.


マスター:Barracuda
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/12/02


みんなの思い出



オープニング


 ある休日の晴れた日。

 ショッピングモールのアトリウムを、覚醒者の一団が占拠した。
 モールの床には壊れたオブジェが散乱し、買い物客で賑わう空間を単調なBGMだけが満たしている。

「俺達は『恒久の聖女』だ! これより劣等種の資産を徴発する!」

 リーダーらしき若い男の言葉を合図に、男の仲間が略奪を始めた。
 レジが壊され、硬貨が散らばる音がBGMの伴奏に加わる。
「聖女だって!?」
「怖いよぉ……」
 男の言葉に、人質として集められた5人の市民達は嘆き怯えた。
 聖女の構成員たる聖徒達が非覚醒者を虫ケラ同様にしか思っていないことは周知の事実。
 実際、聖徒が市民達に向ける笑みは、彼らが手にしたV兵器のように無慈悲で冷たい。

 と、その時。
「怖くないわ。ほら見て、綺麗でしょう?」
 そう言って人質の女性が手をかざすと、掌から1羽の蝶が飛び出した。
 そして――
 ぱぁん、と蝶は砕け散り、4人の市民は昏倒した。アウル能力による睡眠付与だ。
「覚醒者か!」
 聖徒達の銃が、一斉に女へと向いた。
「覚醒者と言えど、聖徒でない者は生かしては帰せん。だが……」
 一旦言葉を切り、残忍な笑みを浮かべて男は続ける。
「今ここで、そいつらを殺すならば助けてやってもいい。聖女の名にかけてな」

 男はここで、ふたつの嘘をついた。
 ひとつは彼らが聖女の名を騙る、ただの犯罪者集団だということ。
 ひとつは彼らに女を生かして帰す気はないということだ。

「今すぐ決めろ。そいつらを殺して生きるか、俺達に殺されるかだ」
「そんな……できないわ。ねえお願い、皆を助けてあげて」
「ダメだ。今すぐ決めろ」
 床に膝をついて、顔を覆って肩を震わせる女を愉しげに見下ろしながら、男は銃を投げてよこした。
 どうせこの女も最後には、自分が生きるために4人を殺すに違いない。
 そして最後に助けないと告げた時に女がどんな顔をするか、男は今から楽しみで仕方なかった。
「ひっ……ひっく……」
「何をしている、早く決めろ! 誰が泣いていいと言った!」
 嗜虐心に満ちた顔で、男が傲慢に告げる。
 だが。
「ぷっ、くくく。ウエヘ……」
「――!?」
 男は、はたと気づいた。
 女はすすり泣いているのではない――笑っているのだ!

「あーっはっは! イーッヒッヒッヒ!! ウエヘヒヒヒヒー!!」
「……!! 殺せ!」
「バーカ♪」
 赤い舌をちろちろと覗かせつつ、風のごとき身のこなしで聖徒の銃撃をかいくぐる女の背中に、蝶の翅が現れた。
 悪魔種族の固有スキル、闇の翼だ。
「火遊びが過ぎたね偽者くん。ゐのりちゃんも外奪サンも、聖女の皆はカンカンだよ?」
「せ、聖女!? まさか貴様、最初から俺達を――」
「ウエヘ! 今頃気づいたの? 私はザンスカル(jz0355)、よろしくね!」
 ザンスカルが言い終えると同時に、聖徒達の周囲をアウルの蝶の群れが取り囲んだ。
 どれも翅が墨のように黒く、市民を昏倒させた蝶のそれより遥かに禍々しい。
「これは――」
 言い終える前に黒い蝶が残らず弾け、男を麻痺させた。
 間を置かず、男の仲間も次々と倒れていく。中には奇声を発しながら床を転げまわる者もいる。
「さ・て・と。じゃあ始めようかな」
 偽聖徒の無力化を確認すると、ザンスカルは眠りに落ちた市民達の魂を吸収し、ディアボロ化させていった。
 4人の肉体が次々と変貌し、巨大な蝶へと変わる。
「ちょっと怪我してるねえ。じゃ、あの人の血を頂いちゃおう!」
「キシャー!」
 男の周囲を4匹のディアボロが取り囲む。
「ま、待て。頼む、見のが――」
「だーめ♪」
 鋼鉄のように硬い4本の口吻が、男の体に差し込まれた。


