●釣り天井攻略法(物理)
それは確かにNINJA屋敷だった。
材料は廃材。
造りは甘く、法律を厳密に適用すれば色々な意味でまずい出来でしかない。
しかし技量未熟ではあっても丁寧な工事と手入れがされており、作り手の並々ならぬ情熱が伺えた。
「ほう」
芥川フィス(
ja4892)は心からの賛辞を瞳に浮かべてから、おもむろに大型ハンマーを両手で構える。
依頼人経由で貸し出されたこれは、本来なら機械にとりつけるか数人がかりで扱う業物だ。
「握りもよし、と。いきますよ」
撃退士の体力を活用し、数回軽く振って使い心地を確かめる。
そのまま大きく振りかぶり、廃材にしては太く、建物を支える柱としては細い木に思い切り叩きつける。
文字通り破壊的な音が響き、柱が大きくゆがむ。
NINJA屋敷は大きく震え、盛大に埃が飛び散ってくる。
屋敷の自重を支えきれなくなった柱は見る間に歪み、数秒もかからずへし折れた。
「いっぺんやってみたかったんですよね、こういうの」
軽い足取りで屋敷の周囲を回りながら、丁寧に柱を砕き、そのたびに屋敷の傾きを酷くしていく。
「ままま待てー! こんなことをして……って釣り天井が降ってきたーっ!」
NINJA屋敷の中から聞こえる声は、元気そうだ。
「許可はとってあるに決まってるじゃないですか。近くに巻き込むような建物はないですからね、諸手を挙げて賛成してくれましたよ」
崩壊中の建物の中で悲鳴があがる。
「いいですか、天魔その他の脅威は一切あなたに手加減をしません。今回の俺みたいにあなたの得意分野に付き合うわけが……」
「い、いいから助けてくれー!」
土NINJAの悲鳴が、崩れ落ちるNINJA屋敷の中に消え去るのであった。
●寒中水泳=SUITON
宙でくるりと半回転した黒猫が、緩やかに波打つ水面に着地する。
「くっ……水中戦を選ばないとはっ」
素面から顔を出した水NINJA2名が悔しげにつぶやく。
「こんな寒い中に何故水中戦をしたがるのです?」
理解しかねる。
そう態度で語りながら、カーディス=キャットフィールド(
ja7927)は己の親指を下に向ける。
正当派忍者を愛するイギリス人として、この間抜けなNINJA達に腹を据えかねているのだ。
なお、アウルを展開したカーディスの見た目はお猫様である。特設プールの水面に立って説教をする黒猫はあまりに目立ちすぎ、徐々に観客が集まりつつあった。
「ふふん」
「水の上に立つべきではなかったなぁ」
気を取り直した水NINJAが不敵に笑い、装飾過剰な衣装を着ているにしては速い、撃退士の基準ではとても遅い速度でカーディスの下へ潜って近づこうとした。
「堕ちよ神鳴り」
肉球が高々と掲げられ、眩しい輝きが水を貫き水NINJAに直撃する。
分厚い筋肉が水中で跳ね回る様は、婉曲的に表現しても視覚に優しくない。
だが、NINJAもやられてばかりではない。水NINJAペアの男が盾になり、女がお猫様の足を掴む寸前であった。
「Ninzyaってのはこの程度か?」
吐き捨てるような失望の声と共に、恐るべき熱量を秘めた火球が飛来する。
お猫様が素早く後退するのについてこれず、水NINJAの指先に命中して激しく燃え上がる。
「不意打ち? なんて卑怯なっ」
「お前Ninzyaの癖になに言ってんだ」
ヴァルディア (
jb2575)は心底あきれ。
「戦いは数なのです」
キリッと無駄に爽やかかつ真剣な表情でカーディスがコメントする。
「NINJAは、ヒーローでなくてはいけないのよ!」
結構な深手を負っているように見える水NINJA(女)が、これまでの数割増しの速度でプール際のヴァルディアを目指す。
