――今月も懲りずに、まぁ。
‥‥今宵の侵入者は如何様に楽しませてくれるでしょうか? さあ、こちらもはじめましょう。
●学園の闇
深夜ゼロ時過ぎ、闇潜む学園地下。使いどころの知れない資材の山の中に、目的の扉は埋もれていた。
「現在施錠は、なし――と。確かに冷たくて重いですが冷蔵庫とかではなさそう‥‥」
沙 月子(
ja1773) は真っ先に扉の調査に当たった。何があるとも知れない為慎重に。
「真夜中の宝探し。こういうのってわくわくしますよね」
必死に息を潜め、けれども冒険心は抑えられず。四方堂一樹(
ja0152)は漆黒の瞳を細め、想いを語る。
「特定の時間にだけ開く扉なんて、いかにもで、幻想的ですが。何が待っているのでしょう?」
久遠 冴弥(
jb0754)も同様。自身異能の力に目覚めながらも、目の前で事象が起こる感動は別物。
「いや、おそらく、多分、最後に残るのは脱力感だけな気がす‥‥」
「盛り上がりに水を差さないで下さい、先輩!」
過去の顛末を振り返りながら、神凪 宗(
ja0435)が不穏な言葉を口にすると、大貫薫(jz0018)が現れ、遮った。
「はい。これは柘植先輩と、ヒリュウちゃん用の照明です」
反論聞く間もなく身を翻した薫は、傍の壁に寄りかかる柘植 沙羅(
jb0832)に、ペンライトを手渡す。
「ああ、確かに。初依頼――僕自身、迷宮探索に心躍らせすぎた、かな」
僅かに肩を竦め、苦笑う沙羅。薫は、むしろその意気頼りにしている、と告げ、場を離れた。
「この悪の秘密結社総司令(自称)の知らぬところに現るる迷宮なんて放置できません。開けます――!」
後ろに控える仲間に合図を送ってから、月子は重い鉄扉を開放。風が渦巻いて、堆積した砂埃を舞い上げた。
迷宮探索の始まりだ――!
●思惑想定
「僕の力よ、光になって輝け!」
まずレグルス・グラウシード(
ja8064)が煌きを纏い、内部を照らす。露になる崩壊した壁、穿たれた床、積もる埃。
「ペンライトだけでは、ホラーなところだったな」
調査が容易になったと、宗が感心しながら手近な壁を指でなぞると、汚れが指に移った。手入れされない様子。
「ああ、なんか出てきそうだよね、だけど。ぜってー最深部に辿り着いて、噂の真相を明かしてやる‥‥!」
人工物であるのは確か、ならば働くのも人為のはず。佐藤 としお(
ja2489)等は提供された情報と、内部の状態から、仮説を立てた。
「気付いたら自室に戻っていた、なんて。突然正気を失って、自分の足で戻ったわけでないでしょう」
場所に意識断絶作用があるなら、今この瞬間正気を失っていなければおかしいと冴弥。
「ええ、誰かによって眠らされたか、気絶させられたかして運び出されたと考えます。且つ、必要以上の危害も加えず、怪しまれずに戻せる者」
ならば誰が? どうして? と考える月子。
「場所柄、学園関係者以外はないと思うね。ここをなんらかに利用しようと目論んでる生徒、とか、さ」
沙羅の予想は施設の私物化を目論む在学生。地図を持っていてもおかしくない。だが、よほどの実力者を囲っていない限り、反撃を許さず一方的に捕らえるのは難しいだろう。
