●情報収集
村にたどり着くや、一行は足早に散った。そしてそれぞれに分担してなすべきことを手早く行う。
「目撃情報はこれで全部? この辺は情報ゼロかぁ‥‥」
そうして集められた情報を前に、南雲 輝瑠(
ja1738) は腕を組んで唸り声を上げた。捜索対象のうち、6割の情報はないに等しかった。
「うん。でも、襲われた箇所と、戻ってきた人が辿ったルート‥‥これは重要だね」
それでも白紙に近かった地図は徐々に情報で染まっていった。桐原 雅(
ja1822) は、その中でも2つの情報に目をつける。それは無事に村へとたどり着いた村人から得た証言。
だがあくまでも混乱の中でのもの。正確な情報とは限らない。これ以上は実際に歩いて確認するほかないだろう。
「ふむふむぅ。それにしてもちょ〜っと範囲が広いですね‥‥そうだ! こーしてみましょう!」
それまで黙って地図を覗き込んでいた天羽 マヤ(
ja0134)だったが、ふと閃きを覚え、地図に手を加えた。それは縦横に走る等間隔の座標軸のようなもの。
「あ、確かにそうしておけば現在地の報告とか、捜索結果の確認がしやすいですねっ。さっそく他の地図にもやっておきます!」
これといった目印がなかった地図が格段に読みやすくなったと、清清 清(
ja3434) も感心した。そして他の地図にも同じ細工を施してゆく。
「寒空の下、どこかにいる村人さんたち、早く見つけてあげなきゃね〜」
おっとりとした声色の中にも心配を潜ませて、望月 忍(
ja3942) は意気を吐く。その腕には救急箱が大事そうに抱えられていた。
「うん。慎重かつ迅速に、だね。‥‥木のサーバント‥‥あの時の敵より斬りやすいイメージはあるけど‥‥」
そして隣で頷くのは雪那(
ja0291) 。今回の敵の情報が詳しくわからないかと、帰還者に尋ねてみたものの、的確な情報はほとんど得られなかった。枝に手を掴まれただの、足を掴まれただの、気付いたら機材が奪われていただの、そうなっていたというものばかり。気を引き締めてかかる必要があるだろう。
「ふむ、準備は終わったと見ていいか? 嬢ちゃんらにゃ厳しい行軍かもしれんが頑張ってこうや」
己もハンデを持つ身ながら、郷田 英雄(
ja0378)は過半数を占める女性陣に労わりの言葉をかけた。その最後にあたった黒葛 風花(
ja4755) は、
「お構いなく。今は緊急時‥‥救助が先ゆえ――参りましょう」
と受け流し、遠く山を見上げるのだった。
そこには、うっすらと雪化粧をはじめていく山があった――。
●日が昇る方より
「さ、ささ、‥‥寒いですーっ! で、でも、もっと寒い思いをしてる人がいるわけでして、私たちががんばりませんとーっ!」
身を震わせ、白い息を吐きながら、マヤは己に活を入れる。山というものの、そう高さはなく、上ったり降りたりを繰り返す緩やかな斜面が続いていた。そんな道なき道を、慎重に歩く一行。
「どの木も同じように見える‥‥郷田さん、反応ありますか?」
「ん‥‥? あァ、こつんこつんってよく乾いた反応だな」
木の1本1本に違いはないかと注視していた雪那だったが、これといった成果は出ていなかった。そこで小石投げをしている英雄に声をかけてみることにする。
しかし英雄の方もあたりは未だ引いてないと肩を竦めるのみ。天魔には透過能力――己に触れていいものを選ぶ力を持つものがいる。もし小石を投げた先に天魔がいたなら、石は音を立てず幹を貫通する可能性があるのだ。それを狙ってのことだったが――。
「透過しなくても反応は貰えそうですしね。では、この辺りにはいないということでいいかな」
雪那は歩いてきた距離から、おおよその現在地を確認し、地図のマス目に確認済みの印をいれた。
「では次の区画、か。‥‥誰かいらっしゃいませんか!」
大きく息を吐いて吸い、それから声を張り上げる風花。あまり言葉数多くない彼女も、捜索のためにはその声を惜しまなかった。会話、ではないからかもしれないが。
「何だ、しかし、こうも静かだと逆に薄気味悪いな」
「確かに――」
自分達の踏みしめる足音以外、これといった音という音は感知できなかったのだ。そんな英雄と雪那の疑問に応じたのは風花。
「雪には‥‥音を吸収する性質があります。きっと、そのせいでは、ないでしょうか?」
懸命に張り上げた声も、晴天に比べれば届く距離が縮まっているはず、と。
そんなことを話しながら捜索を続けていた、ある時、不意に雪が弱まる。そして――、
「ね〜、何か、聞こえないー?」
はじめにそれに気付いたのはマヤだった。他の者も周辺に注意をむけると、確かに聞こえた。
