃ち抜く。
犬型サーバントは急速に勢いを失うものの、直進するトラックは避けきれずにバンパーで犬の体をはね飛ばすことになる。
黎は出発前に設置したロープを握って慣性を制し、聴覚が捉えた新たな気配に向き直る。
「横から1匹」
茂みから飛び出そうとした新手を銃撃で牽制しながら、黎はあくまで冷静に配置の変更を促す。
「あはは、逃げ場は崖の下しかないじゃないですか。ピンチですねっ」
高速で走るトラックの上で、桜花はハンドガンに持ち替えてから実に楽しそうに銃弾を浴びせていく。
側面から現れたサーバントは1発、2発とアウルに貫かれるたびに速度が落ちるが、重傷を追うのと引き替えに、コンテナ上からは死角になる位置へ入り込みつつあった。
「寄らせるか!」
それまでトラックの側面に張り付いていたサガが紫紺のアウルを纏い、両刃の直剣を勢いよく振り抜く。
既に深手を負っていたサーバントは刃の直撃を受けて停止し、そのまま道路に取り残されて後方へ流れていった。
さらに、直刀を中心に展開されたアウルの刃複数が、前方から距離を詰めてきたもう1体の犬型サーバントの前足を斬り飛ばしていた。
「もらった!」
慣性に従って富んできたサーバントを、桜花が銃剣で切り裂く。
「はん」
銃声が響く。
足場の無い中空で痙攣する異形にいくつもの穴が穿たれ、トラックにぶつかることすら出来ず、崖を越える。
立ち入り禁止の山の中に消えていくサーバントを見送った撃退士達は、地面に激突したサーバントが砕け散ったのを確認し、己の勝利を確信するのであった。
「ふう」
勝利に沸き立つトラック前半部分、その側面で、サガは器用に片手だけを使い、命綱を手繰って再びトラックの側面に取り付いていた。
「サーバントより地面の方が怖かったかな」
利き腕に持っていた長大な刃を背中に戻し、ほっと息を吐く。
トラックとそのタイヤに再接近した2体のサーバントを切り裂いた一撃の直後、サガはトラックから身を乗り出して、高速で後ろに流れるアスファルトを至近距離で見ることになってしまった。
仮に転げ落ちてたとしても受け身をとれば重傷は負わないだろうし、そもそも落ちるほど鈍くはないが、アスファルトによるすり下ろしが脅威であることに変わりはない。
「後方に……大丈夫のようだな」
イヤホンに指を当てて確認をとると、後方でもサーバントを撃退した旨の連絡が還ってくるのであった。
●空へ飛ぶ
時間はわずかにさかのぼる。
トラックの後方、正確には後方の茂みから飛び出してきた2体のサーバントは、前方から襲いかかったものとは明らかに異なっていた。
明らかに筋肉の量が多く、速度が速い。
「銃を使うのはあまり慣れてはいませんが」
そういう割に慣れた手つきで大型の銃器を構え、高速移動中なため揺れるコンテナの上から青戸誠士郎(
ja0994)が弾をばらまく。
誠士郎が狙った犬は、筋肉を膨張させて急所を庇う。
肉に穿たれた深い穴から体液をこぼしながら、サーバントは速度を落とすさず徐々にトラックとの距離を詰めていく。
もう1体はさらに加速しつつ跳躍し、コンテナの上部に前足をかけようとしていた。
「させねえよ」
姿もなく。
音もなく。
上空から破滅の弾丸が降り注ぎ、ドーベルマン型の異形に多数の穴を開ける。
上空では、荒々しい猛禽の翼を広げたヴィンセントが弾の再装填と狙いの修正を行っていた。
「お帰りはあちらですよ」
誠士郎は慣れた剣に持ち替え、トラック後部に取り付いたサーバントの前足深く切り裂く。
切り裂き方には緻密な計算があり、より深く切り裂いた足が先にトラックから離れることでサーバントの向きが変わり、反対側の足がコンテナから離れることで横回転しながらはるか下へと続く崖に崖に向かっていく。
「くっ」
攻撃直後でも決して気は抜かなかったのだが、誠士郎は無理矢理に剣の向きを変え、真横から襲って来た脅威をぎりぎりで食い止める。
もう1体のサーバントが、体から盛大に体液を流しながら、勝負を一気に決めるために加速してきたのだ。
防御には成功し、体力は消耗したがほぼダメージはない。
しかし、補強したとはいえ間に合わせの資材しか使われなかったコンテナ上部は、耐えられなかった。
「っ」
誠士郎の足場が砕け、サーバントごと崖に向かって体が泳ぐ。
