.


マスター:Barracuda
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2015/01/24


みんなの思い出



オープニング


 久遠ヶ原学園、第7図書室。
 この図書室には、延滞から一定期間を過ぎると自動的にブラックリストに名前を登録され、「回収委員」と呼ばれる専属の図書委員が、延滞者から直接回収を行うシステムが存在する。

 これは、そんな回収委員達と、彼らのブラックリストに名を連ねた撃退士達との間で繰り広げられた、とある冬の放課後の物語である。


 新学期を間近に控えた、ある日のこと。
 図書室内の貸出カウンターで、中等部の制服を着た小柄な少女が、一枚の紙と睨み合っていた。
 胸に着けた図書委員の名札には、「縣 香奈枝(あがた かなえ)」の文字。彼女は、キャリア3年の回収委員だ。
「うーん、困ったなあ……」
「どうしたんですか、先輩」
 ため息をつく香奈枝に、キャリア数ヶ月の新人委員、初等部の守本 一(もりもと はじめ)が声をかけた。
「ううん。図書室の本を返してくれない人がいて困ってるの」
「それってまさか、『ブラックリスト』の……?」
「そうなの。……そういえば守本君は、見るの初めてだったね。ちょうどいいわ、説明するからこっちに来て」
「は、はい先輩」
 一は顔を赤くしながら、遠慮がちにリストを覗き込んだ。

「今回リストに挙がったのは4人よ。まずこの人」
 そう言って香奈枝はリストの一番上、「マイ(jz0322)」と書かれた名前を指差した。
「延滞回数は2回。返却の要請にはすぐ応じた……か。この程度ならランクAね。回収が容易な、一番下のランクよ」
 次に、香奈枝はその下の「ブルーメ・ガルテン」と書かれた名前を指差した。
「次にこの人。この人は延滞が4回。前回の返却要請の時に、回収委員とトラブルを起こしたって書いてあるわ」
「いったい何をしたんですか?」
「この人、学園で植物の研究をしてるみたいなんだけど、本の回収の時に、うっかり委員が植物のことを話題に出したらしいの。そしたら長々と講釈を始めて、まる一日話に付き合わされたって書いてあるわ」
「まる一日ですか……凄いですね」
「こういう、ちょっと注意が必要な人はランクB。次はこの人よ」
 香奈枝はブルーメの下の、「小河 七海」という名前を指差した。
「この人はランクC。延滞常習者で、今までの延滞回数は54回。延滞日数は287日ね」
(凄いな、桁がひとつ増えたぞ)
 どうやったらそんなに延滞できるんだろうと訝しむ一の横で、香奈枝は説明を続ける。
「ランクCは『回収困難』にカテゴライズされるランクなの。単に『返却しろ!』って言うだけじゃ、まず返してもらえないと思った方がいいわ。……あれ?」
「どうしたんですか?」
「ううん。この人なんだけど……」
 香奈枝は「小河 七海」の下に書かれた、「甲斐田 依子」という名前を指差した。
「おかしいなぁ。この人、いつもは期限内に返却してくれるのに。ランクがDになってるわ」
「ランクD? それって……」
「『危険』にカテゴライズされるランクよ。回収の時に、委員と大きなトラブルを起こした人につくランクなの」
「大きなトラブルっていうと、どのくらいの?」
「負傷者が出るくらい、かな。それも何人も」
「登録ミスの可能性はないんですか?」
「……ううん、ミスなんかじゃない」
 紙面を目で追いながら、香奈枝が続けた。
「3年前に一度、回収に向かった委員との間で銃撃戦になったって書いてあるわ」
「じゅ……銃撃戦? 一体どうしてそんな事に?」
「分からないわ。『危険人物。要注意。回収の際は、万全の準備をして臨むこと』としか書いてないの」
「その時に借りていた本のタイトルとかは分かりませんか? もしかしたら、何かの手がかりになるかも」
「ちょっと待ってね。ええっと、『週末はここで彼と一緒に 選り抜きデートスポット』」
「借りたのは、それだけですか?」
「待って、まだあるわ。『報復の書 恋人を取られたら』……この3日後に借りた本よ」
「他には?」
「ないわ。委員が回収に向かって戦闘になったのは、この少し後よ」
「あの。ちなみに、いま彼女が延滞してる本のタイトルは……」
「『復讐遂行マニュアル20選 恋愛編』。借りたのは去年のクリスマスイブの翌日よ」
 一瞬の沈黙のあと、一は香奈枝に言った。
「先輩。僕達で、手に負えるんですか?」
「記録によると、キャリア5年のベテラン3人で何とか回収に成功したそうよ」
 一は頭を抱えた。冬休みが明ける来週までは、動けるのは自分と香奈枝だけだ。
「……斡旋所に依頼、出しましょうか」
 一の提案に、香奈枝も頷いた。
「そうね。そうしようか」


