●だ天使調略
「のわ〜」
クーラーボックスを掲げて位置を変えずに横回転する天使にエルディン(
jb2504)が近づくと、天使の顔から汗が吹き出し非常に色気がない感じで飛び散った。
前門のディアボロ。
後門の撃退士。
いくら逃げ足と防御に優れていても、抵抗もできずに圧殺される可能性激高だ。
「そこの天使さん、もう安心ですよ」
美化しすぎの理想像を一切劣化させずに現実化した容姿の天使(立場的には堕天使)が微笑みかける。
タナが慣性を無視したような動きで停止し、足りない頭を限界まで稼働させる。
「え、えーと」
後ろから向かってくる槍を首を傾げることで回避する。
汗で濡れた自分の髪がちょっと気持ち悪かった。
「えーとえーと」
頭上から高速で振り下ろされた槍を平行移動してかわす。
クーラーボックスの端が、1ミリほど抉られた。
「アイスを纏め買いしますよ?」
「イエッサー犬と呼んでください」
へたくそな敬礼を決めてから、タナは開拓者達に無防備な背を向けてディアボロに立ち向かう。
「とーっ!」
ぺちん。
小さな拳は産毛一本刈り取ることもできなかった。
「汚らわしき者よ」
神々しいアウルが多数の羽根の形をとり、真っ直ぐにディアボロを指向する。
「神聖かつ清浄なる羽の餌食となりなさい」
光の羽根が消え、ミノタウロスの皮膚に埋まった状態で光が現れる。
「とーっ! とーっ! アイスかんばーいっ!」
全力を出しても全くこれっぽっちもダメージを与えられないタナの前で、光の羽根が消え大量の体液が吹き出した。
●右側の混戦
「さぁて、今回は一気に行くよ!」
夢前 白布(
jb1392)の光纏が白から薄い赤に変わり、高密度のアウルが七色の魔導書に注ぎ込まれていく。
魔導書を中心に光の翼が広がり、破壊を待ち焦がれるかのように深紅の光をまき散らす。
「幻想の世より出できし紅の鳥よ」
赤のアウルが猛禽の形をとる。
「その燃え盛る翼で仇なす者を焼き尽くせ!
赤い猛者は無音のまま雄叫びをあげ、2体の巨体を1人で食い止める天使に直撃……する直前に力を解放した。
「ぎにゃーっす」
本能的な動きで衝撃のほとんどをやり過ごしたタナに対し、頑強な剛力持ちであるはずの牛男達は直撃を浴び後ずさる。
「あれ、あのお姉さん、この前の……?」
謝罪しようかとも思ったけれど、天使な彼女は非常に元気そうだ。
「まぁいいや、まずは敵をやっつけてから! 一緒にいるなら、一緒に燃えてしまえ!」
「ちょ、まっ」
2体のディアボロとついでにタナを巻き込んで爆発する。
改心の出来であった。
「のあ〜」
力無く漂ってくるだ天使の横をすり抜けた直後、日下部 司(
jb5638)は砂浜を強く蹴って横に飛んだ。
超高速で飛来した槍がだ天使をかすめて砂浜に小さな穴を開ける。半秒遅れて穴を中心とした数メートルが揺れて不気味な音が響いた。
「右2体が遠距離攻撃手段を喪失」
直進してきたディアボロを盾で押さえ込み、エルディン達後衛組に向かおうとしたもう1体に黒い衝撃波をぶつける。
「了解! さ〜みなさん避難のお時間ですよ〜」
戦場の後方と言うにはあまりに近すぎる場所で、紫園路 一輝(
ja3602)は避難誘導を始める。
「あん?」
「なんだよ坊主。眼帯なんてつけて格好いいとで……もぉっ」
危険を軽視しすぐた海水浴客を両脇にそれぞれ1人抱える。
可能な限り優しくしたのに痛みで悶えている。おそらく容姿に気を遣うことはあっても体力作りをしていないタイプなのだろう。
「うっせい! ガタガタ言いやがって! 喋るなよ舌噛むぞ!」
