●常識的なスポーツ。ハンドボール編
歓声に背を押され、小学部撃退士がアウルを光らせながらボールを投げつけた。
「おーじょーせいやっ」
ボールが変形している。
命中すればゴールネットを撃ち抜きかねない一投は、暗色のアウルをまとうキーパーによって受け止められた。
「痛ー。やったなっ」
白い歯をむき出して大きく振りかぶる。
が、ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)がホイッスルを鳴らして本格的な武力衝突を事前に制止した。
「スポーツマンシップを忘れちゃ駄目だよ」
楽しくするのが一番だ。
でもそれはルールの枠内で、互いに敬意をもっていなければならない。
だからソフィアは、普段なら快活な笑みが浮かんでいるはずの美貌に生真面目な表情を浮かべて諭していた。
「そろそろ時間だね。交代して1試合……すると昼ご飯を食べる時間がなくなるか」
4チームを入れ替えながら朝からプレイして今は昼。
楽しみながら戦術を学んでいた子供達は、言われてようやく気付いて一斉にお腹を鳴らしていた。
「駆け足! 着替えた後手洗いとうがいを忘れずにね」
「はい先生!」
人間、堕天使、はくれ悪魔からなる小学部撃退士達は、元気に返事をして更衣室へ飛んでいった。
「こんな感じで良かったのかな?」
スポ根コンテンツとこれまで縁のなかった彼女が、最も教師らしい仕事をしていた。
●ラノベ風? バスケ編
「きゃっ」
「ごめんっ」
アウルの使い方に慣れていない小学部低学年同士がぶつかり、バスケットボールが垂直に打ち上げられて天井にめり込んだ。
当たった少女達もただではすまない。
勢いよく、受け身もとれずに板張りの体育館床に叩きつけられようとしていた。
「大丈夫かい?」
彼女達を受け止めたのは袋井 雅人(
jb1469)だ。
細身の割に分厚い胸板は硬かったけれども、床との正面衝突と比べれば柔らかなクッション同然だ。
「は、はい」
「ありがとうございます」
逞しい先輩男性撃退士と新人女性撃退士の組み合わせは恋愛ジャンルの基本かもしれない。
が、男が外見17で女が8だと基本からはずれる。
「おっちゃんあざっす!」
「だ、だめよ傷つきやすいとしごろなんだから」
悪意がないのが余計にきつかった。
「ははっ」
雅人は大人の余裕を見せ、白い歯を光らせて小学生低学年女児に注意する。
「バスケで大事なこと恋と微笑みとフェアプレイさ」
レモンの蜂蜜漬けが入ったタッパーが床に転がり高い音を立てた。
子供達が顔色を変えて雅人から離れて行く。
不吉な予感、いや確信と共にふりかえる。
雅人の視線の先には、ゼッケン付体操着にブルマに加えてエプロン装備の月乃宮 恋音(
jb1221)が涙目で立っていた。
お腹はぶかぶか、ブルマはややきつく、ゼッケンは雄大な2つの膨らみで字が崩れ、エプロンは涙で少し湿っている。
なお、サラシで可能な限り小さくしてこの状況である。
「す、素敵だから、しかたないよぉ……」
雅人が裏切っているとは全く考えもしない。でも、自信のなさと乙女心がまずい具合に反応してしまった。
「誤解だよっ」
7〜8歳でも女は女だ。体育館で始まった愁嘆場を食い入るように見物、いや見学する少女達であった。
●昼食
「口を開けて……はい、よくできました」
運動で乱れた髪を整えてあげてから、改めて家庭科室から持ってきたレモンの蜂蜜漬けを渡す。
「保健室のせんせいっ、ありがとうございましたっ」
恋音は母性を感じさせる笑みを浮かべて小学部撃退士を見送る。
