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「おー、あれかー」
陣地に辿り着いた花菱 彪臥(
ja4610)は、手のひらで日光を遮りつつトーテム砲台に目をやった。その表情はあふれるばかりの好奇心に輝いている。
「おもしれー顔! めちゃ登ってみたいぞ!」
「いや、面白がっている場合では。面白いというより悪趣味ですし、早めに壊してしまいましょう」
彪臥とは好対照な緊張感を抱いて隣に並ぶ少女は華澄・エルシャン・御影(
jb6365)。一筋縄ではいかない相手だが、これ以上の被害を出すわけにはいかない。華澄の瞳に強い意志が宿る。
「よくぞ来てくれた、同朋たちよ」
駆けつけた若き撃退士たちに、安藤隊長は信頼のまなざしを向けてくれた。
「さっそくですけど、これ貸してもらいますよ」
すっと身をかがめた彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)が、トーテムの砲撃で壊滅した防衛拠点から一丁の銃を拾い上げる。
「あ、ああ……だがその銃は……」
安藤隊長が言葉を濁したのは、砲撃の被害で撃鉄が破損していたからだ。
「問題ありません。十分に活用できますので」
「わかった。それは森川が念入りに整備していた銃だ。まだ戦えるというのなら、よろしく頼む」
彩は片手を挙げて安藤隊長に応えると、さっそくトーテム砲台に向かって歩き始めた。トーテムの主砲が撃たれればそれで自軍は壊滅だ。悠長にしている暇はない。
戦況の鍵を握るのはSpica=Virgia=Azlight(
ja8786)。負のカオスレートと優れた射程を持つ彼女は、敵のレンジ外から一方的に高威力の射撃を押し付けることができる。とはいえ、それは踏み込まれれば一気に切り崩されるリスクとも背中合わせだ。
「じゃあ行こうか」
「何処かの誰かの未来の為に、だね」
麻生 遊夜(
ja1838)と来崎 麻夜(
jb0905)は、スピカを護るようにして陣形の後部についた。砲撃が木を薙ぎ払ったおかげで、トーテム砲台までは直通の一本道が出来ている。
「っしゃあ、やるぜ! ぶっ飛ばすぞ! 山の緑を台無しにした連中をなっ!」
彪臥を陣形の先頭に据え、撃退士たちは砲撃跡を全力で駆け上がった。
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彩を除く五名は視界の悪い森を避けて進軍したため、移動が迅速な反面、敵側からは丸見えである。彼らの進軍を認識したらしいトーテム砲台がクオオオオオオオンと遠吠えのような音を響かせると、敵陣がにわかに騒がしくなった。
「なるほど、観測士はトーテムの方でしたか」
敵に気付かれたようだが、だからといって進軍を緩める気はない。元より時間との戦い、強行突破もやむを得ないところが多分にある作戦だ。重要なのは進軍速度、撃退士たちはそのまま砲撃跡を突き進んだ。彩は、針葉樹林に身を隠しつつも他の五名に遅れることなく並走している。さすがの身のこなしといったところか。
「ターゲット、レンジ内……」
スピカの呟きに合わせて一同は足を止めた。敵部隊の気配はあるが、森に潜んでいるらしく姿は見えない。この様子だと、歩兵が出てくるわけでも砲撃が飛んでくるわけでもなさそうだ。
「敵はトーテム護衛の布陣らしいですね」
「こいつはおいしいな。レンジ外から狙えそうだ」
余裕そうに頷き合う彩と遊夜の隣で、華澄は緊張感を崩さない。
「黙ってやられてはくれなさそうですよ」
「大丈夫!」
彪臥は元気いっぱいに断言した。
「いざとなったら、俺が守ってやるぜ……って、おいぃっ!」
トーテム砲台を狙撃するため高度限界まで飛翔していくスピカに、彪臥は思わずこけそうになった。彼は人間。上空30メートルの味方を守るのはさすがに厳しい。
銀色の光粒を散らしながら狙撃地点まで飛行したスピカは、急停止すると1メートルを超える銃身をトーテム砲台へ向け、瞳を琥珀色に輝かせた。
「戦闘モード、起動。ターゲット、ロック……」
主砲である最上部の顔に狙いを定めてトリガーを引く。
「排除……!」
放たれた弾丸がトーテムの眉間に突き刺さった。手応えあり、といったところだ。
