●襲撃直前
駅前の移動販売車や屋台前には学生が並び、食べ歩きなどをしていた。
「ありが、とう‥‥なの‥‥」
屋台主に礼を言い、鰹節踊る出来立てのたこ焼き受け取るのは依頼帰りの柏木 優雨(
ja2101)。出来立て温かいうちに、
「いただきま――」
――きゃぁあああ!
「熱‥‥っ」
たこ焼きが優雨の口に入ることはなかった。悲鳴に驚き、器ごと落としてしまう。
「私の‥‥たこ焼き‥‥」
優雨は悲鳴をあげさせた存在を探し、視線を彷徨わす。
ほぼ同時刻。
立体歩道上に甘味屋台があると聞き、フローライト・アルハザード(
jc1519)は立体歩道の階段を上っていた。アレにしようかコレにしようかと悩み決めて、胃の準備も万全――だったのに。悲鳴により意識は戦場に引き戻された。
そして混乱の中、各所で、撃退士にとって聞きなれた通信機の呼出し音が響く――‥‥。
●混乱の中で
「通信内容了解しました。――あ、待ってオペレーターさん」
ナナシ(
jb3008)は通信を受けるや、折り返し連絡。付近の撃退士と通信チャンネルを合わせ、全員と通話可能にして欲しいことを要請した。残念ながら現通信をそのまま流用することはできなかったが、ナナシの通話アプリへと誘導する事で、これを可能にした。ナナシは駅入口を見る。人を掻き分けないと外へは出られない。
なら床を歩かなければいいと光纏し壁走り。壁から天井を伝い、誰に阻まれることなく外へ駆け出た。勢いを殺さぬまま駅舎外壁を駆け上がり屋上へ登る。そして同時通話可能になった通信網を使い、情報を口にする。
「駅周辺の全撃退士に連絡。こちらはナナシ、勿論撃退士よ。今、現場の駅舎屋上に居るわ。敵は――」
『でも、立体歩道の下は私からは死角になるから誰か――』
「あ。じゃあ自分が状況をナナシさんに連絡しますよー?」
櫟 諏訪(
ja1215)はロータリー脇の歩道を歩いていた。見える状況をナナシに伝え、死角を補うことを宣言。
光纏し阻霊符も発動する諏訪。建物への自由侵入を阻むため、他にも通信を受けた多くの者は発動しているはずだ。
諏訪が視線を移すと、ロータリーに入れずに停まっていたバスの戸が開き、凄い勢いで一人の女生徒が飛び出してきた。戸は直ぐに閉まり、バスは来た道を逃げていく。
「‥‥菫さん?」
呟きが聞こえたと思えないが、バスから飛び出した女性・大炊御門 菫(
ja0436)は諏訪を見た。
視線が交差し、ふっと笑む菫。
「ナナシの通信は聞いた! さっさと片付けるぞ!」
流れる動作で眼前に居た犬を槍で串刺す菫。どんな状況であれ全てを救うと心に決めて唯懸命に駆けるいい女。
ああ、いつもの菫さんだ、と思いながら、
「ですねー? 後ろは任せてくださいなー?」
と微笑み応えて。諏訪は近くで立ち竦む一般人へ叫ぶ。
「自分たちは撃退士、敵はすぐにたおしますから、慌てず建物の中にー!」
だが頭が付いていかない、腰が抜けたなど動けない人も居るのは当然。其処へ容赦なく迫る犬。
「依頼、終わったと思ったら‥‥」
諏訪と同じくロータリーにいたSpica=Virgia=Azlight(
ja8786)は独りごちりながらも、
「でも、任せて‥‥」
蒼と白の銃身から成るライフルを構え、犬に狙いを定める。そして犬が一般人に襲い掛かるよりも早く、R-9D2Cという番号を与えられたライフルから超高圧縮アウル弾を放つ。弾丸は犬を的確に撃ち貫いた。
「‥‥的は、何処に居るの?」
そして敵が群れている場を知りたいと、ナナシに戦況を尋ねた。
●動き出す撃退士〜1