手元の書類に怪我の有無、体調不良の自覚の有る無し、水分が足りているかどうかなどの情報をそれぞれ書き込んでいく。
本職の医者のようにはいかないが、実際にこの子達の面倒を見ている医者に要点を教わっているので集めたデータは決して無駄にはならないはずだ。
「すっぱー」
「あまー」
蜂蜜レモンが気に入った子供達がわざとらしくチラチラ視線を向けてくるのが、ちょっとだけ気になる。
「大文字先生、6月の式では立ち会って頂いて本当にありがとうございました。次は私達の間に赤ちゃんが出来たら先生に子供の顔を見せに来ますね!」
「応、母子共に健康でいられるよう気をつけてやれよ」
体育館の隅で交わされる悪意もデリカシーもない会話に、恋音が赤くなって俯く。
「食べ過ぎ飲み過ぎは駄目だよ。後が大変になるからね。……食事中に拾わないの。こぼれたりした分は食べ終えた後でちゃんと掃除をしましょ?」
食事の面倒を見ているソフィアが、多分もっとも先生らしく活動していた。
●だいたい常識的なスポーツ。バレーボール編
某教師の財布に甚大なダメージを与えた特製スタミナ弁当(重箱数十段)を食べ終えたらもう止まらない。。
明らかに1世代は昔の曲にあわせて準備体操と柔軟をする子供達は、男子児童はハーフパンツ、女子児童はブルマ着用だ。
「みんないい感じね」
曲が流れるラジカセを片手に持ったまま、綾(
ja9577)は現代のスポーツ医学に基づいた指導を行う。
兎跳びも根性以外に鍛えられない運動もしはしないけれども、綾の心にはスポコン魂が燦然と輝いている。
「そろそろ初めるよ!」
ひゃっふー、とか、待ってました、とかいう歓声が響き、バレーの練習試合始まった。
戦いは熾烈を極めた。
アタッカーの力が強すぎて誇張表現ではなく実際に変形するボール。
アウルや翼抜きで長時間滞空する見た目幼児撃退士。
お前等スポ根じゃなくて超能力スポーツしたかったんかいという突っ込みを入れたくなる光景を、綾はにやりと笑って受け容れた。
「貴方達ならまだやれるわ! 頑張りなさい! ……そこ、ぎりぎり攻めるのはいいけど危ないのは止しなさい」
比喩でなく体育館銃を飛び回るお子様達の動きを捉え続けるのは、綾にとっても難しかった。
20分後。
1セットが済む前にお子様達の体力が尽きていた。
「おなかすいたのー」
お腹を押さえてしょんぼりする人間お子様撃退士の背後では、体力配分を間違えたお子様堕天使が力無く宙を漂っている。
綾は一度だけ大きく息を吐いてから、気分を表情を明るい者ものに切り替えて手を鳴らす。
「15分休憩よ。腹ぺこちゃんは飲み物とってきなさい」
わーいと飛んでいく元天魔を見送る綾は、見た目と実年齢が一致している人間撃退士の視線に気づく。
己の平坦な胸と、大きくかつ美しく胸元を押し上げる綾のそれを見比べている。
「牛乳ね。毎日飲みなさい。ボクは身長が伸びると信じて飲んでいたの。……気がついたら、乳脂肪で胸が小学校卒業時にはC、あったわね。牛乳は、骨を強くするのが前提だけど。最近では、キャベツを食べると増えると言う実例もあるわ」
声は幼くても内容は説得力に満ちている。
「保健室のせんせーみたいになれますか?」
小学部低学年撃退士がちらりと横を見る。
何故か悶々としている雅人が、複数の意味で母性あふれる恋音に介抱されていた。
「努力だけでは無理な領域ってのもあるよね」
優しく背中を撫でてやる綾であった。
●スポ根野球。特訓編
ポラリス(
ja8467)はいつも以上に気合いを入れてメークしていた。
なにせすっぴんでも華やかなのでかなり頑張らないとスポ根風体育教師に見えないのだ。
「待たせたわねっ」
