●接
崩れ落ちる扉。真正面にいた雫(
ja1894)は目前を塞ぐ土竜色の肉壁を見た。
(‥‥やっちゃいましたか、私?)
心で思うも表情に出さず、構えも解かない。
「いかにもな扉の先に、ボス土竜と子分がうじゃうじゃ‥‥可能性は考えていたけどまんまみたいだね」
玉鋼の太刀を握る手に力を込めた礼野 智美(
ja3600)が床を踏み締めたとき、巨大土竜が動きを見せる。
揺れる床。外空間との境目付近にいた黒百合(
ja0422)は膝を付き、巨大土竜の動作が落ち着くまでを耐え凌ぐ。
震動が止んだのち雫は、一度巨大土竜正面を離れ、距離を取る。そして入口通路で待機中のライゼへ、凛とした声で状況を叫ぶ。智美も言葉を継ぎ、土竜が地上へ出て行かないよう対応を願った。
そんな雫と智美の叫びを聞いたのはライゼだけではない。
通路半ばにいたラファル A ユーティライネン(
jb4620)もだ。
「状況説明感謝! とにかくそいつ等を倒せばいいってことだろ?」
ラファルの見据える先には、巨大土竜の動作に合わせ部屋奥から転がり落ちてきた小土竜たち。
巨大土竜は扉の幅に嵌り身動きがとれない様子。
「阻霊符は外さない方がいいだろうね」
龍崎海(
ja0565)は智美共々、土竜らの透過能力を封じるため阻霊符を維持することを決める。
「まあ、いつまで嵌ったままでいてくれるかの心配はありますが、今自由になられても困りますか」
雫の心配点は阻霊符を解除すればその時点で巨大土竜が自由になることがわかるが、阻霊符を発動したままではいつどうなるかが読めないということ。
だが、予測に怯え行動を遅らせるも行動を採り、巨大土竜を消滅に至らしめられれば何のことはない。
翼持つ者、海、黒百合は秘めた翼を広げ宙に飛翔。そして雫は神威を纏い、太陽剣を構え直した。
●動
震動を起こした巨大土竜は、攻撃などをしてこなかった。
先に動いたのは雫。腕をすっと伸ばし、白銀の大剣の切っ先を巨大土竜に向け、三日月の刃を放つ。先ほどまで雫が巨大土竜に隣接していたが、距離を取ったことで付近には土竜以外がいなくなっている、敵以外に巻き込むものはない。刃は範囲内の土竜を等しく切り刻んだ。消滅するモノ、生き残るモノ。
続いてラファルが換装。過去に失った四肢代わりの義足義肢などがより格闘戦に特化した形に変わる。
智美は三日月の刃が消失したことを確認してから巨大土竜に接敵。見上げれば大変な巨体。此方に倒れてくるようなことがあれば容易に潰されるだろう。が、気配はない。
「利があるうちに‥‥!」
闇の紫焔を纏った太刀が巨大土竜の体躯を断つ。小土竜であれば一瞬で消滅しただろう。
しかし巨大土竜は身を震わせるだけ。傷口から体液が流れ出る。
「此れまでの土竜から予想はしてたが‥‥」
巨大なだけに一筋縄でいかない生命力を持ち合わせていそうだ、と智美は息を飲む。
自由に動かれる前にどうにかしたい。じゃあ逆に考えて、自由に動けない時間を長引かせるにはどうしたらいいか?