「聞いたな、クロコ。残業といく、か」
駅から少し離れたところ、駅に向かい歩きながら、アスハ・A・R(
ja8432)は隣を歩く只野黒子(
ja0049)に言葉しながら、手に魔銃を顕し具合を確認する。
「聞きました。残業、ですね」
首肯する黒子も、紫と黒の銃身を手にする。
だが直ぐには動かない。周囲のあらゆる動静に注視し、状況を見定めることは必要です。この時間、この場で緊急対応可能な撃退士がいるとしてもアスハや黒子、つまり自分達と同じように依頼帰りで消耗しているはず――。
黒子が戦力などを計算していると、
「ヒャッハー! どけどけどけぃ!」
駅舎内から、これでもかというほど元気に威勢よく人を掻き分けながら、ペンギン帽子を被った金髪美少女――ラファル A ユーティライネン(
jb4620)が飛び出してきた。
「敵なんぞ何体いよーが、俺が殺ってやるよ!」
一足飛びにロータリー中央部へ辿り着く。
諏訪や菫、スピカも立ち回っているが、手は足りていない。
ラファルは取り巻く敵を確認し、にいっと笑むと、敵の目前で身体を戦闘用に機械化。更に両の袖口から拳銃を飛び出させスタイルチェンジ完了。飛び掛ってくる犬を迎え撃つ。
「頑張りましょう‥‥です」
彼方此方から飛び出してくる撃退士に気付いて、華桜りりか(
jb6883)は呟いた。背後に一般人を庇い、胸に自身と同じ容姿をした人形を抱くりりか。視線は敵を見据えている。
敵に囲まれ孤立しないよう注意しながら、建物側へ移動していくりりかだが、階段から下りてきた犬とばったり遭遇。
「‥‥近くに、巻き込んではいけない人、いません‥‥よね? 大丈夫、ですよね‥‥?」
よくよく回りを確認して、犬が一般人に飛び掛からないよう位置に注意して道を塞いでから、りりかは構える。
「さくれつして、下さい、です‥‥!」
犬は、りりかの強大な魔法力の前に原型失いはじけとんだ。
「大丈夫、です。いきましょう‥‥そうすれば助かるの‥‥」
再び一般人を導き、りりかは小走りに進む。
りりかが過ぎ去るのを確認して、ラファルが叫ぶ。
「疲れなんか関係ねぇっ! やりたいからやるだけさ!」
引き金を引き、寄ってくる犬の体を穿つ。弾丸の合間を縫って飛び掛って来る犬もいたが、軽々避ける。少し突出しすぎているように見えるが、敵の注目を集めることで他が動きやすいようにと考えているのだ。
「ガンカタ楽しすぎるぜ!」
勿論純粋に楽しんでもいて、ラファルは敵の只中で踊る。
「てい!」
スライムに迫られる一般人に気付いた藍那湊(
jc0170)は金色の瞳で狙いを定めると、星の輝きを放つ矢を射。すると注意がそれたのか湊に攻撃してきた。
「わわっ」
身を硬くして衝撃に備えると、痛みは直ぐにきた。だが声は噛み殺して決して漏らさない。寧ろ、
「僕らが守りますから、闘うから、早くにげて!」
と痛みなどない振りでのんびりとした笑みを浮かべ、一般人に先を急がせた。
のちに肩で息をし、霞む目でスライムをみていたら、犬までやってきた。
「‥‥俺は、護るん‥‥」
湊はスライムと犬を巻き込めることを確認すると「リュストル」と囁いた。
途端、スライムを、犬を冷たい氷の柱が覆い包んだ――かと思えば爆発する。氷片はきらきら夕陽を反射しながら溶けて消えた。どろりと形を失うスライム。犬はまだ平然。攻撃に反応し、湊に迫ってくる。
(一般人の方にいかないなら‥‥いいか、な――)
覚悟を決めた湊が聞いたのは、銃の咆哮。目を開くと犬が倒れていた。見ればアスハが銃を構えている。その隣には黒子とりりか。ラファルは機械化は解けて残念そうにしている。
