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マスター:朝来みゆか
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/06/01


みんなの思い出



オープニング

 上司ギメル・ツァダイ(jz0090)に認められたい。
 不可欠な存在であると。誰よりも有能な第一の使徒として。
 そのためには――功績を上げねば。
 はやる心を抑え、使徒ナターシャ(jz0091)は計画を進めていた。
 数ヶ月を費やして構築した巨大なゲートは、もう二日もあれば完成する。


●千葉県佐倉市

 広大な茶畑で長島政徳はハサミを動かし、黙々と茶葉を刈り取る。
 春が来たと思ったらまた寒の戻りで霜が降り、畑の一部が駄目になった。
 昨年は一日に1000キロ以上の収穫があったが、今年はその半分程度だ。しかもキロあたりの単価は年々下がっている。
 楽な稼業ではない。
 糟糠の妻と手を取り合い、細々と暮らしてきた。
 還暦はとっくに過ぎたが、体力的に作業ができなくなるまでは茶園を続けるつもりだ。
 息子は農家を継ぐのを拒み、高校卒業時に啖呵を切って出ていったきり帰ってこない。

「付近でサーバント目撃情報が相次いでいます。安全が確認されるまで、住民の方は避難してください」

 民家への通達が郵便受けに投げ込まれたのは一週間前。
 市役所だか撃退庁だか知らないが、拡声器を取りつけた広報車も朝晩と回ってきては何やらわめいていた。
 農家のしぶとさに折れたのか、今日、ようやく静かな朝が来た。

 長島は動かない。土地を離れるつもりはない。
 
 収穫した茶葉を毎日納品する工場は、長島の茶畑から車で十五分ほど行った場所にある。
 工場主――津村のところへも避難勧告が出ていると妻が言っていた。当然、津村も工場を捨ててどこかへ逃げる男ではない。

 長島は空を見上げる。
 五月晴れの名の通り、青く澄み渡った空。その青の中に黒い点が浮かぶ。飛行機だ、と長島は思う。
 新婚旅行で行ったハワイを思い出す。あれが人生で一番のぜいたくだった。
 もう一度、とは思わない。
 願いはただ、自分の作ったお茶を飲んだ人が、ひとときの清涼を感じてくれること。
 長島は再び手元に視線を落とす。
 妻が昼の弁当を持ってやってくる前に、この畑を片づけてしまわねば――


●上空

 翼をはためかせ、サーバントたちは緑と土色に塗り分けられた地上を見張っている。
 手ぬぐいを巻いた人間の頭部は畑の中でもよく目立つ。

 昨日から主の指令が変わった。
 この地域への「侵入」は見逃して構わない。
 境界から出ていく者には容赦するな。目と足を狙え、と。
 彼らの知能は、自動車の車輪とライトをつぶし、屋根に据えつけられた拡声器を壊すほどには高かった。


リプレイ本文

●逃げられない理由

 遠く鳥が鳴いた。
 ディメンションサークルから降り立った六名は、あたりを見回す。
 ゆるやかな傾斜地に畝が幾何学模様を描き、電柱と電線が空を区切る。
 懐かしさをかきたてる光景だが、鈴原 りりな(ja4696)は警戒のまなざしを巡らせる。
 手配した学園のトラックは車幅があるため、畑の中には入れない。
 遊佐 篤(ja0628)は浅く息を吸い込んだ。乾いた風の中に濃厚な緑の匂いを感じる。
 農業体験実習や人手不足を補うアルバイトで来たならば、早速刈入れに取りかかるところだが――

「あれ…何か違和感が……」
 わずかな変化をとらえた礼野 智美(ja3600)だけでなく、六名がそれぞれ「外」とは異なる場の変転を感じていた。
「……天界のゲートか!?」
 チョコーレ・イトゥ(jb2736)のつぶやきに、
「そのようね」
 フローラ・シュトリエ(jb1440)はうなずく。
 履き慣れた靴を履いているのに、見えないぬかるみを踏んでいるかのように足が重い。移動力の制限は、ゲートの存在を示唆している。
 どれほどの規模なのか。作った天使の息遣いはまだ聞こえない。

(ひょっとしたら、残っている人が避難できない状態なのかもしれない)
 智美は黒髪の隙間から双眸をこらし、避難対象の住民を捜す。早緑の中に異なる色彩がないか。
 今回の依頼は「この地域に残っている住民の避難誘導」だ。
 感情吸収が始まっている報は届いていないが、このまま放置すれば強固なゲートが完成するだろう。
「壊してあげたい所だけど、まずは人命第一だね」
 りりなの頬を五月の陽光が照らす。