 同日、同時刻。

 学園内の射撃練習場を、二人の撃退士が訪れていた。
 いずれも大学部に所属するインフィルトレイターの女子学生である。

「あ、ご利用ですか? すみませんが最初に手続きを――」
 だが、練習場の男性職員はそこまで言いかけて、とっさに口をつぐんだ。背の高い方の女子学生が、鬼のような形相で彼を睨んだからだ。
「ひっ!」
 剥き出しの殺気に気圧された職員が悲鳴を上げるのと同時に、その女子学生は脇に吊り下げた拳銃型の魔具を抜くと、銃口を職員に向けて、何の躊躇いもなく引き金を引いた。弾倉の外れた銃の引き金を、何度も何度も引いた。

「あれェ? どうして撃てないのォ? どうしてェ?」
 真っ赤に血走った目を見開いて女子学生が呟くと、その隣で背の低い女子学生が言った。
「それはね、依子。弾倉が外れてるからだよ」
「なーんだ。そっかァ。あは」
 背の低い女子学生に言われて、依子と呼ばれた背の高い女子学生はようやく引き金を引くのをやめた。
「そうそう。だから職員さんに謝らなくちゃ駄目だよ」
「うん、そうするね万里子。ごめんなさい、職員さん」
 依子はそう言って職員にお辞儀をすると、焦点の定まらない目を宙に向け、ぶつぶつと要領の得ない言葉を呟きはじめた。それを見た万里子と呼ばれた女子学生は、腰を抜かす職員に近寄り、書類の記入をしながら小声で耳打ちする。
「ごめんなさい。あの子、恋人を後輩に取られちゃって。それからずっとあの調子なんです。動く人がみんな元カレや後輩のコに見えるらしくって、何でもかんでも見境なしに撃っちゃって。……あ、弾倉は私が持ってるから安心して下さい」
 事情を説明しながら書類の記入を済ませると、万里子は半ば強引に職員に書類を受理させた。
「ちょっと射撃場を貸して下さい。気の済むまで撃てば、少しは落ち着くと思いますから。……ほら行こ、依子。こっち」
「憎いよォ……憎いよォ……あの女が撃ちたいよォ……」
 依子の手を取って射撃場へと向かう万里子の背中を、職員は呆然と見つめていた。


