●
「到着、ですね。どの辺りなのでしょう‥‥」
現在地把握の為、牧野 穂鳥(
ja2029)が首をめぐらしたと同時、
「って‥‥煙――!?」
隣で、猫野・宮子(
ja0024)が息を呑む声が聞こえた。
立ち並ぶコンクリートの建物。所々砕け落ち、各所から立ち上る煙。倒れた電柱に、切れた電線。幸い火の手は上がっていない。
「これは大変だにゃ‥‥っ! 魔法少女、マジカル♪みゃーこ出撃にゃっ!」
猫の尻尾を模すふさふさ飾りが腰元で揺れるなり、宮子の口調は一変。眼差しからも、強い力を感じる。
「街がこんなに‥‥、天魔の、仕業――」
思わず口元を押さえるエンフィス・レローネ(
jb1420)。過去に経験した事件で受けた、天魔への恐怖心は消えていない。正対することは適うのか――? 足が震える。
(‥‥これが人間の反応よね。天界の考えは、本当に愚かでならないわ‥‥嫌な気分)
一行から、意識して距離をおいた位置に立つイシュタル(
jb2619)は、学園所属の堕天使。古く学園に属す天魔もいるものの、イシュタルはまだ日が浅い。完全な信頼関係を築くには時間が足りないと考えていた。
(けど、私は人間に協力する。これ以上天界の好きにはさせない。その為なら人と、手を合わせてだって、みせる)
其れを示すにも相応しい戦場だとイシュタルは空を仰ぐ。敵は奉仕種族。
同時、エンフィスも足の震えを克服させるに至る。
「私だって‥‥戦える、もう、戦えるんです‥‥!」
消え入りそうな声から、恐怖を払拭する高らかな宣言へ。淡々と努めていたイシュタルも目を剥いた。
「現在地だが――どうやら丁度戦域の中央程らしいぞ、マキノ」
携帯端末の検索機能を試していたアスハ・ロットハール(
ja8432)が、割り出した座標を穂鳥に示して見せた。
「なるほど。ここからなら何処へでも駆けつけられそうですね。けれど――全てを護れる程の力が無いのも事実」
俯きながら苦悩する穂鳥。何を手繰り、何を放すか。出来うる限り誠実公平であろうとするが、それすら手前勝手でしかないと自嘲し――ようとしたところで、
「――あ! 繋がった! 紫、聞こえる!? メフィスよ、わかる!?」
悲壮感を打ち破る明るい声が響く。
メフィス・ロットハール(
ja7041)。アスハの妻。夫とは別の目的で携帯端末を操作しており、繋がりにくい状況下で、幸運にも繋げられた。
「何処に向かってるの!? できれば合流したいんだけれど――」
相手は先行組のひとり、貴布禰 紫(jz0049)。
「通報者の家ね? 大丈夫、こっちもかアスハが資料持ってきてるから。――えぇ、ええ。そこで落ち合いましょ!」
直接会って、状況を確認した方が確かと判断。また、
「受付の応対にしても様子がおかしかったしな。直接聞くに越したことは無い」
アスハは素早く準備してきた資料をめくり、端末に目的地を入力する。現在地からおよそ2km――全力疾駆すれば10分弱だろう――妨害がなければ。
●
「‥‥お待ち下さい。声が、聞こえます」
一心に走る中、最初に異常を捉えたのは神城 朔耶(
ja5843)だった。瞳を閉じているせいか、周囲の音に対し人一倍敏感。一行は足を止め、周囲を警戒。
間もなく予想通りというべきか、期待をはずさないというべきか、2体の狼の姿が確認された。
まだ朔耶らには気づいていない。目の前の建物を見据え、何度も体当たりを繰り出している。
