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7人が到着した浜辺には、すでに敵が待ち構えていた。
「なるほど、あれが新型か」
学園が「大叉嘴:弐型」と呼称する3体のディアボロを見て、レイ・フェリウス(
jb3036)がつぶやく。
(作戦通りにいけば、弐型は大丈夫かな。それより、気になるのは……)
そう思ってレイが視線を送ったのは、弐型の後方にたたずむ人影だった。
「あれが敵の司令官ですか」
ツヴァイハンダーを構えるネイ・イスファル(
jb6321)の目も、その人影――女悪魔の姿を捉えていた。
朱色の肌に、黒い髪。サメを思わせる翠色の目。手に携えるのは、錨を象った巨大な戦鎚だ。
学園の情報では、ディアボロの主である可能性が高いという。
「なんにせよ、騒ぎを起こすようであれば、容赦なく」
アウルを纏ったファリス・メイヤー(
ja8033)がランタンシールドを構える。
「討たせていただきます。この力の及ぶ限り」
「みんな、気をつけよう! 固まらず、離れず、だよ!」
鳳凰を召喚したファラ・エルフィリア(
jb3154)が、仲間たちに声をかけた。
「さぁ一緒に頑張るのだ!」
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最初に動いたのは、柊 悠(
jb0830)とリーア・ヴァトレン(
jb0783)だった。
ふたり揃って召喚したストレイシオンを、それぞれ左右の弐型に差し向ける。
少し遅れてネイが続き、残る中央の弐型へと走った。
まずは弐型のターゲットを悠、リーア、ネイに絞らせ、敵をバラバラに引き離す。
その後3人が注意を引き続け、釣った敵を各個撃破。これが撃退士達の作戦だった。
ストレイシオンと共に、弐型へと走る悠。
と、ふいに両端の弐型が中央へと移動した。3体ひと組で行動するつもりのようだ。
「これでどう!?」
リーアのストレイシオンが右端の弐型を威嚇するも、敵の動きに変化はない。
悠もトリックスターを駆使し、左端の弐型に召喚獣で体当たりを敢行する。
敵はこれを大剣でガード。命中こそしたものの、誘いに乗った様子はない。
(注目は……通じませんか)
同じく閃滅をガードされたネイが、事前情報の一文を思い出し、内心で舌打ちした。
――敵は魔法防御と特殊抵抗に優れる個体と推定される。注意されたし。
撃退士の作戦は、弐型が3人に誘い出され、戦力を分散させることを前提としたものだ。
しかし、敵は初手から撃退士達の読みに反する行動を取ってきた。
挑発が通じず、単独でも動かずとなれば――戦法を変更せざるを得ない。
攻撃のために先行した悠の召喚獣に、2体の弐型から石走が浴びせられた。
「あ……危ない! 戻って、ストレイシオン!」
苦しげな主の言葉に応じ、召喚獣が後方へ退がる。すかさずそこへ、残る1体が水檻を放った。
たちまちドームが盛り上がり、悠とストレイシオン、ネイと鳳凰が囚われる。
負傷した仲間を助けるべく、撃退士たちがドームへと向かった。
弐型たちも負傷した悠を虎視眈々と狙いながら、撃退士たちの反対側に陣取る。
場に漂う一触即発の空気。
それを後方で見物する朱叉嘴にむかって、ジーナ・アンドレーエフ(
ja7885)が問いかけた。
「どうやら、あんたが司令官のようだねぇ……隙の無い佇まいといい、随分と強そうだ。今日は部下の腕試しかい?」
無言の朱叉嘴に向かって、ジーナはさらに続ける。
「一応我々も傭兵のはしくれだ。あんたの部下をあたしらが倒せたなら、ご褒美にちょいと手合せを願っても構わないかねぇ……? 敵うとまでは思わないが、あんたのような相手を前にすると腕が疼くんでね。その強さ、見せておくれよ」
「……ふふふ。それはあんた達次第だねえ」
朱叉嘴の言葉に、ジーナが問い返した。
「どういうことだい?」
「変な後腐れは残したくないってことさ。撃退士サマを傷物にして学園から睨まれるのも面倒だしねえ」
目を細めた朱叉嘴が、くつくつと含み笑いを漏らす。
「まずは前座どもを片付けるんだね。それで立ってられたら、受けてやるよ」
それだけ言うと、朱叉嘴は観戦の体勢に戻った。加勢する気はないらしい。
「……上等じゃないか。その言葉、忘れるんじゃないよ」
静かな熱を帯びた声で、ジーナが返した。
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「そういうことなら話は早い。さっさと終わりにしようか」
ドームが消えると同時に、セプテントリオを構えたレイが、弐型の一体へと跳躍。
弐型の側面から、ヘルゴートで強化されたランカーを放つ。
だが、弐型はそれを大剣でガード。ダメージは与えたものの、致命傷には程遠い。
(受けた!?)
