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マスター:Barracuda
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/04/11


みんなの思い出



オープニング


 先の少し曲がった指が、学生寮の一室のインターホンを押すと、すぐに声が返ってきた。
「はい、アルバです。どなたですか?」
「私だよ、新しいご主人様」
「あっ、弥生さん。今開けるね」
 鍵の外れる音と共に、ドアの中からひょいと顔を覗かせたのは、小麦色の肌と金色の髪をした、中学生くらいのショートカットの少女だった。
「元気そうだね、ご主人様。安心したよ」
「うん、弥生さんも。でも、お隣なんだから、意思疎通くれればよかったのに。『今から行くよ』って」
「ダメダメ。巳上先生から、非常時以外は使うなって言われただろ」
 弥生と呼ばれた少女が、たしなめる口調で言った。
「あ……そうだった、ごめんね。さ、入って」
 多少ばつが悪そうな顔をすると、少女は客人を中へと招いた。

「……髪の色、変えたんだね」
「ん? ああ、まあね」
 弥生は右手の指先で、前髪の白と灰のメッシュの部分をいじった。少し前まで白黒灰とカラフルだったストレートのロングヘアーは、今では元の真っ黒な髪に戻っている。
「僕はそっちの方が好きだな」
「そうかな? ……ていうか、私の事はいいんだ。今日はご主人さまに、渡すものがあって来た」
 まんざらでもなさそうな顔を引き締めると、ヴァニタスの少女はカバンの中から二枚の書類を取り出し、新たな主となった悪魔に手渡した。
「まず、これ。巳上先生から、私とご主人様の来月分の家計簿ね」
「はい」
「家賃と通信費・光熱費は、もう差し引いてあるから。来月からの帳簿は、ご主人様が直接つけて巳上先生に提出しろってさ。一応、その前に私がチェックはするけどね。領収書、貼り付けるの忘れるな」
「うん」
「あと、この前買ってもらったスマホ、使いすぎるなよ。通信費がばかにならないから」
「はい」
 アルバは弥生の言葉に、こくこくと何度も頷いた。


