●緒戦
巨漢の握り拳ほどもある砲門に淡い光が集まっていく。
真っ当な兵器なら車か船に載せられているはずの武器を使うのは2本足で立つディアボロだ。
遠くから見れば人間にしか……最近放送されたアニメのコスプレ少女にしか見えないが、間近で見て人間と間違う者はいない。
「人間のコピーでなくアニメの立体化かぁ」
「左様で御座るなタナ氏。不気味の谷を回避するあたり分かっている創り手なので御座ろう。ディアボロ1体あたりフィギュア1体の報酬でOK?」
「にゅう。これが悪魔のゆーわくなら逆らえないよね」
白い翼がなければ人間にしか見えないタナ(jz0212)と青肌黒髪のはぐれ悪魔が十年来の友のごとき気安さで話し込んでいた。
大型フィギュア型重装ディアボロは、こいつら何考えてんだという表情のまま引き金を引く。
大口径砲からアウル製の砲弾が放たれた瞬間、砲門周辺の空間が歪んで見えた。
砲弾は秋桜(
jb4208)を目指す。
もっとも砲門が向いていたのは秋桜の体に纏わり付く闇であり、秋桜は体を伏せることで直撃を避けることができた。
「とんでもない威力でござるな。タナ氏?」
直前まで話していただ天使が消えている。
なお、2人の会話は主に意思疎通越し20メートルは離れていた。
「そこのあんた! 怪我はない?」
物理的に不自然な格好で吹き飛んでいくタナに目も向けずに雪室 チルル(
ja0220)が直進する。
「あいあむだてんし」
嘘を言わずに誤解させようと捨て身のセリフを吐くタナ。その斜め下方素メートルで、重装ディアボロの砲門がチルルに向いた。
しかしチルルは慌てない。砲門に灯った光はまだ弱いからだ。
重装ディアボロとその背後にいる軽装ディアボロの口の端がつり上がる。
発車直前に回避するつもりの撃退士を軽装が邪魔して重装が討つ。彼女たちの戦法は完璧だと、彼女たち自身は思い込んでいた。
「うん」
桜庭 ひなみ(
jb2471)が引き金を引く。
重装ディアボロのそれと比べると桁が1つ違う小ささの銃器が火を吹いた。
アウルの銃弾が向かったのは分厚い重装ディアボロではなく、薄いレオタード状の装甲をまとう軽装ディアボロ。
威力は低いが足先に着弾したため、ほんの数瞬ではあるが動きが鈍くなる。
軽装は近くのチルルを狙うか遠くのひなみを狙うか一瞬迷い、先にひなみを潰そうとその場から飛ぼうとした。
「あんたの相手はこっちよ!」
チルルは重装の脇をすり抜けた。
小さな掌の中にエストック状の両手剣が顕現し、鋭利な切っ先は白い線を残しながら軽装の喉元に迫る。
ディアボロの薄い刃が長大な刃を防ごうと振るわれ弾かれる。
喉への直撃は避けたが肩を深く抉られ軽装人型ディアボロは悲鳴をあげる。
それに止めを刺そうとするチルルの後ろで、無理矢理反転した重装が砲門から力を解き放つ。
「凄い火力!」
砲撃を氷結晶で補強した大型剣で切り裂き威力を減少させる。体を覆うアウルがごっそり削られるがこの程度で倒れる気はしない。
「相手にとって不足なしよ! 吹き飛べ!」 」
フォースエッジに込めたアウルの性質を変更し重装に突きつける。
先端から溢れ出す冷たくも美しい光が、重装の甲冑状装甲を撃ち抜いた。
●白兵戦
「おー、アレに見えるはタナさん……かな?」
堕天使のふりをしているつもりの堕天使を横目でみつつV兵器を展開する鈴木悠司(
ja0226)。
悠司に気づいたタナが手を振っていた。
「危機感ないなー」
撃退士が天使を討っても何の問題もないどころか絶賛されることを忘れているとしか思えない、多分すっかり忘れているであろうだ天使であった。
「危険度の高い方から対処させてもらう、よっ」
鋭く踏み込む。
真新しいアスファルトに蜘蛛の巣状の亀裂が生じ、細かな粉塵が悠司から逃げるように舞った。
軽装ディアボロほど薄着でもなく、重装ディアボロの甲冑姿でもない中途半端な装甲少女が飛び退こうとしてし損じた。
胸甲にひびが入る。
悠司は止まらない。
掌底を打ち終えから片刃曲刀の展開から斬りつけまで、1つの動作として完成していて威力も十分以上だった。
フィギュア型ディアボロの肌に一筋の線がひかれ、似ているが明らかに人とは違う赤色が滲んで流れ出す。
ディアボロは奥歯を噛みしめて苦痛に耐える。けれど明らかに動きが鈍っていて、撃退士にとっては絶好の機会に見えた。
「ごめんそっちいった」
悠司は追わず逆に飛んだ。
足形と亀裂が爆風に覆い隠され、数秒後に風が吹いて消えた後にはクレーターしか残ってい。
フィギュア型ディアボロは悠司から離れて同類の元へ駆ける。
