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久遠ヶ原学園。
撃退士たちは、撤退した第一陣からの報告書に目を通すとの敵への対策を練り始めた。
「水中……不可視……」
「う〜ん、単に突っ込むだけじゃ厳しそうだね〜」
気乗りしない依頼なのか藤井 雪彦(
jb4731)のテンションは低い。
「爆薬を投げ込むのはどうだ。爆圧やらバブルパルスやらで炙り出せるぜ」
「ああ……ダイナマイト漁みたいな感じか。悪くないな……」
黒田 京也(
jb2030)は向坂 玲治(
ja6214)の提案に乗っかった。
「ガスボンベ、火薬、爆竹。水中で使えそうなら何でもよさそうだが」
「それこそダイナマイトだろ。2000久遠で1kgは買えるから、予算の範囲内にも収まるしな」
久遠ヶ原学園は戦地に赴く学生たちに多少の予算申請を許していた。
「ゆっくりしてる時間もなさそうだし、ボクがちょっと買ってくるね〜」
フラフラと購買部へ向かっていく雪彦。
「お、やる気が出てきたのか」
「うん、購買なら女の子いるだろうし。農村は、報告書の感じだと期待できないかな〜……」
彼の気分を左右していたのは至極個人的な思いだったようだ。
「おいおい、油断はできねぇぞ。デカいカエルに使徒、おまけにこの地形」
「で、さっきから何を調べてるの? 作戦のアテでもあるのかしら?」
御堂 龍太(
jb0849)は、一心にスマホで調べものをしている咲・ギネヴィア・マックスウェル(
jb2817)の手元を覗き込んだ。
『ガマガエルの唐揚げ』
日本では見慣れない料理の写真に、咲はじゅるりとよだれをたらしている。
「……油断しまくりだわねぇ」
そうこうしているうちに購買部へ向かっていた雪彦から連絡が入った。
「売ってなかった〜」
「そんなわけねぇだろ。仮にも俺らの本拠地なんだ」
「学校の売店に何を期待してたんでしょ」
購買部の基本的な品揃えはコンビニ程度であり、特殊な商品は常備していない様子だった。
「だー、もー、しょうがねえ、覚悟決めて突撃といこうぜ」
ディメンションゲートはすでに転送準備を調えているとのこと。撃退士たちは作戦地域への強行軍を開始した。
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シュトラッサー・黒木は川の向こうに隠れもせず陣取っていた。現地点は接触まで200mといったところ。
「堂々としてるわねぇ。罠なり伏兵なりがあるのは確実かしら」
「気配……」
龍太の考えを裏付けるように、一ノ瀬・白夜(
jb9446)は左右の山を示した。
「しかし、カエルもあれだけデカいと違和感あるな。相変わらず趣味の悪い野郎だ」
しみじみと呟いた玲治は、すでに戦士の顔つきになっていた。彼は黒木と一度交戦しているが、今のところ黒木本人の能力は未知数だ。
「川がヤバい、ってのは確かだろうが……後のことは分からねぇな」
「兵を伏せてようが、決戦になれば出してくるはずだ。そこを叩く」
強気な玲治であったが、眼前の川がいかに厄介かということは重々承知していた。戦場を分断する重要地形の上、不可視の水棲サーバントまで潜んでいるのだ。何事もなく越えられると思う方がどうかしているレベルだった。
「すぐ上、飛んでみる……。波で分かる……筈」
白夜が偵察案をあげた。だが川は巨大カエルの射程内、単独で向かうのは自殺行為だ。巨大カエルとの交戦を前提とした行動となるだろう。
相手は使徒の軍勢。一旦激突すれば、後戻りの出来ない死地となる。
撃退士たちは顔を見合わせるとうなずき合った。
「さあ、いくわよ!」
咲は赤黒い翼を展開すると、最前衛を買って出た。直進する仲間と別の進路を取り、迂回するように川を飛び越えてゆく。川は人間にとってはやっかいな障害だが、飛行種族たる悪魔にとっては障害にならないのであった。
「来やがったな。当たり外れ半々ってとこか」
カエルの背で転がっていたシュトラッサー・黒木が、撃退士たちを迎え撃つべく立ち上がる。互いに臨戦態勢、戦いの幕が上がった。
