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功刀 夏希(
jb9079)は獺郷 萩人(
jb8198)の用意した校舎見取り図を元に攻略マップを作るところから始めた。玄関には迎撃トラップの存在が予想される。可能なら裏口から侵入したいところだ。しかし笹岡研究室のある校舎は裏口どころか非常口さえ付いていなかった。
「どうして入り口が一つしかないんだろう。理解できない。しかもやけに玄関の幅が狭いし。これ火災とかどうするつもりなの。はあ、めんどくさ……」
まずは斥候を送り込み情報を集める必要がありそうだ。夏希は思わずげんなりとしたため息をついた。
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そのころ犬乃 さんぽ(
ja1272)と橋井 隆子(
jb8399)は落ち着かない様子の美穂を励ましていた。
「安心して、彼氏さんはボク達が絶対助けるから!」
「これ、悠斗君を助け起こすときにでも使ってね。つけまつげとレースのハンカチで女子力アップだよ! あ、まつげが合うように薄めのメイクもやっておこうかしら」
「えっ! いや、その、別に、まだ悠斗君とはそんなんじゃ!」
「照れなくても大丈夫だよ! 人の恋路を邪魔する奴は天魔に蹴られて四国落ち! で、校舎の様子はどうだった? 近寄れそう?」
「私では無理そうでした。でも、皆さんなら……」
「簡単にはいかないだろう。一癖も二癖もありそうな相手だ」
桜庭 葵(
jb7526)は油断のない顔つきで改造校舎に視線を送った。
「なんだか無事に終わる気がしないっスね……」
葵と肩を並べ名無 宗(
jb8892)も校舎を見やる。
「でも、なんだかワクワクするっス。不謹慎っスけど、子供の頃に山を冒険したときを思い出すっスよ」
「ああ……確かにそんな感覚だ」
葵の顔に、挑戦心をくすぐられたような笑みが浮かんだ。
そのとき改造校舎への電力供給をカットすべく別行動を取っていた黒井 明斗(
jb0525)から連絡が入った。
「外からのカットは無理そうですね。ブレーカーを落とせば話は変わるかもしれませんが、中に入らないことにはどうにも」
「ふむ」
鴉乃宮 歌音(
ja0427)は前回の戦いに思いを馳せた。
「私が先行して罠を潰してこよう。敵も前と同じではないだろうが、罠のパターンにも限りがあるだろうしね」
「じゃあ自分もお供するっス! 作戦成功の土台になってみせるっスよ!」
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かくして歌音と宗の二人は斥候として先行突入することとなった。
「どおおおおーっ!」
砲撃の飛び交う屋外を全力で駆け抜けて玄関まで辿り着く二人。
「生きてる、俺、生きてるっスよ!」
「では突入といこうか」
「はい、俺が前と床に気を付けて先頭歩くっス。鴉乃宮さんは後ろと天井の用心を頼むっスよ!」
宗は先陣を切り改造校舎へと踏み込んだ。分担により前後と上下への警戒もバッチリだ。
しかし。
パッコーン!
玄関をくぐった途端、なんと壁が飛び出してきて宗は真横に吹き飛ばされた。
スガァッ!
身体をきりもみさせながら反対側の壁に叩きつけられる宗。
「捨て駒らしく罠の正体を暴いたっス……でも一人では危険、俺のことは置いて一度撤退してほしいっス」
そう言い残すと、ずるずると壁からずり落ちてそのまま気を失った。
「撤退したら再び砲撃の的だと思うのだがね」
歌音はどうしたものかと思索をめぐらせたが、まずは後続の部隊と合流するのが現実的な選択と思われた。
「というわけだ。玄関の仕掛けも分かったことだし、囮部隊も突入を頼むよ」
「了解、忍術で忍び込むね!」
隆子の元気な声が通信機から響く。
30秒後。
ドッカーン!
