○
現場に到着した撃退士達が目にしたのは、道路上を我が物顔で占領する巨大な蛙のディアボロ達だった。
既に市民達は避難を終えたのか、周囲に人影は全く見当たらない。そんな無人の市街地の中をディアボロ達は悠々と闊歩しながら、獲物となる人間を探すでもなく、あちこちの店を破壊して回っていた。
「和菓子専門店 久遠堂」「ケーキショップ クロイツェル」「バーキンス・ドーナツ」……
被害に遭っているのは、いずれも甘味を扱う店ばかりだ。ディアボロは腰を抜かす店員には見向きもせず、伸ばした舌でショーウィンドーを破壊し、中に飾られた菓子を次々と平らげた。
「甘いものを好むディアボロ……か。中々にシュールな光景だな」
キュリアン・ジョイス(
jb9214)は青白い翼を広げると、ズボンのポケットから財布を取り出した。
「じゃあ、行って来る。ケーキとチョコでいいな?」
「ああ、ありったけ買ってきてくれ」
そう言ってキュリアンに紙幣を手渡したのは、ミハイル・エッカート(
jb0544)だった。
「奴さん達がアレに気づくのは時間の問題だ。早いうちに片付けないとな」
彼がサングラス越しに視線を送った背後には、一台の搬送用トラックが停まっていた。中にはウェディングケーキが載っている。甘いもの好きのディアボロ達にとっては、これ以上ないご馳走に違いない。
「結婚を祝う気持ちを邪魔する奴は許せません。ケーキもトラックも、絶対に守りましょう」
パーカーのポケットから取り出した祖霊符を展開した浪風 悠人(
ja3452)も、ティアーアクア(
jb4558)に紙幣を手渡した。
「じゃ、頼みます」
「分かったわ」
ティアーアクアは陰陽の翼を広げて空へと飛び上がると、銀髪をなびかせながらキュリアンと共に近場のコンビニへと飛んでいった。
「私は前衛を受け持ちます」
莱(
jc1067)はふたりを見送ると、体温で溶けたチョコレートを刀身に塗りつけ始めた。
(あまり気乗りがしませんが、他に利用法を思いつけなかったですし、仕方ありません)
結婚式の花嫁は、かつて依頼で世話になったブルーメの妹だという。彼のためにも絶対に敵を食い止めよう――そんな覚悟でいた莱の肩を、リリル・フラガラッハ(
ja9127)が叩いた。
「莱さん、これ」
リリルの手にはチョコと菓子折りがあった。「万一の時は使って」と手渡された菓子を、莱は礼の言葉と共に受け取った。
「ウェディングケーキには一歩も近づかせません」
ショットガンを手にした秋嵐 緑(
jc1162)が言った。その顔からは、負傷を覚悟での特攻も辞さない覚悟が見てとれる。
「無理は禁物よ」
陰陽の翼を広げる緑に、鏑木愛梨沙(
jb3903)が聖なる刻印を施す。緑の周囲を漂うクリスタルが、刻印の光に照らされ輝いた。
「……来るわよ。気をつけて」
愛梨沙が前方に視線を送ると、そこには一列に並んだディアボロ達の姿があった。目ぼしい菓子をあらかた食いつくした彼らの視線は、背後のトラックへと注がれている。どうやら敵も、メインディッシュの在り処に気づいたようだ。
「敵はディアボロ。CR差で攻撃していけばかなり弱らせられるはずだわ。元気な奴から狙っていきましょう」
弓を構え中衛に陣取った愛梨沙に、前衛のミハイルが「ああ」と応じた。
「祝い事には相応しくない客のお出迎えといくか。晴れの舞台を穢されるのは宜しくないしな」
ミハイルの言葉に、仲間達が頷いた。
○
「よい子の皆さんは食べ物を粗末にしちゃいけないんだぜ。カエルの餌になるとは勿体無いな」
前衛のミハイルと莱がケーキと菓子を地面に置くと、匂いに釣られたカエル達の視線が一斉にケーキへと注がれた。
「ギイギイギイ」
