●橋の崩壊
今後数十年の風雨に耐えるはずだった鉄骨がひび割れねじれていく。
郊外と都市部を結ぶ鉄骨橋はディアボロが取り付いてから数時間で半壊していた。
悪意をもって戯画化された人間もどきが分厚い筋肉を膨らませ、巨大ハンマーを振り下ろす。
既に変形しきっていた鉄骨が限界を迎え千切れて川面目がけて落ちていく。
爆発じみた水音にまぎれて、アウルの銃弾が空を裂く音が響いた。
アスファルトにめり込んだ巨大ハンマーの柄に弾痕が刻まれ、気づかず引き抜こうとしたディアボロによって中程で真っ二つになる。
ようやく異常に気づいた人もどきが道路側に目を向けたとき、音もなく滑空してきた悪魔が戦斧を振り下ろす。
禍々しく装飾された鉄塊が重厚な筋肉を断ち骨にめり込んで止まる、と同時に悪魔によって引き抜かれる。
ディアボロは絶叫しながら手に残った柄を振り回すが、ナヴィア(
jb4495)は一歩踏み出すだけで甘い狙いの攻撃を完璧に回避した。
「そのハンマーと私の戦斧、どっちが重いかしら?」
遠方からの銃撃で止めを刺される人型に背を向けて、心底楽しげな悪魔の笑みを浮かべる。
残る2体のディアボロは破壊活動を止め、油断無くハンマーを構えてナヴィアとの距離を詰めていった。
●4対2
アウルの銃弾が3本目のバトルハンマーを破壊する。
川上空の絶好の位置から狙撃していた美森 仁也(
jb2552)は狙いをディアボロ本体に移し、しかし唐突に届いた知らせに方針変更を余儀なくされる。
「少々拙いで御座るよ」
発信元は暴れ回るナヴィアの横を固める源平四郎藤橘(
jb5241)だ。
本人としては魔法書を使って後衛から着実に援護したかったのだが、数を活かしてナヴィアの横を突破しかかったディアボロを食い止めるため、危険を冒して前衛として戦わざるを得なかった。
「反対側の連中が気づいたっぽいで御座っ」
ハンマーじみたディアボロの拳が顔面すれすれを通過し、洒落た髪型がわずかに崩れる。
戦い慣れた撃退士でも冷や汗を流しそうな状況だ。
が、あいにく四郎は主に良い意味で普通ではない。
「反対側のがこっちに向かってきているで御座るな。合流されると危険が危ないで御座っ」
報告と偵察のため目の前の敵への注意が薄くなった四郎の頬に、人間の数倍はある拳が叩き込まれた。
「しばし頼むで御座るよー」
青肌青髪の悪魔が横回転しながら橋から吹き飛び落ちていく。その様は、青い流星のようだった。
「よくもしろーをっ!」
金髪碧眼天使が悲壮な表情でディアボロに向かっていく。
えいえいと可愛らしいかけ声と共に投げつけるのは小型のダーツ。
ただし威力は十分にあり、筋肉製の鎧に多数の穴を開け、少しずつではあるがディアボロの命を削り取っていく。
「これでも……」
クチュン。
ヘークチュン。
花粉症気味でくしゃみはしても、狙いは外さない。
強大な攻撃力を誇るナヴィアに向き合っていたディアボロは、これ以上ユラン(
jb5346)を放置できないと判断した。そして、目元に刺さったダーツを払いのけながら近くのナヴィアから視線を外してしまった。
断罪の斧が高く振り上げられ、振り下ろされ、ディアボロの方から胸に食い込む。
大きく口が開かれ、言葉にならない絶叫が橋全体に響き渡る。
「えいっ!」
ユランが思い切り投げたダーツが口から上顎、上顎から脳髄へと貫通する。辛うじて生きていたディアボロから命の火が消えて、無惨に砕かれたアスファルトの上に倒れ伏すのだった。
●増援到着
法定速度の倍近い速度で軽四が突っ走る。
曲線に近づいても全く速度を落とさず、対向車線も限界まで使ってさらに加速する。橋の直前で無理矢理減速しつつ茂みに突っ込んでようやく止まったときには、車体のあちこちから焦げ臭い煙が吹き出していた。
軽四のドアが外れて地面に転がる。
ティルダ・王(
jb5394)はシートベルトを外し、優雅な動きで車から降りる。
