●東
無色の衝撃が青い葉と乾いた地面を吹き飛ばす。
土煙に隠れてはいるが、深さ数メートルのクレーターが大地に刻まれている。
威力だけなら悪魔に匹敵するかもしれない一撃だ。
しかもこれで終わりではない。
発射の衝撃で後ろを向いた右砲塔をそのままにして、サーバントは左の砲門を土煙の中に向ける。
当てた実感はあるが倒した感覚が皆無なのだ。
けれど撃退士の反撃は土煙の中からは来なかった。
斜め45度の角度で飛来した氷刃が、サーバントの薄い胸部装甲を撃ち抜き胸と背中に穴を開けている。
「何かのテストプレイ?」
ウィズレー・ブルー(
jb2685)は、陽の光に溶け込む白い翼へ向ける力を大幅に減らした。
速度が落ちたことでようやくサーバントがウィズレーに気付けたようで、非常にのんびりした動きで左砲門を上斜め45度に向けようとした。
堕天使はゆっくりと焦らず後退する。
少々の間合いの差は自ら動くことで解消できる。敵の攻撃範囲の外で敵の注意を惹きつける際には細心の注意を払う必要があった。
腕を除けば人型に近いサーバントが、プレハブ倉庫の屋根の端ぎりぎりまで前進し、それまでの動きが嘘のような速度と精度で狙いを定める。
今度は腹の前後に穴が開くが倒れはしない。
ウィズレーは砲門とその奥を目にすることになったものの、焦りは一欠片なく哀れみ哀れみを抱いていた。
眼下のサーバントは細部まで良く創り込まれている。
攻撃力に異常なほど特化した割には他の性能も悪くなく、元天使として目の前の相手が冗談目的で創られたわけでないことはとてもよく分かる。
「極端すぎます」
だが絶望的にバランスが悪い。
「はっ」
土煙の中から、煙を浴びてもなお美しさを保つ銀髪を揺らし月臣 朔羅(
ja0820)が飛び出す。
指向性を持たされたアウルの動きにサーバントは気付けただろうか。
確かなのは、朔羅が繰り出したアウルがサーバントの頭部で弾け、頭部装甲が知覚機能の大半と共に抉られたことだけだ。
射撃のため落ちる寸前まで前に出ていたため、サーバントはバランスを崩しかけ、落下寸前で右腕をプレハブの壁に刺し己を固定する。
朔羅は壁に向かい、速度を落とさないまま約90度角度を変えて壁を駆け上がり、必殺の間合いにまで近づいた。
「もうちょっと遊んでいたかったけれど。残念、ここでお別れね?」
おそらくモデルが務まるだろう手の平がサーバントの首にめり込み、指に挟まれた刃が最重要部位を切断する。
意識が闇に落ちる寸前、方向性はともかく愛情だけはたっぷり込められた天使製兵器は、唯一残った砲弾を発射することなく暴発させた。
砲塔が膨れあがり、最初より大きな衝撃波を伴う爆発を起こす。
が、朔羅は事切れた砲撃使いの体を盾にして爆発の衝撃のほとんどを受け流していた。
「馬鹿と鋏は使いようと言うけれど」
使いこなせない創り手が馬鹿なのかしらと一瞬思う。
しかしプレハブ倉庫を挟んだ反対側や屋根側から激しい戦いの音が響いてきていることに気づき、朔羅はウィズレーから最低限の治療を受けてから、飛行するウィズレーを追うようにして屋根へ駆け上がっていった。
●南
いわゆる一つの要塞攻略戦。
卜部 紫亞(
ja0256)は現状をそう認識していた。
他の全てが駄目駄目でも、全周に対し威力のある範囲攻撃を行えるというのは非常に厄介だ。
だから徹底して勝ちにいく。
魔法書にアウルを通して羽根の生えた光弾を生みだす。急加速した光弾はがサーバントの胸を貫通した。
それを為した紫亞は既に移動を終えている。
サーバントは放棄された畑の中に潜む紫亞に狙いをつけようとして、狙いをつけきれずに苛立ちの金属音を口からもらす。
「んー……あれ、見掛け倒し。見る限り、脆い」
遠距離からの攻撃を紫亞に任せ、鬼一 凰賢(
jb5988)は亀並みの速度で畑の中を匍匐前進している。
戦場への移動途中に農家から譲り受けた野菜で造った簡易ギリースーツは完璧に効果を発揮しているようで、サーバントが気づいた様子は皆無だ。
「でも、油断、駄目」
今は焦らず確実に。
望む戦果を得るためにはそれが必要なのだ。
「そろそろ」
枯れた草がコートに絡みつくのも構わず、紫亞は数度目の位置変更を行う。
