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マスター:Barracuda
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/06/08


みんなの思い出



オープニング


 夕刻、岐阜県某市内の中学校。

 教師の川田真は下校時刻のアナウンスを終えると、校内の巡回を始めた。休日と言うこともあって、校舎に残っている教師は彼だけだ。川田が校舎を出て外の校庭に向かうと、校庭に人影が見えた。美化委員の藤井美里だった。どうやら校庭の隅にある、花壇の手入れをしていたようだ。スマートフォンを手に話をしているところを見ると、どうやら彼女もこれから帰るところらしい。
「ほら藤井、もう下校時刻だぞ。早く帰れ」
 藤井は川田の声に振り返って会釈を返すと、
「ごめん、先生が来ちゃった。また後でね、恵美」
 藤井はそう言ってスマートフォンをしまった。どうやら彼女は、クラスメイトの阪井恵美と話していたようだ。藤井と阪井は小学校からの親友で、学校でも2人でいるのをよく見かける。
「美化活動に熱心なのはいいが、あんまり遅くまで残るなよ。最近はディアボロも増えてるからな。気をつけるんだぞ」
「あたし、どっちかっていうとディアボロより先生や男子の方が嫌なんですけど」
 心からの忠告を憎まれ口で返され、川田の笑顔は凍りついた。
 教育実習を終えたばかりの若き教員であり、中学から一貫して男子校という世界で生きてきた彼にとって、この年頃の女性は複雑怪奇の一言につきた。だが、ここで黙ってしまってはまずい。何か気の利いた事を言わなければと川田は思った。沈黙の美学が通用するのは男だけだということを、彼はこの1年で嫌というほど思い知らされていたからだ。
 そんな川田に、藤井がすかさず話を振る。
「ねえ先生」
「なんだ?」
「先生さ、いま、『ここで黙ってたらまずい! 何か気の利いた事を言わないと!』って思ってたでしょ」
 川田は自分の顔が引きつったのがはっきりと自覚できた。
 その顔がよほど滑稽だったのだろう、藤井は声をあげて笑った。忌々しいくらいに軽やかな声だった。
「ホント先生って顔に出るよね。可愛いなあ」
「う、うるさい」
「先生ってさ、力みすぎだよね。そんなの『分かった分かった、早く片付けて帰れ』でも『なにっ、男子に何かされたのか』でも何でもいいのに。大事なのはタイミング。中身はその次! 分かった?」
「……分かった」
 それを聞いて笑う藤井の笑顔を見て、なぜか川田はネズミをくわえた子猫を連想した。
「じゃ、授業料としてスコップと肥料の袋、倉庫にしまっておいて」
 何故だろう。
 何故俺が、藤井の後始末をしないといけないんだろう。何度考えても川田には、彼女の理屈が分からなかった。
 分かっていたのは、ただひとつ――自分がここで断れば、明日にはクラス中の女子がこの事を知っていて、全員から軽蔑の目で見られるという事だけだ。そんな川田を見かねたのか、藤井は手を叩いて言った。
「はい、さっさとやって! ちゃんと皆には黙っててあげるから――」
 だがその時、ふいに藤井の言葉が途切れた。
「ん? どうした藤井」
 まだ何かあるのかとげんなりして、藤井を見る川田。
 だが先ほどの笑顔とはうって変わり、藤井の両目は驚愕に見開かれていた。
「せ、先生。うしろ」
「何だ、いったい――」
 そう言って振り返った川田の目も、驚愕に見開かれた。

 川田が振り返った先には、巨大な球があった。


 それは体育祭の球転がしに使うような、大人が数人でやっと転がせそうな大きさの黒い球だった。
 だが、テレビのノイズ画面のように不規則に乱れる球の表面と、太陽のコロナのように不規則に波打つシルエットは、それが物質としての球そのものでない事を明確に告げていた。
(何だこれは? さっきまでこんな物はなかったはず……)
 目の前で起こった事が理解できず、あっけにとられる2人。先に我に返った川田は、藤井を後ろに下がらせ、目の前の球を注意深く見た。ふいに、球から飛び出た黒い粒が、彼の頬に付着する。川田の手で払われた粒は、重力を無視した動きをして、再び黒い球へと戻って行った。
 それを見た川田はようやく、この黒い球が小さな虫の集まりだと気づいた。
(これは……虫? 蚊だろうか?)
 川田は脳内に浮かんだ自らの疑問を即座に否定した。今の季節にこんなに大量の蚊が沸くわけがない。
(何だ? これは一体――)
 彼の思考はそこで途切れた。虫の大群が、藤井に襲い掛かったからだ。


「藤井!」
 考えるより先に体が動いた。川田は大声で叫びながら藤井を抱きかかえ、全力で逃げた。
 すかさず川田の背後から、虫の群れが幾本もの黒い触手となって迫ってくる。
――奴らは虫なんかじゃない、ディアボロだ。
 川田は藤井を抱え、後ろを振り返らずに全力で疾走した。
 命の危険を感じた人間の本能ゆえか、彼は虫達の意図を直感で理解した。
――奴らは……俺達を殺す気だ!
 肉食獣に追われる獲物のごとく、必死に逃げる川田。程なくして、彼の視界に校門が映った。その向こうには、こちらを指差して何かを叫ぶ人々の姿が見える。
――あそこまで逃げれば大丈夫だろう。もう少しだ。もう少しで……
 そう考える川田の右足に、黒い触手が絡みついた。