 踏みにじられる敗者の表情。
 理不尽な選択を迫られ、絶望する弱者の表情。
 いずれも悪魔の大好物だ。

 だがザンスカル自身は、そうした表情にさして興味はない。
 彼女が何より愛するのは、食う側を気取る者が食われる側へと落ちてゆく時の表情なのだ。

「ぎぎゃあああぁぁぁぁぁ!! ひぎいいいぃぃぃぃぃ!!!」
(ああ、落ちてる。今、落ちてる落ちてる)
 恍惚に身をよじりながら、男の断末魔にうっとりと耳を傾けるザンスカル。
 程なくして男の悲鳴が止むと、彼女は上気した頬を両手で覆った。
「ウエヘ……ああダメ、もう我慢できない!」
 堪らず、全てのディアボロを、残った覚醒者へけしかけようとするザンスカル。
 と、そこへ――

「いたぞ、恒久の聖女だ!」

 モールの入り口から別の武装した一団が突入してきた。
 こちらは偽聖徒と違い、装備も動きも統率が取れている。恐らく撃退署の署員達だろう。
「ちょうどよかった! 持て余してたの、一緒に踊って!」
 返事の代わりに飛んできた銃弾を避けながら、上空へと舞いあがるザンスカル。
 それを見た署員の間にどよめきが走った。
「あれはザンスカル!? いかん、学園に応援を要請しろ!」
「聖徒は全員逮捕しろ! 抵抗する者は射殺して構わん!」
「キシャー!」「キシャー!」「キシェー!」
「ま、待て、俺達は違――ぎゃあああああ!!」
「いい……いい! 最高だよみんな! ウエヘヒヒー!!」

 阿鼻叫喚の悲鳴を浴びるザンスカルの体が、魂が、歓喜に震えた。
 聖徒も署員も関係ない。悪魔もハーフも人間もディアボロも関係ない。
 今この時は、人と魑魅魍魎が出会い巡る逢魔が時。ザンスカルの求める至福の時間だ。

「さあ皆、もっと一緒に踊ろうよ! ウエヘヒヒー!」
 混沌の坩堝と化したショッピングモールに、ザンスカルの嬌声がひときわ高く響いた。


「……以上が、現場の状況だ」
 板書を終えた巳上 北斗(jz0319)が、チョークを置いた。

 聖女を騙る犯罪者集団がショッピングモールを襲撃。店の金を奪い、逃げ遅れた市民を人質に取った。
 ところが、その場に居合わせたザンスカルが人質をディアボロ化させ、覚醒者を殺害。
 突入した撃退署の署員と覚醒者、ザンスカルの間で戦闘が始まり、モール内は地獄絵図と化しているらしい。
 そしてつい先刻、ザンスカルから学園に次のようなメッセージが届いたという。

――せっかくだし、撃退士さん達も一緒に踊って欲しいな。
――あ、ディアボロには魂を残してあるから、踊りが終わったら人間に戻してあげる。
――だけどもし野暮ったい連中を寄越すようなら……どうなるか分からないよ? ウエヘ!

「さて。今回の依頼で、頼みたい仕事はふたつある。
 ディアボロ化した市民の救出と、『ケッツァー』の長に関する新たな情報を、最低ひとつ持ち帰ることだ」

 『ケッツァー』。
 先のザンスカル追跡任務で判明したこの組織について、学園が把握している情報は極めて少ない。
 女性の高位悪魔が率いる組織で、人間界への侵攻を目論んでいるらしいこと。精々この程度だ。
 故に学園はケッツァーの尻尾を掴むべく、当面はザンスカルを泳がせるつもりだという。

「今までの情報を総合するに、ザンスカルは徒に殺戮を好む類の悪魔ではないようだ。興味を抱いた撃退士の遊びに、罠と知りつつ乗ったこともある。奴の一部能力やケッツァーの情報も、その際の任務で判明したものだ。
 したがって、今回の依頼で奴の興味をひくことができれば、新たに情報を得られる可能性は高いと考えられる」
 そう話をまとめ、巳上は依頼の書類を教卓に揃えた。
「覚醒者は現地の署員が対応する。君達はザンスカルに専念してくれ。危険な任務だ、万端の準備で臨むように」