「つまり撃退士になる。更に暗闇に強く、居場所を特定し、不意打ちが可能な存在」
明確に言えばナイトウォーカーや鬼道忍軍の力を持ってすれば可能ではないか? 無論、としおのようにインフィルトレイターの夜目も候補に上がる、そうして潜む相手の能力を絞り込んでいった。
(ん‥‥迷路を迷わず進め、夜に歩く者‥‥。いや、迷路ではなく、壁すら意味を成さない――いや、まさか、な)
心当たりがあるようなないような。だが理由が浮かばないと、宗は考えを閉じ込めた。
そうしているうちに周囲を照らす灯りが消滅。ここで知るべきことは十分得られたはず。薫も感心している。
「さて。壁に抜け道、床に落とし穴。注意しながら進むとしましょう。みなさん気をつけて」
一樹は列の最後尾を進むべく、周囲の気配に注意しながら仲間を先に往かせるのだった。
●αの視点:歩く罠
どちらが襲撃を受けても援護に回れるよう、距離を置いて進んでいた一行。だが幸いかな。はじめの分かれ道まで敵勢力は沈黙をまもったままだった。分岐点では、あらかじめ相談していた面子で班を組み、進む。
息を潜め、あらゆる音に警戒しながら歩を進めるのは、としおを先頭とするチームα。
「あからさまに仕掛けられてるのは見つかるんだが――こっちは稼動の気配がないんだよな」
壁に埋まっていたり、床に仕掛けられたりしている罠らしい罠は見つかりはするが、どのようにしても作動しなかった。それよりも着工半ば、放棄された気配を漂わす穴あき床の方がはるかに面倒。
「まあ、跳べないこともないだろう。先行し、足場を照らす」
宗は壁を足場にし、先の様子を確認したりした。
「罠の古臭さからして、軍学校時代の訓練施設だったりしませんかね。想像は膨らみます‥‥」
手にしたチョークで床にマーク、手元にメモ。月子は班の地図係を務める。おかげで道が崩れ、通れない箇所に差し掛かろうと、新たな道を正しく選ぶことが出来た。
(‥‥あれ?)
ふと、最後尾で仲間の足音リズムを聞いていた一樹が足を止める。
(ン‥‥どうし――)
間もなくとしおも意識する。自分と宗の重い足音がふたつ、月子の軽い足音がひとつ。一樹の足音は止まって。けれど布が掠れるような、別の音源が近くに迫っていたのだ。より声を潜め、感知した事柄を仲間に通達。
(おいでなすったな。適度に停止、安全そうな壁を背に固まれ! 灯りを消す、逆に捕まえてやるとしよう!)
灯りを灯していれば居場所は容易に知られる。回避の為一旦照明器具を消灯させ、夜目を発動するとしお。
「きゃあ。突然あかりがー。みんなどこー?」
対して、必死に笑いを堪え、あたかも突発的なアクシデントに見舞われたように演技する月子。
それで、まさかに――釣れた。
好機と読んだのだろう、何者かの瓦礫を弾く音が一際大きく聞き取れるようになったのだ。混乱に乗じるのは当然の判断であるが、詰めが甘い。迫る姿はとしおの夜目と、月子のナイトビジョンで確認。
(背後から真っ直ぐ。相手も目利きのようだ、ギリギリまで引き付けて、やるぞっ!)