「グルロロロロ」
「フギエフギエ」
「フェフフェフ」
風変わりな鳴き声と共に跳躍してくるディアボロに狙いを定め、リリルと緑が空中から銃撃を加える。
「何かを守る戦いってのはいつもどおりだよね。って訳でいつも通りに行くよ……!」
「トラックもケーキも、絶対守るのです」
リリルの構えた魔銃から、槍状の光弾が放たれた。長い銃身によって加速されたアウルの弾が跳躍したディアボロの鼻先を砕く。すかさず緑の放つクイックショットが、体勢を崩した敵の腹へと命中。ディアボロは地面へと着地し再度跳躍を試みるも、愛梨沙の天鹿児弓から放たれた矢が脳天に突き刺さり、程なくして動かなくなった。
仲間の死にも動じる気配を見せず、伸ばした舌で次々と地面の菓子を平らげるディアボロ達。その中の黒い一体が群れから突出し、前衛の撃退士めがけて霧状の息を吹きかける。
「むにゃ……」
飛び出た敵に狙いを定めていた莱が運悪く息を吸い込み、その場に倒れた。
(睡眠か。厄介だな)
愛梨沙に小突かれて眼を覚ました莱を見つつ、ミハイルは愛銃のスナイパーライフルXG1を握りしめた。
(残りは七体。奴らがあと二跳びか三跳びもすれば、敵の射程にトラックが入る……!)
菓子につられた敵の隊列は、直列から弓なりに形を変えつつあった。それを見たミハイルは、ポケットにしまいこんだ袋に手を伸ばして逡巡する。
(今、「あれ」を使うか? いや、もう少しだ。もう少しだけ引きつけたい。だが、残った菓子はあと二つしか……)
その時だった。
「ほら、寄ってこい!」
悠人が手にしたショートケーキとチョコを、前方のディアボロめがけて次々と放り投げた。それに釣られたディアボロが団子状の隊形となり、ミハイル達の眼前へと殺到する。
「ミハイルさん!」
「ああ。GJだ、行くぜ!」
敵の懐へと飛び込んだミハイルの銃が赤黒いマズルフラッシュを明滅させた。ミハイルの得意技のひとつ、『BS』である。
「飛んで火にいる夏……じゃなくて冬だな。殲滅だ」
赤黒い霧の中から、ディアボロの悲鳴が響いてきた。
「グピーッ!」
「クケーッ!」
「コポーッ!」
弾を撃ち終え、潜行で身を隠したミハイルが下がると同時に、悠人のコメットが霧の中へ次々と吸い込まれてゆく。
「一気に叩き潰してやる!」
轟音と振動が辺りを襲い、煙をあげながら宙を舞うディアボロ。その一体を後衛に陣取ったリリルと緑の一撃が粉砕した。
「これで二体。残り六体だね」
前方では、攻撃を逃れチョコの匂いに釣られた敵の一体が飛び出し、莱へと狙いを定めた。
「食べさせてあげますから、あまり動かないでください」
口を開いて迫ってくるディアボロに動じることなく、チョコを塗りたくったダークで迎撃の態勢を整える莱。ディアボロが舌を伸ばすと同時に跳躍し敵の眼前に着地すると、莱は開いた敵の口めがけてダークを薙ぎ払った。
「ゴローッ!」
舌を切り裂かれ悶絶するディアボロに馬乗りになり脳天目掛けて莱がダークを突き刺すと、程なくして敵は動きを止めた。
(これで残るは五体……)
愛梨沙は前方でシールゾーンを展開しつつ、敵の戦力を分析した。
残った敵は白い蛙が三体、黒い蛙が二体である。白い蛙達はミハイルと悠人の攻撃を受け手負いとなってはいるものの、いずれも深手を負ってはいないようだった。黒い蛙達は、いずれも無傷だ。
そのとき、ディアボロの何体かが撃退士を狙って攻撃してきた。食事の前に邪魔な虫を追い払うつもりのようだ。舌と、ボディプレスと、毒のブレスが同時に襲いかかり、仲間達が次第に防戦に追いやられ始める。
それを見た愛梨沙の頬に、一筋の汗が伝った。
――まずいわ。このままでは、敵がトラックに……