 斡旋所から渡された地図を手にしたユウ(ja0591)は、よぎった影を追って空を振り仰いだ。
 雲を背景に小さな点となって遠ざかるのは、鳥でも飛行機でもない「翼持つもの」――小翼竜。
「……あのサーバント、見たことあるよ。たしかナターシャ様が使ってた」
 仲間達にさらなる緊張が走る。学園生であれば知らない者はいない天使ギメルの第一の使徒。
「『次のゲートを作る準備はできてる』っていってたし、そろそろなのかな」

 この地のゲートがナターシャの力によるものだとすれば、千葉県内は市川市に次いで佐倉市と、天界勢力に浸食されつつあることになる。

「それって、何の印?」
 りりなの問いかけに、仲間達がユウの手元の地図をのぞき込む。「∴」が並ぶ中、くねる細い道はまるで水路のようだ。
「茶畑を示す地図記号だな」
 答えたのは農業を主産業とする地で育った智美だ。

 住民を捜すうち、彼らは白いライトバンを見つけた。
「確認しよう」
 智美を先頭に駆け寄る。近づくにつれ車両の惨状がわかる。
 佐倉市と書かれた車体には鋭い傷。タイヤはつぶれ、屋根の拡声器は裂かれている。サーバントの凶行の跡に違いない。
 車内に人がいる。
 体を伏せていて顔は判別できないが、スーツ姿の成人男性が二人。
「……市の係の人…かな」
 ユウが窓をノックする。反応がない。ノックを続ける。中の一人が顔を上げた。
 ひびの入ったガラス越しでもわかるほどひどく怯えている。撃退士、と学生証を見せつつユウが告げると、男の顔がゆがんだ。


●留まる理由

 少し離れた位置で控えるコート姿の青年はチョコーレだ。帽子を目深にかぶり、青い肌を隠している。
(一般人が俺の姿を見たら、きっと驚くだろうからな)
 チョコーレにとって予想外だったのは、手前の茶葉の陰から日焼けした初老の男が顔をのぞかせたことだ。
 距離にして五メートルほど。チョコーレと男は向かい合う。
「私はここから動かんぞ」
 男は言い放ち、黙々と収穫を続ける。
 鉢合わせしてしまっては仕方がない。チョコーレはできるだけ落ち着いた声音を作る。
「このあたりに天使の人形どもが出現している。危険だ」
(悪魔の俺が説明しても、信じてもらえるか疑問だけどな)
 男は首を振った。
「鬼が出ようが天使が来ようが、私は知らん」

 治安状況を把握した五名は唇を引き結んだ。想定より悪い。
 職員らの話によれば昨夜、この地域への避難呼びかけを終えて役所へ戻ろうとしたところ、空中から襲われたという。襲撃者は大人の背丈ほどもある翼と、とがった口を持ち、車が停まるまで攻撃してきたらしい。
 携帯電話も通じず、救援が期待できない状態で一夜を明かした恐怖はいかほどのものだったろう。
 フローラは壊された広報車を見やった。
「敵にしてみればゲートを作る以上、範囲内に人がいることが重要なのだから、範囲から出ないように襲ったのかしら」
「……やっぱりあのサーバント……動かずにいたのは賢明だったかも」
 ユウが空を仰ぐ。容易にひねりつぶせるはずの一般人を生かしたのは、使役する主が彼らの不安や恐怖を糧と考えたからに違いない。
 りりなはうなずいた。この車は使えそうにないが、学園のトラックならば大勢が乗れる。
「ボク達が安全を確保するから、どうか一緒に。まだ残っている人達に避難してもらおう」

 こっちだ、とチョコーレが合図を送ってきた。
 五名は市職員二名を伴い、つややかな葉をかき分ける。この畑の所有者である長島の説得に当たるつもりだ。
「長島さん、お仕事中失礼します」
 智美が声をかけると、男――長島政徳が顔を上げた。
「また大勢来たな」
「私達は撃退士です。あなたが土地を離れたくないのは判ります。茶畑を見れば今までの継続年数が判りますもの」
「……でも、もうすぐゲートが完成する。そしたらきっと、この辺りも結界の中。結界内に収まってしまえば、人はただの人形になる。……あなたも同じ」
「静かになったのは広報車の拡声器が壊されたからです。どうか一旦避難して下さい」
 智美とユウ、声の熱さは違うが、願いは同じだ。一般人の被害を抑えたい。
「この場所が大事なのはわかるわ。でも命はもし失ったら取り戻せない。作る人がいなくなってしまえばやはり作る物は届かなくなってしまう」
 フローラの澄んだ声に、長島は短く答えた。
「もうじき妻が弁当を持ってくる」
「……」
「それまでにこの一角を終えないとならん」
 天魔もゲートも関係ないのか。「世界」が壊れる瞬間まで、目の前の木に向かうというのか。
 りりなは唇を噛む。力ずくではなく避難してもらうためには、言葉だ。思いの限り言葉を尽くすしかない。
「丹精込めて育てた茶葉は子供達の様な物だと思う。だけどここで長島さんが死んでしまったら、茶葉は本当に作り直せなくなっちゃう」
「……子供……」
 長島の視線が揺らいだ。
 見逃さず、ユウがたたみかける。
「結界内に人がいれば誰かが助けに行こうとする。助けようとして、天魔との争いになる。当然、血が流れる。人が死んじゃうかもしれない。……あなたがここに残るのは勝手だけど、そのせいでたくさん血が流れるんだよ」
 頑なな長島の中で何かが動いたのを、六名は感じた。
「……わたしからの説明は終わり。それじゃ、答えをきかせて? それと、この近くで他に残ってる人がいたら教えてほしいな」