リプレイ本文


 モールに響く覚醒者と署員の怒声。破壊音と発砲音。
 地に伏す覚醒者の死体、呻く負傷者……
 そんな混沌の嵐の目に、ザンスカルと4匹のディアボロはいた。

「みんな、今日はよろしく。ウエヘ!」

 アトリウムの中央でカーテシーの仕草をとり、撃退士を迎えるザンスカル。
 それを見たミハイル・エッカート(jb0544)がサングラスの奥で目を細めた。
「久しぶりだな。踊りに来たぜ、ザンスカル」
「戦いを踊りに例える感性は嫌いじゃネーよ」
 隣では狗月 暁良(ja8545)が、帽子のつばに手を添えてニヤリと笑う。
「さぁて、僕達でどこまで彼女を満足させられるかな?」
 伊達眼鏡を宙に放り投げ、アウルを纏う佐藤 としお(ja2489)。
「\ザンちゃーん/」
 ザンスカルの正面で、目を輝かせて飛び跳ねるのは若松 匁(jb7995)だ。
「あ、見て見てお兄ちゃん! 手振ってる!」
「お前なぁ……」
 匁の嬉しそうな笑顔に、義兄のジョン・ドゥ(jb9083)が頭を抱える。
 反対側では、谷崎結唯(jb5786)と後藤知也(jb6379)も準備を終えていた。
「なんだ、あのイカれた女は。天魔人間関係なく、イカれた奴はいるが……」
「そうかい? 俺は面白そうだと思うがね。ま、これも仕事だ」
 心底理解できないといった表情で呟く結唯に、肩をすくめて知也が笑う。
「さて。俺からのプレゼントを、彼女は受け取ってくれるかな?」
 光纏したルティス・バルト(jb7567)の胸元に、薔薇の刻印が浮かび上がる。

「踊りは正午まで。時刻が変わったらスタートね!」
 宙に舞い上がり、アトリウム上部の「11:54」と表示された電光掲示板を指差すザンスカル。
 時間と同時に8人は走り出した。

 悪魔と撃退士の舞踏会、開幕である。


「自己紹介がまだだったね、僕は佐藤としお。改めてこちらから……Shall we dance?」
「久しぶり、としおくん! 今日はよろしく!」
 挨拶と同時に、としおが黒色の二丁拳銃を手にザンスカルへと発砲した。
 ザンスカルは空中で身を捻って銃弾を回避。
 手品のように現れた洋弓を左手に構え、ワンアクションで矢を撃ち返す。
「くっ!」
 としおは両腕でこれをガード。ザンスカルが二の矢を番え、再び狙いを定める。
 そこへ――
「ザンちゃん、こっち!」
 匁の声に誘われザンスカルが視線を戻すと、トワイライトが発光した。
「ウエヘ!?」
 驚いたザンスカルの狙いが僅かに逸れ、としおの足元に矢が突き刺さる。
「よう、ザンスカル。この前の礼を言いに来たぜ」
「あっ、ミハイルさん! 会えて嬉しい!」
「不味かった所を丁寧に教えてくれてありがとな。やっぱお前はいい女だ」
 阻霊符を展開したミハイルが「IB」を発射。
 ザンスカルはこれを避けず、右手の甲でガードする。
「いったたぁ……ウエヘ!」
 痺れる右手を振りながら、ザンスカルが手に滲んだ血を舐める。
「ミハイルさんも銃使いなんだね。ところで、この鎖ってなに?」
 体に纏わりつく赤と黒の鎖にザンスカルが触ると、鎖は千切れ、アウルの粒となって弾けた。
「ウエヘ! ひょっとして、愛の告白か何か?」
「まあ、そんなとこかもな」
 宙をひらひらと舞うザンスカルを眺めて、ミハイルは内心で舌打ちした。
(IBでも落ちないか。化け物め)

 一方ジョンは、アウルで形成した七耀城塞の中で、セッセリー2匹を相手に乱舞していた。
「舞踏会にはお城を。見えるのは一瞬で、城塞だがな……!」
 紅いレンガでセッセリーの口吻を弾きつつ、斧槍を手に立ち回りを演じるジョン。
(ザンスカルは中央から動かずか。できれば2匹を対角線の辺りまで引き離したいが……)
 そこへ暁良が、回転式拳銃サタナキアLB63を撃ってセッセリーを挑発する。
「俺とも踊ろうゼ?」
「キシャー!」「キシャー!」
 喜び勇んだセッセリー達が、暁良へと飛んでいく。
 一方反対側では、残る2匹をルティスが引き付けていた。
「キミ達の相手はこっち、だよ?」
 胸元の薔薇に誘われるように、セッセリー達が同時に迫る。
 対するルティスは誘いの笑みを浮かべ、突き出される口吻をシルバートレイで弾く。
「さて、この辺で十分かな」
 ザンスカルとの距離を十分に離すと、ルティスは攻勢に出た。
 七色に輝く鱗粉を優雅なスウェーで避けつつ、返す刃で審判の鎖を発射。
 命中したセッセリーが体を麻痺させ地面に落ちる。
「さあ、俺と踊ろうか。ご主人様は今、忙しそうだしね」
 ルティスの送る視線の先では、知也がザンスカルに星の鎖を放ったところだった。