素早く足の位置を変更して体勢の崩れを回復させようとするが、追い詰められた犬型が我が身を省みず前に出てくるので体勢を立て直せない。
「じっとしてろよ」
鉄塊が空気を裂く、異様な音が響く。
誠士郎の鼻先をかすめるようにして、大型斧に長柄をとりつけた凶悪武器が振り下ろされ、サーバントの頭蓋の頂点に強烈な衝撃を耐えていた。
「妹を泣かせるわけにはいかないからな」
良い仕事をしたとでも言いたげに、実によい笑顔で長柄武器を担ぐ紫音。
背中には天使の翼が展開され、サーバント2体と誠士郎を同時に視界に入れつつ器用にトラックと並走していた。
「助かった」
「いやいや。誠士郎君なら受け身をとって落ちずに止まれただろうけど、一応ね」
実に人間らしく微笑み、地に降りた天使は感謝を受け止め誠士郎と共にトラックの後方を警戒する。
「うーん、散々壊したガードレールに助けられるとは悪運の強い」
トラック後方から襲って来た2体のサーバントは、サーバントが壊し損ねた一部のガードレールに受け止められ、崖の下に落ちずに再びトラックを追いかけてきていた。
「だがここまでだ」
紫音の顔がきりりと引き締まる。
「天界の眷属は空の上、冥魔の眷属は地の底に叩き返してやる」
多分日曜朝に放映されている気がする番組の決めぜりふを、見事な、ただし戦闘能力向上の効果はないポーズと共に言い放つ。
「大したもんだ。人間社会への順応性の高さは見習いたいな」
白目のない紅の瞳に肯定的な感情を浮かべ、ヴィンセントはサーバントの後方に回り込む。
視界の隅で誠士郎が少し恥ずかしそうな顔をしていたのには気づいたが、目の前の戦闘には関係無いと判断して意識の中から追い出す。
サーバントがトラックから離れれば直撃を浴びる位置に銃弾をばらまき、闘志はあっても生命力の残り少ないサーバントを、紫音と誠士郎の前に追い立てる。
「さあ、お前の世界を答えな!」
光り輝く刃が天使の翼と入れ替わり、紫音のかけ声に従って黒犬めがけて加速する。
光の刃は黒い肌を貫き、アスファルトに直撃して激しい火花を散らした。
サーバントは未だに生きているのが信じられない傷を負いはしたが、最後の力を振り絞って撃退士の喉笛に食いつくため、トラックの最後尾に前足をかけ一気に上に駆け上がる。
そして、銃声が響いた。
「援軍が来ないと思った?」
連続射撃で熱を持った銃を手にしたまま、黎が冷淡につぶやく。
黎がいるのはトラックの先頭付近。
トラックは大型とはいえ全長は10メートル程度しかない。黎にとっては至近距離でしかなく、わざわざ後方に移動するまでもなく攻撃可能であった。
サーバントは返事どころか反応もできず、トラックの上部から転がり落ちて道路で一度バウンドし、そのまま崖から転がり落ちる。、
「背後の脅威は排除した。可能なら停車して点検を推奨する」
ヴィンセントが携帯端末に話しかけると、短くも激しい戦いで傷が更に増えたトラックが、安全運転で道路の脇に寄り停車するのであった。
●プレゼントを配りに
フロントガラスが消え去り、コンテナ上部を中心に歪んだトラックが、配送センターに入ってくる。
戦場の香りを漂わせるトラックに、作業員とフォークリフトが群がっていった。
「お疲れ様です」
まず作業員がトラック後部にとりつきコンテナを開けようとしたが、戦闘の影響で歪んでしまったらしく全く動かない。
再びサングラスで人外の瞳を隠し、背中の翼も消したヴィンセントが歪んだ扉をこじ開け、その大柄な体を活かして段ボールに入った荷を下ろしていく。
大人の趣味的な品物も混じってはいるが、子供用の商品も多数含まれていた。
「クリスマスとやらに縁はねぇが……ガキが楽しみにしてるんだろ?」
相手の種族を察して顔を青くする作業員に対し、ヴィンセントは何の感情も見せずに淡々と仕事をこなしていく。
「ですです。できれば私が直接届けにいきたいくらいですよ」
微量の下心が混入した笑みを浮かべ、桜花はアニメのキャラクターが印刷された段ボールを持ち上げ、フォークリフトに積み上げていく。
作業員達は顔を見合わせ、しばしの後に気合いを入れ直す。
「配送前に荷物が衝撃で壊れていないか確認しますのでこちらに運んでください」
「生ものはこちらに願いますっ」
人間の社会は、今日もしぶとく正常運転中だ。