 悪魔の少女、アルバ。魔界から人間界へと迷い込んだ時に、佐藤瑞樹という人間の少女と心を交わし、はぐれとなって生きる事を選んだ悪魔である。
 彼女はいま、学園の撃退士として平均的な衣食住には困らない程度の額を学園から支給されていたが、それまでずっと箱入りで育ってきたせいもあり、金銭管理などが全く出来なかった。そこで、担任である巳上が、社会勉強も兼ねて、弥生にアルバの金銭管理を学ばせるよう指導していたのである。
「最初からひとりで全部完璧になんて考えなくていいからな。分からない事があったら、いつでも聞いてくれ。……人間の文字の勉強、順調か?」
「かなとカナは、読めるようになったよ。アルファベットも。漢字はまだまだかな。難しいのが一杯あって」
「漢字は難しいからな。今度、図書室で漢和辞典を借りるといい。貸出許可のが何冊かあったから、今度一緒に行こう」
「うん。……あ、でもね、この前瑞樹が送ってくれた手紙は全部読んだんだ。次の土曜日に、家族で学園に来るって書いてあった」
 学園に保護されてからというもの、アルバは人間界の知識を―文字通り、真綿が水を吸い込むように―貪欲に吸収し続けていた。既に月日や曜日といった概念の理解は完璧だ。
 アルバが得意そうに鼻を鳴らすのを見た弥生は、二枚目の紙をアルバに手渡した。
「じゃあ、これ。どのくらい読める?」
「えーと」
 アルバは二枚目の紙を睨んで、ぶつぶつと呟いた。紙に刷ってある学園の印章から、弥生が持ってきたのは斡旋所の書類のようだ。
「『説明会の案内えきを……むめる撃退士を募集します』」
「案内役を務める、だな」
「ううう……」
 アルバは体をしぼませた。
「落ち込むなって。勉強を始めてまだ日も浅いのに、それだけ読めるなんて大したもんさ。もう少し続ければ、すぐ読めるようになるよ」
「うん、頑張る」
 こくりと頷き、羞恥に頬を染めるアルバを見て、ルビ付きの本も借りた方がいいかなと弥生は思った。
「よし、その調子だ。で、続きは何て書いてある?」
「撃退士になりたい人が学園にたくさん見学に来るから、その人達を案内してくれって書いてある」
「そうだ。普段は一般人は学園の中に入れないけど、年に何度か開催される入学説明会の日は、数少ない例外のひとつなんだ。案内役の撃退士が同伴してれば、一般の生徒が出入りする大抵の場所には入れる」
「そうなんだ。弥生さん、物知りだね」
「ま、まあね」
 弥生は照れて頭をかいた。斡旋所の職員の受け売りだとは、言い出し辛い。
「で、肝心なのはその次だ。説明会の開催日、いつって書いてある?」
「えーと。今度の土曜日……あれ? この日って、確か」
「そう。瑞樹達が学園に来る日さ」
 弥生は目を光らせた。
「この依頼、まだ空きはある。受けるかい?」
「うん! ……ところで、弥生さんはどうするの?」
「受けるよ。ただし、一緒の場所には多分ならない。なにせ、説明会に参加する一般人は大勢いるからね。受付から誘導、保護者の案内、会場の設営まで、仕事は山ほどあるんだ。ご主人様も、他の生徒と一緒に依頼に臨む事になる」
 アルバの顔に不安の色が浮かんだ。実はアルバが学園の依頼を受けるのは、これが初めてなのだ。そんな彼女を見て、弥生は言った。
「いい機会じゃないか。これからご主人様は撃退士として、依頼を受けて、知らない撃退士達と一緒に行動することになるんだ。その練習と思って参加すればいいさ。別に失敗して命を取られるわけじゃないしな」
「……分かった。やってみる」
「うん。一緒に参加する仲間達には、『よろしくお願いします』、『ありがとうございました』を忘れるんじゃないぞ。本当にどうにもならないと思ったら意思疎通をくれ。出来るだけフォローするから」
「うん。分かった」
 アルバはこくりと頷いた。どうか瑞樹の案内役になれますように、そう願いながら。


「瑞樹は?」
「もう寝たわ。土曜日が待ちきれないみたいね」
「アルバちゃん、か」
 瑞樹が語って聞かせた悪魔の少女の名前を、彼女の両親である隆夫と典子はすっかり覚えていた。
 聞くところでは、その少女は、山に迷い込んだ瑞樹の命を何度も救ってくれたらしい。いずれお礼に行かなければと思っていたところへ、娘が学校に置いてあった久遠ヶ原学園の入学者説明会のチラシを持って来たのだ。運のいい事に、共働きの2人の休みが重なる日だった。
「それにしても、あの子にアウル適性があるなんてなあ」
「そうね。最初に聞いた時は、びっくりしたわ」
「うん。……やはり、決意は固いのかな」
「そうみたいね」
 呟くような典子の言葉を聞いて、隆夫は数日前の瑞樹とのやり取りを思い出した。学園への入学を希望する娘に、その覚悟を確かめようと家族3人で話し合った時の事だ。
 その時の瑞樹の目を、隆夫は一生忘れないだろう。静かな、しかし決して揺るぎない決意を湛えた目。隆夫と典子はその時、瑞樹にとってのアルバが、単なる恩人や気の合う友達ではない、もっともっと特別な、親友を越えた存在なのだ悟った。
「あんな真剣な顔、初めて見たな」
「そうね……」
 口には出さなかったが、二人の間には予感めいた何かがあった。
 そう遠くない将来、娘は自分達の元を離れる。学園に入り、撃退士になるために。
「家族で一緒に過ごす、最後の時間になるかもな」
「そうですね」
 典子が言った。その目は、どこか遠い昔を見つめていた。