影の小さなものを狙うのも常套手段。このまま捕まるか、と思った瞬間、襲撃者の背をペンライトが照らす。
一樹だ。
突然の光に目が眩んだか、動きを鈍らす相手は――学園の制服を着ていた。驚愕は声にならない。
「今は大人しく、捕まれ!」
宗が先の暗がりから手をかざすと、空間の四隅から伸縮する影が相手目掛け伸びた。腕を、足を絡め拘束。
「うふふ、このまま記憶を視せてもらってもいいのですけど」
「騒がれてもこまるし、なぁ?」
「はい、少々気絶してもらいましょうか」
月子の大人しながら、場を楽しむ好戦的な笑顔に魅せられて。としおと一樹が一気にたたみかけた。反撃の手段もなく、口も影に塞がれ悲鳴も上げられず――のうちに学生服の相手は昏倒。
「捕まえに来て逆に捕まってしまうなんて、とんだお間抜けさんですこと。さて、あなたの持つ情報を頂きます」
直後、双眸が黄金色に輝き、黒い焔が身に纏わり付くよう発現するアウル。
としお等、仲間が周囲を警戒しつつ見守る中。月子は相手の額にそっと、手のひらをのせるのであった。
――ふむ‥‥バイトB沈黙。まあアレは臨時ですし、伝わって困るほどの情報は持っていないはず。捨て置きましょう。
●βの視点:変動する閾値
「それにしても宝、とは何があるのだろう。まさか僕たちにも明かせない秘密の何か‥‥成績表とか!?」
人によっては他者に見られたくないこともある。レグルスは眠る宝に思いをはせながら天井を見上げた。
現在自身を中心に広範囲が明るくなっているが、間もなく途切れる。その前にコレまで何度か撃退した襲撃者たちが、どうして自分達の下へ真っ直ぐ来られたのかを考え――見つけた。
「‥‥カメラ?」
慎重に隠されているようだったが、僅かな反射を見逃さなかったレグルス。だが位置は高く、手も届かない。
「何か見つけたの? ‥‥カメラ? なるほど、理解した」
飛んだり跳ねたりの奇妙な動きを目にした冴弥が声をかけ、同じく見上げて、察する。
「ニニギ、お願い。コレを貼ってきて」
ペンライトを口にくわえ、先を警戒させていた、小さく未熟なヒリュウのニニギ。ふら付きながら冴弥のもとに近づいてくると、甘えるように一声鳴き、絆創膏を手に飛翔。
ぺたり。
「お〜、いいな〜。あたしも欲しい‥‥」
主人の意を理解する、可愛らしい様相をみて薫が呻く。
「電気通ってないみたいだけど、カメラだけ動くのは、都合よすぎじゃないかな?」
チームβの記録係、沙羅が作り上げた地図にカメラ位置を記載しながらごちる。
「都合のいい‥‥そうか! ここは作りかけの施設で、きっとそのまま工事が中断されているんだ! 知っているとすれば学園関係者、中でも――教職員!」
レグルスははっとした。地味に成績表が隠されている可能性増大。
「カメラは」
「待って。――っっ!」
不意に沙羅が顔を歪ませた。直接攻撃された気配は無いが、沙羅もテイマー。現在ヒリュウのヒマを先に放っている最中である。すぐさま視界共有し、襲撃者を確認。ヒマに戻るよう指示。
「すぐ来る、とおもう――迎え撃って!」
身体を張った囮。
「柘植さんはその場に隠れて。私たちが倒れても、この子達は消えてしまうから」
幾度かつんだ実戦から、冴弥は沙羅に身を護るよう提案。
間もなくヒマを追いかけて、襲撃者が姿を現した。再び一撃を加えようと武器を振り上げる、が消え去るヒマ。
「僕の力よ、護る為の、光になれッ!」
レグルスが癒しの光を沙羅へ。そしてブロンズシールドを手に、万が一に備え、盾として陣取る。
攻撃目標を失い、体制を立て直そうとする相手へ、
「ニニギ、攻撃!」
小さくても力は十分。召喚時間のずれから、残っていたニニギが天井より近接し、襲撃者の頭をひと殴り。死角からの不意打ちに眩暈を覚えている様子。すかさず薫が追撃し、昏倒させる。倒す必要はない。
「これで何人目だ? 大分気絶させてきたけど」
気を取り戻して背後から奇襲をかけられない様、近くに落ちていた縄で後ろ手に縛っておくレグルス。
「さあ? 一気にきたら危ないかもだけど、ひとりじゃ問題ないです。ニニギ、今度はきみが先行して」
