●シルバードラゴン
威厳すら感じられる足取り。
気の弱いものなら見られただけで気絶させるだろう力ある瞳。
銀に輝く鱗は何処までも分厚く、鼻息1つで吹き飛ばされそうな気すらする。
そんな龍型ディアボロの前に立ちふさがる影が2つあった。
「ドラゴンだよねぇ。何かこの大きさだと可愛いかも?」
1人はナハト・L・シュテルン(
jb7129)。
麗しい女性だが、整っているが故に常人とは異なる義手部分が目立っている。
「ほう。そう言われてみると……んん?」
黙っていれば元気系美少女、口を開けば田舎っぺ女将な御供 瞳(
jb6018)は、第六感の導きで猛烈に警戒し始めた。
瞳自身にも理由は分かっていない。
「あ、もしかして先月プレイしたゲーム……の?」
ナハトがぽんと手を叩く。
それれとほぼ同時に、ナハトと瞳が左右に飛んだ。
光の柱が直前まで2人のいた空間を切り裂く。
油の臭気と溶けたアスファルトがあたりに散らばる。
道路に刻まれた焼け跡は、数十メートル先まで続いていた。
「思い出した。あのクソゲだべ」
高速で飛んできたドラゴンクローを身の丈をはるかに越える大剣で受ける。
主に勘と一部生き別れの旦那(の声な気がする何か)で完璧に予測した上で防御したのに、腕、肩、腰まで痛みがきている。
「やっぱ現実の戦闘はゲームとは違うべ」
ナハトはわざと派手な動きで召還獣をドラゴンの死角に走らせている。
ドラゴンの意識を逸らして敵増援に向かう味方を援護するためだ。
「江戸の敵を長崎で討つ!」
大剣を掲げてあわせて全高3メートル越えの瞳が正面から仕掛ける。
と見せかけてドラゴンの横を駆け抜ける。
美しくも凶悪な口が閉じて、禍々しい音が人気のない都市部に響いた。
錦織・長郎(
jb6057)が回転式拳銃を構えて引き金を引く。
特に術や技は使っていないが長郎ははぐれ悪魔で相手はサーバントであり、並の特殊攻撃以上の効果があるはずだった。
アウルの弾丸が命中した鱗には傷一つ無い。
戦果確認中に道路を蹴って長郎が飛び上がる。
銃と爪の射程は大きく違うためドラゴンの反撃は命中はしなかったものの、当たれば少なくとも腕1本持って行かれただろう。
彼我の戦力差を認識しても動揺はしない。
長郎は1人で戦っている訳ではない。敵の戦力を諧謔込みで同僚に報告する。
「堅いぞ。ゲーム風にいうならネームドかボスだな」
「クソゲのそのままかっ!」
瞳がやれやれと首を振りながら接近、と見せかけて掌と足下から風とアウルをドラゴンへ向けて飛ばす。
余波が瞳のスカートを揺らし、赤い見せパンを一瞬だけ外気に晒した。
「よし!」
ゲームでは使わなかった搦め手で、サイズを除けばだいたいゲーム準拠のドラゴンを数歩後退させた。
再び降り注ぐアウルの銃弾。
今度は側面からだが相変わらず全く効果が無い。
「弱点がないとしたら悪魔との主戦線に配置される大物だな」
たまたま超強力な敵と遭遇する可能性は0ではないけれども、普通そういうのは戦力の無駄遣いを呼ばれる愚行でしかない。
長郎は、天使がそこまで馬鹿だとは思えなかった。
「なら弱点は……うむっ」
視認不能な速度の尻尾アタックを、全速で後退して避ける瞳であった。
●龍の援軍
「強者の余裕ではないな」
後方に置き去りにしたドラゴンの動きを思い出し、獅童 絃也 (
ja0694)は冷静な声で結論を述べた。
あの、妙にゲーム風のシルバードラゴンは強い。しかしその強さを効率的に運用するための知恵が欠けている。妙に悠然とした動きは余裕ではなく知識と知性の少なさ故だろう。
「こちらは逆か」
足に向けるアウルを減らして減速。
停止する前にアサルトライフルを実体化させて、高速でドラゴンを目指す連結球型サーバントの前に銃弾をばらまいた。
着弾しサーバントを構成する黒球1つが粉微塵になる。
空いた隙間を外側の球が埋め、少しだけ小さくなったサーバントが絃也に目を向けることすらせずに直進する。
絃也の戦力を低く見ているのではない。
己の生存よりドラゴンの援護を優先しているのだ。
絃也の脇をすり抜け、後ろから撃たれても一切気にせずドラゴンに向かう。
「舞うは焔、砕くは大地」
島原 久遠(
jb5906)は、みるみる近づいてくる黒球サーバントを避けようとしない。