普段のチャラチャラした……もといお洒落な服とは正反対のダサい赤ジャージ。
手に持つのは妙に使い込まれた感じの木製バットだ。
「おおぅ」
「すっげー。あのねーちゃん体張ってる」
悪い意味で子供らしく感想を言い合う撃退士に向かってバットを突きつけ、ゆっくりと硬球を放り、超高速なバットで殴りつけた。
子供達では球の動きを目で追えなかった。
足下に直径10センチほどの陥没ができ、遠く離れたネットに硬球が深く突き立った。
「ほらそこぉ! 取れるでしょ! 諦めない!」
「は、はいぃっ!」
「うわーん鬼コーチだー」
リアルスポ根が怖いことを初めて知った子供達に、ポラリス的には絶妙の手加減をした、子供達的には地獄の千本ノックが始まった。
「捕球が甘い! その球落としたら死ぬくらいの気持ちで取りなさい!」
ちゃんとグローブで受け止めても掌が痛い。
「はい投げる投げる! 取ったらホームに投げる! ランナーは確実に刺すのよ!」
ただ受け止めるだけなどという温い訓練で終わる訳がない。
実際の試合を想定し、常に見て考えて動くことを子供達に求めていく。
「えっと、怪我や無理はしないようにね」
小学部撃退士の全力投球を軽々と受け止め、投げ返す。
犬川幸丸(
jb7097)は直前の見事な手際からは想像できないほど気弱な笑みを浮かべ、それまで相手をしていたピッチャー志望に向き直る。
「あんたスゲーな」
スポーツに向いているとは欠片も思えない外見を内心馬鹿にしていた子供が、姿勢を正してようやくまともに幸丸に向かい合う。
「そうでもないよ。それより魔球のことだけど」
「ファンタジーと現実は違うんじゃねぇかな」
一足早い思春期らしく、小学部高学年の少年は斜に構えた感じで否定的なことを言う。
「でも投げたいでしょ?」
迎合はせず、でも柔らかく。
幸丸の言葉を聞いた子供は、おずおずと首を縦に振った。
「撃退士の力を使えば、魔球や必殺技も生み出せるかもね。具体的には……」
耳打ちされた子供の目が見開かれ、頬が紅潮し、幸丸に向ける視線が頼りがいのある先輩に対するものから師匠に対するものに変わった。
こんな一応は真っ当なコーチ陣とは対照的な、典型的スポ根訓練が行われている場所がある。
「重い(中略。たぶんきっとみなさんご存じの曲が流れています。後略)」
20を越える整地ローラーが運動場を駆けていく。
先頭はラファル A ユーティライネン(
jb4620)だ。
何故か全員押すのではなく引っ張っている。ローラーに巻き込まれかねない危険なやり方ではあるけれども、ラファルを除いて全員透過できるので大きな問題は無い。多分。
「えーい! そんな調子で天界野球リーグの猛者に勝てると思っているのであるかっ」
踏み固められた土を竹刀が砕く音が響く。
猛々しくも美しい筋肉をさらしたマクセル・オールウェル(
jb2672)が、自身も整地ローラーを引っ張りながら竹刀を振りかぶる。
下半身は緑ジャージで隠してはいる。が、良い感じに日焼けした発達した筋肉は、ちょっとお子様には刺激が強いかもしれない。
「良いか。お主らは人界においていずれは創設されるであろう天魔リーグの覇者に」
規定の周回を終わらせたお子様に対して容赦なく兎跳びを命じる。
もっとも見た目お子様なだけで実年齢半世紀以上がほとんどな堕天使とはぐれ悪魔ばかりなので容赦する必要はあまりない。
「そう。久遠ヶ原ペガサスの星になるのである……!」
きらりと美しい汗を流しながら太陽を見上げるマクセル。
彼の後を、へろへろになったお子様元天魔達と、まだまだ元気なラファルがついて来ている。
