●茨の路
最初の遭遇は突入から間もない頃発生した。枝道も存在しないただ真っ直ぐの道。道を構成する壁の蔦が不気味に鈍く蒼く光っている。
「なるべく回避したいトコだってぇのによぉ!」
逃げ場がないのでは致し方ない。マクシミオ・アレクサンダー(
ja2145)はネフィリムを手に、犬歯を見せ笑う。
幾人もが感覚を研ぎ澄ませ、耳をそばだてていたものの、正確な数までは把握しきれない。そこで夏野 雪(
ja6883)が大部隊である可能性を考慮し、正確な探知を施行。結果、
「‥‥捕捉しました。敵数、4」
「懲りずにいつもの相手のはず、当てさえすればいける! 一気にいくわよ!」
メフィス・ロットハール(
ja7041)にとっては幾度にも渡り対峙してきた、成長も無ければ代わり映えしない敵。仲間に敵の特性を再周知し――ぶつかる。
天井の上限際を飛行する鳥型奉仕種族を真っ先に撃ち落したのは影野 恭弥(
ja0018)。ただ何も言わず、無言にてエンゼレイターから的確な一弾を。
「やりすごせるなら、と思いましたが互いに道を塞いでいるのでは致し方ありませんね」
同じく後方から番場論子(
jb2861)が魔法書から生み出した魔法の玉にて鳥を攻撃。しかし落ちない。そこへ間髪いれずメフィスが召炎霊符を投げつけ、仕留める。
床面を走る狼は、
「邪魔しないで欲しいの」
技能の温存に努める蒼波セツナ(
ja1159)の灰燼の書から放たれた炎の剣や、マクシミオの斬撃により処断された。
「後方からは敵、こねぇようだな」
隊列最後尾で後方の警戒に当たっていた向坂 玲治(
ja6214)が声をあげると、
「前も敵影なし。殲滅できたわね。目標はあくまで核。消耗はなるべく抑えていかないとよね。先に進むわね」
最前列で構えていたフローラ・シュトリエ(
jb1440)が応じた。
まだ先は長い、ゲート内特有の脱力感を覚えつつも、誰もが弱気になることなく未知の路を踏みしめて進む。
道中、
「この壁壊せるのか‥‥! 隣もおんなじような道んなってるぜ!?」
玲治が気付いた茨の壁の破壊により、敵をやり過ごす術を得た。フローラや論子が感知し、雪が探知。すかさずマクシミオとセツナが最寄の壁を崩し、並行する隣の道へ退避。そのうちに壁は自己修復により塞がる。
奉仕種族らが辿り着くも、息を潜める恭弥やメフィスらに気付くことなく、地上目掛け駆け抜けていった。
「私達の排除を命じられているわけじゃないのね?」
ぽつり思ったままを口にするセツナに、
「地上に出られちまっても、俺らの方針は伝えてある。どうにかしてくれるだろうよ、地上の仲間がな」
マクシミオは敵の背中を見送りながら、ゲート入口を警戒しているだろう撃退士を想った。
「っと、道はどうする。この道か? 戻るか?」
途中まで移動経路を地図にしようとしていた玲治だが、「走りながらじゃ無理がある!」と諦め道具を仕舞った。
「敵が来た道を逆走するのが一番ではないかと。そこに喚ぶモノあり、でしょうからね」
論子は元天界所属の堕天使として、ゲート等の簡単な仕組みは理解している。
「確かに。敵に気をつけながら急ぎましょうね」
敵の足音が完全に消えた後で、フローラは中華風の装飾を施されたクロセルブレイドの刃で壁を切り開いた。
「――‥‥」
全員が破壊箇所を抜けた後、恭弥が最後に壁を抜ける。
其れを見届けて、玲治は殿を務めるよう、仲間の背を追い、最深部へ向いただ一心に疾駆する。背後で破損修復の蔦の伸びる気配を察したが振り返りはしない。
歩を進めるほど、壁の蒼が増しているように見えた。
「どのくらい進んだかしら? まさか強い天使が作った深い深いゲートって訳じゃないと思いたいけれど‥‥」
