●襲来
大小の黒い球で構成されたサーバントは、現実のボクサーではなくアニメに登場する超人ボクサーを真似していた。
真っ当な物質ではあり得ない動きで、要するにアウルを使った加減速でアスファルトを突っ走り、腕部はいつでも繰り出せるよう折りたたんでいる。
「生物系の天魔とは違い、あまり罪悪感を覚えない相手なのは幸いなのでしょうか?」
転送終了時点で戦闘準備を整えていた佐藤 七佳(
ja0030)が思わずつぶやいていた。
「別に何でも良いんだけど、壊すだけだし」
足止めを担当する仲間を見送りながら、常木 黎(
ja0718)はリボルバーの最終点検を行ってる。
「何考えてあんなの作ってるんだか」
これから始まるのは命を賭けた死闘だ。
けれど、急速接近するサーバントから微妙な残念臭が漂ってくるのも確かであった。
●通行止め
アスファルトの中央を一列縦隊で疾走するサーバントの先頭が、上半身を左右に振り始める。
2体目は0コンマ数秒遅れて先頭を真似、3体目も同じだけ遅れて2体目を真似、速度を落とさず天使製の波を表現する。
無論、戦術的な意味は一切無い。
「ここから先は通行止めだよー 」
コンクリとアスファルトで加熱された風が、足下近くまである黒髪を大きく揺らした。
来崎 麻夜(
jb0905)の気怠げな瞳に、残酷な色が少しだけ混じる。
5体のサーバントの列が麻夜を無視して通り過ぎようとした瞬間、麻夜は獲物を嬲る猫科肉食獣じみた笑い声をこぼしながら、言った。
「動いちゃダメ、だよ?」
闇色の逆十字架が似非ボクサーの隊列に滑り込み、アウルからなる黒い巨腕を呼び出し先頭に叩きつける。
1列縦隊の間隔が広かったため巻き込まれたサーバントは1つだけ。
しかし先頭がダメージを受け不安定になった影響は大きく、サーバント隊の速度は急速に鈍っていく。
「急ぎのとこ悪ぃけど、俺らの相手してくれや」
進路を90度以上ねじ曲げて麻夜に突撃しようとしたサーバントの後頭部に、麻夜のそれと似た逆十字が張り付き、そのままめり込んだ。
先頭のサーバントがよろめき、次の2体がぶつかって止まり、最後尾の2体は敵も味方も無視して先に進む。
「ちっと踊っていけや、倒れるまでな」
再度加速しようとした黒球サーバントの脚部が、ライアー・ハングマン(
jb2704)の放った銃弾に撃ち抜かれた。
●カウントダウン開始
サーバントの速度は予想以上だった。
正確に表現するならば、リソースの速度への割り振りが兵器失格寸前級に極端過ぎた。
「なんか似たようなやつを最近見かけたような気がするのはなぜだろう」
透過してアスファルトの中に潜っていた蒼桐 遼布(
jb2501)が顔を出し、背中……らしきものを向けた黒球サーバントを確認する。
四肢を這う蒼雷と銀雷の光纏とは逆に、遼布の顔に浮かんだ表情は穏やかだ。
「双極active。Re-generete」
両端に分厚い刃を持つ、身の丈の倍を超える蛇矛を手元に呼び出す。
「んじゃ、殲滅開始といきますか」
近所に散歩に行く程度の気楽さで、遼布は3体のサーバントがひしめく空間に突入した。
「これぞ、まさに横槍ってか」
麻夜とライアーに敵の注意が向きすぎないよう、わざと目立つ動きで双極を振るう。
ボクサーの足の裏にあたる黒球の芯を捉えて砕く。
予想外に澄んだ音が消えるよりも早く、ボクサーはくるぶしに当たる部分で着地し、鋭いジャブを繰り出してきた。
頑丈な長柄で受けて衝撃を受けながしながら、得物の長さを活かして巧妙に距離を保つ。
「この残念さ。奴か」
総合すると平凡以下な戦闘能力の割に優れた機能。
全力で明後日の方向へ力を注いでいるこの感じは、戦ったことのあるサーバントに似通っていた。
サーバントは1体を麻夜達の牽制に残し、残る2体で左右から遼布に迫る。
1対1なら勝てるが1対2ならなぶり殺しになりかねない相手の連携に、遼布は破顔した。
「待っていたぞ!」
右側のボクサーに一撃入れながらさらに右に抜ける。
直後、遼布が直前までいた空間を中心に、極悪な威力の爆発が起きた。
●その名はシャドウブレード
控えめ……もとへ年相応の胸に燃えているのは多分きっと正義の心。
足止め班に完璧に足止めされた3体のサーバントを見据え、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)はサド心溢れる……もとへ明るく元気な正義の笑みを浮かべ、高らかに叫ぶ。