「傷を癒します。敵が遠い今のうちに、集まってください」
黒子はその場の仲間を集めると燐光で全員を包み込み、傷を癒した。そして、
「確認しましたが、取り残されている救助対象も、敵数も非常に多いそうです」
ナナシから得た情報を交えて説明する黒子。
だが、反応のあった撃退士もまた、多い。黒子自身は、暫く連絡と情報収集を行うことにする。戦況情報をナナシが撃退士に伝えているように、黒子は『外部』に封鎖を頼むなど動くことにした。
そしてゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は駅から一番遠く、離れたところで通信を受けていた。黒子の通信も聞いた。
「へぇ、おもろいやないか。もうひと暴れできるってことやな!」
急ぎ戦地へ駆けつけることを目標にしながら、
「この先行くと怪我するで。したくなかったらひっこんどれ」
同じ方向を目指す、事情を知らない一般人と遭遇すれば、声を掛けて注意を促した。
そして戦地へ足を踏み入れると同時、ゼロはその手の中に杖のような形状をした紅と黒からなる大鎌を顕し掴む。
●〜2
通信を聞いて屋外へ出た紅 鬼姫(
ja0444)は、慌てることも騒ぐこともなく階段から立体歩道上へ駆け上がった。
すぐ目の前で1体の犬が衝撃波を受けてギャンと吼えて体を倒すのが見え、足を止める。
「天魔なんかに誰も殺させねぇ!」
威勢よく叫んだのは子供を背中に背負う千島院 映(
jc1881)。
道を塞ぐ敵へ放つ、憎悪の一撃だ。犬は傷を負うも諦めず、子供をよこせと牙をむく。咽び泣く子供に、映は言う。
「大丈夫だ、俺が付いている! 絶対に守ってやるからな! 俺は、正義のヒーローなんだ!」
牙を受ける映は決して怯まなかった。追撃し、其れを撃破。更に足を止めず、道に血痕を落としながらも歯を食い縛って走り、立体歩道上の駅舎非常口へ辿り着く。
扉を開けた大人に子供を託し、微笑む映の姿を、鬼姫は遠目に確認した。しかし鬼姫は知りえない。優しいヒーローと、救われた子供という希望の象徴、行動を成したはずの映の瞳に、明るい光が映りこんでいなかったことを。
空には鳥、歩道には犬。何処を見ても敵眷属。だが一番守りが堅いのは映が目指したように、駅舎周辺だ。駅舎屋上にいるナナシ自身が鳥へ銃弾を放っているから。
鬼姫は、屋台裏に隠れる人を挑発し飛ぶ鳥を視認すると、背に陰影の翼を広げ飛翔した。
鳥へ一気に切迫すると両手に一刀ずつ握った小太刀を素早く繰り出し、翼を切り落とす。
落下する鳥の体が屋台のテントで跳ねる。まだ生きてる。
「ああ、其処の人? 邪魔ですの。死にたくなければ早々に避難なさいですの」
堂々とした口ぶりで、屋台裏の一般人へ勧告すると、一般人はへいこら頭を下げて逃げていった。鬼姫は興味を持たず、鳥へ翼で寄ると、首を落とした。
さあ次は――と空を見上げたとき、魔法が振ってきた。獲物を逃がされた怒りか、別の鳥による攻撃だ。だが、
「その程度ですの?」
難なく避ける鬼姫。
殺そうと構えたところ、双剣の煌きが鳥を切り裂いた。
奇声をあげる鳥の背後にいたのは陰影の翼を広げ飛ぶ東條 雅也(
jb9625)。雅也は鳥が動かないことを確認すると、新たな敵を探し飛び立つ。
鬼姫も翼を顕現できる時間は短い。立体歩道上の犬を誘い集めるように飛ぶと、犬は簡単についてきた。飛んでいる限り犬の牙は鬼姫に届かない――しかしベンチの影で縮こまっている一般人を2人発見。