車が爆発炎上する気配のないのを確かめてから自身と仲間の状態確認。
「早速向かいましょう」
車に乗っているときに襲われたら面白くないので途中で止まったのだが、少々まずかったかもしれない。
橋の上では、合流した3体のディアボロが撃退士の先行班を一方的に押していた。
皆、飛んで逃げることはできるはずだ。
しかし逃げれば人口密集地に攻め来まれかねないため、足止めしつつ後退という手段しかとれていない。
「スレイ!」
長い足が後部座席のドアを吹き飛ばすのと、戦意に満ちたスレイプニルが姿を現すのはほとんど同時だった。
里条 楓奈(
jb4066)は軽く跳躍して抱きつくように相棒の背にまたがる。
「存分に暴れようぞ」
艶然と微笑む。
人馬一体の走りは、同乗していた3人を置き去りにするほど早かった。
●3対3
「女性を運ぶ必要がなくなったのは良いのですが」
ハンマーの柄に弾幕を浴びせて破壊する。
これで残るバトルハンマーは2。
だがこれ以上狙うのは無理だ。
温存していた力を銃に込め、仁也は威力を増したアウルを放つ。
戦闘に立つディアボロの両足に穴が空き、ユランの頭に直撃しかかっていたハンマーのがぎりぎりで空振りした。
「しろーのかたきをうつまでまけるもんか!」
きりっと凛々しい顔で宣言しながら振り向きダーツを投げまた逃げる。
「うむうむ。その意気で御座る」
橋の基礎部分を透過して惨劇を回避した四郎が平然として並走……というか平行飛行しているのに、まだユランは気づいていなかった。
振り向きざまにディアボロの足を切りつけたナヴィアが戦斧を取り落としかける。
ディアボロに最も多くのダメージを与えた分向けられる敵意と攻撃は激しく多く、彼女も限界に近づいている。
「叩き潰せ!」
向かいから近づいて来たスレイプニルが天魔の横を抜け、獰猛な笑みを浮かべてディアボロに真正面からぶちかました。
●8?対3
「一旦下がってください。大きいのが行きますわよ」
先行班に距離をとるよう呼びかけながら、ティルダが闇の力の籠もった矢をディアブロに向けて放つ。
1体を貫き、もう1体の体に深々と突き立つが、あまり効いているようには見えなかった。
敵の体力がありすぎるのだ。
「許しを乞われる方が楽しいのですけれど」
銀色の鎖に持ち替え、凶悪な金属音を出しながら肉を打つ。
飛び散る体液に迸る悲鳴。
気の弱い者なら失神してもおかしくない光景を作り出したティルダは、優しげな笑みを浮かべた容赦なく鎖を振るってディアボロの前進を阻む。
数としては撃退士が8、ディアボロ3だが、先行して戦っていた面々は消耗が激しく本来の戦闘力を発揮できない。
実質、4対3に近かった。
ディアボロ達は1体をティルダに当て、残る2体で最も近くにいる楓奈主従を挟み撃ちにして活路を開こうとする。
しかしスレイは思い切り良く後退し、ハンマー2つを空振りさせる。
「接近戦だけと思うたか? 隙を見逃すほど甘くはないぞ」
拳銃に持ち替えて大きな的に銃弾を浴びせる。
狙いは正確でも召喚獣突撃ほどの威力はない。
が、今は時間が稼げれば十分だ。
2対4本の腕に血管が浮かんで膨れあがり、2つのバトルハンマーが音を置き去りにしかねない速度で振るわれる。
当たればおそらく大惨事の鉄槌は、突き出された豪奢な大剣にぶつかり進路がねじ曲がる。1つはアスファルトを大きく削り取り、もう1つは大重量を支えている鉄骨に大穴を開けた。
楓奈達の稼いだ時間と空間を活かし、水葉さくら(
ja9860)がディアボロの前に立ちふさがり防いだのだ。
「そのハンマーは……危険そう、ですね」
大剣を片手で構えたままさくらはもう一方の手を鋭く動かす。強引に引き戻される途中のハンマーの柄が断たれ、高速で回転しながら吹き飛び川面に水柱をつくる。
得物を失ったディアボロは両手の拳を構えて距離を詰めて陽動し、バトルハンマーを持つディアボロが全ての力を込めて振り下ろす。
