分厚く重く堅い鎧が、風格すら感じさせる動きで廊下を進んでいる。
空間を贅沢に使って飾られているのはほとんどが本物の美術品だ。
暴力の化身と美の組み合わせは、数時間前は小学生が学んでいた場の雰囲気を一種異様なものへ変えていた。
軽快な足音が近づいてくる。
ディアボロは無言のまま大剣を構えようとして銅製像をぶった切り、風圧で青磁の壺を床に落として割り、剣先に絵画を引っかけて盛大に破く。
4体の鎧達は戸惑うように首をかしげる。
彼等には、自分達が不器用なだけだという事実に気づけるだけの知能はなかった。
●盾
扉が勢いよく開かれ、新たな登場人物が現れる。
向坂 玲治(
ja6214)は蹴り開けた際の勢いを殺さず廊下に入り、得物を取り出し己の肩に担ぐ。
意図せぬ破壊活動を続けるディアボロとは異なり、美術品にも他の備品にも一切傷をつけていない。
「そら、相手になってやるから掛ってこい」
一見乱暴な、その実余裕に満ちた口ぶりで挑発しつつ指で招く。
「オウ?」
作成者の顔が見たくなるほど知性に欠けるディアボロ共は挑発されたことにも気付けなかった。
が、玲治の存在感のあるオーラを無視することはできず、全力で大剣を振り上げ、高い天井に太い亀裂をつくり、重々しい音と共に絨毯に足形をつけなから勢いよく踏み込んだ。
速度は早いわけではない。
だが込められている力はディアボロ離れしている。
分厚い刃が最高速に達する前に大盾が進路を遮り、激しい音と光が廊下を満たした。
「はっ」
玲治は心底楽しげに歯をむき出し、がら空きの鎧腹部の装甲の切れ目に直刀を突き立てた。
刃には澄んだ光のアウルが限界まで込められていて、悪魔に造られた兵の装甲を貫通する。
「堅いな」
もう1体が、1対1の戦いの横を駆け抜け後衛撃退士に襲いかかろうとする。
突き出された鉄塊が当たれば一気に戦局がディアボロの側に傾いていたかもしれない。
「おっと、危ない危ない」
高速で横に突き出された大盾が、後衛に向けられた大剣の切っ先を大きく上にずらした。
●穿たれたもの
跳ね上げられた黒いトレンチコートの影から2つの銃口が覗く。
麻生 遊夜(
ja1838)は目の前数センチを通過する切っ先を見ても怯えもせず、双銃に己の殺意を伝える。
「腐れて落ちろ、爛の華」
アウルの弾丸は、発射寸前に幻視した軌道の通り直進する。
幻視での命中確率は10割近く、当然のように膝部分の装甲に直撃し蕾に似た弾痕を刻む。
「サービスだ、食らっていきな!」
銃に注ぐアウルの性質を変更する。
清い光をまとう銃弾が、冬の夜じみた冷たい殺意によって放たれる。
白兵戦しかできない代わりに白兵戦なら強い悪魔の下僕達には効きはしても致命的な打撃にならないが、時間がすぎると徐々に装甲の効果が薄くなっていく。
ハウンド(
jb4974)は援護射撃を中止する。
最初のディアボロは玲治と斬り合い、他の2体は反対側の味方と交戦を開始し、こちらに向かっていた1体は玲治のタウントに引っかかって側面を見せている。
分厚い装甲と体力を活かした防御術は対したもので、正直あまりダメージを与えられていない。
けれどハウンドの目には絶好の、素晴らしく楽しそうな隙が見えていた。
闇の翼が広げられ、ハウンドの小柄な体を天井近くに導く。
巨体の上に乗っかる兜の隙間から一瞬視線が向けられる。
無駄なことをするという嘲弄混じりの視線に対し、ハウンドは凶悪な犬歯を剥き出し心底楽しげな笑みを浮かべ持つ断罪の鎌を振り下ろした。
アウルによって形作られた金色の刃は、それまで完璧に近い防御力を誇っていた装甲を容易くはないが普通に切り裂く。