翼も消え、ゆっくり高度は下がり、地に足がついた。
「早くお逃げなさい、頭上に気をつけて屋内を目指すとよろしいですの」
自身は犬に向き直る。しかし一般人は「助けて」と連呼し、一向に動かない。
鬼姫が構えていると、正面に巨大な火の玉が現れ、迫ってくるのが見えた。
火球は一直線に飛んできて着弾。焔を撒き散らす。しかし鬼姫にも一般人にも被害はなく、犬だけが体を焼かれた。
「‥‥許すまじ‥‥敵‥‥」
優雨のファイヤーブレイクだった。しぶとく起き上がってくる犬は鬼姫が仕留める。
「はい。頭上に注意です」
淡々とした声が聞こえて、ベンチ裏の2人を護るようにフローライトが飛び出し、攻撃を体に受ける。
すぐ上空に鳥を確認し、護符を構え、炎の鳥を放ち返す。優雨も追撃することで此れを倒した。
「既に多くの撃退士が動いている。焦らないでいい、指示に従って退避しろ」
と、フローライトが2人にいうが、やはり動かない。
「連れて行くしかない、か」
「一緒にいく‥‥」
「不要――いや。必要か」
まだ多くの敵が構えていることを視認したフローライトは自身に再生の癒しを施し、優雨の申し出を受け入れる。人そのものに情はないが、かつて愛された女性への誓いを護るためフローライトは走る。そして鬼姫は再び敵を誘いに往く。
駅前にいた鳳 静矢(
ja3856)は、立体歩道上が手薄と判断し、階段を駆け上がった。ひとつでも多くの命を救うため、だ。
「とにかく手近な建物、その奥に避難を!」
そして可能な限りの大声を発し、一般人が行き場を見失い迷わないよう避難勧告に努めた。逃げる一般人が横を過ぎていくのを確認すると、その逆を進む。獲物を追う鳥が向ってくるのを見れば弓を構えて矢を放ち、鳥を威圧。進路を阻むことで一般人が逃げる時間を稼いだ。
また、階段下から不意に現れた犬が人を襲おうとしたときは、
「何処を見ている! 余所見ができるなど余裕のようだな」
紫のオーラを全身に纏いながら挑発。犬は簡単に狙いを変えた。一般人も一時的に静矢に見惚れたか注視してきたが、今のうちに、と先を急がせた。
狙いを変えた犬は迫ってきたところを刀で切り捨てた。
すると今度は一般人を連れた撃退士が駆けて来るのが見えた。静矢は弓に矢を番え、何処から敵が来てもいいよう警戒を怠らない。
聞こえた悲鳴を頼りに雅也が飛ぶと、地上でスライムにのしかかられている一般人を発見。
スライムは雅也に気が付くと体を飛ばしてきた。避けれず受ける、が怯まず進む雅也。スライムはその場から動かず、直ぐに接敵できた。
「誰か! 癒し手はいないか!?」
声を張り上げ、他の撃退士などに応援を求めながら、双剣でスライムを抉り続ける雅也。終にスライムは弾け飛ぶ。下敷きにされていた一般人を抱き起こすと息はあった。けれどスライムと接していた部位が衣服越しにもただれている。
既に雅也の背に翼はない。呻く一般人を抱き上げ、雅也は手当て可能な場所へと運ぶ。自身の傷も深いが、撃退士なんだからやるしかない、と言い聞かせ身体を動かし続けた。
●〜3
依頼帰り、買物中に川澄文歌(
jb7507)とシェリー・アルマス(
jc1667)は事件に遭遇した。
「皆さんは絶対護ります。信じてくださいっ!」
周囲で慌る人々に、凛とした声で気を持たせるのは文歌。泣いている子供がいれば撫でてあやし、年配者がいれば進んで肩を貸して共に歩いた。
(こんな突発事件初めて‥‥大丈夫かな。ううん、文歌さんも一緒だし、きっとなんとかなる!!)