「阻霊符をつかっているからな。透過できずでの行動だろう」
自身が発動させている阻霊符に触れ、確かめるアスハ。
しかし透過できなくなったとはいえ、天魔には力がある。
「建物の、中から声と、人の気配。狼は人を狙っているのではないでしょうか? 確認します」
言葉と同時に発動したのは生命探知――感知。位置把握。朔耶らを除外すると建物前――屋外2、屋内2。
「屋外の2つは狼で間違いないとして、屋内についてですが‥‥」
狼が既に侵入している可能性もある。安心は出来ない。
「まず、外の狼を仕留める。中に居る人に辛い思いはさせられない」
立花 雪宗(
ja2469)が和槍――雷桜を手に決起。「そのとおりです」と朔耶も続く。
「先手を打たせてもらおうか!」
真っ先に飛び出したのは小田切ルビィ(
ja0841)。手には禍々しい存在感を放つ鬼切、赤黒い刀身に刻まれた細工模様が陽の光を返す。
断。
狼からしてみれば完全な不意打ちだった。手が届きそうで届かない人間に夢中で、ルビィの接近に今の今まで気づけなかった。太刀を振り下ろされた方の狼は無念、一刀にして胴を切断されてしまう。獲物に刻まれた細工のように美しく精巧な断面。遅れて噴出す血液。
もう1体の狼も遅れながら行動を開始する。飢えにぎらつく瞳、口からは鋭い牙がのぞき、唾液さえ滴らせている。
「近づけさせはしません‥‥!」
梓弓の弦を強く引き、放つは光の一隻。矢は狼の肩口に深く突き刺さり霧散。傷口からは血があふれ出した。けれど威は削ぎきれない。
「どなたか、もう一手」
「僕が引き受けます」
朔耶の黒髪と赤いリボンが、追い越してゆく風になびいた。
矢の軌道と同じく、真っ直ぐ最短距離で駆け抜ける雪宗。狼の眼前に迫る。桜吹雪の描かれる柄を強く握り直すと、裂帛の気合と共に打ち込んだ。
砕かれる狼の胸骨。
頃合で、踏み込んだ足を戻すと同時、雪宗は尖端を引き抜いた。直後、半歩下がる。
雪宗の隣ではルビィが、後ろでは朔耶が、狼の挙動に目を光らせていたが。狼は反撃に転じる事無く場に崩れた。
「え、ええっと‥‥空に異常なし。特に‥‥近くで風の乱れもないし、羽ばたくような音も聞こえません‥‥」
大鳥の出現を警戒していたエンフィスが、おずおずと言葉を発す。付近には居ないようだ。
「建物の中に、一般人がふたりいました。敵はいません」
戦いの最中、穂鳥は屋内の確認に出ていた。戻るや結果を報告。
己の探知した数との一致を認め、安堵の笑顔を浮かべる朔耶。
「特に怪我もありませんでした。外に出ないよう注意もしておきました。先を、急ぎましょう」
「出発、にゃー♪」
最も足の早い宮子を先頭に、再び駆け出す。
若干時間を消費してしまったが、一般人をひとつの恐怖から護ることが出来た。
●
『間もなく、目的地です』
アスハの手の内から、淡々とした電子音声が響く。付近にはいくつもの一戸建て。どれを指しているのかと首を巡らすと――丁度玄関のひとつが開いた。
「お話、ありがとうございました。間もなく他の撃退士も到着しますので――って、あ」
「「「あ」」」
中から出てきた紫と目が合った。
「沢山きてくださって、ありがたいわぁ」
ずらり並ぶ撃退士の姿に、通報者の女性、野田スズの表情も明るくなる。どうかよろしくお願いします撃退士様、と深々頭を下げてきた。
「丁度良かったかな、班分けとか決まってる?」
「ううん。全員で行動よ」
応えたのはメフィス。一拍おいて、確かに一緒の方が安全だね、と頷き返す紫。
