●聴取:教員準備室
「これはまた豪胆な先生だね」
「けれどやってしまったことは仕方がない、わ? さらに忘れてしまったというのだもの」
あらためて経緯を確認した感想を尼ケ辻 夏藍(
jb4509)が漏らすと、白磁 光奈(
jb9496)がくすりと笑って応じた。
「本当に捨てたのか? きな臭ぇなぁ。机に隠してたりしねぇのか?」
虚言ではないか、と疑って八鳥 羽釦(
jb8767)が探るように目を細め尋ねる。が確かにない、とのこと。
「羽釦さま羽釦さま、一応机も探していていただくとしまして。――紙片ってどんなものですかしら?」
おっとり話題を差し替えつつ情報を求めるのは錣羽 瑠雨(
jb9134)。
話によれば、元は一枚の地図だったが、とある教師のきまぐれで複数にちぎり、学園教員などに配布。依頼と称し生徒に集めさせようとなったのだ。ゆえに、どこかの地図のような絵が描かれた紙となる。
「ほむ、宝探しのための地図なんだの! うまく見つけて宝も探すの!」
意気込む橘 樹(
jb3833)はより詳しい情報を求めて同室の教員へ尋ね寄る。
「在り処が書かれた当たり地図が捨てられたなら‥‥処分は一大事、か」
どの紙片に在り処が示されているかも不明だが、嶺 光太郎(
jb8405)も考えるとおり、焼却されてしまえば永久に正確な位置は分からぬままだ。
「ともあれゴミを集めればいいんだろう?」
「がんばって、かみを、さがすのー!」
「やれやれ。意外とやる気満々なんかじゃないか。さ、光奈さんも一緒にいこう」
光太郎が準備室をでてゆくと、負けじと元気に飛び出す末摘 篝(
jb9951)。更に見失わないうちに、両儀・煉(
jb8828)も光奈を誘い、準備室を出る。向かうは寮区。
●回収:実験棟
「ほほう、沢山だの!」
技術棟の裏、建物の中から運び出されたゴミ類の一時置場に到着して開口一番感想は、樹。
生活ゴミではなく実験ゴミが主だろう。他、紙の束をめくってみると、雑誌や新聞、広告があることが分かる。
「おい、素手で触んねぇほうがいい。手でも切ったら危ねぇからな」
念のため人数分の軍手を用意していた羽釦が問うと、樹は、
「おお、すまんの! うっかりするところであったの! 持っておるので大丈夫だの」
荷物を探り、一組の軍手を取り出して早速装着。
「私たちはもう一度中を見てくるとするね。何かあったら連絡してね」
夏藍は羽釦、瑠雨らと再び実験棟内部へ向かい、
「わしは先に調べておるの。気をつけるのだの!」
樹は古紙の傍に腰を下ろし、作業を開始した。
実験室には声をかけ、廊下などに回収見落としされたゴミ箱がないかなどを見回る瑠雨ら。
「実験に引き篭もってっからゴミ出しの日も忘れるってか? 曜日くらい把握してろってな」
案の定、出されていないゴミが回収できた。ガチャガチャと重そうに音の立つゴミ袋は羽釦が。かさかさと軽そうに音の立つゴミ袋は瑠雨。
「中身は紙ではなさそうですけれど、なんでしょうかしら?」
かさはあるけれど重みがないのを不思議に思い、振ってみる瑠雨。かさかさ。
「梱包材かなんかじゃねーのか‥‥って、尼彦のヤツはどこいった?」
気付けば隣にいたはずの夏藍が居なくなっている。
「さっきの実験室ではいらっしゃいましたよ? ま、迷子でしょうか?」
一本道の廊下の何処ではぐれることが出来るか?
