●最終確認
「少しでも早くおわらせ解決しないと‥‥」
公園の入口に到着し、現場の現状確認を行っている最中、牧野 穂鳥(
ja2029)は不安そうに呟いた。
「うん、ボクもそう思うよ。誰かが怪我する前に早く、だよね」
その呟きに応じたのはスグリ(
ja4848)。
「マスターキーは1本だけ‥‥まあ、当然でしょうけど。これは斐川さん、お願いしてもいいですか?」
道明寺 詩愛(
ja3388) は、公園の管理者から預かった鍵を、斐川幽夜(
ja1965) に慎重に手渡した。
「ええ、確かに。失くしてしまわないよう重々注意します」
そう言って幽夜は鍵を受け取ると、付いていた金具に紐を通し首から提げ、紛失防止対策を徹底する。
「借りてきたもの分けるよー? これが洞窟に入る人用の電灯で、あと、みんなでちょっとずつおやつ、っと」
並木坂・マオ(
ja0317)は菓子袋の封を解いて、仲間に配布していく。これは途中で救助者を発見した際の非常食等に使おうと考えてだ。
「万が一、がないように頑張るのが私たちだよね。にしても、こんな場所を襲撃なんかして‥‥許せない」
受け取った飴。澄野 美帆(
ja0556)は避難中の人々と、公園の惨状を前に悔しげに憤る。天魔はびこる日常、その中でのわずかな楽しみ――それすらも邪魔し、奪っていった敵。
「狼、だったっけ、依頼書にあったの。悪いことしたら報いがあるってわからせてやらないとね!」
洋風の給仕――メイド服に身を包んだ卯月 瑞花(
ja0623) は、ツケは払わせるべし、と微笑む。この場合命だが。
「リーダー的存在がいれば先にそいつを抑えてしまいたいけど、この広い公園でいきなり引き当てるのは無理かな」
八東儀ほのか(
ja0415)は公園パンフレットを見ながら、道順の確認をしていた。習性が残っているとすればリーダー格がなんらかの指示をしている可能性もあるのだが。
「よしっと、確認おしまい! それじゃあ、作戦開始だよっ」
●目撃情報
華やかな一行は、確実に要救助者がいると見込まれている小山に向かい走っていた。その道中、入り込んできた獲物に気づいたようにして現れる敵。
「3匹‥‥!? 来る、みんな気をつけて!」
幽夜は素早くリボルバーを構え、射撃。その弾が当たるか否やの寸前で、1匹の狼が跳んだ。狙いは体当たり。
「くっ」
気付き、慌てて間に割り込んだスグリが、トンファーでブロック。だが狼もすぐには退かない。押し合い、力比べがはじまる。目の前でむき出される牙。お互いの属性影響がほぼないということもあり、どちらもそれ以上動けない状態が続くが――
「そ、そうだ。この隙に横から魔法を放てば‥‥!」
おどおどしながらも、穂鳥は手持ちのスクロールを広げ、光の玉をかんびだすが放とうとするが、同じくして、
「危ない!」
ほのかが叫んだ。しかしあまりに突然だったため、その声が誰に何のため向けられたものか把握できなかった。そんな彼女目掛け、閃く爪。
「きゃあ‥‥っ!」
爪は穂鳥の腕の肉を抉り、切り裂いた。生暖かい血の臭いが一気に辺りへ広がる。
「ほら、下がって!」
こうしている間にも他の狼が動く。ほのかは穂鳥を襲った狼へ大太刀を揮った。狼もほのかの存在に気付いていたのか、その太刀を難なく回避されてしまった。警戒してか、とられる距離。
「じゃ、アタシはあっちを牽制するから!」
もとより初戦であるマオは倒す、とは言わなかった。無理しない、けれども可能な限り頑張る。アタシが相手だ、と名乗りをあげながら、マオはメタルレガースを装着した足で地を蹴り、第3の狼へ飛び掛っていった。
