●いきなり決戦
烈光丸をヒヒロイカネから緊急活性化し、斜めから切り落とす形でディアボロの拳を受ける。
衝撃が刀身を伝ってうらは=ウィルダム(
jb4908)の腕から肩を貫く。
極めて威力は高いが繰り出したのは悪魔の一種だ。はぐれ悪魔であるうらはならなんとか耐えることができた。
自身の倍近い身長のディアボロとつばぜりあいしながら、うらはは全神経を目の前に敵に向けたまま叫ぶ。
「ユウ! 頼んだよ!」
黒いディアボロの右斜め後方から無色の矢が飛来する。直前の戦闘で穴だらけの皮膚にめり込み、骨まで抉って停止する。
「うらはおねーちゃんっ! そこなのっっ!」
烈光丸の角度を変えて拳を空振りさせ、煌めく刃をディアボロの脇に突き刺そうとしたが、高速で戻って来た拳に弾かれる。
「随分とボロボロじゃないか」
真正面からの戦闘力だけなら格上の相手に対し、うらはが薄い笑みを浮かべ芝居がかった声をかけた。
馬鹿にされたとでも思ったのか、ガーゴイルは肩を怒らせて一気に前に進みうらはを叩きつぶそうとする。
その動きは極めて力強く、当たれば防御ごとうらはが叩きつぶされていたかもしれない。
「っ」
嘲弄混じりの呼気をはき出しながら、狼ヶ峰 翼(
ja0077)が地を駆け指先を繊細に動かす。
うらはに気をとられすぎていたディアボロのアキレス腱に金属製の糸が絡みつき、しかし渾身の力を込めた蹴りで払われてしまう。
防御のための動きは攻撃の動きを鈍らせる。
勢いの弱くなった突撃を、うらはは余裕をもって受け止めることができた。
「堅ぇな……けど効いてないわけじゃねぇだろ」
翼が糸で同じ場所を狙う。
巨体を機敏に動かして、ガーゴイルは糸を回避すると同時に拳を打ち下ろす。
やや体勢が崩れていたため狙いは甘く、自身の肘を横からぶつけることで防ぎ受け流すことはできた。
完璧に近い防御ができたのに、防御に使った腕に痛みが残っていた。
「力だけはあるな」
ディアボロが再度狙いを変え、背後のユウ・ターナー(
jb5471)を狙って足を伸ばす。
崖から身を乗り出した、ディアボロにとっても恐ろしく危険な蹴りだ。
その分威力は極めて大きく、撃退士としては経験が浅く防御を得意としないユウを死に追いやるはずだった。
ちいさなはぐれ悪魔が構えた盾に大きな拳が命中する。
翼で消せない衝撃がユウを後方に吹き飛ばし、かはっと口から息が漏れる。
しかしそれだけだ。
ユウが抜け目なく朝日を背にしたこと、分厚い盾を構えていたこと、前の2つに比べると効果は薄いけれど、感知を得意としていたこと。
全てがあわさることで、ガーゴイルの渾身の一撃をなんとか受け止めることができた。
「ホントの攻撃はこっちなンだカラ☆」
辛いときほど元気に。
からりと元気な笑顔で、挑発にしてはあまりにも愛らしい響きの言葉を投げつけた。
ディアボロの内部で不審の思いがうまれる。
それはガーゴイル本来の性能を曇らせ、なにより周囲への警戒をわずかではあるが怠らせた。
「つれないじゃあないか。こんな美女を目の前に他所見なんて、さ」
なんて、の時点でうらはは最高速に達していた。
烈光丸ごと崖から飛び出す勢いでガーゴイルに直進する。
下がれば転落。横に避けても転落の可能性大であることに気付き、ディアボロは覚悟を決めてうらはに向き直る。
背後からユウがぷすぷす矢を射込んでくるのも全て無視して正拳突きを繰り出す。
ユウが滑るように横へ飛行することで、後方の2体とここの1体の連絡を絶とうとしていた。
ディアボロが動揺する。
うらは敵の隙を見逃すことなく刃を埋め込む。
即座に引いて体勢を立て直そうとするディアボロだが、逆側からユウが牽制するためうらはをふりほどけない。
「いい心がけだな。涙が出るよ」
天空より傲岸極まる言葉が投げつけられる。
「あまりにも愚かすぎてな」
込められた感情は悪意ですらない。哀れみと呆れに近い何かだ。
装甲で頭部と胸部と脚を固めた不動神 武尊(
jb2605)が、上空からスレイプニルと共に駆け下りてくる。
脇から敵に向かって真っ直ぐに伸びるオーラは、数多の敵を屠ってきた黒い馬上槍に見えた。
「悪魔如きにかける慈悲はない」
馬上槍は決してぶれない。
左右を挟まれたガーゴイルは動けない。
だから、こうなるのは必然だった。
「ガァッ!」
両刃の大剣がガーゴイルの腹を貫く。
