●別れはいつも唐突に
「よ‥‥っと。――ふぅ、結構きつかったか」
最初の関門である絶壁を、最後に上りきったのはカルム・カーセス(
ja0429)。縄を力強く握って坂を蹴り、上層の床に飛び乗った。
「はい、おつかれさま〜。カルムで最後だね」
最愛の者を、労いの言葉で迎えたのは天河アシュリ(
ja0397)。上りきったのを確認して縄を持つ手の力を緩めた。
「それで、だ。――まあ、‥‥そうだな。一応弁解を聞いてやろうか」
カルムは静まり返った周囲を見渡してから床に目を落とし、正座させられている存在を見やった。
――それはカルムが顔を出すほんの少し前の出来事。
「腕、大丈夫でしたか?」
長身の鳥海 月花 (
ja1538) は上りきった先で、ロープを支えていたアシュリの様子を窺った。
「大丈夫よ、心配しないで。みんなも手伝ってくれたしね」
と爽やかな笑みを返すアシュリ。残るひとりのためにも気は緩められない。
そんな様子のアシュリに一礼してから月花は、自分が面倒を見る予定の補習組メンバー、葵の元に足を向けた。
「ほら、まだはじまったばっかりですよ! 上手にのぼれてましたし、ぜんぜん大丈夫ですっ!」
そこでは羊山ユキ(
ja0322) が逃げ腰の葵に言葉をかけている最中だった。明るく繰り出される激励に彼の表情が少し明るくなったようにも見える。
(柏の方は‥‥大丈夫そうだな。まだ特に判断を迫られる局面でもないし。むしろ今は――)
鴉乃宮 歌音(
ja0427) は柏の様子を一瞥してから、壁際でなにやらこそこそしている貴布禰 紫(jz0049)に注意を向け――
「って、あ!!!! まて、何を――」
遅かった。紫が何かを押した。
直後ガコン、という機械音が聞こえた次の瞬間、風が動いた。床が大きな口を開けたのだ。真上にいたユキ、月花、葵組と柏はもれなく。また、
「ミドリ!?」
驚愕の声をあげたのはミーナ テルミット(
ja4760)。彼女のチームメイト翠、が突然穴に向かい駆け出したのだ。その言葉は、
「みんなで行くってったのはお前等だろ! 一緒に落ちなきゃ意味ねーだろっ!」
と、翠は自ら落とし穴に飛び込んでいった。
「仕方ない、追うよ、ミーナさんっ!」
チームがばらけるようなことになってはいけない。躊躇せずその後を追う雪那(
ja0291)。
「ああ、もう、どうとデモっ!」
ミーナも元気に喚きつつ追従。
「‥‥これは、我も行かねばならんな。先にゆくぞ!」
チームの柏が落ちてしまっては行くしかない。フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)もまた、透き通るような金髪をはためかせながら穴の中に消え――
「ええっと‥‥アシュリ。こちらも善処する。そちらも最善をつくしてくれ」
まさに霧消。歌音も闇の中に姿を消した。そしてまもなく元に戻る床。
「――責任とってボクも追おうとしたんだよ!?」
紫は正座したまま反論した、が。
「それはあたしが全力で止めたよ。カルムおいてけないし‥‥」
あまりにも一瞬の出来事でどうしようもなかった、とアシュリは肩を落とし、事の顛末を聞いたカルムも頭痛を覚えた。しかしここでこうしていてもはじまらない。
「ともかく連絡はついたんだろう? だったらこっちも進もう。道中つもる説教もあるし、な」
「そうね、大事なお話よね」
とても優しい様子だったが、2人とも目が笑っていない。ともあれまだはじまったばかり、彼等も施設の奥へ歩を進めるのであった。
●矢の如し
「こういったものは近くに解除装置などありそうなものだが‥‥」
