●路地
天魔襲来以前にイメージされていた可憐な天使。
理想のそれを劣化無しで現実化した存在が、悪魔の翼を広げて街へ降り立った。
素早く右を見て、高速で左を見る。
周囲の安全を確認してから、はぐれ悪魔ドロレス・ヘイズ(
jb7450)は闇の翼の不活性化とゴーストバレットその他の活性化を開始した。
「待たずに済んで丁度いいですわ」
準備を整えてから10秒後、ひび割れたコンクリを砕く足音が近づいてくる。
「ウフ」
細くて長い足が薄く埃の積もった地面を蹴る。
2度角を曲がると、周囲に注意を向けずに雑に動く2体の敵が見えてくる。
狙い通り、2体が横に並べない路地で接敵することができた。
「アナタ達はわたくしと踊っていただきますわ」
ドロレスが実体化させたのは最も基本的な札状魔具。
信頼性だけが取り柄の装備だが、使い手が優れていれば威力は出る。
控えめに表現してもモンスターにしか見えないサーバントの後頭部に、アウルの弾丸が深い穴を開けた。
2度、3度と刻んだ時点でサーバントがドロレスに気付く。
反転して向かって来るが、互いが邪魔で速度が出せないようだ。
「ン。いい加減その顔も見飽きてきましたわね」
傷ついた同属を押しのけて拳を突き出すサーバント。
ドロレスは倒れ込むように前に出て直撃だけは避け、4発目の弾丸を傷ついたサーバントに命中させる。
厳つい額が砕けて中身が零れ、不気味で重い音をたててコンクリの上に転がった。
「そろそろ、フィナーレと参りましょう!」
ドロレスは敢えて1手使って闇の翼を再活性化させる。万一ファンブル連発でダメージを受けたときでも仕切り直すための手だ。
無骨な拳と風の刃の応酬が5度行われ、ドロレスの足下にサーバントが2体倒れることになった。
●封殺
大量の銃弾がアサルトライフルから吐き出された。
アウルでできたそれは通常の銃弾とは異なりサーバントの体にめり込み貫通する。
一応人型に見えないこともないサーバントが、痛みをこらえながら素早くあたりを見回す。
が、避難が完了した街並み……というより路地裏の光景が見えるだけだ。
「二度は通じないか」
音にはせずにつぶやいてから、鴉乃宮 歌音(
ja0427)は次の一手を準備する。
歌音が引きつけ一カ所にまとめたサーバント達は、完全に戦闘態勢に入って散開し撃退士を待ち受けている。
「人間を甘く見すぎだ」
銃を持ち替えて1発に大量のアウルを込め、遮蔽物から身を乗り出して引き金を引く。
対戦車擲弾っぽい飛翔音が聞こえたのは気のせいかもしれないけれど、サーバント隊の中央で発生した爆発は本物だ。
最初の銃撃で重要部位を破壊されていたものはコンクリの壁に衝突して死亡し、残る3体も深刻なダメージを受けて体をふらつかせる。
歌音は逃げも隠れもせずに前に出る。
手に持つのは隠密性皆無、威力最優先の大型クロスボウ。
サーバントはこのままでは逃げることもできないと判断し、2体は真っ直ぐに歌音へ突進し、もう1体は路地の壁を透過しようとして跳ね返される。
「判断は悪くない」
高速で動く足を狙うのは難しいと判断して腹を狙う。
アウルの矢が右の1体に小さく深い穴を開け、ついでに途中にあった背骨を打ち砕いた。
気合いのこもった雄叫びと共にサーバントの腕が振り下ろされ、歌音の頬に小さな傷をつける。
歌音は哀れみに似た笑みを浮かべて、おそらく増援を呼ぶため逃げだそうとしたもう1体の頭部を撃ち抜く。
「指揮官が悪かったね」
2撃はくらわない。
歌音は半歩横に動いて回避して、早撃ちスタイルで止めの一撃を見舞うのだった。
●1足す1は6以上
「俺が盾になります。華桜さんは敵を殲滅してください」
若杉 英斗(
ja4230)は一歩前に出る。
敵は6体のサーバント。
左右はちょっと無駄に頑丈な壁で、盾であり白兵武器でもある玄武牙を全力で振るえる程度の空間があり、サーバントが3体以上並んで戦える空間はない。
背後には麗しい少女、華桜りりか(
jb6883)がいる。
自制心は十分持ち合わせているが英斗も男だ。
これで燃えない訳がない。
「来い!」
念には念を入れて注意を引きつけるオーラを放ち、放ち続ける。狙うのは最前列のサーバントが邪魔で移動できていなかった4体だ。
4体は後列からの援護を諦め、頑丈ではあっても常識的な強度しかなコンクリを数十センチ削り、空間を無理矢理作って英斗に襲いかかる。
一歩下がりながら盾で受けるが完全には防ぎきれない。
正面の2体、斜め横の左右ぞれぞれ1体の爪が防具を貫き肌を抉った。
「まだまだ」
不屈の闘志が不死鳥を思わせるアウルを紡ぎ英斗の傷を瞬間的に癒す。
受けるダメージより回復する体力の方が少ない。だがこれ以上下がるつもりはない。