 次の瞬間、川田の足に、焼き鏝を当てられたような鮮烈な激痛が走った。
 川田は唇を噛んで遠のく意識を取り戻し、抱きかかえる藤井に尋ねる。
「藤井、無事か」
「は、はい……」
 それを聞いた川田は、最後の力を振り絞って駆けた。今、藤井を守れるのは、自分しかいない。
――絶対に、こいつだけは守らなければ。絶対に……
 しかし、そこで川田の意識は途切れた。


 次に川田が意識を取り戻した時、彼の視界には一面の青空があった。
 状況を把握できずにいる川田の視界に、ふいに涙を浮かべた藤井の顔が映る。
――ああ、そうだ。俺は藤井を抱えて逃げていたんだ。
 次第に状況を思い出し、周囲を見回す川田。彼は校門の外に寝かされていた。周囲には人だかりができ、人々は皆、彼の身を気遣う視線を送っている。

 あれからどうやって自分が虫の魔の手を振り切ったのか、川田は全く記憶になかった。だが、助かったのであればそれでいい。
 ふと自分の右足に目をやると、足は赤黒く変色して腫れ上がっていた。まだ感覚はあるものの、自分の受けた傷が致命傷であろうことは、医学の素人である彼にも十分に理解できた。
――もしかしたらもう、俺は駄目かもしれない。
 だが、後悔はなかった。自分の身の安否よりも、自分の生徒が無事だったという喜びの方が大きかったからだ。緊張の糸が切れたせいか、川田は再び猛烈な眠気に襲われた。しかし、既に彼の心は穏やかだった。
(生徒が無事でよかった。今のうちに久遠ヶ原に連絡すれば、被害も最小限ですむだろう。俺の足は……ああ、考えるのも億劫だ。足、残ってるといいな……)
 大きな満足感と小さな喪失感を共に抱えながら、川田は再び意識を失った。


 失神した川田の横で、藤井は手にしたスマートフォンで久遠ヶ原の番号をダイヤルした。その顔は、能面のように白く無表情だった。番号を押す指先は小刻みに震え、唇は青ざめている。
「久遠ヶ原ですか? 学校にディアボロが出ました。助けてください。場所は……」
 久遠ヶ原の職員に住所を告げる藤井。少し間を置いて、彼女は川田に黙っていたひとつの事実を話した。
「まだ、校舎に人が残ってるんです。恵美が、私の同級生が……」
 そう言って、学校の校舎の屋上に視線を送る藤井。そこには、巨大で不吉な黒い球が鎮座していた。


リプレイ本文


 岐阜県某市内の中学校に突如出現し、女子生徒の藤井美里と教師の川田真を襲撃した虫型のディアボロ。
 川田は美里と共にディアボロから逃げることに成功するが、逃亡の際に足を負傷してしまう。
 緊張の糸が切れ、美里を救出した安堵で意識を失う川田。だが彼は、藤井の親友の阪井恵美がまだ校舎内に取り残されていることを知らなかった。
 何も知らずに失神した川田の隣で、美里は久遠ヶ原に助けを求めたのだった。


 藤井美里の連絡から程なくして、久遠ヶ原から6人の撃退士が派遣された。

「藤井さんですね?」
 そう言って美里に話しかけたのは、クレメント(jb9842)だった。彼の隣には、同じく撃退士の稲葉 奈津(jb5860)がいる。
「は、はい」
 怯えたような表情を浮かべる美里に、クレメントは穏やかな微笑を向ける。
「落ち着いて、大丈夫です。お友達も無事ですよ」
「そ、そう……ですよね」
 クレメントは力強く頷いた。
「あなたも……辛いでしょうが、もう少し頑張って下さい。お友達は必ず助けますから」
「ありがとうございます。……あ、あの! 私に出来ることがあったら、何でも言ってください!」
「そうですね。それでしたら、ひとつ教えて欲しいことがあります」
「何ですか?」
「今、阪井恵美さんがどこにいるか、分かりますか?」
「恵美なら、2階の職員室です。間違いないです。休みの日は、職員室以外は閉まってて入れませんから」
(初耳だな。しかし、それなら捜索の範囲をかなり絞り込める……)
 クレメントは笑顔を崩さず、言葉を続けた。
「そうですか、ありがとうございます。では、もうひとつだけ、いいですか?」
「はい、何ですか?」
「もし良ければ、あなたのスマホを貸していただけませんか?」
「スマホ……ですか?」
「そうです。敵をおびき寄せるのに使えないかと思いまして……」
 その言葉を聞いた美里の顔に、一瞬だが躊躇の色が浮かぶ。しかし、すぐに美里は思い直したようにクレメントに向き直って言った。
「どうぞ、使って下さい。……あんまり覗かないでくださいね」
「分かりました。終わったらすぐにお返ししましょう」
 クレメントの隣で、稲葉が美里に語りかけた。
「その前に、恵美さんの番号だけ教えてもらえるかしら? 通じるかどうか確認しておきたいの」
「はい。番号は……」