物理的に説得したら大事な場所を粉砕してしまいそうだ。
一輝は振り落とさないために必要最低限の力を込め、足場の悪い砂浜で健脚を披露し後方へ運んでいった。
素手のディアボロの力に押され、司がじりじりと後退していく。
勝利を確信した牛頭に驕った笑みが浮かぶ。
「真正面から戦えば苦戦するかもしれないけど」
司に焦りはない。
体力が削れ骨まできしむほどの圧力を受けても姿勢は保ち、ディアボロの動きを制限し続ける。
「戦場で正面からしか敵が来ないわけがないだろう?」
白布とエルディンの放った光の羽根が、ディアボロの米神を打ち抜き反対側に抜ける。
一輝は目の前のディアボロの死亡を確認すると、一度だけ背後に目を向けた。
天使は戦闘で乱れた髪を直そうともせずに荒い息をついている。開拓者からの意図せぬ誤射やディアボロの猛攻を受けたはずなのに、目立った傷は一つもない。
「天使か…」
彼女は強い。
その強さは、人間から吸い上げた精神エネルギーによる血塗られた強さだけれども。
司は軽く息を吐いて指向を着替え、左にいるディアボロに向かっていった。
●中央射撃戦
夏の日差しよりも強い光が波を越えていく。
ほぼ人型のディアボロの中央に着弾し、一瞬均衡したあと皮膚も筋も骨もぶち抜き背中に小さな穴を開けた時点で消滅した。
目を血走らせ、牛頭の口から泡をこぼしながら、ミノタウロスもどきは必死に翼を動かし前進を継続する。
「距離を詰められると危ないし、徹底して離させてもらうよ」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は身軽な動きで後退する。
一輝が厄介な海水浴客を連れて行ってくれたおかげで避難誘導は順調に進んでいて、すぐに真後ろが安全になったことが伝えられる。
「さて、ここからは倒しに行こうか」
再度光を生みだし太陽の弾丸を発射する。
ディアボロの胸板に穴が開き背中から体液が飛び散り美しい空を汚す。
飛行速度は徐々に落ちてきている。
しかしどうやら今回のディアボロ4体の中でも特に強い個体らしく、まだまだ元気で徐々に距離を詰めてきている。左右の手には極めて堅く鋭い槍が1本ずつあり、戦線を突破されて海水浴客めがけて投げられると凄惨な虐殺劇が出現しかねない。
「でっかいですねー」
少しだけ諦めの混じった声でコメントしつつ、パルプンティ(
jb2761)が波打ち際に近寄る。
「四匹もいますよーぅ」
先端がふわふわもこもこの尻尾が緩やかに動き、自前の触手が本体ののんびりコミカルに似合わない鋭く冷たい動きを見せる。
「でっかいですねー」
何も考えていないよう聞こえる声をあげなから器用にかさかさ横へ駆ける。
前方のミノタウロスもどきの右手が一瞬にも満たない間消えた。
「デビルブリンガーのブリちゃんカモンですよーぅ♪」
ヒヒロイカネからディアボロの槍に匹敵する強さとそれをこえる禍々しさを持つ大鎌を引き出す。
悪魔の得物が跳ね上がり、高速移動中の槍の動きが微かにずれてパルプンティの脇をかすめて地面に消える。
何十センチ、あるいは十何メートルめり込んだか想像もできない。
「首をチョンパッたら牛だか牛頭人だかどうやって区別したら良いのでしょうか?」
駄目天使臭が漂うタナよりはるかに可愛らしく、悪意を以て天上の笑みを浮かべてディアボロを挑発する。
牛頭の目が真っ赤に染まり、残ったもう1本の槍が消えて初撃を越える速度でパルプンティへ向かう。
「きゃあ」
両膝を揃えて跳躍。
膝に至近弾を受けてくるくると回転し、盛大な水しぶきをあげて自ら海へ飛び込んだ。
