●現場到着
先発隊が定刻通り公園へと転送されると、付近に居た泥鰌らの中で獲物の出現に気付いたものが近寄り始めた。
「大きなずれもなく公園内なのは助かるんだが」
状況が選べないの難ありと感じながらも、いち早く反応したのは小柴 春夜(
ja7470)。
陽光の中に現れる金色の満月――光纏。流れるような動作で黒白一対の細剣クロノスレイピアを発現させ、泥鰌に突き立てる。早朝の任務とはいえ、趣味のランニングをこなすため、より早くから活動していた春夜の眠気は覚めきっている。
「まったく品がない出迎えだな。所詮サーバントってとこか」
朝の空気のように澄んだ声が凛と響くのが早いか、泥鰌が切り捨てられたのが早いか。江戸川 騎士(
jb5439)は春夜の脇を駆け抜け泥鰌へ近接。斬と仕留める。
騎士の視野にはもう1体確認されていた。向き直ろうとすると、ちょうど一隻の矢が射ち立てられた。振返れば朱鷺を思わせる色合いの和弓を構えた鈴木千早(
ja0203)の姿。
「まずは足場の確保が大事、ですからね」
吸い込まれるようなアイスブルーの瞳を細めた千早は、静かに柔らかな微笑を浮かべている。
千早の矢を受けた泥鰌は東條 雅也(
jb9625)へと反撃。しかし渾身の体当たりにも雅也は歯を食いしばし耐え切った。
「いきなり襲われたとしても、やすやすとは――!」
攻撃の隙は逃がさない。シンメトリーソードを初任務への緊張や意気と共に握り締め、凪いだ。健康的な黒い肌に映えるひと結びの金髪が光を反射しながら揺れ動く。
「ん、現在位置確認OKよ♪ ここは大体公園の中央ね」
手の中の端末をすばやく操作し、事前情報と現地情報を照らし合わせ、楽しげに通達する雁久良 霧依(
jb0827)。露出の高いスーツをは自身の身体への自信の表れか。
「あとは打ち合わせのとおりにいきましょ♪」
周辺の泥鰌がしとめられたことを確認すると霧依は地を蹴った。頭部のラビットフードが動作の度に上下に揺れ、地を跳ぶ後ろ姿はまるで、
「ウサギだ‥‥!」
艶やかな黒兎、霧依を追って宇佐美 瑞木(
jb9528)は走り出す。名の響きが似ている所以か動物の中でも兎を愛好。
「じゃ俺様は東條とあっちだ。おい、行くぞ」
遅れずについてこい、と呼びかけて騎士は背に悪魔の証、闇の翼を現し浮遊。
「はい、宜しくお願いします」
応じて雅也の背にも翼が顕現。人間を母に持つハーフ悪魔の翼。顔貌は母譲り、浅黒い肌は父譲り。
「まずは真っ直ぐ目的地へ。道を開き背は守りますね」
千早は地を駆ける仲間の背を守るよう、弓を手に最後尾をついて走るのだった。
●枯れ池の攻防
遮るものない空を往く騎士から、公園全体の状況が伝えられたのは少し前。
『池自体はちっせぇな、‥‥あーでっけぇ泥鰌だわ。あれが大だな。派手に泥を飛び散らかしてやがる』
決して地を埋めるほどではないが、小さい方の泥鰌も公園のあちこちで土を盛り上げている。騎士や霧依が発動を続けている阻霊符の効果で地面下に透過できずの所業だろう、上からみれば大概の状況が把握できた。
『池が鍋で地が豆腐として、柳川鍋に泥鰌地獄ってとこか』
天界の創造物を悪魔な騎士が食えるもんかは不明だが、と独特の感性からの感想を零す騎士。
次いで、
『小泥鰌が少ない道筋をお伝えします――』
雅也が敵の配置情報を連絡。戦闘も距離も最短を目指すには有益な情報だ。
霧依はすかさず地図に最新情報入力し4人組の先頭を切って走る。全力疾走。行く道を阻む泥鰌も居たが、衝突より早く春夜が矢を放ち威を削いでいった。
「‥‥‥‥、」
仕留めるに至らずも影響は大きい。
