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晴れた空、微かな浜風。
種子島宇宙センターにほど近い耕作地の中に、礼野 智美(
ja3600)はいた。
「今日はよろしくお願いします」
農家の人々に挨拶を済ませ、仲間達の人数を確認する智美。
彼女とその仲間達はいま、島の特産品である安納芋の収穫の手伝いに来ている。
参加者は智美を含めて5名。遅れたメンバーはいないようだ。
「すごいね、一面蔓だらけだよ。緑色の絨毯みたい」
畝を覆う葉と蔓を見て、クラリス・プランツ(
jc1378)が驚きの声をあげる。
初めての芋掘りに興味津々といった表情だ。
「どうやって収穫するんだ? やっぱこう、ガガガッ! て引っ張り出すのか?」
そう言って綱引きのジェスチャーをするのは、ユーラン・アキラ(
jb0955)。
本部から走って来たおかげで、身体のエンジンはいい具合に温まっているようだ。
「えーと、まずは蔓をちょきん、って切って、それから掘りだすのぉ」
「お芋は等間隔に植えてありますから、最初に幾つか見つければ、後は楽ですよ」
白野 小梅(
jb4012)とレティシア・シャンテヒルト(
jb6767)が、クラリスとユーランにこっそり耳打ちした。
レティシアは上下ジャージに軍手にスコップ、虫よけアロマと、完全武装での参加である。
「そういえば、収穫に機械は使わないんですか?」
作業開始を待ちながら、智美が農家の人に作業の手順を確認する。
「うちは蔓刈りに使うくらいかな。安納芋は皮が薄いから、ちょっと擦れただけで皮がむけて駄目になるんだ」
「ということは、水で洗ったりも……」
「しないしない。こう、刷毛やスポンジで土を落とすくらいかな」
そう言って、初老の農家の男性は芋の土を払う仕草をした。
「邪魔な蔓を切って除けて、芋を掘って泥を落とす。これが一連の流れだな」
ちょうど男性が説明を終えたところで、撃退士達のスマホが9時を報せた。
「時間みたいだな。じゃあ、今日はよろしく」
「「「よろしくお願いします!」」」
●
同じ頃、中種子本部の教室内にて。
「黒井 明斗(
jb0525)です。今日は本部で残務処理を手伝わせていただきます」
「三連沢 時雨だ、よろしく。今は人手が一人でも欲しいところだ、助かるよ」
明斗の挨拶に、教員の三連沢が笑顔で応じた。
「早速だが、君には職員と共に備品の整理を手伝って欲しい。ついて来てくれ」
時雨の後をついて明斗が廊下に出ると、腕まくりをした職員達があちこちで作業をしていた。
ダンボールや荷物を抱えているところを見ると、恐らくは撤収の作業要員だろう。
「この辺りの部屋は、もう使わないんですか?」
「ああ。先の戦いの終わりを機に、復興支援以外の部署は解体が決まってね。……そういえば黒井君は、この学校にはあまり馴染みがないかな?」
振り返って尋ねた時雨の問いに、明斗は首肯する。
「種子島の依頼には殆ど関わってきませんでした。ですので、巡回は島に思い入れがある方にやっていただいて、僕は本部の仕事をやろうと思いました」
「有難いよ。先生方の殆どは今も外回りで大忙しでね、片付けまでは中々時間を割けずにいたんだ」
それを聞いた時雨が破顔して言う。
「さて着いたぞ、ここだ」
案内された教室に入ると、明斗は室内中央に積まれた荷物にざっと目を通した。
内訳は書類の入ったロッカーに、OA機器と事務用品がダンボールで数箱ずつ。
大したことはないなと明斗は思った。これなら日没までに余裕を持って対応できそうだ。
「まずは廃棄物とリサイクルと残すものを分別して……と」
教室の隅に置かれた新しいダンボール箱を広げながら、明斗は入口の時雨を振り返った。