「いや、構内の地図を把握してんだからそれはねぇだろ。ってことは、だ」
がらん。
進行方向と反対側で戸が開く音。はっと振り返れば明かりも灯らず、黒カーテンの張られた部屋へ入ろうとする黒い影。
「か、夏藍さま夏藍さま!? そこは標本室って書いてありますの‥‥! 確かに本ならば紙がありそうで――」
「ちっ。ありゃ違う」
瑠雨より早く、羽釦は通路脇にゴミ袋を下ろすと夏藍に駆け寄った。そして夏藍の姿が室内に溶け込むよりもはやく着物の襟をむんずと掴む。
「あ、八鳥君? どうしたんだい? みておくれよこの部屋、なんだか昔を思い出して、さ。居心地よさそうかなって」
呆れる羽釦をよそに、当の夏藍は穏やかで飄々とした笑顔を崩さず述べた。なんてすばらしい部屋だろう。標本室。
灯り乏しく音もなく、鼻を突く古びた香りに安心感を覚えるなど語る夏藍に、
「終わってからにしろ。ってか、こんな部屋に引き篭もったりしたら標本室の怪談とかなんとか噂が増えかねねぇ」
もっと居心地のいい部屋もあるだろう、と諭す羽釦。夏藍は名残惜しそうながらも部屋に引き篭もることを断念。
重い荷物も上から順に効率よく作業し、最後に夏藍の押す一輪車に搭載。作業中の樹の下へ数回に分けて運んだ。
●回収:寮区
大きな台車を引いて寮区を回る光太郎らは。
「集積所の位置がこれで、道すがら寄れそうな寮がこう、ね。いくつかあぶれてしまうところは――」
いかに同じ道を通らないようにするかと、光奈が効率のよい道順を導く。
「こーんにーちわー! こし、かいしゅう、の、おしごとでーす! かみ、くださいなの!」
寮の戸を叩き、顔を出した代表へ回収の旨を可愛らしく告げるのは篝。大変小柄な少女のため、大抵の相手はみあげなくてはならず、相手は見下ろさなくてはならない。
「かみ、ない‥‥の? もってっていいの‥‥ない‥‥の?」
代表の反応が渋ければ目を潤ませ頼む。すると途端「あったかも」と慌てて中へ戻り、紙の束を持って出てくることも多かった。小柄とはいえ、実際は300を超える悪魔――子悪魔の所業。
寮生から直接回収できた紙束は煉が預かり光太郎の引く台車まで運んだ。
「さて、次へいこうか」
路上で待っていた光太郎が腰を上げると、
「ねーねー! かがり、ちからもちなの。かがりも、もちたーい!」
篝が興味を現し、自分も動かしたいとせがんできた。面倒だけれど最後まで自分が、と思っていた光太郎だが下手に拒んで泣かれたりしてはもっと面倒かもしれないと考え、
「ま、ちっとだけなら」
譲る。
「わーい!」
光奈と煉に見守られ、篝は寮腕に力を込め、いざ台車を――持ち上げた。
「どう? どう? かがり、もてたよ! ちからもち、でしょっ!」
嬉しそうな篝をみて、微笑む光奈。
「篝様、それでは車輪がついている意味がなくなってしまいます、わ?」
最近同じ旅館にやってきた顔見知り程度の子であったが、世俗のモノへの疎さが似ているかも、と親近感。
「落としたら拾い集めるのも大変です。飛んでいってしまう紙もあるかもしれないからね」
穏やかに篝を諭す煉は、台車が倒れないよう下ろすのを手伝うのだった。
改めて台車を引くのは光太郎。同じ天魔の血を持つものでも、人界の常識力には差があるようだ。
集積場の古紙を光太郎が積み込む間に、光奈らは近くの寮へ。
「あら? 戸を叩いても、どなたもでてきません、わ?」
誰も居ないのであろうか、と首をかしげる姿を見て、
「光奈さん、隣に呼び出しようのボタンがあるから押してみるといいよ? あ、手袋も忘れないでね、機械だから」
煉は光奈の、静電気体質から壊してしまう可能性を考慮し注意を促す。光奈も理解の旨を返し手袋を確認、押すと――。
外からでも聞こえるぴんぽ〜ん、なる電子音が響いて数秒。足音が寄ってくるのが分かった。顔を出した人物に回収の旨を告げると、回収の日にちを勘違いしていたようで、すぐに集めるから待っていて欲しいと願われた。
台車がいっぱいになった頃、最後の収集所に到着。全てを積み込んだ光太郎らは寮区を離れ、光奈が事前に決めた場所へ向かう。路上でゴミ漁りをしていては見咎められかねないと考えて。
