●現場検証?
「ああ、やっぱり雌鶏ですね」
三神 美佳(
ja1395)は小さく屈んで、小屋の中を覗き込む。敷かれた砂の上には、白い羽毛や足跡が残っていた。
ここは依頼人、黒江が住んでいる寮の庭先。
彼女たちは依頼を受けるや否や、バレンタインの足取りを追うべく、状況を確認にやってきたのだ。
「ここから推測しなくちゃいけないね。‥‥どこにいるんだろう」
美佳と同じく身体の小さな雪那(
ja0291) は率先して小屋の中に入っていった。内側から軽く金網を揺すってみたものの、
「頑丈だね。どこも壊れてないみたいだし」
抜け穴があったり、破られた様子もない。逃げ道はないように思われたが、
「鍵の締まりが甘いですね。中に何か詰まって、ます。これでは完全に閉まってなかった可能性ありますよ」
美佳がダイヤル式の南京錠の状態を指摘。閉めようとすると何か違和感に襲われる。撃退士の力を使えば押しつぶし、完全に閉めることも可能だが、鍵としての機能がなくなってしまうだろう。
「これじゃ、扉が開いちゃって自分から出た可能性も、連れ出された可能性も残ったままだね」
そうして、2人はしばらく小屋の中を調べつくすのだった。
この間に確認することは他にもある。
「ところでお話をうかがいたいのですが‥‥どうして、バレンタインというお名前に‥‥?」
たいしたことではないのですがと、牧野 穂鳥(
ja2029) は気になっていたことを尋ねた。
斡旋所の様子と違い、落ち着きを取り戻していた黒江は、「2月14日に孵化した子だからです」と答えた。
「‥‥ううん‥‥」
ふるふると首を横に振る穂鳥。おどおどとしながらも、生き物が好きである彼女は、行方の分からない鶏を想い、黒江に同情を向けた。早くみつけてあげたい。
「それにしても、肝心な捜索対象が何なのか聞き忘れるなんて、紫さん受付で大丈夫なんでしょうか‥‥」
張り出されていた依頼の文面を思い返し、レイラ(
ja0365) は受付の仕事振りを案じた。改めて黒江の元を訪れたことで、写真などで外見を確認することが出来たが――
「そうですね、ワニや虎のような猛獣だったならどうなっていたことか」
さらっと怖いことを口にする紫藤 真奈(
ja0598) に、レイラは苦笑いを返す。
「とにかく‥‥手分けして、探す、の。危険な目にあってたら‥‥かわいそうだ、から‥‥」
柏木 優雨(
ja2101) は、集めた情報をメモにまとめ終えると、
「もしかしたら‥‥戻ってくるかも、しれない、‥‥。黒江は、ここで、待って‥‥て?」
黒江に待機を頼み、仲間と捜索に出るのであった。
●事情聴取?
「あれが例の生肉店だね」
「はい‥‥店番がいないようですが‥‥お客さんもいませんね」
雪那とレイラの2人は、黒江の知り合いが居るという生肉店を物陰から眺めていた。
店は開いているようだが人の気配がない。耳をすませてもみたが、ここからでは異常は感じられなかった。
「行ってみましょう」
「そうだね。私が先にいくよ」
そう言って、店番の居ないカウンター前に立つ雪那。背が合わない為、中は覗き込めない。だが奥の扉から聞こえてくるかすかな作業音に気付くと、レイラは雪那に視線を下ろした。
視線の意味に気付いた雪那は小さく頷き、
「すみませーん! お店の人いませんかー!」
声を張り上げる。万が一、相手が犯人であったなら子供の声のほうが相手の油断を誘える――かもしれない。
しばらく反応がなく、もう一度声をかけようとしたところで、奥の扉がゆっくりと開いた。
「らっしゃい! 待たせて悪いなぁ」
2人の女性をみて、姉妹で買い物かい、と笑顔を浮かべる青年。カウンターに隠れて上半身しかみえないが――
(‥‥このニオイ、血‥‥?)
