●ゴミか宝か爆弾か
「皆さんありがとう、助かるわー」
部屋の主であり、大量の衣類処分の依頼主であり、もうすぐ花嫁となる松川麗子が撃退士八名を迎えた。うち七名が女子である。
たった一人の男子、御守 陸(
ja6074)は事前に麗子が働く手芸店を訪れていた。麗子の特徴をつかむためだ。短めの髪、くっきりした目鼻立ち、明るい声。この片づけアルバイトの後、彼には大きな任務が待ち受けているのだ。
洋服の山、いや山脈と言っていいだろう――を前にした女子達の反応は様々だった。
アティーヤ・ミランダ(
ja8923)は部屋に足を踏み入れるなり、目を見張った。
「わお。このおねーさん、筋金入りの衣装持ちだね」
処分対象の服は持ち帰ってもいいと麗子に言われている。早速、アティーヤは拾い上げた赤い服を体に当てて鏡に向かう。銀の刺繍が入った、どこかの民族衣装のようだ。試着しなくてもサイズに問題はなさそうである。
「これもこれも欲しいなぁ。あ〜、これ、あたしに似合うっしょ?」
裁縫が得意で、自作のコスプレを楽しむアティーヤとしてはもう少し早く麗子と出会っていたら、と残念に思う。一緒に青春を謳歌したかった。
「…じゃなくて、片づけ片づけ!」
「分別できるように書いておいたよ」
葦原 里美(
ja8972)は用意した紙を広げた。紙にははっきりした文字でこう書かれている。
・麗子さんが持っていくもの
・私たちがもらっちゃうもの
・リサイクル
・捨てるもの
「まず季節ごとにアイテムリストを作って、必要なものを麗子さんに選別してもらおー」
木ノ宮 幸穂(
ja4004)は里美から受け取った紙を箱に貼り、
「各部屋に箱置くねー」
衣装部屋、リビングルーム、六畳間、寝室に分別用の箱を設置してゆく。
「ありがとー。幸穂ちゃんはどういうのが欲しいんだっけ?」
二階堂 かざね(
ja0536)の問いに、幸穂はのんびりと答える。
「んー…狸の着ぐるみパジャマ」
あふれかえる服は色とりどりで、テイストもクールからロマンティック、ロック、ゴージャス系と一人の人間が着ていたとは思えないほど多岐に渡っているが、狙う宝が埋もれているかはわからない。
「狸かー、あるかな? あるといいね! 見つかったらピックアップしとく。さぁ陸くん、がんばろっ」
「はい」
かざねと陸はリビングの入り口付近から、分類作業を開始する。
部屋のもう片側では、大学生コンビが繊維の重量に驚嘆していた。
衣装部屋の扉を開けたはずみか、キャスターつきハンガーラックがかけられた服の重みに耐えかねて倒れた。
「服のなだれ……初めて見たお」
あやうく下敷きになりかけた幽樂 來鬼(
ja7445)を、雨宮 キラ(
ja7600)が助け起こす。
「らいちゃん、大丈夫?」
「へへへ」
「どこか打った?」
「平気平気」
笑いながら服の山をかき分けた來鬼は、右手に白いジャケットをつかんでいた。
「これ見つけたぉ……もらっていいかなぁ」
とっておきの餌をくわえた猫を思わせる、ご満悦の表情だ。
「麗子さん」
アティーヤと共に六畳間を担当するアストリア・ウェデマイヤー(
ja8324)は、部屋の主を呼んだ。
「必要な靴と帽子を、まず選んでいただけますか」
「OK」
麗子が端から帽子を試し始める。ぱっと見ただけで決められないのか、ファッションショーが始まってしまう。
「これ懐かしいなぁ。あー、これも」
「あの、必要最低限で……」
年上の麗子に対しても、言わずにいられないアストリアだった。片づけに使える時間は今日だけなのだ。新居に運び込める荷物の量は限られている。依頼された作業をこなさなければ自分たちが来た意味がない。
「あぁ、ごめんね。じゃ、夏の日よけ帽を二つと、冬の防寒帽を二つにするわ」
麗子が持ち出す帽子が決まり、アストリアはほっとした。次は靴だ。