トーテムは撃ち返してこない。完全に敵のレンジ外だ。
「もう一撃……」
射撃の反動でぶれた銃身を再び合わせるスピカだったが、トーテム砲台はゴゴゴゴゴと地響きを立てて地中へと潜ってしまった。
「見たか、今の! 顔がぐるぐる回ってたぜ! おもしれー!」
「だから、喜んでいる場合では……!」
ガサガサと木を揺らす物音が撃退士たちに近付いてきた。敵の歩兵たちが進軍してきたのだ。撃退士たちとサーバントの軍勢が、いよいよ激突する。
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徐々に迫ってくるサーバントの足音。迎え撃つ撃退士たちの先頭は彪臥。
真っ先に動いたのは彩だった。銃身を構え、彪臥のさらに前の地点へ身を乗り出す。
すると、木陰から飛んできた三本の矢と二発の雷撃が彩に襲いかかった。
「うおっ、あ、あぶねー!」
敵の攻撃は全て、彩の身体をすり抜けてゆく。躍り出た彩は本人でなく、投影された分身だったのだ。
もし彩が分身を仕掛けなければ、敵の先制攻撃は先頭にいた彪臥へ突き刺さっていたはず。
「ナイスだぜ、彩ねーちゃん!」
初手をしくじったリザードマンめがけて彪臥は反撃の矢を撃ち込んでいく。
一方ハーピーは、15メートル程度の高度を維持し、木々の間を縫うように突き進んでいた。おそらく空中のスピカを足元から奇襲するのが狙いだ。物音からハーピーの接近を察知したスピカはライフルを下へ向けたが、針葉樹の枝葉が邪魔で狙いが定まらない。
「行かせん!」
スピカをフォローすべく銃を構えたのは遊夜。木々の間を飛んでいくハーピーを狙撃することは熟練した撃退士でも難しい。しかし彼はこの悪条件を少しも不利に感じていなかった。迷わずに力を展開する。アウルの鎖が絡みつき、遊夜を大地に固定した。
「ここで墜とす!」
トリガーを引く遊夜。その狙いはあまりにも正確だ。翼なき者の銃弾が、天魔の翼をあやまたずに穿つ。
「とったわ!」
高く跳躍した華澄は、遊夜の一撃を受けて墜落してきたハーピーを上から一気に切り伏せた。まずは一体。
仲間が討ち取られたのを見たもう一体のハーピーは、慌てて高度を上げて遊夜の射程外に逃れた。迎え撃つスピカのライフルは取り回しの問題で至近距離での戦いに難がある。ハーピーとの空中戦をするには分が悪い。
「よし、麻夜。スピカさんの死亡フラグをへし折ってこい」
遊夜に命じられるまでもなく、麻夜は背中の翼で空を駆けハーピーを追っていた。
「その邪魔な翼を削いであげるよ」
加速した麻夜が、スピカとハーピーの間に割り込んで鎖鞭を構える。
そのときだった、ゴゴゴと再び地響きが来てトーテム砲台が地面から生えてきたのは。
「挟まれた!?」
トーテムが生えてきた位置はスピカのすぐ後ろ、撃退士たちはリザードマンたちとトーテム砲台に挟撃されることとなった。
トーテムの顔のうち、中央のものと下のものがそれぞれ目をキラリと光らせた。撃つ気だ。狙いは空中のスピカと麻夜。
レート差を考えれば食らわせるわけにいかない。
「うおおおーっ!」
駆け出したのは彪臥。トーテム砲台を全力で駆け上がると、砲撃が放たれるよりも早く中央の顔がある高さまで登り詰めた。
「守ってやる、絶対だ!」
トーテム砲台にしがみついた彪臥はアウルの翼を大きく展開し、二枚の翼でトーテム砲台の発射口をそれぞれ塞いだ。
放たれたトーテムの砲撃を、彪臥の翼が受け止める。
「うおおおっ!」
飛び出してきたのはミサイル状の実弾とビーム状の魔法。零距離からのビーム砲に、彪臥の翼が一枚、消し飛んだ。
「まだだ……っ、まだ、これからだぜ……っ!」
食らってみて分かるのはビーム砲の威力のすさまじさだ。これをスピカや麻夜に食らわせるわけには絶対にいかない。彪臥は翼の位置を入れ替え、残された翼でビーム砲の発射口を塞いだ。
間髪入れず、トーテム砲台が二度目の砲撃を放つ。下側の顔から、ミサイルが飛び出してスピカに襲いかかった。
着弾、爆風が広がる。
「っ……!」
ミサイルの直撃を受けつつも、スピカは墜ちることなくライフルの射程限界距離まで離脱してゆく。
同時に、中央の顔からも高出力のビーム砲が放たれていた。
「守る、守ってみせるっ!」