アウルが魔法陣の形をとり、密集して走って来るサーバントの前で停止する。
「爆ぜよ!」
陣が砕けて濃密なアウルが籠もった爆風が放たれる。
足の付け根にあたる黒球が砕け、感覚器である頭部の大型黒球が砕け、動きの要である腰の黒球が砕ける。
腰が砕けたものは両足と上半身に別れて崩れて滑っていく。
しかし残る3体はふたらつきながらもほとんど速度を緩めない。
「義兄さんがやっていたゲームのままなら」
増援させると手がつけられなくなる。
すり抜けられる直前に左手を突き出す。
腕に巻かれた銀数珠が艶やかに光り、最初を上回る強さの陣が現れ砕け散る。
「っ」
体の左右をサーバントがかすめ、久遠の体勢が大きく崩れる。
深い傷ではないが即座に追える状態ではない。
傷に関してはサーバント側の方が大きく、先頭を走る1体は片足を半ばまで砕かれ速度が落ち進路が揺れて残りの2体の移動を邪魔していた。
「良い的です」
黒井 明斗(
jb0525)が黒球達を待ち構えていた。
ドラゴン型サーバントまで残り50メートル。
だが明斗が完全に進路を塞いでいるため、黒球3体は大回りして明斗を回避するか明斗を倒して突破するしかない。
「これでも」
明斗が十字槍を掲げる。
アウルが力を増し背中に3対6枚の翼があらわれ、十文字槍を中心に3つの力の塊が形を為した。
「くらいなさい」
3つの星が落ちていく。久遠の攻撃で一カ所に固まらざるを得なかったサーバント達は、射程外に逃げることも回避することもできない。
降り注ぐ力の塊が黒い球をまとめて砕く。
少しでも被害を抑えるために防御姿勢をとる黒球サーバントが1つ壊れ2つ壊れ、最後の1体だけが辛うじて生き残る。
「サーバントの割に頭が良い。絶対に通す訳にはいきません」
戦場において、明斗は油断もしないし慌てることもない。
最初と同じように冷静に、槍で鋭く突くことでサーバント増援に止めを刺すのであった。
●鉄壁の崩壊
「まあ」
神話に謡われる女神の如く舞いながら、Maha Kali Ma(
jb6317)は禍々しい美しさを持つ銃を下に向けていた。
「色が綺麗なドラゴンですね」
慈愛に満ちた顔で引き金を引く。
銃口から飛び出したアウルの散弾は、広がりながらドラゴンの翼と背中を襲う。
それまで悲鳴を上げないどころか一度も有効打を浴びていなかったドラゴンが、見た目とは正反対の情けない悲鳴をあげる。
「あらあら」
慈母の笑みを浮かべて死神の如く武器を操り再装填。
先程散弾が命中した範囲には、10の特徴的過ぎる鱗がある。
「やっぱり逆鱗とかあって凶暴化するのかしら♪」
顔も、声も、動きも優しげにしか見えないのに、敵対するドラゴンだけでなく同僚達の背筋を冷やす何かがあった。
ドラゴンは警戒心も露わにMahaを目で追う。
堕天使の翼は圧倒的な速度を出せる訳ではないが、ドラゴンの速度は圧倒的に遅いので追い切れない。
追うのは諦めてブレスを適当に放とうと上を向いて息を吸う。
「つれない子ね」
Mahaが視線だけを動かし合図を送る。
黄昏色の数珠を握りしめ、中津 謳華(
ja4212)が傷だからけの体からアウルを振り絞った。
角度によっては龍にも見える黒焔が数珠を黒に染め力を引き出す。
数珠より撃ち出された黒い線が銀龍の背を打つ。
最初は効果無し。
2つめも効果が無く目立つ色の鱗を曇らせることもできない。
だが3つめが、鱗も筋も骨もないかのように銀龍を貫き悲鳴を上げさせた。
「今のは……」
眼を細める。
「謳華!」
弱点を探り出す前に、謳華は警告に従い攻撃を捨て大きく飛び退いた。
その1秒後、無理をして跳躍したドラゴンが寸前まで謳華がいた場所に大穴を開けていた。
「謳華、怪我してるんだから無茶しちゃ駄目だよ?」
「すまん」
焦りがあったのかもしれない。
ナハトは喜んで援護して謳華を守ってくれるだろうが、ナハトは召喚獣を使ったドラゴンの牽制と足止めまで行っている。
召喚獣のダメージは召喚者のダメージなので、しくじると傷一つ負わないまま重傷やそれ以上の傷を負いかねない。
「可愛いんだから」
付き合いの深いナハトは謳華が何を考えているかだいたい分かっていた。
