●偵察
「えっ!? えぇ〜!? い、今から戦うの〜!? えぇっと〜、ぅんっと〜‥‥」
討伐を求められるや、ルルウィ・エレドゥ(
jb2638)は突然のことに桃色の髪をゆらしながら慌て、
(て、敵!? なんの準備もできてないけど、ど、どうしよう‥‥で、でもそんなこと、私、言えないし‥‥)
仙桃院雪(
jb2287) などは緊張し言葉にすらならなかった。
そんな中、
「敵が目の前にいるんだ。突然のことだし、悠長にしている時間はないけど、見逃すことは出来ない。それでも出来る限りの下調べを、準備をして挑んだ方が良いと思う」
任務経験数の多い方である美森 仁也(
jb2552)が、落ち着き払った声をあげた。
「そうですねー。外側の窓から室内の様子がみれますかもー。美森さんー、あたしも下調べ、ついてきますー」
敵の存在が明らかになっても乱されることのないマイペース。ミスティス・ノルドステア(
jb0357)は仁也と共に来た道を戻り、急ぎ外を目指す。
「そ、そうだよね、ひとりじゃないし、ルルウィも頑張ってみるんだよ〜♪ ふたりが戻るまでに作戦会議〜とか、装備確認しよ〜か〜?」
つかみ所のないふんわりとした気と、恥ずかしがりの気を滲ませながらも、ルルウィの思考はしっかりしていた。
外から、灯りの点いた教室の窓を覗き込んだ仁也、ミスティスは己らが目で対象を確認する。
「散乱した机、椅子‥‥。物陰になってるところは確認はできないけど‥‥結構多そうだね」
少し覗き込む視点をあげる為、本性――角と翼を現して浮遊した仁也がさっと全体を見回し言葉する。
「あの扉がみんなのいるところかなー? 今攻撃してる鼠が2体いるねー」
廊下で聞いた音は攻撃音で間違いないようだ。そしてどちらともなく、
「冥属性――ディアボロみたいだね」
「普通の動物じゃないみたいだねー冥魔だよー」
と習得している技能で鼠の正体を暴くことに成功する。
しかし、窓から覗き込んでいる者の存在に、鼠らも気づいたようだ。窓側に寄り、ミスティスを狙ってか体当たり。
「わゎー‥‥!?」
――が、窓ガラスに阻まれ攻撃は届かない。続けて他の鼠が近寄ってくる姿も見えた。
「長居無用ですね。みんなのところに戻りましょう」
「う、うんー。急ごうー」
おおよその配置、壁を壁と認識できない程度の知能、攻撃手段――いくつかの情報を得て、ふたりは戻る。
廊下では。
「鍵はこれで好し。室内もどうにか歩く道を選べそうだ」
仲間の提案を受け、残った二つの戸の鍵を開けつつ、小さなはめ込みガラスから軽く内部覗くメイシャ(
ja0011)の姿。突入してからの動きを複数想定しながら、鍵を返す為戻ると、
「あれ‥‥あれ‥‥? ど、何処かで、おとしたのかな‥‥」
雪が慌てながら儀礼服のあちこちを叩き、探し物中。けれどどうしても見つからない。
「何かなくしたの〜‥‥?」
隣に居たルルウィが、雪の顔を覗き込むように尋ねる。
「あ‥‥う‥‥その――‥‥」
「恥ずかしいのかもしれないけど〜、言ってみちゃお〜♪」
純粋な優しさと明るさに押され、雪はぽつりと答えることになる。結果ルルウィに連れられて、雪は阻霊符を展開しながら控えていたライゼより「慣れない獲物かもしれませんが」、とヒヒイロカネのひとつを借りる。
「長く生きてればそういうことのひとつやふたつしょっちゅうあるってー。気にせずガンガンいこーぜーぃ!」
自称大人のレディ。けれど見た目は子供、思考も子供。その正体は元社会人、田中恵子(
jb3915) ――が、果敢無い様相と裏腹、笑顔で「気にすることはない」と檄を飛ばした。