「その辺の簡単な打ち合わせも含めて、少し話したいんだけど大丈夫?」
闇雲に走り回っても仕方がない、改めて紫を加えた作戦会議を、メフィスが提案。
「俺は――ちょっと確認しておきたいことがあるんだが、野田さん、だったか? 質問、いいだろうか?」
ルビィは玄関先に立ったままのスズに目を向けながら言葉する。
分かることなら、と応じるスズ。気丈に振舞っているが、不安に声が震えている。
其れを見越してか、
「みゃーこも一緒に、お話ききたいにゃっ♪」
宮子が同席を申し出た。明るく元気な少女が一緒の方が場も落ち着くだろう。ルビィは小さく頷き、宮子と共にスズに歩み寄る。
「辛いことを思い起こさせるようで申し訳ない」
「もうしわけないにゃー♪」
心中察する、と謝罪してから質問の言葉を紡ぐ。
「娘さんの攫われた時間と場所、地図で教えてもらえるか?」
「もらえるかにゃー♪」
確か近くにあったものを思い出しながら、一角に丸をつけるスズ。
「ふむ。感謝する。他にも何人か被害者がいるようでな、地元のことは野田さんの方が知っていると見込み、わかる範囲で、なにかないか?」
「ないかにゃ〜‥‥?」
彼方此方電話をかけた時、いくつか聞いた話があった、と記憶を探る。動揺、錯乱していたのもあり曖昧だけどと、断ってから地図に印を追加。
(‥‥特に法則性はない、か)
ルビィは地図を元に考え込む。その横で、
「にゃ〜、にゃ〜、おばさん。ミキちゃん、今、ここにこようとしてるにゃ〜?」
多分、と短く頷くスズ。しかし最後の連絡から、時間的にかなり経過している。着いていてもおかしくない位に。
「おうちに来るのに、いつも通ってる道とかしらないかにゃ? あと、ミキちゃんの顔とか確認できるもの、ないかにゃ〜? あったら、みつけやすいのにゃ〜♪」
にっこり笑顔で、明るく話す宮子に、スズの表情もつられて明るくなったようにも見える。
写真が何枚か、と、スズは家の中に入っていった。
少し離れた場所で円陣を組むのはメフィスを筆頭とした撃退士たち。
「ええっと‥‥貴布禰さんは、先に、いたそうですが‥‥狼を倒したり、人を保護したり‥‥しましたか?」
先行組が一般人の保護・誘導に動いていることはエンフィスをはじめ、全員が知るところ。作戦開始から今までにあったことを確認する。
「私は戦ってない、かな。でも、人を見つけたらここに連れてく、って決めたよ。けが人中心だけど」
アスハが地面に広げた戦域地図。紫は学校を指差す。
「なるほど、私たちは途中、ふたりの一般人を襲おうとしていた狼を殲滅し、隠れているように指示したのですが――移動させるべきでしょうか?」
避難所が決められていたことを確認し、尋ね返す穂鳥。
「あー‥‥どうだろ。一般人だけで移動してもらうにはちょっと危険だし、きっと怖いよね。隠れてもらう判断で、間違ってない、と思うよ」
了解、と瞼を伏せる穂鳥。
「ところで個人的な話で悪いんだけれど、紫が現場にでてくるなんて珍しいらしいじゃない? 何か気になることでもあったの?」
メフィスの質問に、紫の表情は明らかに凍った。ポーカーフェイス、間に合わない。
「図星の様子か。何か知っていることがあるなら話せ。事件解決のヒントになる可能性もある」
「ええ、例えば大鳥の狙いに、斡旋所から知らされている情報以外の法則性があるとか――」
アスハと雪宗の言葉の追撃により、紫も言葉を濁すのを諦め、バツが悪そうに話し出す。気持ち、スズに聞かせないよう、声を落として。