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「今晩は蛙料理じゃーっ!」
あっさりと川を越えた咲は、迷うことなく巨大カエルへと切り込んだ。続くようにして白夜も波の様子を探りに動く。
黒木は乾いた笑みを浮かべると、汚らわしいものを見るかのように撃退士たちの動きを一瞥した。
「前もそうだったがな。撃退士ってのは天魔に立ち向かうための連中じゃねぇのかよ。なんだってこう、悪魔がウヨウヨ混じってんだァ!」
感情も露わに一枚の呪符を掲げる黒木。途端、半径100mにも及ぶ巨大な結界が展開された。
符を用いて戦闘時に結界を張る。その様はまるで阻霊陣だ。
だが黒木の符は天魔の透過能力を封じるものではない。
咲と白夜が飛行能力を失い、真っ逆さまに、墜ちた。
「……!」
白夜がバシャア、と川に沈む。
黒木が封じたものは天魔の飛行能力だったのだ。
白夜は潜んでいた河童によって水中へ引きずりこまれ行動不能、先行していた咲は川によって味方と分断され敵陣に孤立することとなった。
「ちっ、嵌められたか……!」
何という皮肉。人間を天魔から守るための撃退士が、天魔対策の罠にかかって窮地に立たされたのだ。それも、人の身体を持つシュトラッサーの手によって。
「この卑怯者ーッ!」
悪態をつく咲を、黒木は巨大カエルの上から見下ろした。
「バカじゃねえのか。オレ達は天界軍だぜ。つまりテメーみてーな悪魔を潰すのが本分なんだよ!」
孤立した咲を狙い、山に伏せてあった狂犬が一匹、姿を現した。敵陣側に後詰めとして伏せたサーバント。黒木は初めから、川による分断を狙っていたのだ。
「行け、ヘルハウンド! 人間と馴れ合うクソ悪魔だ、焼き尽くせ!」
「火ーっ!」
狂犬の口から放たれた炎をすんでのところでかわす咲。
「たしかにレイジの読みは当たってたっ……」
ここぞというタイミングでの伏兵に冷や汗を浮かべる咲。
「……と、あれ?」
そこではたと思い当たった、とある事実。
「ちょっとあんた! シュトラッサーでしょ!? 天界側でしょ!? 地・獄・の・番・犬とかおかしいでしょッ!! 引っ込めなさい!」
「ああ? テメーみたいなのを、地獄の連中を見張ってる番犬だ。何もおかしくねぇだろうがッ!」
巨大カエルの前足がズドンと咲を踏みつぶした。
「そんな屁理屈にーッ!」
味方と分断された上に2対1、それに加えてのレート差。咲が敵の猛攻に倒れるまで10秒とはかからなかった。
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玲治と京也は水中に引き込まれた白夜を救出するため危険を承知で川へ突入した。水面の暴れを目指して、水を掻き分けながら進む。
「みんなに風の加護がありますように」
と雪彦がかけた韋駄天の術によって、二人は妨害を受けるよりも早く白夜のもとへ辿り着いた。
「その手を離しな。俺の一発は重いぜ」
水ごと敵を粉砕する玲治の一撃。間髪入れず京也は河童の腕を捻り上げ、川から引きずり出す。
「あの使徒、見た目通りの直情野郎じゃなさそうだ。つまり、もう一つ二つ、仕掛けがあっても驚かねぇ……」
河童の頭に銃を押し当てた京也は、その頭をズドンと撃ち抜いた。まずは一体。
だが、京也の読み通り黒木は次の手を打ってきた。白夜を救出した玲治が陸に上がるよりも早く、撃退士たちの背後を突く形で二体の狂犬が山から飛び出してきたのだ。
「さあ、お楽しみタイムだ! せいぜいあがいて見せろよ、ハハハハハ!」
畳みかけるように巨大カエルが川を越えて突撃、潜んでいたもう一体の河童も陸に上がって撃退士たちへと向かってきた。前方に巨大カエルと河童、後方からは二体の狂犬。戦局は敵による挟撃という形で決戦へ突入する運びとなった。
「後ろから来るのは分かってたわよ!」
最後尾で背後の警戒に当たっていた龍太が鎌鼬を飛ばして迎撃。
「デカブツは俺が引き受ける。ザコは任せたぜ……!」
銃を手に巨大カエルへと挑むは京也。
二人を防御の軸に据え、玲治と雪彦が敵の数を減らしに回る。
それからは長丁場の大乱戦となった。
