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マスター:朝来みゆか
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/08/08


みんなの思い出



オープニング

●物語の序章

「本日はスター・サーカスの夏休み特別公演へようこそおいでくださいました!
 こんなに大勢の方に足をお運びいただきましたこと、団員を代表してお礼申し上げます。
 お手元の携帯電話のスイッチはお切りいただきましたでしょうか。
 拍手や声援は大歓迎、びっくりしたら声を上げてくださってかまいません。
 さあ、間もなく始まります、めくるめくイリュージョン、奇跡のステージを一瞬たりともお見逃しのないよう、どうぞ最後までお楽しみくださいませ」

 弓なりに湾曲したひげをしならせて団長が挨拶を述べる間に、道化師はライオンと象の檻の錠を固く締めた。獣に用はない。動いては困る。
 並んだ檻の間にひと一人がやっと入れるだけの隙間がある。道化師はそこにぼろ布を放った。
 二頭の動物は檻の中から従順な瞳で道化師を見返す。

 雷鳴のようなドラムロールが高まり、一瞬の静寂の後、観客の拍手が舞台裏にも聞こえてきた。幕が上がったのだ。
 道化師の出番はまだ先だ。
 いや、出る必要などないかもしれない。
 従者たちがうまくやってくれるだろう。
 道化師は全身鏡に映る自らの像を確かめる。
 ラケットとして使えそうな大きい靴、たっぷりと布地を使った青いズボンに首周りを飾るケープで骨格を隠し、ブロンドの髪を覆う緑色のウィッグと小さなハット、そして顔の中央には丸く赤い鼻。
 もともと肌の色は白いが、さらに厚く白を塗り重ねている。両まぶたの上から大きく十字に紅を入れ、頬に滴形の涙を置けば、団員たちでさえ道化師の正体に気づかない。
 泣きながら笑う奇妙な表情で、道化師はうなずく。

 一際大きな拍手が聞こえた。
 道化師はドレープをかき分け、光射す舞台をうかがい見た。
 白い角で風船を割り、ユニコーンが駆ける。
 天井の八方から張り巡らされたロープを軽々と越え、垂れ下がった旗を翻す。宙を蹴って進む。
 この世界の重力に縛られて進化した生物には決してなしえない、天上の動きである。
 壁の高い位置で待機している空中ブランコの乗り手は珍獣の出現に驚いているだろうが、遠すぎて顔つきを読めない。

 地上では一輪車乗りの双子の少女が背筋を伸ばし、笑顔を振りまきながらペダルをこぎ始める。
 よく訓練された二人の描く轍は乱れず、完璧な左右対称だ。

 ユニコーンがうつむき、鋭い角に車輪を引っかけ、一輪車ごと少女の一人をさらう。
 少女はサドルにまたがったまま、振り落とされまいと努める。獣は宙を駆ける。
 殺戮の序章が始まった。
 助けて、と少女の口が動いても、それさえも演出だと信じる観客は喝采を送り続ける。
 ありえない展開でもステージで行われる限り、観客は疑わない。

 ミラーボールから弾けた光の粒が場内の隅々へ届く。
 客の誰もが驚きを求めている。
 もっともっと、と派手な演出に喜びの声を上げる。
 獣が頭を振った。
 少女は舞い――数メートルの高さから床に向かって落ちる。
 観客の悲鳴は、高らかに鳴る音楽に打ち消された。
 床に叩きつけられた少女は這いつくばったまま、ステージの光の輪から逃れる。
 受身を取られたか。
 命までは奪えなかったが、どのみち遠くへは逃げられまい。
 新たな獲物を狙うユニコーンが走る速度を増す。
 美しい暴走だ。
 ひとたび幕が上がれば、夢と幻の枠組は死や恐怖をも包み込み、許容する。全ては物語だ。
 何が起こるのか、観客の目は舞台から外れることはない。
 巨大なテントは結界の役割を果たし、集まった人間の精神を吸収する器と化す。ゲートとしてはごく小規模だが、効率はいいはずだ。
(次なる従者よ、行きなさい。)
 鷲の翼を持つグリフォンが床を蹴り、空中ブランコの乗り手を乱暴に抱え上げた。
 翼持つ者だけが到達できる高みへ向かってゆく。
 そのまま天井近くを回りながら飛翔する。
 鋭い爪が獲物の胴に食い込む。皮膚が裂け、衣装をつたって血が滴る。逃れようと獲物が身をひねるほどに、血は流れる。
 高い位置から降る雨がステージ上に赤黒い染みを作る。
 
