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サーシャ ヴァレンシア(
jb6734)はまず笹岡研究室の端末をハッキングすることから始めた。しかし、笹岡研究室のコンピューターはそもそもインターネットに繋がっていなかった。
「なんてナローな!」
サーシャは思わずモニタをひっぱたいた。これでは外部からのハッキングは難しい。
「こんな楽しそうなことをオフラインでこっそりやってるなんて……許せない……!」
サーシャは嫉妬の炎を激しく燃やすと、勢いに任せてコンピュータウィルスを作成した。このウィルスはパソコンのデータ全てを暗号化して読み取り不能にする優れものだ。
8人分のウィルス入りUSBメモリを手早く用意したサーシャは、来るべき突入に備えて闘志をたぎらせた。
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そのころ天使の獺郷 萩人(
jb8198)は上空からの偵察を行い、情報を仲間に伝えていた。エヴァ・グライナー(
ja0784)と雫(
ja1894)は、萩人からの情報と校舎の見取り図を元に突入計画を検討している。
「ふーむ」
見取り図の上で振り子を揺らしながら、エヴァは淡々と計画を立てた。
(多分、電子的なトラップが多いはずよね。電気を使えなくすればいいんじゃないかしら)
エヴァは改めて見取り図を確認した。
見取り図によると校舎は一文字型、階段は両端に一つずつ存在している。配電盤は1階の、玄関から右側の階段付近にあるようだ。
「よし、私は隙を見てブレーカーを落としておくね。攪乱は任せたよ」
作戦と進入経路が決まった。撃退士たちはさっそく囮班と潜入班に分かれて改造校舎の攻略を開始した。
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上空から偵察にあたっていた萩人は、そのまま囮として挑発を行うことにした。
「笹岡研究室よ、汝が相手、我が務めん。来い!」
高らかな宣戦布告と共に、校舎の上空を舞う萩人。
「悠斗君の送り込んできた刺客か! 岡部君、迎撃だ!」
挑発にかかった笹岡研究室は戦闘態勢に移った。萩人は手加減はいらぬとばかりに光纏し、神々しいまでに輝く黄金の甲冑をまとう。その姿は神話の勇者を彷彿とさせた。
「はーい、じゃあ遠慮なく」
岡部助手はバスバスバスッと屋上のバズーカを三連発で放った。
ドゴォォォォン!
「ぬおおおあああ!」
バズーカの直撃を受け、萩人は黄金の甲冑とやけにマッチした独特のポーズで吹き飛んでいった。上空からの挑発行為は囮行動として悪くない案だったが、さすがに一人では無理があったようだ。
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時を同じくして地上では、囮班の四人が地上から改造校舎へと突入した。
先頭を進むのはアンジェリク(
ja3308)。
「落とし穴とか仕掛けられている可能性は高いですわね。私ならば、もしもの場合は小天使の翼とか使って落ちるのを防げますわ」
との意図だ。
しかし。
ビヨォォォォン。
玄関に進入した途端、床が勢い良く跳ね上がり、アンジェリクはなんと上方向に打ち上げられた。
ドゴッ!
