「行くぞヒヒン! とりあえず、頭をぶっ叩く!」
最初に動いたのはSadik Adnan(
jb4005)とその召喚獣ヒヒン(スレイプニル)。最低限の警戒以外はせずに、ただまっすぐに敵天使目がけて突進する。
他の面々のほとんども、逃げる天使と追う天使目指して全力で駆け出した。
「亡命希望の天使か」
一部の例外である陽波 飛鳥(
ja3599)がスコープを覗き込む。
道路の先にはサーバント4体を引き連れた天使が1人、その手前に人間3人を守る薄汚れた天使が1人。
左の林から刃が飛来し天使を狙う。
その狙いは少々甘く、天使が回避するつもりなら十分に回避できただろう。
けれど天使は我が身を文字通り削りながら防いで止める。そうしなければ人間の親子3人が死ぬからだ。
「罠と見るには、迫真過ぎる」
刃の飛来方向からサーバントの位置を推測。密集した草の影にいる可能性大だがいきなり当てるのは無理だ。
銃口が1ミリにも満たない距離動き、アウル製の銃弾が放たれる。
草に隠れたサーバントと人間を守る天使を結ぶ直線上に弾痕が刻まれた。
「っ」
天使が恐怖で身をすくめ、草の影から戸惑う気配と音が届く。これで少しは時間が稼げたはずだ。
『敵伏兵新たに2。右手前に1。右奥に1』
無線からヴェス・ペーラ(
jb2743)の報告が流れる。
無線は森田良助(
ja9460)が久遠ヶ原で調達したもので、全員分の足音や風を切る音や激しい呼吸も聞こえていた。
「了解。要救助者は任せた」
銃を固定して鋭い足捌きで向きを変える。
黄金色の光纏が白い頬を撫で、強い瞳を優しく輝かせた。
「時間との勝負、か」
スナイパーライフルSR-45が吼える。
反対側の林から飛び出そうとしたサーバントに直撃し、サーバントに次の選択を迷わせた。
『最後方のサーバントを失探』
「了解」
アサニエル(
jb5431)は全力疾走から小走りに切り替えて生命探知を発動、即座に無線越しに報告する。
「生命探知に反応無し」
飛鳥が一度牽制したサーバントに符を向ける。
秒もかからず攻性のアウルが生じて茂みへ向かう。
平地でならかなりの速度が出せたはずの黒球連結型サーバントは、阻霊符により木々も草も通り抜けられなくなり速度が極端に低下する。
小型の彗星に似たアウルが球状の頭部に命中し、黒い小さな破片と共に飛び散り消える。
脳にあたる器官があったのかどうかは分からない。
いずれにせよ術の効果は完璧に現れて、サーバントの動きをさらに鈍くした。
「こういう時ほど伏兵が怖いってね」
一歩大股で横へ動きサーバントの射線上に立ち、背後の天使と人間に声をかける時間も惜しみ手のひらをかざし生命探知。
変化は3つ。1つは上空から支援中のヴェス、もう1つは味方が呼び出したヒリュウ、最も遠くに現れたのがおそらく最後の伏兵だ。
「任せて」
アサニエルが言うより早く良助が反応し、良助が言い終わるより早くヒリュウが急旋回して元来た道を全力で飛ぶ。
無音で飛来した妙に凝った造りのクナイが、ヒリュウの愛らしいお腹に突きたった。
「1体塹壕に潜んでます!」
ヒリュウ経由でもたらされた視界には、妙に凝ったつくりの、ちょっと間違った知識で造られた塹壕とサーバントが映し出されている。
『了解。他に伏兵は無し。今から私が抑えます』
優美な影が地に倒れ伏す親子を横切った。
ヴェスは木々の先端をかすめる経路でサーバントの至近へ移動し、黒色に金のラインも美しい拳銃で連射する。
ただのアウル製銃弾なら削れはしてもほんの少しだったろう。
だがヴェスにより濃く暗いアウルをまとわされた銃弾は大きく威力を増しており、頭部にあたる黒球を頭頂から押しつぶす形で粉砕した。
