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任務当日。
撃退士たちは現地に集合し、準備を行っていた。
「大丈夫だ。変な罠もない」
フィールドの下見から戻った歌乃(
jb7987)が、仲間達にそう報告した。
「ま、隠しようがないけどな。こんな場所じゃあ」
戦いが待ちきれないと言った風情で好戦的な笑みを浮かべる歌乃の言葉に、ディザイア・シーカー(
jb5989)と卜部紫亞(
ja0256)が頷く。
「ええ……まるでスタジアムね」
3人の眼前には、芝生を敷き詰めた緑のグラウンドが、視界いっぱいに広がっていた。綺麗にならされた地面に、遮蔽物ひとつない広々とした空間。空調も適度に調整され、解放された天井からは温かな陽気が射しこんでいる。
「ま、どんな場所でも関係ない。何が来ようが俺は壁になるのみだ」
そう言って豪快に笑うディザイアの背後では、ベンチに腰かけVice=Ruiner(
jb8212)と斉凛(
ja6571)、ライアー・ハングマン(
jb2704)が話をしていた。
「あのロボットが、俺達の相手か?」
「そのようですわね。ドローンという名前だそうです」
「ドローン(無人戦闘機)? そのまんまだな」
先程から彼らの視線は、剣や盾、銃で武装したドローン――マネキンに似た6体のロボット――に向けられていた。
(まるでサンドイッチだな)
開発中のプロテクター状のジャケットを、体を挟むように装着したドローンたちを見てライアーはそう思った。
「新装備のモニター、か。相手がロボットともなれば、その性能テストも兼ねているのかもしれんな」
ドローンを見て、独りごちるVice。そこへ右手に袋を提げた赤坂白秋(
ja7030)がやって来た。
「ほーら皆、蘇我サンからのプレゼントだぜ」
袋から何かを取り出し、仲間達に配りはじめる赤坂。それは白いゴムのバンドで留められた金属製の計器だった。
最初にそれを受け取った雫(
ja1894)は、怪訝そうな赤坂を見つめる。
「これは?」
「バイタルチェック用のバンドだ。任務中は必ず装着するように、だとよ」
(あの男、絶対何か企んでます)
自分の胸騒ぎが杞憂である事を祈りながら、雫はグラウンドへ向かった。
撃退士達がグラウンドに集合して10分後。
正午を告げる学園のチャイムと共に、戦闘が開始された。
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開始の合図と共に、ディザイアと歌乃、雫が地上のドローンと対峙した。空の敵が片付くまで、地上の敵を足止めするためである。
「前衛は引き受けた。上の奴らを頼む」
「分かりました」
卜部はディザイアの言葉に頷くと、ウィンドウォールを放って後列に下がった。地面から突き上げるようにして吹き上がる烈風が、ドローンたちの隊列を乱す。銃を構える1体のドローンが風の奔流に捕らえられ、身動きをとれずにいるところを、斉のデスペラードレンジが捉えた。
「堕ちなさい!」
斉の放った弾丸が、ドローンの胴体に3つの風穴を開けた。撃たれたドローンは動作を停止し、地面に落ちて動かなくなった。怯む様子を見せず、空中を旋回して機銃を掃射する体勢に入り、後衛の撃退士めがけて突っ込むドローン。そのとき、ふいに2体の背後で声がした。
「軌道さえ分かれば、こっちのもんだぜ」
それは、闇の翼で空を飛ぶライアーだった。彼は、潜行して敵が死角を晒すのを待っていたのである。
ライアーの放つ銃弾が、ドローンの胴体を貫いた。
その頃ディザイアは、敵を抑えて動きを封じるべく、眼前のドローンと対峙していた。予測演算で敵の動きを読めていたが、彼はまだ動けない。組み合ったところを上空から銃撃されてはひとたまりもないからだ。
彼の両隣にいる雫と歌乃もまた、ドローンと戦いの火花を散らしていた。
(先ずは互いに小手調べと言った所でしょうかね)
雫は先ほどからViceの援護射撃を受けつつ、受けに徹している。全力で戦っていないことは明らかだった。どうやら序盤は力を温存するつもりらしい。