その瞳に敵意ではなく闘志が宿っていることを認め、ヴァルディアは歯をむき出して心底嬉しそうに笑った。
「来いよNinzya! とことんまでやろうぜ」
「NINJAよぉっ!」
水中から水しぶきと共に飛来した鎖をサイドステップて避け、ヴァルディアは容赦なく術でNINJAを攻め立てる。
速度こそないものの、水を巧みに操り直撃だけは回避してヴァルディアをより一層喜ばせる。
しぶとい相手との闘争ほど楽しいものはないのだから。
「こいつで仕舞いだ……焼き尽くしてやるぜぃ! これが俺のNinzyaヒーローってなぁ!」
「NINJAだと言って、熱ぅっ」
火球が炸裂し、悲鳴をあげたNINJAが水を飲んでしまい水中に沈んでいく。
「ちっ、これで終わりか。おい、引き上げるからじっとしてろ……よ?」
ヴァルディアが水面に手を伸ばしたとき、プール(自作)の壁が崩れ去る。
水NINJA2人は辛うじて回収したものの、水に対しては手の打ちようがなく後退するしかない。
流れ出す水は近所で崩壊中だったNINJA屋敷に向かい、頭に大きくこぶを作った土NINNJAごと流していく。
「体を冷やしてはいけませんよ」
大判のタオル、温かい紅茶、特選時代劇を再生中の携帯ディスプレイを手に、カーディスは気絶中の土水NINJAの元へ向かっていった。
●風NINJA
千葉 真一(
ja0070)と武田 美月(
ja4394)は、礼法に則った、しかし決して好きを晒さないお辞儀をする。
4人の風NINJAもそれに倣うが、わずかに遅い。
真一はその隙に攻撃はしようとはせず、代わりに高らかに名乗りを上げた。
「天・拳・絶・闘……ゴウライガっ!」
燃える心にアウルが反応し熱く赤く輝く。
首元のマフラーを風でなびかせながら、この地に新たなヒーローが誕生した。
「かかってこい!」
自分の、仲間の、そして護るべき人々の命を預かる撃退士が必要以上に己のスタイルに拘るのは拙いとか、物まねっぽいNINJAは正直どうよとか、言いたいことは色々ある。
だが、今は行動で語るべきときだ。
「行くぜ」
4人の風NINJAは無言のまま、素晴らしく訓練された動きで一列縦隊に並ぶ。
真一の視点からは1人にしか見えないほど洗練されていた。
「お前達のニンジャアーツを見せてみろ!」
BOOST!
どこからともなく軽快な音楽が流れ、真一は音の流れに乗って爆発的に加速する。
衝突する数歩前でくるりと宙返り。
勢いを緩めるどころかさらに加速し、鋭い蹴りを先頭の風NINJAへ叩き込む。
「なんのぉっ」
実力的には圧倒的に真一に劣る風NINJA達は、先頭の1人を後方の3人が支えることで辛うじて耐え抜いた。
そのまま押し返して一気に逆転しようとする風NINJA。だが、撃退士の攻撃はまだまだ始まったばかりだ。
「ヘイカモン、赤子NINJA! 本場のパワーを見せてやんよ!」
美月の背に純白の翼が展開され、彼女を高みへと押し上げる。
「本場だと?」
「出任せだ。惑わされるな!」
1人が体を張って真一の猛攻を防ぎ、3人で一斉に糸を伸ばす。
巻き付けば深い傷を負わすだけの威力が籠もってはいたが、美月がくるくると槍を振り回すと全て絡めとられて奪われてしまう。
「なんのぉっ」
3人がかりで風を巻き起こし、少しでもいいから押しとどめようとする。
が、風NINJAとは異なり派手であると同時に実践的な回避を繰り返し、美月は風に潜む模擬戦用クナイ全てを明後日の方向へはじき飛ばす。
「ほらほら、そんな風じゃラーメンだって冷ませないよ! カトンの術!」
