●緒戦
「3、2、今っ」
ヴェーラ(
jb0831)と久世 玄十郎(
ja8241)がワイヤーを引っ張ると、2本のポールの上に馬鹿馬鹿しいほど大きな網が張られた。
それは網というより対猛獣用罠、否、軍用兵器と言われても全く違和感がない。
「ぶつかって一瞬でも動き遅くなれば儲けもの……ってとこかしら」
支柱の状態を確認してから限りなく事実に近い推測を口にする。
「やはりそうなるか」
玄十郎は作業用の革手袋を外し、相も変わらぬ鉄面皮で相づちをうつ。
「ふざけた動きをしていてもサーバントよ」
天使とその僕に対する毒を吐きはしても、ヴェーラに油断は全くない。
「このサーバントなんの目的で飛んでるんだろーね?」
跳躍後も定期的に送られてくる資料をいっしょーけんめーに読み込みながら、シルヴィア・マリエス(
jb3164)が首をかしげる。
「目的無いとか考えてない、いやーあるっしょあるよね?」
同意を求めてわざとらしく視線を向けると、玄十郎は敵の接近を警戒する振りをしてスルーする。
「万一ないのならいずれ討つときにでも馬鹿にしてあげましょ」
豆粒ほどのサイズで見えてきた敵影に視線を固定したまま、ヴェーラは創造主である天使に対する冷笑を浮かべる。
一抱え以上ある黒球に白翼の異形は、資料より数割速く見えた。
シルヴィアも思考を平時から戦時に切り替え両手で銀の杖を構える。
「こいょー早くこいょー」
彼我の距離が1キロから500メートル、100メートルと近づくたびに緊張感と心臓の運転速度が上がっていく。
「あたしのしんぞーあんまり持たないからはよ来いやー」
言葉も声も気弱だけれども、体に震えはなく銀の杖は常に敵に向いている。
シルヴィアは堕天使であると同時に撃退士だ。最下級天使以下のサーバントに遅れをとるはずなどないのだ。
「っ」
玄十郎が鋭い呼気と共に横を向くのと、サーバントが急加速するのはほぼ同時だった。
阻霊符の影響下にある鉄製の網は2体の翼付き黒球を正面から受け止め、しかし5メートル近く押し込まれる。
頑丈さと粘りを兼ね備えたポールが歪み、ワイヤーの仕込まれた網が不吉な低い音をたてる。
「まぁ使われないのが一番よかったのだけど」
金のかかった資材を使った罠でも、相手は天使陣営最下層なのに、足止めでたのは1秒に満たない。
しかし今はそれで十分だ。
「撃ち落としてやんょ!」
ヴェーラの使い慣れたアサルトライフル型V兵器の銃口に闇色のアウルが集中し、集中が限界を超え爆発する。
闇色の弾丸は攻撃的なアウルをまき散らしつつ直進し、黒い球の表面装甲を易々と貫通し、背後のもう1体まで貫いてから消えていく。
「補助につく」
白手袋に包まれた手のひらにアウルが集まり手裏剣の形になる。
「落ち着いて行うがよい」
背中で庇われ勇気づけられたシルヴィアは、可愛らしくも美しいかたちの鼻から、熱気に溢れた息を勢いよく吹きだした。
「くんにゃろー!」
アウルでつくられた薄い札が超速で撃ち出され、力任せに網をぶち抜いた黒球にぺたりとくっついたと同時に爆発する。爆風にまぎれて、寸前までサーバントの一部を構成していた黒い粉塵が吹き飛んだ。
「っしゃー!」
小さな拳を突き上げ、くるりと杖を回して第二撃。
「ずっとあたしのターン!」
札が宙を舞う……より速くサーバントの翼に棒手裏剣が突きたち、威力の割に狙い狙いが甘めの札をサポートする。
「粉々にしてやんょ!」
器用にシャドーボクシングしながら3枚目の札を飛ばすよりも速く、3つめの棒手裏剣がこれまでと同じくサーバントの翼を穿っていた。
「甲斐甲斐しいわね」
戦場から離脱するために向きを変えようとした1体に全速で駆け寄り、反撃に突き出された杭を銃床で辛うじて受け流し、ヴェーラはそのまま銃を構え直して銃撃を浴びせる。
鋭く強靱な杭とは逆に球の表面も内側ももろく、驚くほど簡単に中核部分がむき出しになる。
「隙を突くのも引き出すのも戦の常……だ。」
