●ヒーロー再び
舞台に新たなヒーローが現れる。
アメリカンなヒーロー並みに鍛えあげられた分厚い体は力の象徴。
風になびくヒーローマントは、この地で子供達を守った先達同様の心意気を現している。
「かかってきたまえ!」
空を悠然と飛ぶサーバントに対し、上から目線で力強く命じる阿岳 恭司(
ja6451)。
2体のサーバントは最初は戸惑い、次に罠を疑い、最後には侮られていると断定した。特撮番組の怪人着ぐるみの出来損ないじみた体を激しく震わせ、高度を速度に変えて恭司に対して急降下攻撃を仕掛けようとする。
「頼むぜみんな」
小声で呟いてから、恭司は逃げずにサーバントを迎え撃とうとする。
まだ仲間は配置につけていない。時間をかせぐために、ここは無理をする必要があった。
「うおぉっ!」
雑ではあるが連携をとり、ほとんど自由落下してくる異形が2体。
挟まれないことを最優先に、恭司は片方の軌道をずらすために全力の拳を放つ。
「プロレスラーはぁ! 攻撃を受けてなんぼなのだぁ!」
異様な鋭さを持つ翼が恭司の脇腹を大きく削り、不気味なほど太い蹴りが恭司を吹き飛ばし、シャッターが下ろされた店舗に突っ込ませる。
だがサーバントも無傷では済まず、片方のサーバントはのっぺらぼうに近い顔面に拳のあとをつけてアスファルトの上に転がった。
地表すれすれを飛行するサーバントが止めを刺そうと恭司に向かい、しかし進路上に張られた金属製の糸に気付き、速度を落として五月蠅げにはね除ける。
それを隙と見た戸次 隆道(
ja0550)がアウルを全快にしてサーバントに飛びかかる。
燃えるように赤く輝く隆道の動きは素晴らしく速く、赤く輝く髪はヒーローの怒りそのものに見えた。
が、体勢を立て直したもう1体のサーバントが隆道の背中を狙い、隆道は辛うじて回避には成功したものの、サーバント両方共に上空に逃げられてしまう。
地面に転がる鋼糸に一瞬だけ目を向け、隆道は残念そうに小さな息を吐く。
「攻撃用でなく捕縛用の糸が開発されませんかね」
空のサーバントは勝ち誇り、いつでも撃退士を殺せるとでもいうような余裕を見せている。
戦闘開始から今までの戦いで、複数人が秘密裏に配置につけるだけの時間が経過していた。
●対空戦
無人の店舗の2階。
配置につき、阻霊符を使った石田 神楽(
ja4485)は、窓をわずかに開けて銃口を空に向ける。
自身からサーバントに向かう架空の黒い線が、サーバントの動きより激しく変化していく。
敵の動きだけでなく風の向きや強さ、重力やその他の小さな力まで無意識に計算した結果であるため、目まぐるしく正解が変更されるのは当然かもしれない。
黒いアウルを展開し、身体能力強化とヒヒイロカネとの強い同調に伴う痛みを一切表面には出さず、神楽は頭の中の引き金を引く。
現実の銃口から連続して銃弾がばらまかれ、サーバントの頭部をかすめるように通過する。
隆道達から離れつつあったサーバント達は、回避のため高度を下げつつ、小癪な狙撃手を血祭りにあげようと慌ただしく周囲を警戒する。
銃器とはいえ、撃退士が使うV兵器の射程は通常銃に比べると短い。
時間さえあれば、サーバントは近くにいるはずの神楽を捕捉し、数の優位を活かして押しつぶせるはずだった。
「どうも初めまして翼の生えた旦那様方。本日は空のお散歩ですかい? そいつぁ羨ましい限りで」
演劇でもするような、否応なく意識をひきつける声が響く。
Ninox scutulata(
jb1949)。
戦装束に道化服を選択した男が、神楽によって地表近くに誘導されたサーバントを己の戦場に引きずり込む。
「っと失礼、ひょっとしてご婦人も混じっていらっしゃる?これは失礼致しやした。この道化めには、どうにも見分けが付かないモンで御座いやして――」
敵意も悪意も暴力も向けてこないNinoxに対し、1対のサーバントが、強いて言えば困惑に近い感情を抱く。
殺意を向ければ絶妙のタイミングでかわされ、注意を逸らせば妙に気になる仕草と耳に心地よい声で誘われる。
いつでも殺せると判断しての余裕だったのだろう。
そしてそれは、実際のところ余裕ではなく慢心でしかなかった。
「長々とおつきあい、ありがとうございやした」
Ninoxか大げさにへりくだったそのとき、左右の建物から飛来した矢弾が、鋭くはあっても頑丈ではなかった翼を切り裂いた。
●翼。地面に落ちる
「ドクタークロウ、只今見参」
鴉乃宮 歌音(
ja0427)は雨戸を蹴り開けてからベランダ状の出っ張りに身を乗り出し、羽を撃たれて通りに落ちたサーバントに弓を向けた。