「忍びがいつも忍ぶと思ったか! 不忍爆裂くノ一、隆子推参!」
炸裂符で玄関を派手に爆破しながら登場した隆子は、親指など立てて随分と得意気な様子だ。
「うむ、囮というからには派手に暴れて構わんのだろう」
続けてやってきたのは葵。囮部隊たる二人の役目は、本命の救出部隊から敵の目を逸らすことにあった。
「ついでにブレーカーを落としてしまいたいところだね。功刀、配電盤はどっちだ」
歌音は救出部隊として待機中の夏希にも通信機で呼びかけた。
「見取り図によれば、玄関から見て右側の階段にあるみたいですけど。一階の」
「ではそちらから進もうか」
「よし、罠を見つければいいんだよね。私が爆破しちゃうよ!」
隆子は再び炸裂符を構えると、一階廊下に備え付けてあった監視カメラに景気よく投げつけた。
爆音が響き監視カメラが粉砕される。これで一階廊下の安全は確保されたはずだ。
だが。
研究室からの監視は遮断したはずなのに、先頭を進む隆子をジャストなタイミングで釣り天井が潰しにかかった。
「むむっ!」
隆子は怯まずに三度目の炸裂符を生成した。
「どんな罠だろうと打ち破るのみよ!」
頭上めがけて炸裂符を放つ。釣り天井など押しつぶされる前に爆破してしまえば恐るるに足りないはずだ。
しかし、釣り天井の自由落下は思ったより速かった。
ドッゴーン!
炸裂符が弾けたのは釣り天井が隆子に直撃したのとほぼ同時、自分で仕掛けた爆破に巻き込まれ隆子は壮絶に自爆した。
「ううっ、後で黒井さんが回復してくれるもん、大丈夫……」
爆破した釣り天井の残骸に包まれて隆子はがくりと力尽きた。
「やはり罠はくぐり抜けるのが最善だ。俺はこんなヘマはせんぞ」
「待て」
味方の犠牲を乗り越えて廊下を進もうとした葵を歌音が制した。そして、階段の曲がり角をめがけて弓を放った。
「うわあっ! 危ないじゃないか! 何をするんだ!」
飛び出してきたのはセーラー服と白衣の女生徒、岡部助手だ。
「目視と人力で罠を作動させていたとは恐れ入る」
歌音は早くも罠の仕組みを見抜いていたのだった。
「しかし、出て来たのが運の尽きだったね」
歌音は何の躊躇いもなくアサルトライフルを活性化し、岡部助手の足へと発砲した。
「だー、銃弾白刃取りぃっ!」
ぺしぃん、と手の平で銃弾を挟み込んだ岡部助手は、大真面目な顔で抗議を始めた。
「人間相手に銃を向けるなんてひどいじゃないか! 何を考えているんだ! 学内で流血沙汰とかあまりに笑えないだろう!」
「お前が言うなっ。さっき銃弾どころじゃない砲撃飛ばしてきたのはどこの誰だ!」
葵が駆ける。岡部助手が人力で罠を起動しているのなら、彼女を捕縛することで味方の安全を確保できるはずだ。
「ぬぅっ! そうはいかんぬしっ!」
岡部助手は白衣を広げると、仕込んであったリモコンのボタンをポチっと押した。
「うわああっ!?」
足元の床が高速回転を始める。葵は床と一緒にぐるぐると回転するはめになった。
「隙ありっ!」
岡部助手が次のボタンを押すと、今度は天井がカパっと開いてバズーカ砲が降ってきた。
「とどめだ! バズーカ・シュート!」
かけ声と共に、岡部助手のキャッチしたバズーカ砲から轟音が響いた。
ドゴォォォン!
回され平衡感覚を失っていた葵は砲撃をくぐり抜けることかなわず、スローモーションできりもみしながら床へと沈んだ。
「結局は一人残されるのか。だが私に罠など効かないぞ」
歌音はすでに幻視探査によって一階廊下に仕掛けられた罠の位置をも掌握していた。罠と自分の位置関係から考えると、安易に動かない限り罠にかかる心配はない。
「うぬ! よく見ればお前は前回のカメラクラッシャー! 性懲りもなく部長の研究を潰しに来たか! 鬼! 悪魔! 変態!」
「拉致監禁の現行犯に言われたくはないね」
「私は部長と少年の仲を取り持っただけだっ!」
歌音の狙撃を垂直跳びで避けた岡部助手はまたも白衣のリモコンに手を伸ばした。だが無駄だ。全てのトラップは歌音にサーチされている。そして歌音に届きそうな位置にトラップは一つもない。
ガシィ!
