●プリパレ!
『大規模クッキング準備室』と達筆な看板が掲げられた室内で、山のように積み上げられた南瓜のプリパレ、及び新メニュー開発が始まった。
「皆さんに喜んでもらえるよう、頑張って行きましょう♪」
そう言って、皆で予め決めておいた分担に沿って、木嶋 香里(
jb7748)が手際よくレンタルしてきた大型調理器具を並べていく。
長い髪を自前のリボンと髪飾りでまとめており、貸し出されたバンダナと、緑のひよこ柄のエプロンをつけている。なんとなく色合い的にウグイス…に見えなくもない。
「では、皆さん力を合わせて取り組みましょう!」
かくして、大規模プリパレーションが始まった。
●1.種とワタを取り、適当な大きさに切ります。
「ここはうちと女将さんが担当やな。ほな、どんなプランで行く?」
ミセスダイナマイトボディー(
jb1529)が、木嶋に尋ねた。
木嶋と同じく貸し出されたバンダナと、こちらはピンクのひよこのエプロンをつけているが、名の通りダイナマイトな体躯に横伸びしたひよこがぱつぱつになっている。
「今、試しにひとつ切ってみているのですが…結構固いですね」
ずどん、と包丁が南瓜を二等分し、まな板が揺れる。生南瓜はなかなか手強いようだ。
「難儀しとるみたいやね」
ううむ、とミセスが南瓜を叩く。
「因みに、蔓のあった方からやと一気に切れへんけど、逆から切れば案外スパッと行けるそうやで」
主婦の豆知識や! とウィンクするミセスに、木嶋が頷く。
「なるほど! では、その方法で四等分して、種とワタを取ってから三等分、大きさを揃えながら切っていこうと思います」
「了解! あ、ワタと種、後で使うから捨てずにとっといてな! いやあ、皆の新メニューも楽しみやね〜!」
「ええ、頑張りましょう!」
最初の一刀の問題も解決し、さくさくと南瓜が切り分けられていく。
「蒸し上げ班、お願いします!」
「甘〜く蒸したってや!」
●2.ほくほくに蒸します。
「甘い匂いがしてきましたですのー」
そう言って、ほわわと錣羽 瑠雨(
jb9134)は顔をほころばせた。鍋に入れた第一陣がそろそろ蒸しあがりそうだ。
「この時間をメモっておけば、次から大体の目安になりますわね。どんどん蒸しますのー」
持参した、緑のリボンがアクセントのオレンジ色のエプロンをひらんと翻らせ、キッチンタイマーをセットしていく。
「そうだね、効率よくやろう」
長い髪をまとめ、エプロンに身を包んだ鴉乃宮 歌音(
ja0427)が、火加減をチェックしつつ、次に蒸す南瓜の準備を始める。
「これだけの南瓜が相手ですと重労働ですわね…。でも、試食楽しみですのー♪」
竹串で蒸し加減を見ながら呟く錣羽に、鴉乃宮も頷く。
「一区切りついたら休憩してティータイムにしよう。クッキーと、美味しい紅茶も用意した」
「それは楽しみですわね。では、蒸して蒸して蒸しまくりますの!」
蒸し上りがまばらにならぬよう、適度な量を入れた南瓜の鍋が並べられ、ほくほくとおいしそうな蒸気をたてる。
「待ってる間、私は片付けと裏ごし班に回るよ」
後で手間にならないようにね、と鴉乃宮が使い終わった器具を洗い始めた。
「わたくしは南瓜のくり抜きのお手伝いをしますわ。器も用意しないとですのー」
言いながら、錣羽がゴロゴロと転がる南瓜を拾い上げる。
「かわいい顔にしてあげるんですの♪」
●3.皮を取り、裏ごししておきます。
「こんな所で経験が生きるとはなあ」
ワイシャツにソムリエエプロンを付け、黒田 京也(
jb2030)は感慨深くそう呟いた。
「…元コック…さん?」
じっと目を合わせ、首を傾げる染井 桜花(
ja4386)に苦笑する。