ココのところ嫌な予感が当たってならないと不安を感じるメフィス。
「‥‥気持ち道が開けてきている気がしなくもない。備えてもいいかもしれんな」
ゲートの作り、深さは製作者の力量。恭弥は下るにつれ同じ幅のはずであった道が僅かながら広がり始めている事に気付き、ぶっきらぼうながらも仲間へ注意を促した。
それぞれ呼吸を整え、状態を確認。傷があれば癒し、武具を握る手に力を込める。床の茨を踏みしめ、踏み出した。
●茨の城
最深部は大きな広間。中央で青白く輝く核を除けば視界を遮るモノは佇むモノのみ。
「‥‥‥‥」
核のすぐ横に少女の姿をしたモノが立ち、今出現したばかりの奉仕種族を見下ろしている――そんな最中、
「動くな!」
玲治が危険を顧みず真っ先に飛び込みがてら、且つ相手の注意を奪おうと叫んだ。狼と鳥の首が玲治を振り返るように見る。だが少女は微動だにせず。
「ここの守護者さん‥‥かしら? 早々で難だけれどゲートを放って置く訳にはいかなくてね。壊させてもらうわよ」
敵方の配置を確認、核を優先破壊すべく、目で進路を確認しつつ、フローラが前へ踏み出すと、
「私があなたたちの言うところの、敵である、根拠は?」
少女が静かな声で誰にでもなく訊ねてきた。
「確かにそうね。じゃあ、そこの奉仕種族たちがあなたを攻撃していない、ではどう?」
応じたのはセツナ。言葉を耳に留めつつも、警戒は解かない。
「敵に連れてこられた一般人、かもしれない。攻撃しないのは見張っているだけ」
「おいおい、一般人ならとっくに――死んでる、だろ」
次の言葉にはマクシミオが応じた。誰もが知るところ。踏み入った瞬間、一般人の命は失せる。残るのは器だけ。
「なら、撃退士であるとしたら? 確か――」
鳥に狙われて攫われる人には法則性があって、法則の中には撃退士が含まれていて、私は、その人かもしれな――
「茶番はここまで! みんな惑わされないで! 言葉は事実だけれど、アレは違う! 事件の黒幕、使徒よ!」
少女――使徒に最後まで言わせることなく、言葉を遮ってメフィスが力強く叫ぶ。
メフィスは知っている。この街で見た大鳥を操る使徒の少女の姿を。同時に使徒が付け狙う対象も。出撃停止令を受けている当人が無茶して出て来て居ないかも、学園に確認し、確証を得ている。
「じゃあ容赦しないで大丈夫‥‥ね」
雪が雷鳴の魔法書を開くのが先か言葉が先か。
遥か後方から発せられた一発の弾丸が、撃退士の合間を縫い、核を守る核障壁へ撃ち込まれた。恭弥だ。
接触時少女の表情が歪んで見えた。
(――創造者で間違いないな)
誰もが確信。
同じくして使徒の指示か、広間に散る奉仕種族らも一斉に動きを見せた。
「貴女の意志を否定もしないけれど、私の意志も否定させはしないから‥‥、――審判!」
「――Eisexplosion! 氷よ! 弾けて‥‥!」
核へ駆け寄ろうとする仲間を巻き込まぬよう配慮して、雪とフローラが範囲魔法を発動させる。十字架状の光の柱が打ちたてられると、衝撃に巻き込まれた奉仕種族らが揃って床に膝を着いた。使徒は堪え立つ。
続いて青白い光に混じり吹き荒れる冷気が氷になって飛散。
けれど使徒、核共に健在。
攻撃に巻き込まれなかった鳥が足止めをするかのように爪を向けてくるが、
「お前の相手はしてらんねぇ!」
攻撃は耐えるのみで決して足は止めない。マクシミオは顧みることなく、玲治と共に使徒への近接を目指した。
「そう、構ってる場合じゃないの。核を壊さないと」
使徒と核、重圧にもがく奉仕種族を巻き込むように、セツナが放つは、
「「残虐なる火刑」ギルティフレイム」