 長島の案内で、一行は夫妻の家へ向かう。細君は撃退士と市の職員を見て察したようだ。
「何か持っていきますか? 写真とか…位牌とか」
「いや、いい」
「ではお弁当だけ」
 細君は微笑み、撃退士達に頭を下げた。お世話になります、と。
「待て」
 潔く発とうとした細君を長島が制した。
 まさか意を翻したのか。撃退士達が見守る中、長島はうなだれた。
「一杯だけ飲んでってくれ。後は、あんたらに従う」

 時間にして五分もない、静かな茶会だった。
 やや薄い新茶がユウの喉を潤す。
 智美は熱い思いを新たにする。
(このご時世で農業をやっておられる方を死なせるわけにはいかない。来年以降も姉上には美味しいお茶を飲んでもらいたいし)

 納品に使う車は年季が入っていた。
 運転席と助手席に長島夫妻。職員二人を囲む形で撃退士達は荷台に円座する。
 篤はサングラス越しに空を仰ぎ見て敵の動きを計る。
 旋回する小翼竜は高度を保ったまま。こちらをうかがっているようにも見える。

 汗ばむ体が荷台とこすれる。畝に沿った細道を二十分ほど揺られただろうか。
 職員二人の顔に疲れの色が濃くなってきた頃、車が停まった。
「長年世話になってる工場だ」
 運転席から降りた長島が、工場内に目をやる。
「津ぅさんよ、えらく寂しい感じじゃないか」
 建物内には作業着姿の男が二人いた。よく似た顔つきだ。
「他のモンはとっくに安全な場所に行ったさ。なぁに、大丈夫。俺達親子だけでもこの工場を守るさ」
 それじゃ駄目だよ、とりりなが言いつのる。
「人の命は失われてしまえばそこまで。だけど工場はまた作り直せる。長島さんも避難に同意してくれた」
 工場主の親子は信じられないといった顔で長島を見た。
「ついに政さんも腹を決めたのか。となれば俺達も、ここに留まる理由はないな」
「他に残っている人はいない?」
 りりなが確かめる。
「ああ。店じまいだ。次にこいつ動かせるのはいつになるんだろうなぁ」
 工場主は壁に手を伸ばし、機械の電源を落としてゆく。
「必ずゲートを壊して、皆さんが戻ってこれるようにしますから」
 智美が告げると、彼らは沸いた。頼むぜ、期待してるよ、と。

 フローラが聞いた長島のつぶやきは、あるいは空耳だったのかもしれない。
「この世に安全なところなんて…あんのか」


●戦う理由

 地図で示されたこの地域に残っている者はもういない。
 保護対象は六名。
 彼らを無事に脱出させる。ナターシャによるゲートの可能性が高いという情報も持ち帰れば、次への布石になる。
(ここからだな)
 広報車の一件からも、境界を超えて逃げる者を見逃してはくれまい。そう予想されるからこそ。
 チョコーレは方位磁針を確かめ、漆黒の翼を広げた。空中戦を得意とする人形どもに対抗する。一騎当千を気取るつもりはない。
 作戦は戦力分散に見せかけた連携だ。
 時刻は正午を回ったばかり。
 篤とフローラは斜面を駆け、住民達に先行する。
 走行不能になった広報車がふさいでいる道を迂回し、細道を折れる。
 サーバントは空に巨大な円を描いて飛んでいる。時計回りの一群と、反対回りの一群。飛行法則を見つけたフローラがゴーグル越しの目を細めた。
「チョコーレさん、左方向から来るわ」
「この距離…保てるか」
「追いつかれそう……!」
 チョコーレが魔槍を宙に放つ。小翼竜は急降下して避けた。
 篤の手から罠網が伸びる。影を絡め、実を縛る。
「墜ちろ!」
 手応えはあった。小翼竜が耳障りな声を上げ、束縛から逃れようともがく。土埃が上がり、茶葉が散った。
 フローラが走り寄り、地に落ちたそれを無数の水晶の破片で包み込む。逃げ場を失った翼が凍りついたかのように動きを止める。
 篤の発した弾が、胴部を打ち抜いた。