口から黒い血を大量に吐き出しながら最期の反撃を行おうとしたディアボロの足をスレイプニルが踏みつけ、踏みにじる。
「押してダメなら斬ってみろ……てな」
翼の伸ばした爪が、これまでの戦いでディアボロに刻まれた裂傷に入り込み、広げて引き裂き押しつぶす。
神経を切り裂く痛みはディアボロの肉体と精神の限界を超えていた。
ガーゴイルは体を激しく震わせ完全に動きを停止してしまう。
うらはとユウは一瞬視線をかわすことで相談を終わらせ、動きの止まったガーゴイルを左右から掴む。
「いっ、せー、のーっ!」
2人の翼が輝きと力を増す。
武尊が鼻を鳴らして大剣を引き抜くと、左右で防ぎ続けたはぐれ悪魔達によって、身動きのとれない悪魔の兵器が高低差20メートルを超える崖から投げ出された。
●機動
ディアボロの前衛との戦いが始まると同時に、2人の撃退士が全力で駆けだしていた。
「あたしが最奥の1体を抑えます。皆は残り2体に対応してください」
そう言い残したのは佐藤 七佳(
ja0030)だ。
四肢に純白の光をまとい、緋色の衣を正面からの風で揺らしながら、ディアボロの予想を数割超える速度で戦場を駆け抜けていく。
各務 与一(
jb2342)は、少しだけ目を開くことで穏やかに驚きを表現してから、七佳とは別の進路を選んだフィルア・ブランシュ(
jb6235)に全神経を集中する。
「ここは任せたよ」
数メートル先で行われている、撃退士4人と攻撃能力を保った高性能ディアボロの戦いのことは忘れた。
今彼が知覚しているのは、十数メートル先にいるフィルアと、右手と右側の翼が壊れたディアボロ、他には己の手にある弓と矢だけだ。
●真実へ
地面に散らばる残骸が、撃退士到着以前にこの場で何が起こったかを雄弁に語っていた。
遊び心のある形状の、特定状況では厄介そうな砲撃戦型サーバントの残骸。
ディアボロの残骸は無いけれど、明らかに格上のはずのガーゴイル達は全て大きな傷を負っている。
「本当に間抜けな話よね」
疾走するフィルア・ブランシュ(
jb6235)の口から言葉がこぼれて向かい風にかき消される。
おそらくは意味のない遭遇戦を戦った天使も悪魔も、使われたサーバントもディアボロも。
こんな状況に巻き込まれる撃退士のことは、きっと誰も考えていないのだろう。
フィルアはため息を内心に止め、赤というには少々禍々しすぎる大鎌をヒヒロイカネから取り出す。
ガーゴイルは右肩を下げながら右へ動き続けている。
手堅く守りを固めて撃退士を潰すつもりなのだろう。
「基本に忠実」
だから動きを読みやすい。
足にアウルを集中して爆発的に加速する。
視界が狭まり、不意を突かれて表情を歪めたディアボロの顔が近づいてくる。
激突の直前に跳躍。合わせる様にして血色の鎌をディアボロの右側に叩きつける。予想以上のダメージが通った手応えを感じながら、フィルアは即座に敵の腹を蹴りつけてその場から飛び退いた。
ディアボロは反撃の拳を繰り出したものの、朝の冷たい空気を切り裂くことしかできない。
見事に翻弄したフィルアではあるが正直全く余裕はない。
迅雷を使えるのは後一度だけだ。足を止めて真正面からの殴り合いになれば、腕力で勝るディアボロの方が圧倒的に有利なのだ。
フィルアが投擲する手裏剣を平然と胸板で受け止めながらガーゴイルが迫ってくる。
文字通り迅雷の動きで迫り切り裂くが、これで打ち止めだ。
全身の筋肉が膨れあがる。ガーゴイルは獰猛な笑みを浮かべ、止めの蹴りを繰り出した。
●遠くからの守り
「よし」
矢から手を離した時点で成功を確信する。
与一が第二の矢をつがえたときには、ガーゴイルの蹴りが矢で進路をずらされ、フィルアの腹ではなく何も無い地面を打ち抜いた。
足を抜こうともがくディアボロの右に回り、フィルアが容赦なく鎌の刃を打ち込んでいく。
ガーゴイルは鼻息荒く左足を引き抜き、動きを止めずにそのまま大振りの一撃を見舞おうとする。
しかしその動きを待っていた与一は、無防備な脇腹に的中させることでガーゴイルの攻撃を潰す。
「これ以上はやらせないよ。与一の名に賭けて、脅威を全て射抜いて見せる」
普段は眼鏡に隠されている赤い瞳が、力を活かせないまま沈もうとするディアボロを冷たく見つめていた。
●光
最終的に光の速さを目指している。
目標はあまりにも遠すぎて、辿り着くには何年、あるいは何十年かかるか分からない。
