●洞窟へ
「採掘体験はこちら」と書かれたのぼりが山道の脇で風に揺れる。
工房と休憩所、そして陳列棚を設けた販売所の三つに臨時休業を報せる紙が貼られている。
紅葉の季節を迎えればあたりはさぞ綺麗だろうと雁鉄 静寂(
jb3365)は思い巡らせ、深呼吸した。憩いの場を荒らす天魔は排除あるのみだ。
渡辺と名乗った鉱山担当者の男性は、観光用トロッコの運転をしているそうだ。今回の異変を最初に見つけたという。
「洞窟の中をね、得体の知れないふわふわしたものが飛んでるんだ。幽霊だなんて噂も出てきてさ」
「しっかりと安全を確保するよう全力を尽くします」
穏やかな笑顔は崩さないまま、確かな口調でユウ(
jb5639)が敵の殲滅を誓う。
「必ずまたお客様をお迎えできるようにしますね」
そう言い添えると、五十鈴 響(
ja6602)はカンテラと採掘道具を受け取り、神凪 宗(
ja0435)に借りたナイトビジョンを装着した。
トロッコ操作用の鍵を手渡された雪成 藤花(
ja0292)は、手の中の冷たい金属を握る。
「下でしばらく滞在していただいて、もう変なものが出てこないってわかるまで……よろしく頼みます」
頭を下げた渡辺氏に見送られ、九名の学園撃退士は立入禁止の柵の向こうへ踏み込む。
「凄い宝物とかあったりしないかな? ワクワク」
犬乃 さんぽ(
ja1272)はナイトビジョンの視野を調整して洞穴をのぞいた。外のまぶしさと対照的に暗く口を開けた洞窟入口は冒険気分をそそる。
テーマパークにあるようなトロッコの登場に、さんぽは身を震わせる。
「わぁ、これ恋人二人が乗ると、地獄に行っちゃう奴だよね」
「え、そうなの? でも皆で行けば大丈夫、きっと」
大真面目に真帆が答える。さすがにこのトロッコでマグマの池まで到達するのは難しいだろう。
静寂はトロッコの脚部を点検する。念を入れてがたつきがないか調べる。異常なし。
「加賀谷さん、トロッコ操作やる?」
星杜 焔(
ja5378)が真帆に運転席を示すと、
「無理無理! 逆走しちゃう」
盛大に遠慮し、後ずさる真帆である。
「じゃ、俺が操作しようか」
焔が運転席に座り、真帆は藤花の後ろの席に腰を下ろした。
坂に沿って設けられた電灯が上から順番に灯る。
地底に向かって潜ってゆくのに、ユウはまるで宇宙へ飛び出すような不思議な気持ちを味わう。自分の力で飛ぶのとは異なる、乗り物に乗っているからこその感覚だ。
トロッコの席上で、ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は警戒を続けていた。
「今のところ地上には出てきてないみたいだけど、数が結構いるみたいだから、注意はしないとね」
「……あ!」
クリオネ型サーバントだ、と全員が認識した。
一般人が幽霊と思うのも無理はない。あるいは古来の天使、妖精のイメージ。半透明のそれは広げた羽をゆらりと動かし、トンネルの上部を横切る。
ソフィアの動きが速かった。魔法書から生じた雷の剣がまっすぐ伸び、音もなく幽霊を斬る。
走行するトロッコに乗りながらの攻撃だが、ぶれることのない一閃だった。二つに裂けたサーバントが墜ちる。
焔が作動させたブレーキが利き、きしむ音を立てながらトロッコは停まった。
地上側とこれから進む先とを見比べると、ちょうど坂の半ばあたりだ。
トロッコが転覆しないよう、さんぽは姿勢を崩さずにあたりをうかがう。ユウはいつでも闇の翼を繰り出せる状態だが、自由に飛ぶにはここは狭すぎる。
「いない?」
九名は息をひそめ、敵の出現に備える。
「この近くにはいないようですね」
「動かすね〜」