僅かに不安を感じたシェリーも気丈な文歌の姿を見て気を引き締めた。絆を結んだ信頼する相手なんだ。私も信頼される存在でいなければ、と母譲りの勝気を胸に、覚悟を決めて敵前へ飛び出した。
「皆さん! 私の後方にいる方の指示に従って、逃げて!」
文歌と人々から離れたところで、注目を集めるオーラを纏うシェリー。対象は敵のみ。一般人の気は逃げる方に気を向けてもらいたいから。
(シェリーさん‥‥。頑張りましょう、ねっ)
頼もしい背中を見て、文歌も頑張らなくてはと周囲を見る。敵は全てシェリーを見ている。大丈夫。更に保険として、
「天魔に対抗します‥‥」
強く祈って自分を中心とした結界を発動される文歌。
行動は相乗して、より天魔の注意はそらされた。けれど文歌も範囲内。シェリーだけが敵の脅威下にいる。
シェリーは反撃もしたが、敵勢多く、ついにその場に膝をつく。肩で息をして自身を囲む敵を睨み付けるのが精一杯。文歌も歌による衝撃波で援護してくれているが‥‥。
其処へ現れたのは一般人を安全なところに預けた雅也と、敵が集まっていることに気付き駆けてつけてきた黒夜(
jb0668)だった。膝を付いているのは撃退士シェリーだが、後ろに一般人が複数いることに変わりはない。
「焼き尽くしてやる」
雑な口調で炎の華を炸裂させると、犬もスライムも動きを鈍らした。雅也が飛び出し、弱った個体を仕留めていく。文歌はシェリーを結界内に下がらせた。
「結界内にいるんなら大丈夫――でもねぇか」
うち2体が結界側へ向ったのを見て、黒夜は再び駆ける。手に身丈の倍近くありそうな大鎌を握って。結界に辿り着かれる前に犬に追いついた黒夜は、反応されるよりも早く胴体を分断。崩れる犬、悲鳴をあげる一般人、落ち着かせる文歌。
黒夜はすかさずスライムの方へ向う。粘液が飛んできたが構わず受けて、真っ直ぐ進む。取り込まれないように位置に気をつけると、一気に大鎌を振り上げ振り下ろし、仕留めた。
まだ敵は残っている。今度は雅也に群がる敵目指し、黒夜は落ち着くことなく殲滅に走った。この場の一般人が避難完了するまで、敵を排除し続ける。
●〜4
(なんてこと‥‥)
黒井 明斗(
jb0525)は駅に向かい歩いていたとき、状況に遭遇した。何処からともなく現れたスライムが一般人を押しつぶしているのが見えた。急ぎ駆け寄り、白銀の槍で幾度か凪ぐと、スライムは溶け落ち消滅した。
「大丈夫ですか!」
助け起こして肩を貸す。誘導の通り屋内へ非難を、と考えた明斗だったが地上は現在乱戦真っ只中。安全そうな道を選んで駅舎入口へ向うことにする。
その駅舎入口では。
(まったく――仕事帰りだというのに‥‥。でも、放置すれば寝覚めが悪い‥‥仕方なし、ですね)
まん前に陣取る橋場 アイリス(
ja1078)が溜めた息を吐き出したところだった。これ以上先には行かせないと防衛ラインを形成し、眷属らが駅舎へ接近するのを阻んでいる。後ろで一般人が混乱しているが敵が侵入しているわけではない。
アイリスはただ、獲物の気配をかぎ付けやってくる犬を確実に1体1体斃し、決して駅舎に近づかせなかった。
今度の犬は群れで迫ってきた。
けれど決してたじろがず、敵を見据えて業を成す。
「――Sabie de ploaie」
形状は握る愛剣と同様に真白の刃。複数の剣は犬を纏めて切り裂き抉り、分断。流れる血さえも凍らせて終を与う。
今度は空から鳥が迫ってくる。けれど気は乱さず。なぜなら、
「歯ごたえのない的ばかりだな」
既に死んだ鳥だったから。空から牙撃鉄鳴(