 クレメントと稲葉が美里から話を聞いている後ろでは、ラファル A ユーティライネン(jb4620)とミズカ・カゲツ(jb5543)が、討伐対象となるディアボロを監視していた。2人の視線の先には、開け放たれた校門の奥にそびえる校舎があった。その屋上には、中空に浮かぶ巨大な黒い球体が鎮座している。
「あれが全部虫なのか。あーやだやだ、気持ち悪っ」
 そう言いながら身震いするラファル。最初に屋上のディアボロを見たとき、ラファルは黒い気球を連想した。
(俺達6人、すっぽり入りそうな大きさだな)
 敵に囲まれた光景を想像して身震いするラファルの隣で、ミズカ・カゲツ(jb5543)が呟いた。
「個々の力は強くなくとも、其れを数で補う種類の敵……」
(これ以上犠牲者を出さぬためにも、此処で退治しましょう)
「思ったより、梃子摺るかもしれませんね。まずは、実際に戦って情報を得なければ」
「そーだなー。やっぱ、少しでも敵の情報は欲しいよな。実際に襲われた奴に話でも聞ければいいんだけど」
 そこまで言って、ラファルははたと思い出した。
「そういや、怪我したって先公はどこだ?」
「ああ、彼でしたらあちらに……」
 ミズカはそう言って、校門から少し離れた道路脇に視線を送った。

 その視線の先では、秋姫・フローズン(jb1390)が、川田に応急処置を施していた。秋姫が川田の足に手をかざすと、川田の足の紫色の腫れは少しずつひいていった。
「川田さん……大丈夫……ですか……?」
 そう言って呼びかける秋姫の問いかけに、小さな声で返事が返ってきた。
「すまない……少し、楽になった」
 秋姫の治療を受け、意識を取り戻した川田。しかし、その息は浅く、視線もおぼつかない。予断を許さない状態なのは明らかだった。そんな川田に、撃退士の深森 木葉(jb1711)は、久遠ヶ原の学生証を提示すると、現場である校舎内の情報を得るべく、単刀直入に要件を切り出した。
「あたし達は撃退士なのです。先生、屋上までの最短ルートを教えてくださいませんか? ……ゆっくりで結構なのです」
 話が長引けば、それだけ川田は体力を消耗してしまう。川田のためにも、深森は無駄な時間をかけたくなかった。
「正面玄関に入ってすぐのところに……階段がある。そこから行くのが一番早いだろう」
「了解なのです。職員室はどこに?」
「あそこだ。校舎の左側……窓が開いているだろう。あそこが職員室だ」
 川田は深森にそう言って、校舎の方角を指差した。彼の指が示す先を視線で追うと、確かに一箇所だけ開いた窓がある。
「校舎内の見取り図も、職員室に置いてある。向かいに広いテラスがあるから、すぐ分かるはずだ」
(あそこか……跳んだ方が早そうだね)
 深森が考え込んでいると、ふいに川田の呼吸が弱くなった。どうやら、川田の消耗は思っていたより激しいようだ。
 それを見た秋姫は、深森を無言で見つめた。これ以上の無理はさせられない、そう彼女の瞳が告げている。
 深森は小さく頷くと、川田に礼を言って立ち去ろうとした。すると、
「待ってくれ……これを」
 川田はそう言って、深森に何かを放り投げた。
「マスターキーだ。それがあれば、校舎の鍵は全部開けられる」
「ありがとうございます」
「……頼んだぞ」
 川田の言葉に、深森たちは無言で頷いた。

 準備を終えた6人は、校門の前に集まった。
「恵美さんと連絡は取れましたか?」
クレメントの問いかけに、稲葉は首を横に振った。
「ううん。何度連絡しても、繋がらない」
 スマホを取り出し、恵美の携帯に繋ぐ稲葉。彼女の言う通り、スマホの受話口からは、通信相手の電源が切れていることを告げるアナウンスが返ってくるだけだ。
「という事は、恵美さんはまだこの状況に気づいていないわけですね……」
「うん。相手が動き出す前に、足で探すしかなさそうだね」
 稲葉はスマホをしまうと、同じ救出班の秋姫に言った。
「秋姫さん。マスターキー、あなたが持ってて。私、職員室で恵美さんを探すから」
「了解……しました……」
「ミズカ、木葉ちゃん、ラファルさん、気をつけて。恵美さんが見つかったら連絡入れるからね」
「りょーかい。じゃ、俺達も行くか。敵さんが動き出す前に」
 ラファルの言葉に、深森とミズカが頷く。
「そうですね。恵美さんが無事に逃げるまで、頑張って足止めします」
「よろしくお願いします。これ以上犠牲者を出さぬためにも、此処で退治しましょう」
 かくして、校舎を舞台に、6人の撃退士とディアボロの戦いが始まった。


