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マスター:Barracuda
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/07/10


みんなの思い出



オープニング


 久遠ヶ原への入学を望む女子中学生の悪魔、大江芙紗子。
 だが、そんな彼女の意思を、父親の橘之助は「学園は信用できない」の一点張りで拒んでいた。
 いったい、橘之助の学園不信の理由は何処にあるのだろうか?

 撃退士達の調査の結果、ことの発端は3年前、「大江事件」と呼ばれる事件にあったことが判明した。
 任務中の撃退士が京都の山中――大江家の敷地内に迷い込み、そこで偶然ゲートを発見したのである。
 その後の調査で、ゲートが数百年前のものであること、その地に住む大江家が代々管理を行ってきたことが判明した。

 折しも当時、天魔の受け入れを模索していた学園にとって、これは渡りに船だった。
 ゲートの確保は、亡命の成否を分ける大きなネックとなる。そこに数少ない人間側の悪魔のゲートが発見されたのだ。
 学園の上層部はすぐさま、ゲート管理者の橘之助にひとつの提案をした。

「コアを破壊しない代わり、ゲートをはぐれ悪魔の亡命ルートとして使わせてほしい」

 この申し出を橘之助は受諾。
 そのまま学園島へと移り住み、学園の下でゲートの管理を行う予定だったのだが――


「……当時の学園は生徒も先生も人間ばっかりで、悪魔イコール敵だと考える人が沢山いた。それでパパの身を案じた芙久子お姉ちゃんが学園にかけあって、代わりにゲートを管理することにした……か」
 送られてきた報告書を手に、深い溜息をつく芙紗子。そこへ黒猫の悪源太が、恐る恐る意思疎通を送ってきた。
『そうです。その際にちょいと芙久子様が、管理権限の引継手続きを強引に進めちまいまして。まあ、何分あの頃は……ゆっくりハナシを進める余裕も時間もねえ状況でしたから』
「それで今は連絡も通じない、と」
 芙紗子は手にした携帯で、姉の芙久子の番号をかけてみた。

『はい、久遠ヶ原学園入島管理センターです』
 ワンコールで電話に出たのは、聞き覚えのない女性の声だった。
「私、大江芙紗子と申します。姉の芙久子に繋いでいただけませんか。住所は、学園島の……」
 芙紗子が住所を伝えると、僅かな保留音の後、再び女性の声が返って来た。
『申し訳ありません。学園の特別規定により、おつなぎする事ができません。メッセージがあれば承りますが』
「分かりました。芙紗子がよろしく言っていたとだけ伝えて下さい」

「……これじゃ、疑うなって方が無理でしょ」
 芙紗子は通話を終えると、盛大に溜息をついた。親元を離れてからは学校の生活も忙しく、年賀状くらいでしか姉の近況を知らない芙紗子だったが、まさかこんな事になっていたとは夢にも思わなかったのだ。
「ところでアク。この書類、まだパパには見せてないよね」
『ええ。まだです』
「よかった」
 芙紗子は胸を撫で下ろした。
 橘之助は今も、学園に不信感を抱いている。おかしなタイミングで事件の書類を見せたら、学園が裏で何かを企んでいると思ってもおかしくない。そうなったら余計に話はこじれ、今度こそ話し合いの余地はなくなってしまうだろう。
(これは撃退士さん達がパパのために調べてくれたもの。絶対に無駄には出来ない)
 そう思いながら報告書をめくっていると、「ゲート管理者の引継ぎ交渉」という項目が芙紗子の目にとまった。それによると、交渉会議が行われるのは七月の休日。場所は京都で、出席者の中には芙久子の名前もあった。どうやら彼女は手続きなどの関係で、交渉の翌日まで京都に滞在するようだ。
「ねえアク。ゲートの管理者を辞めたら、お姉ちゃんは自由になれるんだよね」
『そうです。その場合は旦那が管理を受け継ぐでしょうが』
「そう、だよね……」
 ふと芙紗子は思った。ゲートの管理者になるとき、姉はどんな気持ちでそれを申し出たのだろうと。
 今の自分のように、その頃の芙久子にも思い描く未来があったはずだ。本来ならば撃退士となって、天魔の侵略から人々を守るという道を、姉は選んでいてもいいはずだった。
(でもお姉ちゃんは、その未来を選ばなかった……)
 それが他でもない、父の橘之助や母の紀美子、そして自分や悪源太のためだと、今は理解できた。
 だが結果としてその思いは、芙久子と橘之助と学園、三者の軋轢を生んでしまったのだ。
 真相を知った者として、芙紗子は父の誤解を解きたいと思った。姉にも、望む未来を掴んでほしかった。
(パパやお姉ちゃんのために、なにができるだろう……私に、なにが……)
 しばらく考えた後、あることをひらめいた芙紗子は、悪源太に言った。
「ねえアク。学園への依頼、頼まれてくれない?」
『依頼、ですか? 一体何の?』
「それはね……」
 耳をそばだてる悪源太に、芙紗子は自分の考えを告げた。
「……っていう依頼なの。いいかな?」
『そりゃ構いませんが……お嬢様は、芙久子様にはお会いにならないんで?』
「うん。私はちょっとやる事があるから」