「先生。書類の整理は職員さんにお願いしても構いませんか?」
「うむ。もうすぐ応援で何人か来るから、分からない事があれば彼らに聞いてくれ」
「了解しました。……では、始めましょうか」
明斗は制服の上着を脱ぐと、ワイシャツの両腕を捲った。
●
一方、本部の正門前では。
「さて、僕はこの島にはほとんど関わって来ませんでしたが、どんな場所なんでしょうねえ」
適当にぶらぶらと回りつつ、どこかで腹ごしらえでもするか……そんなことを考えながら、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は門を出て、中種子の街へと繰り出した。
「ま、のんびりいきましょう。さすがにこの状況で騒ぎを起こすほど、空気の読めない天魔がいるとは思えませんしねえ」
そう独りごちながら、島の中央を走る国道に沿って南へと歩いていると、さっそく食事の店がちらほらと見え始めた。
どうやらこの界隈では、スイーツに力を入れている店が多い様だ。
「パッションフルーツ、アップルマンゴー……せっかくですから、特産品を使った料理をいただくとしましょうか」
今日は島での一日を、思い切り満喫する。そんなことを考えながら、エイルズレトラは暖簾を潜った。
●
「んー、警備ついでに市民ボランティアと参りましょうかァ、なんたって私達は優しい優しい撃退士だからねェ、一応ォ♪」
戦いの爪痕も生々しい南種子の町を、笑顔の黒百合(
ja0422)は軽い足取りで歩いていた。
彼女の手には、普段持ち歩いている武器の代わりに、小さな袋が握られている。
中に入っているのは飴玉だ。黒百合から島の子供達へのプレゼントにと、出発前に買っておいたものである。
(やっぱりィ、こういう時に大事なのは笑顔よねェ)
にこにこと笑みを絶やさず、猫かぶり全開で往来を歩く黒百合。
「フゥーン、フゥーン……フゥン?」
鼻歌を歌いながら、電線にとまった烏の群れに黒百合が笑顔を向ける。
烏達は慌てて飛び去った。何羽かは竦みあがって地面に落ちたようだ。
「フゥーン、フゥーン……フゥン?」
再び鼻歌を歌いながら、道端の黒猫に黒百合が笑みを送る。
黒猫は毛を逆立てて逃げようとして、慌てて鼻先を塀にぶつけた。
「きゃはァ……みんな照れ屋さんねェ」
そうこうしながら街外れを道路沿いにのんびりと歩いていると、公民館と思しき建物の前に人だかりが見えた。その中には、島の警察官と思しき者達の姿も見て取れる。
どうやら市民達は、警察官に何か不満を言っているようだ。誰の顔にも、不満や焦りの色が浮かんでいる。
怪訝に感じた黒百合は、若い巡査の一人に近付いて声をかけた。
「どうしたのかしらァ?」
「あ、撃退士さんですね。お疲れ様です」
黒百合を見た巡査が、敬礼で応じる。
「実は、避難指示が解除された市民の方々が、早く家に帰りたいと言っていまして」
「あらァ、何か帰っちゃダメな理由があるのかしらァ?」
「この先の道路で、横転した車が道を塞いでいるんです。ですが、レッカー車の到着が遅れていて……」
「なるほどねェ。邪魔な車は何台?」
「軽が3台、トラックが1台ほど」
「それをどかせばいいのねェ?」
「え、ええ、まあ」
「分かったわァ。……ちょっと手伝おうかしらァ」
黒百合は傍で心配そうにしている子供達に飴玉を配ると、笑顔で言った。
「少しだけ待っててねェ。舐め終わる頃には、家に帰れるわよォ」
はたしてその言葉通り、3分もしないうちに黒百合は戻ってきた。
「片づけておいたわァ。じゃ、後はよろしくねェ」
そう言って巡査にバトンタッチすると、黒百合は再びパトロールを再開した。
町を一歩出れば、そこはもう人通りの少ない耕作地が続く道だ。