●嫌疑:一時集積場
丁度、樹以外の誰も紙片自体の捜索に手がかかっていない時間帯、行為を質す者が居た。学園敷地内を巡回している用務員だ。樹がゴミ漁りをしているように見えたのだろう。
一気強く問いただす用務員に、目に涙が溜まってゆく。泣いても無駄、と用務員が言いかけたときだ。訴えだす樹。
「わ、わしが撮った渾身のきのこの写真をうっかり捨ててしまったようなんだの!!」
もう二度と同じものを撮ることは出来ないかもしれない。この世の終わりとも言わんばかりに悲壮感溢れる様子に、今度は用務員がたじろぐ。
「あの、きのこの写真が、なくなったら、‥‥わしは、わしはもう生きていけないんだ、の。‥‥この、ゴミと一緒に燃してもらうしかないの‥‥! そして、あちらで一緒になるんだの‥‥ぐずっ――」
おそらく焼却してもらえないとは思うが、覚悟ある態度でわんわんと泣く樹を見て、用務員の熱は冷めたようだ。哀れみの篭った声色で「みつかるといいな」と言い残し離れていった。
用務員と入れ違うように大きな台車を引いた光太郎らがやってきた。
「何か問題でも?」
「つののおにーちゃん、ないてるの?」
煉に続いて篝が尋ねると、樹は伏せていた顔を上げた。
「うむ。漁っているのを不審に思われたらしいの。だが、わしの迫真の演技でみてのとおりだの!」
けろっと明るい笑顔。
「そちも大漁のようだの! こちにあるのは確認済みでの、あちは後から持ってきたものだの」
「寮区のはまた別においたほうがいいね。こっちにしよう」
簡単に識別できるように間に目印を置き、煉は光太郎と一緒に台車から束をおろした。
「ん。そろったのか。じゃ、これで全部か」
樹を除く技術棟担当班が、それぞれゴミ袋などを手に戻ってきた。羽釦は未確認用の置き場に袋をおく。瑠雨が持つものも預かり、隣におろす。
「ありがとうございますの、羽釦さま。それでは探し始めますのー!」
元気に声をあげ、一斉捜索開始の合図。
●探索:一時集積場
「もー! かーらすー! じゃまは、めっ! なのー!」
満月の描かれた扇を振り回し、集積場に集まるカラスを追い払おうと追いかけているのは篝。1羽を追い払っているうちに、また1羽背後に飛来。方向転換し走ると――また1羽。切れ目もないが、追い払わなければ被害が出てしまう。必死に奔走する篝。何か決定的対策法があればいいのだが。
「篝が追い払ってくれてる間に手早く作業してしまうしかないね? ゴミ漁りがすきなわけはないけど、仕分けみたいな細かい作業は好きな方だしね」
持っていかれるような事態があれば煉も翼を現し、飛んで追跡なども出来るが、しないにこしたことはない。
「末摘のお嬢、危なっかしくてしゃあねぇ。あーあー‥‥裾踏んづけて。ありゃそのうち転ぶな‥‥」
煉の隣で、同じく分別をしながら紙片を探す羽釦。どれが本物が明確ではないので疑わしい、めぼしいものを見つけては空き箱に入れていった。また、口調は乱雑だが篝を心配していることには変わらない。
「八鳥君、両儀君。こっちのゴミ袋持ってくよ? 大丈夫だね」
内容物確認が終わったゴミの袋を一輪車に積んでいく夏藍。運搬車まで運ぶのだが、道中鴉に教われないとも限らない。念のため鴉避けネットを張る。
途中すれ違うことのあった光太郎は主に古紙を運搬。どちらも量があり、また確認の終わったものから順に運んでいるため、往復の回数は数えていないほど。それでも根気よく役目にあたる。
「うーむ。きのこを残すなどもったいないの」
古紙側は女性ら譲り、樹は分別側へ加わっている。
「‥‥む、きのこ特集のチラシ!? 丸めて捨てるなんてひどいの! これは捨ててはいけないものだの!」
「冊子の間にはさまったりしませんのー? 厚みはない様子でしたけどれど――あ、何か落ちましたの! ‥‥これは!」
間に挟まっていたりはしないかと瑠雨が端を持ってばたばたと振ってみると、丁度ぱさりと何かが落ちた。
拾い上げる瑠雨がみると、なんと『宝の地図』と書かれていた!