「――っは!」
海は飛翔し、巨大土竜の重心を狙い掌底を打ち込んだ。ずん、と壁にも伝わる衝撃。けれど巨大土竜は動かず。威力も相当で、打ち込んだ部分の肉が大きく凹むが、守りが堅いのか、鈍いのか特別動きはない。
「なら――動けない、反撃できない今のうちにぼこぼこにしちゃうしかないか」
観察結果を漏らす海を狙って巨大土竜上の小土竜が礫を放ってきた。
「おっと」
受け耐える海。巨大土竜のあちら側、部屋内の小土竜から狙われることはないが、巨大土竜上の小土竜からは別だ。位置取りに注意する。
床上には雫の攻撃を受けて息絶え絶えな小土竜が3体。小土竜は身近な獲物、雫と智美目掛けて攻撃を仕掛けていた。雫は受け、智美は回避する。
「この土竜連中との付き合いも最後っぽいしィ〜? 盛大に吹っ飛ばして上げようかしらねェ〜♪」
よいしょっとロケット砲を肩に担いで狙いを定める黒百合。現在の敵味方位置入り混じる状況では範囲攻撃は適さないと見定め、1体1体確実に狙い仕留める方策を採る。
ラファルもミサイルで範囲纏めて処理したいところであったが、今のままでは雫と智美を巻き込んでしまう。持ち前の気質から攻撃してしまうこともできた。だが――小さな舌打ちに留め、距離を縮め、巨大土竜上にたむろい海を狙う小土竜を天狼牙突で切り捨てた。
巨大土竜前に散らばる小土竜が倒されたところで雫は前にでた。
雫が構えると周囲に粉雪のような光が舞った。銀の光は一閃、巨大土竜の肉を絶ち、血を花弁のように舞い散らせる。
「‥‥この一撃でも消滅しない、ですか。ですがどれだけ体力があっても平気ではない筈です」
特別表情を変えることなく呟く雫。続いて智美が動く。
血界を纏った証の文様を全身に浮かべ放つ、
「滅!」
影色の闇を纏った太刀は巨大土竜を斬る。が、深く刻んでも内臓器官は見えてこない。肉が厚いのか血が溢れるのみ。海も同じく攻撃を重ねる。
そうしていると巨大土竜が動きをみせた。動作に合わせて震動する床。何らかの呪縛を発生しているのだろうか、初手では不意をくらったが2度目は観察の余裕がある。
「切っ先は定まらず、足は前へ踏み出せない――か」
巨大土竜の上からバラバラと転がり落ちてくる小土竜の体当たりをかわしながら、智美は考え、思い至る。
練気。
どうせ行動に制限がかかるならばと次手のため、気を練ることに努める。小土竜は仲間が対応してくれると信ずる。
雫にも小土竜はよりのついた、体当たりの衝撃を伴って落ちてきた。一歩後ろに後退する雫。幸いに床はあった。また、飛翔状態の海と黒百合は震動による影響を被らない。
海は回転途中の巨大土竜に攻撃を仕掛け、黒百合は床に着地した小土竜を瞬間で処断し、仲間への被害を防いだ。
巨大土竜の動作が収まったとき、目の前には傷ひとつ無い土竜の表皮があった。癒えたのではなく、傷の面が下面になったのだ。床との隙間から血がにじみ出ているのがその証拠。
「なるほど、さっきのは震動はコイツが原因か。厄介きわまりねぇな」
目の前で一連の動作を見たラファルは自身も翼を広げ、床から足を離すことを決意。飛翔。
智美は震動が収まった直後、練っていた気を一気に解放、上から下まで真っ直ぐの綺麗な赤い筋を肉壁に刻んだ。
●破
ラファルは纏めてぶっとばせないことを面倒に思いながらも根気よく小土竜を仕留めていった。
「まったく、どんだけ溜まってるのかしらねェ〜♪」
転がる土竜へミサイルを放ち、爆破しながら呆れたように呟く黒百合。
巨大土竜が回転するたび、傷の無い面が床面に位置する雫と智美の眼前に来る。一部海が宙から行った攻撃部位の傷が残って見える程度だ。同じ部位を集中攻撃してみたりもしたが特別な影響もなかった。本当に普通の奉仕種族か?