「へぇ、鴨居さんって男前じゃないですか」
里美は作業の手を動かしながら、麗子が出してきた婚約者の写真にうなずく。
どれどれ、と幸穂ものぞき込む。二次会の余興で予定しているミュージカルで鴨居博史氏を演じるのは、ここにはいないが同じ学園生の加賀谷 真帆(jz0069)だ。
「プロポーズの言葉は旦那さんから?」
「やだー、旦那さんだなんて、もう」
「おつき合いのきっかけは鴨居さんからの申し出だったと聞いてますけど」
「そうなのよ。でも結婚してみる? って言ったのは私だったかも」
「わぁ、積極的ですね」
取材記者さながらの里美の質問と、幸せいっぱいの麗子の返答を耳に入れながら、幸穂はせっせと服を分類した。保管状況がよかったのか虫食いはないが、年月を経た染みはときおり見つかる。
大きな肩パッドの原色スーツ。たっぷりフリルのついたクマ柄のワンピース。リサイクル箱へ入れる服が増えてゆく。
「ねぇ、らいちゃん、ここの服を全部売ったら、どんだけお菓子買えるんだろう……」
衣装部屋の整理を終え、キラは宙を見つめるた。
「五十年分の二人分くらい?」
「それって百年分じゃ……。あ、アライグマの着ぐるみって誰かが欲しがってたような」
「うん、この部屋は終わりだし、他を手伝ってこよう」
キラと來鬼はメンズ服と、アライグマの着ぐるみを手に、リビングを片づけるかざね&陸ペアのところへ行く。
かざねは若草色のコットンワンピースを体に当て、しばし沈思黙考する。
(サイズが合わない……デザインはかわいいのに……)
確保すべきか、否か。
かざねは持参したチョコを開封し、封入されていた舵天照カードをポケットにしまう。
物欲しそうなキラの視線には気づかずチョコをかじり、かざねはワンピースを持ち帰ることに決めた。
「栄養補給!」
(胸元に栄養が回るよう期待……)
外は夕暮れ。処分品の整理が終わり、余興用の服も目星をつけた後、各自の好みで持ち帰る服を探す余裕が生まれた。
アストリアは黒いワンピースとフリルのついた白いエプロンドレスを抱え、完成図を想像する。
(メイド服って、いろいろあるんだ……ロングドレスも着てみたいな。でもミニの方が喜んでもらえるかなあ)
ついにやけてしまう顔を仲間から隠す。
幸穂は狸とアライグマの共通点を考える。基本は茶色だし、種として近い方ではないだろうか。パンダとホルスタイン牛よりは似ている。
「手分けして作業したから、はかどったね」
濃紺に刺繍の施されたアオザイや、チャイナドレスを手にしたアティーヤは満足そうだ。
でも最も満たされた表情をしていたのは麗子だろう。積み上げられた箱と、すっかり片づいた部屋を見回して言う。
「皆さんのおかげで、新居への引越ができそう。助かったわ。後はよどみのない気持ちでお嫁に行くだけ。余興も期待してるね」
さて、解散と思いきや。
「あれ、その箱の中って見たっけ?」
部屋の隅に報知されていた箱を陸が開けると、入っていたのは光沢のあるピンク、紫、白、赤、黒……。
「おーっと、これは最後に爆弾が」
「……うわわ」
発掘された下着類を女性陣が陸の目から遠ざける。サテン布や、レース地で構成された何かが複数、陸の視界を高速で横切っていった。
もっとも陸は恥ずかしくて女性用下着に手を触れることなどできやしなかったし、これから自分の身に降りかかる運命を思うと、目が泳いでしまうのだった。
●男女逆転ミュージカル
台詞を暗誦しながら、鏡に向かって気持ちを盛り上げてゆく。
女子は誰しも化粧で化ける。光を操り、色を足し、自慢のパーツは目立たせて、かわいくなるのはお手のもの。
でも今日のメイクはいつもと違う。眉はりりしく書き足して、ノーズシャドウで鼻梁を強調、唇は色を抑えて引き締める。
「我ながらいけてる?」
「意外にかっこいい、かも……」