「チャンコマンよ。アーケードヒーローの援軍に来たのではなかったか?」
芝居っ気たっぷりに呼びかけながら、アーチが破壊されても無数に存在する障害物、具体的には大売り出しの幟の位置を一瞬で把握し、サーバントよりかなり上を狙って矢を放つ。矢は空気抵抗と重力によって放物線を描き、ほとんど真上からサーバントの肩に命中する。
「耳が痛いなぁ!」
店舗から飛び出た恭司が基本にして奥義であるパンチを放つ。
肩を射貫かれ地に落ちたサーバントは頬を撃ち抜かれ、その場で半回転して地面に叩きつけれ、そのまま勢いを殺さず一回転して起き上がる。
残像が見えそうな速度で隆道が仕掛け、しかし未だ飛行能力を残しているサーバントは浮き上がって突撃を回避する。
「奴等が加速するぞ」
隆道が警告する。
無事な方のサーバントは地上の同属を見捨て、一気に高度を上げて仕切り直そうとした。
「ん、問題ない…良く視えてる…」
商店街には不似合いな銃声が連続して響く。
射撃に適した窓を確保した氷月 はくあ(
ja0811)が、数瞬先の未来を読む漆黒の瞳でサーバントの動きを把握し、既にかなり動きが鈍った翼に銃弾を浴びせていく。
今を切り抜ければ壊れても構わない勢いで翼を動かし、サーバントは一気に加速し通りを抜けようとする。
「速い…けど、読み切れない動きじゃない…かな?」
何発当ててもほとんど形が変わらない翼に対し、はくあは淡々と弾丸を浴びせていく。
アスファルトを蹴って真横に飛ぼうとしても、はくあの銃口はサーバントが動く前に進路上を向いている。
頻繁に進路を変えても逃げ切れず、速度を上げても翼とその付け根に銃弾を浴びせられるだけと判断したサーバントは、翼に残った最後の力を振り絞り、せめて一太刀浴びせようとはくあへ進路を変えた。
だが、既に遅すぎた。
日が陰る。
いや、アーケードから見上げる太陽を、美しい女性が隠しているのだ。
「ふはははははは! ふらーいはーい!」
心底楽しげな笑い声と共に、美貌の悪魔が宙で翼を畳む。
「地の底まで墜ちるがいいさ、天使の道具がッ!」
ルーガ・スレイアー(
jb2600)は和槍に強烈なアウルをまとわせ、速度と重量を穂先に集中させ、熱せられたバターを斬るかのように背中の大部分ごとサーバントの翼を斬り飛ばす。
無論サーバントもやられてばかりではなく、鎧の上からでもその大きさが分かるルーガの胸に拳を叩きつける。
鍛えられた男でも破壊されるはずの一撃は、ルーガを軽く咳き込ませはしたものの、それ以外の目立ったダメージを与えることはできない。
「与えられた力の扱い方すら知らぬか。この塵芥が、砕けろッ、跡形もなくッ!」
槍を鋭く突きだし、穂先でサーバントの頭蓋を砕く。
人間とは似て非なるものをまき散らしながら、半壊したサーバントは転がるようにしてルーガの脇を通り抜け、逃げる。
「ふん」
ルーガは槍を振って穢れを飛ばし、無造作に振り返る。
そこでは、白衣に悪の組織の腕章というスタイルの歌音が、周囲を警戒する力を失った異形を死角から切り裂き、首筋に致命傷を与えていた。
「底なき闇に墜ちるがいい」
アスファルトに崩れ落ち、翼持つ異形はその動きを永久に止めるのだった。
●地上にて果てる
拳が恐るべき力で振るわれ、けれどアウルにより形成された追加装甲にぶつかりその勢いを大いに弱める。
サーバントの攻撃は、地味目な防御術によってその威力を大きく減じていた。しかしその効果も既に無い。
「使い切りましたね」
サーバントに殴られて吹き飛ばされたNinoxとチャンコマン、もとい恭司の傷を最低限癒してから、Rehni Nam(
ja5283)は青白い靄状の光を自身の周囲に展開し、自身の身の丈をはるかに超える槍を手にサーバントに近づいていく。
最初にたたき落とされたものの、その後地上でNinox達を散々に苦しめた翼持つ人型が、侮蔑に似た表情を浮かべてRehniをにらみつける。
神話に登場する戦乙女と呼ばれても名前負けしない力と美しさを持つRehniは、形が整いすぎているため生気を感じさせない口を開いた。
「ばーか。おたんこなす。唐揚げにして食べちゃうのですよー」
戦場の空気が凍り付く。
感情の動きがあまり感じられない澄んだ声で謡うのは、悪ガキが調子に乗って口走るごとき挑発であった。
「が、あぁあっ!」
戦闘が始まってから初めてサーバントが口を開き、不安定に揺れる声で絶叫する。
そして、側面と背後に対する警戒を忘れ、真っ直ぐにRehniに向かって突撃を仕掛けてきた。
