○
鍋島 鼎(
jb0949)がミーティングルームに入ると、前方の教壇で板書をしていた巳上が振り返り、鍋島の方を見た。
「待っていたぞ、鍋島。左の列の空いている席に座ってくれ」
「分かりました。よろしくお願いします」
鍋島が着席し、全員が揃った事を確認すると、巳上は教室の全員を見渡して言った。
「それでは、これよりミーティングを始める。机に置いてある資料は、各自で持ち帰るように。まずはメンバーの紹介、次に現地の詳細と敵戦力の詳細を説明し、最後に質問を受け付けて解散となる。では早速紹介に移ろう」
○
「まずは学園の撃退士からだ。手前から順に頼む」
巳上がそう言うと、左の一番奥に座っている赤毛のウルフカットの青年が口を開いた。
「ヤナギ……ヤナギ・エリューナク(
ja0006)。一介のベーシストだ。ジョブは鬼道忍軍一筋。得意なスキルは特に無ェな。万遍なく、必要なスキルを必要な時に使うだけ、だ。配属希望は……とりあえずは、捜索だな。ま、任務中、宜しくしてやってくれや」
紹介を終えて着席するヤナギを見て、鍋島は心強さを感じた。
(今回は彼も一緒なのですね)
鍋島はかつて、ヤナギと同じ任務に就いた経験がある。それ以来、彼女はヤナギのことを信頼しているのだった。
ヤナギが自己紹介を終えると、青い目をした茶髪の青年が口を開いた。年はヤナギと同じくらいだろうか。
「大学部5年の鈴木悠司(
ja0226)。ジョブは阿修羅。近接攻撃が得意と言うか、その辺りしか出来ないかな。遠距離とか範囲攻撃は、ジョブ的に不得意。希望は討伐班。よろしく、ね」
そう言って、鈴木は笑顔を浮かべた。だがその笑みには、どこか虚無的な影が差していた。
次に発言をしたのは、アンダーリムの眼鏡をかけた銀髪の青年だった。歳はヤナギや鈴木と同じ位だろう。
「僕は浪風悠人(
ja3452)。大学部1年で今はアストラルヴァンガードですが、主な専攻ジョブはルインズブレイドです。妻共々、出来うる限りはこの案件に関わっていきたいと思いますので、どうかよろしくお願いします。討伐班を希望します」
悠人は、はきはきと自らの意見を述べた。その声には、断固とした決意が感じられた。
「僕は岐阜の出身です。以前にも地元の近くにゲートが展開された事があったのですが、その時には駆けつける事が出来ず、仲間に託すしかありませんでした。そして今回は子供が危険な目に合わされている状態です。僕は撃退士は何かを守る為にその力があると考えています。今回こそ、故郷を、そこに住まう人々を奪うものから守りたいと、そう思って希望しました」
悠人が着席してから少し間をおいて、彼の隣に座っていた銀髪のウルフヘアの女性が口を開いた。
「ボクは……大学部1年……浪風 威鈴(
ja8371)……です。主な……専攻はインフィルトレイターで……ナイトウォーカーも……少し……経験……してます。討伐……希望……です」
威鈴は、ゆっくりと、そしてしっかりとした声で話を続けた。
「悠人や……みんなと……力……合わせて……この依頼……解決出来たら……良いな……ボクの……出来る事は……小さい事……だけかも……しれないけど…… 」
話を終えて着席した威鈴の頭を、笑顔の悠人が優しく撫でた。
自分の番が回ってくると、鍋島は起立した。
「鍋島鼎、です。ジョブは陰陽師。得手は遠距離魔法及びスキルでの搦手でしょうか。アストラルヴァンガードほどではありませんが回復スキルも用意出来ています。配属は探索希望です。私よりも実力のある方は多いでしょうし、実力者は戦闘に専念して頂けたらと……皆さん、よろしくお願いします」
それだけ言って着席すると、鍋島は赤い瞳の目を伏せた。