間もなく仁也、ルルウィが合流。敵の能力等大まかに説明、情報を共有する。
「よーっし、おいでおいで、ヒリュウちゃん」
自身の使役するセフィラビーストを喚び、構える恵子。
「教諭はそのまま待機をお願いします」
使用者が倒れては効果が消えてしまうから、とはほぼ同一の意見。ライゼはにこやかに頷いて応じた。
「では――開けます」
メイシャが、がらりと勢いよく戸を、引き開ける。
●戦端
後ろの戸から進入したメイシャは、一直線に予め決めていた位置まで駆ける。間を置かず中ほどの戸からは仁也が。
一箇所からひとりが先行したのでは、集中攻撃を受けてしまう恐れがあるとしての同時突入。
ぐるり室内を見渡して、まず前側の戸の前に2体、窓側――偵察に使った位置――に3体確認できた。
「あ〜、みっけ〜!」
メイシャのすぐ後に続いたルルウィが、人の気配を察したのか、机の影から飛び出してきた鼠を見つける。自身は壁に背を向け死角を消し、近接されぬよう距離を置き、手にはバトルディスク。更にアウルを強く込め、投射。
円盤は鼠の胴を斬り付けた。呻く声が上がるも致命傷には至らない。鋭い敵意がルルウィに向けられる。
「うっ‥‥。こ、こっち来ちゃだめだからねっ〜!?」
「大丈夫、その時はー、あたしが守ってみせるよー!」
右目を覆っていた眼帯を外し、紫色の炎を顕したミスティスがシルバータージェを前に構えながら後手に戸を閉めた。
(こ、こうすればいいのかな‥‥!?)
仁也に続き中央から進入した雪が、魔具を顕し、背を向けている手負いの鼠に近接し切りかかる。尖端が肉を抉った途端全身に震えが走った。争いごと等苦手で初めてで、けれど手には生々しい感触が――、
「はいはーい! ぼうっとしたら危ないよー」
はっとして手を引っ込める雪。
恵子は己の手で戸を閉めながら、ヒリュウに鼠への攻撃指示。大きく息を吸い、溜め、一気に吐き出すブレス。一撃は手負いの鼠を仕留める。
(まぁ‥‥このねずみさんも、元は別のもの、だったんだよね? 悲しいけど今は倒さないと――!)
ディアボロの「元」を想い、一瞬悲しみを浮かべるも、すぐに笑顔を取り戻す恵子。そう、ぼうっとしては危ない。
建物に攻撃を加えていた鼠たちが、恵子らの侵入に対応すべく足を向けてきているから。
潜んでいた鼠も次々に敵意を現して。メイシャの予想通り乱戦になりそうだ。
窓際と前側から近づいてきた鼠たちは、一同攻撃先を仁也に向けることにした。続けざまに放たれる複数からの魔法攻撃。だが幸いにも対魔法に特化した盾を携帯していたのもあり、全て凌ぎきる。
けれど防戦に徹しては戦禍は止まない。
「ヒリュウちゃん! 次いくよー!」
恵子自身は戸の前に陣取ったままヒリュウに指示を送り、狙いを定めさせ、再びブレスを浴びせた。
「こ、今度こそ!」
さっきは上手くいかなかったけれど、と雪は前に出る。未だ戸惑う心はあれど逃げるわけに行かないから。
先ほどよりも、もっと、もっと力を込めて、重い一撃を鼠に叩き込む。終には動かなくなる鼠。
「いい調子だと思う。俺はこのまま耐えながら削るとするから、田中さんに仙桃院さんは止めをお願いするよ」
仁也は盾をショートソードに持ち替え、付近に居る鼠に斬撃を見舞いながら仲間に鼓舞を。
「そちらに攻撃が集中してしまったか。すまない――が、隙が出来ているな」
教室中央付近に集まる鼠を確認。メイシャは白銀の髪を揺らしながら駆け寄ることにした。
勢いを残したまま密着するほど近くに寄り、打刀を水平に一閃。更には踏みとどまることなく、踏みしめた足を軸に、横へ飛びのいた。全て一瞬のこと。仁也が削いでいた甲斐もあり、身体を地に伏す鼠。だがまだ動く気配が残る。