「行こう」
 かけっぱなしにした電話から伝わる先行班の様子に、智美は顔を上げた。
 先行の三名が充分に敵の注意を引きつけた今がチャンス。智美は助手席から長島に出発を指示する。いざとなればハンドル操作もするつもりだ。
 りりなは荷台に膝立ちとなり、身を寄せ合う一般人六名をかばう。がたつく車のスピードがもどかしい。
 ユウは後方に控えて走る。茶畑の間から現れるナターシャを意識の隅で捜している。

   × × ×

 二体目の小翼竜に篤がとどめを刺した。
(まさか終わりか?)
 チョコーレはいぶかしみ、宙を仰ぐ。まぶしい。光を遮る何かを持ってくるんだったと思いながら風を切り、高度を下げる。
「こちらは落ち着いているわ。今のうちに」
 フローラが護衛班へ向かって呼びかける。
「……待って。一、二、三羽……逆からも来てる……!」

「まとめて来たみたいだな」
 受話器が伝える戦況に眉根を寄せ、智美は仲間に問いかける。
「俺は増援に行こうと思うんだけど、問題ないかな」
「……ん、わたしは残るよ」
 不安げな一般人を励ますように、りりなは力強くうなずいた。
「こっちはボクが見るから、壊してきてよ」
 ユウとりりなに護衛を任せ、智美は地を蹴った。移動力はそがれていないが、魔法防御が落ちている。やられる前にやるしかない。 

 先行班は対空射撃を続けていた。
 小翼竜の吐いた幻火がフローラの足を焼いた。すかさずフローラはEissplitterを唱え、吸った生命力を自己の回復に充てる。
(住民が脱出し終えるまではこちらの相手をしてもらうわよ)
 チョコーレは片目から血を流しながら、小翼竜の翼を狙う。筋膜が破れるのが手応えで知れた。凄みを感じさせる声でつぶやく。
「骨だけで飛べるものなら飛んでみろ」
 必ず倒す。仲間達と倒す。独りではないのだ。
「助太刀します!」
 先行班に追いついた智美と、狙いを定めた篤、二丁の拳銃がしぶとい翼を狙う。

   × × ×

 先行班との距離が目視できるまでに縮まった。撃退士側は命中や回避が下がり、空からの複数の攻撃に手こずっているようだ。
 そして離脱する小翼竜がいた。
 先行の三名がこちらの一味だと察したのだろう。向かってくる。
「停める?」
「……停まらない方がいいとおもう」
 ユウが意見と根拠を述べる。
「走り続けた方が、早くゲート外に出られるから」
 車で抜けるにはこの道しかないのだ。
 そして六名を隠す場所はない。
 ならば迎撃だ。
 りりなは立ち上がる。懐に阻霊符を携えたまま、翼を模した小さな弓を構える。矢はわずかに届かない。間を置かず飛燕を繰り出す。
「これ以上近づくなら、私が、壊す」
 赤黒いオーラを隠そうともしないりりな。荷台の一般人達が身をすくめる。
「……まだ距離がある」
 ユウは射程を活かし、雷刃鳥を放つ。翼を持つ刃は高度を変える小翼竜をとらえ、空中で炸裂する。稲妻に打たれたように敵は焦げて落ちた。
 しかし終わりではなかった。
 急降下した二体目が車を狙ってきたのだ。
「うわっ」
 視界を閉ざされ、長島が声を上げた。エンジンがうなりを止める。
 荷台に立ったまま、りりなは狂ったように大剣を振るった。
「チョコーレさん、離れて!」
 フローラの魔法陣が弾け、小翼竜の体をえぐる。

 先行班と護衛班の挟み撃ちにより、戦闘は終焉を迎えた。

 なぎ倒された茶木を見て、長島は何も言わない。深い嘆きが彼から言葉を奪ってしまったのかもしれない。
「……運転ありがとう」
 ユウが声をかける。
 短時間で一般人六名を工場から連れてこられたのは、この車を借りたおかげだ。

 長島家で出された一服を思い返しつつ、撃退士達は避難民を背負い、残りの距離を走った。
 背中に感じる一人一人の重みは、人生の重みでもある。
 滴る悪魔の血は土に吸い込まれてゆく。


●動けない理由

 残った小翼竜の報告を受け、ナターシャは笑った。
「どこかで見たような雷撃ね」
 数匹が這い出たようだが、これからこの地に人間を吸い寄せるしかけを設ける。
 感情を集積して、またやってくるであろう撃退士達を迎え撃つのだ。


依頼結果