(そうと決まったわけじゃないけど‥‥確かめるには‥‥)
ふと鼻腔を刺激する鉄のような臭いに顔をしかめる雪那とレイラ。
「ねえねえ、お肉屋さんは、バレンタインセールとか、やらないの? よそだと、」
可能な限り日常を装い、子供らしい声で尋ねる雪那。あくまでも純粋な子供心から尋ねるがごとく。
その言葉に青年の顔が引きつったように思えた。
「あ、突然すみません。バレンタインが近いものでこの子、つい‥‥」
フォローする振りをして煽ってみるレイラ。その効果はすぐに現れる。笑顔が完全に凍りつき、金属音がする何かが手から離れ落ちた様子。わなわなと肩を震わせる青年、客の前だからと必死に抑えているのだろう。
だが、気にすべきはそこではない。
「何か落としまし‥‥――ッ!」
レイラは高い身長を生かし、カウンターの中、青年の足元を確認して息を呑んだ。
そこには、刃が赤く染まった、大きな包丁が落ちていたのだ。場所が場所だけにありうる、が。
「すみません! 今とある調査依頼を受けててね、ちょっと中を確認させてもらうよ!」
レイラの様子から何かを察した雪那は、カウンターを軽々飛び越え、中に進入。奥の扉を開いた。
視界に広がる赤と、あふれ出る、むせ返るような血のニオイ。
そこは解体現場。白い羽が、雪那の頭にふわりと落ちてきた。
参考人の女性に話を聞こうと、住所の寮を訪ねた真奈と美佳であったがあいにく留守であった。
そこで、女性が寮に戻るまで公園の確認をしようと足を向けた。
「ふむ、確かに雀や鳩があちこちちょろちょろしていますね」
美佳は、黒江の言うバレンタインの行動、鳥類を追いかける行為に思い当たる節があった。視線の先には砂浴びをしている雀が数羽。しかし近寄ろうと足を動かした途端、誰からともなく空へ。
「餌付けされている鳩はともかく、雀はにげてまいますか‥‥」
雀が去った空を見上げ、美佳はそんなことを呟いた。
真奈は公園を散歩する数名に声をかけて歩く。無論尋ねるのは鶏のコト。詳細は伏せて噂を探る。
「この公園をよく散歩している鶏をみたことありませんか? 今その子をさがしていて――」
尋ねた者曰く、最近朝にぎやかに鳴いている鶏がいることなら知っている、とのこと。
情報に礼を返したのと同じくして、公園隅の茂みがガサガサと音を立て動いた。人が動かしたものではない、もっと小さな生き物の所業。
茂みに向ける注意をはずさないようにしつつ、美佳を呼び寄せる真奈。何かはゆっくりと移動している。
「追いましょう。バレンタインかもしれないですし」
「はい、もし捕まえられるな早い方がいいですからね」
2人は同時に茂みに飛び込んだ。緑の中に点々と続く赤い染み。
「っ、これは――血痕?」
真奈は小さく呟いた。量と散り方から、よくて小動物。しかし今回の場合は全くよくない。
「もしかしてバレンタインが怪我をしているとか‥‥追いましょう」
美佳はすぐに痕跡を追った。足を速めると、相手も追われていることに気付いたのか足を速める。流石に相手の小回りは利くようで、茂みの中を右往左往。なかなか追いつけない。