「包帯……消毒液……絆創膏……」
 1階の保健室で、秋姫は手当用の器具を物色していた。恵美が負傷していた時のことを考えてのことだ。
 アウルによる治癒能力は、アウルを持たない一般人には効果が低い。となれば、自分達が出来る事は、病院に運んでもらうまで、症状を悪化させないようにする事だ。
 美里の話では、既に消防への連絡は済ませているとの事だった。おそらくあと数分もすれば、救急車が到着して、川田を病院に搬送するだろう。
(恵美様……どうか無事で……)
 屋上の迎撃班が時間を稼いでくれている間に、救出を急がなければいけない。そう思った秋姫が器具を揃えて保健室を出ると、玄関の方からクレメントが走って来た。
「秋姫さん、こちらの準備は整いました。そちらは?」
「はい……私も大丈夫……です……」
「分かりました」
 クレメントは頷くと、すぐさま稲葉に連絡を取った。
「稲葉さん、こちらはいつでも行けます。阪井恵美さんは、見つかりましたか?」
『あ、クレメントさん。ちょうど良かった』
 受話口からは、安堵の混じった稲葉の声が聞こえてきた。
『恵美さん、無事だよ。今から外に連れて行くね』
 クレメントは安堵した。どうやら今のところは順調のようだ。
「それは良かった。では、我々も急いでそちらに向かいます」
 その時、ふいに爆発の音と共に校舎が振動した。
(始まった……みたいですね……)
 戦いの予兆を感じ取った秋姫。その右目と髪が、仄かに赤く発光した。


「今、仲間と連絡が取れたから。急いで出よう」
「は……はい……」
(無理せずに、歩いて行った方がいいかな)
 自分の隣で震える恵美を見て、稲葉は思った。恵美を担いで窓から「跳躍」で飛び降りようかとも思ったが、外では仲間達がディアボロと戦闘を繰り広げている。下手に目立って敵から狙われることは避けたかった。
「じゃ、行こっか。大丈夫、ディアボロは今、屋上で私の仲間たちと戦っているから……」
 その時、稲葉のスマホが着信を告げた。屋上の迎撃班のひとり――ミズカからだ。
「どうしたの、ミズカ?」
「奈津。急いでそこから離れて。敵に逃げられたわ」
 受話器の向こうから、ミズカの切迫した声が聞こえてきた。
「逃げられた……?」
 それを聞いた稲葉はケイオスドレストを使用し、とっさに窓の外を見た。だが、そこには敵の姿は見あたらない。
「分かった。恵美さんは無事だから、これから外に出るよ」
「気をつけて。あいつら、エアダクトの中に……」
「エアダクト……?」
 そう言いかけた稲葉の手の上に、ぽとんと黒い粒が落ちた。
 眼を凝らして粒を見つめる稲葉。
(何これ。ゴマ粒?)
 稲葉は我に返って、その考えを打ち消した。天井からゴマ粒が降ってくるわけがない。
(まさか……)
 無意識に上を見つめる稲葉。
 彼女の視界に映ったのは、職員室のダクトから広がる黒い染みが、天井を覆い尽くす光景だった。
(しまった――!)
 2人の頭上から、黒い粒が雨となって降り注いだ。


 恵美は悲鳴をあげた。
 稲葉は頭上から襲いかかる敵を振り払って、瞬時にシールドを展開すると、恵美の体をかばうように抱きかかえ、職員室の入り口目がけて跳躍した。
 行く手を塞ぐドアを蹴り飛ばし、転がるようにして外の廊下に出る稲葉。そこへ、クレメントと秋姫が走ってくる姿が見えた。
「2人とも、無事ですか!」
「私より、恵美さんを先に! 早く!」
 恵美を2人に預けると、すぐさま振り返り、武器を構えてディアボロの前に立ちはだかる稲葉。その後ろで、クレメントは秋姫から預かった医療器具を片手に、震える恵美に優しく問いかけた。
「恵美さん、大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
「は……はい……」
 念のため、クレメントは恵美を簡単に触診した。どうやら彼女の言う通り、大した怪我はしていないようだ。表情が蒼白なのは、敵に襲われた恐怖と、稲葉に対する罪の意識のためだろう。
「ごめんなさい。私のせいで撃退士さんが……」
「大丈夫。これくらい、どうってことないよ。怪我させちゃったらお友達の藤井さんと川田先生に顔向けできないしね!」
 クレメントの体越しに稲葉のサムズアップが写ったのを見て、恵美の頬にはいくらか血色が戻って来た。
 それを見たクレメントは、すかさず恵美を秋姫に預ける。
「秋姫さん、お願いします。ここは我々が」
 職員室の向かいにあるテラスドアを開放しながら、クレメントが言った。天使と人間のハーフである秋姫は、空を飛ぶ「飛翔」の能力を駆使できる。恵美を抱えた秋姫が、テラスから学校の外まで恵美を飛んで運ぶまでの時間を、彼と稲葉が稼ごうと言うのだ。
「うむ。妾に任せよ……!」
 クレメントの声に応じた秋姫。しかし、その右目と髪は赤く染まり、体中から刃のように鋭利で攻撃的な気配が漂っている。明らかに今までの彼女とは全くの別人だった。敵を前に、彼女のもうひとつの人格である「修羅姫」が出現したのだ。
「もう……大丈夫……ですよ……」
 恵美を安心させるため、修羅姫は再び秋姫に戻ると、恵美を胸に抱きかかえた。微笑を浮かべ、恵美を連れて飛び立つ秋姫。その腕の中で、恵美は自分を助けてくれた3人の撃退士に最後の言葉をかけた。
「皆さん! ……ありがとうございました! あの、き、気をつけて下さい!」
「安心してね……私たちは撃退士なんだからっ♪」
「感謝します。では、秋姫さん。ご武運を!」
 秋姫はクレメントの言葉に頷くと、恵美を抱えて窓から飛び去った。