敵の動きに、レイは舌を巻く。頭の両脇に位置する弐型の魚眼は、側面の攻撃にも対応できるようだ。
3体の弐型が、大剣を構えて動いた。悠を標的に、立て続けに大剣を薙ぎ払う。
ストレイシオンによる防御力増加効果も空しく、負傷した悠が気絶。ストレイシオンも消滅した。
「今助けます!」
「……やってくれるねぇ」
駆け寄ったファリスとジーナのヒールによって、悠が意識を取り戻す。
重体こそ避けられたものの、まだ傷口は塞がっていない。
「くらいなさーい!」
そこへ鳳凰の爪とリーアのトリックスターが、側面と背後から連続で撃ち込まれる。狙うはレイが攻撃した弐型だ。
命中。敵の動きが少し鈍くなってきた。ダメージが蓄積されているようだ。
そこへ、弐型の1体が石走をファリスへ放った。
「させません」
すかさずランタンシールドで受けるファリス。彼女の盾とアウルの鎧が、ダメージを軽微にとどめる。
だが、敵は追撃の手を緩めない。次なる1体が、ファリスの傍に立つリーア目がけて石走を放った。
「うぐ……」
スタンに倒れるリーア。すぐさまジーナが駆け寄り、クリアランスでこれを治す。
(まずいね。防戦一方だ)
3体目の弐型が、再度水檻を発射。
レイとネイ、リーアのストレイシオンをドームに取り込んだ。
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一方、朱叉嘴は撃退士の戦いを見て確信した。
(連中は、弐型の弱点に気付いていない)
中近距離は弐型が最も得意とする間合い。
石走でスタンさせ、そこへ追撃の薙ぎ払いを仲間たちが叩きこむのが基本スタイルだ。
そんな弐型の弱点とはいったい何か?
それは「周囲を敵に固められること」だ。
四方を囲まれた状態では、弐型の攻撃手段は大幅に限られてくる。
連携の起点である石走は射程外で使えない。薙ぎ払いによる巻き込みもまず不可能。
水檻を駆使しても、初期型と違って墨で視界を奪うことも出来ず、死角からの攻撃を避ける術もない。
朱叉嘴が最も恐れていたのは、撃退士が序盤から猛攻に出ること。
すなわち、弐型の1体を取り囲まれて瞬殺されることだった。
いくら弐型といえど、2対10では勝ち目はない。数の暴力の前に圧殺される。
幸いというべきか、朱叉嘴の心配は杞憂に終わり、状況は弐型優勢へと傾きつつある。
だが、まだ勝敗が決したわけではない……朱叉嘴はそう考えていた。
相手はあのシマイを下した奴らなのだ。このまま大人しく敗北など、してはくれまい。
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(しまった……!)