「おい、そこの大和撫子。俺とダンスと洒落込もうぜ」
 鎖の先を器用に曲げ、ザンスカルの鼻の先をつつくように知也が挑発する。
「そんなところにいないで降りてこないか? 俺達は人間だから、あんたみたいに飛べないんだ」
 そう言って鎖を戻すと、智也は華麗なステップでダンスを始めた。
「これじゃ、あんたの手を握れない。一緒にリズムも刻めない。ダンスのお相手もできないぜ」
 指を鳴らしながら、ザンスカルに視線を送る知也。そこにとしおも加わった。
「僕達と『一緒に』踊りたいんだろ? 付かず離れずフェイストゥフェイス……触れ合う距離で踊ろうじゃないか」
「そっか。それもそうだね!」
 ぱあっと顔を輝かせ、翅をたたんで地面に降りるザンスカル。
 同時に彼女の周囲を、撃退士達が輪になって取り囲んだ。
「退屈させたら、承知しないよ? ウエヘ!」
 ザンスカルは置かれた状況に動じるどころか、期待に目を輝かせている。
「黙ったままもなんだしな。話しながら踊ろうぜ」
「ふふふ。いいよ」
 知也の申し出に、ザンスカルが頷く。
「単刀直入に聞くぜ。ケッツァーってなんだ? 美味いのか? 教えてくれよ」
「ウエヘ! やっぱりそれが聞きたいんだね」
 ザンスカルは笑いながら、3体の蝶を生成。
 撃退士達は踊りながら距離を開け、結唯ととしおが蝶を撃ち落とした。
「ケッツァーは魔界の組織だよ。味は食べたことないから分からない。ウエヘ!」
「なるほど。やすやすとは教えないってわけか」
 最後の蝶を撃ち落としながら、知也はニヤリと笑う。
「噂にゃ聞いてたが、あんたなかなか良い女だな。……まぁ、俺の嫁程じゃないがな!」
「おう、冥界はいい女度が高いと俺も思う!」
 そこにミハイルが、サムズアップで会話に加わる。
「ケッツァーのトップもいい女らしいじゃないか。なんとなくだが翼付き蛇系の美女か? どんな美女か教えてくれ」
「えー。タダじゃやだ」
「それならさ、ザンちゃん。いま退屈してるよね?」
 眉をしかめるザンスカルに、EOHを発動した匁が上空から話しかける。
「わかる? さすが匁ちゃん。ウエヘ!」
「えへへー、当然! でも、面白いのはこれからだよ」
 挑発の視線をザンスカルに投げながら、匁は続ける。
「まだ正午まで時間があるよね。その間にザンちゃんが楽しいって感じたら、残った時間で質問に答えて。どう?」
「ウエヘヒヒー! いいよ、面白そう!」