「ん?」
気付くと歌音は、空飛ぶ円盤のアームに掴まれていた。悠斗をさらったUFOキャッチャーだ。
「ああ、なるほど。これは設置型でないからトラップとして認識されなかったのか」
動じない歌音をUFOキャッチャーは宙に持ち上げ、そのまま校舎外へと運び去っていった。
「部長の前からいなくなれーっ!」
遠ざかってゆく岡部助手の声。歌音は通信機を取り出すと、改造校舎から遠ざかりつつ後続の部隊に報告を行った。
「残念ながら囮部隊は全滅のようだ。私は場外送りのようだから回復は他の人に頼むよ」
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早くも半数が犠牲となっていた。だが撃退士たちは悲観しなかった。明斗の回復術を使えば撃破された味方をリカバーできるはず。さんぽ、萩人、そして夏希は主力部隊として改造校舎へと突撃した。
「とにかく慎重に進みましょう」
「大丈夫! 罠なんてニンジャには通じないもん!」
「ついさっき同じようなこと言って返り討ちにあった人がいたでしょ」
入念に戒める夏希だが、さんぽは気にも留めず答えた。
「やられちゃうのは戦闘服着ないからだよ! ボクはちゃんとセーラー服だもんね!」
「め、めんどくさい人……」
夏希は頭をかかえた。
囮部隊が奮戦した跡を超え、三人は階段に差しかかる。
「なんか配電盤、なくなってるし……」
これにも夏希はため息をついた。配電盤があったらしい形跡だけが残されている。笹岡部長は配線にも手を加えていたようだ。
階段を上りきれば笹岡研究室は目前、こうなっては突破する他にない。
「気を付けて下さい。罠は絶対にありますから」
萩人は念を押した。先頭のさんぽも罠に対する警戒心は十分だ。突出しないよう留意して階段を上っていった。
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前回と変わり映えのない大岩をやりすごし階段を駆け上がる三人だったが、続けて高さ3mはあろう巨大コマが行く手を阻む。
「こんなのに轢かれて恥をさらすのは……っ」
ギュンギュンと回転しながら迫ってくるコマに背を向けると、夏希は脇目もふらず逃げ出した。だが巨大コマは磁力を有しているらしく、首につけているアクセサリーや腕時計がぐいぐいと引っ張られる。走っても走っても距離が開かない。
それでも夏希は引力に抗ってひたすらに駆けた。
「あんなのに捕まるのだけは避けたい……っ」
「そこで今度こそニンジャの力にお任せだよ! ボクはヨーヨーチャンピオン、コマなんかに負けるもんか!」
「いや、全然分かんないですけど。その理屈」
「うん、いつか分かる日が来るから! さあ降り注げ、鋼鉄流星ヨーヨー★シャワー!」
かけ声と共に無数のヨーヨーが降り注ぎ、磁力コマを貫く。
ズガガガガッと景気のいい音が上がり磁力コマは物理的に粉砕された。
「ね、ヨーヨーの方がコマより強いでしょ」
単に物量の勝利であった。
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こうして主力部隊は、欠員を出すことなく笹岡研究室のある三階廊下まで進撃した。
「この新研究所はわずかな資金を投げ打って再建したもの。やらせはしない!」
最後に待ち構えていたのは岡部助手が自ら乗り込む戦車だ。
「ほう、現れたか岡部。汝、よほど太平洋に沈みたいようだな」
立ちはだかるは萩人。ついに本気を出したとばかりに光纏し、黄金の甲冑をまとう。
「あっ、お前、前回の金ピカ! 性懲りもなくやってきたか! 吹き飛べ! 前と同じようにな!」
バスバスバスっと戦車砲が連射される。