そんな雫とは対照的に、歌乃は先ほどから攻めの一手で相手を押していた。青い光に包まれた彼女の刀が、息つく間もなくドローン目がけて放たれる。ドローンは剣と盾で必死に応戦するが、主導権は完全に奪われていた。
「どうした? もっと遊ぼうぜ」
機械が相手と知りつつ、挑発する歌乃。ふと気づくと、空中のドローンが再び旋回し、正面から前衛の3人に向かってきた。どうやら狙いは雫のようだ。
そのとき、雫の背後から銃声とともに赤坂の声がした。
「雫、5つ数えて前の敵から離れろ!」
雫は頷くと、赤坂の言うとおりにした。
後退すると同時に、赤坂が放った銃弾の軌跡が雫の目に映った。弾は空中で弾け、光り輝く雨となって、真下にいた空中のドローンに降り注いだ。無数の雨を浴びたドローンは、煙をあげて墜落する。その先には、先ほど雫と戦っていたドローンの姿があった。
2体のドローンは避ける間もなく激突し、大破した。
それを見たディザイアは、間髪入れずにドローンの両手を抑えると、両脇に立つ卜部とViceに言った。
「2人とも、頼む」
動きを封じられたドローンの体を、卜部の螺旋錐とViceの銃弾が貫いた。
「どうやら、てめぇで最後だな」
遊びはこれまでとばかり、歌乃は体内でアウルを燃焼させ、とどめの一撃を放った。
歌乃の石火がドローンの剣を断ち切り、胴を斬る。ドローンは体から火花を散らし、仰向けに倒れた。程なくして、蘇我のアナウンスが1回目の試験終了を告げた。
「あばよ」
歌乃はそう言って踵を返し、仲間の元へと向かった。
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「何分かかった?」
「30分ですわね」
「まずまずだな」
休憩エリアに戻ったディザイアは、スポーツドリンクを飲みながらそう言った。
「よろしかったら、これもいかがですか?」
「ありがたい。いただくとしよう」
ディザイアは斉からおにぎりを受け取ると、うまそうにそれを食べ始めた。次の戦いに備えて、少しでも体力を回復しておかなければならない。
「よろしければ、お二方もどうぞ」
斉は歌乃と雫にも声をかけた。ディザイアと共に前衛で戦った彼らもまた、先の戦いで特に消耗していたからだ。
「ありがとよ」
「いただきます」
2人は斉に礼を言うと、おにぎりを手に取った。
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「まだ遊び足りねぇんだ。もっと遊ぼうぜ!」
2回戦目の開始と同時に、歌乃はひとり敵陣に斬りこんだ。そんな彼女を見て、チャンスとばかりに空を飛ぶドローンが銃の照準を定める。
「……やらせん」
間髪入れずViceが回避射撃を放ち、命中したドローンの射線が反らされた。
「まさか全員で歌乃を狙うとはな。何体は牽制でこちらを撃ってくるかと思ったが」
「所詮は機械。プログラム以外の動きはできないのでしょう」
卜部はそう言うと、両手で描いた円の中から、無数の白い腕を召喚した。次々と伸びた腕が、空のドローンたちを拘束する。そこをすかさず、齋のブーストショットが襲った。
「最大火力でおもてなしさせていただきますわ」
1体のドローンが齋の餌食となって墜落すると、間髪入れずに卜部の放った火球がもう1体の胸に命中した。
「残り1体、ですね」
「いや、上はもう終わりだ」
黒煙をあげて地面に落ちたドローンを見て呟く卜部を、赤坂が遮った。赤坂が悠々と弾をリロードし、卜部とViceに背を向けて数歩前に歩くと、彼の目の前にドローンのジャケットが音をたてて落ちた。赤坂は精密狙撃で、最後の1体のプロテクターの繋ぎを狙い、撃ち落としたのである。
赤坂がプロテクターに取り付けられた機器を破壊すると、裸のドローンは銃を下げてそのまま退場した。
空のドローンが全滅すると、地上組の3人は全員で攻めに出た。
1体のドローンは、歌乃の渾身の一撃で胴を貫かれて大破した。
雫は自身の闘気を解き放ち、手にした剣で流れるような動きで受け流しと攻撃を繰り返して、相手を防戦一方に追い込んでいる。
もう1体はディザイアの閃滅で剣ごと腕を破壊され、盾ひとつで攻撃を防いでいた。
ついに2体のドローンは、互いの背中を合わせるほどに追いつめられた。