「あ、茂みを、ぬける!」
そうしているうちに道路が見えてきた。このままでは飛び出すことになる。万が一車両等と出くわしたら――と脳裏を過ぎる。が、幸いそうはならなかった。
「え‥‥!?」
不意に白い影が木を駆け上がったのだ。
足を止め、木を見上げる真奈と美佳。緑が視界を遮り、すぐにその姿を確認することはできなかった。が、木の上では、空でも飛ばない限り行き場はない。
「居ました。けど、‥‥どこをどうみても鳥ではないですね。むしろ」
最悪かも、と目を細める真奈。
「それはどういう‥‥あ‥‥」
視線を追い、枝の上にうずくまる影の正体を視認した美佳も、一瞬言葉を失う。
そこには、真っ白な毛並みの上に、赤い斑点をまとった1匹の猫がいたのだ。毛を逆立て、威嚇の声をあげている。そんな、猫の瞳がキラリ輝いたように見えた。
日が西に傾きだした頃。
授業が終わったのか、部活が終わったのか、寮付近は下校途中の学生でにぎわっていた。
「あ、あの‥‥少し、聞きたい事‥‥あるの。あのね――」
黒江の寮近く。朝騒がしいという雄鶏の所在を調べるべく、周辺で聞き込み活動に勤しむ優雨。会話をする時の癖か、身長差のためか、相手の顔を見上げる形で上目遣いになることが多い。
それに遭遇した男性は言葉を詰まらせることがしばしば。そんな態度に対し、
「やましいことがなければ答えられる‥‥はずです」
穂鳥が鋭い言葉を向ける。さらには細目で釣り目のせいか、相手からは睨まれているよう、感じられることもあるようで――
(ヒソヒソ、修羅場かしら?)
(あんな年下の子、ヒソヒソ)
と、あらぬ視線を向けられることも多かった。
「ゴ、ゴメン。何もしらなくて――」
「ん‥‥ううん。協力、ありがとう‥‥なの」
答え終わるなりそそくさとその場を去ってゆく。
そのうち、うちの近くでも聞こえる、裏手で聞こえる、慌てる女性の声が聞こえた、等いくつかの証言を得ることが出来た。
「ここが‥‥寮で、一般的な声量を考えると」
「‥‥うるさく‥‥感じる範囲‥‥」
真っ白な紙の上に位置情報を書き込み、目的地を絞り込んでいく穂鳥と優雨。ゆったりとした調子の2人ながら、捜査の目は確かなものであった。
そうして裏道を抜け、手入れされた緑の垣根で囲まれた一つの寮にたどり着く。
「入口は、ええっと‥‥」
流石に垣根を飛び越えてというわけにも行かず、正面を探しに向かう優雨。そこで見つけたのは紅色の染み。
「これ――血?」
よくみなければ分からないほど小さなもの。それは庭に向かって繋がっていた。
そんな時、
「あら、お2人とも、どうしてここへ?」
寮の玄関先で立ち止まっていると、後ろから真奈と美佳が現れた。
「あ‥‥お疲れ、さまです。お2人こそどうして」
顔を挙げ、確認するや疑問を投げる穂鳥。
「ここ、例の女の人の寮ですから。昼間留守だったので改めて――と」
「あ、そういえば、ここ‥‥でしたか」
真奈の言葉に優雨ははっとした。
「私たちは、雄鶏の情報を追って、ここに」
たどたどしいながら、お互いの情報をしっかりと交換。
●警察? それとも探偵?