「愚かな、我に一度見た技など通じぬ!」
萩人は盾のアウルで砲撃を耐えしのぐと、武器に銀色の焔を乗せて反撃を叩き込んだ。
だが彼の武器はサバイバルナイフ。戦車を粉砕するにはいささか心許ない。
「そんなものでバトライド四号を倒せるものか! 副砲連射ーっ!」
「ぐぬぅうっ」
機関砲の雨に晒され萩人はじりじりと後退した。
お世辞にも優位とはいえない戦いだ。萩人は攻めあぐねた。
そこに会心の援軍が届く。
「待たせたっス! 戦線復帰っスよ!」
明斗の回復術によって戦列に復帰したのは宗と葵だ。隆子はダメージが深すぎて後回しにされていた。
「貴様ら! 倒れた仲間に鞭打って働かせるとは! 人の心はないのかーっ!」
岡部助手は怒りをあらわに主砲をぶちかました。
「だーっ!? よりによって戦車っスか!」
「砲撃など避けてしまえば問題ないのだろう」
「いざ! 岡部の息の根を止めてくれん!」
爆風による煙がたちこめる中、三階廊下はあっという間に大乱戦となった。
轟音、振動、爆風、そして飛び交うアウル。
「汝らの野望、打ち砕いてくれる!」
「部長の居場所を奪わせなどするものかーっ!」
硝煙のにおいが立ちこめる中、両軍は互いの信念を胸に激闘を繰り広げる。
白熱する戦場。
さんぽは、遠慮がちに声をかけた。
「あのー、ドサマギで悠斗君救出しといたんだけど、もう撤収しない?」
「えっ」
戦場ははたと静まった。
「お、おのれ忍者! 卑怯だぞ!」
自棄気味に四方八方へ砲撃をぶっ放す岡部助手。
「悠斗さん、危ない!」
救出対象が砲撃に晒されては本末転倒。萩人は慌てて悠斗に駆け寄った。
「黒井さん、今なら戦車は真上です」
「わかりました、天井ごと撃ち抜きましょう」
これまで裏方に徹してきた明斗が攻撃に転換、夏希のナビに従い貫通能力を有した矢を頭上の戦車へと放つ。
明斗の矢は、狙い違わず戦車のエンジンを貫いた。
「無念! 部長ーーーーっ!」
岡部助手の戦車は明斗によって撃破されドッカーンと爆発した。
ところで改造校舎の壁には、いざという時のため大量の火薬が配備されていた。
戦車の爆発はその火薬に引火し、校舎そのものの爆発を引き起こす。
「あ、やばっ」
ちゅどーん!
改造校舎は、前回と同じく派手に爆散した。
「やっぱり爆発オチ……ッ!」
「なんと、私の研究所がぁーッ! 貴様ら、ゆるさんぞー!」
「何、被害者ヅラしてるんですかっ!」
思い思いの捨て台詞を残しながら、明斗たちと笹岡たちは爆風によって空の彼方へと消えていった。
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戦いは終わった。
悠斗を心配し外から改造校舎を見守っていた美穂は、校舎が爆散するのを見ると涙目で駆け寄っていった。
「悠斗くん、悠斗くーん!」
熱のせいか爆発跡では空気がゆらめいていた。
煙に覆われて1m先さえもよく見えない。
それでも美穂は悠斗の名を叫びながら熱気の中を彷徨った。目に湛えた大粒の涙は煙が染みたのかそれとも不安か。
やがて美穂は見つける。
陽炎の中、立ち上がる長身の影。
「あ……っ」
ひび割れた黄金の甲冑が美穂の瞳に映った。
その傍らには、勇者の翼に守られた悠斗の姿があった。
「お待たせしました。貴方の大切な人、取り戻してきましたよ」
美穂は、有り余る勢いで悠斗に抱きついた。意地でも悠斗を守り抜く。その思いが少年を愛しき者のもとへと届けたのだ。
資金の問題を抱えているらしい笹岡研究室は、しばらくは大人しくしているに違いない。悠斗にもひとときの安息がもたらされることだろう。
萩人は、慈愛に満ちた笑みで喜び合う二人を祝福した。