疑問を抱いても答えを持つ者は既にいない。ここは管理放棄されたゲートなのだから。
回転角度を考慮すればそろそろ1周してもおかしくない。海が土竜上面に目を向けると、最初の頃に付けられた剣撃を確認できた。次に嵌っている壁を確認すればこちらは限界が近いかもしれない。見た目に効果が無くても影響はあるかもしれないと、都度掌底を叩き込み、最後の1回を消耗した。
雫は時折地上側通路へ向う小土竜が居ないかを確認。ライゼが通路に立っているのが見える。そしてどの通路にも小土竜はいない。黒百合とラファルが翼の機動力を活かし、仕留めてくれているおかげだろう。
智美共々巨大土竜に視線を戻し、肉を抉るように断つこといく度目か。
再び巨大土竜が体を震わせた。来る衝撃に構える雫。練気を試みる智美。
けれど今回は勝手が違った。
幾度もの回転や攻撃の衝撃に、巨大土竜の移動を阻む壁が耐え切れなかったのだ。回転に合わせ前進してくるのは解放された巨大土竜。まん前に位置していた智美と雫が血に塗れた肉に押し出される。
ごろごろ、ごろごろ。両手で阻もうとするが自身で身動きとること叶わず、生暖かい血を掌に感じながら耐える雫。
ぎゅぎゅ、ぎゅぎゅ。智美も足を踏ん張ってみるが震動で、圧力で、徐々に押し出され――雫と智美は巨大土竜上に居た小土竜共々通路から外空間に押し出され浮遊状態――無重力の中にいるような感覚を得た。
そして扉前の床は全身に傷を負った巨大土竜によって占有される。自由を得たのが嬉しいのか巨大な咆哮を上げる。ビリビリと震動ではない衝撃で肌が毛羽立った。けれど怯まず動く者、黒百合。
「落下、じゃなくてよかったァ♪ って感じよね〜♪」
智美の手を取って移動、巨大土竜の顔が向く側の通路に共に降り立つ。
そして雫は、ぶっきらぼうに嘆息しながら飛んできたラファルに手を取られ、巨大土竜背後側の通路に運ばれた。翼持つ仲間の素早い補助により体制の立て直しは早かった。宙に取り残されたのは助けるモノの存在しない小土竜のみ。射程内にいた海へ礫を飛ばしてくるが、方向も定まっておらず避けるのは容易かった。改めて巨大土竜を視る海。
「全身傷だらけ、出血も多量‥‥もう長くは無いはず!」
此れまで全力で大技を叩き込んでいる、そろそろ活動も限界だろうとあたりをつけ、海は巨大土竜の顔面に青い玉石を放った。顔面がつぶれた。
雫は背面死角から刃を素早く突きつけた。衝撃で移動することはなかったが、巨大土竜は頭を垂らし、うずくまる。様子を確認して正面から無慈悲な追い討ちを仕掛けるのは智美。巨大土竜は床上に図体を横たえている。
黒百合は浮遊状態で仲間を狙う小土竜を潰し、仲間の死角を守ることに努めた。
「おっし! 超強敵の最期、俺が獲ってやろうじゃん! 出番だ魔刃!」
ラファルが構えると腕に刀状の武器が顕れた。今目の前には巨大土竜の無防備な背が有り、ラファルは刃を一気に、巨大土竜の体内へ突き入れた。刃は体内で形を変えているのか、表皮が内側から多方向に突き破られた。噴出する血液、飛散する肉塊。ラファルが刃を引き抜くと、巨大土竜の体は、千切れた。意識も無く、断末魔を上げることも出来ず、巨大土竜はラファルの手から武器の形が消えていくように、エネルギーが解かれ端から徐々に消滅していった。
巨体墜つ――も、余韻に浸る余裕は無い。
塞がれていた扉部分が解放され、中から小土竜らがあふれ出してきたのだ。一気に埋め尽くされる通路。それぞれ放たれる礫や体当たりを凌ぐ。部屋内部にはまだまだ前に出てこられない土竜がいるようだ。
●滅
(この場に先生がいなくて良かった――)
とは誰が思ったか。倒せど倒せど土竜は次々顔を出す。右側通路を智美が塞ぎ、左側通路は雫が塞ぐ。中央通路については海、黒百合、ラファルは飛翔して自由に立ち回り対応した。
塞ぎ集中攻撃を受ける智美と雫の傷を癒す海。