「ルルウィの攻撃〜!」
壁際から進み出て、ルルウィが放つは目に見えない弾丸。弾丸は鼠の胴を穿った。痙攣をみせているものの脅威になることはないだろう。
「倒せた〜? 倒せたんだよ〜!」
僅かに緊張の糸が解れた――おそらくは偶然だろうが、その隙を付くように新たな鼠が姿を現し、ルルウィに牙を向けてきた。
「や、や〜ん、さっきまで見えなかったのに〜!」
服が汚れてしまうかも、そうしたら嫌だな〜――身を固めながら、ルルウィはそんなことを考えた。
が、衝撃がルルウィを襲うことはなかった。
「やらせないよー、って言ったよねー」
ミスティスが、より早く存在に気付き、前へ出、盾で体当たりを防いだのだ。
「あ〜ん、ミスティスさんありがと〜♪」
「鼠は駆除しないとねー」
ルルウィの感謝の言葉を背にうけつつ、ミスティスは仕返しとばかりに先手を打つ。盾をゴライアスに素早く持ち替え、力いっぱい振るい、振り上げ、振り下ろした。床は――耐えたが、鼠は耐え切れなかったようだ。両断されている。
「こうなるとまだ隠れ潜んでるかもしれないねー、気をつけて進もうー」
鼠の躯に目を留めることなく、ミスティスは新たな敵が現れ、中央での攻防に乱入しないよう、ルルウィ共々警戒を強めた。力をあわせることで絆も強く。
●攻防
引き続き仁也を取り囲んでいるのは3体の鼠。魔法を撃ち続ける鼠も居れば体当たりを仕掛けてくる鼠も居る。
懐に深く入り込み、機動力を生かした奇襲を率先して行うのはメイシャ。動きを読みながら魔具を持ち替え、鉤爪で切りかかっても魅せる。
「動きは読ませない。避けさせはしない。智恵はこちらにある」
確認しておいた足場を存分に使い、危なげない足取りで室内を駆け回る。鼠は注意をそらされることはあれど、深く追いかけてくることはなかった。
「これでー終わりっ!」
最後のブレスを見舞って間もなく、恵子のヒリュウは姿をかき消した。再度召喚することも可能だが――
「おーけー、ここからは私の手番だもんね。覚悟するのよー! ねずみさーん!」
白銀のシンボルを掌に握り、攻撃宣言。
(敵を減らして‥‥迷惑はかけないようにして‥‥ええっと、それから、それから――)
発する言葉は少ないが、雪の思考は精一杯活動していた。敵が冥属性であるということは天属性である雪などは有利でも不利でもあり。撃って出る必要があるけれど、出すぎてもいけなくて――‥‥
初めはおぼつか無かった立ち回りも、時間が立つにつれ安定してきたようだ。何より仲間の応援がある。
「これでまた、1体――っと」
数が減ってきたこともあり、仁也も攻勢に加わる。細身の刀身を活かし、障害物の合間を縫い、確実に鼠を切り捨てていった。金色に戻っている瞳が鋭い光を宿している。
不意に鼠の1体が攻撃先を変える。狙いは雪。気づいた時には眼前に魔法弾が迫っていた。避けること叶わず直撃。しかし持ち前の頑丈さが味方し、耐え切る。
「意識ある!?」
「う‥‥うん、どうにか‥‥」
痛みに耐え、踏ん張る雪。声を掛けた恵子は傷の具合を確認し、息を吐く。
「扉の前で休ん――じゃない、鼠がこないか見張ってて! 私が前にたつのです!」
「え‥‥でも――」
大人のレディーとして年下の子の面倒を見るのは当然のこと、と考え恵子は返事を待たず前へ。
紋章に念じ、無数の稲妻に似た矢を生み出し、
「これ以上はさせないんだからねー!」