力も速度も足運び身体能力もその使い方も高水準で、もし重装の大火力と軽装の援護があれば猛威を振るえる展開もあったかもしれない。
「お相手仕る」
着地の音と同時に声が響き、ほとんど重なる形で銃声が聞こえた。
「おっと、そいつぁ防がせてもらったぜ」
ディザイア・シーカー(
jb5989)の広げられた掌から、砕けたアウルの弾丸がこぼれ落ちていく。
カオスレートの高低差により被害が大きくなっているが、戦場ならこの程度軽傷未満だ。
油断も慢心もなくにやりと笑う。
ディアボロはディザイアの背後にいる重装と軽装、そして背後から接近してくる撃退士に気をとられて本来の実力の半分も発揮できない。
「他の奴に目ぇ向けてる暇はねぇぞ?」
事実故に最高の挑発になった。
ディアボロは即断し抜刀、鋭い足音をたてながらディザイアとの距離を詰める。
一直線ではなく間合いの把握を困難にさせる進路をとり、ディザイアの口に赤い刃を突き込もうとした。
「さぁ」
貫通したように見えたのは錯覚だ。
右に進んで直撃を避け、わずかに削られた黒髪が舞う中あえて直進しディアボロに張り付く。
「どっちが先に倒れるか、勝負と行こうか」
ここまで張り付くと互いに速度は出せない。
0距離での銃撃がディザイアの腹筋を傷つけ、ディザイアの拳とそこから撃ち出されたアウルがディアボロの装甲を破壊し吹き飛ばす。
「隙あり」
言い終えるよりディアボロの顎を下から殴り飛ばす方が早かった。
装甲が半壊し軽装よりも意味色っぽくなってしまった体が宙を舞う。
「一手、貰ったぜ。……ちっさ過ぎるて色気がないな」
脳にあたる部分を揺らされ思考能力が鈍ったディアボロは、ディザイアの軽口を認識できなかった。
着地寸前で体をひねってわざと勢いよく転がり、無理矢理アスファルトを蹴って重装も軽装もいない方向へ駆け出す。
勝ち目がないなら逃げて撃退士がいないところで人を襲いエネルギーを回収するつもりだ。
「変身!」
どこからともなく声が聞こえた。
すた、と軽い音をたてて恵夢・S・インファネス(
ja8446)がトラックの上に着地する。
見た目だけは主人公風のディアボロが、大きく目と口を開ける。
恵夢の光纏は色気と可憐さをぎりぎりで両立させた薄着肌色ましましコスチュームだ。日曜朝に登場して途中まで敵だったりする感じというのが正確な表現かもしれない。
「アニメやゲームはみんなで仲良くするための物でしょ。それで悪さをするようならお仕置きだね!」
ディアボロの、必要もないのにわざわざ通常火器に似せられた銃撃音が連続で響く。
「口上遮っちゃだめでしょー!」
タナの絶叫も銃声にかき消されていた。
恵夢のまわりに立ちこめるアウルの霧が晴れていく。
そこには血塗れの恵夢ではなく、大きさは盾並でも非常に攻撃的な外見の何かが展開していた。
「そーどふぉーむ!」
魔剣アイトヴァラスが真の姿を取り戻す。
刃渡りだけで2メートル近い巨大剣が、陽の光を浴びて禍々しくも雄々しく輝いた。
「こういうノリしてる奴は」
助走も無しで高く高く飛ぶ。
育った胸に引き締まった体に綺麗な肌そしてそれらを包む薄手衣装は悪魔的な魅力を持ってはいたが、恵夢の真っ直ぐな心のありようによって淫靡ではなく清らかに感じられた。
「退治する!」
当たれば即死と悟ったディアボロが躊躇無く飛ぶ。
だが真横から飛来したアウル製銃弾が太ももに直撃して動きが乱れ、あと1歩足りなかった。
アイトヴァラスが背中から入って背骨と重要部位を切断し、ただの残骸となったディアボロが地面に転がった。
「ナイスアシスト」
にこりと笑うと、絶妙の援護射撃を行った銃を構えたままのひなみが曖昧な表情で応える。
壊れた装甲の隙間から見えるフィギュア型ディアボロの胸を見て眉を下げ、激戦中の重装ディアボロの胸部装甲ふくらみを見て肩を落とし、ふよんと弾んだ恵夢の夢一杯を見て涙目になる。
「あ、あと少しです!」
縋るように愛用のベレー帽に一度手を当てて、ひなたは残ったディアボロに狙いを定めるのだった。
●暴発
フィギュア型ディアボロの撃破と同時にリアナ・アランサバル(
jb5555)の動きが変わった。
案外逃げ足の速い重装ディアボロが砲門を向けるより早く動くのはこれまでと同じだが、横や上に避けるのではなく重装の頭上ぎりぎりをすり抜けるついでに糸を伸ばして喉に引っかける。
外見は皮膚でも実際は装甲な表面に半センチ切れ込みが入る。リアナの周囲にうまれた青い雷光がディアボロの影に降り注ぎ、ディアボロを維持する最も重要な何かをごっそりと削った。
ディアボロは己の奥歯をかみ砕いて意識を保つ。