この位置なら、サーバントが屋根の上で身を乗り出して砲撃しても爆風は彼女のもとまで届かない。
にも関わらず左右の砲門は南を向き、けれど紫亞も凰賢もいない場所めがけて第一の砲撃を、続けて最後の一撃となる第二射を放ってしまった。
「今、好機!」
凰賢が立ち上がりながら畑から抜け敵陣めがけて駆け出す。
背中に爆風を受けるが、狙いが大きくはずれているので被害は軽微だ。
とはいえ第二射はそうはいかない。
焦りで連続射撃した結果、たまたま凰賢の近くに第二の砲弾が落下しようとしていた。
咄嗟に紫亞が放った黒い光は、砲弾の端を抉り砲門に吸い込まれ吹き飛ばしはしたがサーバントの攻撃そのものには影響を及ぼさない。
膨れあがる爆発が凰賢の体を揺さぶり、けれど動きを止めるには至らなかった。
「射撃能力……やや驚異」
雨樋を掴み体を持ち上げる。
プレハブ倉庫の屋根では、光弾が何度も打ち込まれ胸部が変形しきっているサーバントがその場でうろたえていた。
「思考判定……単純」
紫亞は他の3体の攻撃範囲に入らないよう慎重に前進し、思考も実際の動きも鈍い人型に攻撃を浴びせ続ける。
「可動性能……極貧」
雨樋を引きちぎる勢いで引っ張り、堅い地面で助走をつけ、汚れた外壁につま先をめり込ませながら一気に屋上へ駆け上る。
凰賢の前に、壊れかけのサーバントが1体、屋上から転がり落ちるサーバントが1体、他方面の撃退士とやりあうサーバントが2体現れる。
「おまえ、張り合い、無い」
アウルを氷塊にしてサーバントの頭部にぶつける。
強烈な冷たさの水が人型の眼窩に垂れて凍り付く。アウルの含まれない攻撃は天使の僕にダメージも状態異常ももたらさない。
しかし不愉快な氷をはね除ける余力がないのは、見るだけで分かった。
凰賢は何も無い場所から雷の刃を抜き、2つの砲門と頭を切り落とす。
砲撃使いの残骸は屋根から転がり落ちて地面にぶつかり、鈍い音を立てた。
●西
4方向からの同時攻撃が今作戦の肝である。
悪魔並みの砲撃を数回分同事にくらえば、少し運が悪ければ重傷、普通に運が悪ければ撃退士引退、最悪戦死もあり得る。
だから4体のサーバントを1体ずつ引きつけて確実に倒して行くのを目指した。訳なのだけど。
「反撃は、なし……か」
谷屋 逸治(
ja0330)は2射目を準備しながら冷静に敵を見つめている。
この方面の敵サーバントは他と比べて慎重のようで、屋根の中央近くで腰を低くして転落しないよう備えている。
どれだけ威力が高くても、射程が倍違えばとれる手段は限られる。
間合いを詰めるか、増援を呼ぶか、罠にかけるか。
「一気に畳み掛ける」
策があるのか。
策があると見せて撤退か突撃を誘っているのか。
判断を誤れば即死に繋がる戦場で、逸治は鋼の意思で攻撃続行を選択する。
闇よりの力を与えられた銃弾が大気を貫く。
砲撃サーバントの最も分厚い胸部装甲とその反対側に小さな穴が開き、遠くの青空が微かに見えた。
3射目。
3つめの穴は最初の弾痕と繋がり、自らの重量に負けた装甲が全体的に歪む。
「七面鳥撃ち、か……まあ、楽に越したことはない……な」
1体を無駄に死なせることで心を攻めるつもりかもしれない。
理想的すぎる展開が、逸治の堅実かつ冷静な思考を揺らす。
ただし顔にも態度にも全く出ていないため、傍目には沈着冷静なインフィルトレイターによる一方的な蹂躙劇にしか見えない。
限界を迎えたサーバントから力が抜け、屋根の上に尻餅をつく。
屋根が邪魔で射撃が困難になった逸治よりも早く御神島 夜羽(
jb5977)が動く。
夜羽は作戦開始時に迷わず直進していた。
サーバントが逸治に気をとられ下がった結果、死角を悠々と近づき、物音を立てないよう時間をかけて上ることもできた。
「さっさと終わらせっか、なァ?」
前方と斜め前方から聞こえる戦闘音から状況を推測し、今ならいけると判断して跳躍。
軽い足音と共に着地し、速度をほとんど損なうことなく前進。尻餅をついたサーバントに向かう。
「ァハハハ! さっさとその間抜けな姿晒しやがれ!」
踏み込む足の力に耐えられずプレハブの屋根がひび割れる。
濃厚なアウルの籠もった蹴りと、追い詰められた砲撃型サーバントの砲撃が交錯する。
最初から予測していた夜羽は軽く体をひねって回避。