三倍返し、とは行かないまでも、恵子は雪を狙った鼠に魔法で仕返しを行うのであった。直撃の際、ふふんとしたり顔を浮かべて見せたり。だが魔法を扱う鼠らしく、魔法への耐性も高いのか、まだ動こうとしている。
そこへ切り込んだのはぐるりと教室中を見歩き、巡り戻ってきたルルウィとミスティスだった。
「ここにいる鼠たちでおわりだよ〜。他の場所にはいないみたい〜!」
てい、っと足音を殺し忍び寄った背後から叩き込む一撃は鼠の不意をつく。元来の力と負傷具合が合わさり、仕留めるに至る。
「あと1体だねー!」
ルルウィの背を守るように、且つ自身も背を預けるようにミスティスは立ち、残る鼠と対峙する。
「確認ありがとうございます。では手早く――」
仕留めるとしましょう。仁也は他の脅威が消えたと知るや、投擲武器を用いることも出来たが、持ち場から動く。ぐるりと鼠の背後に回り、ミスティスらと挟み込むように位置。剣を振り上げると力強く振り下ろした。刃は皮を削ぎ肉を切る。間もなく反撃の魔法が繰り出されたが盾で凌ぐ。
すると、
「後ろががら空きだよー」
目が離れた隙をついて、ミスティスが戦斧で襲撃。それはそのまま終いの一撃となるのであった。
●
「終わりまして?」
静かになった頃を見計らい、戸を開け、廊下から顔を覗かせるライゼ。
「ああ、丁度であるな。他に残っている敵も居ないとのことだ」
応じたのはメイシャ。魔具をヒヒイロカネに戻し、纏っていた白金色の焔を掻き消したところだ。
「其れはお疲れ様でした。手早い処理で。いつ現場に出動されても活躍できるのでありませんかしら」
「‥‥どうだかは、わからない、な」
急場を凌ぐ連携と力を見せれたのは確かだが、メイシャは淡々と照れ隠しか、そっぽを向くのであった。
「ええっと、教室は、このままでいいんでしょうか‥‥?」
おずおずと尋ねる雪。自分たちが戦ったり、鼠が荒らしたりした痕跡を思って意見するが、
「すぐに使う教室ではありませんし、他の生徒に頼みましょう。皆さんは別の教室へ」
と、休憩を兼ねて隣の教室へ招かれた。
「せんせー。この後はどーするんですかー? みんなで遊びにとかいけたらいーなーって」
はい、っと手を上げてライゼに主張する恵子。返答は、
「2階にいくつか『くらぶ』がありして、見学ですね。遊び‥‥といいますか、遊ばれないことを祈る、としか‥‥」
「おー、そういえば学園きた途端、あちこちから勧誘されたよーな、されなかったよーなー」
久遠ヶ原には数え切れないほどの部がある。中には面白いことを仕出かす部も多い。興味が合えば遊びを満たすことも叶う――はず?
「体力回復というか、空腹補給というか。よかったらこれ、食べないかい?」
そういって仁也は荷物の中からサンドイッチとチョコレートバーを人数分取り出し、急場を共にした仲間へ配布。
「わわ! お菓子だ〜! ルルウィ、甘いのだ〜いすき♪ 喜んでもらうよ〜♪」
ミスティスの分も預かり、ルルウィはふたりで分けあう。
「これは携帯用に向いてるお菓子だねー」
「お菓子、いろんなのがあって面白いよね〜。お店にいくと、いっぱい迷って〜結局、全部買っちゃうんだよね〜」
ルルウィはお菓子好きが元ではぐれになった悪魔だ。興味は尽きない。
「あー‥‥、それならこういうの、どう? 結構安くてーこまごま一杯買えてー駄菓子って呼ばれる部類なんだけどー」
どこから取り出したのか、ミスティスの手のひらいっぱいに、色とりどりの小袋が乗せられている。
「どんな味がするのかな〜? それ、たべてみた〜い!」
――と、共通の興味を持つ者同士、話に華を咲かせ、徐々に熱が入り、周りの声も聞こえなくなり、日が落ちるまで語りあってしまったとか。