ヒュンヒュン風を切りながら矢が飛び交っている通路の前で、フィオナは壁に触れたり叩いたりしながら、目的のものがないかを探していた。
「ふん。こんなもの一気に駆け抜けてしまえばいいではないか」
慎重に進もうとする一行を無視し、翠は足を踏み入れようとする。しかし、
「まぁーテッ! ちゃんと全員で安全に進む方法を考えなくちゃ!」
慌てたミーナに背中から抱きつかれ、動きを封じられる。振り払おうとするも、しがみついたミーナも譲らない。
「と、途中で転んだりしたら‥‥」
「葵先輩っ! ダメな方に考えてはいけないのでぇす! よーく見きわめればきっと、きっと〜‥‥」
葵の後ろ向きな姿勢を制して、ユキは目の前を行き交う矢をじっと見つめた。じっと、じっぃと――考えるが。
「盾を使えばユキとかは行けそうです、けど――」
良い案は浮かばなかった様子。全員が持っているわけでもない。また、この大きさの盾でも、誰かを庇いながら進むのは無理だろう。
「さて‥‥。先ほどからなにやら考えてはいるようだが柏、貴様はどうしたら良いと考える?」
不意に、フィオナに言葉を振られた柏が肩を弾かせて瞬いた。
「何、決断しろとはいわぬ。考えを述べればよいだけだ。簡単なことであろう」
更に煽るフィオナ。その堂々とした態度に圧倒されながらも、そのうち柏は言葉を紡ぎ始めた。
それは――
「ほあ〜、下の方からは矢がでていないんですね〜」
「本当ネ! このままあのスイッチおすヨ!」
もともと背の低い方のユキとミーナであったが、その身をさらに小さく折り、屈んだ姿勢で全身する2人。盾の影に完全に身体を隠していた。
「少し窮屈だけど‥‥もう少しだもんね☆」
終始一矢も身に受けることなく、2人は回廊を抜ける。そしてそれらしく設置されているボタンを押すと、まもなく機械音が響いて1秒、2秒――矢の発射が止まった。
「想定通りだゾ〜! 大正解!」
反対側の仲間に大きく手を振って成功を知らせるミーナ。
その無事な姿を見た柏は、握り締めていた拳を解き、大きなため息をついて安堵した。
「ふ‥‥、何も緊張することではない。選んだのも決めたのもそれぞれではないか」
柏が提示した案は仲間全員に確認を取った上で実行された。危険な役を自ら買って出たのも彼女たちの判断。
「ま、すぐ直るとは思っておらんよ。まずはこういう結果が『出来た』ということを覚えておくのだな」
フィオナはそう告げると、矢の消えた回廊に悠々と足を踏み入れるのであった。
そんな流れを、翠は、ひとり不満そうな瞳で見つめていた――。
●水の如し
「なんか、こう‥‥、ファイト〜一発! って感じだよね、これ」
雪那は置かれた状況に対し、冷静に呟いた。実際はそれほど悠長なことを言っていられる場合ではないのだが。
現在渡河作戦の真っ最中。
飛び石を伝い対岸に渡った雪那は今、一本の縄を握り締めていた。縄の先は、今にも水に押し流されそうになっている翠の腕に繋がっている。
「くっ‥‥手を離せ! 私はひとりでもやれる!」
雪那が先行する手はずだったが、それを遮って翠が飛び出した。すぐにその後を追ったが、時遅し。焦りからか、判断力を失っていた翠は足を滑らせ、そのまま水の中に。そんな間一髪のところで雪那の投げ縄が捉えたのだ。
「せめて、今このときだけでも私を、私たちを信じて待って! 絶対助けるから!!」
雪那は心からの叫びを上げる。その間にも水の流れは強さを増し、雪那の小さな身体を、翠ごとぐいぐいと引っ張っていく。
(まだ大丈夫だろうけど‥‥あの先の滝までいっちゃったら無理、だろうな)
そんなことを考えながら仲間の応援を待つことにした。きっと大丈夫だから。