執事服の幸穂と、落ち着いたグレーの背広を着たアストリアはメイク完了だ。
「皆、洋服の処分大変だったでしょ。お疲れ様」
結婚式二次会会場であるレストランの控え室に現れた真帆を、アティーヤがつかまえる。
「待ってました真帆ちん、どこに出しても恥ずかしくないイケメンに改造するよ!」
「ええええ」
「ほら、動かないで。うん……腕が鳴るねぇ」
真帆は目を閉じ、アティーヤにいじられるに任せた。
「さすがアティーヤちゃん、手慣れてるね」
麗子の友人を演じるかざねはヒールの高い靴を足になじませながら、手早くメイクを施すアティーヤをほめた。
「どう? 私、新郎っぽくなる?」
「うん、すばらしい。いつでもお婿に行けるよ! あたしのところに来てもいいよ!」
アティーヤはチークブラシの余計な粉をはらった。新郎・博史を演じる真帆の男装計画は満足のできばえだ。
「花嫁は陸くんだよー」
と、真帆がのんびりツッコミを入れる。
いわばメインディッシュ、陸の女子メイクには四方からいくつもの手が伸びていた。
「ううー……恥ずかしいです……。なすがママ、きゅうりがパパってこういう状況なんですね……」
キラはラメ入りブラウン系のアイシャドウを使い、陸のまぶたに自然な陰影を作る。派手な顔立ちの麗子に似せるよう、リップラインはやや大きめに描いた。
じっとしてね、と里美がビューラーで陸のまつ毛を持ち上げるとき、陸はいっそう身を固くした。
メイクの後は着替えだ。
「がんばれ、黒一点!」
里美は陸のコルセットを締め上げる。細身のウエストがさらに締まる。
「う、ううう」
アティーヤが陸のブラジャーの内側に夢と幻という名のパッドを入れた。
「陸くん、両手挙げて」
「はい…」
小花柄のパフスリーブワンピースをかぶった陸は、どこから見ても夏のお嬢さんだ。
「よし、完成。麗子さんも髪は短めだから、ウィッグ不要だね」
「かわいいぉ。似合ってる」
來鬼がにやにや笑う。
「に、似合ってないです! こっち見ないでくださいっ!」
「それは無理な相談だお。本番ではたくさんの人に見せるんだしね」
「加賀谷さんとの身長差もいい感じ」
幸穂が全員の顔を見回して言った。
「私たち、なかなかのチームじゃない? よし、がんばろー」
來鬼は譜面を置き、ピアノの椅子を引いた。スポットライトが新郎新婦席の博史と麗子から、マイクを持った執事姿の幸穂に移る。
「お二人の馴れ初めをミュージカルにしてお送りします。なお実際と異なる箇所があるとは思いますが、ご存じの方、どうかご容赦を。それでは、開幕です」
レストラン内に拍手が満ちる。
最初の場面。
陸が座っている。ときおり手を動かし、布を裁断したり、商品を袋詰めする。小道具を用いないパントマイムだが、そこには手芸店で働く「麗子」がいた。
あれ、男の子だよね、でもかわいいじゃない、とささやく声が客席から聞こえてくる。
地味なスーツに着替えた幸穂が現れ、陸に話しかける。
「麗子さん、担当が変わることになってね。今までお世話になりました。紹介するよ」
「鴨居博史です」
と、真帆が名乗る。あわてて立ち上がった陸は椅子を倒してしまった。ピアノの音が跳ねる。
初対面の二人は名刺を交換し、よろしく、と微笑み合う。あくまでも社会人の慣習として。
ここでスポットライトは二つに分かれる。
光の一つは真帆を追い、もう一つは陸を照らし続ける。
真帆のそばに登場したのは、背広をはおった里美とアティーヤだ。
「一目見たときから♪ 僕は〜麗子さんのとりこ♪」
歌い出す真帆の声はボーイソプラノ並みの高音域で、会場内の笑いが起こった。ミュージカルが男女逆転であることを理解したのか、客たちは笑いながらもあたたかく応援してくれている。
アティーヤは真帆に耳を近づけ、大きくうなずく。腕組みし、首をかしげ、真帆の背中を叩く。
「デートに誘っちまえ!