ヴェスに攻撃を、ヒリュウに周辺の警戒を任せ良助が避難民を助け起こす。
父親らしい男性は全く反応しない。限界近くまで精神を吸われた結果だ。
「あの天使は一体何者なのでしょうか? 解かる範囲でいいので詳しく教えて下さい」
こちらは大丈夫に見えた女性に囁くと、母にして妻の瞳に根深い憎悪が灯った。
「こ、このっ」
良助に助けられたことで天使の支配下から逃れたのを実感したのだろう。殺意を露わにして悲鳴じみた言葉を吐きすてる。
「この人を壊した天使よ。すぐに殺してよぉっ」
翼を除けば人間にしか見えない天使が短い悲鳴をもらす。
疲れた瞳は急速に絶望に染まり、その奥には納得と諦めの色があった。
良助は、この天使は信じられると確信した。
これが演技なら潜入工作用の専門家だ。専門家ならもっと有効な場面で投入されるはずだ。しかしそれをこの女性に納得させるのは極めて難しい。この天使がやったかどうかは分からないが、天使という種族の誰から夫を壊したのは事実なのだから。
戦闘の熱と絶望で染まった空気を一切無視して小さな足音が響いた。
「大丈夫だったぁ? もうちょっとだからぁ、頑張ろうねぇ」
事態を理解できないが故の天真爛漫ではなく、全て理解した上で本心から相手を気遣う笑顔を子供に向ける白野 小梅(
jb4012)。
子供の固く強ばった無表情が崩れ、両の瞳から涙が溢れ、戦場には似付かわしくない鳴き声が響いた。
「だいじょうぶだよぉ」
小梅は抱きついてきた自分より大きな子供をあやし、宥める。
人間の親子に気付かれないよう体の向きを変え、自分の体をサーバントからの盾にする。
視認できない攻撃に耐えるのは難しい。
サーバントが苦し紛れに飛ばしたクナイが天使を大きく外れて小梅に背中に直撃する。
小さな体が揺れ……ない。
子供を少しでも安心させるため、己の体を傷つけるのを承知で無理矢理衝撃を消したのだ。
「いじめっ子めぇ、めっ!」
ヒヒロイカネから魔女の箒を引き出す。攻撃の際にアウルによって生み出された黒猫は可愛らしく、子供の傷だらけの心を暖かくする。
それ以上の効果もある。子供の目を、凄惨なつぶし合いから逸らすという大きな効果が。
「天使?」
見た目幼児の小梅の正体に気づき呆然と呟く母に、ディザイア・シーカー(
jb5989)が数瞬沈痛な表情で見守り、視線を移す。
ここまで親子3人を連れてきた功労者であり、逃走中に放棄された固定電話から亡命の意思を示した少女に話しかける。
「詳しい話は後だ、すまないが状況報告を頼む」
シーカーが堕天使であることに気付き、天使は安堵の息をもらす。
「私は、リコットです」
階級と所属、直属上司と与えられた任務を正直に答える。
シーカーはうなずきつつリコットを親子から離していく。
「狙いは君のようだ、近くにいると彼らが危険だ。少し離れるぞ……行けるか?」
天使がうなずいた。
サーバントの攻撃が天使と天使を庇う堕天使に集中し、攻撃と防御のアウルがぶつかり合い飛散する。
「あれは?」
防壁陣を己ではなくリコットに連続で展開してやりながらシーカーが問う。
撃退士数人相手に交戦するタナ(jz0212)を見て、リコットの瞳が曇る。
明らかに敵に対する視線ではない。
「亡命者がサーバントの護衛付けてるわけないよな? 正直に話してくれ」
クナイを防ぐときだけ光纏が黒くなる。
そのことに気付く余裕すらなく、リコットはタナについてぽつりぽつりと語っていく。
語られるにつれ、シーカーの胸中に困惑と警戒感が増していく。
「あの方は人間を対等な存在だと……」
対等と尊重は違う。おそらく、あのタナという天使は自分の趣味の邪魔になるもの全てを地獄に蹴落とせる。必要がないときに蹴落とさないのは善良ではなく計算高いというべきだ。