「叫び声!」
「っ、なんてーか、やたらと危機迫った感じじゃねーか‥‥!」
4人は一斉に駆け出した、その音源に向かって。
1本の古木にしがみつくようにして、若い男が居た。必死に、届くとも叶うとも判らぬ叫び声をあげている。
「あわわわわ‥‥あれが今回の敵‥‥! 牽制します〜、当たらないよう気をつけて下さい〜っ!」
巨大な古木がゆっくり、とてもゆっくりと幹を移動させながら、鞭のように滑らかにしなる枝を男に伸ばしているところだった。
英雄と雪那もすぐに近接しようと駆け出したが、その間に、攻撃を届かせることの出来るマヤがピストルを構え、弾丸を放つ。難なく命中したそれは、わずかに古木の動きをとめさせるに至る。しかし痛覚があまりないのか、さほど長い足止めにはならない様子。
それを追い、風花は無言でスクロールの封を解くと、魔法の光を放った。光は男へ伸び掛けていた枝を幹から削ぎ落とす。
「おぅ、一応無事のようだな! しなれては寝覚めも悪い、助けてやらないわけにはいかんからな!」
その間に木に近接した英雄が間に割って入り、立ちふさがる。枝は英雄を気にせず男に伸びてゆくが、そうはさせない。手にした打刀を振るい、迫る枝を一閃に薙ぎ払う。
「これって薪割りになるのかな‥‥はぁっ!!」
雪那はそんなことを口にしながら、大太刀を幹に叩きつけるよう打ち込んだ。力強い一撃は幹を中間で容易に二分した。ずぅん、という音を上げて山肌に倒れ落ちる上半分。しばらくの間、枝をねじらせていたが、それも次第に動かなくなっていった。
「大丈夫ですか〜? もう大丈夫ですからね〜?」
未だ頭を抱えて混乱を続ける男に、マヤは声を掛け、冷えた手を優しく擦るのだった。
――保護班の到着を待つ合間に這い寄ってきた別の古木を処断しながら。
●日の沈む方より
道中、窪地にて気を失い倒れていた初老の男性を介護し、保護班に引き渡した後、一行は索敵を続けていた。
そんな、大分日も西に迫り傾いてきた頃、
「これは‥‥もしかして移動の痕跡か?」
輝瑠は不思議な溝を発見した。それは落ち葉を掻き分け、さらには土をより分け抉って進む溝。
「ここまで敵に出会わなかったし、移動経路を考えると十分に可能性はありますね」
清は溝の周囲に視線を巡らせる。すると溝に沿って倒れた古木や、他の木に寄りかかる古木が多々あった。
「痕跡、途中で終わってるね‥‥。もし、敵が透過しないんだったら意外とこの中に潜んでるんじゃないかな‥‥」
声を潜めて、いくつもの木を注視する雅。もう1班からの報告もあり、他の木とほとんど区別が付かないような敵であることはわかっていた。
「う〜ん‥‥、う〜ん‥‥大きい、んだよね〜」
間引く前のせいか、大抵の木の枝は伸び放題。どれも大きく見える、と忍は嘆息する。
「‥‥ここであまり時間をかけるわけにもいかない。いくつか目星をつけて攻撃してもらえるか、遠距離系で近づきすぎないよう気をつけて」
そう切り出したのは輝瑠。アウルのエネルギーによる攻撃ならばたとえ銃弾でも火の粉が飛び散るわけではない。
その言葉に、後ろで控えていた忍と清は頷き応えると、それぞれスクロールを解き、木を殺してしまらないように気をつけつつ、いくつかの木に魔法を放った。
ひとつひとつ確かめながら輝瑠が先頭を進む。そうして溝の始まりと終わりの、丁度中ほどに差し掛かったとき、動きがあった。
「敵意‥‥! 右、足元!」
いち早く察知したのは雅。短く要点のみを発する。
それにわずか遅れて、横たわっていた木の枝が素早く伸びた。先端鋭く、矢のように。
「くっ」
耳に届いた声と、ほぼ同時に身を捻った輝瑠だったが、回避も防御も間に合わず。どうにか筋肉を強張らせることだけは間に合い、痛みと衝撃に備えた。矢のような鋭い刺突は、そんな輝瑠の太腿を貫通。勢いよく噴出す鮮血。積もり始めた雪が真っ赤に染め上げられた。
それでも転倒しそうになるのを堪え、打刀で薙ぎ払う輝瑠。力を込めるほど出血が激しくなる。
「この‥‥! そんなに木の真似事がしたいっていうなら、ボクがへし折って、焚き木にでもしてあげるよ!」
雅がメタルレガースを装着した足を、古木の幹目掛けて振り下ろした。無防備な幹を難なく打ち砕く、かと思われたその攻撃だったが、多くの枝や根がそれを護るように集結し、防がれた。
「な‥‥!」
反動をばねにして、一足後方に飛び去る雅。
「清さん〜、援護するから〜、輝瑠さんのことお願い〜!」
忍は迫る枝や根に光を放ちながら清に呼びかける。それは癒し手への願い。
「う、うん。もう少し前に出ればきっと届きますから‥‥!」