至近距離を通過した砲弾がパーカーを揺らして骨まで響く衝撃を送り込んでくる。
「上等!」
夜羽の口元に心底楽しそうな笑みが浮かび、金の瞳に残酷な殺意が宿る。
加速。
振り回される砲塔をかわして間合いを詰め、放電する手刀を見せつけてから腹に突き立てる。
一足早く決着がついた右側から援護が行われる。
紫亞により呼び出された大量の腕が絡みつき、ざっくざっくと夜羽が突き立てる手刀から逃れられなくさせる。
やがて手刀による斬撃が中枢部を押し砕く。
「ちっ。終わりか」
残骸と化したサーバントを、夜羽はつまらなそうに眺めていた。
●戦前
東西南北からの一斉攻撃が開始される10分前。
ユリア(
jb2624)はのんびり飛行しながらスマフォの画面を覗き込んでいた。
映し出されているのは長距離から撮影された砲撃型サーバントの動画だ。
画質が低いので細かい所までは分からないが……。
「火力一点特化にしてももうちょっと、ねえ」
プレハブ小屋の周囲に展開した仲間に合図を送って位置を微修正しながら、手元の画面と斜め下方の実物を見比べる。
「しかしこれにしたって、運用方法とか考えればもうちょっと使えそうな気も……とか言っちゃダメかな?」
創造者の上司が聞いたら、それが出来れば苦労はしませんと叫んで泣き崩れたかもしれない。
サーバントの行動パターンは痒いところに手が届かない残念仕様で、運用できる人材を他の場面に投入した方が確実に戦果が期待できるのだから。
「あ」
屋上に設置された妙に頑丈そうなパラボラアンテナに気付く。
撃退士なら一蹴りで粉砕でるだろうけど、戦闘中に1手無駄にするのは面白くない。
四方を警戒する、そのくせ上方への警戒はとても薄いサーバントの死角から接近し、長銃身の銃を素早く構えて撃つ。
錆の浮いたネジが砕かれ、風雨で汚れたアンテナが屋上から転がり落ちていった。
●北側
「上手く近付けるようにキッチリサポートしないとね」
北側での戦いは最初から一方的だった。
闇の翼を広げてふよふよと一見緊張感無く空に浮かぶユリアの下で、蒼桐 遼布(
jb2501)が地面を蹴りつつ飛行という荒技で速度を増している。
普段はどちらも良い意味で目立つ外見だが、このときだけは違った。
影を集約したアウルの影響下にある遼布は、少しばかり意識を向けられづらい。
サ深刻に知性が足りないサーバントにとって、遼布は完璧な光学迷彩をまとっているも同然だった。
「たしかに一発はありそうだが……なんか、色々足りてなさそうだな」
鋭い角度で急上昇。
屋根の端を越え、北側のサーバントまで数歩まで迫った段階でヒヒロイカネに呼びかける。
「双極active。Re-generete」
現れたのは全長4メートルを超える巨大槍、蛇矛。
強力な分使いどころが難しい武器だが、この場であれば思い切り振るえる。
「それだけ砲がでかけりゃ、すばやく動かすのも大変だろう」
下から掬い上げる形で槍を跳ね上げ、左の砲塔を弾いて上に向ける。
「どんなに火力が高くても、当たらないなら意味がないよね」
タイミングをあわせて後方から撃ち出された弾が、右の砲塔の端に命中し動きを鈍らせる。
砲撃型サーバントは全力で照準をあわせようとしたものの、衝撃で体が安定せず明後日の方向に向け砲弾を撃ち出してしまう。
プレハブから離れた荒れ果てた畑が、土煙をあげてクレーターに変わった。
「懐に入れたみたいだし、そろそろ終わらせようか」
ユリアの視線の先では、遼布が足を砕いて動きを制限し、続いて左の肩を砕いて最後の武器を奪っていた。
遼布が鋭く息を吐き出し、禍々しくうねる刃を振り下ろす。
「なんとなくと思っていたが、やっぱり残念なディアボロだったな」
ヒヒロイカネに格納して屋上から飛び立つと、他の3体とほぼ同時に、脳天から真っ二つにされたライフルマンが崩壊していくのだった。
●こーどなせんりゃく?
「罠、だったのでしょうか」
ウィズレーはライトヒールを使い切り、逸治から借りた救急箱を使い皆の手当をしていた。
「戦場では計画通りにいかないことも多い」
今回は天使側に何かのミスがあったのではないかと大真面目に言う逸治。
同時刻。数百キロメートル離れた天使支配領域で、お気楽な音程のくしゃみが連続して響いていた。