そこへ――
「全力全開でぶち壊させてもらう……!」
潜行していたライアーが姿を現した。
ライアーはドローンの周囲をダンスのように舞いながら、ドローン目がけて容赦のない銃撃を浴びせる。
ライアーの軽快なステップ音と、銃弾の着弾音が、相次いでグラウンドに響いた。
程なくして、蘇我が2回目の試験終了を告げた。
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「あまり無茶をしないでくださいね」
雫は救急箱を取り出すと、そう言って歌乃を手当てした。さすがに単騎で多勢に斬りこんだせいか、歌乃の体のあちこちには切り傷が目立った。
「悪い。ちょいと張切りすぎたかな」
「いいえ。でもこの任務、最後まで何があるか分かりませんから」
そう言って雫は、グラウンドでドローンを回収する唐沢と蘇我に目を向けた。
唐沢の顔からは、あの陰険な笑みが消えていた。
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3回戦目ともなると、既に8人は敵の行動パターンをあらかた理解し、次々とドローンを撃破していった。
空の3体は、ライアーのナイトアンセムを食らって認識障害となり、立ち往生しているところを、あるものは斉の集中砲火を浴びて蜂の巣となり、あるものは赤坂のパンデミック・ロマンスを浴びて機体をジャケットごとアウルで溶かされ、あっという間に全て撃墜された。
空からの支援を失った地上の3体のドローンたちも同じ運命を辿った。雫の放った地すり残月で胴体に穴を開けられるもの、歌乃の放った飛燕でガードを弾かれ、胴を切りつけられて絶倒するもの、予測演算で動きを読んだディザイアに取り押さえられ、卜部のスタンエッジを受けるもの……
「卜部、とどめを頼む」
卜部はディザイアの言葉に頷くと、杖を構えて雷撃を放った。
3回目の試験が、終了した。
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「やはり、まだ実用化には遠いですね」
「全くだな」
蘇我の言葉に頷く唐沢。だが、回収されたプロテクターを見て呟く蘇我とは違い、唐沢の視線はずっと破壊されたドローンに注がれている。
こうなることが予想できなかったわけではない。ドローンがアウルを使えず、プログラムされた動きしか取れない「機械」である以上、この結果はある意味必然と言えた。
(やはり、こいつらでは相手にならんか。こうなれば……)
唐沢はアナウンス用のマイクを握り、手元の機器で運搬用のドローンに指示を出した。
(奴ら撃退士と俺の最高傑作、どちらが強いか。ぜひ知りたい!)
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「撃退士の諸君。最後にひとつ、つきあってくれ」
唐沢のアナウンスと共にグラウンドに運び込まれたコンテナから出てきたのは、1体のドローンだった。その両手には刃を潰した鉄の刀を装備している。翼がないところを見ると、どうやら陸上戦用らしい。
「そのドローンと勝負をしてもらう。問題なかろう? 任務にアクシデントはつきものだ」
「……あの男、どういうつもりだ」
眉をひそめるViceの隣で、既に雫と赤坂は武器を構えて戦闘態勢に入っていた。
「やはり、こうなりましたか。仕方ありませんね」
「はっ、ゴミ箱がもう一つ必要だな!」
最初に仕掛けたのは雫だった。
闘気を開放した雫がドローンの間合いへと跳躍し、一気呵成に攻撃を放つ。だが、相手も唐沢が傑作と言うだけあり、そのすべての攻撃を片手の刀で受けた。
その間に、歌乃と赤坂が、それぞれドローンの脇と背後に回った。3方向から同時に攻撃するためだ。
赤坂がドローンの背後から放ったドロップレインに合わせて、歌乃が踏み出そうとした、次の瞬間である。
雫の斬撃のほんの僅かな隙に、ドローンの手足の関節がぐるりと回転し、赤坂の方へ向くのが、歌乃の目にはっきりと見えた。
敵の動きに赤坂も気づく。だが、スキルを用いて体勢を整えるほんの一瞬だけ、反応が遅れた。
(間に合わねえ!)