美月の手に平に巨大な炎が弾ける。
3人の風NINJAは素早く散ると見せて何度も交差し、美月の術の狙いを外そうとした。
だがそれは悪手だ。
美月の狙いは炎の術ではなく、炎そのものだったのだから。
「熱っ」
風NINJAの1人の動きが不自然に止まり、意外と実用的だった自称分身の術、他称連携戦闘の動きが乱れる。
「装束が、燃えている?」
そう。
美月の狙いは着火による個体識別および動きの鈍化だったのだ。
「分身の術敗れたり! 忍法、物理攻撃の術っ!」
美月の蹴りで1人が気絶し。
「ゴウライソード、ビュートモードっ!」
真一の技の一撃が、必死に足止めしていた最初の1人の意識を奪う。
「まだだっ」
たった2人になった風NINJA達は、それでも闘志を失わず撃退士に立ち向かおうとする。
が、突然空を見上げ、驚愕の表情で固まってしまう。
戦場に、ある意味NINJAを上回る存在が現れたのだ。
●MEIDO
メイドが宙を舞っていた。
最も目立つのはいかにも悪魔らしい1対の翼だ。
けれども、見ているだけで和んでくるような雰囲気が、天魔ではなく子供向けほのぼのアニメーションに登場する優しげな悪魔を想像させた。
身にまとっているのは、一応実用品ではあるがふりふり多めの、見せることも重視した一品だ。
特に胸部は圧巻で、西瓜級なのに崩れのない双球が、NINJAだけでなく観客全員の視線を釘付けにしていた。
「悪魔っ娘おねーさんメイド、だと」
「こ、ここは天国? むしろ特殊なお店?」
「ううう狼狽えるなっ。ぞぞぞ属性多いけどNINJAじゃない。NINJA属性はないんだ!」
お前等最初から修行やり直せよ、という視線を撃退士から向けられながら、風NINJAはなんとか精神的再建を果たそうとしていた。
「MEIDO=NINJA参上なのですよ〜♪」
内藤 桜花(
jb2479)が宙で一回転する。
柔らかそうなふくらみがたゆんと揺れて、戦場を揺るがすレベルの歓声が観客から聞こえてくる。
「萌え萌え……」
桜花の腕に闇の力が集まっていく。
日曜朝の女児向けアニメっぽい演出がされているのは、気のせいだろうか。
「ビームなのであります☆」
ファンシーな気がしないでもない闇の光が、NINJAからただの趣味人と化した2人を吹き飛ばすのだった。
●NINJAへのツッコミ
大量のアウルが込められた太刀が、アメリカンNINJAの腹をしたたかに打ち据える。
誤って斬り殺さないよう工夫しているとはいえ、ダメージは非常に大きなはずだった。
ふらつくアメリカンNINJAに対し、氷室 時雨(
jb2807)は一辺の容赦もなく、何度も何度も繰り返し打ち下ろす。
「僕が君のNINJAを全力で否定してやろう」
冷たく言い放ち、ゼロ距離でダークブロウを叩き込む。
「己の愚かさを悔いるがいい」
大技で押し込んでから、打つ、蹴る、叩き。
事情を知らない者には凄惨な私刑に見えるだろう。
だがこの戦いを止められる者はいない。
「君たちみたいな奴らに、姉さんや友達の命を預けるわけにはいかないんだよ」
声は静かでも、触れれば爆発しそうな激情が籠もっている。
時雨は、己の趣味に拘ったあげく、他者の命を危険にさらそうとするNINJAを許せないのだ。
「分かっている。分かっているとも」
アメリカンNINJAは目を見開き、全身の筋肉を躍動させる。
既に傷だらけの額を刃の腹にぶつけて無理矢理防ぎ、反撃の拳を時雨の腹に叩き込む。
「ならばどうして改めない!」
時雨は刀を手放し、己の拳に闇の力を込めてNINJAの頬を殴りつける。
