●決戦の早朝
「そういえば、住民の避難はもう済んでいるのか?」
川内 日菜子(
jb7813)が尋ねる。
漁船は全て洋上待機、囮の魚を使い誘い出す作戦だが、取り逃がした猫が近隣の人々を襲う可能性もある。
「ええ、漁港や周辺の方々へはなるべく外出を控え、戦っている最中は近付かないようにお願いしておきました」
カーディス=キャットフィールド(
ja7927)がしゅたっと肉球の手を挙げる。
「漁師さんら自分らも化け猫連れてるって思ったんちゃう?」
一緒に巡回した際の住民達の反応を思い出し、へらっと笑って亀山 淳紅(
ja2261)が言葉を続けた。囮用の魚数匹をカーディスにきゅっと括りつける。
「注目効果! なんかこう…生肉ドレスならぬ生魚ドレスみたいな…」
「亀たちは魚を装備するのか?」
設置用の鯖をケースに入れていたネコノミロクン(
ja0229)が、ならばとカーディスのフサフサの黒しっぽに持参した強化ニシン(Lv8)を取り付けた。が、
「…リリース」
くるりと後ろを向いた隙に、尻尾破壊を恐れたカーディスにこっそりヒップバッグに返される。
「ほら、齧られたら困りますし」
両面テープで留めるとか、という相棒の言葉に首を振る。
「ディアボロかサーバントか…どっちでもいい。来い、化け猫怪獣!」
便宜上怪獣と呼ぶ事に決めた川内が、まだ朝靄かかる臨海道路方向へ吠える。
「港と皆の食卓は私が守る!」
「秋鯖は私が護る!!」
続けてカーディスが叫ぶ。
(美味しい鯖さん達待っていてください! 立派な鯖の味噌煮にして差し上げます!)
「魚まっしぐら猫は可愛いのだが…」
酒井・瑞樹(
ja0375)は、神妙な面持ちで漁港を見回す。人払いのせいもあるが、なんとなく閑寂とした様子に、眉根を潜める。
「武士の心得ひとつ、武士は人々の暮らしを守らねばならない。いくら可愛くとも容赦は出来ぬのだ。懲らしめてやらねば」
可愛い猫といえど悪は駄目なのだ。と言い聞かせる。
でもあわよくばもふもふするのだ、と装備した猫耳猫しっぽを揺らした。
「そういえば、借りたスプレー…エギングって何の香りなのだ?」
柑橘系でないのは残念だが、ともかく顔の前でシュッとすれば怯む位はするはず。酒井は頷き、囮を設置場所へ運ぶ準備を始めた。
神酒坂ねずみ(
jb4993)の猫許容限度はとうに限界を超えていた。十一匹。まもなく十一匹。
「はじめまして、ニャンコキラーです。ニャンコは皆殺しです。ご安心召され」
開眼したまま伝えた自己紹介は明らかに漁師陣から引かれていた気がするが、全く気にすることなく、彼女の目は既に更なるコズミックホラーを捉えていた。三人程。
カーディス、ネコノミロクン、そして、酒井。──味方である。
外見に猫パーツのある二人はともかく、その名からターゲットとなったネコノミロクンに至ってはとばっちり極まりない。
「猫…(●)(●)」
「囮の設置は臨海道路途中、港入り口にかけてと、本陣である船着場。敵は連携プレーを仕掛けてくるようなので、陣形や連携運用の癖の看破を試みます」
只野黒子(
ja0049)が、港の配置を確認しながら続ける。
「港湾道路の動向を観察、敵の特性、連携の手法を解析します」
「皆さんそれぞれの配置確認と、通信の準備はできたかしらぁ?」
皆が応えるのを確認し、黒百合(
ja0422)は翼を顕現し空中へと羽ばたいた。
「それじゃあ、はじめましょうかぁ?」
船着き場で囮の鯖が跳ねる。戦いの火ぶたは切って落とされた。
●臨海道路
ニャゴニャゴと砂煙と共に響く雄叫びと、矢印型で突っ込んでくる群れに、飛行しつつ臨海道路の上空(入り口)で待機 していた黒百合は小さくため息をついた。