サーバントが淡い闇色のアウルに気づいたときには既に手遅れになっていた。
仲間を援護しつつ徐々に距離を詰めてきた玄十郎が斧槍を振り下ろし、ガラス玉じみた外見のコアを潰して砕く。
彼の背後では、熱烈な攻撃でもう1体を葬った堕天使がぴょんぴょん飛び跳ねながら喜びを露わにしていた。
●罠再生
強靱なはずの鉄製棒が熱せられた飴ののごとくねじ曲がり、大型野生動物を楽々と押さえ込めるはずの網が無残に破けていた。
「よーいしょ」
実戦用装備をお洒落に着こなした細身の体、よく手入れされた長髪に軽い笑みという一見チャラいイケメンが、足を肩幅に開いてから両手でポールを引き抜こうとする。
堅い地面に革靴がめり込み、ずず、ずずと鈍い音とたてながらポールが地面から抜け、最後は何もない場所に放り捨てられる。
「そっちを持ってくれ」
「了解、天険先輩」
天険 突破(
jb0947)が宙に向かって新しい網を広げると、颯(
jb2675)が端を受け止めて地表6、7メートルの地点まで持ち上げていく。
「しかし何というか」
全長約10メートルの鉄棒を穴にはめ込み、ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)は飄々とつぶやく。
遠くに見えていた残り3体のサーバントが近づいてくる。
6体まとまっていてれば全員力をあわせた死闘になったかもしれないけれど、残る3体も1体と2体に別れていて合流する気配もない。
おそらく、いやまず間違いなく戦術的に意味がない行動だ。
「コンセプト倒れの匂いがするよね♪」
頭脳に最低限のリソースすら投入されていないサーバントを他の面々に任せ、ジェラルドは3つめの罠を用意するため突破と共に数歩後退するのだった。
●第2戦
「妙なもの作ったもんだな」
記章型ヒヒロイカネから自身の身長を超える洋弓を取り出し構えてから、細部まで見える距離にまで近づいて来たサーバントを確認する。
無機的な翼を含む全身からアウルが滲み出る。阻霊符が反応し罠に透過を無視する能力が付加された。
「少し左へ」
準備完了後、何故だか海をみつめていたメイシャ(
ja0011)が静かにつぶやく。
髪も肌も北国の雪よりも白く、海面で反射された光に淡く照らされ神聖さすら感じられた。
「いいけど?」
堕天使は興味深そうに眉を動かしつつメイシャの指示に従う。
そして、目でサーバントとの距離と速度差を計り、目標が網に飛び込む寸前にアウルで出来た矢を放つ。
網で速度が少しだけ落ちた黒球に矢が突き立ち貫通する。
黒球は内心の狼狽を翼で表現すると同時に向きを変え、しかし何故か颯と真正面から向かい合えない。
「光か」
背中に反射光を浴びながら二の矢を放つ。
透明な闇の矢はサーバントに回避や防御に使う時間を与えず、真っ直ぐに颯に向かってきた黒球の中心を貫通した。
その側面に光弾が連続して命中する。
非常に派手で鮮やかで、でも残念なことにサーバントの外郭を貫通できていない。
「なら」
ローファーが乾いた大地を蹴りつけ、白い剣士が横から黒球に襲いかかる。
主同様の優美さを持つ刃が、主の内心を表す質実剛健な太刀筋で黒球に食い込み、押し込まれ、大きくえぐり取る。
硝子が砕ける音に似た悲鳴をあげつつサーバントが颯からメイシャに向き直る。
再度振り下ろされたメイシャの刃は、穴は開いているがそれ以外は現在な黒球表面で滑って逸れ地面に突き立つ。
ここが最後のチャンスと悟ったサーバントが、全ての力を込めた杭をメイシャに打ち出そうとした。
「どうして目を離すかな」
剣によって開けられた大穴に狙いをつけ、中の核に矢を当てるのは颯にとって簡単なことだった。
「メイシャ先輩、止めいただきました」
颯が軽く礼をすると、核を失ったサーバントは乾いた細かい砂のように崩れて風に飛ばされていった。
●決戦
「ようやくか」
罠を作ること3回。