リプレイ本文


「皆さん、よろしくお願いします」
 図書室に集まった6人の撃退士に、縣香奈枝はお辞儀をしながら言った。
「マイさんを担当される方は、どなたですか?」
「私です」
 挙手したのは、只野黒子(ja0049)である。
「縣様。借りられた方々の所在地などご存知でしたら、教えて頂けると助かるのですが」
「はい。ええと……」
 香奈枝は携帯の端末を操作し、延滞者の情報を確認した。
「マイさんは新聞部の部室、ランクCの小河さんは学生寮の自室にいます。先ほど携帯でご本人達に確認しました。ランクBのブルーメさんは研究棟にいます」
 すると、小柄な少女の悪魔、莱(jc1067)が名乗りをあげた。
「では、ブルーメさんは私が行きます」
「分かりました。……次に、小河さんはどなたが? 彼女の部屋はいつも散らかっていますので、回収には時間がかかると思います」
「私が行きます」
 木嶋香里(jb7748)が挙手した。
「部屋の整理をお手伝いすれば回収できそうですね♪」
 それを聞いて、木島の隣にいた亜妖(jc1026)が頷く。
「私も行く。人手は多い方がいいだろう」
「おふたりが小川さん、と。では、甲斐田さんは……」
 香奈枝の言葉に、2人の撃退士が名乗りをあげた。
「この俺、ミハイル・エッカート(jb0544)と」
「ヴァルヌス・ノーチェ(jc0590)が向かいます」
「了解です。彼女は今、学園内の射撃場にいるそうです。先ほど、親友の万里子さんという方から連絡がありました。回収の際は刺激しないよう気をつけて欲しいと」
「香奈枝。ひとついいか」
 ミハイルが言った。
「差し支えなければ、その親友の連絡先を教えて欲しい。先に事情を説明した方が、回収もスムーズだろう」
「はい。これが番号です」
 香奈枝は連絡先の番号をメモした紙をミハイルに手渡した。
「それでは、皆さんよろしくお願いします」


 図書室を出た黒子は、すぐさまマイに連絡を入れた。
「マイ様ですか? 私、回収委員の只野と申します」
「む、回収委員だと?」
 訝しむような口調のマイに、黒子は用件を伝えた。
「……というわけで、お借りになった本を返していただければと」
「ああ、『久遠ヶ原スイーツ100選』のことか。すっかり忘れていた。お前に渡せばいいのか?」
「ええ。マイ様は、いま部室に?」
「そうだ。本も手許にある」
「それでは、これから回収に伺ってもよろしいですか?」
「ああ、わざわざすまんな。では、私は部室で待っている」
「了解いたしました。では後ほど」

 程なくして黒子が部室を訪れると、中でマイが待っていた。
「わざわざ来てもらい、すまない。これが借りた本だ」
「確かにお預かりしました、感謝いたします」
 黒子は本の状態に問題がないことを確認すると、マイに挨拶を済ませ、部室を後にした。

「私の分担はこれで終わりですかね。では、次は皆さんのナビと参りましょう」
 図書室へと向かいながら、地図と携帯を取り出す黒子。
「まずは彼女に連絡を取ってみましょうか」
 黒子は、ブルーメの回収に向かった莱に連絡を取る事にした。


