●開戦2分前
仲間のスマホと繋がったのを確認してから、回線はそのままにベルトに引っかける。
「戦闘中に壊れてかもってのが難点だな」
笹鳴 十一(
ja0101)は太陽の位置に気をつけつつ手鏡を取り出し、商店街の入り口から中の状態を確認する。
もともとシャッター街になりかけの商店街だが、今はいつもより寂れ方が酷い。
「黒スーツにマスクとか、いかにも怪しくねえかあれ。なんだよあのポーズ」
同じように中を伺っていた乾 政文(
jb6327)は困惑している。
この暑い中ダークスーツにアメコミ風覆面という格好の人型が4つ、何の変哲もない模型屋の入り口を固めている。
4体に気づいた店主達が驚き怯え、雁久良 霧依(
jb0827)達からの電話を素直にうけて店の裏から逃げていく。
「セール?」
商店街に一角に立てられたのぼり群に気づき、乾 政文(
jb6327)が眉を寄せる。
目に見える範囲には客はいないようだけれども、セールスを目当てに人が来るかもしれない。
こういうのは柄じゃねぇと内心舌打ちしつつ、乾は近くの警察署に連絡して人の流れを止めさせるのだった。
●開戦
堕天しても天使は天使。
人の世を侵して無数の犠牲者を出した彼等を決して許せない人間もいるし、複雑な感情を抱く人間はもっと多いかもしれない。
でも。
「堕天使さんは僕たちと友達になりたいから学園に行きたがっているって事でいいんだよね?」
旭川出身の夢前 白布(
jb1392)は、自らの意思でそれだけを口にした。
「いいねぇ。俺達はかつての敵に手を差しのばすヒーローって訳だ」
ヒヒロイカネから身の丈を越える大太刀「紅文字」を引き出し、十一は口元を緩める。
「ったく、細かいのは趣味じゃねぇんだがな」
金属糸を引き出し、政文は肩をかるく回しながら歩き出す。
「邪魔するなら砕くだけだ」
ダークスーツから細い糸のごとき殺意が向けられる。
3人は気にもとめずに歩き続け、後8メートルの地点で戦闘の白布が足を止める。
「さぁ、かかってこい。堕天使さんには指一本手出しさせないぞ」
光纏開始。
純白のアウルの中に、本人の闘志をあらわす朱が混じっている。
白布が魔具を構えると、3体の人型が構えを解いて爆発的に加速した。
彼等が狙うのは、この場の撃退士の中で最も若くその分体格が発展途上の白布だ。
「上、等っ」
敵の動きは速くて重い。
でも政文の目にははっきりと見える。
横をすり抜けようとする人型、否、サーバントに金属糸を絡みつかせ、己の体を重しに使い強引に引き留める。
指、腕、肩がみしりと嫌な音をたてる。
「おらっ」
だが十分動く。
サーバントと激しい押し合いをしながら雷の剣を作り出す。
至近距離からダークスーツの腹にぶち込む。どうやら人間の手による既製品だったらしいスーツが派手に破れ、隠されていた球型の部位が外気にさらされる。
刃はサーバントの腹にあたる黒球にめり込んで止まる。刃から開放した雷がサーバント体全体を侵してその動きを止めた。
「吹き……飛べ!」
十一が迷い無く全力で踏み込む。
紫焔をまとった紅文字がサーバントの脇腹から胸、頭部へ貫通する。
引き抜こうと力をかけると、冗談じみた脆さでサーバントを構成する全ての黒球が砕けて粉末になりこぼれ落ちていく。
「脆いが」
砂まみれのダークスーツを切り裂き分厚い刃を掲げる。
2体のサーバントが拳を伸ばす。1つは刃の上を滑って見当外れの方向へ突き出され、もう片方は紅文字ごと十一の体を地面に押しつけようとする。
骨がきしむ状態で、十一は完璧な抑揚と作法の言葉を投げつける。
「貴方達の力はその程度ですか?」
サーバント達は何を言われたか分からなかった。
数秒経過してようやく気づく。
慇懃無礼を通り越した、最大級の侮蔑だ。
左右から挟んで殲滅しようとするが、遅い。
「僕の新しいチカラ……見せてやるっ!」
アウルと血が流れる凄惨な光景を見せつけられても白布の心は折れない。
逆に闘志が燃え上がり、アウルによって形をなす。
「幻想の世より出できし紅の鳥よ、その燃え盛る翼で仇なす者を焼き尽くせ!」
十一を襲おうとした2体が炎に巻き込まれ、威力に耐えきれずに全身にひびが入った。
●堕天使
死は間近に迫っていた。
1週間近く力の補給ができていない。
体は何の感覚も伝えてくれず、思考の速度も限りなく0に近づいていく。
「今時珍しい。行き倒れか」
目の前の小さな白い影がある。
追っ手だろうか。
「おい、お主。飲み物と食べ物はいるか? ええい、なんとか言わんか」
小さな影が手を伸ばしてくる。
顎を掴まれ、口を開けられ、甘い何かを注がれる。
意識が覚醒する。
初めて口にするジュース1口分を貪ると、腹から猛烈な音が響いてきた。
白蛇(
jb0889)は経費で買った高カロリー飲料を少しずつ口に含ませてやる。