「わ、わわ‥‥!」
泥鰌が泥の礫を投じてきたりもしたが、瑞木などは持ち前の身軽さを生かして回避を試みた。すべてを避けること適わず傷は増えていったが、疾駆を止めるには足りない。
池周辺に到達すると飛び散った泥が道を芝を汚していた。遠目からでも池には水がなく、うねる大泥鰌の背が見えた。周辺には小泥鰌2体を視認。さらに後方、千早の背後からも道中遭遇した小泥鰌が数迫ってきている。
だが速度は落とさず突き進む。
「ヤツの注意は俺がひきつける」
撃退士の接近に未だ気付かぬ様子の大泥鰌へ、初撃を叩き込んだのは春夜。
遅れて擡げられた頭が春夜に向き、開かれた口から放たれる泥色の大きな礫。とっさに目を守り、視界を奪われぬよう防御姿勢を取る。ずんとした衝撃が全身を襲うがかすり傷に等しい。
「泥鰌掬いがダイダラボッチだけの特技と思わないことね♪」
大泥鰌の攻撃意識が春夜に向いている間に、霧依は背面に回りこんでいた。手の中の魔法書が雷鳴を呼ぶ。
「頭部が礫の発射器官――と、ちょうどいいわ。まとめて潰してあげる」
一直線に、光の速さで走った雷の矢は大泥鰌の後ろ頭を焦がす。確かな手ごたえを覚えた霧依だったが、脇からは小泥鰌が迫っていた。
無視され続けてきた小泥鰌らからの反撃も同時に始まる。小ぶりの礫が身を汚そうと飛来するが、
「きゃあ! ――‥‥なぁんてね♪」
危なげなくシールドを展開し、受けきる霧依。
「じゃ、邪魔しないでよねっ!」
攻撃直後の隙を狙って、瑞木がバトルディスクを勢いよく投げつけた。背面からの奇襲もあって肉を削ぐ円盤。
「こっちはボクがどうにかしてみせる‥‥!」
まだまだ成長過程、自立を目指す快活な少年は、少年なりに女性を守ろうと泥を蹴飛ばし奔走した。
霧依の背を守るのが瑞木なら、春夜の背を守るのは千早。
「手負いとはいえ、数が集まれば面倒この上ないですね」
足の運びに注意し、千早は矢を射る。既に道中射掛けた矢で傷を負う小泥鰌はほんの数矢で活動を停止する。接近してくる小泥鰌の体当たりは受けたり流したり、優雅な舞踏を思わせた。
千早が小泥鰌の相手を務めることで、春夜は背後からの攻撃に気を回すことなく大泥鰌との対峙に専念できている。
「ですが冷静に立ち回れば何の問題もないのです」
しとめたことを確認すると、千早は心を落ち着け、次の小泥鰌へ狙いを定めた。
「‥‥む」
不意に大泥鰌が地面下に消えた。霧依に目をやるが阻霊符は発動されたまま、と目が告げている。となれば池の底。視線を落とせば水のない泥溜まりの中でとぐろを巻いているのが見えた。
覗きこんだ春夜の頬を礫が掠める。深くはないが、降りなければ直接剣は届かないだろう。
(汚れは洗い落とせばいい、だが――)
春夜には技がある。剣を構えなおし意気を込め、大泥鰌めがけて光の波を放った。フォース。衝撃を受け全身を泥にめり込ませる大泥鰌。動きは鈍い。
「そのまま、もう上がってこないで頂戴ね」
大泥鰌が地面へ顔を出すか、霧依らが池底に降りたり覗き込まなければ大泥鰌からの礫反撃はないも同然。池の縁との位置取りに注意しながら攻撃を叩き込むこと数度。ついに霧依の雷撃が大泥鰌を殺すに至る。
「こちらも丁度というところですね」
霧依が対岸を見れば、千早が残った最後の小泥鰌を射止めた直後であった。千早の周囲に動く小泥鰌は居ない。
瑞木は背を曲げ荒れた息を整えている最中。
「がんばった頑張った♪ はい、ありがとう」
と瑞木にいい、霧依はライトヒールで傷を癒してやる。互いの役回りを確然としたことで大きな損害はなかった。
「次へいきましょ」