「……ありがと、クレメントさん」
「気になさらないで下さい」
 職員室とテラスのドアを閉めると、クレメントは稲葉の背中に沈痛な眼差しを向けた。
 大きくはだけたその背中は、川田の傷口と同じ、毒々しい紫色に染まっている。
「ちょっと油断しちゃってさ。あの子にはあんまり見せたくなかったんだけど、おかげで助かったよ。ケイオスドレストかけてなかったら、やばかったかも」
「何という無茶を……そのままでいてください。すぐに治療します」
 クレメントはそう言うと、阻霊符を展開しつつ、稲葉の背中に杖をかざしてライトヒールを使用した。
 クレメントの体から発する白い光が、杖を伝って稲葉の背中に浸み込んでゆく。
 幸いにして目の前の敵も、まだ襲いかかってくる気配はない。敵は黒い水溜りのようになって廊下の天井や窓ガラスにへばり付き、脈動するように蠢いている。
 一触即発の状況の中、対峙する2人の撃退士とディアボロ。静まり返った学校の廊下に、キリキリという虫達の奏でる不気味な音だけが流れた。

「ねえ、クレメントさん」
 どのくらい時間が経ったのだろうか、最初に沈黙を破ったのは稲葉だった。
「……何でしょうか」
「あいつら……ちょっとずつ、大きくなってきてない?」
「ええ。そうですね」
 稲葉の言った通りだった。ダクトを伝ってきた小さなディアボロの群れは、2人の目の前で、少しずつだが徐々に膨れ上がり、水溜りは今や、敵本来の黒い球の姿を取り戻しつつあった。
「最初は私と恵美さんを襲うくらいしかいなかったのに、今は……」
「6人襲ってもお釣りが来るでしょうね」
 数が増えたせいか、敵が立てるキリキリという音も、先ほどより大きくなっている。
 稲葉は今になって、目の前の敵が自分達を襲わなかった理由が分かった。稲葉と同様、敵もまた消耗していたのだ。
(やばかったのは、向こうも同じだったってわけね)
 敵に回復の時間を与えた事を、稲葉は悔いた。
「……終わりました」
 彼女の背後から、クレメントがそっと声をかける。クレメントが杖を下げると、彼女の背中は元の健康な肌色に戻っていた。
「ありがと」
「お気になさらず。後は皆さんが来るまで、この場所を死守しましょう」
 稲葉は頷いた。既に職員室とテラスの扉はクレメントが閉め切った。ダクト口もない。通路の奥は行き止まりだ。阻霊符も展開されている。あとは目の前の袋の鼠となった敵を、全員で排除するだけだ。
 稲葉がそう思って盾を構えた、その時だった。

 ぴしっ。
 何かが砕ける音と共に、敵が今まで立てていたキリキリという音が消えた。
 それと同時に、みるみるうちに黒球がしぼみ、テラスに面したガラス戸の中へと吸い込まれていく。
(しまった――!)
 戸を開け放った稲葉とクレメントがテラスへと躍り出ると、そこには完全に元の姿を取り戻した敵の姿があった。
(あの音……ガラスを噛み砕く音だったのか。なぜもっと早く気づけなかった!)
 敵は回復と脱出経路の確保を同時に行っていたのだ。目の前の視覚の情報だけを頼りに、敵の意図を見誤ったクレメントは、自分の迂闊さを呪った。そんな2人を嘲笑うかのように、一気呵成に襲いかかる敵。どうやら敵は、厄介な応援が来る前に頭数を減らすべく、一気にケリをつける気のようだ。
 敵の動きは思ったより遥かに速い。このままでは逃げても追いつかれると判断した稲葉とクレメントは、盾を構えて防戦の態勢を取った。だが、敵の黒球は、2人を呑み込むには十分すぎる大きさだ。このままでは、確実に彼らはディアボロにやられるだろう。
 迫るディアボロ。守る2人の撃退士。両者の間合いが重なり合った、まさにその時だった。
「戦争は確かに数が重要だけれどなー」
 聞きなれた少女の声と共に、鋭い裂空音が上空で鳴り響いた。
「数だけでどうにかできるほど俺たちゃ甘くねーぜ」
「遅く……なりました……」
 稲葉とクレメントが空を見上げると、そこには機械化飛行形態に移行したラファルと、翼をはためかせる秋姫がいた。
「恵美さん……無事に保護……されました……もう……大丈夫です……」
 秋姫の言葉を聞いて、稲葉とクレメントの顔に安堵の色が浮かんだ。これで残る目標はただ一つ。眼前の敵だけだ。