jb5667)の声が聞こえた。
人に近づくことも、敵を近づけることもなく、只陰影の翼を広げ、空にある脅威を排除する者。
「‥‥俺は報酬がでるならそれでいい」
鉄鳴が緊急の依頼と聞いて直ぐ確認したのは報酬だった。敵を倒せば金になるが、一般庶民を助けたところで増額されることはない。適材適所、人助けは物好きがやってくれるだろうと鉄鳴は敵にだけ集中する。
そして鉄鳴が空を見張る限り、アイリスは空を構わず、駆けて来る犬のみを相手取ることが出来る。
「あー‥‥この状況は、頑張らない主義の僕に頑張れと申しますか‥‥」
鉄鳴がいうところの「物好き」。同じく駅舎前にいた砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)が嘆息しながら動いた。入口が混雑したままでは新たに到着した一般人を受け入れる場所がない。まずは整理整頓しないとね。
撃退士であることを、撃退士が居ることを知らしめ、安心を促すため、優しく淡い白光を顕して声を発する。
「はいはーい。慌てなくてもしっかり護るから大丈夫だよー、落ち着いてー」
優しく、のんびりとした声が一帯に響いて、徐々に静かになって、人々は奥に詰め入口付近を開けていく。
けれどしゃがみこんで「もうだめだ」と動かない人が流れを遮っている。周りの人々も色々いうが絶望色が強く動かない。恐怖や絶望は伝染して、慰めていた人まで落ち込む始末。
状況に気付いた砂原は静かに歩み寄り、床に膝を付いてマインドケアを施した。優しいアウルの光が人々を包み、混乱は治まりを見せる。
「大丈夫。ゆっくりでいいから、まずは一歩‥‥ね?」
優しい微笑を浮かべて手を差し伸べ取り、共に立ち上がり、砂原は手を引いて歩いた。
明斗が一般人を連れて入口に辿り着いたとき、丁度敵はいなかった。
頭上で鉄鳴が射撃を行っているが、遠くにいる鳥を狙ってだ。付近に危険は見当たらない。
「今にうちにいきましょう」
防衛ラインを敷いたアイリスの横を通り、入口を整理する砂原の導きで作られた空間に一般人を預けた。そして駅前広場に向き直る。自分と同じく別の依頼で受けた傷だろう、見てわかる。誰もが傷だらけ。
だけど何時だって万全の状態で挑める任務ばかりではない。その中で立ち向かう必要があるから、誰もが、今のように立ち向かっている撃退士がいる。
そんな仲間らの一助になろうと、明斗はアイリスを中心に自分も含め、回復を施す。鉄鳴と砂原も癒される。
「僕もここで盾となります」
明斗は胸のロザリオを握り締め、アイリスと並び防衛ラインに立った。
●〜5
「不幸中の幸いは、私たちが近くにいたことですね」
隅に追い込まれ、動けないでいる一般人とスライムとの間に素早く割って入ったのはエルム(
ja6475)。刀を構え、意気を殺さず一気に間合いを詰め――飛び込み我流剣術を見舞う。
「秘剣・翡翠!」
突くことに特化改造した愛刀・雪華と業はスライムの軟体を難なく貫通した。
半透明な体内をくぐる刃は水中を突いた様にも見える。素早く抜き、粘液を振るい払うとスライムはその場にだらしなく広がった。気絶しているようだ。
「早くあちらへ!」
凛とした言葉で一般人を促すエルム。示す先には、
「護るから‥‥走って」
同じく、場に居合わせたからには護ると立ち回る蓮城 真緋呂(
jb6120)の姿。
エルムはスライムが気絶しているうちに追の一撃を加え、存在を消滅させた。
多少消耗していたところで問題はありません、天魔は斬ります――と次の的を求めて視線を巡らす。