残された翼を輝かせて彪臥はトーテムのビーム砲を一身に引き受けた。むろん、彪臥の負担は並大抵ではない。たとえ力及ばなかったとして彼を責めるものはどこにもいなかっただろう。しかし彪臥は耐える。歯を食いしばってビーム砲を翼で食い止めている。
「さあ、堕ちよう……」
彪臥が奮戦する中、麻夜は手の平から飛び出した赤黒い銃でハーピーの翼を撃ち貫いていた。飛べなくすればハーピーなど恐るるに足らず。狙い通り、ハーピーは地上めがけて墜落していった。
「終わりだ、さようなら」
遊夜は銃を掲げ、墜ちてきたハーピーを銃口で受け止める。トリガーを引き、そのまま脳天を粉砕した。見事な連携である。これで二体。ハーピーの掃討は完了だ。
空中戦を終えた麻夜はふわりと地に戻り遊夜の背に隠れた。
「よっしゃ、全員、無事だなっ……!」
スピカと麻夜の離脱を確認した彪臥は、仲間たちに笑顔を見せると、ふっとトーテムの顔から離れ、力尽きたようにゆっくりと地に墜ちていった。
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空中戦が繰り広げられていた間、彩と華澄は巧みな立ち回りでリザードマンの進軍を食い止めていた。遊夜、麻夜、スピカの三名でトーテムに火力集中すれば沈めることは十分に可能なはずだ。
「これ以上好き勝手やらせるわけにいかん!」
遊夜は腐蝕のアウルを銃弾に込めて放つ。着弾点を中心に、毒々しい模様が蕾のように広がってトーテム砲台を侵食した。
その一撃で柔くなったトーテム砲台を、スピカが超長距離から狙撃する。トーテム砲台はバランスを崩して、わずか一瞬、斜塔のように傾いた。
しかし、トーテム砲台も黙ってはいない。スピカと麻夜を守るように位置取る遊夜をめがけ、ミサイルとビーム砲を同時にぶっ放してきた。
「っぐ!」
ミサイルのほうは俊敏な遊夜にとって全く脅威でなかったが、さすがにビームは話が別だ。遊夜は衝撃と爆風で大きく吹き飛ばされた。
「先輩……! よくも……」
麻夜の瞳から光が消えた。同時に、憎悪を体現したかのような禍々しい刺青が麻夜の肌に浮かび上がる。天軍に絶大な効果を発揮する範囲攻撃、Darker than Blackの発動だ。
「黒く染まろう。ボクより黒く、真っ黒に!」
漆黒の羽が、刃となって狂ったように舞い乱れる。トーテムの三つの顔を全て巻き込んで、麻夜の憎悪がトーテムをズタズタに切り刻んだ。
だが、咲き乱れる黒羽の中でなお、トーテム砲台の目はギラリと輝いた。トーテムはまだ動ける。まだ撃てる。この距離だ、撃たれれば、無事では済まない。
「いただきますよ」
不意に響く彩の声。木を伝ったのだろうか、いつのまにかリザードマンを食い止めていたはずの彩がトーテムの頭上をめがけて跳躍していた。
バスターソニック。超振動波を伴った拳撃が、一直線にトーテムの脳天へと急降下する。
遊夜のアウルに蝕まれ脆くなっていたトーテム砲台は、その一撃で根元まで真っ二つに割れた。
飛行部隊と主砲を失った今、残る敵は三体のリザードマンのみ。
「さあ、トカゲさんたち、覚悟はいいかしら?」
後顧の憂いがなくなった華澄は、舞うようにしてリザードマンたちに斬り込んでいった。リザードマンたちが華澄を突破するべくもなく各個撃破されていったのは、残った戦力差を考えれば語るまでもない当然の帰結であった。
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「おお、よくやってくれた。さすがは久遠ヶ原の精鋭たち、心から礼を言うぞ!」
安藤隊長のもとへ戻った六人を出迎えたのは、サーバントどもの本隊を撃破し無事に帰還した地元撃退士たちだ。彼らは綺麗に整列すると、清々しい笑顔で若き精鋭たちに敬礼をした。
「任務成功、ですね」
「Take a break.」
華澄と彩が爽やかな様子で敬礼に応えた。その後ろで、戦いで傷付いた彪臥が悔しげに呟く。
「にょきにょきするとこ、ちゃんと見たかったなぁ。俺、トカゲに気ぃ取られてて……」
「って、まだそんなこと言ってるんですか」
余裕のある会話に、撃退士たちは声を合わせて笑い合った。それにてみな、戦いが無事に終わったことを実感できたのだった。