時間は少し遡って生肉店。
「だから解体途中で客がきたからそのままでてきちゃったんだって!」
雪那とレイラは、血染めの包丁を落とした青年を問いただしていた。
「でもどうしてそんなに慌ててるの?」
「そ、それは――」
「特にバレンタイン、という言葉に反応したように思えましたが」
雪那の追求に言葉を濁す青年。追撃はレイラ。反論は「この時期ならみんな気にしてるだろう」と。
「じゃあ単刀直入にいこう。黒江さんのバレンタインがいなくなったんだ。私たちはそれを探してるんだよ。オトモダチ、なんだよね?」
冷たいテーブルの上に横たわる鶏の姿を一瞥してから青年を見上げる雪那。視線は鋭い。それを受けて青年の表情も変わる。
「あの鶏が!?」
「心当たりがあるのですね?」
「――あー、もしかしてあの言葉で俺、疑われたりしたか?」
青年は嘆息しながら髪を掻き揚げる。
そして自分が言いたかった旨はそうではないことを事細かに供述しだした。若干恥ずかしそうに。
「やはりそうでしたか‥‥。どちらも紛らわしい」
レイラは安堵したような、呆れたようなため息をつきながら言葉を吐き出した。
青年の憎むべき対象はイベントとしてのバレンタインだったのだ。雪那も説明が腑に落ちたようで警戒を解く。
「まあ、その件に関しましては『前向きに生きてください』とだけ」
青年の荒れた手を取り、優しく微笑みながらレイラは諭すのであった。
「これでここは違ったわけだけど――本命はあっちかな?」
「はい」
2人は青年に協力感謝の旨を伝えると生肉店を後にした。
管理人の許可を得てから、4人は庭に踏み込んだ。すると出窓に腰掛、白い物体を抱えている女性を発見。
「――あ」「あ」
互いに視線を交わしたと同時、どちらからともなく言葉を漏らす。
女性の膝の上には雌鶏が乗せられていた。羽には赤い斑点。
「その鶏、バレンタインちゃん‥‥!」
最初に気付いたのは鳥好きの優雨だった。鶏の足にはめられたピンク色の足輪がその根拠。詳しく調べれば、すぐに個体がバレンタインだと識別できるだろう。
「よく知ってらっしゃいますね――?」
女性がとても不思議そうな表情を浮かべた。見つかって驚いている、というよりもバレンタインを知っていることに驚いている様子にみえた。
「ええと、確認させていただきたいのですが、その子はどうして貴女のところに?」
一挙一動見逃さないという姿勢で問いかける真奈。同時に依頼の旨を伝えると、女性はすぐに説明を始める。
雄鶏を飼いはじめたのは彼女。朝方うるさくて困っているとも言う。
「その鳴き声ばかりはいくら躾けてもどうしようもありませんね」
それは諦めてください、とぴしゃり女性に言い放つ美佳。
続けてバレンタインは公園で見つけたという。散歩していたところ見知った鶏――普通に考えれば野良など居ないので珍しい――が猫を追い回していたと。
「‥‥あの猫、怪我していましたね」
真奈は木の上から引きずり下ろした猫を思い返した。それは猫自身の傷による出血だった。どうやら鶏にちょっかいをかけようとして返り討ちにあったということらしい。
その後も羽に血をにじませたまま、公園内で鳥を追いかけて回るバレンタインを捕まえ、保護したのだという。
「正体がわかってるなら‥‥どうして、すぐ、黒江に言わなかったの‥‥?」
優雨の疑問はもっともの事。
それに関しては謝りながら、猫に襲われて出血したのかと思い獣医やホームセンター等を駆け回っていて失念していたとのこと。
「本当にすみません‥‥」
「この場合、脱走していたのを無事保護、けれど連絡忘れ、という処理になるのでしょうかね。依頼人さん、とても慌てていましたよ? 遺失物横領、とかになりかねないかしら――ふふ」
女性の慌てる様子をみて、冷たく微笑む真奈。なんとなく彼女が依頼人に好意があるのではないかと読んでいた。雄鶏を飼い始めたことも含めて。
「バレンタイン、優雨たちがみてるから‥‥連絡、してあげたらいい‥‥かなって」
「あ、私にもよければ抱かせて下さい」
そうして優雨や穂鳥の申し出もあり、バレンタイン発見の報告は依頼人の黒江に伝えられるのであった。
その後、雪那とレイラに連れられてやってきた依頼人を交え、鶏話に花が咲いたとかさかなかったとか。黒江の知人が7対1のハーレムを物陰から羨んで見ていたとかあれど、ひとまず騒動は収束したのである。
「けーたんてーさんたち、無事依頼解決〜っと。戻ってきたらおみやげをあげよー☆」
貴布禰 紫(jz0049)は依頼達成の報告を受け取ると、達成の判をポンと捺した。