今は手短に話すけど、終わったらちゃんと話す。個人的に気になり、不安で調べていた事件の関連性。
被害者ミカと、現在行方不明の妹ミキは、紫の中学時代の同級生で少ない生き残り。
「当時の在学生名簿の死亡者と、被害者を調べてみたんだよ。前回、海辺に大鳥が現れた時、攫われそうになったのは同じ学校の先輩でね。勿論被害者全員が全員同じじゃない。むしろ同じ年ってだけの、無関係な人の方が断然多い」
自我があり、顔を識別できるならともかく、相手はあくまでも奉仕種族、知恵の程度は知れている。
「べ、別に黙ってたわけじゃないよ!? 確信できてなかったし、まだ偶然っぽい可能性もあるわけだし!」
懸命に謝る紫。悪気はなかった。
「つまるところ、友達が危険かもしれないと思い、飛び出してきた‥‥と?」
訝しげに唸るアスハ。紫は言葉を引き継いで。
「う、うん‥‥そんなとこ」
「同級生という法則、ですか。狙われる理由に、心当たりは?」
雪宗の言葉に、少し考えて、応える。
「中学、っても10年近く前のことだし、ちょっと、すぐには、思いつかないン、だよね」
本当に思い出せないのか、それとも、何か思い出したくないことでもあるのかそこまでは分からなかった。
「‥‥ねえ、紫」
「何?」
神妙な表情のメフィスに声を掛けられ、紫は顔を上げる。答えられることなら答えるが、と身構えて――
「10年近く前って、あなた、いくつ‥‥?」
少し困った。
「し、ししゃごにゅうして、にじゅう‥‥」
それぞれ手短に聞き込みと打ち合わせを終えたのち。
「周囲に敵の気配はないようよ。鳥の影も、気持ち見えたけど、遠くて何をしてるかまでは判別できなかった‥‥」
やはり人と場を共にすることに慣れないのか、哨戒に出ていたイシュタルが報告と共に戻ってきた。
大鳥の挙動も確かに気になるが、
「絶対ではなくても確率の高い方法でまいりましょう。狙われる確立の高いミキさんの保護、最優先」
朔耶は宮子が確認してきた移動経路を記憶しながら呟く。勿論自分の手で救える全てを護る意気で。
「個人的な憶測に巻き込んでこめんよ〜‥‥」
間違いだったら後で怒ってくれていいから、と手を合わせる紫。
「可能性でも、絞り込めるに越したことはない」
と、短くアスハ。そして、銀 彪伍(
ja0238)が、ルビィの用意してきた無線機を手に、先行組と接触することになっていた。目指すは暫定避難所。
「多分どっちかは居ると思うから宜しくねっ!」
――改めて作戦再開だ。
●
教えられた道を、警戒しながら駆ける一行。狼の接近を極力阻もうと、アスハは防犯ブザーを鳴らし続けていた。
先行組がある程度誘導し終えたのか、屋外を歩く人の姿は基本的になし。適うなら先行組が誘導した人々の中にミキが含まれていて欲しいところだが――未だ確認したという連絡もない。
ふと、ブザーとは違う電子音が連続して響く。いわゆる着信音。
「あ、ゴメン、私だ!」
紫が慌てて端末を開くと、複数の電子メールを一気に受信していることが解った。
「誰から? もしかしてミキが家に到着したとか?」
「それならそれで安心ですね」
足を止めた紫に近づき、画面を覗き込むメフィスと雪宗。
目を引いた送信者は野田スズ。タイムスタンプは10分程度前――丁度メフィスたちが家を経った直後だろう。
『今 中学生位の女の子がミキの家を聞いてきたの
紫ちゃんたちのお友達?