だが、それでもやるしかない。
そう思い、シールドスキルで敵の攻撃を受け止める悠人から敵を引き剥がそうと、愛梨沙が弓を構えたその時だった。
「大丈夫か!?」
愛梨沙に飛び掛ろうとしたディアボロの一体が、銃声と共に吹き飛んだ。
「お待たせ。買えるだけ買ってきたわ」
キュリアンとティアーアクアだった。愛梨沙が振り返ると、ふたりともコンビニで買った菓子を両手に抱えていた。
「ここで一気に決着をつけるわよ」
ティアーアクアは両手に抱えたケーキを地面に置いて、薄氷を思わせる白黒の双細剣クロノスレイピアを抜き放つと、ディアボロ達に向かって行った。その声は、手にした剣の光よりもなお怜悧だ。
「私達はただのケーキを守っているのではないわ、大切な想いを守っているの。お前達が触って良いものではない!」
「その通り。ここから先には行かせられないな。……さあて」
キュリアンもケーキを置くと、スレイプニルを召還。手にしたスナイパーライフルを構えながら、敵を睨みつけて宣言した。
「It’s pay back time!」
○
「ウェディングケーキなんざ、カエルの舌には勿体ないぜ。こいつを食らってみろよ」
ケーキにつられて跳躍したディアボロの胴体を、身を隠したミハイルの狙撃が射抜く。だが、敵は踏ん張って耐えながらケーキを腹に収め、再び跳躍。狙いはミハイルだ。すかさずそこへキュリアンの狙撃と緑のクイックショットが同時に襲い掛かり、蛙を撃ち落した。
「ゴリリーッ!」
それを見たディアボロの一体がケーキを平らげつつ壁面へと跳躍し、前衛の莱を押し潰そうと上空からボディプレスを仕掛けた。すかさず悠人のラストラスが、ディアボロの足を撃ち砕く。狙いを反れて着地したディアボロを、滅光を帯びたティアーアクアの細剣と莱のダークが串刺しにした。
「残りは!?」
「三体です。……追いかけましょう」
悠人の問いかけに、敵の体から短剣を引き抜いた莱が応じた。
彼らの背後では、前衛の攻撃をかいくぐったディアボロが、トラックへと向かっていた。いずれも白い蛙である。
既に敵とトラックの距離は大きく縮まっていた。あとふた跳びもすれば、敵はトラックを押し潰せる距離に入るだろう。跳躍を続けながらも、しっかりとケーキも口にしている敵を見て、ミハイルは内心で舌打ちした。キュリアンたちが地面に置いた菓子は二十以上はあったというのに、もう残っているケーキは片手で数えるほどしかない。
(そろそろこいつの出番かな)
ミハイルはスーツのポケットから、小さな袋を取り出した。
トラック前は混戦の様相を呈していた。
「やらせないのです!」
緑のクイックショットと悠人のラストラス、ミハイルの青白い光を纏ったスターショット『SS』が、地面のケーキに舌を伸ばしたディアボロの一体を蜂の巣にした。
「あと二匹だ!」
そう言って悠人が背後に目をやると、残る敵の片方が、行く手を阻むリリルを押し潰そうと、手足を大きく広げて跳躍した。対するリリルは、盾を構えてこれを受ける。
「この先には行かせない……クォーツウォールエンフォースメントッ(QWE)!」
眼前の空間をアウルによって変質させて敵の攻撃を防ぐ、リリルの固有魔術である。
「鏑木さん!」
リリルの言葉に、愛梨沙が頷く。
「大事な結婚式を、邪魔なんかさせないわ!」
その手から放たれた矢が、次々と蛙の背中に突き刺さった。
「行かせません」
そこへ更に莱がダークの薙ぎ払いによる追撃を加える。だが、まだ敵は倒れない。リリルを潰すように着地し、再び跳躍の姿勢を取るディアボロ。もうトラックは目の前だ。
だが――
「待ちな!」