「最近は元ペットを敵にするのが流行っているのかしらねェ…趣味悪いわァ…」
「鋒矢の陣です。正面突破狙いでしょう」
只野の通信を聞きながら、黒百合が上空十メートル程からLG7による遠距離射撃を開始する。狙うは隊を率いるトラ猫型…見越し射撃で、頭部と胴体を狙う。が、
「あらぁ…猫も案外自己犠牲精神豊富なのねぇ」
ニャゴっと短い悲鳴を挙げ、トラ猫の隣の猫が転がった。すぐさま補充され、周りが大将を庇う形に変わる。
トラ猫が吠え、全体の速度を増して駆け抜ける群れに、黒百合が冷たく笑った。
「その程度の移動力で特化状態の私を振り切れるわけないでしょォ…じゃァ、楽しい楽しい鬼ごっこの開始だわァ♪」
全速力の猫達にピッタリ張り付き、更に銃撃を浴びせる。後方の猫が反転し黒百合に飛びかるも高度に届かず、無防備な的となって道路に崩れた。
再加速し、次陣の居る道路途中まで先回りし、降り立つ。
「二匹撃破、手負いが数匹。三角型の陣になってるわぁ。中心を叩くなら周りを削ぐのがいいかしらぁ」
銃を構え直し、通信を伝える。まもなく前方の砂煙から猫達が現れた。
「来たな!」
川内が正面に立ち、壁になる形で猫の群れを待ち受ける。
「現在敵は魚鱗の陣を模しています。犠牲を覚悟で強行突破する気です」
通信から伝えられた只野の言葉に、川内が拳を構える。
「ならこちらも、全力で叩き返す!」
切り込んできた先陣の猫パンチを炎を纏った盾で受け、反動を真正面から叩き込んだ。
緋色の軌跡の弧を描いて転がる猫と入れ替わるように襲いかかる二匹目の爪を再び受ける。
(港につくまでに一匹でも削ぎ落とす!)
「可愛がっていた猫と似ている、か。違うと頭で理解できても、感情では簡単に納得できないよね」
できるだけ綺麗に倒したいところだね、と呟き、ネコノミロクンは猫の群れを眺めた。
前衛の二匹を川内が引き受けてくれたことにより、隊列にいささか乱れが起きていた。
路上の鯖に興味を示す猫もいるが、トラ猫の一喝で戻ってしまう。
「ボスの指示がある間は無理かな…ならっ」
衛士の縛鎖でトラ猫の動きを捉えた。
「少しだけ、大人しくしてもらえるかな?」
猫の攻撃を盾で受けつつ、着実にダメージを与えていく。
薙ぎ払いでふっ飛ばした猫が後方で器用に着地したのを見て、川内が眉根を寄せる。
「さすがは猫怪獣、身軽だな」
「猫拳は早いけど、軌道が見えやすいね」
周りの猫の攻撃も受け流しつつ、ネコノミロクンが返す。時折重く入る一撃に、一瞬顔をしかめた。
「結構……響くね」
「何か変ねぇ…」
後方でサポート射撃を行っていた黒百合が、じわりと変化する隊列に目を細めた。状況を聞いた只野が叫ぶ。
「お二人とも、鶴翼の陣です! 中心から避けて下さい」
ボスと前衛の後退を装い、いつの間にか二人を囲い込んだ群れが、距離を詰める。
シールドの隙間を抜け、猫パンチの鋭い爪がネコノミロクンの背を裂こうとうねる。が
すかっと何かの力が働いたかのように、凶爪は届かず空を切った。
「?」
トラ猫の拘束が解けた隙に、集団が道路を突破する。
「行かせるか!」
川内が追う。立ち上がったネコノミロクンが、違和感のあるヒップバッグを探る。取り出されたのは…ニシンだ。
「強化ニシンの…回避!」
というかカーディスのしっぽに付けたはずなのにどうしてここに? という疑問が浮かんだが、ひとまず置いておく。バッグから香る魚臭も。
「ニシン強化、か」
港方向へ急ぎながらポツリと漏らした呟きに、酒井と川内から通信が返される。
「突然変異に気をつけるのだ」
「保証書ケチらないほうがいいぞ」