「さあて、害虫駆除と行くかねー」
 呑気な口調とは裏腹に、ラファルの攻撃は苛烈で一片の容赦もなかった。ラファルは上空から急降下すると、装填を終えたスモークディスチャージャーを次々と放った。標的は無論、眼下の黒球――ディアボロである。
 虚をつかれた黒球の真上から弾の嵐が降り注ぎ、黒球はレンコンのように穴だらけになった。
 ラファルのスモークディスチャージャーには、敵の認識能力を奪い、混乱を促す力がある。果たして混乱に陥り統制を失った敵の一部は巨大な黒球から次々とこぼれ落ち、辺りに散らばりだした。
 帰る先を見失い、右往左往する小さな黒球の群れ。そんな哀れな敵達を、秋姫の放つ矢が次々と射抜いていった。
 形勢の不利を悟ったのか、敵はテラスの端に設置されたダクトに向かった。どうやら再び逃走して態勢を立て直すつもりのようだ。しかし、黒球の一部がダクトの口に触れた瞬間、触手は爆ぜて炎に包まれた。
「残念でしたね。もうその手は通じません」
 そう言って敵の前に現れたのは、黒い翼を生やしたミズカだった。胸には深森を抱いている。どうやら先ほどの爆発は、深森の炸裂陣によるもののようだ。
 深森を抱えたミズカがテラスに着地すると、深森はミズカの胸元を飛び出すようにして、稲葉のもとに駆け寄った。
「怪我はありませんか」
「ありがと、木葉ちゃん。私なら大丈夫だよ」
 稲葉はそう言って微笑むと、治癒膏を手に駆け寄った深森の頭を撫でた。
「依頼の片方は終ったみたいだし、もう片方も終らせちゃおうか」
 稲葉の言葉に、ラファルと秋姫が頷いた。
「そーゆーこと。というわけで、あれだ」
「反撃開始……ですね……」


 最初に仕掛けたのは、ミズカだった。
 ミズカは跳躍して敵との間合いを詰めると、黒球の中央をなぎ払うように、雷打蹴による素早い蹴りを見舞った。
 しかし、相手は小さな虫の群れである。ミズカの足には、まるで空に舞う紙を蹴ったような頼りない手ごたえが返ってきた。
 すかさず黒球から、虫の群れが黒い触手となってミズカに襲いかかった。川田と稲葉を苦しめたあの攻撃を、再び敵は繰り出してきたのである。
(ここまでは、計算どおりですね)
 そう思ったミズカは、仲間を巻き込まないよう、テラスの空いたスペースまで後退した。
 ミズカの雷打蹴に誘われた敵が、耳障りな羽音をあげて彼女に襲いかかる。その敵を次々と発勁で叩き潰しながらも、彼女の視線は触手の元である黒球に据えられていた。
(多分、あそこだと思うのですが……)
 ミズカの狙い。それは、敵の主の場所を探ることにあった。
 屋上での戦いから、ミズカ達迎撃班は、黒球を統一している「主」がどこかにいると確信していた。「主」を潰さない限り、黒球は決して死ぬことはなく、永久に兵力を補充し続ける。ならば、まずは司令塔である「主」の居場所を掴まなければいけない。これが、ミズカら迎撃班3人の出した結論だった。それ故彼女達は、前回の戦闘であえて敵の数を減らし、その出方を伺っていたのである。
 前回の屋上の戦闘では、敵に一瞬の隙を突かれて逃げられ、仲間達を危険に晒してしまった。同じ轍を二度踏むわけにはいかない。
(ごめんなさい、奈津。今度は逃がしません)
 心の中で稲葉に詫びながら、敵と戦い続けるミズカ。ふいに、黒球が心臓のように脈動ち始めた。それを見たクレメントがミズカに言う。
「気をつけて下さい。あれは虫の補充のサインです!」
(始まったようですね。でも……)
 まだミズカは攻めあぐねていた。こちら側の戦力には限りがあり、敵の「主」が黒球の中にいるという確信が持てるまでは、迂闊に手をだすことはできない。
 静まり返った学校のテラスで、ディアボロと撃退士の一進一退の攻防が続いた。

「この……虫どもめ……!」
 ミズカの隣では、双斧を手にした修羅姫もまた、敵との格闘を繰り広げていた。
 苛烈な口調、容赦のない攻撃、積極的に攻勢に出る戦闘スタイル。修羅姫のそれらは、全てが秋姫とは正反対だった。
 修羅姫の斬撃が触手の先を切り払うと、先端を構成していた虫の群れは統率を失い、散らばった。そこへ更に追撃をかける修羅姫。だが、ふいに彼女はぴたりと動きを止め、宙を舞う一匹の虫を凝視した。
「ほう……なるほど……」
 修羅姫の呟きと共に、虫は力なく地面に落ち、動かなくなって消滅した。
「どうやら……本体と離れると……長くは生きられぬ……ようだな……」
 修羅姫の言葉を聞いて、ミズカは確信した。
(間違いない。敵の「主」は、あの球の中にいる!)