一見物理。実際には魔的な術攻撃だからこその結果だ。
ハウンドの攻撃に危機感を抱いたらしく、ディアボロはよろめきながら狙いをハウンドに変えようとした。
双銃が再度火を吹く。
物理攻撃主体の銃弾ならいくらでも耐えられると感じた鎧ディアボロは遊夜を無視し、けれど無視した銃弾に装甲ごと膝を食い破られ悲鳴を上げる。蕾は装甲を腐らせることで大きく広がり、ディアボロの物理防御を役立たずにしていた。
「その足で自重を支えれるかな?」
成人男性の倍はある両膝が、毛の長い絨毯に突き刺さり大穴を開けた。
●援護
撃退士は4人と4人に別れて廊下の両端から攻め寄せた。
透過能力の使用を忘れているディアボロにとっては、自らの大きさ遠距離能力の欠如と廊下の幅を考えると2体と2体に別れて迎撃するのが最も効率が良い戦い方のはずだった。
とはいえこのディアボロ、作成者の悪魔が頭を抱えてしまうレベルで頭が悪い。
2体はすぐさま迎撃に向かえたものの、もう2体は判断に迷いに迷いって動きを止めていた。
「まああれだ」
自身より大きな戦斧と共に、緑髪の悪魔が備品を蹴散らしながらディアボロに向かう。
それより高速で直進する蒼銀の悪魔は一応美術品に対する配慮はしているが、当然のことながらディアボロ討伐優先だ。
銀色の拳銃を構え、綿貫 由太郎(
ja3564)は少し疲れた息を吐く。
ディアボロが派手に壊した品や、前衛の悪魔2人と反対側の味方がやむを得ず戦闘で壊した品々の、表での価格と裏に流したときの値段の両方が分ってしまう。
明らかに今回の報酬より大きかった。
「ハッ、なかなか派手に暴れているわね。それでこそこの私が相手するに相応しいわ」
鮮やかな赤毛に映える悪魔風ゴシックで決めたアーシュ・シュタース(
jb2016)が、翼持つ馬竜を召喚する。
スレイプニルは油断無く戦闘への介入の機会を伺い、アーシュはリボルバーを構えて万一のディアボロの突破阻止に備える。
前衛や反対側で彫刻が粉みじんになるたびに、陶器が派手な音と共に粉砕されるたびに、アーシュの見た目より良い意味で普通そうな目が泳ぐ。気持ちはとてもよく分かるので、由太郎もからかう気にはなれなかった。
「下手に躊躇するより割り切って足止めした方が結果的に被害は少ないよ……多分」
前衛が開いた空間に向かい、腐食の力を込めたアウルを放つ。
由太郎の銃口から飛び出した弾丸は、ようやくこちら側に向き直ったディアボロ2体に見事に直撃する。
ダメージは小さい。
しかし腐食の魔力は装甲に浸透し、早くはなくても確実に、ディアボロの最大の強みを消しつつある。
目まぐるしく位置が変わる前衛と美術品が邪魔になりそれ以上の援護は難しい。
由太郎は念のために阻霊符を起動させながら、油断無く悠然と若者達の戦いを見守っていた。
「っ」
アーシュは一度だけ大きく息を吸って気合いを入れ、強がりも演技も抜きで、自らの意思で命令を下す。
「行きなさい」
スレイプニルが宙を滑り戦闘へ突入した。
●蒼銀
ディアボロを視認してから闘気解放とアウルの足への集中を行おうとしたとしたら、一方的に攻撃されるか逃げられるかしていたかもしれない。
効果時間が減るのを承知で事前に発動していた蒼桐 遼布(
jb2501)は、どちらに向くかすら決められていないディアボロに一気に近づくことができた。
「蒼刀active。Re-generete」
間近で見ると、非常識に装甲が分厚い。
防御にまわしたリソースを攻撃や移動、遠距離攻撃に割り振った方が絶対に強くなったはずだと、元悪魔、現はぐれ悪魔の遼布は心底思う。
「とりあえず、じっとしていろ」