龍太は二体の狂犬による猛攻に晒されながらも倒れることなく奮戦、その側面からは玲治による的確な援護攻撃があった。だが狂犬の側も俊敏な動きで撃退士たちの攻撃をしのいでゆく。後方での戦いは膠着の色が強かった。
雪彦は、持ち直した白夜と共に上陸してきた河童に応戦。白夜の影手裏剣で動きを封じたところに雪彦の炸裂符を撃ち込み、撃破した。ただちに京也や龍太の援護に回ろうとした二人だったが、咲を狙って現れた最初の狂犬が川を渡ってきたためにそちらの対処に手を取られた。
戦いが長引くほど、単身で巨大カエルを食い止めている京也が追い詰められてゆく。
「ハッ、そろそろくたばっちまいな!」
傷付いた京也にとどめの一撃を振り下ろす巨大カエル。
「見え透いた攻撃は、攻撃とは言わん!」
京也は飛び退いて前足をかわすと反撃の銃声を響かせた。
「黒田さん、しっかり!」
治癒膏を活性化させた雪彦が京也の支援に回る。
間一髪で持ちこたえたのは、京也が敵の動きをよく分析していた成果だ。それでも巨体による突破力を考えれば、長くは保つまい。
後方でも、龍太のダメージは着実に積み重なっていた。
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「いい加減しつこいわよ!」
「うるぁ!」
どれほど死闘を続けたのか。龍太と玲治の同時攻撃をとどめに、ようやく全ての狂犬が片付いた。だが撃退士たちの消耗は大きかった。京也は激戦の果てに倒れ、龍太も負傷率8割に迫るダメージを受けている。庇護の翼や治癒膏といった守りの要となるスキルを使い果たし、しかし巨大カエルは健在。乱戦の中で少なからぬ攻撃に晒されたにも関わらずだ。
「ふん、俺が相手してやるよ、カエル野郎」
戦いにはハッタリも重要。玲治は巨大カエルの眼前に立ちはだかると、余裕を装って指を鳴らした。
「前回ほどの覇気がないぞ、人間」
「懲りないお前に呆れてるだけだ」
「ハハハ。貴様らはホントに大口叩くのが好きだな」
玲治と黒木はしばし睨み合う。視線が交差し火花が散った。
先に沈黙を破ったのは黒木だ。
「まあいいぜ。今日は退いてやる。多少兵を失ったが赤字にはならん」
そう言って背を向けると、悠々と撤収を始めたのだ。
狡猾な黒木のことだ。油断させて急襲、という展開もありえる。撃退士たちは臨戦態勢を解かずにその背を見守った。だが黒木は振り向かず、そのまま戦線を離脱していった。
「何のつもりだ、あの野郎……」
いぶかしがる玲治。
「怪しいけども、追撃するには戦力が心許ないわね。あたしもだいぶやられたし……」
仲間たちもだいたいは龍太に同意だった。戦況を振り返れば、痛み分けに持ち込めただけでも上出来といえる。
「う〜ん……思うんだけど〜」
雪彦が、首をかしげつつ言葉を挟んだ。
「カエルさんには蛇でしょってことで、ドサマギ気味に蟲毒を撃ち込んどいたんだよね〜。いい感じの手応えだったし、毒が効いてたんじゃないかなぁ。見た目よりダメージが大きかったのかも」
「あらまぁ。あなた、案外したたかだわ」
「これでも、結構な場数踏んでるからね〜」
雪彦は得意気に笑ってみせた。
黒木との交戦が二度目となった玲治は、改めて黒木について考えるうち思いがけない可能性へと行き当たった。
毒が効いていたにせよ、あの時点で巨大カエルの消耗はまだ少なかった。黒木も戦闘に加わって猛攻をしかければ、十分な勝機があったはずだ。なのに自ら勝ち戦を放棄して退いた。それはつまり――。
「本当に戻ってこない、のかな……」
白夜の口にした妥当な懸念が、玲治の思考を遮った。
「確かに、逃げたふりして民家を襲撃、なんてことがあるかもしれないわね」
「そうだね〜。よし、ボクはまだ余力があるし、村のパトロールに回るよっ」
雪彦が軽やかに歩き出す。
「ナンパついでだろう、それ」
玲治はニヤリと笑った。読み通りなら黒木が戻ってくることはないはずだ。おそらく戦いはもう終わっている。
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念のため、雪彦と白夜は日没まで巡回を続けた。黒木の気配は現れなかった。どうやら本当に撤収したようだ。久遠ヶ原学園から作戦完了との判断が下り、撃退士たちにも帰還の打診がきたのだった。