残る1匹は獲物を見定めていたのか、マオに気付くのが一瞬遅れた。そのおかげもあり、蹴りは腹を掠め、狼の挙動を鈍らせることに成功する。
「あたしが援護するよ!」
瑞花が、手に構えた苦無を、マオの後ろから狼目掛けて放つ。するとそれは的確に突き刺さり、狼の挙動を鈍らせた。
「よっし! じゃ、このままたたみかけよー!」
「おうっ♪」
マオは瑞花と連携し、狼の動きを封じ、仕留めるに至る。
また別の戦局では、
「どうにか動きを封じて、その間に倒そう」
「はい、善処します」
スグリは美帆と共に前面で狼と対峙していた。その後ろで幽夜が射撃のタイミングを計っている。互いににらみ合う撃退士と狼。先に動いたのは狼だった。まるで弾丸のような突撃、ねらいは美帆。彼女も、自分が対象とわかった時点で、すぐさま防御の姿勢を取る。
「くっ‥‥お、おもい‥‥!」
狼が衝突した重みを、どうにか足に力を込め、転倒しないよう踏みとどまった。
「一直線の行動しかできない、ということかな」
スグリがその直線同士の押し合いを、横から小突いた。とはいえ、狼が吹き飛ぶほどの力だが。美帆は解放され、狼は地面に投げ出されて転がる。
「今度こそ仕留めます!」
幽夜は狼が体制を立て直さぬ内に、連続して射撃。吐き出された弾丸は避けることが出来ない的を的確に射た。そして、それでものろのろと這いよろうとする死に底ないを、スグリと美帆が追撃。3人の力で1匹を仕留めた。
残る1匹はやや苦戦していた。
「この傷は‥‥回復します、動かないで」
穂鳥の切り裂かれた腕を診た詩愛は、眉を潜めると回復のスクロールを使用することを決めた。
「え、そんな勿体な――」
「まだ先はながいですし、敵もいるんですよ。私たちが動けなくなってもいけないのです」
実際のところ武器を握るのも震えるような深さであった。だからこその癒し。その間に狼を足止めするほのか。
(絶対に、いかせは、しない!)
依頼中は口数こそ減るものの、面倒見がよいほのかは、穂鳥が回復の必要があると知るや、すぐ時間稼ぎに徹した。狼が後ろの2人に向かわぬよう、時に挑発をおりまぜて、2人から引き離すように太刀を揮う。倒せるならそれに越したことはないのだが――
(こんなすばしっこいなんて!)
まだ、ほのかも含めて全員が駆け出し撃退士。ひとりでどうにか出来る程の力は持ち合わせていなかった。だからこそ仲間の援護を、連携を信じて、護る。
しかし不意にそれはやってきた。全力で気張っていたからかもしれない、疲弊だ。
(私、そんなにとばして――)
必死になるあまり、自分のことに気がまわらなかったのだ。その太刀の鈍りを本能的に見定めた狼が行動を取る。目の前の弱った獲物に齧りつこうと跳躍。
「させません‥‥!」
大きく開いた口の、丁度真ん中に光の玉が飛び込み、衝撃を与えた。それは回復し終えた穂鳥が放った魔法。
「まかせてしまいすみませんでした!」
詩愛はメタルレガースを装着した靴で狼を蹴り上げた。一撃一撃は致命傷に至らないにしても、続けて加えればことは叶う。そうして詩愛が狼の喉を踏み砕いたのを最後にして、同じ頃合で一行は3匹を処理していた。
●発見
敵との遭遇こそあったものの、目的の洞窟へは、その後すぐにたどり着くことが出来た。報告に合った通り両の出入り口は完全に土砂にて封鎖されている。そのため脇にあるという職員専用通路からの進入を試みた。
「ここがそうですね、鍵を開けます」