拳は大剣の腹で打ち払い、見切りづらい角度で向かってきた鉄塊は敢えてかわさず剣を橋に突き立て盾にして受け止める。
アスファルトに巨大な蜘蛛の巣のごとき亀裂が広がり、さくらの小さな体が指数本分だけ後ろにずれる。
受けに成功しても骨まで響く打撃を受けても、さくらは決して体勢を崩さずその場に止まり続けた。
●バトルハンマーの崩壊
歩道のさらに外側を走り、鉄骨が作り出す影を通り抜ける。
ねじれた鉄骨の上に音もなく着地したエンフィス・レローネ(
jb1420)は、短刀を逆手に構えてさくらが足止めするディアボロに背後から飛びかかった。
人間の数倍の手の平が大事に扱っていた戦槌が、黒い刃に呆気なく切断されアスファルトの上に落ちる。
破壊の際の足場に使った筋肉を蹴り、エンフィスは再度影の中に消えた。
反撃のつもりで振るわれた腕は大きく空振りして隙を晒すことになる。
「今度は、こちらの番、ですっ」
人類側天魔の猛烈な援護射撃のもとさくらが前進し、防御にまわされた太い腕を避けて大剣を叩き込む。
胸に太い傷か刻まれる。
全身にダーツや弾丸を大量に浴びていたディアボロは体液の多くを失っており、傷口から何も零さずアスファルトの上に膝をつく。
「スレイ!」
助走で勢いをつけた楓奈が突撃する。
敵の攻撃に我が身を晒す行動は非常に危険。ただし敵の脚が止まり、攻撃が読みやすくなっている今なら問題ない。
最期の力で振るわれた拳を軽く体を伏せて回避し、太い喉元に蹴りを叩き込む。
頸骨を砕かれたディアボロが、無言のまま動きを止めた。
相棒を滅ぼされた筋肉巨人が絶叫し突撃直後のスレイプニルに躍りかかる。
守りに長けたさくらとは距離がある。少なくとも1人は道連れにできるはずだった。
「させ……ません」
ディアボロの知覚範囲の外から、小動物の形をした破壊の力が襲来する。
優しく光る小動物が、これまでの戦いで傷ついていた足首に飛びつき、全力で引っ張る。
限界を超えた足首は180度近く反転し、ディアボロは受け身もとれずに頭からアスファルトに突っ込んだ。
「おしまい……です」
エンフィスが再度呼び出した小動物が、無防備に晒されたディアボロの首筋を叩ききった。
●最後の1体
ティルダの戦いも終わりに近づいていた。
ディアボロによる突破を防ぐために1人で防いでいた彼女より、バトルハンマー抜きディアボロの方が強かった。
だがディアボロには援護が無く、ティルダには仁也による銃撃という援護があった。
力負けして押し込まれかけたときには脚への一撃がディアボロの勢いを殺す。ティルダが鎖で締め上げたときには仁也は狙撃地点を変更して側頭部を狙う。
その致命的な一撃は辛うじて回避はしたが、エンフィスに背後に回り込まれて退路を断たれ、ディアボロは進むも退くも出来なくなってしまった。
「そろそろ逃げ道を塞いでおくで御座るよ」
雷でディアボロを牽制しながら四郎が言うと、ナヴィアが鉄骨から抜け出て阻霊符を発動させる。
「これにて」
「一件落着、かな」
四郎が洒落た動きで扇子を開くのと、仁也が最後まで温存していた闇の力でディアボロの頭部を吹き飛ばすのは、ほとんど同事であった。
●再建
「ぶじでよかったのら〜」
天使が青い悪魔に笑顔で抱きつく。
感極まるのと花粉症の影響で、目と鼻がちょっとだけ残念な意味で大洪水だ。
「はっはっは」
スーツが濡れるが気にもしない様子で天使を受け入れる。
「はい、ええと、ここも壊れて……」
戦闘中の凄みが全く感じられない気弱げな表情で、エンフィスが地元の建設業者に戦場跡の状況を詳しく説明していれていた。
先程倒したディアボロと大きさは違うが形は似ている男達は、目の前の撃退士に怯えられていることに気づいていない。
「逞しいですね」
人間形態に戻った仁也は眼鏡をかけ直し、早速工事の準備を始めている男共を見守る。
派手に壊された橋は、来年の初めには再建される予定である。