現時点での速度は新人撃退士の数割増しから倍というところで、ディアボロの目でも十分に追うことができる。
追うことができるから、絶望を味わうことになった。
「馬鹿ナ」
縦深を活かすことで、少なくとも最後尾のディアボロは自由に攻撃するか撤退できるはずだったが、七佳の速度により前提が覆る。
予備兵力である3体目の目の前に七佳が現れる。構えているのは朝日を反射し紫に輝く刃だ。
一瞬にも満たない間ディアボロの視界にとどまり、すぐに分厚い皮膚を貫き内蔵を深く切り裂いた。
「傷ついた仲間を守る為に身を呈する、その姿勢は高潔なものだと思います。物語であれば、悪役はあたし達の方ですね」
ディアボロの足を蹴って建御雷を引き抜く。
ガーゴイルは口から肉片が混じった体液をこぼしながら、創られてから今までで最高の速度で腕を横に振るう。
既に己の命は諦めている。
目の前の小柄な撃退士を道連れにする。それが駄目でも攻めて腕1本。悪魔らしい闘争本能に突き動かされ、非常に速く重い一撃が実現していた。
「迅雷一閃……叩き込みますッ!」
七佳は下がりも避けもせず前に踏み込んだ。
接近時を上回る速度でも完全には回避しきれず、拳に肩を抉られる。
その代わりディアボロも回避も防御もできない。
高速で展開された魔方陣と共に、紫の刃がディアボロの肉と魂を切り裂いた。
七佳は前進を続ける。
翼の形に噴出アウルをさらに強め、零れる自らの血をそのままにガーゴイルを押し続け、ついに崖から押し出すことに成功する。
動きを封じられたディアボロは受け身もとれずに落下して地面にぶつかり、最初に落ちた同属と同じように粉々になったのだった。
●ほのお
黒焔を翼の形に広げたアステリア・ヴェルトール(
jb3216)が最後の一説を口にした。
「対象“敵限定”」
翼が大きく広がる。
アステリアの周囲に展開する32の魔法陣が輝き、砕ける。
広がった焔の一部が魔剱の形をとり、主の意に従い下に向けて放たれる。
苛酷な足止め戦闘を続けていたフィルアだけを外して、多数の刃がガーゴイルへと降り注ぐ。
健在な皮膚装甲が砕かれ、筋が切り裂かれ骨が削られる。
戦いながら冷静に隙をうかがっていたフィルアが、ディアボロの最期の一撃を大剣で防ぎ、止めの手裏剣を見上げる位置にある喉に叩き込み、脊髄に当たる部分を破壊した。
アステリアが地上の決着を確認しない。
左方の、山頂に向かう斜面の異常に気づいたからだ。
「伏兵。予想通りとはいえ」
アウルを注ぎ込み黒焔を拡大。魔法陣を用いて収斂の後発射。
斜面が吹き飛び立ち上る土煙の中から、最初の3体に比べれば小柄で力も無さそうだがアステリアの一撃を除けばほぼ無傷のガーゴイルが躍り出る。
最初の3体は既に倒されている。けれど撃退士側の消耗も大きい。
ここは、短時間ではあるが1人で立ち向かうしかないかもしれなかった。
3回目の魔剱の準備をしながら、腰に下げた剣の柄に手をかける。
己が暴虐でガーゴイルを潰したいという思いが理性の蓋をこじ開けようとする。
アステリアは頭を軽く振って迷いを振り払う。
翼を広げて飛び立とうとするガーゴイルに対して魔剱の雨が降り注ぐ。
その超危険地帯に飛び込む影が1つある。
スレイプニルを駆る武尊が地上の地獄へ悠然と乗り入れた。
地表から5メートルまで上がったガーゴイルが、安堵の嘲笑の混じった笑みを下へ向け、凍り付く。
武尊の口元には冷笑の形に歪み、力強い両腕は大型の弓を限界まで引き絞っていた。
無造作に矢を放つ。
小型ガーゴイルの胸に小さな穴が空き、反対側からアウルの矢が飛び立ち消えていった。
アステリアが右手を掲げる。
黒い炎が勢いを増していく。
今度は剣の形にはしない。
彼女の本質である血と虐を身のうちより適量呼び起こし、ディアボロにのみ目標を固定し、開放する。
ディアボロが崖下に自ら落ちることで回避しようとしたが、与一の矢に地面に縫い止められる。
炎が魔龍のごとく広がり、最後に残ったガーゴイルを砕き燃やし尽くした。
●戦場跡
「残存敵兵力無し。これより帰還する」
詳しく状況を聞き出そうとする声を無視して回線を切る。
振り返ると、撃退士到着前の戦いで荒れ果てた斜面が視界に映った。
「ふん」
後は地元の人間の仕事だ。
武尊は疲れを感じさせない足取りで帰路につくのだった。