「回収委員?」
「はい。お借りした本が返却期限を過ぎています。その回収に来ました」
 研究所内の待合室で、莱はブルーメに用件を伝えた。
「ああ、あの本ですか。今持ってきます。……できればもう少し、借りていたかったんですが」
 席を立ったブルーメが自分の研究室に入るのと同時に、莱の携帯が着信を告げた。
「莱です」
『黒子です。そちらの首尾はいかがですか?』
「いま、ブルーメさんに本を取りに行ってもらっています」
『了解しました。困った事があったら、いつでも連絡を下さいね』
「はい。ありがとうございます」
 莱が通話を終えると、ブルーメが本を抱えて戻ってきた。
「この本ですよね。確認をお願いします」
「……はい、確かに」
 莱は本を受け取ると、ブルーメの顔を見て言った。
「ところでブルーメさん。貸出し延長はご利用なさらないんですか」
「延長、ですか?」
「はい。もう少し借りていたかった、という言葉が気になって」
「ああ、その事ですか。延長のことは、登録時に委員の方からも伺ったんですけどね……」
 ブルーメはばつが悪そうに笑った。
「何しろこんな仕事ですからね。実験の時はラボに缶詰なんです。長い時はひと月出られない事もありますし」
「ブルーメさん、ネット延長はご存知ですか? 最近は、ネットからでも貸出延長が可能なんですよ」
 出発前に香奈枝から聞いた情報を、莱はブルーメに教えた。
「ネットは所内でも使えますよね? 次からは、それを利用するといいと思います」
「そうだったんですか? 知りませんでした。研究ばかりしていると、どうもいけませんね。外の世界の流れに疎くなってしまって」
 照れ臭そうに笑うブルーメの前で、莱は少し思案した。
(本の回収には成功。でも、用件だけ済ませて帰ってしまっては、回収委員への印象が悪くなってしまうかも……)
 そこで莱は、先程から胸の奥で温めていた問いをブルーメにぶつけてみた。
「あの……ブルーメさん」
「あ、はい、何でしょうか」
「私はお役に立てたでしょうか」
 莱の言葉に、きょとんとした表情を浮かべるブルーメ。
「私は、今も昔も、兵士として戦うことしか出来ない悪魔です。だからこそ、世界に貢献している人達のお役に立ちたいと思ってここに来ました。……あなたから見て、私はお役に立てたでしょうか」
 それを聞いたブルーメはようやく得心したのか、もちろんですよと前置きをしたうえで、でも、と付け加えた。
「あなたが兵士として戦うことしか出来ない……本当にそうでしょうか?」
「え……」
「莱さん、でしたね。あなたは今、僕にネットでの延長の情報を教えてくれました。これは僕にとって、とても有益なものです。きっと、これからは延滞もしなくて済むでしょう」
 黙って頷く莱に、ブルーメは話し続けた。
「僕もここに来る前は、ディアボロを作ることしかできない悪魔でした。そのことで、ずいぶん多くの罪を背負ったと思っています。ですから、あなたに『世界に貢献している』と言ってもらえて、少し嬉しかったんですよ」
「ブルーメさん……」
「あなたも、戦う以外にきっと出来ることがあるのではないでしょうか。僕には、そう思えます」
 莱は無言で俯くと、小さく一度頷いた。
「ありがとうございました。……研究、頑張って下さい」
「いえいえ。またいつでもいらして下さい」

 こうして莱はブルーメに挨拶を済ませ、図書室へと戻った。


 一方、その頃。

「どーぞどーぞ。散らかってますけど」
「……!」
「こ、これは……」
 七海の自室に案内された亜妖と木嶋は言葉を失った。ワンルームの床一面にゴミが散乱し、それが3人の膝の高さまで隙間なく積みあがっていたからだ。
「本は部屋のどこかだから。それは間違いないよ」
(この女、今の今まで自分が本を借りた事を忘れていたな)
 能天気に笑って話す七海の顔を見て、亜妖はそう確信した。
「時間がない。やるか」
「そうですね」
 ふたりは軍手をはめると、台車とゴミ袋を運び込んだ。

「一緒にお部屋を片付けて行きましょう♪」
 木嶋は部屋の隅にスペースを確保すると、七海と一緒にゴミの分別を始めた。
「3ヶ月使ってない物は捨ててしまいましょうね♪」
 七海に物品の確認をしつつ、不要な物をゴミ袋に放り込んでゆく木嶋。
 その時、ふたりの傍で片付けをしていた亜妖が、古い週刊誌を七海に見せて尋ねた。
「七海。これはどうする」
「捨てて」
「これは?」
「捨てて」
「これは」
「えーっと……」
 だが、亜妖は七海の返答を待たずにゴミを袋に放り込んだ。
「あーっ!」
「次。これはどうする」
「ちょっと! さっきのはまだ決めてないのに!」
 不満を漏らして抗議する七海に、亜妖は無言でかぶりを振る。
「長考に良手なし。戦いも片付けも同じだ。3分で決めろ。でなきゃ廃棄だ」
「ぶー」
「異論反論があるなら、1分で決めろ。で、これはどうするんだ」
「……捨てちゃっていいよ」
「よし。これは……」