「人間らしいというべきだろうな」
もちろん悪い意味で。
戸惑うリコットにうなずいてごまかす。以前目撃されたときから戦闘力が低下も向上もしていないことが分かっただけでも十分だ。
「しっかり俺の影に隠れてろよ?」
はいと言って赤面する天使を背中に隠す。隠したのは守るためでもあり、天使に怯える女性から隠すためでもあった。
「ふむ」
撃退士3人対タナ率いるサーバント4体の死闘と非戦闘員3人と1人を守る戦いを、ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が一瞥して確認する。
「ちょっと、黙っててもらおうか☆」
これまで手を抜いていた訳ではないけれども、手札を全て切っていた訳でもない。
普段の飄々とした微笑みではなく破滅へ誘う狂笑が浮かぶ。
飛鳥の銃撃で足止めされていた黒玉サーバントとの距離を詰めて一見無造作に巨大斧を横からぶつける。
練習場で柔道技でも受けたように横へ転がるサーバントは、丸い外見に相応しく転がり続けて飛鳥の目前で止まる。
ジェラルドが一歩踏み出す。
サーバントは恐怖に駆られて彼に背を向けてしまう。
背中に、夏の太陽を浴びた気がした。
腹の黒球から妖艶と評して違和感のない刃が突き出る。
紅炎村正。
飛鳥が銃から切り替えた刃である。引き抜かれても穴は元に戻らない。腹に隠した核を破壊され、サーバントはただの黒い砂と化して道路の上に散らばった。
「私も昔は天魔を憎んでた。天魔に何もかも奪われた……だから、気持ちは分かるわ」
生き残りのサーバントから親子を庇う位置に進む。
何度も頭を下げて子と夫と共に逃げる女性に聞こえないことを承知の上で続ける。
「でも、自分の世界を裏切ってでも、死ぬかもしれない危険を犯してでも、人を助けようとする天魔もいる」
リコットは天使とは思えないほど動きが鈍い。エネルギー供給が絶たれた後動き過ぎたのだ。
「難しいものですね」
悪魔の翼を消したヴェスが着地。優雅に構えて引き金を引く。
ヴェスによって防御を融かされたサーバントは一度下がって機会を待とうものの、真正面から飛んできた銃弾を防ぐこともできず核を破壊された。
●だ天使
時間は転送直後まで遡る。
Sadikと相棒は圧倒的な速力でリコットと人間3人の横を走り抜けた。
彼等を見捨てた訳ではない。
単純な戦闘能力ならリコット周辺のサーバント3体の倍はある存在を押さえ込むための行動だ。
「天使だ!! 天使だろう!? なぁ天使だろうおまえ」
最近はまった漫画の台詞が自然に口からこぼれだす。
撃退士の転送で驚き慌て直属の4体に命令することも忘れていた駄目天使が、きらりと目を光らせる。
「首おいてけ! なあ!」
Sadikの気合にヒヒンの気合も盛り上がり、主従一体となって天使に突撃する。
「貴様を分類甲以上の撃退士と認識する」
タナは妙に濃い表情で、微妙に格好良いかもしれない(ただし戦闘能力に関しては負の影響しかない)ポーズで待ち受ける。
盾じみた幅の大剣装備サーバントは困惑しつつも主の命に従い、Sadikを迎え入れるかのごとく散開する。
人間と天使は心底からの笑みを浮かべて激突、はしなかった。
ヒヒンの背をトンと叩いてからSadikが自主的に背から落ちて綺麗な受け身とる。
「あわっ」
天使とその一行が前のめりになってたたらを踏んだタイミングでヒヒンを送還、ストレイシオンもといガオを召喚。天使ご一行に容赦なく突っ込ませる。
まともに戦えば4対1で圧倒的に有利なはずだったサーバントが絡まり合うように衝突する。
「ずるーい!」