「いや、組の方針で子供の面倒を見ていた時期が長くてな。そっちこそ、料理は得意そうだ」
「…和食が、好き。…洋食も、できる」
割烹着に身を包み、黙々と南瓜の皮取りをこなしていく染井。
「手馴れてるな」
「…熊や猪を捌くより…簡単だから」
…山籠りの、成果。と無表情のまま控えめに頷き、視線を皮を取った山盛りの蒸かし南瓜に向ける。
「…裏ごしは、どうする?」
ふむ、と考え、黒田は空のボウルをいくつか並べ提案した。
「この作業の質で後々の食感が変わってくる。ある程度用途に合わせて作り分けておこうかと思うんだが」
そう言って包丁を片手に眉根を寄せる姿は、どう見てもその筋の迫力を纏っている。が、片手に持った南瓜からどことなくほのぼの感が漂っていた。
「…了解。…子供達の為に…頑張ろう」
染井が口調は淡々と…子供達の、のあたりで少し嬉しそうな雰囲気を出しながら、作業を進めていく。
「ああ、そうだな」
その後、各作業を終えた全員が仕上げを手伝い、各メニュー用に作り分けられた南瓜ペーストは無事完成した。
「…できた」
●4.南瓜ピューレの完成! さあ新メニュー試作だ!
「クッキーを量産しようかな」
そう言って、鴉乃宮は南瓜ペーストに薄力粉と卵、バターと砂糖を練り込み、手慣れた様子で生地を完成させた。
星型の搾り袋に入れ、メレンゲのような小さくて可愛らしい星形や、器用に角度を変え花型、薔薇型など、お洒落な形に成型していく。
「あとはオーブンで10分」
「非常に無駄のないスマートな製菓手順です。絞り出しは生地作成からが時間との勝負。そして見ためも美しい」
黒髪眼鏡の女生徒が、なにやらメモを取りつつ、感嘆の声をあげる。
「まだ材料があるな。じゃあ…一口ケーキでも作ろうか」
「加えるのは、塩、コンデンスミルク、バター、三温糖、ですね。ミルクがポイントでしょうか」
材料と南瓜をハンドブレンダーで滑らかになるまで潰し、牛乳を加えてハンドミキサーで混ぜる。更に卵を混ぜ、ふるっておいた薄力粉にバニラを加えた。
「後はだまにならないように、ハンドミキサーで混ぜて完成」
型にオーブンシートを敷いて材料を流し込み、空気を抜いてオーブンへ入れる。勿論事前に予熱してある。無駄がない!
「大変効率的で参考になります」
「この間に片付けでもしようか。お茶の用意もしないとね」
仕事後の一服。これ大事、ということで、鴉乃宮は次の作業へとりかかった。
「プリパレも無事終わりましたし、あとは当日が楽しみですね!」
「こっちも〜もうちょっとで準備終わるんだよ〜」
すごい感謝〜、と、ツインテールの女生徒がニコニコ両手を上げた。
では、と木嶋が準備しておいた和三盆糖・寒天草・蜂蜜などの材料とともに、和菓子の定番のものから、ハロウィンらしい図柄のものなど様々な形の金型を並べていく。
「金魚にモミジ〜お花の柄も〜。和菓子の型って沢山あるんだね〜」
知らなかった〜と、金型に興味津々の女生徒に笑顔を返し、木嶋は自身の新メニュー制作を開始した。
「ここは和風の羊羹で行きますよ♪」
寒天草を煮詰め、液化させた後に南瓜ピューレを加え、和三盆糖と蜂蜜で味を調える。
優しい色合いの素材に、寒天草を煮詰めたゼラチン液と混ぜ合わせ、様々な形の金型に流し込んだ。
まだ固まりきらない南瓜羊羹を冷蔵庫へセットし、木嶋はニッコリと微笑む。
「皆さんに喜んで貰える味に仕上がっていると嬉しいです♪」
「…試作品作る」
呟き、染井が南瓜ピューレをホットケーキミックスに混ぜこんでいく。
「…手早く。…さっくり」
──そして、混ぜる時は南瓜の風味や甘さを、
「…殺さない」