「多弾頭式シャドウブレードミサイル」
魂から供給される膨大なアウルが一部機械化された胴からせりあがり、完全機械化済みの肩から吹き出て強固な形をなす。
形状はミサイルポッド。
軍隊が使うものと比べると非常に小さいが、軍人が求めて止まない攻勢のサド風味アウルがたっぷりと充填されている。
蓋が爽快な音と共に開き、初夏の太陽光に左右各8発のミサイルが照らし出された。
「発射!!」
事前の打ち合わせ通り、遼布目がけて左右計16発のミサイルを発射する。
ミサイルポッドは発射の衝撃で壊れて消え、ミサイルも衝撃に耐えかね途中で壊れ、弾頭に仕込まれていた影の刃をばらまきながら崩壊していく。
刃の雨は3体のサーバントに満遍なく降り注ぎ、うち1体はアスファルトに膝をつき、そのまま黒球同士の結合が溶けて左右にばらけて転がっていった。
ラファルが口笛を吹く。
ふざけた設計のサーバントだが最低限兵器として使える程度の頑丈さはあるらしい。
もう一度ミサイルポッドを呼び出し、左右に待避していくライアー達に当てないよう注意しながらぶっ放した。
●剣士
撃退士の足止め班を回避した2体のサーバントは加速した。
もともと非飛行サーバントとして限界近い速度だったのに、今は飛行サーバントに迫る速度に達してしまっている。
「ちっ…フォロー、ASAP!」
黎は目では追えている。
だから、自分の足では追いつけず、手持ちの武器では射程に収められない可能性が高いのも分かってしまった。
「1体受け持つ」
大澤 秀虎(
ja0206)がサーバントの進路上に飛び出す。
こうすれば、少なくとも1体は足止めできる。
ただし重量と速度を兼ね備えた黒球型サーバントは運転中の大型車並みに危険だ。はね飛ばされて大けがをする可能性も、撃退士だったものにされる可能性もある。
「一騎打ちか」
秀虎の口元が緩む。
依頼を受けたからには依頼成功を目指さざるを得ず、ただ刀を振るだけでは済まないことも多々ある。
けれど今、秀虎の目の前にあるのは白兵戦仕様サーバント相手の一騎打ちだ。
ボクサーが速度を保ったまま腰を低くし、そこから伸び上がる形で黒球型拳を突き上げる。
速度と質量がのった顎狙いの拳に対するのはたった1本の刀。
激突すれば即死の可能性すらある状況で、秀虎は普段通りに抜刀し、最高速に達したところで黒球の連結により形作られた利き足をさくりと深く切り裂いた。
少々体勢が崩れようが勢いはほとんど変わらない。
ボクサーサーバントは己の体を武器に秀虎を襲い、腹に痛烈な一撃を受けてはね飛ばされ、道路の表面を削りながら横へ滑っていく。
「っ」
左手で鞘を突きだした体勢の秀虎から乱れた呼気が漏れる。
非常手段として一撃入れて防いだが、左手から肩までの感覚が怪しく、激しく揺らされた内蔵は一時的にストライキを起こし、視界も歪んでいる。
が、剣を振るうには十分だ。
スクワットの要領で飛び起き構えをとるサーバント。黒球の半分近くが割れて内側の空洞が見えている。
対する剣士は刀を剣を天に向かって突き上げる腰を低く落とした構え。
それを待ちと判断したサーバントは拳闘の足運びで間合いを詰めようとした。
突如として紫焔が膨れあがり刀を隠す。
秀虎は迷い無く飛び込み、突き出された拳ごと肩を縦に割り、腕も割、肩から腰へと切り下げた。
●阻止攻撃
後方に抜けたサーバントを七佳に任せ、もう1体を秀虎に任せてから、黎は改めて銃口を前方に向けた。
足止めされてからミサイルによる爆撃を受けた3体のサーバントは、1体討たれた時点でようやく戦闘用に思考が切り替わったのか、それともようやく速度を戦闘に活かすことを思いついたのか、足止め班をすり抜け加速しようとしていた。
「最初からそうしていたら危なかった」
アウル製の銃弾が大気を切り裂き、黒球製の足先を穿つ。
サーバントは即座に破損部を切り離して戦闘能力と速度を保つ。
再び銃弾が飛び、黒球を穿ち、サーバントに切り離しと再構成を強いる。
淡々と打ち続ける黎が与えたダメージは大きくはあっても致命的ではない。
しかしながら、彼女が銃火を以て押しつけた行動の制限はサーバントに致命的な事態を招き寄せる。
「いい加減、落ちろってんだよ!