合流?出来るように家は教えておいたよ』
――誰だろう? 首を傾げる。
「宮子もエンフィスも朔耶も、ずっと私たちと一緒にいたわよね」
今居る面子の中で中学生といえば、メフィスの上げた3人。
「先行組に中等部の人はいますか?」
可能性があるとすれば、と尋ねる穂鳥だったが、答えは、居ない。
「被害者法則に気づいた人が‥‥他にも、いる、とか?」
エンフィスの言葉。勿論可能性はゼロではない。
撃退士は学園にこそ多いものの、民間企業や、フリーも確かに居る――が、中学生とは。
「ともあれ、ここで止まっていては解決になりません、先を急いだほうがいいのでは?」
状況を冷静に判断し、イシュタルは告げた。
「ええ。辿り着けば判明することです。目的地が同じなら、場で直接聞けばよいだけです」
最もだ、と頷き、朔耶らは再び駆け出した。依然ミキを見つけられずにいるが、目指す家まであと――
○/●
宮子たち一行が辿り着くより早く、ミキの家に訪問者があった。小柄で、細身の、見た目中学生位の少女。
ノックで来訪を知らせると、中からひとりの男性が顔を出した。
「ど、どちらさま? もしかして、化け物を退治しにきてくれた――」
「ええ、まあ。ところで、ミキさんはいらっしゃいますか?」
少女は濁しつつ、笑顔で尋ねる――やはり撃退士は動いてる。急がないと。
「わたし、同じ中学だったんです。『これ』を見てもらえれば証明できるとおもうんですけど」
表紙に書かれた文字が見えるように『学年名簿』を持つ。今では個人情報云々から配布されることがないようだが、生徒の住所や電話番号などが記載されていて、それが3学年分。
「ミキさんはキケンなんです。わたしにホゴさせてもらえませんか?」
終始笑顔の少女。撃退士ならではの余裕か? それとも――いや、男性は気づいた、不幸にも矛盾に、謎に。
後退しながら問う。
「キ、キミは‥‥ミキと同じ中学って、で、で、はなんで、そんな、」
幼い容姿をしているんだ、10年も前の、中学生のような。
少女は笑顔を崩さず、一歩前へ。
「き、記憶違いでなければ、キミ、バケモノに捕まってなかったか‥‥? 逃げて、来たのか――?」
撃退士なら自力で脱出も適うだろう、だが雰囲気が――変わった。
「‥‥そう、掴まっていたのをみていたのね――情報が漏れると厄介、死んで」
早かった。笑顔は消え、淡々とした冷たいモノに変容。放たれた殺気に男性は腰を抜かし、場に座り込む。
このまま屠られてしまうのか?
「い、いけません‥‥っ!」
少女の真後ろから、上ずった声が上がる。エンフィスだ。不穏な気配を感じ取り、ひとり気配を消して忍び寄っていた。手の中の幻想動物図鑑を開くと、中から、いたちの様な光の獣が飛び出し、少女に喰らいついた。
「!」
少女は完全な不意打ちであったにも関わらず、受けきり、ほぼ無傷。が、受ける拍子に抱えていた冊子を地面に落としてしまう。けれど構わず跳躍、後退、間合いを取る。
「『死んで』とは物騒な‥‥何故、なのかは聞いても教えてはくれないのでしょうけれど‥‥」
朔耶は、男性との間に割って入り込んだ。明らか過ぎる殺意から、話すのは難しいだろう。
(分が悪い‥‥か。騒ぎを聞いても姿が見えないことからして、ミキはここに居ない?)
言葉は発さないが、少女の表情は憎憎しげに歪んでいた。
双方様子を窺うこと数秒。埒が明かないと、動いたのはアスハ。
「ハジメマシテでいいか? 何者だ? せめて名前を教えて貰えれば嬉しいんだが」
極めて紳士的に、にらみ合う戦場を思わせない口ぶりで話す。出来るなら時間を稼ぎ、情報を引き出したいと。
けれど、どちらも適わなかった。
少女は近づこうとするアスハを一瞥すると、指笛を吹き鳴らす。直後物陰から飛び出してくる狼、2。
身を翻し、逃げようとする少女。
「どこへいこうとしてるの?」
背に蒼色の4翼を背負ったイシュタルが、少女の頭上に切迫。イオフィエル――神の美と称される直剣を手に、切りかかる。
「天使‥‥様‥‥? 違う。噂には聞いてたけれど、裏切り者の方ね」
その時だけ少女は言葉を口にした。
(天使に、様? 堕天使を裏切り者‥‥?)