最も威力のある得物を選んだが一気に決めることは難しいだろう。
内側を揺らすつもりで碧い刃を打ち下ろす。
「オマエ、テキ」
ほんの少しだけ浅く、動きを止めるには至らない。
鎧は周囲の状況も考えずに大剣を振り上げ、白い石膏像の腰から上を粉砕して白い煙に包まれる。
「Shift、Combat!」
ヒヒロイカネを操作し、蒼い外套からアーマースーツに切り替える。
ただひたすら防御性能を追求したディアボロの鎧とは異なり、動きを補助する役割も重視した実践的な代物だ。
視線をディアボロに固定したまま、軽く切っ先を動かして合図を送る。
「本気で行かせてもらう」
威力だけなら遼布以上の大剣を受け流し、手の骨に残る痛みを堪えて蒼刃を繰り出す。
刃は分厚い装甲に遮られはしたが、衝撃は貫通して内部のディアボロを揺らし意識を奪う。
が、このまま何もなければ、ディアボロは装甲で耐えている間に意識を取り戻せるはずだった。
「2つめ!」
大鎌が鎧ディアボロの膝の裏を削る。
ハウンドは心底楽しげに、一切の容赦なくウォフ・マナフを振り上げ、しかし直前に手応えからあることに思い至り片刃の直刀に展開し直す。
「悪いね。首、頂くよ」
バランスを崩したディアボロの首に刃を突き立て、両手で押し込み、全身の力を込めて引っ張る。
反対側から遼布が刃を教えて押し込むと、由太郎のアシッドショットで装甲の裏まで解かされた鎧は完全に崩壊し、鎧の残骸ごとディアボロの首が宙に舞ったのであった。
●闇色に潜む
光を吸い込み蓄える闇色の髪は、軽やかに揺れはしても決して目立たない。
Shadow Stalkerと名付けられた技術は、来崎 麻夜(
jb0905)の姿をディアボロ達の目から隠すまで磨き上げられていた。
だが麻夜に慢心はない。
仲間が、先輩と基本愉快な仲間達がディアボロと戦っているからこちらに注意が向かないだけ。
そう。これは先輩との共同作業なのだ。
「ふふ」
もしこのとき麻夜に目を向けている者がいたら、可愛らしい犬尻尾と犬耳が機嫌良くぱたぱたしているのが幻視できただろう。
内心盛り上がっても足取りに乱れはなく、麻夜は鎧ディアボロの背面にまで回り込むことに成功する。
「当たると痛そうだし、ね?」
骨組みだけの翼から暗色のアウルが零れたかと思うと、一瞬で爆発的に広がりディアボロを飲み込んだ。
反対側のディアボロ2体は範囲から漏れていたけれども、先輩が狙う2体は不意を打たれて完全に回避に失敗する。
それまでは雑ではあっても甘くはなかった大剣の狙いがわずかにずれ、銃弾や剣を装甲で受け流すことさえしていた動きに否的外れなものが混じる。
一見地味で、その実恐ろしいほど効果の高い状態異常攻撃。それがナイトアンセムだ。
膝立ちしていたディアボロが前のめりに倒れ、後頭部へ玲治が刃を突き立て止めを刺す。
その隣で戦っていた西洋風鎧が、道連れを求めでもするつもりか、華奢で弱そうに見えなくもない麻夜に飛びかかる。
極めて頑丈に造られているはずの床がきしみ、空気を揺らしながら鉄の巨体が迫ってくる。
「ボクに、触れるな……!」
嫌悪一色に染まった瞳から一筋の黒い涙が零れ落ち、美術品の影から湧き出した鎖が宙の巨大鎧を捉えて地に叩き落とす。
巨体がもがき、右手を撃ち抜かれ、巨体が立ち上がろうとして、床を捉えた右足を撃ち抜かれる。
麻夜と遊夜は打ち合わせ無しで、兵器としては駄目でも戦士としては強いはずのディアボロを封殺していた。
「お休みなさい、良い旅を」
2つの声と4つの銃声が重なり、最も分厚い胸甲に小さな穴が1つ開く。
衝撃によって心臓を破裂させられてディアボロはため息じみたうめきを1つ残しあの世へ旅立つのだった。
