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到着した撃退士たちを破滅の気配が突き刺した。隠す気もない剥き出しの悪意が街に充満している。巨人が投げつけたのだろう、民家がひとつ、ひっくり返った乗用車に押しつぶされていた。
ミリオール=アステローザ(
jb2746)は、オモチャを奪われた子供のごとく怒りを露わにした。
「許しがたいのですワー」
「ええ、力無き人々を傷付け、帰るべき場所を奪うなどと」
「街を滅茶苦茶にするなんて絶対に許せない」
「んば!」
レグルス・グラウシード(
ja8064)と夢前 白布(
jb1392)の善良な解釈につられたミリオールは、ストレートな闘志をみなぎらせた。
撃退士たちが警戒したのは翼蛇による奇襲だ。使徒と一つ目巨人は手強い。だからこそ翼蛇に背中を突かれることは避けたかった。
森田良助(
ja9460)は索敵担当として慎重に先頭を進む。翼蛇の気配はまだ掴まらない。使徒と巨人の姿が視界に入った。距離80m。このままでは翼蛇の潜伏場所が分からないまま巨人とかち合うことになる。
(いないはずはない……)
焦る気持ちを抑え良助は気配を探る。そして視界の隅を一瞬だけよぎった白い影を見事に捉えた。
「いました。一体。庭の植え込み潜んでます。そこの信号の、曲がり角の民家……」
声を潜め、使徒に気付かれないよう仲間に伝える。
「近いですね……」
良助が指定した地点は巨人から10mといったところだ。手を出せば確実に巨人との乱戦になるだろう。
「これは僕の予想ですが、残りの二体も巨人を囲むようにして潜んでいるのではないでしょうか。同じぐらいの距離で」
レグルスの言う通りならば、それぞれ別個に対処して各個撃破、とはいくまい。翼蛇の相手をするにしても巨人の射程内での戦いを強いられるだろう。
(くっ、この威圧感……。やれるのか、僕に)
突き刺さるプレッシャーに白布は唇を震わせた。
「考えても始まらん。敵の布陣がどうであれ作戦に変わりはないのだろう。時間ぐらい稼いでやるさ」
不遜な笑みを浮かべて巨人の肩に乗る使徒を見上げるのはフィオナ・ボールドウィン(
ja2611)。
「よし、行きましょう!」
戦域に突入した良助が、翼蛇の潜む植え込みへ先制射撃を仕掛ける。それが戦いの嚆矢となった。
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良助が撃ち込んだのはマーキングのアウル。これで翼蛇はどこに隠れようと居場所が筒抜けだ。
自棄になったか単なる習性か、逃げの手を失った翼蛇はシャアアと荒い息を吐いて一直線に良助へ飛び掛かってきた。
「剥き出しの蛇など!」
「魔弾よ、行けっ!」
白布とレグルスの魔法が飛ぶ。だが、直撃を受けながらも翼蛇は止まらない。そのまま良助へとかぶりついてくる。
「森田さん、危ない!」
水無瀬 快晴(
jb0745)がとっさに割って入った。翼蛇の牙がレート差と共に快晴の脇腹へとめり込む。想像以上に一撃が重い。
「動きを止めたよ、今なら!」
「捉えた! ですの!」
ミリオールの掌から伸びてきた不可視の第二腕が、翼蛇を快晴から引きはがす。
「これで真っ二つ、ですワ!」
腕を引きつつ第二腕で翼蛇を握りつぶす。刹那、アウルの暴風が翼蛇を真っ二つに切断した。
「まずは一体!」
作戦は順調だ。だが、ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)の心中は穏やかでなかった。
「快晴さん、無茶はあきまへんで」
「……ああ」
どこか上の空な返事。胸に不安が募る。だがゼロは巨人を抑える役を任されていた。いつまでも快晴の傍にいるわけにいかない。
「……帰り、待ってる人、ようけおるんやで」