ひとつの唇から時間差で発せられる呪文が終わると、紅の魔法陣が現れた。一帯を巨大な火球が包み、爆ぜる。核付近に居た奉仕種族は千切れ、形を失う。
「背後を襲われてはたまりませんからね」
前進しつつも、マクシミオがやり過した鳥目掛け、論子は攻撃を加えた。先と同様に仕留めるに至らなかったが、脇を駆け抜けたメフィスが倒す。
使徒は向かい来るマクシミオへ掌を向けた。守りの眷属が付近に居ない今、使徒自身が阻むしかない。核創造後の本調子ではないといえ、一撃が重いことに変わりはない。マクシミオは咄嗟に防壁陣を発動したものの、軽い眩暈を覚えた。
「へへッ‥‥どォしたよ。この程度かぁ? ご自慢の配下はまだこねェのかい」
けれど態度で悟られては気圧され兼ねない。決して怯まず、あえて挑発するようにせせら笑うマクシミオ。
対峙する隙を狙って、また遠くから恭弥の弾丸が飛来する。淡々と目標を射止めるまでひたすらに。
(無茶はしないほうがいいですかと‥‥)
思いつつも口にはしないで、雪はマクシミオの傷を癒す。
新たな眷属が核から排出されるより早く、玲治が使徒を射程内に収めた。
「少しどいててくんねぇか? そら‥‥よッ!」
ソウルサイスを振り上げ、振り下ろすと同時に放たれる光の波は、一直線に使徒へ襲い掛かった。踏み留まろうとするも衝撃に耐え切れず、後退せざるを得ない使徒。
「ひとりで、立て続けで多方向からの攻撃に対処しきれるのかしら?」
核に近接したフローラが叩く。けれど創造主が健在の今、核へ伝わる破壊力は本来より遥かに劣る。まだ幾度も攻撃を重ねる必要があるだろう。
体勢を立て直した使徒は再び核へ寄ろうとするが、
「いかせねぇ、って言ったろ!」
右手に握った戦斧に緑の光を纏わせ、使徒へ振り下ろすマクシミオ。
「‥‥ッ」
あてることは出来なかったが、核から遠ざけるよう移動させることに成功。
間もなく後衛、論子やセツナらも核を射程に収める位置へ――と思った時、核が一際強い光を発した。目が眩むほどではなかったが、出現する複数の影。奉仕種族が召喚されたのだ。核への路が阻まれる。
脇からも生き残っている奉仕種族がにじり寄ってきており、囲まれる状態に。
「切り離されるとは。ままならないもの、ですね」
「‥‥これは流石に危険。放置するに出来ない状態、ね」
下手に動いて隙を見せては適わないと、歩みを止めざるを得ないふたり。
「寧ろ纏まってくれてるとやりやすい、って場合もあってね! いけるわ、貫けーぇえ!」
気持ち離れた位置を移動していたメフィスが顧み、足場を確認。しっかりと踏みしめると、左手に魔力を集め、スピアハートを打ち出し、纏まった敵を、殲滅とはいかないが一気に貫いた。
「これならいけるわね」
不敵な笑みを浮かべると、セツナは一点突破。被弾した狼へ追撃を重ね、論子と共に駆け抜ける。
●茨の解
背に多くの傷を受けようと粘り強く核を集中的に狙い、攻撃した成果が終に現れた。
「手ごたえあったわね」
フローラの斬撃直後、核が発光を止め、集積機能を停止させたのだ。
この頃には使徒も核と共有した負傷により足取りがおぼつか無いでいた。核の守りはもはや不可。破壊される直前に主の元へ移動を試みてみたものの――往けなかった。
「んじゃ、次はてめぇの番だな。何か演じて見せよォっても、その手にゃのらねェぜ」
先の例がある。マクシミオは使徒の動向に目を光らせつつ、
「てめェんとこのご主人様は助けにきてくんねェのな? ま、出来損ないの使徒なんて失っちまったほーが‥‥」
言葉は続かなかった。攻撃が飛び、身構え、受け止める。言葉が詰まる。