一瞬顔が変形し、口の中を切ったのかNINJAの口から鮮血が吹き出す。
「それがねぇと生きられねぇんだよ!」
これまでのダメージが酷いため、アメリカンNINJAの動きは鈍い。
しかし魂の籠もった拳は、威力とは別の意味で重かった。
「姉さん達と妙な趣味を秤にかけるのが気にいらない!」
「貫いた上で守るために修行してるんだろうが」
「出来るようになってから言え!」
既に模擬戦ではない。
互いの意地をかけた殴り合いが展開されていた。
急所を狙い続ける時雨に対し、アメリカンNINJAは危機感から急速にその動きを洗練させていく。
ノーガードの殴り合いを、撃退士と観客達は固唾を飲んで見守っていた。
「やれば出来るのに何故やらなかった!」
時雨の拳がNINJAの顎を撃ち抜き。
「出来てるかどうかなんて分からねぇよこの野郎!」
朦朧とした意識の中、実用的な動きに開眼したNINJAが時雨の水月に拳を入れる。
時雨は痛みに顔をしかめるが、それだけだった。
NINJAは完全に限界を超え、拳を突き出したまま白目を剥いて気絶していたのだ。
「全く。やれば出来るじゃないか」
ずれた眼鏡の位置を直し、時雨は淡く微笑んだ。
●NINJA敗北
「ドーモ、火NINJAサン……レグルスデス」
真っ赤な忍者服。
頬には伝説のNINJAリスペクトのなると巻きの文様。
背後に広がるのは、数時間前の決戦場から離れた場所にある荒野。
レグルス・グラウシード(
ja8064)。
戦う前から、NINJAとして格の違いを見せつけていた。
「ドーモ、レグルスサン。新生火NINJAデス」
それに対する火NINNJAは、NINJAの割に目立たない格好だ。
火遁術(物理)や火遁術(物理)を見た火NINNJAは、過剰な装飾を取り外して素早さを上げ、装束も火に強い生地を使ったものに変えている。
「さあ! 見せてください、あなたのニンジャヒーローを!」
モデルになったコミックヒーローの動作を、レグルスは撃退士の高い身体能力で無理矢理再現してみる。
「応よっ」
実に楽しげにNINJAが炎を吹き出す。が、実はそれは実は目くらまし。
アウルを使わない自作の炎、名付けてスプレー缶ファイアーで視界を遮り、文字通り炎のような勢いで飛びかかる。
模擬戦用に刃がついていないかぎ爪がレグルスを襲う。
「やりますね」
咄嗟に盾で受けるものの、レグルスの腕がぎしりときしむ。
レグルスは痛みを顔に出さず、NINJAバトルを心底楽しみながら高らかに宣言した。
「それじゃあ、今度は僕の番……だってばヨ!」
術か、対術か。
どちらにでも対応できるよう備える火NINNJAだが、彼の予想は全て外れていた。
きらめくアウルが鎖に変わり、NINJAを激しく緊縛する。
「僕の……じゃない、セッシャの出した火の玉こそ太陽の代わり!」
まばゆい輝きが犠牲者の視界をくらまし、回避だけでなく防御する術まで奪う。
「ここは西部の砂漠地帯! 地獄めぐり、焦熱地獄ーッ!」
そして、一切の遠慮容赦なく、流星の嵐をまき散らし地面ごと吹き飛ばす。
見事なアフロに仕上がった元NINJAが、NINJAバトルをやり遂げた喜びにあふれた顔で、崩れ落ちた。
「やったよっ!」
喜びをガールフレンドに伝えるため、記念撮影に慣れている気がするメイドさんにスマートフォンを預けていたレグルス。
メールに添付した写真がメイド喫茶風だったため微妙な空気が流れたという噂があるが、真相は闇の中である。
かくして戦いは終わった。
多種多様な手段で心を折られたり矯正されたNINJA達は、撃退士をしつつ少しでもNINJAに近づけるよう奮闘しているらしい。