それだけ言い残すと、ゼロは巨人と使徒に向かっていく仲間の背を追った。
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風の如く駆けたフィオナは、ミリオールが最初の翼蛇を切り刻むよりも早く巨人に斬り込んでいた。
「来たな久遠ヶ原ぁーッ!」
歓喜とも思える使徒の叫びが響く。
「最初の犠牲者はキレイな姉ちゃんか! せっかくだから可愛がってやるかぁ?」
「フ、捉えきれるつもりならやってみろ!」
フィオナの剣が巨人の足首に叩きつけられる。だが一つ目の巨体は微動だにしない。
「大口叩いてその程度! かませ犬とはまさにテメェのことよぉ!」
ズシイイイン、と道路が揺れて巨人の踏みつけ攻撃が炸裂した。だがすでに、攻撃線上にフィオナの姿はなかった。
「は。かませ犬にすら当てられぬ貴様は、よほどの小物だろうな」
フィオナの挑発にシュトラッサー・黒木はヒュゥと楽しげな口笛を吹いた。それが合図だったのか。レグルスの予想したとおりの位置から飛び出してきた二体の翼蛇が、フィオナへと襲いかかる。敢えて前進して二つの攻撃線をかいくぐったフィオナは、そのまま巨人の内股へと転がり込んだ。
「そこまでだぜぇ!」
使徒の声と共に巨人の足が再びフィオナへと迫る。さすがのフィオナも、三体がかりの集中攻撃をかわしきることはできない。巨人の足がフィオナを踏みつぶした。
「ヒャッハッハ! やはりかませ犬だったなぁ!」
「……貴様がな」
巨人の足の下でフィオナはまだ健在、左腕で足の裏を防ぎつつ反撃の剣を巨人の土踏まずへと叩き込んだ。
使徒の余裕は崩れない。
「ハハハ、足蹴にされて必死に抵抗! どんな気分だぁ?」
巨人の足に力がこもる。そのままフィオナを踏み抜くつもりのようだ。踏みつけられたままでは回避行動も取れない。万事休す。それでもフィオナの顔には自信が浮かんでいた。
「逝けよ、オラア!」
一つ目巨人がフィオナにとどめの一撃を繰り出す。
だがその一撃は届かず。向坂 玲治(
ja6214)のアウルの翼が、フィオナを守るべく滑り込んできたのだ。玲治の翼に遮られて巨人の攻撃は止まった。
「がっ!」
同時に、玲治の口から勢い良く血が噴き出した。フィオナの代わりに受けたダメージはかなりのものだったようだ。
「来たか、向坂」
窮地に立たされてなお怯まぬフィオナに、玲治は口の端についた血をぬぐいつつニヤリと笑み返した。
「いつまでも二人で遊んでんなよ。寂しいじゃねえか」
「ハハハ! いいぜテメェら! 頑張ってるじゃないか! お前らの絶望はまさしく極上の味だろうなぁ!」
「ほざいてろ。威勢がいいのは口だけか」
「おう、自己紹介お疲れさん!」
二体の翼蛇が、今度は玲治を襲う。レグルス達はすでに翼蛇を射程内に捉えていたが、このタイミングで射撃すれば玲治に当たる可能性があり手が出せない。
二対の牙が玲治を貫いた。敢えて絡みついてこなかったのは、すでに傷付いた玲治ならば次の攻撃で倒せると踏んだからだ。
しかし玲治は倒れない。食らいつく二体の蛇を振り払うと巨人に拳を向ける。
「こんなもん屁でもねえな。かかってこいよ、でくの坊」
玲治の気迫を前に、楽しげだった使徒はついに苛立ちの色を浮かべた。
「いい加減くたばっちまえよ。あんまりしつこいとシラけっぞ?」
「黙れ! そうやって遊び気分で! お前なんかには絶対負けないぞ! 罪深き者よ、悔い改めよ!」
白布の怒りを乗せたアウルの黒き刃が、再び玲治を狙う翼蛇の一体を粉砕した。
「これで二体!」
残る翼蛇は一体。だがその一体が、玲治の動きを封じるべく彼の身体に絡みついた。
この混戦だ。窒息させられるほど長々と締め付けられる心配はいらない。問題は、翼蛇によってフィオナとの距離を引きはがされたことだ。
「さっきからチクチクと! いい加減逝っちまえや!」
ズガァ!