 借りた本が出てきたのは、それから30分後だった。
「ゴミを処分してくる」
 亜妖はそう言うと、外に積み上げたゴミを台車で運んで行った。
 木嶋は亜妖を見送ると、部屋の中にゴミ箱や棚を運び入れ、仕分けした七海の私物をしまいこんでいった。
「これで、お部屋で過ごしやすくなって物も探しやすくなりましたね♪」
 見違えるように奇麗になった自分の部屋を見て、七海は驚きを隠せずにいた。
「はー。すごーい」
 感極まって嘆息する七海。だが、木嶋には最後の仕事が残っていた。
(私達が綺麗に部屋を片付けても、彼女に片付けの習慣がなければ、また元のゴミだらけに戻ってしまいます)
 そうならないためにも、木嶋は七海に片付けのコツを伝えておきたかったのだ。
「最初は、出来るところからでいいんです。いらないものは捨てる。これだけでも全然違いますよ♪」
 大事なのは毎日の習慣ですと、木嶋は付け加えた。
「うん。本当にありがとう」
 七海が礼を言うと、ちょうど亜妖も戻ってきた。
「一件落着のようだな。よし、私は一足先に返却に向かう。すまんが後は頼んだぞ」
「はい♪」
「『毒薬百選 草と虫と鉱物と』……か。ふむ、返却したら次は私が……」
 そう呟きながら、亜妖は図書室へと戻っていった。

「亜妖より只野へ。七海からの回収に成功した。全体の進捗はどうなっている?」
『お疲れ様です。残りは甲斐田様だけですね』
「ランクD、だな……あの2人、無事だといいが」


 同時刻。

 公園の広場を模した訓練場で、依子が遠くの人影を指差して言った。
「ねえ万里子。あそこに私の健二と泥棒猫の美紀がいるよ」
「あっ……ほ、ほんとだね」
 遠慮がちに頷く万里子の脳裏で、数刻前に「健二」と「美紀」のふたりと交わした会話が蘇った。

『回収委員のミハイルという。差し支えなければ、延滞本の回収に協力して欲しいのだが』
『あの本は……いつも依子が持ち歩いてます』
『となると、本人も納得のうえで回収するのがベストだな』
『何とか、協力してもらえないでしょうか。甲斐田さんも……たとえ復讐を果たせても、虚しさが残るだけだと思います』
『……分かりました、協力します』

――依子の前で破局劇を演じて鬱憤を晴らさせ、正気に戻ったところで本を回収する。

 それが、3人が事前に打ち合わせた作戦である。
(そう。こんなこと、もう終わりにしないと……)
「どうして?」
「え?」
「どうしてあんなに幸せそうなの? 私をこんなに不幸にしておいて」
 依子はライフルをコッキングし、「美紀」の眉間に照準を合わせた。

 周囲の空気が依子の殺気で濁ってゆくのを、健二と美紀に扮したミハイルとヴァルヌスは感じ取った。
(後はもう、万里子を信じてやるしかないな)
 黒髪のかつらを被ったミハイルが、セーラー半ズボン姿のヴァルヌスに手を伸ばす。
「なあ、美紀……」
「触らないで!」
 差し伸べられたミハイルの手を、ヴァルヌスは振り払った。
「一体、どういうことなの!?」
「どうもこうもない。お前に飽きただけだ」
「酷い……! ぼk……私の身体が目当てだったのね!」
 両手で顔を覆い、さめざめと泣くヴァルヌス。そんな彼の頭めがけて、依子の容赦ない銃撃が次々と浴びせられた。
 幸いな事に、発射された弾はゴム弾のようだ。おそらく万里子が事前に、殺傷力のない武器と取り替えたのだろう。
「ああ、そうとも! お前なんかよりも、依子の方が良かった! 今だから言うがクリスマスは最悪だったし、いつだって彼女とよりを戻したいと思って……」
 自分の心が今も依子にあると主張する事で、依子をなだめようとするミハイル。だが……
「ふざけないでよ」
 ふいに依子の周囲の銃が次々と宙に浮き、十を超える銃口が全てミハイルに向けられた。