血の気が引いた悪い意味で作り物めいた顔に、久遠ヶ原の新入生以下の身体能力。
これが堕天使なら即座に救助する必要があるし、万一天使なら捕獲して久遠ヶ原に連れて行けば良い。
「普通に考えれば堕天使はこちらじゃな」
視線を向けて作業の開始を促す。
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が巧みなロープワークで堕天使を固定し背負う。堕天使は口を薄く開き、小さくお願いしますとつぶやいていた。
「ふふ……縛ったりとか、慣れてるから♪」
体にかかる負担は異様なほど少ない。ようやく安心した堕天使は気絶する。とうの昔に限界を超えていたのだ。
「ここからじゃの」
「だね」
視線の先には、ゆっくりを顔を左右に動かすサーバントの姿がある。
路地の壁と距離が邪魔でこちらを認識できていないようだけれども、路地から出ればさすがに気づくだろう。
路地前というか模型店前に残っているサーバントは1体だけで、真正面から戦うならばジェラルドと白蛇だけだ危なげなく勝てる。
ただし、戦闘中に1度でも拳が堕天使に当たれば確実に死亡する。
「連絡は入れた。囮はわしがする」
飄々と笑うジェラルドににやりとして、白蛇は己の力を呼び出す。
「行くぞ!」
スレイプニルに腰掛け号令をかけ、一気に表に飛び出した。
何の前触れもなくサーバントの腕が伸びる。
「甘いわぁ!」
乗騎の肩に直撃する。堕天使を庇うため避けることができなかったのだ。
白蛇は速度を緩めずサーバントに体ごとぶつけ時間を稼ぐつもりだった。が、近くで戦う同僚達に気づき細い眉を跳ね上げる。
皆、ぼろぼろだ。
「任せた!」
癒しの吐息を十一達に吹き付ける白蛇をその場に残してジェラルドが堕天使と共に駆け去り、無傷のサーバントがその後を追った。
●救出
模型店を除く全ての店主が避難に同意した。
「ご協力に感謝します」
社会人3年目風の挨拶をしてから通話を終え、彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)はようやく運転に集中できるようになった。
操るのは塗装が剥げかけた軽自動車。道幅狭めの市街地を80キロ近い速度で飛ばしているため、先程からエンジンを含む各所が妙な具合に揺れている。
運転する彩は完全武装でありながらヘソ出しという気合の入りまくった格好だ。
女子社員風伊達眼鏡を外すと、普通の職の雰囲気が完全に消え去った。
「おーい」
サイドミラー越しに銀の長髪が揺れていた。
軽やかにこっちに向かって来るジェラルドの背後では、輪郭だけは人型のサーバントが自らの足を短時間ですり減らしつつ追いかけて来ていた。
無人の広場で無理矢理反転し、コンクリ製の広場にタイヤ痕を残し再度加速する。
運転席側のドアを蹴り開ける。
ジェラルドが絶妙のタイミングで堕天使を車の中に投げ入れる。
サーバントはジェラルドを無視し、軽四に飛びつく。
体から小さな破片が零れて後方へ消えていく。
後部座席側のドアに指をめり込ませながら進み、開けっ放しの運転席から見える堕天使に向かって拳を突き込んだ。
力を失いきった元天使にとっては致命傷のはずの突きは、片手で運転中の彼女によって軽く受け止められていた。
「返すわ」
変化の術を解いた彩が球形の拳を外に向かって強く押す。
無理な体勢から強引に攻撃していたためサーバントは踏みとどまることができず、転げ落ちて地面にぶつかり半壊し、黒い破片をまき散らしながら道路の上を滑っていく。
「まず、一体☆」
滑ってきたサーバントの頭をエーリエルクローで貫き、ジェラルドは疾走する軽四を見送った。
仮に天使が追いかけてきたとしてもこれだけ距離があれば逃げ切れる。
この戦いは、今後どうなろうと撃退士の勝利だ。
●天使と悪魔
ガラスケースの中に全長1メートルを超えるプラモデルが飾られていた。
「こまかーい、かっこいー」
磨き抜かれた硝子に指紋とほっぺたの跡をつけていることに気付きもせず、タナ(jz0212)は涎をこぼしてしまいそうな顔で模型を凝視している。
透過能力は使えない。だって触って壊しちゃったら自分じゃ直せないし。
同好の士にしか見えない天使を暖かく見守っていた店長の肩を、強い色香をまとった指が撫でる。
「あ、どうもー♪ お世話になってますー♪」
振り返ると見慣れない顔があった。
欲望だだ漏れのタナとは異なる、人としては理想的に過ぎる美貌。
「店主さん、ちょっといいですか?」
百瀬 莉凛(
jb6004)の言葉に、店長は逆らえなかった。
●無邪気
「てんちょーさーん! 写真、写真とっていいですか?」
純白の翼を展開したまま高速で振り返る。
「てんちょーさん?」