天魔の残党の可能性を考慮し、それとなく周囲に注意を払いつつ歩くも、それらしき気配はない。
視界の先には、地平線と澄んだ青空がどこまでも広がっている。
学園や都市部の見慣れた町並みとは、まるで違う光景だった。
ふと黒百合の脳裏に、島の人々の顔が浮かぶ。
飴玉を渡した子供、帰れると知った大人達、誰の目にも希望の色があった。
島を覆っていた恐怖が消え去り、平和がそれに取って代わろうとしているのを、黒百合は肌で感じていた。
「天魔との戦いが終わったら、どこもこんな風になるのかしらねェ……」
誰に言うともなく、黒百合はぽつりと呟いた。
●
「さて、と」
龍崎海(
ja0565)もまた、本部から借りたバイクに跨り、市内へと繰り出した。
万一、街中に天魔が潜伏していた場合に備え、阻霊符の準備も怠らない。
海が希望したのは、市内のパトロールだった。
ゲートが失われたとはいえ、未だ島の状況は予断を許さないと彼は考えていたのである。
(何かあった時は、いつでも動けるようにしておかなければ)
そう思いながら、道路を走るバイクのアクセルを海が踏み込もうとした、その時――
(……ん?)
彼は視界の端の歩道に、小さな人だかりを認めた。
立っているのはいずれも作業服を着た男達。傍には散乱した建物の瓦礫と共に、搬送用のトラックが停まっている。
(事故かな)
海は道端にバイクを停め、人だかりへと駆け寄った。
「どうしました?」
「ああ……仲間が作業中に怪我をしてね」
そう言って作業員の一人が、足を抱えてうずくまる男性を指さした。
男性の命に別状はなさそうだが、額には大粒の脂汗を浮かべている。
海は作業員に学生証を提示すると、男性の傍へと駆け寄った。
「すみません、通してください。久遠ヶ原の医学生です」
「う……」
「そのまま楽な姿勢で。ここ、痛みますか? ここは?」
「い、痛い!!」
「肉離れですね。いま治療します」
海が患部にライトヒールを施すと、次第に男性の顔から苦痛が引いていった。
「……これでよし。応急処置は済ませましたので、念のため病院で診てもらって下さい」
「すまんな撃退士さん、助かったよ」
感謝の言葉を送る作業員の表情が、ふいに曇った。
「これじゃ今日の作業は無理だな。今はどこの現場も人手が少ないし……」
「それなら手伝いますよ。大丈夫、このくらいならすぐ終わります」
数刻後、海の助力により瓦礫は綺麗に撤去された。
「いや助かった。有難う」
「気になさらないでください。これも任務のうちです」
土埃で汚れた顔をタオルで拭いながら、海はその場を後にした。
その後も海は午前中いっぱいかけて探索を続けたが、幸いにして天魔に遭遇することはなかった。
(とりあえず、人通りのある場所は安全と考えてよさそうだ)
ひとしきり街中を巡回すると、海は営業中のレストランへと向かうことにした。
時刻はまもなく正午になる。腹が減っては何とやら、午後の任務に備えて食事はしっかり取っておきたかった。
「折角なので、現地の名物でも食べてみたいが」
海はナビを操作し、最寄りの店へとバイクを走らせた。
●
「うんしょ、うんしょ」
小梅がぴょこんと飛び出た芋の根元を両手でつかみ、体重を預けて引っぱると、それにつられて足元から芋がぽんぽんと飛び出た。勢い余って尻餅をつくも、すぐに起き上がって掘り出された芋を手繰り寄せる小梅。
泥だらけになるのも構わず握った蔓を手繰り寄せると、薄紅色の芋がごろごろとついてくる。
「ふわぁ、おいしそう」
傷がつかないよう丁寧に泥を払いのけ、芋を籠に入れていく小梅。
その隣ではレティシアも、蔓を手に目を輝かせていた。
「聞こえる、お芋の呼び声が……」