動きを封じられながらも反撃の手を緩めなかったフィオナが、翼の庇護を失ってついに踏みつぶされた。
「次はテメエだ、覚悟しろやあ!」
翼蛇に絡みつかれる玲治に、巨人の一つ目が向けられる。カッと見開かれた目にアウルの力が集まった。ギガントビームの兆候。敵は翼蛇ごと玲治を焼き払うつもりだ。
この瞬間を待っていた。
玲治に集中する攻撃線と、一瞬の隙。今ならばレート差の大きい身でも玲治の庇護なく一撃を叩き込みに行ける。ゼロは闇の翼で飛翔すると巨人の目に狙いを定めて大鎌を差し込んだ。
巨人の目こそ潰せなかったが、顔面に直撃した一撃は視線、すなわち射線を玲治から逸らすには十分だった。
「大丈夫ですか!」
すかさず駆け寄ったレグルスが、玲治から翼蛇を引きはがし仲間の方へと投げつける。
「取った! これで三体!」
射撃による集中砲火で最後の翼蛇はその動きを止めた。あとは、巨人と使徒だけだ。
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「ほな、いきましょか!」
ここが勝機。撃退士たちはゼロの薙ぎ払いを起点として巨人に一斉攻撃をかけた。
「これは、お前の悪行への罰だ!」
「うるぁ!」
足の小指、アキレス腱、膝の裏、腕、そして目……。人型の巨体にとって弱点と思しき点を的確に見定めてそれぞれの秘技を繰り出す。光を帯びた一撃、闇の矢、十字の刃、黒き触腕の群れ。それぞれの思いを具現化したアウルが一つ目巨人を包み込む。
「ちっ……これはもたんか」
不利を悟った使徒は巨人を一旦後退させると見限ったようにその肩から降りた。
撃退士たちは総攻撃に乗じて布陣を立て直し、玲治を軸に据えて巨人を包囲している。巨人はすでに足元がふらついており、体力はほとんど残っていないと思われた。
(さて使徒はどう出る……?)
次の総攻撃で巨人が沈むことは明白。されど撃退士たちは慎重に間合いを見計らった。シュトラッサー・黒木はめずらしくぼんやりとした表情を浮かべており、遊びに飽きた子供のように見える一方で、祭りの後の余韻を楽しんでいるかのような気配も感じられた。
刹那の、それでいて永遠とも思える睨み合いの中で、黒木はふっとため息をつく。
「じゃ、俺、帰るわ。まあ悪くない時間だったぜ」
友達にする挨拶のような何気なさで手を上げる黒木。
だが、撃退士たちは見逃さなかった。その口元が突如としていびつにつり上がったのを。
「ひとつだけ気に食わねえのは、テメエがまだ立ってることだよ!」
巨人の拳が一直線に、傷だらけの玲治へと飛ぶ。
「させない!」
まるで待ちかねていたかのように間に割って入ろうとする快晴。その進路をゼロの腕がそっと遮る。
「大丈夫や、信じましょ!」
玲治は盾を構えると両腕で巨人の拳を受け止めた。
ズゴォ!
重い打撃音が響く。耐えられる道理などどこにもない。玲治が一人で戦っていたのならば。
だが玲治は一人ではない。良助の暖かな癒しのアウルが、レグルスの真っ直ぐな思いを乗せた盾のアウルが、玲治の背中を支えていた。
「残念だったな。俺は最後まで倒れねぇよ」
玲治は勝利の笑みを浮かべると、腕を掲げて総攻撃の指示を下した。
それが、巨人の最後となった。
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いつの間に現れたのか、黒木はコウモリ型のサーバントに掴まって空へと飛び去っていた。
「二度と僕達の前に現れるな、次にこんなことをしたらタダじゃ済ませないぞ!」
「今度会ったら、この森田良介があんたの好きな絶望を与えてやるよ!」
「おう、次も遊んでくれるなら楽しみにしてるぜーッ!」
懲りた気配もなく、使徒の背中が遠ざかってゆく。
「あの野郎、一発ぶん殴って……ごふっ」
「無茶はダメですよ! 今日は痛み分けとしておきましょう」
「ああ……ったく、面倒な奴ばかり増えやがるぜ」
戦いが終わったのを実感した玲治は肩の力を抜いた。すると足の力まで抜けて、道路の真ん中に大の字に倒れ込む羽目になった。ダメージは深い。しかし生きて勝利を掴んだのだ。
晩冬の風が、戦いで汗ばんだ肌を流してゆく。二月の終わりに吹いた風は思うより穏やかだ。間もなく春が来る。
柔らかくなった風を受けながら、白布は力尽きたまま路面にうち捨てられていた撃退士・慎治と美奈を助け起こした。
「ありがとう。君達が頑張ってくれたから、僕たちが来るのが間に合ったよ。君達のお陰で、街の人々を守れたんだ」
やがて、パトカーと救急車のサイレンが賑やかに鳴り響いた。空に陣取っていたミリオールは、その音を聞きながら傷付いた仲間たちの元へとふわり降り立つ。
ミリオールは改めて地球の光景を噛みしめた。天使軍に反命してまで守ろうとした地球の人々の営為が、今そこにある。
かくて暴虐の使徒は去り、人々の営みは明日へと繋がれた。