幽夜がマスターキーで開錠し、重い鉄の扉をゆっくりと開いた。そして見張りを残す都合もあり、鍵を持つ幽夜と、瑞花、穂鳥の3人が中に入ることになった。天井が低く、幅の細い通路を抜けると、洞窟内部と思われる空間に出た。
「誰かい――」
穂鳥は、非常灯というには心持たない暗がりの中に電灯の光を点して声を発すると、何かが横で動いた。
「‥‥っ!」
それは殴りかかってきた様子。咄嗟に瑞花が防御を取ったが――たいした衝撃はない。ディアボロ等であれば肉が削げ、骨が砕かれてもおかしくは無いだろう不意打ち。
それは、一般人によるものだった。
洞窟内部にいたのは3人。彼等は、撃退士のみなさんになんてことを、と殴りかかってしまったことを何度も謝ってきた。突如壁の中から聞こえてきた複数の足音に驚き、どうにも出来ないだろうが、どうにかしようと待ち構えていたのだという。
「まあまあ、突然こんなことになったら怖いのは確かだよね。これでも飲んで落ち着いてください♪」
そう言って瑞花が飲み物を渡すと彼等はおとなしく飲み干した。
「と、なると全員がここにいるわけではない、ということがわかりましたね。私は戻りまして、他の捜索に向かいます。ここはお願いします」
「は、はい。斐川さんたちもお気をつけて‥‥」
●公園散策
「これは自動ドア、なのかな? 流石に割るわけにはいかないしー‥‥」
園内植物園の入口で、マオはうろうろと、どうにか扉が開かないか何度も確認したが、開くことはなかった。電気が通っていないのだろう。そのため建物を壁沿いに歩き、鍵のかかった扉を開けることで中に入ることに成功した。
「今、音が‥‥」
熱帯植物がうっそうと茂る建物の中をくまなく探していた最中、不意に、ほのかはすすり泣くような小さな声が聞こえることに気付いた。その、わずかな音を頼りに近づき、
「泣いてるのはだあれ? 私たちは撃退士、大丈夫だよー?」
出来るだけ優しい声をゆっくりと紡ぎながら大きな木の裏を覗き込む。すると。そこには小さな子供が2人、座り込んで泣いていた。お菓子をあげて落ち着かせた後、話を聞いてみると、中でかくれんぼをしている遊んでいたうちに誰もいなくなっており、、そのまま外にも出られず、中で泣いていたのだと言う。
「もう大丈――」
幽夜がそういって頭をなでた時だ。派手な破壊音が周囲に響いてきた。何、というまでもない。
「えーっとどうしよう!? この子達はここにおいて撃って出る!?」
「いえ、それでは何かあったとき危険です」
護りきれる自信もない――そう感じて、マオの提案に首を振る幽夜。考えに使える時間は長くない。
「あ、そうです。応援を頼みましょう!」
そう言うや、幽夜は通信端末を手に取り、先ほど分かれた3人へ連絡をとるのだった。――それまで持ちこたえればきっと、どうにかなる。
その頃植物園付近を離れ、森を散策していたスグリたちは2匹の狼と遭遇していていた。
「数ではまだこちらの方が上、気をつけていけば勝てます!」
スグリは最初に戦ったことを思い出し、連携して挑もうと促した。3人とも近接スタイルだったがそれはそれで強みになる。ひとりで1匹を押さえ込めば1人の手が空くのだ。それを利用することで敵の足止めをしつつ撃破を狙う。
「これ以上やらせはしない!」
美帆はおとなしそうな容貌に似合わぬ、力強い声を張り上げ狼に向かった。狼の爪を、牙を、打刀で受け拮抗する。
「はい、きみはこっちですよ」
正面に相対したスグリは、トンファーで受け流し、その合間に攻撃を試みた。狙いは眉間。ばきっと骨を砕くような音と衝撃が当たりに響く。
「当たった‥‥!」
狙いは目標を得た。狼は苦しげに動きを鈍らせ、口から己の血を滴らせている。後一歩、それは控えていた詩愛も察知し、動きを合わせた。