周りの土をスコップで取り除き、ゆっくり丁寧に蔓を引っ張っていく。
芋の細い根が土から引きはがされるブツブツという感触が、蔓を通してレティシアの手に伝わってきた。
「抜ける、抜ける……ひとつ、ふたつ……」
次々と地上に姿を現す芋を見て、にんまりと笑みを浮かべるレティシア。
「いつつ、むっつ……やったー!」
歓声をあげるレティシアに、刈り取った蔓を運ぶ農家の男性が声をかけた。
「お嬢さん、ずいぶん筋がいいねえ」
「ありがとうございます。実は私、去年も収穫を手伝ったことがあるんです」
「そうだったのかい。道理で」
そこへ、横で作業をしていたクラリスが、二人の会話に入って来た。
「すみません、おじさん。途中でお芋の蔓が切れちゃったんですけど」
「ああ、そういう時は……」
蔓を片付けた男性がクラリスの畝を手で軽く崩すと、蔓の切れた芋の頭が現れた。
「これを手で丁寧に取り出すといい」
「はーい、ありがとうございます。お芋は傷つけないようにしなくちゃね」
笑顔でお礼を言い、顔を出した芋をそっと取り出すクラリス。
一方智美は、先ほどから農家の人達が畑の脇に除けた「あるもの」に目が行っているようだった。
「それにしても、ずいぶん蔓が多いですね。……戦いの影響で?」
「ああ。ちょうど草刈りや蔓返しの時期にサーバントが襲撃してきたからね」
「やはりそうでしたか……」
沈んだ表情の智美に、クラリスが首を傾げる。
「つる……がえし?」
「芋の伸びた蔓を畝に戻す作業のことだ。これを怠ると蔓があちこちに伸びて、芋が痩せてしまうんだ」
智美の言葉に、農家の男性が相槌を打つ。
「根っこ以外の茎や葉に養分が回ってしまうのさ。そっちの撃退士さんは、サツマイモの産地の出身なのかい?」
「ええ。地元が主産業農業なので、収穫時には猫の手も借りたいほど忙しいのはよく分かります」
「そうだったか。それはありがとう」
男性は笑顔になると、改めてふたりに頭を下げた。
「避難してる時も、うちの可愛い芋達が毎日気がかりだった。時間を見ては草を刈って、蔓をまとめて……それが今、こうして無事に人様の食卓に届けられるようになった。撃退士の皆さんには、本当に感謝しているよ」
「ようやく戦いは終わったけど……復興にはまだまだ時間かかるよね」
ぽつりとつぶやくクラリスに、男性は胸を張って応えた。
「大丈夫。もう天魔はいないからな、次はもっといいものができるさ。ぜひ来年も、島の芋を味わいに来てくれ」
「は〜い♪」
「ところで、ひとつ相談が……もしよろしければ、芋の蔓を少しいただけませんか?」
智美の申し出に、男性は微笑んだ。どうやら何に使うのか察してくれたらしい。
「ああいいとも。好きなだけ持って行ってくれ」
それからしばらくして、収穫の作業は終了した。
「本当にありがとう、撃退士さん。良かったら近所の小学校に寄って行かないかね。ちょうどいま、収穫の祭りをやってるところだ。芋を持って行けば焼いて食べられるぞ」
作業のお礼にと受け取った芋を手に、撃退士達は歓声をあげた。
「スイートポテトに〜炊き込みご飯に〜蒸しパン、スープ、ケーキにスコーン〜♪」
仕事を終えたユーランは、先ほどから料理を歌詞に即興の歌を口ずさんでいた。
採れたての食材を見て、作る料理のイメージが次々と浮かんできたらしい。
「どれも美味しそうだ。俺のクッキング・イマジネーションが刺激されるな」
包丁を握るのが待ち遠しいといった表情で、梱包した箱を担ぎ上げ、軽快なステップでトラックへと積み込んでゆく。
作業を終えた撃退士達は一路、小学校へと向かった。
●
その頃、宇宙センター付近の詰所内では。
「お疲れ様です。それにお久しぶり,ですね,睦美さん」