藤花の生命探知で引っかかる反応はなかった。一行は再度、下方を目指す。ソフィアの懐には早めに発動させた阻霊符がある。
「はぐれサーバントでしょうか」
静寂の言葉に、ユウがうなずく。
「トロッコが動いたのを感知して、様子を見にきたのかもしれません」
下層に着くと空気がひんやりと冷たい。方角を示す標識が地面に埋め込まれ、東西南北に道が伸びている。
全員がトロッコから降り、本格的な準備に入る。
「こう狭くては、やはり全員まとまっての戦闘は難しいな」
宗がつぶやく。天井が低く、宗と焔は手を上げたらついてしまう。
「かなり狭いねぇ」
焔が窮屈そうに首をすくめる。
「洞窟が崩れないようにしないとか」
崩落事故を起こしては営業再開も遠のく。宗の言葉に全員が気を引き締める。
連絡用トランシーバーも問題なく作動した。班に分かれて行動を開始する。
●地底世界で光るもの、光を恐れるもの
「いますね……」
濃密な敵の気配を感じつつ、ユウは南方向へ進んだ。背後には真帆と静寂が控えている。
フラッシュライトが作る光の輪の中に現れたのはクリオネ型、しかも把握しきれない数だ。
半透明の躯体が集まって坑道をふさいでいる。
近づいてはこない。撃退士たちを観察しているようにも見える。
後ろに回した手で合図を送り、ユウは闘気開放して歩を進める。クリオネのバリケードを突破して採掘部屋に入ると、敵はベールのようにぶわっと広がり、ユウを取り囲む。
その刹那、静寂のファイアワークスが点火、炸裂し、広がったクリオネたちを鮮やかな炎で燃やし尽くす。
「ユウさん、左!」
範囲から逃れた数匹を、ユウは両手で張った漆黒のワイヤーで追い詰める。
闇の翼で天井に寝そべるように移動すると、そのまま敵を締め上げる。光源を脇に抱えたまま飛ぶことにより、後方の仲間の攻撃機会を増やす。
クリオネが氷のような息を吐いた。静寂の肩すれすれを通った白い靄を真帆が浴びる。
「冷たっ……」
動きの速い一匹が静寂の視界から消えた。
「照らすね」
真帆が光球を生み出し、部屋内部の暗がりは消えた。
ユウの薙ぎ払い。
ヘルゴートで命中力を高めた今、討ち取りたい――静寂の手の小さな銃がとどめを刺した。
「五十鈴。足元には気をつけろ」
「はい」
響は宗を追う。二人の担当は西側だ。坑道入口にカンテラを置いた。
前方に現れたサーバントは、トンネルで見たクリオネ型のサーバントだった。早速、宗はニンジャヒーローで相手を釣り、影手裏剣で仕留める。
クリオネははためくような最期の動きを見せると、地に落ちた。
二人はナイトビジョンを調整し、部屋の隅々まで視線を巡らす。
長い何かが動いている。蛇にも見えるが、より太く、筋模様が入っている。聞いていたミミズ型に違いない。
「潜ろうとしているようですね」
「逃げ場はないのにな」
部屋にはほとんど光が届かない状態だが、二人の視界には数匹の大ミミズがとらえられた。
生命の危機を感じてか、もともとの習性か、大ミミズは洞窟の隅に逃げ込もうとしている。しかし阻霊符が展開された状態では壁面に沈むことはできない。
白い身を震わせ洞窟の端でのたうつ大ミミズの醜態を、宗の曲剣が断つ。鈍い手応え。
響は遠距離魔法で天井近くに貼りついていたクリオネを撃ち落とす。
さんぽとソフィアは意気込んで北側に進んだ。待ち構えていたかのように、ぎっしりと寄り集まったクリオネが行く手を阻む。
まるで海の中で大魚の群れと遭遇したような景色だ。
「速くやっつけて、鉱石掘りと加工を楽しむもん……」
「どんどん倒していこうか」
ソフィアは射程を計り、Fiamma Solareの火の玉で最初の一群を撃破した。さんぽに当てないのはもちろん、洞窟にも影響が及ばない位置だ。