「じゃ、交代だな。第二幕を楽しむがいい」
 ミハイルの合図とともに、EOHの切れた匁が地に降り、ジョンが知也と、ルティスがミハイルと入れ替わる。

「後半開始だ……!」
「よろしく! 楽しもうね!」
 色濃い深紅の粒子を発散しながら、双剣を手にしたジョンが仕掛けた。
 蛇の目の双眸に捉えたザンスカルの頭めがけ、風のような速さで剣を突き出す。
 対するザンスカルは、弓の上下のリムで剣の軌道を逸らし、後方へと跳躍。
 着地と同時に響く軽快な弓弦の音と共に、ジョンの右腕に矢が突き刺さる。
「花束をどうぞ、マダム!」
 ルティスが優雅な仕草で、ザンスカルの顔を花束に埋めた。
 中に隠してあるのはフラッシュライトだ。
 舞い散る花びらと共に光が照射され、ザンスカルの視界を一瞬奪う。
「ウエヘ!?」
 視界を奪われ、僅かに体勢を崩すザンスカル。背後に回ったとしおが、緑火眼でザンスカルの翅を撃ち抜いた。
「君を逃がしたくなくてね」
「逃げるわけないでしょ? こんないいところで!」
「ぐ……っ!」
 視界が戻るのを待たず、ザンスカルは弓を逆手に持ち、脇の間から背後へと矢を発射。
 脇腹に矢を受けたとしおが膝をついた。
 装備コストを大幅に超えている今の彼にとっては、矢の一本ですら致命傷となる。
「まだ……踊れそうだ……!」
 遠のく意識を必死に繋ぎ止め、立ち上がるよしお。既にザンスカルの翅は元通りになっている。
「俺もイイか、蝶々さん?」
 暁良の銃弾がザンスカルの真横を飛んでいったのはその時だった。
 踊りの輪の外から、悠々と手を振り挑発する暁良。ザンスカルはこれを誘いと見て、霞んだ視界で矢を放つ。
「うん、勿論!」
「感謝、感謝だ。待ってたゼ、コイツを」
 ガードした右腕に矢が命中すると同時に、暁良は「逆風を行く者」を発動。
 アウルを両足に収束させ、瞬間的に跳躍する。
 次の瞬間、暁良の鼻の先にはザンスカルの顔があった。
「……えっ? えええ!?」
「ドーモ。待ち呆けたんで来ちまったゼ。それじゃ早速、初見殺シのパソドブレと行こうじゃねェか……!!」
 暁良の青い瞳がザンスカルを射抜く。立て直す隙など与えない。

「荒死!!」

 リミットを外した暁良の4連撃が、空気を割いてザンスカルに襲い掛かる。
 一方、懐に飛び込まれ、未だ視力が戻らないザンスカルは、即座に思考を切り替えた。
 この状況での反撃は不可能。回避に専念するしかない――!

 ザンスカルの腰から下を何かが束縛したのは、その時だった。

「確保♪」

 ザンスカルの腰に手を回し、しっかりと身体を押さえているのは――匁である。
 もしザンスカルの視力が戻るのが数秒早ければ、匁が彼女の足下に浮かべたルーン文字に気付いただろう。
「これ、Radっていうの。歩かないで瞬間移動できる、すっごく便利なスキル」
「へえ……凄いね、匁ちゃん」
「ありがと。足場のある所にしか飛べないけどね」
 ザンスカルの声が微かに震えるのを、匁は確かに聞き取った。

「ってワケだ。終幕と行こうゼ?」
 1発目。顔面めがけての暁良のフックを、ザンスカルは首を逸らして回避。
 2発目。袈裟懸けに振り下ろされる爪を弓でガード。
 3発目。首を狙った横薙ぎのハイキックをスウェーバックで回避。

 速度に優れるザンスカルと言えど、腰から下を押さえられれば不利は必然だ。
 これ以上の回避は不可能と悟り、ザンスカルが両腕を交差してガードの体勢に入る。
 同時に匁が最後のRadを使い、暁良の後方へとテレポート。
 暁良の全速全体重を乗せたサバットがガードを突き破り、ザンスカルの鳩尾にめり込む。

「ウエ……」

 ザンスカルの両足が浮きあがり、吹き飛んだ体が宙を舞った。


「ケホッ……ふふ、悔しいなあ。でも楽しい。こんな気持ち、久しぶり!」
 蝶の翅をはばたかせ間一髪で着地すると、ザンスカルは口元の血を拭って笑った。
 その両目の輝きは一層濃さを増し、身体の輪郭からは墨のように黒いアウルが迸る。
「匁ちゃんとの約束。みんな何でも聞いていいよ。ウエヘ!」
「なら僕は、チャールストンの玩具の性能を知りたいな」
 真っ先に仕掛けたのはとしおだった。火事場の馬鹿力を込めた、渾身の銃撃である。
 ザンスカルは身を切り、銃弾を回避。としおに狙いを定め、弓の弦を撫でるように右手を前後に振る。
「『Avatar-D』っていう名前しか知らない。わたしに教えるとすぐ喋っちゃうからって、話してくれないの」
「……賢明な判断だ」
 間髪入れず、乱杭歯めいて床に突き刺さる矢の直撃を受け、としおが倒れた。
「外奪とあんたはどんな関係? サマエルの弱点は?」
「上司と部下、かな。弱点は知らない。私なんかの身分じゃ会うことも出来ないし」
 滑るような舞いで知也のコメットを避けながら、ザンスカルが答えた。
 返事と一緒に引き絞って飛ばしたザンスカルの矢を、知也は盾で叩き落とす。
「俺からも質問だ。ケッツァーのトップの名前は?」
「ベリアル・エル・ヴォスターニャ様。口説くのは諦めた方がいいよ、旦那様が黙ってないから。ウエヘヒヒー!」
 輪の外から発射されたミハイルの銃弾を、振り回す洋弓で弾くザンスカル。
 お返しとばかりに弓を天井に向け、矢を束ねて発射する。
 対するミハイルは、これを盾でガード。一撃一撃が最初のそれより鋭く、重い。
「魅惑の人妻か、素敵だね。なら、俺からもひとつ。『ベリアルの夫の顔と名前を、学園は知っているか?』」
「絶対知ってるよ、偉くて有名なお方だから。ウエヘ!」
 ルティスのレイジングアタックをステップで捌くと、ザンスカルは水平に絞った弓で矢を撃ち返す。
「ありがとう、マダム・ザンスカル」
 ルティスのシルバートレイを矢が貫くと同時に、モールの時報が正午を告げた。