「雑魚つぶしなら任せとけ!」
と、ラファルは高揚し、機械化した肩口にミサイルポッドを表し、ロケットランチャーを射出。土竜しか存在しない空間へ慈悲も躊躇いもなく打ち込む。土竜らは簡単に消滅し数を減らす。
「何も考えないで、ゆぅ〜っくりお眠りなさァい♪」
黒百合はラファルの攻撃の合間に部屋内部に侵入。土竜しか居ない位置に陣取るとにんまりと笑みを浮かべた。与えるのは全てを凍てつかせる夜想曲。永遠に目覚めることの無い眠りを土竜へ。周囲を確認し、言う。
「部屋の中、もう半分もいないわねェ〜♪」
届く礫は受けては回避。致命傷になることはない。
「んじゃ挟み撃ちの掃討といこうじゃねーの!」
土竜上を飛び、ラファルも室内へ。周りを見て――コアらしいものはねぇか、と息を吐く。身を翻し、これが最後のロケットランチャー放射。あとに残ったのは叩き潰せばいい。
「こっちもこれで打ち止めだよ」
海は智美と雫の傷具合を確認してから同じく内部へ。侵入時に攻撃を受けた黒百合の傷を治した。
包囲網は徐々に詰まる。土竜は室内から消滅し、通路へ外へ追いやられる。外へ出ると、
「この先にはいかせません」
「この先にはいかせない」
と雫、智美両名の冷たい剣先が行く手を阻んだ。
終には全ての土竜が存在を絶たれた。
今ゲート内にいるのは学園所属の撃退士のみ――のはず。それを確認しよう。
●結
「あれだけの土竜が何の理由もなく詰まっていた筈はないでしょうから発生源、ないし要因があると思うのですが‥‥」
雫は自分達のゲート侵入が引鉄になったのではないかと仮定し、最後の部屋の調査を行った。
「ん〜‥‥どっちでもある天魔な私の目からみてだけど、なぁ〜んにもない、かしらねェ? 隠し部屋のひとつやふたつ、あってもよさそうなのにィ♪」
雫と同じく地形把握を持つ黒百合も、翼の続く限り隅までを雫に付き合い調べてみた。が、特に何もなし。
初心に返って巨大土竜が居た部分へ戻ってみる。
「土竜に紛れて気付かなかったけど、ここの床だけ妙に経こんでるってくらいかしらね〜」
元々植物の蔦が編まれて出来ている床や壁には多少の凹凸、引っかかりがある。しかしそれだけで説明できない、長年何かが重石になっていたような経こみだった。大きさは丁度巨大土竜くらい――‥‥。
「傷、残ってる人はいないかな」
智美は敵が居ないコトを確認するも、未だゲート内。学園に辿り着き報告するまでが任務だ。不測の事態に備え、仲間の負傷を気遣い、優先して傷を癒して回った。自分の傷は食事を取ることで僅かに癒す。ピリ辛な味付けが、意識を緩ませることなく続かせるに繋げる。
「これで先生の本来の目的、実験は再開できるのでしょうか?」
「でも、ここの上の畑ですと、また土竜が現れて荒らされる可能性高そうですよね」
海が合流したライゼに尋ねているのを見て、智美も予測を言葉にした。
「お気遣いありがとうございます。ええ、勿論残念ながらすぐに、は難しいですね。最低でもゲートが完全に消滅するのを確認しなければなりません」
その後でゲートへ侵入するためあけた穴も埋めなくてはならない。そう遠くはないだろうが、ライゼも『いつ』と断言することは出来なかった。こまめに監視し、眷族が出てこないかを確認していなければいけない。
「‥‥あ、でも。ゲートがあったことで土壌に影響があったかを比較調査することは可能かもしれません」
そちら方面で調査してみるのもいいかもしれません、使用も調査許可もあるのだから、とライゼはにこり微笑んだ。
「なあなぁ? よくわかんねーけど兎に角これで終わりなんだろ? 学園戻ってぱーっと打ち上げしようじゃんかよ!」
と宣言するのはラファル。
細かい話は後! 今は長く続いた討伐任務の達成を祝おうじゃないか!
と。仲間の背を押し押され、撃退士らは地上へ戻っていくのであった。