残る第二陣がさんぽを囲む。サーバントが発する冷気を浴びつつ、さんぽは肩手を高く上げて迎え撃つ。
「鋼鉄流星ヨーヨー★シャワー! 行けっ、ボクのヨーヨー達っ」
降り注ぐ高速回転のヨーヨーは近距離ならではの威力で敵を撃ち落とす。
暗視ゴーグル越しに爽快な眺めを味わう二人だが、浸る間もなく次の敵が現れる。ソフィアのトワイライトに照らされ、うごめく大ミミズだ。
「ヴァレッティちゃん、奴の方は任せて」
「あたしは周りを片づけるね」
ソフィアは三百六十度、警戒を続け、ふわりと舞うクリオネを次々と倒してゆく。
暴れるミミズが洞窟の壁をぴしぴしと打つ。忍装束のさんぽは低くかがみ、その胴を狙う。
「さぁ、ニンジャの時間だ……影時シャドー★クロック!」
東の部屋では、まず藤花が出入口を背中でふさいだ。敵の逃亡を許さない形だ。
焔が踏み込む。阻霊符を展開することにより洞窟内が傷ついていないか、それが気がかりだ。
忍苦無を振り上げ、大ミミズの頭部に刺す。ミミズは逆側の口を開けて反撃してきた。
あえて回避はしない。バックラーで受け止める。
藤花を守り、洞窟を保全しながらの戦闘は細やかな神経を要求されるが、焔は着実に敵を倒し、視界を開いてゆく。
「行きます」
藤花の首元でマモンの紋章が怪しく光る。金の炎の矢が狙うは、上から焔に向かって冷気を吐き出すクリオネだ。
ダイレクトに手応えがあった。
花が散るように敵が落ち、天井近くの岩盤に鱗状に光る鉱脈が見えた。
「全部倒したかな」
「はい」
撃ち漏らしがないか確かめた後、藤花は他の班に連絡を入れる。
「東、A班、掃討完了しました」
「B班、西側、見える敵はもういない」
「C班、南です。完了しました」
「北側、D班もOKだよ」
念を入れて持ち場を交代して確認する。いよいよ採掘だ。
●手にした輝き
大ミミズが撃退士から逃げようとして壁面に作ったひびは、洞窟の構造を揺るがすほどの深い傷ではなかった。
さんぽはランタンのゆらめく光を背に浴びつつ、壁に苦無を差し入れ、そっとヨーヨーをぶつけてみる。
「これが由緒正しい、ニンジャの採掘だもん♪」
ぱらぱらっ…と、岩石のかけらがさんぽの膝に降りかかる。
「採れたよ〜」
壁の奥に潜んだ鉱石の塊を最初に取り出したのは焔だった。
それは藤花の星の輝きを蓄え、焔の手の中で淡い光を帯びている。
「同じ部屋でも同じ色のは出てこないみたい……不思議」
焔に支えられ、藤花は天井を少しずつ削り取る。
響は濃紺の一つを見つけた後、カンテラをかざして他の色も探していた。動かす手のリズムに乗せて、つい鼻歌が出る。
採掘した石はちょうど身につけているフローライトネックレスに似ているが、それよりも柔らかい。
「神やんはどんなものを作られるのでしょう?」
宗はわずかに口角を上げると、掘り出したばかりの石を柔らかい布で包んだ。
さんぽかソフィアか、どちらかのお腹がぐぅ、と鳴った。
「一旦ジュースでも飲んで休憩してから加工しようか」
「ボクは手裏剣ペンダントにするんだ」
さんぽは手の中の石を握り温める。
無言で採掘を続けていたユウと静寂、真帆に焔が声をかける。
「そろそろ出発するよ〜。南側の心残りはないかな〜?」
三人はあわてて部屋から出てきてトロッコに乗り込む。
「加賀谷部長が鉱石に興味があるとは思わなかった。てっきり猫だけかと」
宗の言葉に真帆は笑う。
「私、アクセサリ作るの好きなんだ♪ 素材から集めるのは初めてだけど」
「良い運動にもなったしな。一石二鳥というやつか?」
一仕事、いや二仕事を終えた撃退士たちはお喋りを楽しみながら地上へ向かう。
「掘っていても、もう奴ら出てこなかったですか? いやぁ、よかった」