欲しいのは二人の時間♪」
里美はカスタネットを鳴らしながら、歌い踊る。三人の「男」たちは真剣だ。
もう一つの光の輪は、陸の職場に留まったまま、アストリアとかざねを迎える。
「だってわからない〜博史さんが運命の人なのか♪」
頬を赤らめて歌う陸の肩をアストリアが後ろから包む。
「恋はまだこれから!
欲しいのは二人の時間♪」
ハイヒールでステップを踏みながらかざねがけしかける。ツインテールが風を切る。
二つのライトが、三人と三人を照らす。
「欲しいのは二人の時間♪
欲しいのは二人の時間♪」
六重唱が盛り上がり、会場内から手拍子が入ったところで曲は終わる。暗転。
キラは自分の腕より太いライトを操作していた。裏方だが、皆と気分を一つにするために男装している。背広がこんなに暑いとは誤算だった。汗で化粧が流れそうだ。
続く場面は静かに始まる。キラの合図でアストリアがフルートを手に取った。
真帆と陸がぎこちなく並んで歩いてくる。
來鬼は立ち上がり、ピアノを背にして言った。
「二名様ですね? ごゆっくりご鑑賞ください」
緊張の中、台詞を終えた來鬼はジャケットの肩を軽く回し、再びピアノに向かう。演技よりも演奏の方が得意なのだ。
真帆と陸の二人はときおり足を止め、同じ方向を見る。美術館で絵を鑑賞するシーンだ。アストリアが奏でるやわらかい音色が響く。
やがて二人は互いに向き合い、歌い出す。
「あなたと出会えて
笑顔が増えた♪
あなたと出会えて
未来を夢見た♪」
「麗子さん、僕とおつき合いしていただけませんか」
真帆のまなざしに応え、陸が長いまつ毛をしばたたく。見つめ合う数秒が長く感じられる。
「はい、喜んで」
真帆が両こぶしを握り、ガッツポーズをする。ピアノが高らかに鳴り出す。
仲間たちの拍手に場内の拍手が加わった。
陸は細く長く息を吐いた。目をこらし、新郎新婦の表情をうかがう。
本物の博史と麗子、二人とも笑顔だ。
よかった。恥ずかしい思いをしたけれど、二人が喜んでくれたならば。
「楽しんでいただけましたか? あ、ありがとうございます」
鳴り止まない拍手に、再び執事姿で現れた幸穂は声を詰まらせた。
「ありがとう! 皆のおかげで、このドレスも間に合ったよー」
立ち上がって何度も頭を下げてくれる麗子と、祝福に集う客たち、たくさんの笑顔があふれている。
幸穂はお腹から声をしぼった。
「私たちから、お祝いの花束を贈ります。ご結婚、おめでとうございます!」
舞台を降りれば、魔法は解ける。
衣装を脱いで普段の自分に戻る前に、撃退士たちは幸福な余韻を味わう。
(いつか私もウェディングドレスを――)
引き菓子として受け取ったキャンディを眺めながら、秘めた想いが届く日を思い描く女子が一人。
「くせになりそう……」
と聞こえたつぶやきは、誰の声か。
「もうこんなことしませんっ!」
真っ赤な顔でいち早く控え室に駆け込んだ陸でないことだけは確かだった。