(さて、どうしたものでしょうか……)
 敵と仲間達の戦いを見ながら、深森は黙考していた。
(敵の居場所は掴めました。でも、問題なのはここからです)
 ミズカと修羅姫の活躍によって、敵の本体が黒球の中にいるところまでは特定できた。では、一体何が問題なのか?

 深森のいう「問題」。それはいかにして「主」に攻撃を命中させるか、という事だった。
(あの黒球……ざっと見積もって、数万単位の虫がいるはずです。ただ闇雲に球を攻撃しても、倒せるとは思えません)
 そう。ディアボロを撃破するには、数万の中の1匹に、確実に攻撃を命中させる必要があるのだ。どうすれば、確実に敵を仕留められるか。その方法を深森はさらに考えた。
(ミズカちゃんや秋姫さんが黒球に飛び込んで、中から敵を攻撃する……)
 だが、深森はこの戦法を却下した。黒球の内部に飛び込むということは、全方位からの敵の攻撃に身を晒すということだ。あまりにリスクが高すぎる。
(黒球に火力を集中させて、再生する時間を与えずに押し切る……)
 だが、深森はこれも却下した。屋上の戦闘と職員室の襲撃で、仲間達にも少しずつ疲労の色が見え始めている。おそらく、成功する確率は五分五分だろう。自分達が敗北したら、もうこの敵を止められる者はいない。もっと確実に仕留められる方法がないか、深森は考えた。
(それなら、黒い球を小さくして、そこをラファルさんと私で焼き払えば……)
 現状では、これが最も成功する可能性が高いと深森は考えた。
 しかし、これにも問題があった。黒球の大きさが、深森の炸裂陣とラファルのシャドウブレードミサイルで攻撃できる範囲を超えているのだ。
(最低でも、球を今の半分まで削らないと無理、ですね)
 深森は彼我の戦力差を計算し、
(半分……ギリギリですが、いけそうです)
 そう結論づけた。
「ラファルさん。敵が消耗したところを、私とラファルさんで叩きたいのです。できますか?」
「別にいーけどさ。今からやるの? 全部は無理だと思うなー」
「いえ。最初に敵を弱らせて、今の半分になった時点で球を叩きます」
「半分か。ま、いーよ」
「ありがとうございます。皆さんも、聞いて下さい!」
 テラスを見渡し、4人の仲間達にも自分の作戦を説明する深森。撃退士たちは深森の言葉に頷くと、めいめいに武器を手に敵と戦い始めた。


「虫どもめ……これでは……埒が明かぬ……」
 修羅姫の双斧が、敵めがけて次々と攻撃を繰り出した。しかし、敵も今まで受けた攻撃から学習したのか、触手を切られないよう、触手をさらに太くして対応してきた。それはもはや触手というより丸太というべき太さであり、彼女の斬撃も、それを切断するまでは至らない。
 それは、まるで流れる川を切り裂くような行為だった。わずかな敵を切り払っても、本体はすぐに元に戻ってしまう。
(切断して……数を減らすことは……ならぬ……か……)
 修羅姫の視線は、テラスの中央に陣取った黒球に向けられた。球は先ほどから、自分の体から伸ばした触手で、周囲の撃退士たちに執拗な攻撃を繰り返している。
その時、球から新たに生えた2本の触手が、稲葉とラファルに襲いかかった。
 こちらは修羅姫のものと違い、太さは人の腕ほどしかない。しかし、触手が伸びると同時に、僅かに本体である黒球が縮むのを、修羅姫は見逃さなかった。
(あの敵……群れの分子は……増やせても……分母は増やせない……みたいですね……)
(手を増やすほど……太くするほど……それに比例して……本体は小さくなる……そういう事か……)
 修羅姫の脳裏に、秋姫の声が響いた。
(ここは……私の出番……みたいですね……)
(仕方……あるまい……任せるぞ……)
「任せて……ください……」
 遠距離から敵を攻撃し、少しでも多くの群れを自分に引き付ける。そう作戦を決めれば、秋姫の動きは素早かった。秋姫は武器を弓に持ち替えると、陽光の翼を広げて空へと飛び上がった。
「少しでも……球から敵を……引きずり出しましょう……」
 秋姫の言葉に、稲葉とミズカ達も頷き、これに加わった。