(ミハイルさん! あれ……)
(やれやれ、とんだ好かれようだな。離れてろ、巻き添えを食うぞ)
 ミハイルはシールドを展開し、防御体勢を取った。ゴム弾とはいえ、あれだけの攻撃を一度に食らえば負傷は免れない。
「私、あなたにとってそんな女だったわけ?」
 依子の震える声とともに、銃口から一斉に弾が発射された。ミハイルはそれをシールドで受ける。
 間髪入れず、撃ちつくした銃に装填を試みる依子。
 しかし、声よりも激しく震える指先が、何度掴んでも弾を取りこぼしてしまう。
「許さない……許さない……」
 だが「健二」の本音を聞いたいま、依子の殺意は明らかに揺らいでいた。それを見た万里子が、すかさず足元のバッグから歩兵用のロケットランチャーを取り出す。
「依子。これでトドメをさしなさい!」
 その言葉と同時に、ミハイルとヴァルヌスの目が光った。

『部活の撮影で使う、演出用のロケットランチャーを用意しておきます。それでトドメをさせば、きっと依子も……』
『では俺達は、依子の憎しみを発散させてから回収を行おう。出来れば、発射前の合言葉があるといいな』
『わかりました。じゃあ、合言葉は――』

「弾はこれ一発しかないわ。絶対に命中させるのよ!」
 依子は無言で頷くと、手渡されたランチャーを担ぎ、引鉄に指をかけた。
「……さよなら。健二、美紀」
 依子の発射した弾がミハイルとヴァルヌスの前方で破裂し、派手な轟音とともに周囲が煙に包まれた。

「終わった……のね……」
 ランチャーを落とし、地に膝をついた依子の目から、憎悪の光が失われていった。
「そうだよ。やっと終わったんだよ」
 眼前に漂う土煙を呆然と見つめる依子。その時、煙の中から人影が現われた。変装を解いたヴァルヌスとミハイルだ。
「甲斐田依子さんですね?」
「俺達は回収委員の者だ。君が借りている『復讐遂行マニュアル20選 恋愛編』を返却してほしい。手元にお持ちかな?」
「……はい。これです」
 依子はブレザーの内ポケットから本を取り出し、ミハイルに差し出すと、がっくりとうなだれた。
 そんな彼女に向かって、ヴァルヌスがそっと笑顔を向けて励ます。
「大丈夫。甲斐田さんは美人さんですし、恋愛に真剣な方ですから。きっと良い恋が見つけられます」
「う……うう……」
 しゃくりあげる依子をそっと慰めながら、万里子は無言でふたりに頭を下げた。

 訓練場を出たところで、黒子からミハイルに連絡が入った。
『ミハイル様。そちらの首尾は如何ですか?』
「問題ない。回収完了だ」


「全ての本の回収を確認しました。お疲れ様です」
 香奈枝の感謝の言葉と共に、任務は無事終了した。

 数分後。
 返却処理を終え、本を書架に戻そうとした香奈枝を呼び止める声があった。
「すまないが、その本を貸してくれないか」
 ミハイルだった。
 彼が指差したのは――「久遠ヶ原スイーツ100選」である。
「まあ」
 クスッと笑う香奈枝を見て、ミハイルは咳払いをした。
「違う、俺じゃない。頼まれて借りるだけだ」
「失礼しました。それでは、貸し出しカードをお預かりします……」

―了―


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: Eternal Wing・ミハイル・エッカート(jb0544)
 彩り豊かな世界を共に・ヴァルヌス・ノーチェ(jc0590)
重体: −
面白かった!:4人

新世界への扉・
只野黒子(ja0049)

高等部1年1組 女 ルインズブレイド
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
和風サロン『椿』女将・
木嶋香里(jb7748)

大学部2年5組 女 ルインズブレイド
彩り豊かな世界を共に・
ヴァルヌス・ノーチェ(jc0590)

大学部7年318組 男 アカシックレコーダー:タイプA
撃退士・
亜妖(jc1026)

大学部1年14組 男 アカシックレコーダー:タイプA
撃退士・
莱(jc1067)

中等部1年5組 女 阿修羅