水檻の中で、レイが歯噛みした。
敵は先ほどから、自分とネイを視界から離さないよう立ち回っている。
ひと通りこちらと刃を交えたことで、脅威となるアタッカーに目星をつけたのだろう。
(オンスロート……駄目だ。味方を巻き込んでしまう)
攻撃を躊躇するレイの眼前で、復帰したリーアがバビエカレインズの一撃を負傷した弐型に放つ。
「ちょーしに……乗るなー!」
命中した弐型の動きが、さらに鈍くなった。ダメージは確実に入っている。
だがそこへ、ふたたび敵の追撃が浴びせられた。石走が命中し、意識が飛んだファリスの体がぐらりと傾ぐ。
「ファリス!!」
地に倒れ伏したファリスに、クリアランスを施そうと駆け寄るジーナ。治癒膏を手にファラも続いた。
回復役のファリスがここで倒れれば、こちらの劣勢は覆せないものとなる。
「しっかりおしよ!」
治療を受けたファリスは、ふらつきつつも立ち上がった。
そこへ、待っていたとばかりに2体の弐型が跳躍する。
敵はいずれも大剣を振りかぶっていた。薙ぎ払いを2連撃で繰り出す気だ。
「落ちなさい!」
悠が傷口を押さえて進み出ると、先頭の1体に最後のトリックスターを放った。
命中。だが、攻撃力の低い悠の一撃は、敵の足を止めるには至らない。
弐型の大剣が、次々と薙ぎ払われた。
一撃目。巻き込まれたファラが負傷し、ガードを突き破られたファリスは気絶して再び倒れた。
二撃目。大剣が3人の生命力をさらに容赦なく削り取る。
(まずい、このままじゃ……!)
運よく敵の攻撃を逃れたジーナの体が考えるより先に動き、ファリスに最後のヒールを施した。
ファラとて傷は浅くないが、ファリスのそれは命にかかわる。
そこへ弐型3体が、さらなる猛攻を怒涛のように浴びせかけた。
ファラとファリスめがけ、1体が再び大剣を振りかぶる。
とどめとばかりに剣が振り下ろされようとした、その時。
「あぶ……ない……」
最後の気力を振り絞り、ジーナが立った。ファラを全力で突き飛ばし、薙ぎ払いの射程から叩き出す。
斬撃が一閃、振るわれる。ファリスの体から力が抜け、その身を覆うアウルの光が霧散した。
「こいつ……よくもぉー!」
返す刃で、ファラが吸魂符を放つ。狙うは手負いの1体だ。
命中。そこへ再び、リーアが鞭の追撃を加える。
集中砲火を浴びた1体は、体中に傷を負っていた。あと一回、有効打が決まれば落とせそうだ。
(もう少し……もう少し!)
だが、ファリスが倒れた事を確認した2体の弐型は、その標的をファラへと変えた。
石走が命中。ファラが膝をついた。そこへさらに、大剣が振り下ろされる。
「ぐ……」
ファラが倒れた。
「そんな……」
倒れたファリスを見て、傷口を押さえながら呆然と呟く悠。その背後でドームが崩れた。
武器を手にした仲間達が、弐型へと殺到した。
●
「そこまでです!」
ネイのアイスウィップをガードする瀕死の弐型の背後から、
「おしまいだ。消えてもらうよ」
ヘルゴートで強化されたレイのランカーが放たれ、敵を粉砕した。
仲間が死んでもなお、残った2体は動じる気配もなく戦いを続行した。
先頭を走る弐型が、悠のストレイシオンめがけて石走を飛ばす。
ストレイシオンは消滅し、同時に悠も崩れ落ちた。
残る弐型はジーナとリーアを水檻に捕え、残る1体とともに悠のもとへと走る。とどめを刺す気だ。
「残念だけど、死ぬのはきみたちの方だ」
レイの放つオンスロートが、2体の弐型へ放たれる。
火力に優れるレイの一撃が、弐型の体力を大きく削り取った。
だが、なおも敵の足は止まらない。
ふらつく足で立ち上がる悠に、石走と薙ぎ払いが立て続けに繰り出され――悠が倒れた。
「いーかげん、落ちなさいよ!」
悠に石走を放った弐型めがけ、リーアのトリックスターによる体当たりが放たれる。
背後からの直撃を受け、よろめく弐型。そこへレイのセプテントリオが振り下ろされ、2体目の体を両断した。
残る敵は1体。既に戦況は完全に撃退士有利へと傾いていた。
石走でレイをスタンさせた最後の弐型も、リーアのボルケーノとネイの閃滅を食らい、そこへ目を覚ましたレイのオンスロートをとどめに食らい、ようやく戦いは決着をみた。