「タフなだけが取り柄だからな。くらえ! セイクリッドインパクト!」
意識が英斗からりりかに向いた人型を玄武牙で殴りつけ、強制的にその場に止まらせた。
サーバント6体が英斗と触れあえる距離で足止めされて5秒。
好機を待ち続けていたりりかが、ついにアウルを開放した。
「やっ」
水鶏翔扇を振り下ろす。
りりかの足下で陣が展開され、英斗を通り過ぎサーバント6体の足下へ移動。直後に爆風がサーバント達を浮き上がらせる。
英斗に対する攻撃が密度と速度を増す。
英斗を倒しりりかを抑え、あるいはりりかの攻撃範囲に英斗を押し込むつもりだ。
「まだだ」
玄武牙と己の体を盾にして一歩も退かず、英斗はサーバントの群れを抑えるつけることでりりかの攻撃を容易にする。
「今、です」
再度の爆発が2体のサーバントを宙に跳ね上げる。いずれも英斗が既にきつい一撃をくらわせてサーバントで、自らが砕いたコンクリート片の上に落ちてそのまま動きを止めた。
これで2対4。
正面で戦う数は変わらず。
りりかは大技を使い尽くし英斗も戦闘中に回復する術がない。
サーバントの足りない頭では天使側勝利が確定していたのかもしれないが実際は逆だ。
りりかが舞う。
風もないのに羽根が飛び、さくりと音をたてて人型の脇に傷が出来る。
そこに玄武牙が押し当てられ、英斗の気合いの声が響くと傷が大きく広がりサーバントの重要部位が破壊された。
それが4度。
途中サーバント達が自らのおかれた状況に気づいたものの、既に逃げる余裕すら存在しなかった。
戦闘終了後、りりかがまず行ったのはサーバントの完全停止の確認、次に周辺に敵が潜んでいないことの確認、次に英斗への感謝の表明……ではなくスマホの確認だった。
「んと……」
戦闘中は会話できないので着信記録にあるのは通話ではなくメールのみ。
「500米南鯖7。2分前に着信、です」
「移動しよう」
エリュシオンZの封を開けずにポケットに突っ込み、英斗は北に足を向ける。
その袖を、りりかの小さな手が控えめに抑えた。
「700米東5苦戦中。10秒前です。もう1通……」
2人は疲れた体にむち打ち全力で駆けだした。
●スナイプ
右のこめかみに小さな穴を開けられ、左の大きな穴から中身をこぼす。
事切れたサーバントが倒れてた後、さらに数度の銃撃を受けてからようやくサーバント達は狙撃手の存在に気づいた。
「スナイパーらしく、こそこそと立ち回りましょう」
サーバントが進路を変えるより九条 朔(
ja8694)が移動を開始する方が早い。
非常扉を開けて隣の部屋へ移り、非常階段を上がっているサーバントの死角から銃弾を浴びせる。
背中にめり込んだ銃弾が重要器官を食い破り青黒い体液が飛び散る。
2階の高さから落ちていくサーバントは既に息絶えている。
「残り3つ」
要は、正面切って戦わなければいい。
狙撃手として真っ当な判断で仕掛けた朔を賞賛する者はいても避難する者はいないだろうが、朔本人は半ば後悔していた。
「鬼さんこちら……などと、軽口を叩いている場合ではないですね」
非常階段とビル内部の位置を脳内で再構成する。
長いライフルを2丁の拳銃に持ち替える。
軽い足取りで反転して銃弾をばらまくと、無防備に壁から出てきたサーバントに複数の銃創が刻まれた。
「これは、狙撃手失格ですね」
サーバントは透過を終えた出た時点で動作を停止しら。
朔も無傷とはいかず、腕から赤い血が一筋流れていた。
「でも……それだけです。私はまだ、戦える」
残る2つのサーバントが床抜けと壁抜けをして現れ……る寸前、500メートル離れた場所に阻霊符を持った英斗が到着した。
サーバントがコンクリから弾かれて、1体は元来た方向へ、もう1体は朔の目の前に取り残される。
これで1対1。
手傷を負った撃退士と無傷のサーバントという組み合わせだが、もともと1対5でも勝負が成り立っていたのだ。
距離を活かして朔にかすり傷をつけるのと引換に、アウルの銃弾で貫かれたサーバントが崩れ落ちるまで10秒もかからなかった。
●火花
ウジエルアックスと鉄すら裂く爪が衝突した。
火花が散り、圧倒的な重量に負けた爪が剥がれて宙に舞う。
「3対1……ちょっと厳しいかな?」
天宮 葉月(
jb7258)は軽口を叩きながら大型戦斧を押し込む。
体重は軽くても腕力は大したもので、3メートル近い人型の肩から腹までを見事に切り裂いた。
攻撃に専念する葉月に、瀕死のサーバントのお供2体が拳の雨を降らす。
「その手には乗らない、よっ」
ここで下がるのは悪手だ。正直どうして悪手なのか分からないけれど、『彼』がこんなことで嘘を教える訳がない。