「出ている触手は4本。先ほどより随分小さくなりましたが……」
 そう言いながら、発勁で虫を次々と叩き潰すミズカ。負けじと稲葉も、翔閃でまとわりつく黒い触手をなぎ払う。
「もうちょっと、かな。木葉ちゃん、いけそう?」
 そんな彼女を見て、鎌鼬で敵を振り払いながら、深森が言った。
「まだです。あと少し……触手1本分くらいなのです」
「分かりました。私が引き受けます」
 その時、深森の隣で声が聞こえた。クレメントだった。
「誘い出すだけなら、私でもお役に立てるでしょう」
 クレメントはそう言ってロッドを構えると、裂帛の気合と共に黒球へと突撃した。それを迎撃すべく、ディアボロは黒球から触手を伸ばす。どうやら黒球は、クレメントも排除すべき敵と認めたようだ。細かった触手は見る間に丸太と化し、クレメントに襲いかかった。
 既に敵は、ラファルの援護射撃による攻撃を受け、思うように動けなくなりつつあった。
 そこでクレメントは挑発の言葉を発しつつ、光の翼を広げて敵を空へと誘い込むことにした。
「どこを狙っているんですか? ここですよ」
 苛立ちにかられたのか、黒球は更に多くの虫を、クレメントを狙う触手に送り込む。
 それを見た深森は、空中に浮かぶラファルを見て言った。
「ラファルさん。OKなのです」


「おっしゃー。害虫は消毒だー」
「消毒なのです」
 深森の合図と共に、ラファルのシャドウブレードミサイルが黒球に次々と吸い込まれ、それと同時に、黒球の真下に深森の炸裂陣の紋章が浮かび上がった。紋章が光を放ち、赤く熱い花の蕾が、黒球の中で大きく開く。

 次の瞬間、ふいに黒球が膨張した。球のあちこちに赤い亀裂が走り、亀裂から無数の光束が生じて――球は轟音と共に爆発した。そして黒弾が破裂すると同時に、撃退士たちを追い回していた触手もその動きを止め、息で吹かれた砂粒のように、爆風と共に崩れ去った。

 武器を手に、黒球のいた場所に駆け寄る6人の撃退士たち。だが、彼らの顔には、未だ緊張が走っていた。これだけ苦戦した敵である。死体を見るまでは安心できない。
 その時、爆心地を探っていた秋姫が、何やら拾い上げた。その両手には、双斧が握られている。どうやら再び、修羅姫に代わったようだ。
「やった……ようだな……」
 修羅姫はそう言って右手の斧を収めると、地面から何かをつまみ上げた。その指先では、ゴマ粒ほどの虫が、煙をあげている。生きているのか死んでいるのか、まだ足の何本かがひくひくと動いている。
 修羅姫は何も言わずに手を離すと、地面に落ちたディアボロを踵で踏み潰した。


「あっ、撃退士さん!」
 戦いを終えて戻ってきた6人の撃退士を、美里と恵美が迎えた。
「よかった。無事だったんですね」
「はい……ディアボロの討伐も……終わり……ました……」
 そう言って微笑む秋姫を見て、2人の顔に安堵の色が浮かぶ。
 その隣では、川田が深森の治癒膏で治療を受けていた。
「まさかお前が逃げ遅れていたなんてな……すまん、阪井」
「いいんです。ちゃんと助かったんだし。ね?」
「まあ、それはそうだが」
 そう言ってしょげかえる川田の肩を、美里が叩いた。
「そうですよ、先生。先生が助けてくれたから、私も撃退士さんたちに連絡が取れたんです」
「美里さんの仰る通りです。あなたは立派に恵美さんの事も守ったのですよ」
 微笑むクレメントの横で、恵美が大仰に頷いて言った。
「そうそう。これからは先生も、あんまり無茶しないで下さいね。この子、先生が気絶してる間、ずーっと死にそうな顔して先生のこと心配してたんですから。『先生が死んじゃったら、わたし、どうすればいいの』って」
 恵美が美里を指差して笑うと、美里は顔を真っ赤に染めた。
「や、やめて! 何でここで言うの!」
 物も言えずに赤面する美里と川田。そんな2人を見て、恵美と撃退士たちは心から笑った。


「これで大丈夫でしょう。あとは病院で見てもらうといいと思うのです」
「皆さん。本当にありがとうございました」
 深森の治癒膏によって、立って歩けるまでに回復した川田は、直立の姿勢で撃退士たちにお辞儀をした。美里と恵美も、感謝の言葉と共に、6人が見えなくなるまで彼らの姿を見送った。

 こうして6人の撃退士は、無事に任務を終えて久遠ヶ原へと帰還した。



依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

微笑みに幸せ咲かせて・
秋姫・フローズン(jb1390)

大学部6年88組 女 インフィルトレイター
ねこのは・
深森 木葉(jb1711)

小等部1年1組 女 陰陽師
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
銀狐の絆【瑞】・
ミズカ・カゲツ(jb5543)

大学部3年304組 女 阿修羅
力の在処、心の在処・
稲葉 奈津(jb5860)

卒業 女 ルインズブレイド
優しさを知る墜天・
クレメント(jb9842)

大学部4年265組 男 アストラルヴァンガード