回復スクロールの射程までもう数歩。忍が道を作り、雅が前線で奮闘する。そうして設けられた隙間に清が納まりながら、射程に到達。癒しの光は輝瑠の太腿に出来た穴を見る間に塞ぐのだった。
「迷惑かけた! もう少しだとは思う、援護してくれ!」
そうして輝瑠と清が攻めに復帰。いくら敵が大きいとはいえ4対1では分が悪い。
この古木の枝による攻撃は、複数人に及ぶことなく、雅がいなしている間に輝瑠が密接。刀で幹を穿った。一撃で両断するには至らなかったが、援護として放たれた忍の追撃が残りの幹を粉砕。
「お〜、やった〜?」
もともと横たわっていた古木だったが、その中央から真っ二つに折れ、その活動を永遠に止めるのだった。
「ふう、お疲れ様、傷が深い人はいないかな?」
「ん、大丈夫だ。さっきの一発で十分回復できてるよ」
清が仲間を見渡すと、輝瑠が肩を竦めながら応えた。まだ戦える。
「向こうが倒したのが2体、これで3体目‥‥見つけた人は2人‥‥。残りはこの先、だね。急ごう」
雅はそういうと今までよりも急に伸びる斜面を見上げた。
このままゆけば、お互い、空白の頂上にて合流できる。虱潰しに捜索を終えた今、残る要素はそこにしかないのだから。
●頂上決戦
予想はその通りになる。
夜の闇と、再び降り始めた雪が視界を阻む中、彼等は山の頂に当たる箇所で、若い男を枝に絡め持つ、古木を発見した。男に意識はないようだ。
「お願い! スクロールさん、力を貸して、なの〜!」
忍はどこかへと男を連れ去ろうと移動する古木に光を放った。だがしかし、その攻撃は狙う古木に届かず、他の木の枝により阻害されることになる。
(さっきまでそんなところに枝なんてなかったのに〜!?)
狙いを定めた時、確かに直線は通っていた。しかし、まるで男を担ぐ古木の進路を護るごとくに多くの枝が突如線を遮ってきたのだ。
「もう1体いるようです、気をつけて」
忍と対称位置にいた風花がその存在に気付き、攻撃を向けた。可能な限り木の中心部分を狙って放つ光。しかし枝が幹を護るように網を張る。
「どうやら幹が大事みたいだね」
何度か交戦したことと、情報交換により、およその弱点が判明していた。――幹を分断すれば唯の木に成り果てる。
雪那は曲刀を力強く握り、古木へ振り落とした。やはり幹を防ごうとするように現れた枝の数本を落すにしか至らない。
「でも、枝を全部落しちゃったらどうなるだろうね?」
淡々と、雅はそれを実行し始めた。落とした枝が生えてくることはなかった。防ぐ手立てがなくなれば狙いも容易になるだろう。
しかし――
「うわ、地面から‥‥!」
後方で援護に当たっていた清が驚きの声を張り上げる。突如地中から根が突き上がってきたのだ。
「ちっ‥‥足元にも気をつけなきゃなっ、大丈夫か!?」
「あ、ありがとうございます」
清を狙った根は、寸でのところで輝瑠に切り落とされた。見える位置からの攻撃だけではないようで、そのまま後衛の護衛に当たる輝瑠。正直なところ走り回るには足が痛むのだ。
その間に、英雄が男を担ぐ古木に近接。
「ちっ、木偶の棒風情が‥‥朽ちろ!」
枝が男を担いでいる今、幹の防御はがら空きといっていい。英雄はその隙を逃さぬよう刀を振るう手に力を込めた。
「援護しますよー!」
しかしまだ根の存在がある。それを危惧して、マヤは根元に狙いを定め、射撃を行った。根自体は見えないが、幹から伸びる、根に繋がる太い部位を狙えば。
(これで断ち切れるか――!)
渾身の一撃を放つ英雄。阻むもののない刃は、勢いよく幹に叩きつけられた。その衝撃で頭上から何本かの乾いた枝が落ちてくる。
「わわわ、堅そうー」
一撃では両断に至らなかった。それでも諦めるわけにはいかないと、マヤの協力を得ながら英雄は何度も刃を幹に撃ちいれていき、その何度目かでようやく中央付近に刃が通った。
「これで、仕舞いだな‥‥!」
刃を返し、地面へ向かう方へ力を込め、木を縦に断つ。横への力はかかりにくかったが、縦には、すんなり刃が通った。流石、上に人が居る以上刃は下にしか向けられなかったが、それで十分、古木を仕留めるに足りた。
力を失った古木の枝から、零れ落ちてくる男を片腕で受け止め、支える英雄。様子を窺ってみたが命は無事のようだ。ただ極端に体が冷えていた為仲間が携帯していた携帯用カイロを各所に貼り付けるのだった。
そしてまた、ほぼ時を同じくして、残る1体も風花等の手でその活動を停止。再び、周囲に静けさが戻る。
他に潜むものが居ないことを確認すると、一行は保護班の到着を待ち、討伐と捜索の完了を報告するのであった。