「まったく、無駄に意地などはるからだな‥‥」
歌音は救援に向かう為の足場を確保しようと目を走らせた。しかし、突然水が荒さを増し、激しく波を立て、飛び石を湿らせていた。場合によっては水に足を掬われる可能性もある。
「どうしましょう、どうしましょう?」
月花は困っているような口ぶりで首を巡らす。多分この飛び石を越えるのに適した人材は、自分たちではない。
だから、
「こういう場面で率先していける人なんて‥‥憧れますよね」
にこりと笑う月花。
「突然何を――ああ。そうだな、こういう窮地こそ勇気を振り絞る必要はあるが」
「そういうわけで、私が向こう側に飛びますのでロープの端、持っていてくださいますか?」
月花は己が所持していた縄の端を歌音に持つように願った。
「む、きみでは危険だろう。ここは小回りのきく私が」
「いえいえ、動こうとしない適任の代わりに私が行くべきと思いまして」
ちらりと葵に視線を向ける月花。おどおどしている様子に、一瞬だけ殺気を込めた視線を送ってみたりした。すると表情を凍ばらせる葵。
「あら、私の顔に何かついています?」
などと、当の本人はそしらぬ素振りで歌音とのやりとりに戻る。ああだこうだと、はたからみれば言い争いだ。
そんな押すとも引くとも決まらないやりとりに、意を決し割り込んだものが居た。葵だ。自分がいくからここで喧嘩しないで、と飛び出したのだ。
「待て、縄を!」
今にも水に流されそうだった葵が持つ縄の端を、間一髪で拾い上げる歌音。長さは十分だが、逆に引っ張ってしまわないよう長さに注意しながら見守った。水に落ちるようなことがあれば月花と共に引き上げればいい。
「あら、凄いですねっ」
葵の足の運びを見て、月花は感心のため息を漏らした。まもなく対岸に飛び移り、雪那に助成。翠を引き上げることに成功。
「‥‥ふと思ったんだが、喧嘩から『逃げた』とかはないだろうね」
「‥‥私の殺気から『逃げた』可能性もありますし。完全否定できないのが辛いところですね」
ともあれ葵は踏み出した。ひとまずのきっかけには十分だろう。
そうして2人も続いて対岸に渡り、翠の行動と危険性について本人が納得するよう諭すのであった。
●岩の如し
「いーい? これは練習だけど、本当の依頼ではコトは死に繋がる。ここで重要なのは団結力、協調性だよ」
右隣からアシュリの声。凛として説得力がある。
「別に俺が最後に上ることにしたのは下から見上げようとしたとかではなくてな」
左隣からカルムの声。なんだかいい訳臭い。
「‥‥う、うん。多分わかったつもりだけど、どーしてボクが真ん中で、お2人が隣り合ってない訳で」
紫はその狭間で、肩身を狭くしていた。
「そりゃあ、お前。さっきからことあるごとに落とし穴開けてみたり、つり橋落としてみたり、停止してたトラップ起動してみたりとチョロチョロしてっからだろーが」
カルムの言葉通り、3人の道のりは最も厳しいものであった。分断系トラップにこそ巻き込まれなかったが、カルムとアシュリのダメージのなんだかんだで蓄積は大きかった。よって、
「これ以上余計なことされないように、ね」
アシュリも相方の言葉を引き継ぎフォロー。紫はひたすら説教を受けながらコースに挑む形となっていた。
そんな折、小さな電子音が響く。2人とも思わず紫を見たが、本人はまだ何もしていないと首を振るばかり。よく確かめてみたところアシュリの通信端末のものであった。
「はい、こちらアシュリ――ああ、あたしたちも進んでるところだよ。――ん、絶壁?」
アシュリが端末に気を取られている間に、カルムは気付いた。暗がりの先、側面の壁から漏れるわずかな光に。