更に丁寧に未開封のクリア袋に入って‥‥いる?
「付録、と書いてありますの。紛らわしいですの‥‥」
「うふふ、残念です、ね。こちらもいくらか古びた紙が見つかってはいるのです、が。正解かどうか」
光奈も羽釦同様、発見しためぼしい紙片を脇に避けている。風で飛んでいかないように白磁の手鏡を文鎮代わりにのせてみると、鏡面が上を向いていたおかげか、きらきらと陽光を反射した。
「‥‥あれ?」
篝が追いかけていた鴉が、高く飛び、技術棟の屋上に止まった。警戒して見下ろしているようにも見える。
視線が上に向かい、同じく動向を疑う篝だったが、足元への注意がおろそかになる。不運にも足元には雑誌の束があり、
「きゃ」
躓いた。踏ん張ろうと足に力を混めるも、更に十二単を踏みつけ、とどまれない。結果、雑誌の束に突っ込む形に。
「だ、大丈夫‥‥!?」
慌てて駆け寄った瑠雨が手を貸し、助け起こした。特別篝に怪我はないが、雑誌は崩れる。
「こちらはまた治せばよいです、し‥‥あら?」
助け起こした篝の帯に紙が挟まっていることに気付いた光奈が手にとってみると、紙片の隅にクリップで『依頼報酬用』という学園印の押された紙が――
「紙片、これではないですか!」
「見つけた!」
古紙側を探していた光奈が声を上げると同時に、燃えるゴミ側からも煉が上がった。顔を見合わせる。どちらの手にも学園印のついた紙片が掲げられている。
「そういや数は聞いてなかったな」
2つを合わせてみたが絵は繋がらない。別の箇所を示すもののようだ。となると、1枚見つけたからといって他にないとも限らなくなる。
「探すための参考にも出来るが、なくさないよう持ってなくてはならないの!」
怪しいんで避けておいた紙片と見つけた正しいであろう紙片を見比べると同時、しっかり保管するよう注意し最後まで手を抜かず分別と探索作業を進めるのであった。
●紙片と広告
最後の運搬を終えた光太郎と夏藍は運搬車を見送ってから職員準備室へ顔を出す。
煉と光奈がとりあげた紙片以外に新たな紙片が見つかることはなかった。むしろ、
「うちに配布されたのは1枚だけだったはずなのですが‥‥どうして2枚もあるのでしょう?」
といわれてしまう始末。もし煉らのように丁寧に調べてくれていなければ見落とされ、失われていたかもしれないと。
「たからもの、みつかるの?」
尋ねた篝だが、入手できた2枚だけでは詳しくは分からない、とのこと。
「ところで聞きたいことがあるの‥‥!」
依頼完了が確認できたところで口を開いた樹は、見つけたきのこ広告の、店舗を知らせる場所が削げ落ちていたのだ。学園側で場所がわからないものか、と、今日一番で真剣であったという。
帰り道。
「今日はよい買物ができてよかったですの。静御前のみなさまにも夕飯、よろこんでいただけるとよいですの」
探索中に瑠雨が見つけた特売広告。ぜひ買いに行こうと羽釦を誘ったのだ。
依頼仲間もみな純潔混血の人外であったが、旅館の仲間も同様。久遠ヶ原では、妖怪と呼ばれる身であれども隠さず日常的な買物を行えたり、生活していけるのかもしれない。