 何もかも予定どおりに進んでいる。道化師は赤く縁取った唇の両端を上げた。

●天使の匂い

 開演前の注意事項で禁じられた携帯電話をその客が取り出さなければ、道化師も気づかなかったかもしれない。
 700名の観客の中に埋没していた少女の姿を、道化師ははっきりとらえた。
 東側ブロック、後から三列目、通路から二つ目の席。やわらかそうな茶色い髪に、幼子のような緑色の瞳を持つ少女はアウルの使い手だ。

 入場してくるときに気配を感じられなかった。撃退士としては新米、まだ実戦を知らないに違いない。
 しかも一人、何ができるものか。
 見くびりつつも道化師は客席の一点を注視した。
 逃げ出すか、吸収に抵抗するか、それとも増援を呼んでショーをつぶしに来るか。
 物語を壊そうとする邪魔者は真っ先に排除しなければならない。
 当初の予定を変更し、ユニコーンを向かわせるか。

 舞台裏に潜む道化師ににらまれていると気づかぬまま、少女は手元の携帯電話を操作した。指が震え、うまくボタンを押せない。

「真帆です。今、都内で前の学校の友達とサーカス見てるんだけれど、天使の匂いがする。どーしよー」

 メールの文面までは道化師の知るところではなかった。


リプレイ本文

●序章 二幕

「え…えええ!? 加賀谷先輩大丈夫か?」
 バイト先の喫茶店でメールを見た遊佐 篤(ja0628)は、携帯電話を落としそうになった。
 客として訪れた真帆の、足取り軽く出てゆく背中を思い出す。

「間が悪かったやな」
 一瞬の苦笑を見せた麻生 遊夜(ja1838)は頬を引き締め、真帆にメールを返した。
「すぐに行く、待っててくれ」

 学園に通報し、雨野 挫斬(ja0919)は現場の特定と転移準備を要請した。
 真帆には、騒がず周囲を観察するよう伝える。
 挫斬の指示に従い真帆が画像を送ってきた。電波が弱くなってきた、との一言と共に。
 メリーゴーランドから抜け出たような一角獣と、美術館の彫刻に似たグリフォンが写っている。
 挫斬は短い思案の後、急いで文字を打つ。
「電波が通じないってことはゲートができかけてる。つまり他に大物がいるから、私たちが行くまでじっとしてて。
 私たちが着いたら西の出口を破壊して、その後は警官と一緒に避難誘導をお願い」

 確認されたサーバントはわずか二体。
 しかしゲートが生成されつつある可能性が高い。
 天使か使徒が関わっているという読みだ。
 救難を求めてきた真帆とて撃退士だが、実戦経験が乏しい。

 挫斬がサーバントの画像を提出し、対天使の案件は学園に受理された。
 旧支配エリアの作戦で学生が取り残されたためか、くれぐれも注意せよとの警告つきだ。
 ディメンションサークルのもとに撃退士が集う。顔見知りもいるが、手短に形通りの挨拶を交わす。
「加賀谷さんと同じダアトは?」
 遊夜が尋ねると、クインV・リヒテンシュタイン(ja8087)と、アスハ=タツヒラ(ja8432)が手を上げる。
「二人か、きっと心強いぜよ」
「阿修羅は三人いるのかな?」
 挫斬が一同を見回す。那月 読子(ja0287)、焔 戒(ja7656)が拳を合わせる。
 鬼道忍軍は篤と楊愁 子延(ja0045)、二名そろった。

 攻撃力は充分。奇襲に適した構成だ。
 警察と消防への手配、真帆への最初の指示は済ませた。
 いざ現地へ踏み込む。


●二章 一幕 一場

 スフィアリンカーに送られ、降り立った場所はアスファルトの焼ける交差点だった。
 かすかな潮の匂いの漂う風上に目をやれば、巨大な会議場が鎮座している。
 その手前に、スター・サーカスのものと思しき黄色いテントがある。ぴんと張られた布地には赤や青の星印が描かれている。
 周辺の封鎖に当たる係員が八名に挙手した。

 作戦の第一段階は、「結界であるテントを切り開き、観客を退避させる」。

 数百人に及ぶ観客を救う手立てを講じ、避難誘導班は動き出す。
 まず子延が自身の気配を消し、テント内に潜入した。
 薄暗い通路を抜け、衣装や道具が並んだ楽屋を回る。他者の気配を感じ、身を潜める。
 現れたのは子延の四倍ほどの大きさのクマと、目つきの鋭い女だった。
 子延は一礼し、緊急で団長にお会いしたいのですが、と申し出た。