(いけませんね。年上の人達に注目されるというのは……緊張します)
次に口を開いたのは、黒髪でやや背の高い、爽やかな雰囲気の漂う少年だった。
「日下部 司(
jb5638)です。ジョブはルインズブレイドで、希望は討伐班です。近接での範囲攻撃重視と、防御重視のスキルが得意です。皆さん、よろしくお願いします」
日下部の瞳には、絶対に少女を助け出すという決意の色があった。
次に話したのは、ワイシャツとブレザーを軽く着崩した、日下部と同年代と思しき少年だった。
「高等部2年の神谷春樹(
jb7335)。専攻はインフィルトレイターです。今回はよろしくお願いします。戦闘では、銃を使ったピンポイントの攻撃や、援護が得意です。それ以外にも、探索、回復場面で一定以上の働きができると思ってます。配属は捜索班希望です」
神谷は正面を見据えると、強い意思の感じられる声で微笑みながら言った。
「強力な攻撃ができるような人間じゃないですが、火力が足りない分は他のことで活躍するつもりです。絶対に、瑞樹さんを無事に助け出しましょう」
「白縫とがめ(
jc0708)だ。今回が初任務だが、よろしく頼む。希望は捜索班だ」
列の端に座る青目銀髪の女性が、それだけ言って着席した。
○
「次に右の列、撃退署のお二方の紹介に移る。まずは堺さん、お願いする」
巳上に指名されて起立したのは、二十代半ばと思しき女性の撃退士だった。
「岐阜県撃退署の堺です。我々は今回、久遠ヶ原の指揮下で、捜索を担当させて頂きます。現場では、私を含む4名の撃退士が捜索に加わります。詳細については、手元の資料をご確認下さい」
そう言われて鍋島は、資料のページに目を落とした。
(あの女性、アストラルヴァンガードなのですか。他の3人がナイトウォーカー2人に、バハムートテイマー。探索・救助特化の編成ですね)
「では次に小川さん、お願いする」
堺が着席するのと同時に、体格の良い三十歳くらいの男性が起立した。
「愛知県撃退署の小川だ。こちらも岐阜県の撃退署と同様、学園の指揮下で総勢4名が討伐にあたる」
(彼はディバインナイト。残りの3人は、ダアト2人にアカシックレコーダー。こちらは討伐特化ですか。それにしても……)
訝しく思った鍋島の心情を代弁するかのように、悠人が質問した。
「ちょっと待って下さい。愛知ですって?」
「そうだ。現場の山は岐阜と愛知を跨ぐ場所にある。従って、両県の撃退署の職員達が合同で参加する事になった」
その言葉を聞いた悠人が、巳上の顔を見つめて言った。
「岐阜と愛知に跨る……まさか、教官。その山というのは……」
「うむ。今回の現場は、三国山だ」
「三国山……」
巳上の言葉に、鈴木がぴくりと肩を震わせた。
「この山は、岐阜県南部と愛知県北部にまたがる標高701mの山で、周囲の殆どは雑木林。起伏や斜面もなだらかで、周辺に民家はなく、山中には幾つかの山道と山小屋がある。山小屋の殆どは主に愛知・岐阜の撃退署が山中の巡回に使う物で、それらは普段は施錠されている。詳細な位置に関しては、現地で待機している職員に聞いた方がいいだろう」
巳上は説明を続けた。
○
「次に、敵戦力の詳細だ。5ページを見て欲しい」
巳上の言葉に従い、神谷は資料のページをめくった。
(記載された内容は、学園に降った悪魔による情報と、過去の戦闘記録に基づくもの、か……)
神谷は記載された文章を目で追いながら、情報を頭に入れていった。
―
グロッソ
爵位や階級を持たず、配下のヴァニタスを引き連れフリーで活動している悪魔。魔法を駆使した戦いを得意とする。かつては魔界の兵士階級に所属していたが、何らかのトラブルを起こして武力階級を追放されたという情報あり。