使徒が挑発に乗ってきた――、周りからはそう見えたかもしれない。
「まだやる気なの!? 戦況はみえてるんでしょ! どうして!」
炎を投げつけながら、メフィスが問うも、使徒は唇を強く結び答えない。攻撃を繰り出すのみ。
また、集積機能は失えども、召喚機能は残っている。新たな狼と鳥が姿を現したことで、問答も続けられない。
(狙うは使徒か眷属か‥‥どの道決するのは近いだろう)
考えつつ、恭弥は使徒へ真っ黒な闇の炎を纏う、天眷属を滅す、禁忌ノ闇を放った。自身の全身が黒く染まってゆくのを感じる。弾丸は使徒の脅威となった。
「――!」
脇腹が大きく穿たれる。一瞬途切れる使徒の思考と行動。負傷させた敵を探そうとするも見つからない。
故に目に入った、
「危ねぇ!」
「‥‥ぁ」
セツナへ使徒の攻撃が叩きつけ――ようとするも、セツナは痛みを覚えなかった。咄嗟に瞑った目を恐る恐る開く。
「‥‥思い通りにやらせるかよ‥‥って、な」
自分を忘れてもらっては困るとばかり、痛みを堪えながらも笑みを浮かべ、玲治が呟く。衝撃を肩代わりしたのだ。
「別に私のことなんて‥‥ッ」
もし戦いで命を失ったとしても寿命であると割り切るつもりだった。けれど護られた。今を無駄には出来ない。
セツナは素早く手を振るうと、激しい風の渦を巻き起こし、使徒を襲った。
(‥‥これは、意識が――)
朦朧とする。遠くで声が聞こえる気がした。誰の声だろう? どうしようというのだろう?
「誰か、出来れば決定的な、一打を、お願い!」
思考が鮮明になってはどんな反撃があるかも分からない。叫ぶセツナ。
雪は玲治の傷を癒している最中、
論子は前面で使徒と対峙する玲治らの邪魔をされないよう、眷属の牽制中。
となれば、核を破壊した返す刃で振り返ったフローラが走る。
「私が出来るのはこれくらいだけれど!」
氷の刃に念を込め、氷の欠片を叩きつけると、使徒から氷の破片が散らばった。欠片は床を転がり、フローラに集まり来て解け消える。
(‥‥冷たい‥‥、真っ暗‥‥)
それが決定打であったのか、
続いて放たれた漆黒の弾丸が決定打であったのか。瞬間を確かめた訳ではないので確証はない。
だが、使徒の活動が停止した、という結果は確定した。
●―――。
「これが今回含む、一連の報告書。よく出来てる方だと思うんだけど、どう?」
自身の象徴とする、真紅の髪に真白の帽子を被り直しながら、彼女は報告書を斡旋所へ提出。
すると、
「うん。ありがと、撃破完了、だね。追加報酬が出てるからそっちも確認しておいて貰えるかな?」
報告書を受け取った担当員は「寸志だけど」と口にしたが、
「功績の評価を頂けるだけでもありがたいことだと思いますが」
共に居た堕天使少女が大人びた態度で謙遜してみせた。
「ゲートの中に入るのは初めてだったし、今後の為の貴重な体験が出来たと思えば」
「私は砕けぬ秩序の盾‥‥。護るべき者がいる限り、秩序を乱すものがいる限り盾として、在るだけ‥‥」
自称黒魔術師であったり、盾の一族と名乗る少女も。
「あの使徒のレベルじゃ、主もたいしたことねェんじゃねーかなぁ?」
「なんにせよ皆揃って無事帰って来れたんだしよぉ、甘いもんでも喰いにいかネ?」
口調は荒いが仲間を想う光の騎士ふたりも。
(‥‥次の依頼に備えて銃の手入れをしないとな)
「ん〜、地上の被害も多くなかったみたいだしね。急いで突破したのはよかったのかしら?」
使徒や核に決定打を与えた功績者も。
ゲートへ突入した班員は全員無事、帰還した。
使徒の主だろう天使の行方も存在も掴むことは出来なかったが、
戦い続ければ、いつか相対することもあるだろう。
敵はまだ多く居るのだから。