損害は大きいがリアナの速度が0に近くなり、フィギュア型ディアボロの銃の良い的になると思っていた。
「もういないよ」
フィギュア型は既に両断され、軽装型は天使と撃退士の牽制に気をとられてしまっている。
最悪でも軽装だけは逃がさないとと考えた瞬間、リアナが再度翼を広げてディアボロの頭上へ移動した。
起動後最高の速度で砲門の向きを変え狙いを定める重装ディアボロ。
けれどリアナの方が半秒だけ早かった。
アンブルを消して巨大な鉤爪を装着。小さな体重と強烈な速度と優れた筋肉をかぎ爪の先に集中させ、砲弾が飛び出す寸前の穴を叩いて押しつぶす。
ディアボロは顔を蒼白にはさせて攻撃を中断しようとしたが判断が遅すぎた。
リアナが分厚い装甲を蹴って飛び離れるとほどんど同時に、極めて頑丈なはずの砲門が爆ぜ割れ大量の破片をまき散らされた。
「ぎゃーす」
こっそり上を飛んで逃げようとしただ天使が巻き添えをくらって墜ちていく。
至近距離で直撃したディアボロはその程度では済まない。甲冑状の装甲が凹む。装甲の隙間から、肉と骨と内蔵が混じったものが吹き出し地面を汚す。
V兵器を消してリアナが着地して振り返ると、ディアボロだったものが駐車場に倒れて事切れていた。
●さいごのたたかい
「悪いけど、ちょっとジャマさせてもらうよ?」
アルス・ノトリアに触れて意識を集中する。
「嵐の夜に身を震わす水夫よ」
アウルが水色の錨の形をとって、高速で移動し続ける軽装ディアボロの周囲に突き刺さる。
軽装は胸をなで下ろすのと馬鹿にするのが入り混じった表情で視線を向けてくるが、これは全て夢前 白布(
jb1392)の狙い通り。
「嵐の夜に身を震わす水夫よ」
錨がアスファルトの中に沈んでいく。
物理的に穴を開けたのではなく魔術的あるいは霊的な作用だが術の対象となったディアボロの頭は理解するための性能が足りない。
「重き錨に繋がれ永遠に昏き海底に沈め!」
錨が沈みきたとき、沈んだ錨が2つの線を延ばして交差させ1つの逆十時を形作る。
大きさを無視すれば二次元の無劣化三次元化であるディアボロが、何もない場所でつんのめって転びかけ、透過に失敗して激しく体を打ち付けた。
「くっ」
ひなみが容赦なく銃弾を撃ち込んでいく。
倒れたときにふよんと揺れた膨らみのせいではない。断じて。
「行くよタナさん!」
「え?」
白布に声をかけられ、重装ディアボロの一撃から回復して逃げようとしていただ天使の動きが止まる。
自然とディアボロも天使を警戒してそれ以外への注意が疎かになる。
「や、タナさん」
刺々しい凶悪な刃で軽装の背中を両断したのは悠司だった。
ディアボロの悲鳴と苦痛を耳と手で感じているはずなのに笑顔に曇りがない。
後は非常に簡単で、ディザイアが転がしチルルが比喩でなく粉砕して完璧に止めを刺した。
「タナ氏〜。約束の品でござるよ」
3つのフィギュアを抱えて秋桜が飛んでくる。
「ひゅー。現物見るの初めて」
清潔な手袋をはめて受け取るタナ。
「うおおなんとゆー作り込み」
頭上に掲げて下から見る目が非常に妖しく、控えめに表現して変態っぽかった。
「作り込みという点では今回のディアボロもなかなかで御座ったな。地面から見上げてぎりぎりシマシマが見えたのがたまらん」
「ま、負けないっ。私も次は下までつくりこんで」
「ありがとう、タナ。君のお陰で皆を守れたよ」
異様な空気を無視して白布がだ天使の手をとる。
「どういたしまし……はっ」
爽やかな笑顔によって警戒心を解かれてしまったタナだが、ディアボロが倒されたことで戦力差が1対8となったことにようやく気づいた。
「でもサーバント作るのだけは絶対ダメだと思うんだ。ゴメンね――――杭留めろ!」
ディアボロの血で濡れたアスファルトから灰色の杭が突き出しタナを襲う。
「R18Gはんたーい!」
何故か、白布の手から天使の感触が消えた。
手の中に残ったのは量販店で買ったらしい冬服だけだ。
タナは上半身裸、ではなく色気が0どころかマイナスなTシャツ姿で、器用にブリッヂして杭を全て回避した。
「こ、今回は私の勝ちだからっ」
ふひひと百年の恋も一瞬で冷める笑みを浮かべ、ブリッジの体勢のままでくしゅんくしゅんとくしゃみしつつ逃げていく。
「1人じゃ足りないか」
白布はひとつため息をつき思考を切り替える。
だ天使の腕力は予想以上に弱い。速度を活かした逃亡は得意のようだが、撃退士が2人組み付けば自力では絶対に逃げられないはずだ。
「ま、次回で御座るな」
はふうと欠伸をして、討伐完了の連絡を送るはぐれ悪魔であった。