 篤、挫斬、アスハはテントの外周をめぐり、出入口を確かめる。
 既に結界が張られ、一般客は出てこられないようだ。
 真帆に到着の報を入れる。
「……近く…で来て…の?」
「落ち着いて、訓練通りにやればできますから」
 西側出口の結界を破くよう真帆に指示し、篤は日陰にいたスタッフを呼び止めた。猛獣の避難を依頼する。
「んー、お客さんに先に出てもらわないと……」
 スタッフの答えは心許ない。
 篤はテントにアサシンダガーを突き立て、即席の避難口を作るべく破きにかかる。
 挫斬は東出口に留まり、戦闘班の様子をうかがう。彼らの突入とタイミングを合わせて結界を破壊する目算だ。
 アスハは西に回った。内側から感じる弱い衝撃は真帆の手による掘削だろうか。


●二章 一幕 二場

 戦闘班は戒を先頭に、ステージ脇へと身を滑り込ませる。
 最初に覚醒したのは聴覚。ざわめきの上に幾重にも悲鳴が響く。
 次に視覚。血濡れたユニコーンとグリフォンが暴れている。逃れようともがく団員の目を刺し、肉を裂く。無慈悲で一方的な攻撃だ。
「天使は観客、スタッフ…どちらかに紛れてる? いや、まずは目の前の敵からだな」
 遊夜は飛翔するサーバントの弱点を計る。
 戒が光の中に躍り出た。
 敵は並外れた跳躍力で地を蹴る霊獣。そして翼を持ち、地に縛られぬ神獣。
 ならばこちらも、頑強な翼を模した白銀の鎧をまとって対抗するまでだ。
「俺が相手だ、かかってきな 」
 戒の手から炎の不死鳥が生まれ出る。
「羽ばたけ朱雀! 鳳翼天翔!!」
 不死鳥は燃え移るかのごとく、ユニコーンの前脚を包む。柱を蹴ったユニコーンは身をかわし、戒に反撃してくる。
 硬い角が戒の胸を突く。
「……ぅぐっ……」
 まばゆい白銀の鎧に包まれた戒は苦悶に耐える。押し返すには力が少し足りない。
 馬体が傾いだ。
 後方から読子の攻撃が命中したのだ。
 戒がユニコーンを引きつけている間に動きを読んで発した弾は、正確な一打となった。
 読子の助けを得て、戒は立ち上がる。

 グリフォンが高度を下げたところを見計らい、クインはスタンエッジを叩き込む。
「ふふっ、しばらく大人しくしてもらうよ」
 グリフォンは翼をわずかに震わせ、うずくまる。
 テント内を見渡せば、異変を察した観客の一部がパニックを起こし始めている。
 ほとんどの客は席から動いていないが、出口を求める幾人かの姿が確認できた。
 西側でへたり込んでいるのは真帆だ。
 クインは遊夜に目配せし、客席通路を駆け上がった。

 クインが足止めした獲物に、遊夜の拳銃がまっすぐ向く。黒い光――矛盾した表現だが全ての色を内包した鬼火のような光だ――が銃口を離れる。
 光は黒い軌跡を描き、グリフォンの翼のつけ根に着弾した。

 音楽が変わった。太鼓が止み、夜想曲が鳴り始める。
 マイクを通して聞こえてきたのは、子延の声だ。

「ショーの途中ですが、更なる最高のショーにするために、ご来場のお客様へ重要なご案内があります。
 皆々様、どうか心を落ち着かせて、お聞きください。
 お友達、恋人、ご家族でご来場のお客様、それぞれ手をつないでください。
 お一人でお越しのお客様は心に一番大切な人を思い浮かべてください」

 訝しみながらも観客はこわばりをほどき、隣の席に手を伸ばす。

「準備が整いましたら、ゆっくり席を立ち、あわてずに出口に近い人から外へ出てください。
 自分だけはなどとお考えにならず、皆様の手の温もり、思い浮かべた人の顔を思い出し、穏やかに行動してください。
 皆様の笑顔は、私たちがお護りいたします」
 子延の案内に従い、観客が静々と動き出す。
 間に合った。クインは腰を抜かしている真帆の手にサバイバルナイフを持たせた。
「いざというときはこれで出口を広げるんだ」
「ありがとう」
 真帆は立ち上がった。
 明るい外界からアスハが乗り込んでくる。
「ミス加賀谷、ここは、任せた」
「うん」