遊び相手にからかわれたように嘆くタナとは逆に、サーバントは予め定められた効率的な動作を行う。
無理な体勢から、その体勢での最高の一振りがガオにめり込む。
とっさに送還したSadikが血を吐きタナがえへんと胸を張ったときには、既に勝負は半ば決まっていた。
「いいもんいいもんっ。今から逃げれば」
タナの口が凍り付き全身から血の気が引く。
ガオが直前までいた場所に、雫(
ja1894)が身の丈を越え体積にした数倍はある巨大剣を高々とかかげている。
波打つ刃にはアウルが集まり真夜中の満月のごとく輝いている。
「ちょ、待っ」
雫の細い眉が微かに動く。タナに対する反応はそれだけだ。
光の塊を、教本に載っても違和感のない軌道で振り下ろす。
白い光の束がサーバントを襲う。
Sadikの陽動で最大の武器にして防具を構えることもできずに光に冒され、関節部から悲鳴じみた音と共にアウルを噴出させる。
「逃げっ」
器用に空中で四つん這いになって反転後逃走しようとする。
「Check」
アウルで形作られた重装甲が内圧によって軋む。
肘から伸びる杭から悲鳴に似た低音が聞こえる。
「る」
ファング・CEフィールド(
ja7828)が攻撃する半瞬前にタナが転がる。
異様にうまい回避であり防御ではあるけれども、ファングにとっては可愛いらしい抵抗でしかない。
『ExceedCharge』
SFに登場するパワードスーツ風の光纏が唸って杭が輝く。
タナの回転退避は止まらずこのままではどんな拳を繰り出しても当たらない。
「Crimson Smash」
一歩を踏み出すと地面だけでなく大気が揺れた。
ファングから拡散したアウルの一部がタナに達し、喉元に突き刺さる形の赤い円錐が現れる。
「ぼぼぼく悪い天使じゃないよ?」
回転しながら涙目上目遣いという器用な芸を披露してもファングは止まらない。
拳は撃たずに跳躍、速度を落とさず全アウルを足からつま先に集中して円錐に飛び込んだ。
「はぐっ」
ファングの絶技『現実起動』が炸裂した瞬間、それを目にしてしまったリコットは恐怖で腰が抜けその場に座り込んでしまった。
タナの呼吸がまだあるのを確認する。予想通り、ここまで徹底してようやく倒せる相手だった。
数十メートル先まで逃げた親子連れも腰が退けている気がした。
「彼女は戦った……人間として……撃退士として」
近づいてリコットの頭に手を乗せると、ひうっと可愛らしい悲鳴が漏れた。
彼女を狙っていたサーバントは既に排除され、排除した撃退士達が雫に合流してタナの護衛を粉砕する。
「こうして天魔と戦った以上、彼女はもう人間ではないでしょうか」
母と子は高速で首を上下に振り、心の過半を奪われた父も少し遅れてうなずいていた。
雫の巨大剣がタナの首に上から押してられる。
「複雑な事情があるようですが、降ったらどうですか?」
「こうふくしたら首とらない」
ヒヒンの背から見下ろすAdnan。万一タナが回復して逃走しても追える体制だ。
心折れた……実際半分くらい本当に折れたタナは超高速で逃走手段を検討する。まだ、4割はある。
「ちょっと待ってね」
ジェラルドが縄を取り出し慣れた手つきでタナを緊縛する。
無理に動けばタナ自身を破壊する本気の縛りは、だからこそちょっとどころではなく艶があった。
「ちょっと早いけど言っておくべきかな……久遠ヶ原へようこそってね」
アサニエルがくすりと笑ってタナを湧きに抱えた。
「如何にも憎めないですよね。言動が軽いと言うか、アーパー見たいな感じで」
雫が光纏を解除して後を追う。
この場で切り捨てても後悔しないですむほど軽いとも言えますけど、とは口に出しては言わなかった。