サーバントの背後から鎖鞭が追いつき、首筋にあたる黒球を強烈に叩き亀裂を生じさせる。
ボクサーは構えをとり180度反転しようとし、絶妙の機を捉えて放たれた銃弾を浴びせられ動きが鈍る。
援護射撃としては最高の出来映えだ。
もっとも実際に撃っている本人は喜んでいる暇など無い。
背後の遠くから聞こえてくる音と目の前の光景から戦場全体を知覚し判断し、仲間の一部は背後の応援に向かわせ、一部には万が一にもサーバントに逃げられないよう移動を指示していく。
「誤射確率0!」
黎が呼びかける。
ライアーは犬歯を剥き出す獰猛な笑みを浮かべた。
周囲に三日月状の刃が無数に生まれる。
どれも天使やその麾下とは相反する性質を持つ、殺傷のための刃だ。
「耐えれるもんなら耐えてみな」
全方位に放たれた刃の嵐が、これまでの戦いで弾痕と凍傷まみれにされた2体のサーバントを穴だらけにする。
きっかり1秒静止した後、黒球はばらばらになって落下し、アスファルトに当たって砕け散るのだった。
●高速
同型4体のことを忘れて気分良く疾走するサーバントはあり得ないはずの声を聞いた。
「多少、速いようですが……まだまだですね」
声の聞こえた方向、つまりは真横を向くと、アウルの残滓と艶やかな髪の端だけが見え、視界から消えていく。
七佳はサーバントを30メートルほど追い抜いた時点で全力移動を中止し振り返る。
黒球連結型サーバントはほとんどの撃退士を置き去りにする速度で疾走中だ。
ただし、七佳の速度には明らかに劣っている。
これほどの速度差があるから、足止めを突破したサーバントの追跡に向かったのが七佳1人なのだ。
最大速を出しているときに撃退士に追い抜かれる状況についての指示はないようで、防御も方向転換も考えない走りでサーバントが近づいてくる。
つまり、確実に当てることができる。
滅の一字が冠された刃を円形魔法陣が囲む。
1つや2つではなく無数の陣が積み重なり、深い領域への干渉準備が整う。
「いきます」
背中から噴出されるアウルが濃すぎて1対の翼に見えた。
両脚から極太のアウルが吹き出し、腰、肘、脇からも姿勢を制御するための小さなアウルの流れが背後に流れ、超速度で七佳をサーバントの元へと運ぶ。
七佳には、数十メートル離れた戦場の戦場を確認する余裕まであった。
他ではほぼ決着がついたのを確認してから、発動の準備が整った刃を黒球に突き立てる。
肉体だけでなく存在まで揺らされたサーバントは完全に身動きを封じられ、速度も回避に向いた装甲形状も活かせず棒立ちになる。
そこから先はただの作業だった。
解体する要領で黒球を切り離していき、効果が切れそうになるたびに魔法陣を呼び出し、刃に載せてサーバントに打ち込む。
5体の中でも特に頑丈だったらしく、サーバントは耐えに耐え抜き、体の制御を取り戻すと同時に視力を振り絞り跳躍した。
七佳は追わなかった。
追う必要もなかったのだ。
「さぁさ、こっちですよー 」
麻夜の影から禍々しい形状の鎖が現れ、着地直後のサーバントの体に絡みつく。
これが尋常な鎖なら球で滑ったり球と球の間に挟まって絡まったりしたかもしれない。
けれどこれは術の一部であり、的確に黒球型を締め上げ動きを妨害している。
「それじゃ、さようなら」
麻夜の瞳から感情が消え、密度と量を増したアウルが瞳から零れ、白い頬に一筋の跡をつける。
憎悪の弾丸がコアの入った黒球を撃ち抜き、精魂込めて創造されたサーバントを砂のように崩壊させた。
「Mission complete」
麻夜は銃をヒヒロイカネに戻し、小さな手で自分のふくらはぎを揉む。
散々掛け回されたせいで、ちょっと足が痛かった。
●日常へ
撃退士によって不可解な動きをするサーバントは倒された。
サーバント襲来以前の反映を取り戻すため、街は活発に動き始めている。