「こっちこそ久しぶり。今日は任務で来たのかい?」
川澄文歌(
jb7507)の顔を見た睦美は突然の訪問者に驚きつつも、すぐに相好を崩した。
「はい。三連沢先生の依頼で……これ,どうぞ。紅茶です。こっちは,皆さんからのお土産とお手紙です」
「皆からも? やれやれ、何もかもお見通しか」
睦美は文歌に礼を言い、受け取った手紙を苦笑しつつ読み始めた。
口ではしきりに差出人――かつての仲間達にあれこれと悪態をつきつつも、目は嬉しそうに笑っている。
(やっぱり睦美さん,寂しかったのでしょうか)
かつて敵として戦ったヴァニタスの少女の笑顔を見ながら、文歌はそんなことを考えた。
「睦美さん。折角ですから,一緒に外に行きませんか?」
二人で外を巡回してくると言って詰所の職員に話を通すと、文歌は睦美と外に出た。
しばらく取り留めのない話をしながら島の中を二人で歩いていると、文歌は話を切り出した。
「睦美さん。私達が,大型兵器の動きを止める為に四国のメイド悪魔さんと共闘した事って知ってます?」
「ああ。大公爵メフィストフェレス直属の連中だろ? 種子島に来たっていうのは、話でしか知らなかったけど……」
「そうです。私はその方と縁があり友達になって,今回は一緒に戦ったんですよ」
それから文歌は、これまで彼女が関わってきた者達のことを話した。
四国のメイド悪魔のこと、学園に保護されたシュトラッサーの教師のこと……。
「私はつくづく敵対していた方と仲良くなる運命みたいです。もちろん私自身が強く望んでいることでもあるんですけど」
「敵だった連中と仲良く、か……魔界にいた頃の私が聞けば、鼻で笑ってお終いだったろうね。バカバカしいって」
「今は,そう思わないんですか?」
少し間を置いて、睦美は小さく、しかしはっきりと頷いた。
「ああ、思わない」
それを聞いた文歌は、睦美の顔を見た。本心を言っていると直感で分かった。
「理由……もし良ければ,聞かせてもらえませんか?」
「あんたという撃退士に出会ったから、かな」
「私に,ですか?」
「うん。まあね……」
睦美は少しの間口ごもっていたが、決心したように話を切り出した。
「あんた達が敵だった私達を信じてくれて、体を張って戦いをおさめるのを見てさ。私、その……カッコイイなって思ってたんだよ。最初は、自分でも気づいてなかったけど」
「カッコイイ……ですか」
「うん。たとえ敵でも苦しんでいる相手には分け隔てなく、納得いかない相手はどんなに強くても一歩も引かず、相手と手を取り合って戦いを終わらせることを考える。そんな奴、私は魔界で一人も見なかったからね。あんたと仲良くなった他の連中も、きっとあんたのそんな所に惹かれたんじゃないかな」
少なくとも私はそうだな、と付け加えて、睦美は照れ臭そうに頬をかいた。
「よし! お昼だし、ご飯にするか。この前、教官に連れて行ってもらった店が凄く美味しかったんだ。行ってみないか?」
「本当ですか? 行きます♪」
すぐに気を取り直し、話題を変えるように両手を打ち鳴らす睦美。
文歌は微笑むと、そんな彼女にそっと言い添えた。
「忘れないで下さいね,睦美さん。リロさんや涼子先生だけじゃない,あなたも私の大事な友達だって」
「ありがとう、川澄。あんたと話したら、元気が出てきたよ」
こうしてふたりは、笑いながら町へと歩いていった。
●
一方その頃、黄昏ひりょ(
jb3452)は島の南で市民の作業を手伝っていた。
「あの戦いから、ひと月か……」
ひりょがいま立っているのは、島の南東に位置する民家跡の一角である。
彼はパトロールの最中にたまたま民家の瓦礫を撤去している人々を見かけ、力添えを申し出たのだった。
「まずは、周りの瓦礫をどかさないとな」