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「レイさん、リーアさん。3人を頼みます」
「わかった。私の分も任せたよ」
「無茶はだめだからね!」
ネイの言葉に頷くと、レイとリーアは傷を押さえながら、重傷を負った仲間を連れて後ろへと下がった。
(……すまないねぇ)
それを見送るジーナが、内心で詫びる。
彼女の視線の先には、赤いパトランプの車輛が見えた。星野が手配した応援部隊だ。
本来ならばレイたちの傷を癒し、皆で手合わせに臨みたかったが、そこまでの時間の猶予はなさそうだった。
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「新手かい……あと10秒ってところかねえ。ま、それだけあれば十分だ」
「ずいぶんと余裕だねぇ。司令官さまは」
「見くびらないでもらいましょうか」
戦鎚を手にした朱叉嘴が歩を進め、ジーナとネイの間合いへと近づく。
ジーナとネイもまた、朱叉嘴の間合いへとにじり寄った。
張り詰めた緊張感が場を支配する。
浜辺の波の音も、応援を指揮する星野の声も、3人の耳には届かない。
二の矢を番える時間はない。こちらにも、向こうにも。
どちらかが仕掛け、どちらかが受ける。それで終わり――
そう、ジーナが思った矢先だった。
「ひとつ、はっきりさせておこうかねえ」
ふいに朱叉嘴が口を開いた。構えた戦鎚が、唸りをあげて今にも襲いかかってきそうだ。
「あんた達は傭兵で、これは喧嘩だ。そうだね?」
「ああ。そうさ」
朱叉嘴の問いに、アズラエルアクスを担いだジーナが応える。
「なら、私も傭兵として喧嘩に応じる。それで構わないね?」
「元より、こちらもそのつもりです」
朱叉嘴の問いに、ネイが頷く。手にする大剣の刀身が、輝きを増した。
「そうかい。なら結構だ」
言い終えた直後、朱叉嘴の姿が忽然と消えた。
(いない!?)
そう思った直後、朱叉嘴がジーナとネイの背後から現れた。
瞬間移動? いや違う。これは――
「物質透過――!!」
「ご名答」
大震動とともに砂柱が立ち、ふたりの体が宙を舞った。
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(奴らは、阻霊符を持っていない)
朱叉嘴がそれを悟ったのは、戦いが終盤に入る少し前のことだ。
撃退士の中に同族がいると知ったとき、彼らは物質透過で弐型を奇襲する気だろうと朱叉嘴は思った。
撃退士は過去にその戦法で初期型を破っている。砂浜に阻霊術が施されていないのも、そのためだろうと。
だが。
青髪の少女が倒れ、金髪の同族が倒れても、彼らは阻霊術を用いずに戦い続けた。
同族の撃退士たちも、透過する気配をまったく見せない。
そうこうするうち、また1人倒れた。
ここに至り、朱叉嘴は確信する。
撃退士は祖霊術を使わないのではない、使えないのだと。
すなわち、阻霊符を持っていないのだと――
――やれやれ。元より喧嘩だ、手加減してやるか。
朱叉嘴は戦鎚を振り下ろした。
●
「さて、時間だ。帰らせてもらうよ」
「……お待ち……」
「なんだい?」
肩についた砂を払いのけ、踵を返す朱叉嘴を、地に伏したジーナが呼び止めた。
「ジーナ・アンドレーエフ。……まだ、あんたの名を聞いてない」
「私の名?」
ジーナの言葉に、朱叉嘴が肩をすくめる。
「聞いてどうするんだい? ラブレターでもくれるのかい?」
「名無し相手に……借りは返せないからねぇ」
「へえ、そりゃ楽しみだねえ」
朱叉嘴は肩を揺さぶって笑った。
「武力階級第8位。魚人の悪魔、朱叉嘴さ」
それだけ言うと、朱叉嘴は海の中へと去っていった。
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「至りませんでしたね」
「ああ。そうだねぇ……」
敵の名前を脳裏に刻みながら、ネイの傷をライトヒールで癒すジーナ。
ふと見ると、浜の向こうから救急箱を抱えた星野が走ってくるのが見えた。