頭から天井に突っ込むアンジェリク。
「なんとなく嫌な予感はしたんですの……」
そう呟くと、そのまま気を失って落下していった。
「なかなかの、威力……」
Laika A Kudryavk(
jb8087)はメモを取りつつ罠の効果を評価した。もし横並びに一斉突入していたら、一撃で全滅していたかもしれない。
囮班はアンジェリクの尊い犠牲により玄関を突破し、改造校舎の内部へと踏み込んだ。
潜入班はブレーカーを落としたのち右側階段から三階へ進むはず。囮の三人は左側の階段から笹岡研究室を目指すことにした。
1階廊下を進みつつ、鴉乃宮 歌音(
ja0427)は監視カメラを探した。的確な判断である。監視カメラというのはその役割上、見えない場所へ隠しておくことができない。それに、笹岡部長たちが三階から遠隔操作で罠を動かしているのなら視界を潰すことで罠を無力化できる。
案の定、廊下には監視カメラが二基、仕掛けてあった。歌音はクロスボウを構えて二基のカメラを正確に撃ち壊す。これによって囮班は1階廊下を難なく突破することができた。
しかし問題は2階へと上がる階段だった。学校の階段というものは踊り場で180度屈折している。これが射線を遮るために、階段に限っては事前に監視カメラを破壊しておくことができない。
そこで進路確保のため先行したのは大浦正義(
ja2956)。罠が作動した場合に味方を巻き込まないよう、単身で階段を駆け上がる。すると、踊り場を曲がった瞬間に巨大な岩が襲いかかってきた。
巨岩の直径は階段通路の幅とほぼ同じ。それがガンガンガンと段差を打ち付けながら階段を転がり落ちてくる。このままでは岩の下敷きだ。だが正義はたじろがなかった。
「攻撃して壊せそうな罠なら、容赦なくやらせてもらうよ 」
正義は漆黒の太刀を構えると、意識を集中した。
刃が紫色に燃え上がる。
岩の迫るタイミングを正確に見極めて、一閃。
剣の軌跡が美しく弧を描いた。
その剣術はあまりに巧み、巨岩はスパっと真っ二つになった。
しかし、真っ二つにしたところで、パカッと割れるには通路の幅が足りなかった。
ドゴォ!
そのまま転がってきた岩が直撃し、正義は吹っ飛ばされた。不運なことにここは踊り場、正義は後方の壁に叩きつけられたあと、半月型に割れた岩に二度も追い打ちされるはめになった。
「……斬ってどうにかなる罠じゃなかったようだね」
がくっ、と正義は昏倒した。
「なかなかに、強力……」
先頭をLaikaに交代すると、囮班は二階へと進む。早くも残っている戦力はLaikaと歌音の2名のみ。だが彼らはあくまで囮。本命は潜入班である。
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囮班の活躍に乗じて窓から校舎内に潜入したエヴァは、さっそく配電盤のもとへ向かいブレーカーを落とした。
バチン、と電気が消える。校舎内はにわかに薄暗くなったが、窓からの太陽光があるので視界に困るほどではなさそうだ。
これで笹岡研究室は電力を使えないはず。だがそこに校内放送によるツッコミが入った。笹岡部長の声だ。
「愚かな侵入者どもめ。予備電源ぐらい用意していないとでも思ったのか? 悠斗君、これ以上の戦いは無益だ。もうやめるんだ!」
「うーん、いない人の名前を出されてもね」
エヴァは思わずツッコミ返していた。
電力供給を完全に断つことはできなかったようだが、笹岡研究室の室員はたったの二人だ。侵入者への対応にも限界がある。エヴァ、雫、サーシャの三名は囮班が笹岡たちの気を引いている隙に二階へと上がっていった。
特に妨害を受けるでもなく二階へと辿り着く潜入班。そのまま三階へと上がっていく、と思いきや雫が2階廊下へと進み出た。
「私は研究室の真下の教室から天井を破って攻撃します。……違法改造によって耐久性が落ちたと報告すれば大丈夫な筈」
雫はエヴァ、サーシャと行動を別にすると、アウルの力で加速し一気に廊下を突き進んだ。
学校の校舎というものは1階から3階まで一本の階段で繋がっているので、笹岡研究室が3階にある以上、2階を攻略する理由はほとんどない。それは裏を返せば、2階を防衛する理由もほとんどないということだ。
そのため2階廊下には罠も仕掛けも一切なく、雫はいとも簡単に笹岡研究室の真下の教室へと潜り込めた。
しかし。