民家は家の上半分が丸ごと削り取られ、コンクリートからは鉄骨が露出していた。
中にはかなり巨大な塊もあったが、撃退士ならばこの程度は苦にもならない。
V兵器で砕いたコンクリートを、有志の市民――島の男達とともに運送用のトラックへと積み込むひりょ。
「撃退士さん、あんまり無茶せんでいいよ。あんた、見たところ病み上がりだろう?」
男の一人が、ひりょに言った。
実際ひりょは先の戦いで重体となり、少し前まで安静を要する身だったのだ。
「ひょっとして、ゲートの戦いで怪我したのかい?」
「撃退士さんに大怪我負わせるなんて、ひょっとして天使と戦ったとか?」
「ええ、実は……」
口々に飛んでくる質問に対して、あえて隠す事でもないと思い、ありのままを話すひりょ。
すると、その場にいた男達が一層ひりょに注目した。
「あんたが? 仲間達と?」
「そ、それで天使の奴は!?」
「天使ですか。……一発、叩き込んでやりました。思いっきり」
ひりょは戦いを好む性格ではない。故に、彼が自分から戦いの話をすることは稀だ。
だがひりょは、先の戦いに参加した者として、この話を彼らに伝える義務があると思った。
「入れたのは一発だけです。でも俺は、傷つけられた仲間や友達の想いも、島に住む人達の想いも、全部を込めました。俺だけじゃない、あの場にいた他の仲間達もそうだったと思います」
「そうだったのか。まさかあんた、怪我はその時に?」
「……はい、そうです」
「そうか」
男性の一人が言葉少なに、ひりょの背中を叩いた。
ある者は無言で手を握り、ある者は肩を叩いた。
「ありがとよ、撃退士さん」
男達が、口々に笑顔でひりょに礼を言う。
ひりょも笑った。彼が守りたかったもの――人々の笑顔を、守れたのだから。
それからしばらくして、ひりょは島内のパトロールを再開した。
島の南、国道の坂を上っていくと、視界の先に種子島宇宙センターが見えてくる。
宇宙センターの発射台傍には、コアを破壊されたゲートが今もはっきりと見えた。
「ふうっ」
道端の土手に腰かけて、ひりょは持ってきた水を一息で飲み干した。
先の戦いでは深くない傷を負ったが、それもようやく癒えてきたようだ。
(こういう時間も必要とわかってはいるけど、こうして意識しないと、なかなか取れないんだよな)
身体を伸ばし、のんびりと土手に体を横たえるひりょ。
遠くから聞こえてくる波の音と、秋の穏やかな陽光を浴び、ひりょは心地よい微睡みに包まれていった。
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「なるほど。ここの品も、なかなか」
ひとしきり町中を回ったエイルズレトラが次の店で注文したのは、アップルマンゴーを使ったレアケーキだった。
ケーキに舌鼓を打つ傍ら、店のテレビでは島のローカル局の生中継を放映している。場所はおそらく島の役所だろう。戦いの終わりを知った人々が、詳しい話を聞きたいと詰めかけていた。
「……おや?」
そこでふと、エイルズレトラはテレビを注視する。
ブラウン管の中に、同じ依頼を受けた仲間の顔があったからだ。
●
ミハイル・エッカート(
jb0544)が受けたのは、役所でのインタビューである。
彼が向かった先は、どこも天魔との戦いの終結を知った市民や報道陣が詰め掛けていた。
「おお!? まるでスターになった気分だ」
冗談めかして笑うミハイルに小学生と思しき子供が寄ってきて、さっそく話をせがんだ。
「撃退士さん、天魔と戦った時の話が聞きたい!」
「分かった。もっとも、俺は少々手伝った程度だからたいした話はできないぞ」
ミハイルは咳払いをして襟を正すと、天魔との戦いの話を始めた。