「誰かが血で汚れなければいけないなら」
先の戦いでもそうだが詩愛の覚悟は出来ていた。示し合わせたようにスグリが狼の動きを封じ、その腹を詩愛が蹴り破る。あたりの木々に赤い血が飛んだ。
そうして1匹始末してしまえば美帆の抱える相手のみ。持久力の問題もあるため、早急に片をつける必要があるだろう。正面の美帆に集中していた狼は側面からの攻撃にあっさりと屈した。
消えた敵の気配にほっと息をはいた3人だった――が、まだ終わりではなかった。
「あ、通信が‥‥」
ふいに美帆が携帯していた通信端末が音を発したのだ。すかさず通信をオンにし、周辺に敵がいないか注意しながらも、マイクを通して応じる。
「はい、こちら澄野――‥‥え?」
それは植物園から子供を発見したという旨と、応援の要請であった。3人は急いできた道を戻ってゆく。全力で。
「ラベンダーティには精神安定作用があるんですよ♪」
封じられた洞窟の中で、瑞花はそんなことを告げながら紅茶のおかわりを注いでいた。下手に園内を動き回って狼と遭遇するよりも、内部にいた方が安全と判断したのだ。しかし、何も持ち合わせていない状態で閉じ込められていた3人は、彼女達が用意していた軽食をつまみながら話に耳を傾けていた。
「ちゃんと外にも無事をつたえましたし、大丈夫ですよ。私たちを信じてください」
同じように、穂鳥もひとりの手を握りしめて諭す。そんなことを、自分たちよりも若い女性たちに言われては、慌てていられるはずが無い。洞窟内は警戒しながらも、穏やかな空気が流れていた。
そこへ、電子音が鳴り響いた。それは瑞花の通信端末。
「っと、ちょっと失礼します」
大事の通信だった場合、反応が顔に出て要救助者を不安にさせてしまっては困る。そんなことを思いながら一応顔を背けて通信を受ける瑞花。
しかしその心配は無用に終わる。なぜなら、それは――
「ええっと――つまり、見つけたし、倒した、ってことでいいんだね!」
●戦いを終えて
園内をくまなく捜索し、徘徊する狼を駆除し、見つけられる限りの人を救助してから、入口付近に臨時設置されている待合場に戻った一行。
「がんばったー! なにより、みんな無事でよかったね!」
マオが元気に喜びの声をあげた。植物園で見つけた子供2人も無事に親の元に返すことが出来た。
「怪我をしていらっしゃる方はいませんか? 遠慮せず声をかけてくださいね」
「もう少しでお帰しできますので、お待ちくださーい」
避難している人の中で、詩愛と美帆は時間の許す限り呼びかけを続けた。
それでも何かしら騒ぎ立てる者には、
「はいはい、終わるっていってますでしょう。これ以上ぴーぴー騒ぐようなら‥‥黙らせますよ?」
にこり、という爽やかな笑みとは裏腹、黙れ、と瑞花は言い切るのだった。
「まあまあ、そう脅さず。はい、少しですが飲み物やお菓子も用意してありますのでどうぞ」
依頼中は口数のすくなかったほのかだが、目的が達成されたとわかるや、緊張を解き、日常の明るさを発揮。
「学園への連絡、済ませておきました。完了と思ったら戻ってきなさいとのことですよ」
「そう‥‥ですか。まだ混乱している方々もいるようですし‥‥居ても、大丈夫ですよね」
報告を終えたというスグリの言葉に、穂鳥は、まだ混乱を見せている現場を見て囁いた。
それらの様子を眺めながら、
「いつか――いえ、必ず。こんな事のおきない世界にしたいのですが、ね‥‥」
と、幽夜はひとりこれからのことを想い、嘆息するのであった。
戦いはまだ始まったばかりなのだから。