 春。それは別れと出会いの季節だ。
 ごく平凡な家庭で過ごすひとりの少女の元にも、それが訪れようとしていた。


リプレイ本文

●学園入口
「久遠ヶ原へようこそ! 今日は宜しくな」
 当日の朝、集まった少年少女を前に、日下部 司(jb5638)が挨拶した。
 その両隣には、うさみみカチューシャを揺らしつつ、ぴょこんと飛び跳ねるアルジェ(jb3603)と、爽やかな笑顔で挨拶する川澄文歌(jb7507)の姿がある。
「おはよう、みんな。案内ウサギのアルジェだ、よろしく……ぴょん」
「は〜い,みんな元気かな? 今日の案内役の一人,文歌お姉さんだよ☆ よろしくね♪」
 川澄の<アイドルの微笑み>が和やかな空気を醸し出すなか、日下部はマニュアルに従い注意事項を伝えていった。
「撮影は自由にしてくれて構わない。撮影禁止の場所に入る時は事前に言うから、その時は電源を切ってね。それと……」
 そんな光景を先程から、ひとりの新米撃退士が木の陰から見つめていた。
 アルバである。

「ど、どうしよう、瑞樹がいる……」
 先程から彼女の視線は、参加者の一人である佐藤瑞樹に注がれていた。
 その時、背後からアルバの名前を呼ぶ声がした。神谷春樹(jb7335)だ。
「大丈夫かい、アルバ? すごく緊張してるみたいだけど」
「せ、先輩。実はちょっと……」
 当然と言えば当然か、と神谷は思った。初依頼の相手が大事な親友となれば、緊張しない方が無理というものだ。
「心配いらないよ、アルバ」
 そんな彼女の肩を、浪風 悠人(ja3452)が笑顔で叩いた。
「今回は俺達もいる。気楽にいこ?」
 悠人の言葉に、彼の妻である浪風 威鈴(ja8371)も微笑む。
「大……丈夫……」
「うん、ありがとう。頑張ります」
 その時、アルバの背後の方で、出発しますという日下部の声が聞こえた。
「よし。僕達も行こうか」
 神谷は極力、アルバをフォローするつもりでいたが、出発前に少し釘を刺しておく事にした。
「いいかい。僕達が案内するのは、彼女だけじゃない。その事を忘れないようにね」
「はい、先輩」
 アルバは神妙な表情で頷くと、神谷と共に仲間達を追った。


「参加者はいずれも中学生。男女5名ずつ……ですか」
 名簿の名前と顔を照合しながら、エイルズレトラ マステリオ(ja2224)が呟いた。
 見たところ、参加者の中に、天魔の血が入った子供はいないようだ。
(まあ、説明会に顔を出すような親の子供と考えれば、別段おかしい事でもありませんね)
 そう思って先頭に視線を送ると、川澄が男子と会話をしているのが見えた。

「すみません、写真撮っていいですか?」
「うん,いいよ。他の人達の邪魔にならないようにね♪」
 子供達から向けられるスマホに全く動じる事無く、てきぱきと子供達を連れて歩く川澄の姿を、アルバは列の最後尾から見つめていた。他の仲間達も、自然に振舞いつつ周囲への気配りは怠っていない。
(みんな、凄いなあ)
 丁度その時、最後尾を歩く少年が列からはみ出すのが見えた。手にはカメラを持っている。
「あ……」
 注意しようとアルバが口を開きかけたところへ、
「いい写真……撮れた……?」
 少年がシャッターを切ったタイミングを見計らい、威鈴が声をかけた。
「はい。ありがとうございます」
「良かった……ね……」
 ふと後ろを振り返る悠人に、威鈴は「連れて歩くから大丈夫」とアイコンタクトを送ると、
「広い……から……遅れる……のしょうが……ない」
 優しい微笑みと共に、少年とアルバを連れて教室へと向かった。