まだ戦える。目指すのは騎士、雅也との合流。地図で道を確認し再び走り出す。
●涸れ池の攻防
時間は戻り、霧依に公園全体の状況を通信してすぐのこと。
転送位置から近いこともあって、騎士と雅也は池の上空に到達していた。見下ろせば半分程度に水の減った水面に大泥鰌の背が見える。
「利が俺様らにあるうちだ、やるぞ。あ、まて。東條はまだ近づくんじゃねぇ。俺様が先に行く」
「え? 利があるなら攻勢に出てもいいのでは?」
雅也の意見も当然のこと。
「より優位に運ぶためさ。うまくいきゃ――」
大泥鰌が気付かぬうちに背に接近。射程に捕らえた直後、発動する。
「ダーク、ハンド‥‥!」
あらゆる方向の影から闇色の腕が現れた。届く範囲の小泥鰌や大泥鰌を掴み、拘束してゆく腕ら。どの敵も抗いきれず束縛を受けることになる。
「ほら、ぼさっとすんな! 今のうちにやるぞ!」
「なるほど」
隙があれば使おうと考えていた騎士。初手から相手の自由を奪うことに成功できたのは幸い。未だ不明なのは具体的な射程だが、相手が動けないうちに把握することは可能だろう。
合図を受けて雅也は降下した。眼前に大泥鰌。水面ぎりぎりから上方に向かい切り上げる。翼の煽りと剣風を受け漣立つ水面。属性相性上威力も高まっている。
これなら容易に倒せてしまうのではないか、雅也がそんなことを考えてまもなくだった。水中から礫が放たれ、胴でまともに受けてしまう。
「ぐぁ――」
攻撃器官である頭が視界にないこと、大泥鰌が動けないことに安心したか。水中からの攻撃を失念していた?
「この程度‥‥!」
けれど地には落ちない、不動で耐える雅也。攻撃の目をひきつけられていると思えば状況はまだ優位。
上空では騎士が自身の攻撃射程まで降下してきたところだった。大泥鰌の姿勢は不明だが、水中からでは遠く浮く騎士を捉えることは出来ていないだろう。
「常世の闇の弾丸――、天の眷属を飲み込んでやれ!」
気合と共に阿修羅曼珠を振り下ろす騎士。影と同じ闇色の弾丸が水面に現れている大泥鰌の背に接触し、身を弾かせた。巨体が水に沈み大きな水しぶきが上がった。
「追撃します!」
強靭な肉体の恩恵もあり、雅也は残る痛覚をものともせず次の一撃を繰り出した。周囲の小泥鰌からの妨害や攻撃がない今のうち。水しぶきごと大泥鰌の表皮を切り裂く。
騎士の一撃が想像以上に重かったことに加えて雅也からの二撃。大泥鰌は反撃適わぬまま全身を水に委ね沈みだす。
「足止めの予定だったがこのまま仕留められそうだな‥‥っと」
しかし水を渡り逃亡という可能性を懸念した騎士は確実を求め、新たな影の弾を叩き込む。大泥鰌の身は着弾点からふたつに千切れた。
「撃破、ですね。次はどうします? 応援に向かいますか?」
尋ねる雅也に、
「そうだな。このまま空を移動してきゃ早いだろうし――あ、待て」
地上では攻撃手段のない小泥鰌らが空を見上げている。空を往ける身で移動に煩わされることはないのだが――騎士が気付くとほぼ同時だろう。
「効果がきれた‥‥?」
雅也の翼が効力を失い、ゆっくりと下降が始まった。ハーフの翼ははぐれのと比べ効果の顕現時間が短いのだ。再発動させようにも余力はなく、水に落下しないよう池の縁に着地するのがやっと。
「これはまずいですかね」
待ってましたとばかり。池から地上から小泥鰌らが雅也を囲い込んだ。
「どうにか堪えろよ! 突破口を開くしかねぇ」
一斉攻撃に、ただ歯を食い縛り耐える雅也。肉だけなら切らせとけばいい、骨を断ち返すと反攻の機会を待つ。