牛頭は止めを刺そうと鼻息荒く水面へ向かう。
頭に地が登り切っているディアボロは、そこがソフィアの攻撃圏、それも致命的な術の効果班であることに気付けなかった。
可憐な花々からなる蔓がが逞しい巨体を飾って縛って締め付ける。
牛頭から漏れるのは悲鳴ですらなく、絶息寸前の弱々しい息だけだ。
水面から大鎌が姿を現し、巨大な刃を牛の首に押し当ててから触角つき悪魔が水面から顔を出す
「チョンパッ」
ディアボロの頭が海面に落ちる音は小さく、巨体が落ちる音が大きかった。
●優しい翼
「ここは戦場になります、速やかに退避して下さい!」
ごねる客を一輝が最初に連れて行ったため、避難誘導は比較的順調に進行していた。
もっとも、ユウ(
jb5639)がいなければ足がすくんで動けない者が続出していたかもしれない。
昔は創作物の中にしかいなかったはずの巨人悪魔と、それに対抗可能な人間と堕天使とはぐれ悪魔。
現実感を失い茫然自失しても誰も責めることはできないだろう。
そんな状況でユウが浮かべた穏やかな微笑みは、子供達を含む海水浴客の平静を保つ大きな要因になっている。
「あっ」
ユウより少しだけ年上に見える若い女性が体勢を崩す。
なんとか倒れることだけは避けたが、足を動かそうとして顔をしかめた。
「ごめんなさい。少し我慢してくださいね」
このままでは戦闘に巻き込まれかねない。
普段は消している翼を展開して女性を抱え上げ、負担をかけないぎりぎりの速度で後方へ向かう。
ユウが悪魔であることに気づいた女性は悲鳴をあげかけ、しかし最初に見た時と変わらない穏やかな表情を見て落ち着きを取り戻す。
信頼と敬意が籠もった視線に気づいたユウは、思わずつぶやいていた。
「ありがとうございます」
「え?」
戸惑う女性を安全地帯に残し、全速で戦場へ向かった。
「坊主、よく頑張った。走れ、走れ!」
責任感から最後尾で戦場を見つつ後退していた少年に命じてから、リョウ(
ja0563)はミノタウロスもどきの巨体を迎え撃つ。
リョウが仕掛けた束縛の術を気力と体力で強引に振り払い、防御を捨て移動に専念し短時間で砂浜へ上陸する。
そして身長差を活かして切っ先を捉えられない速度で槍を振り下ろす。
リョウは左右にも後ろにも動かず、前に出ることで直撃を避ける。
槍が肩を1センチほど削るが眉も動かさない。
近接戦闘用魔具の先端を牛頭の喉へ突きつけ、アウルを黒い槍として撃ち出す。
ディアボロは常識外れの高速で首を振り槍をかわそうとして、首の三分の1を吹き飛ばされた。
牛頭から悲鳴は響かず、吹き飛ばされた首からひゅうひゅうと不気味な音だけが聞こえ、横薙ぎに振るわれた槍が空気を裂く音に圧倒され消える。
「悪くはないが」
左に回り込む形で回避。
右手に刻まれた裂傷から血が流れるが動きに遅滞はない。
「足りん」
上空からユウが急降下してくる。
巧みにアウルと翼を操りディアボロに衝突寸前で停止し、ワイヤーを鞭のように伸ばして牛頭を横から叩く。
脳を揺らされ動きが止まり、ミノタウロスもどきは無防備な脇をリョウにさらす。
「これ以上、日常を壊させはしない」
アウルの槍が壊れかけの首を完全に破壊する。
槍は停まらず直進し、右の戦場から逃げてきた牛頭の頭に突き刺さり、消えた。
「さってじゃーまだおかわりが残ってるぞ全て喰い散らかして来い!」
問題客のお守りを終え、一輝が生き残りの牛頭を横から殴りつけた。
アウルにより形づくられた龍が噛みつき、波打ち際までディアボロを引きずり、消える。
牛頭は激しく血を吐き自らを青黒く染め力無く倒れて砂浜を汚す。