「民間人の容態はどうかな?」
「気絶しているだけだ。魂は戻っている」
 応急治療で4人を介抱する結唯の返事に、ルティスは安堵の色を浮かべる。
「何よりだ。ところでジョンさん、『彼女』は?」
「あっちにいる。モンメ達と話があるってな」
 ジョンの視線の先には、負傷した匁とミハイルがいた。

「少し物足りないかも。もっと沢山、踊りたかったな」
 頬を膨らませるザンスカルに、ミハイルが肩をすくめて笑った。
「そいつは失礼。俺もお前の隠し技、ひとつでいいから見たかったぜ」
「ふうん? ……じゃあ今、見せてあげる。きみの命と引き換えにね」
 ザンスカルの壮絶な笑みと同時に、その体を殺気が満たしてゆく。
 空いた左手を胸の谷間へと伸ばした直後、白い何かがミハイルの頭に突き出された。
「――!! ……?」
「ポン、ポン。ウエヘ!」
 ザンスカルは軽やかに笑い、ミハイルの両目を抉る仕草をしてみせた。
 手に持った、ロリポップキャンディで。
「今日の言葉は本気だったね。だからこれで許してあげる」
 ミハイルにキャンディを手渡すと、ザンスカルは匁に笑顔を向けた。
「はい、これ。この前はごちそうさま。そこのお店にあったから、キャンディと一緒に持ってきちゃった」
「ザンちゃん、これ……」
 ふと匁は、受け取ったコーヒー缶の上に何かが乗っていることに気付く。
「それで立て替えておいて。人間のお金、持ってないから。ウエヘ!」
 ザンスカルは笑いながら、イヤーカフを外した左耳を触ってみせた。

「皆、今日は楽しかったよ。それじゃあまたね、ウエヘヒヒー!」
 そう言って再びカーテシーの仕草を取ると、ザンスカルは翅を広げて去っていった。
「じゃあねザンちゃん。絶対約束とはいかないかもだけど、また会いに行くから!」
 ザンスカルの背中が青空に消えるまで、匁は手を振り続けた。


 民間人、全員生還。
 更に組織ケッツァーに関する新情報として、次の2点を入手。

 1.トップの名前は「ベリアル・エル・ヴォスターニャ」である。
 2.ベリアルには夫がいる。また、夫の名前と顔を学園は既に把握している。

 以上をもって、本任務の報告を終えるものとする。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 暁の先へ・狗月 暁良(ja8545)
 一期一会・若松 匁(jb7995)
重体: ラーメン王・佐藤 としお(ja2489)
   <ザンスカルと踊り続けた>という理由により『重体』となる
面白かった!:3人

ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
暁の先へ・
狗月 暁良(ja8545)

卒業 女 阿修羅
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
天使を堕とす救いの魔・
谷崎結唯(jb5786)

大学部8年275組 女 インフィルトレイター
魂に喰らいつく・
後藤知也(jb6379)

大学部8年207組 男 アストラルヴァンガード
優しさに潜む影・
ルティス・バルト(jb7567)

大学部6年118組 男 アストラルヴァンガード
一期一会・
若松 匁(jb7995)

大学部6年7組 女 ダアト
大切な思い出を紡ぐ・
ジョン・ドゥ(jb9083)

卒業 男 陰陽師