現在は魔界の有力者と契約を交わし、報酬・褒賞として支払われる魂で生計を立てており、過去の大規模作戦でもその姿が確認されている。
戦闘力は元兵士階級としては平凡の域を出ないが、ヴァニタスとの連携による集団戦では侮れない力を発揮する。最古と最新に記録された戦闘力に大きな変化が見られない事から、得た魂の殆どをヴァニタスの作成・育成に使用しているものと推測される。
―
(頭数で押してくるタイプか。厄介だな)
次の項には、ヴァニタスとディアボロの情報が書かれていた。
(ヴァニタスは全部で6体、うち1体は戦死。飛行能力を持ち、索敵の際には鷹のフォルムを持つ鳥型のディアボロを補助として用いる……か)
神谷は、さらにページをめくった。
―
壱号
陰気な雰囲気を全身に漂わせた黒髪長髪のヴァニタス。
遠距離戦を主体とし、状態異常を誘発する矢で敵を弱らせる戦法を得意とする。
弐号
鎧を纏い、頭に2本の電極を差したヴァニタス。
巨大な盾と鎧で攻撃を防ぎ、弾き返す。外見に反し、機動力も非常に高い。
参号
腰まで垂れた髪を黒・灰・白の3色に染め分けたヴァニタス。
両手に装着した鉤爪を用いた一撃離脱の戦闘スタイルを取る。
肆号
顔に十字の傷跡、胴体にX字の傷跡があるヴァニタス。
電撃を駆使した接近戦を得意とする。
伍号(死亡)
先の大規模作戦において、撃退士に討ち取られる。
陸号
最近になって存在が確認されたヴァニタス。
外見年齢は16歳前後で、白い髪と褐色の肌を持つ。詳細は一切不明である。
―
「ディアボロの戦闘力は、さほど高くない。過去の戦闘記録の情報を総合すると、両者の意思疎通が図れる距離は100メートル程度だろう。ちなみに、陸号以外のヴァニタスは、全て近親者を自身の手で殺害している」
巳上の説明を聞きながら、神谷は考えた。
(ということは、ディアボロがいたら、その傍にヴァニタスもいる……そう考えた方が良さそうだな)
「討伐対象は、グロッソと5体のヴァニタス、そしてディアボロだ。特に、ヴァニタスの『陸号』には十分注意しろ。資料にもある通り、奴に関する情報は一切不明だ」
巳上は、そう言って話をしめくくった。
○
「説明は以上となる。何か質問のある者は?」
ヤナギが挙手した。
「瑞樹の両親の状態と居場所は、どうなってンだ?」
「良いとは言えん。憔悴しきっていて、睡眠もろくに取っていないようだ」
(……まァ、娘を悪魔にさらわれたんじゃ、無理もねェな)
「ふたりは現在、岐阜の撃退署にいる。先ほど父親が職場に連絡を済ませ、母親と一緒に署に保護されたそうだ」
「瑞樹がヴァニタスになっちまった場合に備えて……か」
「そうだ。事件が決着を見るまで、彼らは撃退署の保護下に置かれる」
「OK、良く分かったゼ。俺からは以上だ」
「他に質問は?」
日下部が挙手した。
「確認させて下さい。7日前にゲートが発見されて、4日前にグロッソが目撃された。そして昨日、瑞樹ちゃんが消息を絶った……間違いありませんか?」
「ああ。間違いない」
「それだけ……それだけ時間があって、なぜ現地に連絡が行っていないんですか?」
日下部の声には、明確な非難の色があった。
「私が説明しよう」
口を開きかけた巳上を制して、小川が言った。
「ゲートとグロッソが確認されたのは、いずれも山頂付近の愛知県側。そして瑞樹ちゃんが消息を絶ったのは岐阜県側、すなわち山頂の東側だ」
「それと連絡が遅れた事に、何の関係が?」
「撃退署というのは、役所だ。責任の所在が明確でない案件の場合、役所は全ての意思決定に時間がかかる。現場の管轄が愛知か岐阜かを特定し、本庁に連絡を入れ、合同対策本部の設置と管轄権限に関わる会議を開き……現場に通達が行った時には、3人は入山した後だった」