小学生に加え、周囲も興味津々といった様子だ。
「あの戦いで、天使はゲートの傍に用意した砲台を使って、周囲を焼き払おうとしていた。
天使の危険なオモチャを破壊しようとする俺達と、それを阻止しようとするサーバント達。
戦いの舞台は宇宙センターのロケット発射台だ。それは苛烈な戦いだったぞ」
天界ゲートを巡る戦いでの立ち回りを――無論、民間人に話せる範囲で――ミハイルは解説する。
「敵は沢山の空飛ぶ鎧、そして2匹のドラゴンだ。俺の役割は奴らを相手に正面から陽動を仕掛けることだった」
「そのドラゴン、やっつけたの?」
「もちろんだとも。こうやって……」
ミハイルは役場の職員に紙とペンを借りて、戦いの様子を絵に描いた。
イラストのミハイルの周りには、スナイパーライフルにショットガンに自動拳銃といった彼の魔具が無数に浮かんでいて、銃口から銃弾が一斉に発射されている。
弾を食らったドラゴンにフキダシをつけて、「ギャー」と悲鳴をいれて出来上がりだ。
「残念ながら実演はできないな。この役所が崩壊するぞ」
「そっか……じゃあ、何か他の技見せて! 凄いやつ!」
「いいだろう。危ないから離れていろ」
ミハイルはスーツの胸ポケットから華麗な仕草で紙ナプキンを取り出すと、丸めた先端に炎焼で着火してみせた。
「すげー!」
「ははは。まあ、宴会芸程度だがな」
「すみません。少し、いいですか?」
火を一息で吹き消し、ミハイルが燃え殻を処分していると、別の男性が質問をしてきた。服装はカジュアルな出で立ちだが、雰囲気や言葉遣いに隙がない。恐らく、どこかの記者だろうとミハイルは思った。
「種子島で記者をやっている者です。2、3ほど質問よろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
記者から名刺を受け取ると、ミハイルは快く応じた。
「種子島での人類の勝利について、どうお考えですか?」
「そうだな。天魔の方から非戦闘区宣言がなされたのは、意味があることなんじゃないか。これが今後どう影響していくのかは、一撃退士である俺にはわからないけどな」
ミハイルは営業スマイルを浮かべて応じた。
「学園生は俺みたいな大人もいるが、子供の方が多い。皆俺より強い。未来ある子供が武器を持って命がけで戦っている。だが、人知を超えた力を操っても彼らは子供だ。彼らのためにも、早く戦いが終わってほしいと願うよ」
戦場で子供が傷つくのは、見ていて気分のいいものではないしな――
そう言ってミハイルは、記者との会話を終えた。
●
教室での作業がちょうど一段落したところへ、明斗がお茶を運んできた。
「一旦休憩しましょう。ぶっ続けは効率が悪いですよ」
「いただきます。……おお、うまい」
湯呑みに急須でお茶を注ぎながら、職員達にお茶を配っていく明斗。
お茶をひと口すすり、時雨が微笑んだ。他の職員達も心底くつろいだ表情だ。
「この分なら、思ったより早く片付きそうですね」
自分の分を湯飲みに注ぎながら、明斗が言う。
後は不要な物をまとめた箱を、外にある搬出スペースに運び出すだけだ。
途中から時雨も作業に加わったおかげで、作業は思ったより早く進んでいた。
「そういえば先生。あれから天魔が市民を襲撃するようなことは?」
「報告はない。あくまで今のところは、だがな」
「そうですか。天魔に脅かされない、平和な日々……いつか本土でも見たいですね」
淹れたての日本茶をすすりながら、窓の外を見上げる明斗。
そこには、種子島の雲ひとつない秋空が広がっていた。
●
芋の収穫を終えた撃退士達は、収穫祭を行っている近所の小学校へと向かった。
仮設の調理上を借りると、集まっていた小学生達にユーランとレティシアがリクエストを募る。