必要以上に心配するのはナハトに対する侮辱になるとかごちゃちゃごちゃ考えてしまっているのだ。
他に手段があるのに自分の男に心配をかける必要はない。
ナハトはMahaに翻弄されるドラゴンをじっと見つめて弱点を探す。
噴き出す体液で銀以外の色の鱗を見分けるのが難しいが……。
「ゲームだとウロコの一つが弱点だったっけ?」
ゲーム内容は覚えている。
体液に濡れた箇所とゲーム中の鱗の配置を重ね合わせ、体液の濃さと流れ方で候補を絞る。
「あれかな」
召喚獣を走らせドラゴンの背後から襲わせる。
たった一度しかダメージを受けていないサーバントは、戦闘能力を完全に維持しているはずなのに酷く慌てて雑な動きで振り返ろうとする。
「可愛くない」
ストレイシオンが加速する。
第2候補の鱗を正確に撃つが効果無し。
だが空から見下ろすMahaにとって、ストレイシオンの動きは正解以外の選択肢全てを潰す行動だった。
「やっぱり凶暴化するのかしら♪」
進路と銃口の向きを微修正。
仮にドラゴンが全力で飛びかかってきても回避可能な位置からお見舞いする。
体液にまみれる前は青色だった鱗を中心に着弾し、ドラゴンの口から空気を振るわせる絶叫が響いた。
「弱点は逆鱗みたいだしね♪」
撃つ。
撃つ。
撃つ。
これまでの鉄壁さが嘘のようにドラゴンの体力が削れていく。
位置の関係で援護射撃しかできない謳華が眉をしかめる。
その動きだけでナハトは今ある危機に気づく。
「このままだと攻めきれないか」
ドラゴン(※小型)サーバントは足下を掘り始めている。
透過能力が無くても分厚いコンクリを掘り抜けるドラゴンなら、致命傷を負う前に地下深くへ逃げ込めてしまうかもしれない。
「残念だけど」
本当に残念そうに言って指を振る。
ストレイシオンが全力で駆けだし、ほとんど真正面からドラゴンと衝突して互いに吹き飛ばされる。
ドラゴンは秒もかからず体勢を立て直し、おそらく唯一の逃走経路である地面に目を向けクローの一振りで1メートル近い穴を開ける。
しかし既に遅かった。
体液にまみれた背中の側から、複数の強力な気配が近づいていた。
●ドラゴンハンティング
久遠は病弱だ。
撃退士が務まる体力と技術と精神力はあるので戦場では病弱さが表に出ることなど無いとはいえ、文字通りの全力を長時間出せば話は別だ。
少し滲んでちょっとだけ揺れる視界の中、ドラゴンの背中の一部が目立っている。
Mahaが味方増援に伝えるため分かり易く撃っているのだ。
走りすぎで脇腹が痛むのを堪え、銀数珠を握りしめアウルを通す。
道路の穴に飛び込もうとしていたドラゴンを、白い光が背中から撃ち抜いた。
サーバントが体を起こして壊れた道路を蹴りつけ飛ぶ。
全力疾走直後の久遠は回避する余力はない。
「知恵が足りなくても竜は竜」
久遠ともう1人をまとめて隠す大きさの盾が、ドラゴンにぶつかる。
破壊力だけならサーバントの上限かもしれない一撃を辛うじて防ぎ、十数センチ押されたところで踏みとどまる。
「倒す相手として不足なし。成宮流の槍の冴、見せてあげます」
久遠が後退した直後、明斗は速度の差を活かしてドラゴンの背後に回り込み槍を繰り出す。
ドラゴンは危機感に突き動かされ体を振り直撃だけは避ける。
だがその動きが槍の助けになって、槍先が青鱗を壊し肉に潜り内側から強力極まる皮膚を切り裂いた。
大地が揺れる。
残った命を燃やし尽くす勢いでドラゴンが全力を解放したのだ。
阻霊符が効いた道路に飛び込み、否、圧倒的な強度と力で掘り砕き姿を消そうとした。
「そこか」
行きで縮地を使い切った分到着が遅れた絃也が、ドラゴンから数メートルの地点に着地し勢いを仕掛ける。
気を練った上で攻撃後に隙を晒すことを覚悟した蹴りが、ドラゴンの死角からドラゴンの急所に打ち込まれ肉を裂き骨を砕き、尖った無数の骨片を柔らかな腹に押し込んだ。
悲鳴をあげることもできない。
サーバントの両目に体液が滲み、耳からは濃い体液が零れ、口からは内臓だか胃の中身だか分からない物が零れてまき散らされる。
酷使した前進が悲鳴をあげるのを意思の力で無視し、絃也は軽く息を吐く。
「とった」
サーバントは一度だけ体を震わせた後、自ら掘った墓穴の中で死を迎えるのだった。