忘れていたのであろうか。笹岡研究室の真下といえば、悠斗が引っかかった「3階から下水まで一直線落とし穴」の落下ラインにビンゴの位置である。そこに立つのは極めて危険だ。
当然のように、雫の足元の床がパカリと開いた。
「あっ……!」
雫は落とし穴に気付いたが、時すでに遅し。足場が無ければ跳ぶことも踏みとどまることもできない。
「ああーーーっ!」
あわれ、悠斗の二の舞となった雫は、手足をばたつかせながら真っ逆さまに汚水へと落ちていったのであった。
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多くの犠牲を出しつつも一行は進撃を続けた。
笹岡研究室のある三階まで辿り着いた精鋭は4名。囮班のLaika、歌音と、潜入班のエヴァ、サーシャだ。
だが、三階に上がった途端に壁のバキューム装置が作動し、先頭を進んでいたLaikaはバキューっと壁に吸い寄せられた。
ドゴォォォン。
タイミングよく壁に埋めてあった爆弾が炸裂し、Laikaは硝煙の中からススまみれの姿を現すこととなった。
「罠を、一つ、潰した……。被害、多し……」
Laikaは爆発力を評価しながら、ばたりと倒れた。五人目の犠牲者であった。
しかし彼らの進撃は止まらない。すでに歌音は3階廊下に仕掛けてあった監視カメラ二基を破壊していた。これで廊下の罠を遠隔操作することはできない。あとは笹岡研究室に乗り込むだけだ。
だが笹岡部長は諦めてはいなかった。
「まだだ! カメラを潰されただけだ!」
笹岡部長は研究室のドアを開けると、顔だけにょきっと出して肉眼で廊下の様子を確認してきた。
「現れたわね笹岡あああぁぁ!」
笹岡部長の姿を確認したサーシャは、どこか愛憎の入り混じった叫びを上げて研究室へと駆けだした。いよいよ決戦の時だ。エヴァと歌音もそれぞれ研究室めがけて疾走した。それを見た笹岡部長はすかさず命じた。
「今だ岡部君! 敵は一列に並んだ! コリダー・ビームを使え!」
「了解! 安全装置解除!」
なんと改造校舎の三階には、最終防衛兵器として廊下全てを薙ぎ払う極太のレーザー砲が設置してあった。大口径ゆえ廊下にいるかぎり決して回避できないという、恐るべき砲撃兵器である。
「行けぇ、コリダー・ビィィィィム!」
岡部助手が、この瞬間を待っていたとばかりに魂の叫びを上げた。放たれた極太のレーザーが、3階まで攻め上がった勇者たち全てを薙ぎ払う! ……はずだった。
「ごめん部長! 非常電源じゃ電力足りないみたいです!」
「なんとぉぉーっ!」
ここへ来て、エヴァがブレーカーを落としておいたことが起死回生の一撃となったのだった。
「おのれ、おのれえええ!」
笹岡部長は慌ててドアを閉め、研究室内に引っ込んだ。
「ふ、チェックよ、笹岡!」
ついに研究室まで辿り着いたサーシャは、ノリノリでドアノブに手をかけた。だが、ノブにはしっかりと電撃装置が仕込んであった。
「しばああっ!」
感電したサーシャは、謎の悲鳴を上げて倒れた。とはいえ研究室前まで踏み込まれては笹岡部長の罠も悪あがきの域を出ない。
「できることをしなければならないなら投降しなさい。できるのだから」
歌音は扉越しに降伏勧告を行った。その声には冷静ゆえの威圧感があった。
降伏勧告に対し、笹岡部長は即答した。
「ふむ、見事な手並みだと言っておこう。しかし!」
笹岡部長は声を荒げた。
「我が笹岡研究室の機密は誰にも渡さん! 渡さんのだ! 岡部君、あれを使いたまえ!」
「了解! 自爆装置、起動!」
岡部助手がポチっとボタンを押すと、改造校舎にけたたましい警報が鳴り響いた。
そもそも笹岡部長の目的は機密漏洩を防ぐことであり、悠斗にこだわったのも彼が研究室の機密を知っているからである。研究資料の入ったコンピュータなどには初めから大した関心はなかったのであった。
ちゅどーん!
改造校舎は、自爆装置によって派手に爆散した。
「忘れるな、この笹岡ある限り、研究は何度でも蘇るのだぁぁぁ!」
負け惜しみを残しつつ、笹岡部長と岡部助手は爆風によって空の彼方へと消えていった。
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戦いは終わった。
改造校舎の脅威は去り、笹岡研究室の研究資料は破壊された。
だが、これで笹岡部長の研究が潰えたわけではない。いつかまた、機密を知る悠斗を狙い笹岡部長が逆襲してくるはずだ。されど今は自爆に巻き込まれた突入部隊の無事を祈ることにしよう。
完