作業の合間に援護すること2回。
射撃技の残りが少なくなってしまったが、突破にとってこの程度全く問題ない。
「ようやくだねぇ」
散弾銃の確認を終えたジェラルドが同意する。
今回参加者の中で特に実戦経験が多い彼等2人は、この時点まで徹底して裏方に徹していた。
今、罠を2つ使い潰し、他の面々は技を使った結果消耗している。
そろそろ出番だ。
「残り3匹か」
鬼灯(
ja5598)はこれまで使っていた拳銃をヒヒロイカネに格納し、凶悪な外見の斧を手にして一振りする。
空気が張り詰め、一瞬で戦場の空気に切り替わった。
「では」
「いこうか!」
口火を切ったのはジェラルドだ。
本人の陽気さからは想像できないほど暗く禍々しいアウルが弾倉に充填され、ジェラルドが引き金を意識すると同事に解き放たれる。
最悪の弾丸は無数の散弾に変じて密集して飛んでいたサーバント達に下から降り注ぐ。
経験を積んだ撃退士による一撃は強烈で、黒い球形外殻を無造作に貫いた。
戦闘の1体が深刻なダメージを受けてもサーバント達の動きは止まらない。
「何なら全部俺に向かって来い!」
先の2度の戦いのときと同じく、突破の手元から衝撃波が宙に向かう。
同種の敵にほぼ同じ状況で3度目の攻撃だ。網を避けてサーバントにのみ当てることなど容易かった。
先頭の穴だらけの個体はジェラルドへ、次の片翼がとれかかった個体は突破へ向かおうとして互いが邪魔になり、最後尾の1体も前の2体のせいで速度が落ちていく。
3体は、速度が最初のままなら軽々とちぎれていたはずの網に捕まり、数メートル押し込んだところで停止した。
「鬼さんこちら」
肩に斧を担ぎ、ゆるやかに謡いながら足の裏のアウルを爆発させる。
射撃の間合いから瞬く間に近づいて来た鬼灯は、サーバントからみれば絶好の標的だったかもしれない。
けれど複数の撃退士による援護射撃と攻撃術は黒球の動きを制限し、それ以外の撃退士もメイシャのように後方の警戒とサーバントの退路ふさぎを担当してくれているので鬼灯は目の前の敵に集中できる。
「叩き斬るぜ……!」
年齢の割に小柄な、ただし力も速度も飛び抜けた男が跳躍する。
さすがにまずいと思ったサーバントが鬼灯に意識を向けるが、遅い。
甘い狙いで突き出された杭に脇腹の皮一枚を裂かせて距離を詰め、斜め横から伸びてきた2本目に肘を叩きつけて流血しながら直撃を避けて距離をさらに詰め、当たれば腹に埋まっただろう3本目に斧の刃をぶつけて滑らせ、杭の根本から黒球にめり込ませて一気に断つ。
砕けて散っていく1体の影から、2体のサーバントが同時に鬼灯に迫る。
けれど2本の杭が傷だらけの鬼灯を刺すよりも速く、鬼灯を追い越した突破が両刃の大型剣を振り下ろし、荒れ狂う小弾の弾幕がもう1体を包む。
サーバントは逃げられない。
背面には玄十郎が回り込み、上方の地表20メートルには颯がいつでも術を撃てる状態で待機し、側面からはヴェーラとメイシャがアウルの弾や光を撃ち出している。
「くのー! でかい黒まりもみたいな体しやがってー!」
万一包囲を抜けられたとしても、待っているのは創造主と同種の、サーバント作ったことないからちょーっと嫉妬でやる気が出まくっているシルヴィアだ。逃げ延びるのは、奇跡が起こっても無理だろう。
「はぁっ!」
金色の大剣が黒球を両断し。
「ハッハー☆JACKPOT♪」
銃声代わりの歓声にまぎれて弾が黒球を貫通し、そのうちの1つがコアを砕く。
優れた部分はあっても全体としては非常に残念な性能のサーバント達は、ゆっくりと落下し、地面にぶつかり無数の破片と化して飛び散った。
歓声が響く。
特に元気な堕天使に飛びつかれたまま、玄十郎は高速で報告書を打ち込み送信する。
「業者を呼んだ方が良いのではなくて?」
玄十郎はヴェーラの言葉を否定できない。
戦闘前は何も無かった平地にサーバントと罠の残骸が大量に積もっている。
片付けは、戦闘より大変かもしれなかった。