短く了解、と返し、友人たちが待機する港へと急いだ。
●港
「再び魚鱗の陣。正面突破を狙いに来ますか…」
只野が、亀山とカーディス、酒井に告げる。
「猫達の気を散らせて下さい。両側が散漫になれば陣は大きく崩れます」
自身もタウントで猫の注意を引くことを告げ、分散を狙い、それぞれ配置につく。
「周りを崩せばええんやね」
亀山が、足止めの土槍を道路から港への直進経路へ出現させた。
現れた猫達が次々と跳躍し飛び越えるが、まごついた後方の数匹は、大きく迂回し駆けてくる。
「崩れた! さあ、攻撃開始! やでー」
「くっ…愛くるしいお猫様の姿で魚を狙おうたぁいい度胸です!」
カーディスが阻霊符を発動させ、崩れた列の隙間からトラ猫周辺に棒手裏剣を放った。
「命にかえても鯖を護りきって見せまっ…ニャ!?」
キリッと言い切ろうとした瞬間、足元の異変に飛び退く。
「アッごめん」
再度どーんと隆起した土槍に危うく巻き込まれかけた相棒に、亀山が悪びれず苦笑いした。
「猫かと思って…」
ごめんごめんと謝る亀山にいや猫ですけども! と非難の視線を向ける。
再びじわじわ固まり始めた隊列に、只野が叫んだ。
「こちらを見なさい!」
カーディスと同じく体に魚を巻きつけ、ワイヤーを結んだ魚を揺らす。
寡黙な少女の割とガッツリいったタウントに、猫、人両方からの注目が集まる。酒井がポツリと呟いた。
「かわいいのだ」
「今です! 攻撃して下さい!」
恥ずかしさを吹っ切るように群れに投げたワイヤーに魔力を込め、薙ぐ。
側面より酒井が更に切り込み、フックで刀にぶら下げた魚を猫じゃらしのように揺らした。
「さあ、かかってこいなのだ!」
そしてあわよくば、もふもふ天国…。そういえばと、借りていたスプレーを試しに正面の猫へ吹き付ける。
白く噴射された瞬間、周囲に魚を凝縮したような香りが漂った。
「魚スプレーだったのだ…」
生臭さに酒井が眉を寄せるが、猫達は撹乱されたのか、魚を探しキョロキョロし始める。
モフモフの誘惑を振り払い太刀を構え、渾身の力を込め一気に振り抜いた。衝撃波の軌道上に巻き込まれた一匹が宙を舞う。
まだ戦意のある猫達がトラ猫の周囲に固まり、威嚇するように尾を揺らした。
●船着場
「観自在菩薩行深般若んころーすーべーしー」
倉庫のひさしでアレンジした経を唱えつつ、神酒坂はターゲットに照準を合わせた。
猫耳少女、二足歩行の猫、港へ駆けてくる英国風魔術師の青年…はとりあえず外す。隙を突くような姑息な輩を逃すまいと、先ほどきれいに弧を描いて転がった一匹に息があることを確認し、様子をうかがう。
と、チラチラと近くにいる酒井との距離を測っていた猫が、バッと起き上がり飛びかかった。瞬間、背後から撃ち抜く。
転がった猫に更に死角からとどめを刺す黒百合の姿を確認し、それにしても…と呟いた。
「この面子濃すぎでござる」
●反撃のニャゴー
じりじり後退する猫達が、土槍を背に止まる。ついに観念したかという所で、只野がハッとある可能性を口にする。
「背水の陣…!」
トラ猫が、周囲の空気を揺らすほどの大声で吠え、士気を奮わせた猫達が一気に襲いかかった。
「ヒーローは遅れてやってくる…なんてな」
船着場まで駆け抜けようとした一匹の前に立ちはだかり、真正面から烈火を纏う掌底を叩き込み、後方へ押し戻す。
炎の拳を掲げ、川内が叫んだ。
「待たせたな。さあ、クライマックスだ!」
怒り狂った猫の連撃を炎の盾で弾き、闘気を開放する。
正面から突っ込む猫を宙返りで避け、全力の一撃を叩き込んだ。
大きく弧を描いて飛んでゆく猫の周囲で、特撮の敵の最期のように派手に爆発が起こる。