イシュタルの攻撃もまた、完全に受け流される。けれどイシュタルだからこその収穫があった。
「逃げる!? 紫「キフネ」、目印を!」
打ち込んで! と位置把握の技を持つ紫へ、メフィスとアスハが声を合わせ指示。
一瞬、少女が足を止め、振り返ったように見えた。しかし撃たれない弾。
すぐに姿が見えなくなる。
「ちょっと紫――って、顔青いわよ!?」
どうして撃たなかったのか、一言いってやろうと振り返ったメフィスが見たのは青ざめた紫。
「くっ、逃がしてしまったものは仕方がない、が、集中しろ!」
渇を入れながらも、アスハは大型のパイルバンカーを狼に撃ち込む。その声に、紫も意識を取り戻す。
「ご、ごめん! で、でも、ピストルじゃあそこまで攻撃届かないから!」
確かに最後列にいた紫と、逃げ始めた少女とでは距離が開きすぎていた。すぐに動いていてもあてられたかは。
代わりにアスハが削った狼への追撃を担い、仕留める。
もう1体の狼は、男性を狙おうと牙を向けていた、が、朔耶に行く手を塞がれ、至れない。
「そんなに背中みせてて大丈夫なの? あんたたちが脆い、ってのは百も承知なのよ!」
距離はあれど、メフィスの召炎霊符にとっては無意味。投げつけた折鶴状の符は黒い炎となって狼を焼いた。
炎に包まれたままでも、獲物に噛み付こうとする意思は健在。
「あ、‥‥あきらめて、下さい‥‥!」
けれどエンフィスの手により命を絶たれる。躯は炎と共に消滅。
「あの子が落としいった本、か。どれ――って、な、んだこれは‥‥」
ルビィは投げ出された冊子のひとつを拾い捲り、顔をしかめた。声を聞き、何事かと覗き込んだ雪宗の反応も同じ。
どの頁を開いても、名前が黒く、黒く塗りつぶされていて、
「全部ではないようですね、塗られていない名前もあるようです」
穂鳥が拾った冊子の中で、1ヶ所だけ。ルビィと雪宗の冊子では2ヶ所だけ名前が読み取れた。
「みゃーこも、ひとつみつけたにゃ〜♪」
宮子も見つけられたことを胸を張って主張する。以外は全て黒く塗りつぶされていた。
また、落ち着きを取り戻した男性から、ミキが家にいないことの確認も取れた。ならば何処へ?
しかし考察を語る余地はなかった。すぐ別行動中の撃退士より緊急の無線が届く。
『報告、人を掴んだ大鳥が郊外へ向かうのをみた、という情報あり。至急追跡を――』
少女がミキを狙う敵であったとしても、『ここ』へ確認に来ていたことから、まだ手に落ちてないと信じて。
●×○
寄せられた目撃情報と報告から、大鳥が基点にしている場所が割り出された。民家の全くない、売地、林の影。
丁度穂鳥らが踏み込んだ時、林が風にゆれ、大鳥の姿が確認できる状態。足元には意識を失っているのか、横たわり動かない複数の人間。
「今よ!」
飛翔されては射程も危うい、とメフィスは先行して紫にマーキングの使用を指示。命中。
「同じ事を繰り返されないよう、消えて、もらいます」
穂鳥の言葉は一同の意思。
林の中から狼も顔を出す。
魔法を撃とうとした穂鳥だが、人の位置が気になり断念。急ぎ駆け寄り、盾になるよう陣取る。朔耶、雪宗、エンフィスも追従。
「飛んで逃げる、ってか? でかいのは身なりだけか?」
人から注意を逸らす為、威勢良く啖呵を切ってみせるルビィ。大鳥の視線を感じる気がした。すぐさま太刀を抜く。
入れ替わり。大鳥が飛び立とうとするより早く、跳躍する宮子。
「にゅふふ〜♪ 降りてればあてられるにゃよっ! マジカル脳天割り、にゃー!」