「一度休みに……えっと」
飲み物とレモンを持って来た恋音があまりの濃さに一歩退く。
幸丸が人数分のタオルを掲げる。
「マネージャー、差し入れに感謝である! 一旦休憩! 生徒達よ、マネージャーに感謝の言葉を忘れるでないのである」
「ふわーい」
ようやく解放された撃退士達が、タオルを受け取り水分とレモンに群がった。
●スポ根野球。試合編
「あっ、あれは鬼道忍軍の分身術を応用した魔球! 自分と瓜二つの分身を作り上げて打者を惑わせる魔球です!」
実況席の幸丸がノリノリで実況する。
「どうでしょう解説のポラリスさん」
「お姉ちゃんみんなの元気にびっくりだよ」
ベンチでぐったり中のポラリスが、日焼け止めを塗りながらがんばれーと小声でマイクに話しかけていた。
「甘いゼ」
バッターボックスのラファルがフルスイング。
見事捕捉された球が強烈に打ち返された。
「このままではホームランですっ」
外野手が跳躍する。
小柄な体を吹き飛ばすはずの球を、ダアトのマジックシールドを使った上でキャッチする。
これで攻守交代。
「ヤルじゃん」
ラファルは心底楽しげな笑みを浮かべる。
最終回裏の投手はラファル。
現在点差は0。
これが某教師なら子供達に華を持たせてやるかと考えるところだが、ラファルは相手の健闘を称えるからこそ全力だ。
「チェーンジ、Dieリーグボール1号モード!」
2死満塁になったとき、強い西日の中でもはっきりわかるほど強くラファルが光った。
偽装の剥がれた義肢から噴き出すのは超高圧のアウル。
「うりゃあっ!」
「負けるかっ……あっ」
バッターの腕からバットが吹き飛ぶ。
「これはヘルゴート、ううん、ヘルゴートをカスタムしたラファルさんオリジナルですね」
高速回転する金属バットを軽くつかみ取り自分の膝におき、幸丸はあくまで冷静に解説を続ける。
「どうした、ビビったか?」
ピッチャーはバッターの怯えを感じ取り、己の形の良い唇を舐める。
「特訓を思い出せ! 全てはこのときのため、何事にも打ち勝つ根性を身につけるためだったのだ!」
見事な大胸筋を見せつけながら真摯に語りかけるマクセル。
「先生はいつも俺達の事を本気で考えててくれてたんですね……! 趣味でしごいていた訳じゃなかったんですねっ」
バッターの野球少年は一筋の涙を流し、怯えの消えた顔で新しいバットを構える。
「クラッシュ―、Dieリーグボール2号、消える魔球!」
ボールが消える。
ついでにラファルも消える。
「え?」
バッターがぽかんと口を開け。
「え?」
幸丸の眼が点になり。
「え?」
審判役の体育教師があんぐり大口を開けた。
ぱんぱんぱんと3たびキャッチャーのミットが鳴って、3アウトチェンジ試合終了となった。
「アホかお前はぁっ!」
体育教師が吠えて乱入する。
「アホっていう方がアホだぜオラァッ!」
分厚い筋肉に覆われた腕によるツッコミと、隠れて投げていたメカメカしい腕が交錯し互いの顎を揺らす。
「へっ。真っ白に燃え尽きたぜー」
「大人気ないことするんじゃ、ない」
教師が重々しくうつぶせに倒れ、その上にころんとラファルが倒れた。
皆呆然とした野球場で、最初に我に返ったのは幸丸だった。
「大文字先生、目が覚めたらみんなに声をかけてくださいね。さあみんな!」
「うむっ」
マクセルが続く。
「お前達……さあ、あの夕陽に向かってダッシュである!」
面倒くさいことはとりあえず無視してスポ根に復帰する。
「はい先生!」
夕陽に向かって駆けるマクセル。
彼の筋肉は太陽に照らされて黄金色に輝き、夕日に向かって駆けるお子様達の道標になっていた。