「交渉の日が近付いてきたか」
「そうね」
 芙紗子の両親である橘之助と紀美子は、自宅の居間で卓を囲んでいた。湯飲みを持つ橘之助の眉間には、深い苦悩の皺が寄っている。
(まさか私の代で、ゲートを潰すことになろうとは)
 魂の吸収をやめ、技術に乏しい悪魔が幾度も管理を代替わりしたことで、家のゲートは既に殆どの機能を失っていた。学園の調査では、コアがゲートを維持できるのは、もって数年が限度らしい。悪魔にとっては一瞬と言っていい時間だ。
「あなた。ゲートのこと、どうなさるの?」
「私が引継ぐ。これ以上芙久子を学園に閉じ込めておけるものか」
「そう……私はもう、十分じゃないかと思うわ」
 紀美子の言葉に、居間の空気が静まり返った。
「あれはもともと、私達が人間に追われた時に魔界へ逃げるため、家のご先祖様が残してくださったもの。でも私には、あれが娘達やあなたを縛り付ける鎖にしか見えないの」
「言うな、分かっている。だが私の代でゲートを失ったら、あれを守ってきた父や祖父に何と言えばいいのだ……」
 搾り出すような声で唸る橘之助に、紀美子が言った。
「もう一度、学園から話を聞いてみたらどうかしら」
「学園は、信じられん……」
 橘之助はかぶりを振った。だがその声は、先程よりも幾分小さい。
 そこへ紀美子がぽつりと言った。
「うちの実家の子達。今年の秋から、何人か学園に入るそうよ」
 紀美子の実家も、大江家の一件は知っている。その上で、家の子供達を学園に入れても問題ないと判断したのだ。
「学園との交渉、あなたがなさるんでしょう?」
「うむ。だが、学園が本当のことを話すかどうか……」
 そう言って瞑目する橘之助の脳裏に、ふと、ひとりの撃退士の顔が浮かんだ。
 先日、学校で自分と芙紗子との喧嘩を仲裁した、はぐれ悪魔の撃退士だ。