歓声が爆発する。
避難中の海水浴客が喜び飛び上がり、お調子者が海岸に向けて駆け出した。
●さらば堕天使
「久遠ヶ原の方へ帰りまーす」
撃退士のふりをして撃退士から離れようとする天使の前に、闇の翼を展開したままのユウが立ちふさがる。
「お願いします。仲間の話を聞いてください!」
得物はヒヒロイカネにしまって、誠意だけを武器にだ天使と向かい合う。
タナは宙に浮かんだまま器用に翼を畳み正座をし、なんとなく申し訳なさそうな雰囲気で停止した。
「久遠ヶ原への協力……共存はできないのか?」
なんでこいつはまだ堕天していないのか内心不思議に思いながら、リョウが理路整然とした説得を行う。
追っ手からの保護、依頼という形での学園との協力関係、学園の同好の士との交流。サーヴァントの作成は止められるだろうが、ホンモノのバカから真の天才までいる学園生との交流やV兵器などから研究まで研究者や職人として最高級の環境のはず。
実に真っ当かつ説得力に溢れる説得なのだけれども、残念ながら相手はだ天使だ。
「え、ええっと」
だ天使は演技でなしに困惑している。
というか何を言われているか理解できていない。
「ねぇ、友達になってほしいって前に聞いたけど、君は嫌だったりしないのかな?」
白布がコインを渡すと、タナは背負いっぱなしだったクーラーボックスからアイスバーを1本取り出して渡し、何かに気付いてじっと白布の顔をみつめる。
「あの時の!」
200年生きた人外ではなく、外見以下の輝くような笑みを浮かべる。
「交換日記から、じゃなくてお友達からっ」
「うん、でもサーバントづくりだけは駄目だよ」
撃退士としてこれだけは譲れない。
だ天使の瞳から光が消え全身から力が抜け、海から吹く風に負けてふよふよ流され始めた。
「馬鹿野郎!」
声は大きく、音も大きく、でも痛みは撫でるときより小さく。
タナをひっぱたいて正気に戻し、一輝は戦闘時並みの気合を込めた言葉で斬りつける。
「好きなアニメのクリエーター達がその材料とされ製作が中止また途中での打ち切りになってしまったのだぞっ」
だ天使は目を見開いて恐怖と後悔で固まった。
「初めて聞きましたよ」
「可能性皆無という訳ではない。多分」
エルディンは約束通り久遠を払ってアイスを買い取り、ソフィアは説得には関わらずに海水浴客を制止している。
「涼しいです〜」
パルプンティはディアボロの残骸を海から蹴り出してから、水着に着替えてのんびりと泳いでいた。
「お前等がそんな事するからアニメが打ち切りになるんだぞ!」
お前等とは即ち天界陣営だ。
「でもサーバントつくりたいんだもんっ。ぜったいつくりたいんだもん!」
涙目で反論と言うよりだだをこねる。
「分かって上でか? 今まで精神吸収で大勢死んでいる。俺達が守るために戦っていてもさらに死ぬぞ」
巫山戯た答えを返すならこの場で滅ぼすつもりでにらみつける。
だ天使は強い視線を真正面から受け止め、腹に力を込めて答える。
「うん。じゃなくて、はい」
司は天を仰いだ。
「タナさん」
敢えて見えるように、ヒヒロイカネからランスを取り出し構える。
「俺達と一緒に来ませんか? 貴方は自分の為に戦ったのかもしれない、でもそのお陰で助かった命があります。……堕天するのにこれ以上の機会は、多分ありませんよ」
天使は、上司からの命令や義務感からではなく、自分の意思で首を横に振った。
「なら」
「さよならです」
苦しみながら突き出されたランスを後退してかわし、天使は振り返らずに天界支配領域へ飛んでいった。