葉月が思い切りよく踏み込み、大きな刃をアスファルトにめり込ませてサーバントを2つに割った。
「痛ー」
今度は盾で拳を防ぎながら後退する。
無傷のサーバント2に対して葉月はダメージが積み重なっている。
が、これで全く問題ない。
「ライトヒール!」
アウルが優しく光る。
あちこちから感じていた痛みが急速に消え、葉月の動きは冴えを増していく。
盾越しに衝撃が伝わってはくるけれども、戦闘開始直後とは違って盾を使えるのでほとんど被害は無い。
3回目のライトヒールを使ったときには、葉月はほぼ無傷でサーバント達は無理な攻めで息があがってしまっていた。
最初の敵の頭数を減らしてから押しつぶす。基本に忠実で有効な作戦だった。
「よぉっし」
使い切った防御スキル引っ込め、ウジエルアックスを握る手に強烈な力を込める。
「囲ませないよ!」
残る力を振り絞り葉月の背後に回ろうとするサーバント。
移動に専念し甘くなった防御をすり抜け、斧がその首にめり込みそのまま切り飛ばす。
1対1になれば後は簡単だ。
サーバントの攻撃全てを余裕をもって受け、確実に斧を当てて止めをさすことができた。
●7体
道行くサーバントは仮装としては程度が低すぎ、軍事行動としては論外だ。
道路だけは良く整備されたこの街にしては珍しい、奥に進めば進むほど狭くなる路地から、牙撃鉄鳴(
jb5667)は表通りを歩くサーバントに銃弾を浴びせてわざと追いつける速度で後退する。
布が裂ける音が複数重なる。
路地に侵入したサーバント有刺鉄線に引っかかり、無理矢理身につけた服ごと皮膚と筋肉の一部を削り取られている。
もっとも阻霊符込みでも飛び抜けた効果はない。
人間なら肉が抉れ骨が削れる棘でも物理で押しつぶせるのがサーバントだ。個人かつ短時間の準備で用意可能な罠では数秒の時間稼ぎが限界だった。
問題はそれだけではない。
サーバントの歩みを遅くする程度の役にはたっていた罠が、人型の体を抜けて地面に落ちた。どうやら近くで戦っていた民間撃退士が移動したらしい。
鉄鳴は無駄口は叩かず引き金を引く。
この状況では攻撃手段を温存する意味はない。敵の数を減らさないとこの場から移動することもできなくなる。
ロングレンジショットとブーストショットを素早く使い切って2体を潰し、ダークショットを1発撃って後に飛んで路地から出る。。
狭苦しいの左右から壁を透過してサーバントが飛び出、正面衝突して愉快な形で絡まった。
「味方戦力はこちらか」
この場で食い止め時間を稼ごうとは思い浮かびもしない。
完全に包囲されたら圧倒的に格下相手でも不覚をとりかねない。その程度のこと、鉄鳴にとっては常識以前だった。
十数分後、なんとか周囲の掃討を終えた民間撃退士十数人が鉄鳴を合流し、5体の人型が呆気なく蹴散らされた。
●終焉
無機質なコンクリ壁の前で、他の同属より頭1つは大きいサーバントが服を切り刻んでいた。
関節部分の動きを邪魔する頑丈な布地を取り除けば数割増しの戦闘能力を発揮できるはずだった。
彼、あるいは彼女の頭上のコンクリ壁に人外の美貌が浮かび上がる。
「ふひ」
ここが高級感溢れる屋敷なら幻想的な光景だったかもしれない。
しかし無機質なコンクリから突き出した青肌紅眼は、控えめに表現して怪奇現象にしか見えない。
コンクリを透過して秋桜(
jb4208)が飛び出す。
彼女の腕には限界までアウルが集められ、禍々しい気配が人界を汚そうとしていた。
「てい」
右斜め45度からのアウル特盛り風刃が、体格は良くても性能的には平凡なサーバントの頭をさくりと半分切り取った。
「おぉ、怖い怖い」
カオスレートが違いすぎるとこんなことも起きる。
黙っていれば世の男性陣のほとんどを狂わせるかもしれない肢体と美貌を妙にうざい感じで動かして、秋桜は再びコンクリの中へ潜った。
新手のサーバント2体現れ、1体は周囲を警戒し、もう1体がリーダーの残骸に気づいてその場にしゃがんで死因を探る。
「てい」
コンクリを透過しての、左斜め45度からのバックスタブ。
袈裟切りに二分割された人型が体液をまき散らしながら倒れたとき、秋桜は数メートル先の道路に危なげなく着地していた。
「ノルマの3体だぉ」
サーバントは何が起こったか分からない。しかし天使にとっての絶対の敵を逃がすつもりはなく、秋桜に向かって全速で飛びかかる。
「バン」
分厚い胸板に大きな穴が開き、穴の向こうにサーバントの残骸が見えた。
都市での戦闘が完全に終了するまで30分。
その後都市からサーバントの姿が消えたことを確認するまでの約2時間、秋桜はお菓子を咥えてゲームに没頭していた。
市長は街の復興を進めると同時に、怠りなく次の選挙に備えている。