●教室
「ここが教室だ。ここでは依頼だけでなく、授業も普通に受けるぞ。撃退士といってもこのあたりは普通の学園と変わらない、教養も大事と言うことだな」
「依頼の内容は多岐にわたります。難しい物から簡単な物、戦闘から物探しやお手伝いまで千差万別です。その他、依頼の報告書の保管・確認などもここで行います」
 悠人とアルジェが説明を行っていると、ちょうどそこに斡旋所の職員と思しき少女が、依頼の書類を抱えて入って来た。
「彼女は斡旋所の職員さんですね。職員の仕事は、学園の生徒が兼業でやる事も――」
「どうした、浪風?」
 ふいに悠人の言葉が途切れるのを見たアルジェが、怪訝そうな顔で尋ねる。
「……いえ。せっかくですから、職員の人にも話を聞いてみましょうか。すみません、ちょっといいですか」
「はい? ……あっ」
 悠人の声に振り返ると、斡旋所の職員は驚いたように口を手で抑えた。
「どうも。お久しぶりです、北沢さん」
 北沢 蓬。かつて敵として悠人や彼の仲間達と戦い、紆余曲折を経て学園に保護されたヴァニタスの一人である。

(蓬ちゃん、斡旋所で働いてたのか)
 蓬の姿を見て、日下部は面食らった。頭の電極を外していたので、一瞬誰だか分からなかったのだ。
「……というわけなんです。力をお借りできませんか?」
「はい、喜んで」
 悠人から事情を聞いた蓬は、子供達に説明を始めた。時折マニュアルに目をやりつつ、質問にも丁寧に回答している。
 仕事を始めて日も浅いはずなのに、大したものだと日下部は思った。おそらく業務が終わった後も、蓬は人一倍勉強しているに違いない。

 質疑応答が終わって教室を出る時、日下部は蓬にそっと声をかけた。
「協力ありがとう。仕事、頑張って」
「……はい。日下部さんも」
 蓬は微笑みと共に一礼した。

●生徒会室
「ここは生徒会室です。生徒会メンバーの活動拠点で、学園の生徒や関係者の資料、年表等も保管されています――」
 説明を行う悠人の前では、先程から少年達が、手にした紙片をじっと見つめていた。

 少し前に部室エリアを回っていた時の事だ。説明役の川澄に向かって少年の一人が、
「お姉さん、スリーサイズ幾つ?」
 そんな質問を投げたのだ。
「やめろって、バカ」
 それをとがめる様に、友達と思しき他の二人の子供が、にやついて少年を肘で小突く。
「そういう情報はこれで確認してね♪」
 川澄は動じる事無く、アイドル営業用のサイン入り名刺を少年に渡した。無論、完璧なスマイルで応じる事も忘れない。
「公式プロフィールは全部そこに載ってるよ。はい,どうぞ♪」
「あ……ありがとうございます」
 3人の少年は、顔を真っ赤にして恐縮しながら名刺を受け取った。

 彼らはそれから、ずっと名刺と川澄を交互に見つめていた。悠人の説明も上の空である。それをみた川澄が、
「説明,ちゃんと聞かないと駄目だよ」
 そう注意すると、3人は無言で頷き返し、すぐさま悠人に向き直った。そんな光景を、アルバは呆然と見つめていた。
(お姉さん、大人だ!)
 そんな風に考えながら。

「教室……部室……美術室……に生徒会室……午前中は、これで……全部……」
 午前中に予定していた施設を回り終える頃、時刻は正午を迎えようとしていた。


「天気もいいし、外で食べようか」
 購買で昼食を買った一行は、神谷が案内する屋外で食事を取ることにした。
 知る人ぞ知る、桜の名所である。

「アルバ……元気そう……で良かった……」
 購買で買ったパンを口にしながら、威鈴がアルバに微笑んだ。
「ありがとう、お姉さん」
「そういえば、弥生さんは?」
 威鈴の隣で、お茶を手にした悠人が尋ねる。
「元気だよ。今日は会場の設営で、別の場所に行ってるけど」
 その時、アルバの背後からこっそり忍び寄り、彼女の首筋をうさ耳でくすぐる者がいた。
「ひゃあ!?」
「アルバ〜」
 アルジェである。その隣には神谷もいた。
「ア、アルジェさん。先輩も」
「取り込み中、すまないな。実はお前に渡したいものがある」
 そう言って、アルジェは小さな箱を差し出した。振ってみるとカラカラと音がする。
「任務が終わったら、開けてみてくれ。アルからの贈り物だ」
「あ、ありがとう」
 頭を下げるアルバに、神谷が笑って話しかける。
「どうだい、午前中の感想は?」
「ごめん……何にも出来なかった」
「うーん、そうか。ねえアルバ、学生寮の説明は出来るかな?」
「え? うん、予習はしたから……」
 そう言って、アルバは前もって予習した内容を話してみせた。
「十分だ。よし、寮の担当はアルバにやってもらおうかな」
「僕に!?」
「うむ、アルも賛成だ。瑞樹にいいところを見せるチャンスだな」
 そう言ってアルジェは頷くと、意思疎通をアルバに送る。
『何かあったらフォローするから、心配いらない』
「……分かった。やらせて下さい」
「頑張って……ね……」
 威鈴が微笑みと共にエールを送った。