「……よく、分かりました。有難うございます」
「弁解はしない。我々の意思は、言葉ではなく行動で示させてもらう」
小川が話を終えると、巳上が話を継いだ。
「他にはあるか? ……よし。なければ班分けを行う」
巳上は、黒板に8人の配属先を板書していった。
討伐A班:鈴木 浪風悠人・威鈴 日下部
捜索C班:ヤナギ 鍋島 神谷 白縫
「配属はこの通りだ。質問がなければ、これで解散とする。撃退署の2人はこれから現地へ飛ぶ。A班とC班の出発は明朝だ。万全の準備を整えて臨むように」
周囲を見回し質問がないことを確認すると、巳上は解散を告げた。
○
ミーティングを終えた後、ヤナギは建物の外で喫煙しながらベースを奏でていた。
頭の中で任務の情報を整理するヤナギ。捜索班に加わる事となった以上、まず優先すべきは瑞樹の救出だ。
(今、瑞樹がどうなってンのか? 考えられる可能性は3つ)
1.今も一人、山中で迷子
2.遭難し、死亡
3.グロッソの手に落ち、ヴァニタスにされそうorされた
(食料も水もねェ山中にガキが一人。今は無事だとしても、長くはもたねェ、な……)
敵に関する情報は分かった。しかし、瑞樹に関する情報は殆ど分からない。行方不明である以上仕方がないとはいえ、それでもやはり、もう少し情報が欲しかった。
(後は現地で確かめるしかねェ、か……山小屋にでも避難してくれてりゃァ、いいんだが)
無事でいて欲しい。そう思いながら、ヤナギは紫煙を吐いた。
○
それと同じ頃、神谷は図書室にいた。これから向かう現地の情報を、事前に少しでも知っておきたいと思ったからだ。
借りていた冒険小説を返却し、閲覧室へと向かうと、部屋にはひとりの先客――鍋島がいた。
「あれ、鍋島さん。調べ物ですか?」
「ええ。事件に関する手がかりがないかと思いまして」
「何か、収穫はありましたか?」
鍋島は無言で頷くと、手元のスクラップブックを神谷に見せた。
「これを見て下さい」
「……『三国山に謎の天魔現る』?」
「今年の始め頃から、三国山で妙な目撃情報が相次いでいるそうです」
ページをめくる神谷の向かいの席で、鍋島は記事の概要を説明した。
「内容はどれも似たようなものです。『空の上から誰かに声をかけられた』『自分の家に泊まらないか、と誘われた』」
(……どう考えても、不審者そのものだな)
鍋島の話を聞いて、神谷は眉をひそめた。
「久遠ヶ原にも幾度か依頼が来たようですが、結果は芳しくなかったようですね。天魔はおろか、ディアボロもサーバントも見つからず、ゲートに関しても、脅威となりうるような規模のものは存在しないとの結論が出たそうです」
「でも、これだけ目撃情報があるとなると、単なる噂とは思えませんね」
「そうなのです。そして一連の目撃情報が寄せられた場所は、いずれも山頂とその近辺。……我々がこれから向かうエリアです」
「何ですって?」
記事の情報をそのまま受け取るならば、と前置きして鍋島は言った。
「あの山にはグロッソ以外の『誰か』がいる……という事になるでしょうね」
「『誰か』、ですか……」
気まずい沈黙が流れるふたりの頭上から、閉館10分前を告げるアナウンスが流れた。
○
翌日、神谷を含む8名の撃退士達は、任務に出発した。
この時の神谷には、妙な胸騒ぎがあった。鍋島と別れた後も、例の記事のことが頭から離れなかったのだ。この任務には、グロッソ討伐と瑞樹捜索だけではない、もっと恐ろしい別の何かが待ち受けている。彼の勘がそう告げていた。
――この時の勘が正しかったことを、後に神谷とその仲間達は知ることとなる。