「ふむん」
槍の保持は左手を軸に、下半身は右足を起点に方向を微調整する。
Ninoxの伸ばした糸がサーバントの頬を削って僅かに勢いを緩め、Rehniの槍を回避しそこなったサーバントが、腕を盾にして急所への直撃を防ぐ。
敵味方が位置を変えるたびに足場が砕ける戦場。
その全てを視界に納める窓で、はくあが銃口の向きを修正する。
翼、その根本、足を狙う足止めのための射撃から、サーバントを破壊するための射撃へ切り替えるためだ。
高速移動するサーバントが銃の有効射程から抜け出はしたが、その程度最初から想定済みだ。
「この速度なら、読み切れる」
銃声が響く。
アウルが形を為した弾丸は風に乗るように普段より長距離を飛び、異形の頭部を砕き、こめかみを破壊し左の眼窩まで届いて止まる。
絶好の機会を捉えてNinoxが槍を繰り出し、サーバントは最期の力を使って片腕を犠牲に防ぎきるが、そこまでだった。
神楽の弾幕がアスファルトごと足先を耕し、翼をもがれた異形を棒立ちにさせる。
Ninoxがひょいと貼り付けた札が弾け、サーバントは頭を跳ね上げられ、正中線の急所全てを無防備にさらけ出されてしまう。
槍が突き、刃が切り裂き、銃弾が深い穴を穿ち、異形は倒れる事すら許されず、立ったまま生命維持に必要な部位全てを破壊されたサーバントは、悲鳴をあげることもできずに事切れる。
「ヒーローさん達に負けない位頑張れたかなぁ…」
はくあは銃を下ろし、緊張を解いてぽつりとこぼす。
連続した射撃で熱を持った銃身は、真冬の乾いた風に吹かれ急速に冷えていった。
●翌日。補修工事中のアーケード近くの公園で
「そこで炸裂するチャンコパンチ! 怪物はくるくるまわりながら空に吹っ飛ばされたんですよ」
臨場感溢れる、ただし戦いの残酷さを巧妙に隠したヒーロー達の活躍を語り終える。
「ぴえろさんは何してたの?」
「ぴえろだろー。戦えたのー?」
一部が子供らしい残酷さを発揮してはやし立てる。
「へ? アタシですかぃ? アタシ自身はガタガタ震えて見てただけでさァ」
怯えを表す大げさな動きで子供達を笑わせながら、ピエロは無自覚の悪意が周囲に向かないよう、巧妙に子供達の意識を誘導していく。
「みんな集まってくれ。アーケードヒーローに元気な写真を送って喜んでもらおう」
神楽がカメラを掲げると、子供達は嬉々としてヒーローポーズを取り始めるのだった。
●病室のヒーロー達
「全員無事のようだね」
「体を張った甲斐がありましたね先輩!」
それぞれの携帯端末を眺め、役者達は心底嬉しそうに何度もうなずいている。
端末に映し出されているのは神楽が撮った集合写真だ。子供達は前に、保護者と地域住民は後ろに並び、皆心からの笑顔を浮かべている。
「しっかり体を休めて下さいですよ」
いい年してはしゃぐ野郎2人に、Rehniが軽く説教する。
治癒術で傷は治したが、流れ出した血液や精神的な傷までは癒せないのだから。
「力弱き常人の身でありながら、守るためにその身を賭すとは、ナイスガッツどもめ!」
ばーんと勢いよく病室のドアが開き、いかにも悪魔らしい外見の美女が飛び込んでくる。
「これでも食らって鋭気を養うがよいっ」
恭しく差し出されたのは桃の缶詰。と大量のソーシャルゲームのチケット。
「今回ばかりは助けたが次はそうはいかぬぞアーケードヒーロー。……これは回収していくのでさっさと傷を治すが良い」
「ちゃんこ置いてくから食え。入りきらなかった分は廊下に置いてあるからな」
歌音とちゃんこマンは両側からルーガの腕を抱えて連行していく。
「なにをするきさまらー」
見舞いに関する常識には欠けていても、深刻なレベルで人類文化に侵略され中の悪魔美女であった。
「僭越ながら、町の人達の代理で参りました」
スーツを着こなした隆道が、町内会その他から大量に渡された花束を手に入室する。
回復した地域の英雄を見舞いたい者が大勢いすぎたため誰が代表で見舞うか決められず、激しい議論の末撃退士に花束だけ預けることになったのだ。
「あなた方が真のヒーローです」
他者のために身を挺し、死の危険を省みず立ち向かった2人への敬意。
そして、2人への心意気に倣う覚悟。
姿勢と目付きでその2つを表しつつ、大きさ以上の感謝のこもった花束を手渡す。
「あなた方の今後の活躍を元にした番組に出たいもんです」
「俺もですよ! そこが俺達の戦場っすから!」
ここにいるのは撃退士と役者のみ。けれど不屈のヒーロー魂は、全員の心に宿っていた。