くるりと空中一回転、手に握り締めた忍苦無の尖端を、大鳥に叩き込む。飛翔しようとする浮力と、上から押し付ける力が重なり、動作が鈍る。朦朧。宮子は問題なく地面に着地。振り返ればよろよろと滞空する大鳥の姿。
次に動いたのはイシュタル。翼を利用し、大鳥の背後、上空に回る。
(逃げられないようにするには、片側の翼を落としきってしまうのが、一番)
イシュタルは刃を大きく振るい、翼に切りかかった。大鳥は避けられない、が骨までは砕けない。親羽が舞う。同時に大鳥は意識を取り戻す。
「頭が冴えようが、すぐには動けないだろう? これで、落とす!」
飛翔高度は幸いにも高くない。アスハは己が前面に魔方陣を展開すると、紅の大蛇を構成し、大鳥へと放つ。稲妻のようにうねりながら絡みつく蛇、回避適わず、更には全身の痺れからスタン。行動不能に陥る。
大鳥は地面にその巨体を寝かせた。が、効果は長くない、仕留めるにも急がないと。
「この状態で足を、ってのは難しいけど、本体が狙えるなら――」
些細な問題だ、と目標修正。メフィスは軽量化されたハイランダーを手に、大鳥までの距離を一気に駆け抜け、詰めた。そして、
「悔い、貫かれなさいっ!」
突き出した刃から現されたのは桃色を纏う杭。頭を垂れる大鳥に打ち込むと、表面の羽をはぎ、肉を削いだ。が、大きいだけあり頑丈というべきか、仕留め感は薄い。
予想通り、回復した大鳥から反撃が繰り出された。大きな鳴き声、片翼を羽ばたかせ、風を巻き起こす。
(――一般人は、大丈夫か――!?)
己へ向けられた旋風をシールドで受けながらルビィは横目で見る。穂鳥と朔耶が風を凌ぐように立っているのが見え、一先ず安堵。
「いっ、たいのにゃ〜!」
風の直撃を受けた宮子が呻く。けれど致命傷ではない、まだ動ける。仕留める為、再び仕切り直す。おそらく、もう再び飛ぶことは出来ず、片足では歩くこともできない、ただの巨体を相手にした、戦い。
狼と、倒れた一般人との間に割り込んですぐ、エンフィスは地面に膝を着き、状態を確認した。
「安心して、脈、ある‥‥。少し怪我はしてるけど、捕まれた時の、‥‥ツメの後、と思う」
生きていることを確認し、安堵。更に確認を続けていると、気づいた。
「この人、ミキさん‥‥じゃないでしょうか」
制服の内側から預かった写真を取り出し、顔を見比べる。確かにそうだ。道中遭遇出来なかったのは攫われていたからだろう。ともあれ他の人も含め、これで保護できる。
穂鳥と朔耶は自身を盾として、狼らを牽制。
「ならばその命、必ず私たちが護ります。この身が、どれだけ傷ついたとしても!」
探知の結果、狼は眼前の3のみ、離れたところの大鳥も、相次ぐ異常に思うよう行動出来ないようにみえた。
「同数でも、僕たちが勝ちます。大丈夫」
護る者がある分、力は活きる。雪宗は槍の尖端が届く狼を、力を込めて凪いだ。衝撃波が狼の表皮を裂く。
「先ほどの礼です」
追撃は朔耶の手から放たれた一矢。裂かれた部位から、確かに心臓を射抜く。攻撃もまた守る力。崩れる1体。
入れ替わるよう、背後にいた狼が牙を剥き、穂鳥に跳びかかる。しかし魔法の障壁が阻み、思うほど牙は抉らなかった。それでも血は滴る。興奮する狼。
しかし同時に狼の防御が手薄になった事実。攻撃が直線的になり、動きが読みやすい。
エンフィスは気づかれぬよう背後に回りこむと、一撃を叩き込む。
姿勢を崩す狼へ、穂鳥が微風の魔法書から風の刃を放ち、微塵に切り刻む。これで2体。
「ま、まって、大丈夫‥‥とは、おもうけど、大鳥が仕留められるまで」