渡辺氏が待っていた。一行は休憩所でお茶を振る舞われ、自然光の下でお互いの成果を見せ合う。
地表に出て空気に触れる石たちは、太古の地球の記憶を閉じ込めた小さな宇宙の結晶だ。
撃退士の光纏の色もさまざまだが、彼らが手にした輝きもどこかそれぞれの雰囲気に合う色合いだった。
――虹色の雲の塊は、真帆。
濃紺に近い塊に、まるで音が聞こえてきそうな細かなきらめきを宿した石は、響。
南の海の浅瀬のような鮮やかな青は、さんぽ。
眠りから覚める刻の朝焼けのグラデーションは、藤花。
冬の夜空と海の境界にも似た二層構造は、静寂。
開きかけたつぼみのような紫と桃色の渦巻模様は、焔。
蜂蜜を思わせるとろみのある黄色に、金色の霜柱模様が入ったものは、ソフィア。
日差しを浴びた若葉の緑に深い紅色がまだらに差したものは、宗。
暗褐色の空と大地に走る稲妻のような放射状模様は、ユウ――
鉱石のバリエーションに負けず劣らず、焔が用意してきた弁当の彩りも皆に歓声を上げさせた。
「さぁ、腹ごしらえしようか」
「ありがとう、いただきまーす!」
秋らしい栗ご飯おむすびを頬張る響、まず鶏からあげに箸を伸ばすソフィア。
おかずは他にも南瓜の煮つけ、蓮根と枝豆のすり身よせ、エリンギと彩り野菜の豚肉巻き、と栄養満点だ。
「雁鉄さんのイメージにぴったりの石だけど、加工はどうするの?」
真帆の問いかけに、静寂が答える。
「ヒヒイロカネのペンダントと同じデザインで作りたいです」
「へぇ、かっこいい」
全員の腹が満たされたところで工房へ移り、趣向を凝らした加工作業が始まる。
静寂は計画していたとおりペンダントヘッドの弾丸部分を石で細工し、外側に薬莢をかぶせた。
薬莢とサイズが合うように注意深く削れば完成。余った時間は仲間の作業をのぞいて回る。
「脆い石のようだから硯には不向きかもだけど、文鎮にはなるかしら?」
藤花は焔に教えを乞いながら、石を切り分け、小さな犬の形を作り上げる。
「かわいくできたね」
「実家へ送りましょうか」
仕事柄、文鎮をよく使う祖母や母が喜んでくれるといい。
続いては自分の記念品。ペンダントトップを手がける。革紐を通す穴を開ける過程は焔が担当した。
焔は早々につぼみをイメージした作品を作り上げている。
さらに藤花のアイディアは自宅で待つ子に及ぶ。
「望にもお土産の文鎮を……」
「間違って呑み込まない大きさにしないとね〜。あ、育児先輩にもお土産買って帰ろう」
「固めるんですか? 見事ですね」
静寂が感心しながら響の手もとをのぞき込む。
響は準備してきたパーツを組み合わせ、ビー玉大の夜空を構築してゆく。
差し色となるかけらを仲間から分けてもらい、全て細かく砕いて樹脂で閉じ込めた。
「作品名は『REUL-SHOLAS』、星彩です」
千々に煌めく小さな夜空のペンダントトップだが、本の栞につけてもいいかもしれない。
「宗やんも器用ですね」
黙々と手を動かす宗は、若葉色のペンダントトップを光にかざした。恋人へのお土産にするつもりだ。
真帆がイヤリングを完成させ、ソフィアは二つ目のブローチの仕上げに入った。表面に太陽と花の彫りをあしらい、裏面を平らに整えてゆく。
暗闇で光る太陽と花。恋人とおそろいで使えればいい。
さんぽの手裏剣ペンダントも完成間近だ。石をスライスする試行を繰り返したが、希望の厚さで成形できた。
後は鎖を通す穴を開けるだけ。彼女へのプレゼントだ。
ユウは手の中の石を磨き上げた。削って加工するよりも自然が生んだ不思議な模様を活かしたいと思ったのだ。
この仲間との思い出をどこに飾るべきか。空と大地へ伸びる稲妻模様は夜に一層輝くだろう。