●幕間

 変調をきたすほどではない、小さな虫の混入だ。
 舞台裏の道化師はアウルの使い手たちの接近に眉をひそめる。
 旧支配地域での接触を経て、彼らの相手など従者に任せれば充分だと知っている。

 追い払うよりも、不完全なゲートの完成を急ぎたい。
 大量の感情集積。それは上司の、そして何より自身の力を保つことにつながる。彼らの探していた救出対象を追うためにも補給は急務だ。

 しかし物語は思わぬ方向へ動いた。
 糧となる感情が流出している。ゆるんだ蛇口から水が漏れるように。


●二章 二幕 一場

 作戦は第二段階へ進む。
 すなわち「サーバントを撃破、可能ならばコアを破壊」。

 遊夜はステージ上の負傷者を見て回る。出血量は少なくても、骨が砕けたのか動けない者がいる。
 物陰に運んだ負傷者を挫斬が引き取り、出口まで担ぐ。
 一度開いた結界の破れ目がふさがる現象が多発し、その度に真帆はサバイバルナイフを振るい、新たな口を作る。こつはつかんだ。

 グリフォンが客席へ向かう。さらったのは小さな子供だ。その細い体躯が幸いし、鉤爪の隙間に収まった子供の血は流れていない。
「行かせないよ!」
 挫斬が拳銃を手に、グリフォンの行く手を阻む。
「来ちゃ駄目」
 真帆が牽制の矢を放つ。
「よっしゃあ! 俺の腹筋に飛び込んでこいよ!!」
 篤が待ち受ける。
 子供ごとグリフォンの衝撃を受け止め、篤は耐える。
 戒は胸部の痛みを忘れて走った。炎をまとった手刀をグリフォンに振りおろす。
「貫く、貴様の全てを!」
 手応えがあった。ライオンの下半身と鷲の翼を持つ幻獣は倒れた。壊れた彫像のように動かない。
「やったな……!」
 篤は救い出した子供を抱え、出口へ走る。
 目下、残す敵はユニコーン一体。

 そのときだった。ステージ上にクマと猛獣使いの女が現れた。撃退士たちは警戒を強める。
 天使ではなさそうだが、油断はできない。敵か味方か。
 答えはサーバントが教えてくれた。
 ユニコーンの後ろ脚がクマを蹴った。巨体が転がる。
 女が悲鳴を上げて相棒をかばう。
 その背中にユニコーンの角が突き刺さる。角は女の体を貫通し、クマの毛皮の奥まで達している。

「逃げ遅れた団員や動物がまだいるかもしれない」
 アスハは急ぎ足で舞台裏へ向かう。
 もっと早く北側に回り、バックヤードのスタッフの誘導をするつもりだったが、観客の避難に時間を要した。
 一人では危険だ、と子延もアスハの後を追う。

 真帆以外の避難誘導班が集まり、戒、遊夜、読子、クイン、篤、挫斬、六名の布陣でユニコーンを囲む。
 蹄がかすっただけで皮膚が裂ける。こちらの受ける傷が増えてゆく。
「キャハハ! 本気出すよ!」
 挫斬の全身を包む陽炎がより濃い赤へと変化する。
 その色を映すように、ユニコーンの瞳も血走っている。
「能力が上がってる……?」
 読子は唇を噛んだ。敵は明らかに敏捷性、獰猛さ、回避や魔法防御までも増している。
「逆に考えるのさ、それだけ生命力を削れてるってことだやな」
 遊夜が答える。頻繁に回避されるが、弱点部位は読めている。
 クインは空中ブランコの待機場に上り、じっと機を待つ。
「動物はつないでおかないと、ね」
 一度失敗した束縛が、成功した。
 動きを封じられたユニコーンは単なる的となった。
 血しぶきに汚れた腹を挫斬が穿ち、読子は溜めていた力を噴出させる。
 幾人をも貫いた禍々しい角が、砂糖菓子のようにほろほろと崩れる。
「おやすみなさい、安らかに」
 遊夜が祈りをささげれば、挫斬もユニコーンの亡骸のそばにひざまずき、キスをする。
「愉しませてくれた。……撤退だよ」
「え、コアを探索しませんか」
 読子が仲間の顔を見回す。
 西側出口で、真帆が手を振った。避難完了の合図だ。