「よーしチビども、何が食べたい!?」
「私はスコーンがいい!」
「スコーンだな! 待ってろ、今作ってやる!」
「僕はポタージュ!」
「それなら、ポタージュは私が作りますね」
ふたりは子供達に笑顔を送ると、さっそく下ごしらえを始めた。まずは芋の皮むきからだ。
「ボクも手伝うのぉ」
そう言って、小梅も皮むきの作業に加わる。
「私は何を作ろうかな。スィートポテトにグラタンに……」
ラインナップを考えつつ、食器や調味料を用意していくのはクラリスだ。
その横では、智美が芋の茎を手でちぎり、皮をむいた茎を水に晒していた。
クラリスはそれを横目で見て、怪訝そうな顔で尋ねる。
「それ、食べるの?」
「もちろん」
大鍋一杯分はありそうな量の茎の皮を、慣れた手つきでむきながら智美は言った。
「……美味しいの?」
「歯ごたえはいい。味は少し、慣れが必要かもしれないな」
会話の最中も休むことなく、智美は手折った茎を処理していく。
「芋の茎はとても栄養素が豊富なんだが、そのままでは食べられないんだ。だからこうして水に晒した後、サラダや煮物の材料にする。芋だけだと栄養が偏りがちだからな」
「そうなんだ。でも私、お芋の茎なんてお店で見た事ないよ」
「処理に手間がかかるからな。よほどの店でなければ扱わない。でも、俺や家族にとってはごちそうだ」
「へえ〜。色んな食べ方があるんだね」
クラリスは三日月の形をした芋の茎をまじまじと見つめた。
しばらくして、撃退士達の料理は完成した。
「こっちがスィートポテト。こっちがサツマイモグラタン。大学芋も作ったから食べてみて!」
「よーしチビども、スコーンが出来たぞ!」
「ポタージュも出来ましたよ。器も用意しましたから、順番に並んで下さいね」
クラリスは招いた農家の人達に、レティシアやユーランは小学校の子供達に、それぞれ料理を振舞う。
「これもどーぞぉ」
料理を味わう人々に、小梅が焼いた芋を差し出した。まさに芋尽くしといった風情だ。
「折角だから、俺達もいただくとするか」
集まった人々に料理が行き渡ったのを確かめると、ユーランは焼きあがったスコーンを頬張った。
「うまい!」
「それじゃあ私も」
サムズアップするユーランの隣で、クラリスもスィートポテトを口に運ぶ。
「おいしいねぇ。おあじはどう?」
「おっ……美味しい……!」
クラリスは思わず目を潤ませた。
自分で収穫し、自分で調理した料理だけに、美味しさもひとしおだ。
「こうしていると、本当に平和が来たと実感できますね……」
「そうだね。天魔に怯える日々もお終いだよ」
子供達が料理を美味しそうに食べているのを見ながら、レティシアが感慨深そうに呟く。
クラリスもその言葉に頷いていると、農家の人達がお礼を言いに来た。
「大学芋、美味しかったよ。ごちそうさま」
「よかった。復興は大変だろうけど、いつでも手伝いに来るよ」
「ありがとう。来年も、美味しい芋を食べに来てくれ」
「うん。……天魔に怯える日々はもうお終い。これからはもっと、楽しいことが増えるよ」
そう言って、クラリスは皆の手を握った。誰の手も暖かかった。
●
それから5人は小学校を後にして、本部へと帰還した。
バスにゆられながら地平線を眺めるクラリスは、初任務の時に浜辺で見た夕日もこんな色だったと思った。
――もう、島が天魔に荒らされることはない。
――島の人達も、怯えながら生活しなくていいんだ。
シートに背を預け、目を閉じるクラリスの心は穏やかだった。
島の人達にも、戦いに関わった皆にも、いい未来が待っていてほしいと思った。
長い戦いが、やっと終わったのだから。
5人を乗せたバスは、一路本部へと向かっていった。
(クラウドゲームス監修)