きぃ、と小さく鳴いたニニギは、ヒマに代わり先を飛んだ。使える手を駆使し、万全を期して進む冴弥等。点在するカメラらしきものも同時に封じていく。
――敵の数が増えたり減ったりする‥‥と? いわれましても困ります。現在こちらも位置把握できていません。
●秘宝の魔
大きな扉の前、一同は合流を果たした。
「この扉には鍵が掛かっています。佐藤さん、お願いしていいですか?」
「勿論」
扉を確認した月子が、としおに開錠を求めた。おそらく終点のはず。控える一樹等全員がそれぞれ武器を手に構えた。
「それではご開帳〜」
手早く鍵を外すと、軽い口調で扉を押し開くとしお。フラッシュライトが中を照らす、と。
待ち構えていたのか、3つの影が浮かんだ。だがレグルスの生命探知により知れていたこと。すぐ動く。
壁を走り、忍苦無を投げつける宗。弾かれる。すかさず冴弥のニニギが飛翔、ブレスを叩き付ける。手ごたえあり。としおは弾を勢いよく投げつけ、注意を逸らした。その隙をついて月子が無数の釘を持って行動を束縛する。そのままレグルスが殴り、気絶させた。まずひとり。
次は、と首をめぐらすと一樹が拮抗している最中。沙羅がフラッシュエッジの鞘で殴りかかるも、相手の筋肉は厚く、決定打に至らない。薫のナイフも同様。そのうち再び宗が動き、放つ影により拘束される肉体派。刃が通らなくとも弱点はある。月子が放った槍状の強烈な魔力に突き抜かれ、項垂れてしまうのだった。
「残るはあなただけです。この施設を私有化しようと目論む‥‥悪の総大将、さん?」
これまでの情報をまとめ、でもまだちょっと疑問符を残した一樹の投げかけに、其れは応じた。
「ふむ。今宵はこちらの手勢より皆様の方が上手であったようですね。これは失態」
言葉で残念がりながらも、声色は楽しげに。
よく見れば部屋の彼方此方に瓦礫とは違う雑品が積み上げられている。それは傘だったり鞄だったり小物だったり。中にはヒヒイロカネと思しきものまで。その頂上から影は降りてきた。正面から光に照らされ、蝙蝠翼の影が長く伸びる。
「な!? 天魔が学園の中に!? ここに集められたものは、略奪品‥‥!?」
まさかの可能性に驚愕するレグルスであったが、
「いや、アレをみろ。学園所属天魔が身に付ける管理タグ。‥‥教師、だな」
宗が目ざとく小さな飾りを見つけた。気持ち脱力。蝙蝠翼を持つ女教師は正解、と微笑む。
「なるほど。天魔且つ教師であれば痕跡を残さず部屋に戻すことも可能ですね」
正直、透過を用いれば鍵など関係ない、と呻く月子。
「先生なら私有化の必要はないはず。どうしてこんなことを?」
沙羅が真相に踏み込むと――、
ここは過去に財政難で建設中断した訓練施設のひとつ。今は学園で発生した落し物なり、忘れ物なりを集める場所のひとつとして使っているとのこと。生徒数も半端ないとなれば、モノも半端ない。月に1度、持ち主が現れず、保留期間が過ぎたものを搬出しているというのだ。雑品は処分。ヒヒイロカネは再利用の為、調整へ。人知れぬ夜中に作業するのも、公にしないのも、扱うものの都合とのこと。今回指揮をしていたのがこの女教師。
「中には高価なものもありますし、悪用されても適いません。故に侵入者を妨害したり施錠したりしていたのですが、この日だけはどうしても正面から搬出しなくてはいけませんで」
「噂を嗅ぎつけた生徒が、護衛含む搬出作業中の人と遭遇。ですが今回は私たちに突破されてしまった、と」
夢もへったくれもない事実に、気持ち落胆する冴弥。確かに秘密にすべき財宝の山であるかもしれないが――
「まあ、せっかくですから突破記念に引き取り手のないモノをお持ちくださいな、ああ、在庫処分ではなくてよ」
女教師は程度がよい品の中から、主に初級魔具等を見繕い、それぞれに持たせた。
「この真相は公にし――」
「夢がなくなるわね! 確かに財宝はあった! 入手もした! だが来月第二、第三の挑戦者が」
財宝を求めて現れるかもしれないから、と薫は黙っておくように告げる。夢は残しておこう。
何やら言い掛けたとしおだったが、前向きに考えることにした――人が増えたら仕事と被害者が増えるだけだ、と。