もうもうと上がる煙を背に、息をついた川内が立ち上がった。
只野から放たれた電撃のパルスが猫の胴体に直撃する。なおも向かってくる猫に、酒井が刀を向け身構える。が、
「逃げる気です!」
かくりと踵を返した猫は、一目散に倉庫の方へ走る。
「させるか!」
トラックを並べ隔てた隙間も器用にかい潜る先に、亀山が霧を発生させ遮る。
痺雷、毒霧の満身創痍状態で尚も突っ切る猫が、霧を抜け倉庫の狭い隙間まで出た瞬間、ターンと発砲音と共に、一瞬体を飛び上がらせバタンと転がる。
「つまらぬものを斬ったでござる」
「いや、撃っとる撃っとる」
神酒坂の台詞に、亀山がツッコミを入れた。
アルニラムでトラ猫との接近戦に挑んでいたカーディスは、なお怯まない連撃に疲労を滲ませた。
あわや耳を齧られる、という所で、追いついたネコノミロクンが衛士の縛鎖を絡める。
ぎりぎり拮抗しながらの根比べ…と思っていた矢先、ゆらりと近づく少女がいた。
「猫さんったら…やっと邪魔者がいなくなったのねぇ…」
向けられた銃口の隠れていない殺意と、ネコ、の言葉にボス猫と対峙する二人が一瞬ぎょっとし、
「さぁ、おしまいよぉ?」
銃声とともに、ニャゴーというトラ猫の断末魔が港に響いた。
●戦いが終わって
「というわけで、化け猫の脅威は去りましたので、安心して下さい」
カーディスは、そう言って民家の扉を閉めた。あとは港へ連絡だ。と、
庭に出た少女が、こちらを見て、嬉しそうに叫んだ。
「まま! おっきいにゃんにゃがまたきた!」
残党かとぎょっとして周囲を見回す。
「まさか新手? ってなぜ私を指さすのです!?」
狼狽えるカーディスをじっと見つめる目が、物陰からもう一人。
「(●)(●)ネコ…」
「はっ今また種を限定した殺意の波動がどこからか…っ」
神酒坂の目は未だ開眼していた。まだ三体も残っている。3はやばい。ゾスも月に吠える奴も関係がある。最大音量の経で精神を沈める。猫は…
「苦手だ」
ぽつりとこぼれた本音が、風に乗って消えた。
猫達を火葬し、灰を片付け終えた亀山が、連絡から戻ってきた相棒の背にぐでんととりつく。
「ニャーディスぅ囮に使った鯖はお持ち帰りOK出たーやでー! 自分鯖の味噌煮かなれ寿司食ーべーたーいー」
癒される相棒のふわふわの毛に顔を埋め、ふわんと香る鯖臭に神妙な顔になる。
「微妙になまぐさぃな…」
「亀達ー! 片付いたならこっち手伝ってくれ」
魚は鮮度が命! 水揚げ作業の遅れを取り戻すため、トロ箱の運搬や積み込みの手伝いをしていたネコノミロクンが声をかける。
「魔法漁師ネコノミロクンやな」
「勝手に職業にするな。あとニシンがバッグに入ってたんだが」
あれ、不思議やねー、と知らないふりをする友人も加わり、青年達は港の手伝いを再開した。
「来世では普通の猫に生まれて、漁港で人間と仲良く魚を食べて欲しいのだ」
なむなむ、と数珠代わりに猫のネックレスを揺らし、酒井は港の隅につくった墓に手を合わせた。
「守り切ったが、素直には喜べないな」
サーバントかディアボロか、どちらにせよ住民に愛着のある猫という対象をぶつけてきたやり方は、黒百合も言うとおり悪趣味に他ならない。
「いつか、必ず…」
猫達に黙祷を捧げ、まだ見ぬ首謀の天魔の顔を空に浮かべ川内は呟く。
「じゃあ、私達も後始末に加わりましょう」
近くで摘んだ花を添え、黒百合が立ち上がった。
「そうですね…」
タウント、役割を全うしたとはいえ、目立ってしまった…前髪で顔を隠すようにいっそううつむき、只野が人知れず自己反省会を始める。
それぞれの感情を胸に、雲一つない秋空の下、撃退士達は平和の戻った漁港を後にした。
秋の大漁、猫まっしぐら! 了