ひとり連れて走るのもふたり連れて走るのも同じこと。真緋呂はエルムから一般人を預かると、寄ってくる犬を大剣で断ち切りながら走る。進行方向にスライムが現れたのを確認すると符を放ち、意を削ぐ。
真緋呂は新たな悲鳴を聞いて走る。見るとスライムが一般人を押さえ込んでいた。人を押さえ込んで動かないスライムが出始めているのだ。
「どきなさい。これ以上、傷つけさせない」
人を斬ることがないよう注意して上部を切り裂くと、スライムは弾けて溶けた。解放されたものの重度の火傷に息苦しむ一般人。近くに救助担当者はいない。
「痛むだろうけど少し我慢して」
と、真緋呂は救急箱から包帯を取り出し、巻いて応急処置を施した。背負って運ぶにも傷が擦れて痛むはず――。
●〜6
敵数が減ってきたのを確認したアイリスは防衛ラインを押し上げる。そして駅舎から離れた位置、犬らの前で、抑えていた殺気を解放する。犬らは警戒しアイリスを見、人々は怯え駅舎の奥へ向おうとする。
(‥‥それでいい)
向ってくる犬を切り捨てながら着実に敵勢を減らしていく。
また、アイリスを追って明斗も前へ出る。どこからか駆け寄ってくる一般人がいれば迎えに出ては自身を盾とし庇い、確実に駅舎入口まで送り届けた。
入口に辿り着けば砂原がいる。優しい白光を目に見した年配者は、砂原に手を合わせて拝みながら指示に従う。
そうしていると立体歩道上から地上の戦いを援護するような弾丸が飛んできた。翼の効力を失った鉄鳴の射撃だ。周囲の安全は、立体歩道上の他の撃退士らが確保してくれている。鉄鳴は安心して地上の眷属を狙撃できるというもの。
瀕死の犬の頭部を撃ち抜くことで仕留めたり、健常とわかれば足を撃つことで機動力を削いだ。
静矢もそれに倣い、一般人が無事、駅舎に辿り着けるよう弓で射かけ、連携できるよう援護する。
作られた状況は地上にて、アイリスが活かして立ち回る。
時間も経過し、既に翼を広げられる天魔撃退士はいないはず――だった。しかし、
「今から空は俺のもんや」
と飛ぶ影があった。ゼロだ。他に飛ぶ者が居なくなってから仲間の援助をするため、と温存していたのだ。敵のみに優勢を与えない知略者。
自由に空を駆けるゼロは鳥を逃がさず追い討ち、外へ被害を広げないよう努めた。
ゼロの手により鳥は立体歩道上に落とされる。
「犠牲者は、俺が! 出させやしない!」
自分の中の依頼成功条件、犠牲者を出さないこと。映はその為に敵を潰して回った。僅か攻撃の意志と力が残っているなら脅威になる。映の想いはすべての天魔を殲滅すること。果たしてその中に学園に帰依した天魔は含まれるのか――?
歩道上を軽快な足取りで駆け回り、鬼姫は犬を集める。時には犬が追いつけなくて再び呼びに戻ったりもした。
誘導した先にはフローライトと優雨が待ち構えている。
フローライトは犬の首に鎖を絡ませると、
「悪に報いを」
と締め付けて切り裂き、優雨は雷の刃を放つことでフローライトの援護追撃を行った。
それらの様子をナナシは屋上から確認する。
もう、ナナシの目に映る敵は僅か。
「歩道の下は、どう?」
状況を伝え、状況を確認ためナナシは呼びかけ、応答を待つ――‥‥。
●〜7
敵は確実に減り、助けを求める人も戦域から離れ始めている。
「次は何処だ!」
「あっちですー!」
「任せろ!」
叫んで敵を探す菫の耳に諏訪の声が届く。
短く答えた菫の目に空にいるはずの鳥が急降下してくるのが映った。先にいるのは人。
――間に合うか! 間に合わせる!