――だから、橘之助さんも約束してほしいのです。
――学園を信じてもいいって思ってくれた時は、芙紗子さんに本当の事を伝えて、もう一度話し合って欲しいのです。

「信じるか……信じぬか……」
 誰に言うともなく、橘之助は呟いた。

 節目の日は、すぐそこまで迫っていた。


 数日後。斡旋所に一通の依頼が届けられた。
 依頼人は大江芙紗子。
 内容は以下の通りである。

『父の学園への誤解を解いて下さい。先日お送りいただいた書類が役立つと思います』

 封筒には依頼の書類とともに、大江事件の報告書が添えられていた。
 指定日時は、七月某日。学園と大江家の間で交渉の席が持たれる、まさにその日であった。


リプレイ本文


 任務当日。

「今日はよろしくお願いします」
 浪風 悠人(ja3452)は、調査チームの面々と笑顔で握手を交わしながら、彼らの武装にもそれとなく目を走らせた。
(スクールガンが2人、ロッド1人とショートソード1人の計4人、か。どうやら――)
「どうやら心配のひとつは、杞憂に終わりそうですね」
 学園から配られた書類に目を通しながら、Rehni Nam(ja5283)が言う。そこには、調査チーム全員のジョブから装備品に至るまで、詳細なデータが記されていた。
 4人はいずれも学園所属の研究員。アウルこそ使えるものの、戦闘力は学園の新入生と大差ないと分かり、ふたりはひとまず胸を撫で下ろした。

 今回の任務における悠人達の最大の懸念は、調査チームに天魔根絶派が紛れ込んでいる可能性だった。
 自分達が油断した隙に、大江家の誰かを背後から一刺し――そんなケースだけは絶対に避けたい。
(何があっても、彼らは守らないと)
 そう思ったRehniが視線を送った先では、澄空 蒼(jb3338)が大江家の面々と会話に花を咲かせていた。
 橘之助、芙久子、そして紀美子の3人である。

「蒼です。よろしくなのです」
「紀美子よ、蒼さん。よろしくね」
 橘之助や芙久子と面識があったためか、蒼はすぐに紀美子とも打ち解けた。
「これ、鰹節なのです。あとで悪源太ちゃんに渡して欲しいのです」
「あら、ありがとう。あの子もきっと喜ぶわ」
 他愛のない世間話をしつつ、3人の様子を観察する蒼。皆、再会を喜びつつも、やはりどこか遠慮がある。
 当然といえば当然かと蒼は思った。橘之助と紀美子にしてみれば、この場にいる人間の殆どが、見ず知らずの学園関係者なのだ。すぐに胸襟を開いて話すことは、難しいだろう。
(せっかく数年ぶりに顔を合わせたのですから、3人には色々と話をしてほしいのです。そのためには……)
 まずは自分達が敵ではない事を知ってもらおう。そう蒼が思ったところへ、調査班の一人がやって来た。
「すみません、皆さん。そろそろ……」
「ああ分かった、行くとしよう。こちらへ」
 鍵束を持った橘之助が、一行をゲートへと案内した。その声は先ほどよりも心なしか柔らかい。

(まずまず、いい感じに緊張が解けたようです)
 皆で笑いあえる未来が来るよう祈りつつ、好物のチョコバーを取り出す蒼。
 これから始まる任務の、いわばゲン担ぎだ。
(さあ、はりきっていきますよー)
 蒼はチョコバーをもぐもぐと噛みしめた。


「何だか、いろいろ込み入った事情があるみたいですね」
 ゲートへ向かう道中、佐藤 としお(ja2489)が、華子=マーヴェリック(jc0898)に声をかけた。
「ええと、ですね。そもそもの発端は……」
 初参加となるとしおに、華子が状況を説明する。大江家のこと、事態の経緯、橘之助と娘達のこと……
「なるほどね……うまく誤解が解けるといいけど」
 華子の話に、相槌を打つとしお。
 そこへ、同じく初参加となる天羽 伊都(jb2199)が会話に加わった。
「天魔の受け入れって言うのは簡単だけど、実際複雑だよね。俺等だって普段は敵対してその手で殺めている一方で、共に生活している者も居て。何というか灰色というか」
 真剣な眼差しで伊都が呟く。彼にとって、この問題は他人事とは思えなかった。
(僕も、彼らに伝えたい言葉がある。だけど、まだ今はそのときじゃない)
 自分の意思を、まずは行動で示そうと伊都は思った。

 一方、華子たちの前方では。
「橘之助さん。ひとつだけ、いいですか?」
 Rehniが橘之助の横を歩きながら言った。
「私たちのこと、まだ信じてはもらえてないと思います。だから……」
「……」
 橘之助からの答えはない。
 だが、Rehniの歩みにペースを合わせているところをみると、無視しているわけではなさそうだ。
「だから、私達の意思を、言葉ではなく行動で判断してもらえたらと思います」
 それだけ言うとRehniは、後ろを歩く仲間達の下へと戻っていった。