「下から声が聞こえるな。見てくる。アッシュ、紫を押さえてろ」
そう言って勝手な行動をされないよう、紫を押し付けてから1人先行するカルム。光に近づくと風の流れを感じた。下から吹き上げてきているのだろう、生ぬるく、強い風。
「穴、か?」
支えひとつない空洞を、気をつけながら覗き込むカルム。その高さと、向けられた光に眩暈を覚えたが、穴の底、はるか下に仲間が居た。
「カルム! みんなこの下に居るみたいで」
「ああ、見えた」
どうやらこの穴は他の全ての階層を貫通している穴のようだ。となればやることはひとつ。
「全員を引き上げよう。この階層以外は行き止まりみたいだし」
アッシュは己の持つ縄を穴に垂らしてみた、が。
「足りないな。俺のも結ぶか」
それでも足りないと、紫の縄も追加して下へ落とす。そうして1人ずつ上ってきてもらうことにした。面倒臭がる紫も説得し、3人で縄をしっかり掴み、協力固定。終盤ではこちらからも引き上げて手助け。
「これで私も合流だな。他の者の縄を預かってきた。これを使ってもう1本垂らすとしよう」
最初に上ってきたのは歌音だった。軽いということで雪那も候補であったが自分は男だからと、万が一に備え最初の綱渡りを買って出たのだ。結果は問題なし。引き続き縄を支え、仲間の支柱となる面々。徐々に人が増えてきたおかげで上らせるペースも速まる。
「と、途中で、落ちたりしたら‥‥」
未だそんな弱気な言葉を吐く葵に、月花が何か言いかけたところ、
「落ちたら落ちただ! 下で受け止めてやる! もう一度挑めばいい!」
翠がその言葉を遮って叫んだ。
(その通りなんだゾ! みんな成長してくれたかナ!?)
ミーナは葵の隣で壁を蹴りながらそんなことを考えていた。思わず表情が緩む。
「ほら、諦めなければ、みんなでやれば、怖くないし出来もするんですよ☆」
「判定を受けるまでが補習だ。まだ道は続いている」
そうしてユキ、フィオナも続き、全員が上層での合流を果たした。残る短い通路を潜り抜ければ出口のはずだ。
●結果発表
「結果でたゾー!! ここにいる全員、合格でオッケーだっテ!」
元気に教室に飛び込んできたミーナは開口一番、結果の報告を行った。それを聞いて、
「ひとまず安心、ですね。お疲れ様でした」
「うむ。誰一人欠けず、達成できて何よりだ」
月花とフィオナは目の前で安堵している葵と柏を労った。個人個人に癖があるのは仕方がないこと。それを仲間と共にどう生かすか。
「あ、そうだ茶があるのだが、よければどうだ?」
張り詰めた空気が解けた教室を見て、歌音はそう切り出した。良い結果も出たことだし、と仕事後の一服として苦楽を共にした仲間にもすすめてみる。
「ああ、私も手伝うよ、人数多いし」
すると雪那が協力を申し出、次ぎ翠も加わるのであった。
そうして配られたお茶を飲みながら、
「合格、か。俺としてはユキが補習になるかと思ってたんだがな」
不意にカルムがそんな言葉を零した。
「と、突然何いうんですかっ!? た、確かに、最初に落ちたりして先輩いなかったですけど‥‥ユキ、うんと頑張ったんですよ!?」
気になっていたのか、図星を突かれて慌てたユキは、隣に座るアシュリに応援を求めた。それに対する答えは至極単純。
「うん、頑張ったから補習じゃないんだろうね」
「わ、やっぱりアシュリ先輩はユキの味方――」
アシュリの暖かい言葉に表情を明るくするユキ。だが、
「あ、でもほら、あたしはカルム側だし?」
「ま。どっちかってーと、最終的には俺の味方だろうな」
そんなこんなでユキが見知りの先輩2人に、己の頑張りを示すのはまた別の機会になりそうであった。