呼吸を止めて駆けて駆けて、だが倒すには間に合わない。だから私は盾になる。勢いよく飛び込んで、菫紋が刻まれた太刀打で受け、弾いた。飛び散る霞み。
この鳥の襲来にいち早く気付いたのは、地上から上空の鳥らを射ていた諏訪。だからこそ菫にも声をかけられた。
「多いですねー? でも」
纏めて全て撃ち落すため、暴風のような弾丸が鳥らに撃ち出される。だが落としきれない個体もいる。
「追い詰める、任せて‥‥!」
堕ちる鳥の只中に飛び込んで、スピカは多くの人の想いが込められた重い銀の聖槍を手に、人を護りたいという想いを乗せてノクターンを奏でた。スピカの周囲に冷気が立ち上り、近くに居た鳥らは瞬く間に凍りつく。奏でが止まったとき、鳥は氷と共に弾けた。生き残った鳥は一羽としていない。
消滅を見届けたスピカは槍を銃に持ち替え、獲物を探しに戻った。
乱戦状態の地上で、アスハは密集地へ技を放つことにする。
「使いそびれの一発だ‥‥受け取れ」
普段ならば負荷の問題で敵味方識別することなく放ったものだが、今は違った。翳した左手から漏れる燐光に次いで、青く輝く魔法弾が放たれた。光の雨は範囲内の敵のみを、全て問答無用に沈黙させる。
だがアスハ自身も識別の負荷に膝を付く。
反撃の機会だと、勇んで飛び込んできた犬は、ラファルがぶっ叩いて潰した。
「――はい。敵は殆ど――はい。けれど残党が何処に潜んでいるか――」
通信機を片手に治安当局などへ逐次連絡を回すのは黒子。状況を知らずに来てしまう被害者がこれ以上増えないよう連絡に努める。諏訪も屋上のナナシへ討伐状況を伝えていた。
文歌とシェリーは一般人を近くの建物の中に入るよう誘導した。結界を維持する文歌が中心になり人を護り、シェリーは襲撃がないか外を見張る。
外では残党を黒夜が刈り取り、雅也が断ち、エルムが突く姿が見える。
何処からか飛んできた弓矢が犬に突き刺さり、体が倒れた。放ったのは湊だ。
また、真緋呂も殲滅に加わっている。
「さぁ、還りなさい――」
天魔により作り変えられ、多くが使い捨てにされる駒でしかない眷属たち。真緋呂は命に想いを込めて、辺りに散らばる犬とスライムを纏めて焼き尽くす。燃やして燃やして、形なくなるまで燃やし尽くされて。彼らは散り、光に還っていく。
「どうか次の生は光ある場所でありますように‥‥」
鎮めの祈りを口ずさむ真緋呂の横を、一般人を連れて歩きながらりりかが思う。
(攻撃しかできないのは、なんだか慣れないの‥‥)
けれど先の依頼で、何時もどおりに回復に専念していたため残りがないのだ。そしてもうひとつ足りないもの。
(あ‥‥そうか、ゼロさんがいないんだ‥‥)
いつも回復している相手は今何処に?
りりかが空を仰ぐと、空を占有し縦横無尽に飛び回る、かの者の影が――‥‥。
●終決
撃退士らが動き出し、敵勢力を殲滅し、周辺を落ち着けるまで10分とかからなかった。
未だ壁走り能力下にあるナナシが悠々と駅舎の壁を歩いて地上に降り立ったのがその証拠。
だが直ぐに気を緩めることはできない。
黒子は万全を期すためと各所に未だ指示を出し続けている。アスハは「残業の残業か‥‥」という目で黒子をみる。口を挟むことはしなかったが的確に指示を出し続ける黒子を視線で労った。
駅を見れば電車はまだ止まっている。バスもまだ来ない。
エルムは残党が居ないかと弓を手に敵襲を警戒、駅前を巡回した。なぜなら駅舎の中には安全が確認できるまで駅舎から出せない、力なき一般人がいるのだ。湊は、そんなみんなが安心して家にかえれるようにするため、一生懸命見回りをおこなった。
また優雨はゆっくり、確実にたこ焼きを食べるため。フローライトは目的の甘味屋台が早々に営業再開できるように設営と片づけを手伝うことにする。
翼の力を失い地上を歩くゼロをみつけたりりかは、かつぎの端をにぎりながらてとてと走り寄る。
それぞれが何かのために動く中、人の喧騒、救護救急を一切気に留めず、敵が居ないことだけ確認した鉄鳴は、いつの間にか姿を消していた。
夜の帳は直ぐに下り、辺りは静寂に包まれた。闇は長く続かない。間もなく建物に灯りが灯り、人が動き出す。
そして通信機から、任務の完遂が確認されたことを伝える声が静かに聞こえてきた。
――おつかれさまでした、と。