 一行がゲートに到着したのは、その数分後だった。


「これが……ゲートなんですね」
 大江家の裏山の麓、三重に施錠された蔵の中に封印されたゲートに、華子の視線は釘付けになった。
 宙に浮かぶ、黒い球。その直径はマンホールよりやや大きい程度だろうか。

「小さくなったわね。前に来た時よりも」
「うむ。私がこれを受け継いだ頃は、もっともっと大きかった……」
「パパ……」
 ほんの少しの沈黙の後、芙久子は気を取り直し、一同に向き直った。
「……ごめんなさい、作業の概要を説明するわね。まず私がゲートを起動して、コアのログを解析して、異常がないか確認します。それが終わったら、ゲートの稼働試験を行うわ」
「稼働試験?」
 首を傾げた悠人に、芙久子が頷く。
「ゲートが問題なく動くか、実際に操作して確かめるの。異常がなければ、簡単なチェックを行って、調査はお終いよ」
「それはつまり、魔界(むこうがわ)にディアボロがいた場合……」
「ええ。通行権限を与えて、こっち側に誘い込んで討伐するわ。放置しておくと、亡命時の障害にもなるから」
 芙久子がコアを操作すると、ゲートの表面に画像が表示された。映っているのは、薄暗い洞穴の中のようだ。
 映し出された映像をまじまじと観察する華子。よく見ると、あちこちで小さな黒い影が動いているのが見える。
「いるわね。コウモリ型のディアボロが、5、6……20体かしら」
「そんなに?」
「ええ。ほら、見てみて」
 ズーム画像を見た華子は息を呑んだ。芙久子の言葉通り、洞窟の天井にディアボロたちが張りついている。
 芙久子は調査チームのメンバーと簡単な確認を済ませると、撃退士に首を回した。
「コアのログに異常はないわ。ゲートはいつでも開放できるから、準備ができたら言ってちょうだい」


「皆さん、ゲートから離れて下さい」
 開放されたゲートから飛び出てくるディアボロを牽制しつつ、悠人は大江家の人々を誘導した。
 万が一を考え、蔵の出口付近に3人を待機させる。いざとなれば、すぐ外に逃げられるように。

 一方、調査チームの面々はといえば、全員が緊張した面持ちでV兵器を手にしていた。
(どうやら……本当にみんな、素人みたいだ。彼らに被害を出すのも、避けないとな)
 そう思った悠人はすぐさま、
「調査チームの方々は、その場を動かないで下さい! 出来れば、どなたか阻霊符を!」
 そう言って指示を出した。
「わ、わかった!」
 悠人の言葉に従い、リーダーと思しき男が阻霊符を握りしめると、すぐに蒼が男とディアボロの間に割って入る。
「大丈夫なのです。すぐに終わるのですよ」
 蒼が先頭のディアボロを六花護符の雪玉で叩き落とした。

「ここは私達に任せてください」
 としおのイクスパルシオンが、アウルの火を吹いた。
 緑火眼で知覚を研ぎ澄ませた一撃が、宙を舞うディアボロを次々と撃ち落としてゆく。
「行かせるか!」
 その隣では、天之尾羽張を手にした伊都が、低空を飛ぶディアボロを次々と斬り捨てていった。
 召喚したヒリュウを、大江家の護衛に回すことも忘れない。
 視覚共有で伊都に送られてくる映像には、華子が橘之助に八卦陣をかける光景が映っていた。
 幸いにして、今のところ怪我人はいないようだ――
 伊都がそう思った矢先、第二波が現れた。その数、十。おそらくこれが最後だろう。

「一気に決めましょう!」
 隅に逃げる敵を、スナイパーライフルSR-45で撃ち落とす悠人の言葉に仲間達が頷く。
「潰れなさい!」
 蔵の天井に、Rehniが召喚したアウルの星が現れた。一か所に集まった敵を、コメットで潰す気なのだ。
 逃げ固まった3体のディアボロが、瞬く間にRehniの餌食となった。