●戦斧と大剣
若手彫刻家入魂の裸婦像を透過し、古の名品の精巧な複製をすり抜け、ナヴィア(
jb4495)は遼布とタイミングを合わせてディアボロを攻めようとしていた。
敵の無能とこちらの準備の良さで透過能力を使えているとはいえ、脚部に多くのアウルを回した遼布と比べると速度は出ず、数秒遅れて前線に到着する。
しかしその遅れはナヴィアにとって有利に働く。
遼布を横から攻めようとした鎧が、ナヴィアに無防備な側面を見せてのだ。
なお、ディアボロは隙らしい隙を見せているつもりはなく、緑髪のはぐれ悪魔の攻撃など片手間で防御できると思っていた。
怒りもせず、侮りもせず、威圧的すぎて瘴気じみたを感じさせる大型斧を全身の力を込めて振るう。
鎧は特に分厚く堅い肩の装甲で受けようとはした。が、首だけになった石膏像に蹴躓き、辛うじて無事だった大型盆栽に体をぶつけ、刃を交える前にバランスを崩してしまう。
斧の分厚く鋭い刃が肩の局面に食い込み、一瞬にも満たない均衡の後、装甲を押し切り内側に食い込む。
「固いのなら、重い一撃で粉砕するだけよ」
ナヴィアの表情も声も冷静にみえる。
ただし戦いを心底楽しむ悪魔の性は、ディアボロに恐怖を感じさせるほど濃厚に感じられた。
鎧は絶叫をあげながらも巧みに勢いを逸らし、致命傷だけは避ける。
「こちらは自由に動かさせてもらうわよ」
相変わらず透過能力を忘れているディアボロに対し、理想的な速度と力で戦斧を叩きつけていく。
一方的に有利な展開、ではない。装甲に広がる腐食により徐々に有利にはなってはいるけれど、偶然良い所に入った初撃以外装甲の内側には打ち込めていない。貧相な頭と未熟な武技とは逆に、ディアボロの体力と武具だけは性能が良すぎるのだ。
狙いの甘さを得物のサイズで補う一撃を、側面から戦斧で迎撃し打ち落とす。そのたびに小さなダメージと疲労が蓄積していき、天井の照明を切り裂き振り下ろされる鉄塊への反応がわずかに遅れてしまう。
覚悟を決めて防御を固めたとき、後方から飛来したはスレイプニルが盾となる。
ギャーと妙に人間臭い悲鳴をあげつつ、生暖かい視線をナヴィア……ではなくその背後の主へ送る。
「無事で何より」
きりっとした表情を装いうなずくアーシュ。
召還獣を通して生命力が盛大に削られて頭がくらくらしてはいるけれど、ここで泣き言を言うわけにはいかないので不敵な表情のままスレイプニルを送り返す。
アーシュ主従が稼いだ時間を使い体勢を立て直し、両手で振りかぶった戦斧に全身の力と速度とアウルを乗せて横に一閃させる。
無残なほど脆くなってしまった装甲は刃を阻むことはできず中身ごと両断される。
大剣を構えたままの上半身が数度回転して大量の備品をはね飛ばし、体液をまき散らしながら床にめり込み、上半身型の穴と巨大なひび割れを生じさせる。
「わざわざ狭い所で暴れるなんてね。広い所ならもっと思いっきり暴れられたでしょうに」
他の3体のディアボロも既に倒されているようだ。
ナヴィアは備え付けのスピーカーから流れてくる学園長の悲鳴を聞き流しながら、戦斧を片付け大きく伸びをした。
「これ、全部で幾ら位したんだろうな」
爆撃の後と言われても違和感がない惨状を見渡し、玲治が小声でつぶやく。
「7桁?」
アーシュは震える手で耳を塞ぎ、じりじりと廊下の外へ向かおうとする。
「もう少し多いかもな」
電子煙草をくわえた由太郎が、無傷の状態で再召喚された馬竜と視線をあわせる。
「まあ人の命がかかってない分気分的には楽な依頼だった、という事にしておこう」
その頬には、かすかに冷や汗が浮かんでいた。