ように注意する。真剣な表情で呟く若干物騒なその言葉に、周囲がぎょっと見た。
「…焼く」
器用にフライパンを返し、南瓜のホットケーキがほかほかおいしそうなきつね色に焼き上がる。
「…まずは一つ」
次に、ケーキ粉にピューレを混ぜ、ワッフル型に流し込んで焼き上げる。外はカリカリ、中はふんわり、香ばしい南瓜ワッフルだ。
「…できた」
最後に、残ったケーキ粉を使用して、小さなミニホットケーキをいくつも焼いていく。
南瓜ピューレに生クリームを追加し、南瓜餡を作成、先程作ったそれで挟み込めば…
「…どら焼き。…良い感じ」
残りの生地も、ふわふわの食感を潰さぬよう、そっと包んでいく。
ミセスは、南瓜のアイスクリームを冷やし終え、南瓜のジュースにとりかかる。が、
「案外、甘くならんなぁー…初めてやしゃあないか」
滑らかなのも作ってみるか、ということで、小豆をカラメル代わりした和風プリン作成に取り掛かった。
二段に分かれており、味の変化で二度楽しめる一品だ。プリンが出来る間に、南瓜風味ブリウォッシュを焼き上げる。
「南瓜の種がアクセントだね! そっちの材料は…米粉?」
オーブンを眺めていたヒヨコ頭の女生徒が、並べられた材料を見た。ミセスが頷く。
「アレルギーのある子らにも食べられる物も作ろ思ってな。せやから対応した南瓜クッキーと、ボーロの材料や。米粉ときび糖マシマシやで〜」
女生徒がハッとして、それからぱっと笑顔になる。
「そっか…そっか! それなら、誰でも食べられるもんね!」
「せっかくのハロウィンやし、みんなが楽しめるとええもんな。食べられないんは可哀想やから」
メタボなおばちゃんの言う事や無いけどな、とミセスが笑った。
ターゲットはまだ小さい子供達。可愛らしく、食べこぼしなどしにくいモノという家庭の視点から考えた結果、黒田が用意した新メニュー案はとても…
「可愛らしい…」
「だろ?」
ショートカットの女生徒が思わず漏らした呟きに、ジャック・オ・ランタン風スイート南瓜にチョコペンで顔を描きながら、黒田は頷いた。
一度焼き固めたほくほく南瓜は、子供が握ってもそこまでポロポロとはこぼれない。帽子を被った小さな南瓜の魔法使いが並んでいく。
「そしてこちらも…可愛い」
隣にほっこりと並んだ南瓜の厚焼きパンケーキも、生クリーム入りの南瓜クリームで飾り付けされており、南瓜の種の素揚げがアクセントに飾られている。
「栄養もあり、食べやすい…アレンジ菓子の定番と言えるな」
説明しつつ、ファンシーな顔スイート南瓜を増やしていく。よく見るとそれぞれ違う表情をしており、それがまた可愛らしい。
「あとはチョコスプレーやチョコペン、アラザンで子供と一緒に飾りつけをしたら盛り上がるだろう」
実際、ウチでは盛り上がった。と、家族の喜んだ顔を思い出しつつ、黒田は最後の南瓜の顔を描き終えた。
「わたくしは、南瓜のあんドーナツと南瓜プリンを提案いたしますの!」
南瓜餡がぎゅっと入ったボールドーナツをお皿にこんもりと載せ、錣羽がテーブルの大南瓜をぺんと叩く。
「これは…南瓜そのまま?」
「と、思いきや! ですの!」
くるりと180度回し、ハロウィン南瓜の顔が現れる。
「そしていらっしゃいませーですの! 丸ごと南瓜のプリンになりますの!」
ぱかっと蓋を開くと、南瓜の中にたっぷりとプリンが詰まっていた。コウモリや南瓜型の可愛らしいクッキーがわいわいと飾られている。
「くり抜いた南瓜そのものを器にしたプリンですの。こぼさないように顔を彫るのが大変だったですのー」
「こ、これは…まさしく南瓜の玉手箱や!」
ミセスがマイク代わりの泡だて器を片手に食レポを始める。