●訓練場
 こうして一行は昼食を終え、午後のルートに入った。

「ここでは、専攻ジョブに合わせた訓練が受けられる」
 射撃用の訓練場で、魔具の銃を手にした神谷が言った。
「他の部屋では、武器を使った組手もするよ。授業に戦闘訓練があるから、来る頻度は高いと思う」
 説明を終えた神谷は、送られてきたマンターゲットのスコアを子供達に見せた。
 彼が先ほど、クイックショットで撃ち抜いたものだ。
「すげー!」
 頭部と心臓に穴が開いたボードを見て、子供達が惜しみない拍手を送る。神谷もまんざらではなさそうだ。
「じゃあ、次は組手を実践してみようか。多分、そろそろ――」
 そこへ、アナウンスが入った。エイルズレトラの声だ。
「準備が出来ました。向かい側の見学エリアに移動して下さい」

 一行が着いた先では、竹刀を手にしたエイルズレトラが待機していた。
「それでは、神谷先輩」
「ああ、よろしく」
 バンドと面を装着した神谷が頷いた。エイルズレトラは、既に準備完了だ。
「始め!」
 審判役の悠人の合図と同時に、神谷の竹刀が振り下ろされた。エイルズレトラは、後ろに跳んでこれを避ける。
 着地と同時に、エイルズレトラが神谷の小手を狙う。打ち払う神谷。お互いV兵器もスキルも無しでの組手であるが、その気迫は見学者の子供達にも伝わったようだ。皆、息をするのも忘れて二人の戦いに見入っていた。

 エイルズレトラと神谷がそれぞれ一勝したところで、悠人が時間を告げ、組手は終了となった。

●学生寮
「じゃあ、次の案内はアルバにお願いしてみようかな」
 いよいよ来た。自分の番が。
「僕、ここに住んだ事が無いから、よく分からないんだ。だから、お願い」
 アルバは華を持たせてくれた神谷と仲間達に感謝しつつ、頷いた。
「分かりました。……やらせて下さい」
「うん。頑張って」

「寮の説明を担当するアルバです。よろしくお願いします」
 前に出て挨拶をすると、アルバは、瑞樹と子供達の視線が自分に集中するのを感じた。
(落ち着け。これは任務だ、皆に分かりやすく説明を)
 アルバは大きく一回、深呼吸した。
「学園生の多くは、寮から通学します。寮の数はとても多く、その条件も千差万別です」
 アルバが話す傍らで、神谷が子供達にパンフレットを配り始めた。
「学園の寮の案内を幾つか用意してみた。良かったら、参考にしてみて」
 絶妙のタイミングである。神谷はアルバを振り返り、「話を続けて」とサインを送った。頷くアルバ。
「学生課で入学手続きを済ませて、住む場所が決まれば、登録は完了です。ここまでで質問は……」
「はい」
 さっそく質問が飛んできた。挙手したのは瑞樹だ。
「登録を終えてから、実際に授業を受けるまで、どのくらいの日数がかかりますか?」
「ええと、それは……」
 アルバはふいに口ごもった。アルバが登録を済ませたのは学期末のため、まだ授業も受けていない。当然、日数の事も分からなかった。
『原則、1日だ』
 すかさずそこへ、意思疎通でアルジェがフォローを入れる。
「原則、1日です」
『ただし、学期末や夏休みなどの期間に入学した生徒は、次の学期の初日からが基本だ』
 アルジェに言われた事を、アルバはそのまま繰り返した。
「じゃあ、いま私が寮に入ったら……授業を受けるのは新学期からですね」
「あ。そ、そうですね」
「分かりました。ありがとうございます」
 瑞樹は丁寧にお辞儀をして、質問を終えた。