神秘の総譜に持ち替えた騎士は雅也に注意が向いている小泥鰌らのうち背を向けているものなどを優先して効率よく撃破していった。
「力の制限は出来ませんので‥‥すみませんっ!」
身を引くことなく積極的に前に踏み出し、力いっぱい刃で切りつける雅也。引けを見せない気概の勝利だろう。
「わ、ふたりで倒しちゃったの!? すごーい!」
隣の池から瑞木らが駆けつけてくる頃には周辺の敵を全て倒してしまっていた。
霧依により、雅也の傷はすぐさま癒され。奇襲をかけてくる敵がいないか、春夜は池周りをゆっくり歩いて回った。
騎士も地面に降り立ち、
「合流ってことはあっちの大泥鰌も倒せたわけだな? 時間はまだある」
どうする? と尋ねると、
「小学校に近いほうの川も見回りたいですね。大泥鰌の確認数は2でしたが、他にも居ないと限りません」
千早が気を緩めることなく提案した。同意する者はあれ、異を唱えるものはおらず行動は実行に移される。
●掃討戦
時間になり掃討班が到着してからも余力ある限り戦い続ける――心は一緒だった。掃討班からも手数は多いほうがいいと歓迎を受け、手分けし始末にあたる。
「学校に近いほうが数多いのね。気にしてみてみてよかったわ。あ、巻き込まれないよう注意してねぇーん♪」
軽い調子で告げながら、霧依は小泥鰌が群れる中心地へコメットを落とした。周囲に遊具や花壇などがないのは確認済。敵のみにあたえる重圧。巻き込まれた敵の動作が鈍る。
「いまよっ!」
「任せられたよっ!」
コメット自体の威力も高く、虫の息に近い小泥鰌をしとめていくのは瑞木。活性化させたアイスウィップなる鞭は、小泥鰌よりも鋭くしなり身を打ち叩く。確実に数は減らされた。
「おー、いるいる。水路にはまってやがる」
池から伸びる浅狭い水場沿いに索敵しているのは騎士。幾度かの交戦の結果、身は泥まみれ。けれど気に留めることなく殲滅に専念。当たり所がよければ一撃で小泥鰌を無力化できるほどの攻撃で、配置や射程に注意しながら潰す。
稀に近く複数居ることもあったが、
「こちらは俺に任せてください!」
と、雅也が立ち向かうことで危うき場面はなかった。小泥鰌の単調な攻撃手段は数をこなしているうちに予測感知できるようになっていたのだ。
「はっ!」
裂帛の気合とともに振るう一撃は確実に身を捕らえ、断っていく。
「この池は被害を受けずに澄んだようですね。川のほうにも泥鰌の気配はありませんでしたし、もう大丈夫でしょうか?」
大泥鰌の大きさ、公園内にいれば姿を見逃すこともないだろうと、主に水面下に目を向けた千早。小学校沿いの川にも足を伸ばしたが、問題がないことを確認できた。
「そうだな。小泥鰌は予断ならないが、大泥鰌はいないとみていいだろう」
春夜も頷いて同意を見せる。数歩前には池の縁、歩き近寄り覗き込むと波紋に揺れる自分の顔が映りこんでいた。
「‥‥‥‥」
「‥‥どうしました?」
敵でもいるのだろうか、と水面を見つめる春夜に疑問をかける千早。
「‥‥いや? なんでもない。敵はいなそうだ」
泥鰌が暴れていれば水は濁るだろうし、人影に気付いては攻撃のため飛び出してくることもあるだろう。だがどちらもないことを春夜は示した。
千早とともに次に進もうとして、今一度池を振返る。
(――泥鰌が池から、など。まさか子どもと遊ぼうとしていたとかではないよな。被害がなかったからよいものを、迷惑この上ない)
頭をよぎったのは動揺の一節。泥鰌の潜む池に誰も落ちずよかった、春夜はそう思わずには居られなかった。
学校も無事式を開催することが出来るようで、まもなく子どもたちの元気な声が春風に乗り公園まで響いてきた――。