残る1体は押さえ込もう、と過去の資料よりエンフィスが提言。護りながらは難しいが、成してみせる。
一連の様子を、ひとりの少女が気配を潜め、眺めていた。ただ、悔しそうに。けれど大鳥が潰える前に、消える。
大鳥は既に満身創痍、虫の息。残る力で旋風を放ってくるも、狙いが甘い。
イシュタルはアスハに気をつけながら、飛行を生かし、大鳥の背を攻める。爆ぜる符に、羽が舞う。
脳天を揺らし、意識を削ぐのは宮子。一般人を狙われては適わないと、狙いを揺るがし続ける。
ルビィとメフィスの放つ渾身の貫通攻撃は、交互に大鳥の右と左を等しく抉った、残る首は項垂れて。
終いの一撃は、跳躍したアスハが、背目掛けて、
「魔断幻槍――貫け、バンカー‥‥!」
練りだしたのは螺旋状の槍、吸い込まれるように背から、地面へ垂直に突き刺さる。
終――長らく大鳥と対峙していたメフィスが、ほっっと息を吐き出した。
残された狼も落鳥を確認後、雪宗の手で屠られるのであった。
●
ミキをはじめとする意識のない人々を避難所へ連れてゆき、連絡。傷等の手当ては朔耶が率先して行った。
間もなく通報者のひとりであるスズも到着し、深く感謝する――ミカについては、場に居なかったことから語らず。
破壊活動を続けていた残る狼は、ルビィ、宮子、エンフィスが討伐班を組み、仕留めて歩いた。
同時に謎の少女についての捜索、聞き込みも行ったが、ミキの家にいた男性以外に見た者、知る者はいなかった。
学園に雪宗が報告すると、斡旋所は気持ち報酬への上乗せを約束した。面倒な大鳥を仕留めた褒章として。
●
「この名簿の名前について、ですがどうお考えで?」
詳しい報告書作成と考察の為、教室に集まった5名の内、穂鳥が口を開いた。
名簿とは少女が落としていった品。塗りつぶされていない4人の名前。
1年、羽井詩織
2年、野田ミキ(旧姓/現:鈴木ミキ)
2年、貴布禰紫
3年、山村瑞希
「あの子の狙う相手とみていいと思う。実際紫の調査結果と比べても似たようなものだし」
メフィスは、理由はともかく、少女が名簿の人物を狙ったのは確かだろう。塗りつぶされた名前が示している。
「少女の正体については、使途、かもしれません。タダの人間が、天使に様付けなど、そうそうは」
堕天使であるイシュタルの予測。使役しているのも奉仕種族、天使本人でなければ使途となる。
「で、何故か名前のある本人は、どう考える?」
アスハが尋ねるのは、複雑な表情の、貴布禰紫。
「いぎなーし、というか同じ考えだよ。今回出撃した理由もそれ」
知人の窮地、以外に紫が飛び出した目的。大鳥が紫も攫おうとするか否か。身をもって確かめようとしたらしい。優先協力しなくてよかったと言えよう。
使途自身が出撃しているとは考えていなかったが。どうしたものか微妙な表情の紫。
「‥‥気になることがあるなら言うべきです」
気をしっかりもって、と穂鳥が正面から見据える。俄かにはじまる過去話の続き。
10年前、授業中の学校に突如ゲートが発生、生徒の殆どは現れた奉仕種族によって殺害・誘拐されたらしい。
紫や、ミキ、ミカ他何人かは学校を離れていて無事だったけれど、結界に阻まれ帰れず。
天使もいた為、攻略には時間がかかり、結界が消えた頃には焼け野原、何一つ残っていなかった。
名簿でいうと詩織は近所の幼馴染、捜したけれど見つからなかった。死んだものと諦めた。
「で、使途の少女も、紫も、反応が微妙だったわよね」
流石に顔を見たメフィスは気づいただろう。紫は続けた。
「私の見間違いじゃなければ、あの子、10年前のままの、詩織、だった」