 その後、全ての質問を終えて次の場所に向かう頃には、アルバはふらふらになっていた。

●屋上
「ここ屋上では、専攻に応じて新しいスキルを習得することができます。覚えたスキルの訓練や強化もできますよ」
 説明を行うエイルズレトラの後ろで、ふいにアルバは疑問を感じた。
 瑞樹が学園への入学を希望する理由についてだ。
(前にふたりで話したとき、瑞樹は撃退士になる事に積極的じゃなかった。それが、どうして……?)
 折しもアルバの目の前では、屋上の説明を終えたエイルズレトラが、集まった子供達に最後の話をしていた。
「撃退士は常に死と隣り合わせの、極めて危険な仕事です。何もあなた方がやる必要はありません。この学園に入学して撃退士になるというなら、なぜあなた方でなければならないのか、それをはっきりさせておくとよいかもしれませんね」
 アルバが子供達の方に視線を送ると、真剣な眼差しで話に聞き入る瑞樹の姿が見えた。
 そんな瑞樹や子供達に、エイルズレトラは続ける。
「ちなみに、僕が撃退士をやっている理由は単純明快ですよ。強くなるためです。そして、戦闘が大好きだからです。この仕事、青臭い正義感だけではとつとまりませんよ。その事だけは、くれぐれも忘れないで下さい」
 エイルズレトラが話を終えた後も、アルバは胸の中で自問し続けていた。
(どうして瑞樹は、撃退士になりたいと思ったんだろう)
 いくら悩んでも答えは出なかった。答えを知っているのは、瑞樹だけだからだ。

 そこからの時間は、あっという間に流れた。
 程なくして一行は解散し、依頼は無事に終了した。


「アルバちゃん,頑張ったね」
「お疲れ様、アルバ」
「ありがとう。お姉さん、先輩」
 任務終了後、神谷と仲間達は、近くの喫茶店でアルバを労っていた。その中には、佐藤瑞樹の姿もある。瑞樹は後日、両親と共に入寮の手続きを済ませ、学園に入学するとの事だった。
「アルジェさんも、ありがとう」
 アルバは照れた表情で俯きながら、助け舟を出してくれたアルジェに礼を言った。
「なに、仲間を助けるのは当然だからな。……ところでアルバ、箱の中身は見てくれたか?」
「うん。さっき見た」
 アルバがもらった箱に入っていたのは、アルジェの寮の部屋の合鍵だった。
 自室という名の衣装置き場、というのはアルジェの言である。
「アルは当分、学園の外での生活が続きそうだ。留守の間、気に入った服があったら使うといい」
「……うん!」
 アルジェに礼を言うと、アルバは先程から気になっていた事を瑞樹に聞いてみた。

「私が撃退士になりたいと思った理由?」
「うん。少し、気になって」
 瑞樹は一瞬だけ口ごもったが、すぐにアルバの目を見つめて言った。
「守られてるだけなのが嫌だから。それと……」
「それと?」
「危なっかしくて放っておけない友達がいるから、かな」
 はにかむような微笑で答える瑞樹の頭を、アルジェが優しく撫でた。
「うむ。瑞樹も誰かを守れるようになるといいな。お前の大切な、誰かを……」

 季節は春。
 今年も久遠ヶ原に、新しい撃退士が誕生しようとしていた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:3人

奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
おかん・
浪風 悠人(ja3452)

卒業 男 ルインズブレイド
白銀のそよ風・
浪風 威鈴(ja8371)

卒業 女 ナイトウォーカー
その愛は確かなもの・
アルジェ(jb3603)

高等部2年1組 女 ルインズブレイド
この命、仲間達のために・
日下部 司(jb5638)

大学部3年259組 男 ルインズブレイド
揺れぬ覚悟・
神谷春樹(jb7335)

大学部3年1組 男 インフィルトレイター
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師