 ほどなくして、ゲートから出てきたディアボロは、撃退士達の手で残らず掃討された。
 大江家にも調査班にも怪我人はなし。銃弾と魔法の飛び交う乱戦にもかかわらず、コアが無傷なのは流石と言えた。

「大丈夫、異常ないわ。護衛ありがとう」
 ゲートを閉鎖し、コアの確認を終えた芙久子が笑顔で言うと、周囲の一同の顔にも安堵が浮かんだ。


 調査を終え、街中の会場へと向かう車に揺られながら、蒼は後方を走る車に意思疎通を飛ばした。
『芙久子さん。会食には出席するのです?』
『私も一応、関係者だからね。出席するわ』
『それは、よかったのです』
 同席が認められない時は巳上にセッティングをかけあうつもりだったが、どうやらその必要はなさそうだ。
『せっかくの喋る機会だから、ささいでも吐き出していくべきなのですよ』
『……ええ。ありがとう、蒼ちゃん』

(さて。本番はここからなのです)
 決意を新たに、気合を入れなおす蒼。彼女と仲間たちが会場に着いたのは、その数分後だった。


「れ、Rehniさん。そんなに食べるんですか?」
「もちろんです。高級レストランのバイキングなんて、滅多にない機会ですから。全部取ってきちゃいました」
 としおの言葉に笑って応じると、Rehniは出入口に一番近い自分の席に皿を置いた。
 フォークを手に、盛った品をひとつずつ、注意深く口に入れていく。どうやら毒は平気そうだ。
 料理に舌鼓をうつ姿を装いつつ、背後への注意も怠らない。
(このポジションなら、万一の襲撃にも対応できます)
 Rehniはスキルのひとつをクリアランスに入れ替え、改めて室内を見渡した。

 奥のテーブルでは、大江家とRehniの仲間達、交渉チームの巳上が円形の卓を囲むように座っている。
 午後に行われる交渉に備えての顔合わせといったところだろうか、参加者同士で雑談に花を咲かせていた。
 耳をすませてみると、社交辞令のみならず、生の声もちらほらと交わされてされているようだ。

 Rehniの注意を引いたのは、伊都の声だった。話している相手は橘之助のようだ。
「いま、天界と魔界は人間界を侵略しています。彼らに家族や故郷を奪われれば、天魔を憎む人が出るのも当然と思います。僕も学園に入った頃は、天魔は滅ぼすべきだと考えていました。でも……」
「今は違うのかね?」
「ええ。はぐれ悪魔や堕天使、そしてあなた達のように、人間の側に立って戦う天魔もいることを、学園に入って知りました。僕はそうしたひと達をも敵と見なすことには賛成しません。それに……」
「それに?」
「僕が天魔のハーフだから、という理由もあります。……入学後に分かったことですが」
 僅かな沈黙の後、伊都はぽつりと言った。

 学園に入学した時は人間だったのが、ふとしたきっかけで天魔の血に目覚めた者。
 普通の人と変わらぬ日常生活を送っていて、たまたま力を発現させた者。
 そうした者達は、果たして「滅ぼすべき敵」なのだろうか?
「僕はいま、天魔という種族そのものへの憎しみはありません。それは、彼らと身近に接し、理解する時間があったからです。これからそうした人々が増えれば、誤解やわだかまりも、少しずつ減っていくと思います」
「……俺の家族にも、天魔のハーフがいます」
 話を終えた伊都の言葉を継ぐように、悠人が話しはじめた。小さい頃に別れ別れになった、彼の母親のことである。
 ハーフ天魔である悠人の母は、自分の血筋を周囲に知られ、我が子が迫害されることを何より恐れたという。
「天魔だからという理由で、家族が離れ離れにはなってほしくありません。今回の会議で、少しでも分かり合うきっかけを築ければ――俺はそう思います」
「そうです。今のままなんて、絶対におかしいです!」
 悠人の隣に座る華子が、意を決した表情で橘之助に言う。
「親元を離れて暮らす事自体は珍しくもなんともないけど、ろくに連絡も取れないなんて絶対に変だよ! 人の親だったら絶対に寂しいでしょ? 大切に育ててきた、守ってきた子供と会えないなんて、こんな寂しい事ないと思わないの?」
 普段の彼女からは想像もつかない強い言葉を投げる華子を見て、芙久子がそっと声をかける。
「華子さん……」
「芙久子さんも!」
 華子の一喝に、芙久子も思わず口をつぐむ。
「あなたがふたりの立場だったらどう? ……何の為? 何の為にそんな寂しい思いを我慢するの? 世の為人の為? それをする人が幸せじゃなかったら絶対に上手くいかないと思う。その証拠に今現実に問題が発生してる」
 胸の内を残らず吐露するように、華子は話し続けた。
 温和な彼女がめったに見せることのない真剣な表情に、席は水をうったように静まり返る。
「当事者同士がきちんと話をすれば絡んだ問題の糸が解けると思います。それは絶対に今後の学園にとっても良い結果につながると思います。もちろん大江家の皆にとっても……」