考えるより先に、歌乃は動いた。
一瞬の出来事だった。
赤坂目掛けて跳躍するドローン。
両者の間に割って入り、赤坂をかばう歌乃。その彼女を、ドローンの下段からの一撃が捉える。
歌乃の体が放物線を描いて宙を舞った。
地面に叩きつけられ、動かない歌乃。
アナウンスが歌乃の脱落を告げる間も、ドローンは撃退士への攻撃を続けていた。
ドローンの攻撃を一手に受ける雫。Viceの回避射撃によるサポートで辛うじて耐えていたが、嵐のようなドローンの猛攻は、全く衰える気配を見せない。このままでは押し切られるのは時間の問題だった。
それを見た卜部が、杖を構えて言う。
「まず、機動力を殺ぎましょう」
「脱落すんのはちっと切ないからな。最後まで足掻かせて貰うぜ」
ディザイアのアウルが次々に蝶へと姿を変え、ドローンに殺到する。
「了解しましたわ。始めましょう、茶会という名の殺し合いを」
斉も頷いた。射線を確保し、銃口から鮮血の色をした弾丸が次々と放たれた。撃退士達の動きを察したドローンが、とっさに地を蹴って交代する。しかしそれも空しく、卜部の放つ無数の腕にドローンの足を掴まれ、斉とディザイアの攻撃を受け、足を破壊されたドローンはバランスを崩して転倒した。
何とか立ち上がり、体勢を整えるドローン。そこに潜行していたライアーが、ドローンの死角から鎖鎌の分銅を擲つ。分銅がドローンの右腕を絡めとり、その動きを封じ込めた。
「雫さん、今だ!」
「……余り手の内を晒すのは嫌なのですが」
そう言って、雫は荒死の連撃を繰り出した。ドローンの防戦も空しく、雫がドローンの左腕を斬りとばすと同時に、ドローンの背後で赤坂が銃を構えた。赤坂の銃口から表れたアウルが刃となり、無防備に晒された敵の背中めがけて襲い掛かる。
「喰い、千切る――!!」
赤坂の刃が、ドローンを両断した。
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(これではもう、修復は不可能だな)
任務終了後のグラウンドで黒煙をあげるドローンの残骸を見て、物も言わずにうなだれる唐沢。
そんな彼の肩を、雫が叩いた。
「大変貴重な経験をさせていただき、感謝します。でも」
丁寧な言葉で礼を言う雫。唐沢の返事を待たず、雫は言葉を継いだ。
「これはちょっとおいたが過ぎませんか?」
振り返って雫を見つめる唐沢。冷静な表情とは裏腹に、雫の背後からは陽炎が立ち上り、手には剣が握られている。
「決して怒ってはいませんよ。ただ……今度は魔具の威力検査をしませんか? 具体的に言うと貴方達の体で……」
唐沢は雫の意図を察し、慈悲を求める視線を送った。だが、雫の背後で叩きのめされた蘇我の姿が目に入り、それが空しい試みであることを悟った。
「ごめんなさい。許して――」
「お断りします」
唐沢の悲鳴が実験棟に響き渡った。
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後日、学園の医務から、歌乃の容態を告げる通知が7人の元に届いた。
「安静を要するが、命には別条なし」という一文を目にして、仲間たちはほっと胸をなで下ろした。
後で紅茶を持って見舞に行こうと、斉は思った。