ミハイルがディアボロの眼前に袋の中身をぶちまけると、カカオの濃厚な匂いが辺りに漂った。ミハイルが選りすぐった特選激甘濃厚「想いチョコ」である。
「グギギギ……」
ディアボロは罠と気づきつつも、チョコの放つ濃厚な甘い誘惑に抗う事が出来ない。反射的に背後を振り向き、チョコへと舌を伸ばすディアボロ。そこへ――
「Time to finish this! ……って奴だな」
「グギーッ!」
キュリアンの狙撃と、召喚獣のスレイプニル「リーフナビール」の連携攻撃が、ディアボロを肉塊へと変えた。
「油断しないで! まだ敵が残ってるよ!」
リリルの魔銃フラガラッハの一撃が、最後のディアボロに命中。だが、跳躍体勢に入った最後の敵の動きは止まらない。トラックへと跳ぶディアボロを見て、撃退士達の顔から血の気が引いた。このままでは、ウェディングケーキとトラックが潰されてしまう――
その時だった。
「やらせないわ」
雪風のような白く冷たい影が敵の前方に回り込み、宙を跳ぶ敵めがけて体当たりした。
ティアーアクアだった。
「ギリリーッ!?」
ティアーアクアの決死の行動によってディアボロの軌道が僅かにそれ、ふたりはトラックの斜め後方へと着地。ボディプレスされた腹の下から這い出たティアーアクアは、クロノスレイピアを構えた。敵に体勢を立て直す時間を与えるわけにはいかない。
(人も天使も悪魔も……そしてハーフも、妹の事を想う気持ちは、きっとそんなに違わないのかもしれないわ。依頼主とは知り合いでもない赤の他人だけど、私はただ「妹への想い」を守りたいだけ……!)
彼女は心から迷いを振り払い、敵の眉間めがけて双細剣を突き刺した。
「ギリーッ!」
ティアーアクアの一撃を受け、ディアボロはひっくり返って絶命した。
「何とか片付きましたね。……ケーキは?」
「大丈夫。無傷だよ」
ダークについたチョコを拭う莱に、トラックの荷台から顔を出して笑顔で応じるリリル。
そこへ、携帯を手にした運転手が声をかけてきた。
「すみません、撃退士さん。式場の新婦さんが替わって欲しいそうです」
○
一時間後、撃退士達は結婚式場にいた。
「ケーキを守って頂き、本当に有難うございます」
ブルーメの妹は、そう言って撃退士達に感謝の言葉を述べた。その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。少し前に行われたウェディングケーキへの入刀の際、まるでそれに気づいたかのように、ケーキに添えられた赤い小さな花が、ブルーメの声で喋ったからだ。
―
親愛なる妹へ。
結婚おめでとう。本当ならば君の花嫁姿を見に行きたかったが、顔を出せずに済まない。
どうか末永く、幸せになって欲しい。
―
「あの……どうか、このケーキを兄に渡していただけないでしょうか」
「分かったわ。……確かに渡す。あなたの想いと一緒に」
花嫁から受け取ったケーキをティアーアクアが保冷バッグに詰め込むと、新郎が撃退士達に声をかけてきた。体格の良い、朗らかな物腰の青年だった。
「今日は本当にありがとうございました。折角ですから、皆さんもお菓子をお持ち下さい」
撃退士達は礼を言うと、テーブルに並べられた菓子を選び取った。
「これなら、相棒のPちゃんと一緒に食べられます」
「じゃあ、俺はこいつを頂こうかな」
そう言ってチーズケーキを取った緑の隣では、ミハイルが作りたてのプリンを手に、ご満悦の笑みを浮かべていた。
「お幸せに。……さあ、戻りましょうか」
悠人が新郎新婦に別れを済ませ、会場を後にした撃退士達。外に出て見上げた空は、蒼く透き通っていた。
(守れてよかった。ケーキも、ふたりの笑顔も)
幸福を胸に抱きながら、悠人は仲間達と共に学園の帰路へとついた。