「みんな完成したみたいだし、まだ時間もある。そろそろ休憩するのはどう?」
完成したケーキを切り分け終えた鴉乃宮が、人数分の紅茶を用意しながら提案した。
「…味見。…希望」
染井の言葉に皆が頷き、各々の新メニューを持ち寄り、大試食会が始まった。
「ホットケーキ、自然な甘さがちょうどええね。焼き加減も絶妙や。お! これ味が違うやん豪華やな〜!」
「…粒餡。…こし餡。…南瓜餡。…選べる」
それぞれ紹介する染井に、ミセスが食レポを開始する。
「噛むほどに食感の変わる甘さ控えめの粒餡に、滑らかな口どけのこし餡と南瓜餡の夢の共闘、そしてありのまま素材の味を活かした南瓜餡…どら焼きの三種の神器や!」
「…ボーロも、おいしい。…優しい味」
無添加クッキーとボーロをさくさくと味わい、紅茶を口に含む。
「…結構な、お手前」
「コウモリリボンを付けてお揃いですのー!」
デコペンで描いた目にはアラザンをキラキラと散りばめ、錣羽がパンケーキをデコレーションしていた。
「まるごと南瓜プリンは取り分けましょうか」
木嶋が、手慣れた様子でお玉を使ってプリンを器によそっていく。
「ケーキやアイス、魔法使いクッキーを飾るとパフェみたいになりますね♪」
「周りに絞り出しの薔薇クッキーとお花の羊羹で華やかにするですの〜」
「二層のプリンか。小豆がいいアクセントになっている。栄養もあるし」
豆の味がよく生きている、と黒田が頷く。
「ドーナツも、一口サイズでちょうどいい量だな。丸いフォルムも子供が喜びそうだ」
「このワッフルと、ブリオッシュ、紅茶に合うね。…メニューごとに引き立てる茶葉をそれぞれ選んでみるのも楽しいかもしれないな」
そう言って、鴉乃宮が数種類の茶葉の缶を取り出す。
「南瓜系なら、スタンダードはアッサムのミルクティーが王道。甘みが強いならダージリンと合わせてもいいか」
呟いて、てきぱきとおかわりの紅茶を注いで回る。
●大規模クッキング準備室、閉幕
わいわいと試食会も一段落し、依頼人である四人の女生徒が改まって頭を下げた。
「なんてお礼を言ったらいいか…ありがとう。本当に。すごく助かりました」
「プリパレして頂いた南瓜ペーストは質、量ともに想定していた以上の仕上がりとなっており、非常に効率的なCpえ…コホン、失礼。生産率向上が図れました。つまり、結論を申しますと…」
「すっごいありがと〜! ってことだよ〜!」
そう言ってぱちぱち、と手を叩く。
「感謝の極みです」
「新メニュー案もこんなに沢山ありがとう! 子供達、絶対喜ぶよ!」
「そうね、とても賑やかなハロウィンになりそう」
ショートカットの女生徒が、そう言って微笑んだ。
●撤収! の前に。
「頑張ってくれたお礼に〜、私達からトリック…じゃなかったトリートなんだよ〜」
ツインテールの女生徒が、カゴを頭の上に乗せてゆらゆらと揺れる。
「作ってくれた新メニューと〜」
「クッキーとパイ! 瓶詰でピューレも! 詰め合わせたよ!」
そう言って、お菓子でいっぱいのカゴが差し出される。
「ぜひぜひ! お土産にして!」
「新メニューの材料費など各自負担して頂いており、現物支給でのお返しで恐縮ですが、受け取って頂けると幸いです」
「あの南瓜の山に囲まれた時はどうなることかと思ったけれど…おかげで、いつも以上に素敵なイベントになりそうよ」
ありがとう! と告げる女生徒四人に手を振り、大規模クッキング準備隊は各々、トリートなお土産を手に帰路についた。
後日改めて届いたお礼の手紙に添えられたハロウィン当日の写真には、満面の笑みでお菓子を抱える子供達が写っていたとのことだ。
ハロウィンかぼちゃのプリパレーション、了