 お互いの、からまった糸を解く席を設けてほしい。
 学園のため、そして何よりも、今も苦しみ続けている大江家の皆のため――
 華子は、自らの偽らざる思いを必死に訴えた。

 そこへ――

「マーヴェリックさんと言ったな」
 橘之助が口を開いた。
「君達と芙久子の姿を見て、よく分かった。どうやら私にも、学園の撃退士に対して偏見があったようだ」
 集まった撃退士達に、橘之助が深々と頭を下げた。
「私は今も学園への不信があるが――君達のことは信じよう。疑ってしまい、申し訳なかった」

 それを聞いた蒼は、大きな安堵とともに、解決への手応えを掴んだ。
(ようやく――大事な一歩を踏み出せたようなのです)

 大江事件のしこりが心に残る橘之助は、未だ学園への不信を解いていない。
 しかし彼はいま、撃退士たちへの疑いを解いた。
 学園にも信用できる撃退士がいる、橘之助がそれを分かってくれたのは収穫だった。
 となれば、依頼達成のため、撃退士に残された最後の仕事はただひとつ。

――芙紗子から預かった書類を手渡す。

 撃退士達は、その下地を敷くことに成功したのだった。


 昼食が終わった後、華子は巳上と話していた。
「華子=マーヴェリック。残念だが、先ほどの申し出は認められない」
「そんな! どうしてですか!?」
「理由はふたつある。ひとつは、会議の席は家庭の私情を持ち込む場所ではないということ」
 巳上の言葉に肩を落とす華子。
 だが、彼の口から次いで出てきたのは、思いもしない言葉だった。
「ふたつめは、当事者として席に着くべき大江家の人間が足りないということだ。ふたりほど……な」
 そう言って巳上が華子に示したのは、三つ折りにされたA4のプリントだった。
「それは?」
「先ほど、大江芙紗子から届けられたものだ。読んでみたまえ」
 プリントの紙面に視線を落とす華子。そこに書かれていたのは――

『学園との会議が終わった後、話し合いの席を用意します。よければ皆さんも来て下さい』

「芙紗子さん……」
「そういうことだ。さあ、行きたまえ。外で車が待っているぞ」


 かくして一行は、会議場へと向かう。
 果たして撃退士達は、芙紗子の依頼を達成できるのだろうか。
 橘之助の誤解を解けるのだろうか。

 リミットの刻限は、徐々に迫って来ていた――


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: その愛は確かなもの・華子=マーヴェリック(jc0898)
重体: −
面白かった!:4人

ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
おかん・
浪風 悠人(ja3452)

卒業 男 ルインズブレイド
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
黒焔の牙爪・
天羽 伊都(jb2199)

大学部1年128組 男 ルインズブレイド
チョコバーが繋ぐ絆・
澄空 蒼(jb3338)

中等部3年4組 女 陰陽師
その愛は確かなもの・
華子=マーヴェリック(jc0898)

卒業 女 アストラルヴァンガード