誰もいない。
いや、店名のプリントされたエプロン姿の女性が奥から出てくる。
「あら? 模型に興味がある女の子なんて珍しい♪」
「ん? んんー?」
出てきたのは莉凛だ。
光纏も翼も展開もしていないので、察しが絶望的に悪いタナは正体に気付かない。
「魔改造フィギュア、ご存じです?」
文字通りの悪魔の囁きに、だ天使が抵抗できる訳がなかった。
●罠
「ええ。ありがとう。こちらは今から取りかかるわ」
市民の避難と堕天使の確保は完了した。
霧依はついに決行のときがきたことを悟る。
「待っていなさい」
浮かんだ笑みは、悪魔も尻尾を巻いて逃げ出すほどの色気が溢れていた。
バックヤードから売り場に向かう。
天使は小さな手を握りしめて魅惑の品を待ちわびている。
偽店員に退路を断たれていることに、全く気付いていなかった。
いかにも専門家らしい態度と手つきで霧依が取り出したのは、とある映画に登場したモンスターのフィギュアだ。
樹脂を盛って着色し、全く関係のない作品のプラモのパーツを取り付ける。
「け、けーう゛ぃー?」
まだ市販されていないはずの機動兵器プラモ……ではない。
劇中で兵器が敵に侵食された場面の再現だ。
「お」
霧依は笑顔で威圧する。
「おねえちゃんすごい!」
大量の冷や汗を流しながら見上げ、タナは固まった。
「え?」
距離が近い。
お洒落にほとんど気を遣わないタナでも手入れ方法が聞きたくなる肌が、舌を伸ばせば届く距離にある。
いつの間にか霧依の手が回されていて身動きできなくなっていた。
「どういうことって顔してますね。こういう事ですよ、天使さん」
悪戯っぽい笑みを浮かべて莉凛が阻霊符を取り出す。
いうまでもなく全力で稼働中で、タナの透過能力は完全に封じられている。
そうっと、親切なおば……おねーさんを傷つけないように手を退けようとしたら、背筋がそわぞわする笑みを向けられた。
タナを抱きしめたまま霧依が光纏。即座に魔具を取り出し攻撃に備える。
「大丈夫ですよぉ♪ すぐに貴方も堕としてあげますからねぇ♪」
はぐれ悪魔が顎の後ろを撫でてやると、天使はひぅっと怯えた小動物じみた悲鳴を上げた。
「薄い本は読むものであって実体験はヤーっ!」
絹ではなく化繊が避ける音が響く。
霧依がたたらを踏み、莉凛が振るった鞭が下着姿の天使の髪をかすめた。なお、色気も素っ気もないアニメプリント下着である。
脱皮っぽい動きで脱ぎ捨てられたTシャツTパンが、霧依の足下にぱさりと落ちた。
「こら、待ちなさいっ」
「たすけてーっ!」
薄く開いた自動ドアの隙間を抜け、タナは戦場に向かって逃走した。
●だ天使との邂逅2
拳が左右から迫ってくる。
「思ったより……」
当たれば死ぬ。
人間として死にはしないが撃退士としては確実に死ぬことになる。
十一はこれまで温存していた手札を躊躇無く使うことにした。
サーバントの拳が突き出されるより速く右の1体に切り込む。
炎を纏う刃はサーバントの腕を軽々と切り落とし、十一を危地から救い出す。
残る1体は逃走を図ると同時に模型屋内の主に向かいかけ、飛び出してきたタナと正面衝突して動きが止まる。
「え?」
タナの目の前で、最後の一体が切られ砕かれ焼かれて散っていった。
光纏を解き、戦闘の緊張と高ぶりを気合いで押さえ込み、白布が呆然とする天使に微笑みかける。
「よかったら……もし嫌じゃなかったら、僕の友達になってくれないかな?」
真摯な瞳は万言より雄弁だった。
人界には楽しいことがいっぱいある。
真心と情報が伝わったことでタナが落ち着きを取り戻す。が、背後から迫る脅威に気づいて逃走を再開する。
「さて、残りはキミだけなわけだけど……ボクらとしてもキミのような優秀で可愛らしい天使さんと闘うのは……非常に大変なわけでして☆」
しかしジェラルドに遮られる。
1人が堕天使の護送をしているため現在敵味方の数は7対1。撃退士側圧倒的有利のはずだった。
「捕まって☆」
「ぎにゃーっすっ」
タナが加速する。
最下級天使とは思えない速度は撃退士達の予想を外し、タナに包囲網からの脱出を許してしまう。
「やれやれ。恨むなよ」
猛加速中も怯えて泣いている天使の背中に白蛇がライフルの狙いをつけ、アウルの弾丸を放つ。
無防備な背中に着弾した。
けど血が流れない。
命中箇所がうっすら赤くなっているがそれだけだ。
「高位の天使だったのか?」
泣きながら去っていくだ天使に、撃退士から複雑な感情のこもった視線が向けられていた。
堕天使から提出されたスマホには、正規に購入されたアニメと漫画と元の持ち主のコスプレ映像だけが入っていた。
情報漏洩対策の一環だと思われるが、詳しいことは分かっていない。
「買い直すお金ないよう……」
天使支配領域で、天使が一人膝を抱えて落ち込んでいた。