 悪夢のサーカスは無残な跡をさらしている。
 壊れたブランコが片方の紐を頼りにぶら下がり、崩れた座席は斜めに積み重なる。
 血だまりの中で光るのはミラーボールの破片だ。
 ここで引くか、粘って情報を得るか。傷の深さと欲を天秤にかけ、危険を斟酌する。
 より多くの成果を求めるのは、撃退士としての矜持と本能だ。
 舞台裏に行った二人も戻っていないではないか。
 真帆が加わり、七名はうなずく。

 幕の陰から、肩で息をするアスハと子延が転がり出てきた。


●二章 二幕 二場

「コアは、探せませんでした。撤退です……!」
「玉乗り用ボールも、違った」
 二人の報告を受け、挫斬が尋ねる。
「団員は? もういなかった?」
「動物が、まだいる。それと」
 アスハが首にかけたドッグタグを握り、悶えた。
「……」
 篤は歯噛みしたくなるのをこらえ、二人を助け起こす。
 スター・サーカスのスタッフほとんどが負傷し、おそらく命を落とした者もいる現状では、動物の対処が後回しになったのも仕方ない。
 観客を守れただけでよしとすべきだろう。
「撤退ね?」
 読子が全員を見回す。

 一瞬の、ずれが生じた。

「番狂わせだけれど、お待ちかねのようだから出てきてあげたわ」
 両まぶたの上に大きな十字を描いた道化師が、ステージの端に現れた。
 緑色のウィッグ、青いつなぎ服、白く塗りたくった顔。化粧と衣装で姿形を隠している。
 アスハと子延は舞台裏でこの道化師に出くわしたのだ、と全員が理解した。
「…よう。アンタ堅気の気配じゃあねえなあ?」
 圧倒的な力の差を肌で感じながら、篤はうそぶかずにいられない。
 頭の中では、被害を抑えて総員離脱する方策を練る。鼓動が生きろ、生きろ、と体に命じている。
「できれば会いたくはなかったんだがな」
 遊夜がつぶやく。
「サーカスを邪魔してくれたマナー知らずのお子様たちを、お土産もなしに帰すわけにはいかないでしょう」
 道化師は顔の中心から丸い赤鼻をむしり取った。
 優美な角度の鼻梁が姿を現す。
 道化師は赤いボールを勢いよく放った。
「魔法だ!」
 アスハが叫ぶ。
 ボールは目くらましのフェイク、本当の攻撃の核は鋭い切っ先を持つ紫色の刃だ。
 アスハの指摘を受け、撃退士たちは飛び退く。
 小道具が散乱したステージから椅子の壊れた客席へ移り、出口を目指す。

 挫斬は闘気を解き放ち、鎖鎌を振り回して道化師の足止めを狙う。不思議と焦りはない。
 解体衝動と悦楽はとどまるところを知らない。
 篤も拳銃で敵の足を狙う。移動力を削ぐために。そして命中率に関わってくるであろう目を。
 アスハは武器を持ち替え、射程を伸ばす。螺旋状の槍を練成する。
 射程ならば相手に勝る。けれど威力が桁違いだ。道化師の元へ届いた螺旋状の槍は、紫電の短剣に斬って捨てられる。
 遊夜の撃った光弾が道化師の帽子を落とした。道化師は気だるく頭を振り、ウィッグを外す。隠れていたブロンドの髪がケープの上に広がる。
「レディを裸にするつもり?」
 赤い唇を歪ませ、道化師が笑う。
「道化を名乗るなら、愚か者に徹することさな。こっちは退場させてもらうぜ」
 飛んできた雷刃をかわし、遊夜は告げた。

 未完成とはいえゲート内だ。
 長引けば、浅くない傷を負っている戒が持ちこたえられないだろう。状況は相手に有利だ。
(一刻も早い撤退を)
 子延は退路を見定め、仲間に合図を送る。
「プレゼントを忘れてるわ」
 振り返れば道化師の袖口に大きな蓮の花が開いていた。天界にはこんなに美しい花が咲くのか。
 思ったのもつかの間、花は弾け、稲妻と化して宙を切る。
 投剣のエッジが子延、読子、クインの腕を続けざまに焼いた。
 直撃こそ免れたが、きん、と耳が鳴り、血と脂汗が噴き出す。
 これが……シュトラッサー。その実力を知りたいという読子のひそかな願いは、非情な形で叶えられた。

 九名は全力で逃げた。速い者が遅れた仲間の手を引く。傷の浅い者が血を流す者をかばう。
 テントの外へ。道化師の手の及ばない場所へ。
 逃げるしかできなかったし、逃げきれれば今はそれでよかった。

 ――閉幕。


依頼結果